あさおん・オブ・ザ・デッド   作:夢野ベル子

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ハザードレベル15

 ちょっとしたトラブルはエミちゃんの部屋で起こった。

 

 エミちゃんは今、倉庫とも呼べる一番端っこにある部屋で、手足をベッドに拘束されている。

 幸いと言っていいのかはわからないけれど、ロープには余裕がある。

 短く結んでいるわけではないから、もしも動かそうと思えば、それなりに手足を動かせる。

 もちろん、沈降する潜水艦のようにほとんど動かないエミちゃんにとっては、どちらでもよかったのかもしれないけれど。

 

 ともかく、エミちゃんのお部屋を改装して、それなりに過ごしやすい状況に整え、執務室にいったん集合したあと、大門さんが言ったんだ。

 

「エミちゃんのお世話は、女性たちで頼む」

 

 わからなくもない。

 エミちゃんは客観的に見れば、下の世話も自分でできない要介護状態で、男たちが身体に触るのはいろいろとまずい。

 たとえ小学生であっても、花もはじらう乙女なのだし、もしも人間状態に復帰したときにエミちゃんがかわいそうでもある。

 

 それに恭治くんはお兄さんだからいいかもしれないけれど、男には男の仕事があるということらしい。

 そのほとんどはここにこもっているよりも比較にならないほど危険な仕事。

 ゾンビのいる外で、いろんなものを調達してきたりする仕事だ。

 

 ボクにはほとんど危険度ゼロといっていいゾンビランドでの調達任務だけど、その任務が一般的にいって引きこもりでいるより遥かに危険なのはわかるし、だから、エミちゃんのお世話くらいしろというのは、納得できるところだった。

 

 けれど、そんな男側の理論に納得できない人がいた。

 姫野さんだ。

 

「いやよ私は。どうしてゾンビに感染しているかもしれない子の面倒を見なきゃいけないわけ。やるなら恭治くんがやればいいじゃない」

 

「恭治くんは、外での調達任務の際に同行してもらう。ここにいる時間よりも長くなるかもしれん。君達三人にやってもらうのが効率がいいんだ」

 

「でも!」

 

「ここの組織に属している以上は、みんな働いていてもらう」

 

「私は私なりに働いているでしょ」

 

「それは十分に理解しているつもりだ」

 

 大門さんは少しだけ言葉の速度を緩めた。

 命ちゃんが視線を落とす。

 んー。なんだろうこの空気。

 よくわかんないけど、命ちゃんから悪感情が漏れているような気がする。

 ボクには発達した後輩センサーが備わっているからね。素直でクールで、外見からはわからなくてもボクにはわかる。

 命ちゃんから漏れ出ているのは、明確な否認の感情だ。

 あるいは忌避に近いかな。

 

「ねえ。どうしたの?」

 

 命ちゃんのブレザーの袖部分を引っ張り、小声でボクは尋ねた。

 

「たいしたことじゃないです」

 

「そうなの?」

 

 命ちゃんが視線を移した先には、バックヤードに続く通路があって、そこには不自然な形で物置が置かれている。

 

 スチール製のそれなりの重さのがっしりしたつくり、高さは二メートル、横幅は三メートルはある巨大な物置だ。

 

 もしかしたらセーフハウスかなとも思ったけど、どこにも逃げ場がない状況でゾンビに襲われたら逆に危ないと思っていた。

 

 なんか変なところにおいてるなぁと思ってたけど。

 

 ふむ……わからん。

 

 ちょっと逡巡。

 

「あそこは比較的遮音性が高いらしいです」

 

「へー」

 

 ……あれ?

 

 遮音性が高い物置でおこなう姫野さんがしているお仕事って?

 

 まさか、銃の整備とかじゃないだろうしな。

 

 えーっと。

 

 あ!(察し)

 

 もしかして、それって、人類史上最も旧い歴史を持つ例のあのお仕事のことじゃないだろうか。

 

 べつにそれが悪いとかいいとか、この壊れた世界でいうつもりはないけど、命ちゃんとしてはその点については清純といったらよいのか、高校生らしい清らかな観念を持ってるみたいで、その結果、姫野さんへの嫌悪感に至ったということかな。男が同じように命ちゃんも欲望の対象にするということに、本能的に恐怖を感じてもおかしくはなく、姫野さんを通じて、その恐怖心や嫌悪感などのマイナスイメージが噴き出しているということなのかもしれない。

 

 でも――。

 

 姫野さんとしては、逆に命ちゃんのほうが怠惰に見えているということも考えられる。

 だから『私は私なりに』という言葉が出たのだろう。

 

「姫野さん。オレからもお願いします。エミのことを看てやってください」

 

 恭治くんが頭を下げた。

 

「私は私のできることをしてるつもり。でも、そんな私を拒絶したのはあなたじゃないの。ここにきた当初は幽霊みたいな顔をしてたくせに。私が励ましてあげたの忘れたの?」

 

「励ましてくれたのは感謝してます。でも……、エミがゾンビになってるかもしれないのに、そんな気分にはなれなかっただけです」

 

「私はそれで傷ついたの。わからないの?」

 

 女のプライドがってこと?

 えっと、当時の状況ってのが見てないのでなんともいえないけれど、おそらくエミちゃんと別れたあと、恭治くんとしては妹を見捨てた罪悪感から絶望してたんだろうなとは思う。

 

 そんな状態で、姫野さんは『仕事』をしようとした。でも恭治くんはそんな気にはなれなかった。ただ精神的に励まされたのは確かで、恭治くんとしても強くはいえないとか、そんな状況かな。

 

「すみません」

 

 恭治くんは再び頭を下げた。

 みるみるうちに姫野さんの顔が不機嫌一色に染まる。

 

「あんたって本当に妹のことしか頭にないシスコンなのね」

 

「もう残された家族はエミしかいないんすよ。わかってください」

 

「それは恭治くんの都合でしょ。妹をゾンビにしてしまって。今度は周りも危険にさらすつもり? 自分のやったことの責任もとれないの?」

 

 恭治くんは押し黙った。唇をかんで激情を我慢している。

 姫野さんにしてみれば、優しさも仕事の一環だということなのかもしれない。

 だから、その対価を支払えと言いたいのだろう。けれど、恭治くんが選ぶのは常にエミちゃんだ。

 

 ボクとしては優しさって無償のものだと思うんだけど、姫野さんにとってはそうではないらしい。優しさの対価を踏み倒されたと感じているってことかな。狡知とまでは言えない分、命ちゃんが評したとおり、姫野さんは普通だ。

 

「ともかく――、これは命令だ」

 

 結局、強権を発動したのは大門さんだった。

 

「ここのルールはオレだ。嫌なら出て行ってもらう」

 

 有無を言わせない口調に、姫野さんも押し黙った。

 

「姫野にもエミちゃんのお世話をしてもらう。いいな?」

 

「わかったわよ!」

 

 隠し切れないほどの憤懣が見て取れた。

 ギスギスするのは嫌なんだけどね。

 

 ボクとしては、やっぱりひとりのほうが気楽だなと思うのは、こういうところだよ。人間ってどうしても自己保全の本能が強いから、自分のことを優先してしまうし、そういう存在なんだなって思うと、自分のことも含めて嫌いになっちゃいそう。

 

 だって――、まるでゾンビみたいじゃないか。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

 さて、ようやくひとりになれました。

 ベッドの上にぺたんこ座り。

 

 左右を見ても、淡いイチゴみたいな色が広がっている。

 なんということでしょう。

 パーテーションのうえにピンク色の壁紙が貼られています。

 小杉さんが案外器用に、壁紙を貼る機械を使っていたのを覚えているけど、まさかこういうふうになるなんて……匠の技が光ります。

 

 壁紙というのは、実は大きな太巻き状になっていて、本当に大きな紙のロールなんだ。その大きさはまさに丸太みたい。少しだけ期待していた『みんな丸太は持ったな!!』遊びは誰もしなかったけど、とりあえずそんな感じの大きさをイメージしてもらえるといいかもしれない。

 

==================================

みんな丸太は持ったな!!

 

漫画「彼岸島」においては、吸血鬼に近い敵性生物との戦いになる。その際の有効武器が丸太なのである。武器にもなり、盾にもなり、橋にもなり、あらゆる場面で活躍する最強かつ万能の武器。それが丸太なのだ。みんなが丸太を持てば、強大な吸血鬼にも立ち向かえるに違いない。おそらくゾンビにも有効である。

 

==================================

 

 その紙ロールの裏に糊を均等に塗っていく機械がある。

 

 どんな機械なのかというと、巨大なラミネーターみたいな感じかな。小さなスリットがあって、そこを通すと紙の裏に糊が塗られるの。

 

 あとは適当な大きさに切り分けた紙を貼り付けていけば完成。絨毯とかの汚れを取るようなごろごろするローラーと同じ形のやつで紙を押さえつければ均等に貼り付けられる。

 

「でも……なんでピンクなんだろうなー。おかしいなぁ。おかしいなぁ」

 

 この身体には似合ってるかもしれないけど、なんだか落ち着かない気分。

 

 まあいずれは慣れるかな――。

 

 いや、壁の色ぐらい気にしてはいけない。

 しばらくはここがボクの部屋だと思えば、薄暗い中でもワクワクしてくる。調達されたノートパソコンで動画サイトとかは見れるし、ベッドも、お姫様みたいな感じであることを除けば、スプリングも効いていて気持ちいい。

 

 怠惰だ。

 ボクは怠惰になるんだ。

 うーん。怠惰ですねぇ。

 

 ともかく、あんなギスギスしたやりとりとか、何が楽しいんだろうねと思っちゃう。

 

 そういったリスクを抱えてまで、人と関係を持とうとするのが陽キャってやつで、まあ関係の持ち方はいろいろあるんだろうけど。

 

 命ちゃんなんて、完全シャットアウト系ですよ。

 ボクに対してはスライムかっていうほどベタベタしてくるけど、たぶん男という性別に対しては、ものすごく拒否ってる気がする。

 

 いや――、人間自体が嫌いなのかな。

 

 今は命ちゃんのことは置いておこう。ちょっと疲れたからお昼寝するねって言って、自分の部屋に引きこもったのは数分前の出来事。命ちゃんも添い寝するとか言ってきたけど、きっちり断りました。

 

 今後のことを考えると、ボクがまっさきにしなきゃいけないのは、命ちゃんのことではない。飯田さんへのフォローだ。

 

 どうやら大門さんのイメージでは男たちは外に行くということになっているみたいだし、飯田さんだけ内向きの仕事ということも考えられないだろう。あんな動きの鈍い巨体の飯田さんががゾンビ避けというチートなしで生き残れるとも思えない。

 

 だとすれば、ゾンビ避けスプレーを――といいたいけれど、いま一度思い出してみよう。飯田さんといっしょに行動しているときは、ボクがその場にいるからこそ、ゾンビに直接命令してゾンビ避け状態を作り出していたんだ。

 

 今後、ボクは女の子なので、飯田さんといっしょに行くことはない。

 したがって、ゾンビ避け状態を作り出せない。

 

 もちろん、大雑把にこのエリアからゾンビいなくなれってすることはできるけど、それをやっちゃうと行く先々で、ことごとくゾンビに遭遇しないということになって、きわめて不自然な状態になる。

 

 ボクは遠隔において、飯田さんを識別できなくてはならない。

 

 そんな方法があるのか。――あるのです。

 

 といっても、試してみようかな程度のレベルだけどね。

 

「……唾液でいけるかな」

 

 ポケットティッシュの上に、唾を落としてみる。

 

 どうだろう。感覚的にボクはその唾を感知できている。どこにあるのかかすかにわかる。反応としてはやっぱりちょっと弱いけど、一応、ボクはボクを感知できるらしい。

 つまり、他のゾンビとは明確に違う存在として、ボクは

 

――ボクの一部

 

 を感知できる。

 ボクというキャリアが持つ、ゾンビ上位互換のウィルスは、ゾンビウィルスとは異なるものとして探知できるということだ。

 

 でもやっぱり、唾ではダメだな。

 まったくもって弱い。数十メートルも離れると感知できなくなりそうな弱々しさしかない。いずれ、ボクのゾンビ的能力がアップすればもうすこしわかるようになるかもしれないけれど、いまはダメ。

 

 次に試したのは髪の毛。

 どうやら普通に伸びてるっぽいボクの髪の毛。

 ゾンビだからハゲたらそのままかと思ってたけど、そうじゃなくて安心した。

 いくらでも生えてくるなら切っても問題ない。

 その髪の毛の一本を引っ張って取った。ちょっと痛くて涙目になっちゃった。

 結構な長さを誇る髪の毛を机の上において、蛇のようにグルグルとぐろを巻かせてみる。

 

 が、ダメ。

 髪の毛って、ほとんどがたんぱく質で出来ていて、唾液よりはボク的な何かを感じ取れたけど、あまり変わらないみたい。

 そもそも命ちゃんが髪の毛で吸引するのもあまりよくない気がしていたけど、これくらいの汚染率なら大丈夫かなと思う。

 みんな感染しているんだし、ほんの数ミクロンほどゾンビ成分が増えたところで変わらない。

 

 だとすれば、もうボクに試せるのはあと一つしかない。

 

 先ほど壁紙を適当な大きさに切り分けたカッターナイフ。その刃を一枚折って、新しい刃にする。

 

 はぁ~~~~~~~~。緊張する。

 でも、そうしないとね。

 ボクってゾンビ化してから、一度も血を出していないけど、まさか緑色になってたりしないよね。

 

 それはさすがに杞憂だった。

 ボクの指先からしたたる血は人間だったときのまま赤い色をしていて、ポタポタとティッシュを染めていく。

 

 濃密に感じるボクという気配。

 

 わかるね。これだったら余裕でわかる。

 

 そして取り出したるはお家から持ってきた何の変哲もない厄除けのお守り。

 その袋の中に、血染めのティッシュを無理やり詰めこむ。

 お守りの中を覗く人はいないだろうし、これでいいだろう。

 

 できあがりです。

 

 ちなみに切った箇所は数分もすれば血が止まっていた。

 傷跡すらない。いつのまにやら再生能力持ちになっていたらしい。

 まあ指先をちょっと切ったぐらいですからね。

 どの程度の再生能力なのかはわからないけど。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

「飯田さん」

 

 二時間ほどお昼寝したあと、ボクは飯田さんのお部屋を訪ねた。

 

「は、はい! どうぞ!」

 

 ドアをノックしただけで、驚いた声を出す飯田さん。

 見慣れない部屋で急にノックされたら驚くよね。

 飯田さんの部屋は飯田さんの趣味でというか、指示で机がドアと逆方向に置かれている。誰が来たのかわからない作りになっていて、少し不安なんじゃないかと思うけど、この配置が一番逃げやすいから好みなのらしい。

 

 それでボクがドアを開いたら、必然的に飯田さんの背中が目に入る。

 椅子がくるりと回転し、わずかに横になったときに、閉められつつあったノートパソコンの画面が目に入る。

 

 たったコンマ数秒の出来事。

 

 でも、ボクの強化された目は、微速度撮影のようにパソコンの画面を捉えていた。

 

 見慣れた名前。

 

 ボクに馴染みの深い名前。

 

 検索エンジンで入力されていたのは『夜月緋色』の名前だ。

 

 えっと、なんでボクの名前?

 エゴサーチしたことすらないのに!?

 ボクってやっぱり飯田さんに狙われてるの?

 

「じー」

 

「な、なんだい緋色ちゃん。突然きてジト目でにらんでくるなんて、なんのご褒美なんだろう」

 

「いま……ボクの名前を調べてませんでした?」

 

「え? あんな一瞬で……」

 

「ボク、そういうのはわかるんです」

 

「あ、ああ……もしかして瞬間記憶能力ってやつかな」

 

「ふぇ? あ、うん。そんな感じのです」

 

 瞬間記憶能力って、確かパっと見た記憶を、つぶさに覚えている能力のことでしょ。そんな能力ないよ。

 ボクってべつに頭の回転は普通だからね。

 でも、飯田さんが納得顔をしていたんで、そのままうなずいてしまった。

 

「ごめんね。緋色ちゃん。勝手に調べちゃって」

 

「べつにいいですけど」

 

 そもそも、ボクはただの平凡な大学生なんで、ググっても何もでないし。

 

「調べたのは、さっき命ちゃんが言ってたでしょ。緋色先輩って」

 

「んにゅ……」

 

 恥ずかしいな。

 やっぱり聞いてたんだ。

 

「それで思ったんだよ。緋色先輩って言われるぐらいだから、緋色ちゃんは命ちゃんの先輩にあたる人物。つまり、外国から留学してきた天才小学生、その実、大学生なんじゃないかってね」

 

 確かに――、今のボクの容姿はプラチナブロンドで、赤いおめめのどこからどう見ても日本人ではない配色をしている。

 

 でも、れっきとした日本人です。

 

 なんてことは言えるはずもなく、「そうですー」と適当にお茶をにごすことにした。

 

「やっぱりそうなのか。で、ウィルス研究とか生物学研究なんかしちゃってるんじゃない?」

 

「え?」

 

「ゾンビ避けスプレーなんてものを開発できるなんて、偶然にしてもできすぎている。これは、おそらくその道のプロだと思ったんだよ……」

 

「はあ。そうですか」

 

 偶然ゾンビマスターになっただけの、平凡な大学生なんですけど。

 まあ、ガチャ運はよかったよね。ゾンビガチャで最高レアを引き当てたって意味では。

 

「残念ながら名前は見つからなかったけど、まだ年齢が年齢だし、どこかの研究機関の秘蔵っ子とかだったのかな」

 

「……そんな感じです」

 

 いちいち否定するのも面倒くさい。

 なんか目をキラキラさせてボクを見てくる飯田さんを見ていると、夢を壊すのもかわいそうかなと思ったりした。

 それに、この壊れた世界で、誰がどんな所属だったかなんてあまり意味のないことだ。飯田さんが、コンビニのバイト戦士であることも、同じように等価に意味がない。

 

 そもそも――、

 死ねば――。

 死んでしまえば、みんな、『ボク』だ。

 

 だから、いっしょだ。

 

「そうだ。飯田さん。ボク、新しい研究結果を発表いたします」

「えっと、何かな」

「飯田さんが今後外に行くときに、わざわざ一日一回スプレーしないで済むようにしました」

「おお……それはいったい」

「これです」

 

 ボクが飯田さんに見せたのは、さっき作ったお守りだ。

 手渡しすると、飯田さんはブルブルと震えるほど感動していた。

 

「女の子に初めてプレゼントをもらっちまった……。どうしよう。うれしすぎてもう死んでもいい」

 

「あの……死なないでください」

 

 それからゾンビ避けお守りの効用を説明する。

 ゾンビ避けお守り。その中に入っているのは当然ボクの血なのだけど、そんなことは知るよしはない。主成分は同じくゾンビ避けスプレーだと言っておく。

 ただ、その拡散をごくごく抑えたつくりは、一ヶ月程度は持つだろうと述べた。

 もちろん、補充はボクしかできないことにしておく。

 

「大事にしてね」

 

「ありがとう。緋色ちゃん」

 

「じゃあ」

 

 言ってボクは自分の部屋に戻ろうとする。

 

「あ、ちょっと待って」

 

「うん?」

 

「このゾンビ避けお守りなんだけど、みんなの分は作れないのかな」

 

「それは必然的にボクが作ったものがゾンビを避ける効力があると知らしめてしまうことになりますけど……」

 

「そうだね……。それは困るよね。でも、ここの人たちはそんなに悪い人じゃないんじゃないかな。善良な人たちなんじゃないかなとも思うんだ」

 

「……さっきはわりとギスギスしてましたけど」

 

「そりゃ人間だから、そういうこともあるだろうけど、別に強いて傷つきあいたくて、そうしているわけじゃないと思うんだ」

 

「うーん。考えておきます。飯田さんもバレないように気をつけてくださいね」

 

 飯田さんの考えもわかるんだけど、下手すると、ボクってゾンビの中枢扱いされちゃう可能性もあるからね。

 

 ゾンビ避けスプレーとかゾンビ避けお守りとかいろいろ飯田さんにあげてるけど、それは最初に飯田さんにあげようって決めたから、ボクなりの責任を貫いているだけだ。

 

 まあ裏側の思考も少しいれるとすれば、飯田さんには既にバレているのだから、このままゾンビ避けスプレーなりを与えないということになると、飯田さんがみんなにバラすってこともなくはないと思っている。

 

 いやなこと考えてるなぁボク。

 

 飯田さんはおそらくはいい人なので、これまで見てきた限りでは、ボクのことも考えてくれているとは思う。

 でも、そのいい人っていうのは、誰に対しても比較的平等にいい人なんだよな。

 

 だって、その根本にあるのは

 

――誰かを傷つける『自分』が怖いから。

 

 なのだから。

 

 だから、いい人ムーブとしてボクひとりを傷つける状況とみんなを傷つける状況が折り重なったとき、どちらを選択するかまではわからない。

 

 さっきのように、みんなにお守りを配ってほしいという考えにいたってもおかしくはない。

 

 まあそうなったらそうなったらでやむをえないか。

 ボクはボクなりの主義を貫くだけだ。

 

 自分のやったことの責任をとりつつ、命ちゃんやエミちゃんを助けようと思う。飯田さんはその次くらいというのが偽らざるボクの本音。




思ってた以上に、ゾンビの凄惨さとTSのかわいさ成分が合わなくて、コントロールが厳しいです。ゾンビもの特有のギスギスした人間模様とか出さないほうがよくないかって少し思ったりもします。はい。

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