あさおん・オブ・ザ・デッド   作:夢野ベル子

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ハザードレベル24

 黄昏時。

 オレンジ色の光に照らされて、ホームセンターは紅く輝いている。

 ボクはそれを綺麗だと思った。

 他の人がそう思っているかは知らない。

 

 ボクの中ではもうほとんどこのコミュニティに対しての未練は無くなっていた。べつに大門さんたちが嫌いというわけではないけれど、ボクはボクの大事なもの以外はほとんど曖昧な価値しか感得できない。

 

 ボクと彼らを結びつけるのはきっと。

 ボクと彼らが唯一共感できるのはきっと。

 

――『死』

 

 に他ならない。

 

 死とはなんだろう。

 肉体の破壊だろうか。

 脳髄が死に絶えることだろうか。

 

 ボクは違うと思う。

 死とは意識がなくなることだ。ボクがボクという存在を考えられなくなること。クオリアが絶滅することだ。

 

 どんなに叡智きらめく人間であっても、死が意識の消失を意味するのであれば、その思考すら死に沈みゆくため、本質的に理解できる人間はいない。

 

 死はボクであっても、ボクじゃない誰かであっても、人間であっても、ゾンビであっても、ブラックボックスとして大切に保管されている。

 

 死んだあとのことなんか誰も説明できないでしょ?

 

 だから、誰も彼も、死は恐怖の王として君臨することができる。

 

 誰かの死を悼むことができる。

 

「まあ、そんなことを考えてもしょうがないかな……」

 

 ゾンビは既に散会し、楽しかったカーニバルも終わったようだ。

 

 バリケードの外でうごめいているゾンビの数は、初日の比ではなく、既に数百体は外をうごめいている。まるで楽しかったパーティが名残惜しいとでもいうように、多くのゾンビたちがうぞうぞと歩いていた。

 

 この状況については、ボク自身のよくないものがあふれ出しているのか、それとも単純に人間が集まっている気配を感じて集まってきているのかはわからない。

 

 もう周りのゾンビについてはあえてコントロールしてないからね。目の前にいるのと、お守り以外はほとんど自然に任せている。

 

「先輩どうします?」

 

 命ちゃんが聞いた。

 そろそろこのコミュニティを脱出しようという話だろう。

 

 この子にとっては、グレーゾーンに位置する人たちの価値が極端に低いからな。

 

 まるで窒素扱い。あってもなくても関係ないって感じ。

 

 敵でも味方でもない人のことは極端に思考力が下がって考えなくなる。そうするのが、生存に適しているというよりは、もしもそうなったとしても、『敵』になったら排斥すればいいって考えで、そうでない人間は彼女の中では無価値なんだよね。

 あるいは、思考をギリギリまで研ぎ澄まして、余計なことは考えないようにしているのかな。その意味では人工的な視野狭窄というかそんな感じ。

 

 今はボクに全振りしてるとかないよね。ちょっと怖いんだけど。

 

「今夜、出ようか? 足は大丈夫?」

 

 ボクはあまり迷わずに言った。

 

「はい先輩。うれしいです。先輩の家、お邪魔していいんですよね」

 

「いいよ」

 

「夜もいっしょに寝ていいんですよね」

 

「うん」

 

 ゾンビお姉さんがお家で待ってるけど、まあそれはきちんと説明しないとね。

 

「先輩の初夜ゲットぉ!」

 

 突然ガッツポーズになる命ちゃん。わけがわからないよ。

 

「えっとどういうこと?」

 

「だって、さっきいっしょに寝ていいって言いましたよね?」

 

「それは同じお家でって意味で……」

 

「いっしょに寝ていいって言いましたよね」

 

「言ったけど違うよ! もう怒るよ」

 

「残念です……」

 

 めちゃくちゃ残念そうな顔にならないでよ。

 本当に意味わかんないよ。

 

「あー、でも大門さんには言わないほうがいいかもしれないね」

 

「そうですね。あの人はもうかなりタガがはずれかかってます」

 

「飯田さんと恭治くんはどうしようかな。ついてくるように言ったほうがいいかな」

 

「先輩の考えに付き従いますよ」

 

「ちょっとは考えてよ」

 

「考えてますよ。むしろたくさん考えすぎて、選ぶのに時間がかかりすぎるので、先輩にゆだねているんです」

 

「うーん……」

 

 飯田さんは正直なところ、このコミュニティにそもそも合ってなかったんじゃないかなと思わなくもない。だから、飯田さんは連れて帰ってもいいんだけど、ロリコンだからなぁ。ボクのお家来るとか若干危険な感じもしなくもない。

 

 無理やり他者の意思を無視して襲う人じゃないってのは、わかったけどね。

 さすがにそこは信頼したよ。

 えっと、なんていうんだっけ。

 こういうのを『紳士』って言うんじゃなかったっけ。

 

「飯田さんはいっしょに行こうって誘ってみるかな」

 

「なるほど。まあ、先輩のお家の隣とかに住まわせたらどうですか?」

 

「あ、うん。そういうのもありかもね」

 

 隣の家、そういえば誰か住んでる気配があったけど、今どうなってるんだろう。

まあ、そうじゃなくても、どこかの部屋はゾンビ化しているだろうし、そのゾンビには申しわけないけどどこかに行ってもらって、飯田さんを住まわせるというのが妥当かな。

 

「常盤さんはどうします?」

 

「恭治くんは……」

 

 

 

 ☆=

 

 

 

 姫野さんがいなくなってしまったので、必然的に夕食はボクと命ちゃんが作ることになった。

 最後の晩餐といった感じがして、少しだけ物寂しい。

 今さらながらだけど、姫野さんはべつに死ななくてもよかったんじゃないかなという思考が頭にもたげてくる。

 

 それと、エミちゃん――。

 胸の奥にじんわりと冷たいものが浸透していくような感覚。

 やっぱり寂しいなと思っちゃう。

 

「あ、先輩。それ塩です。砂糖じゃありませんよ」

 

 なんと!?

 ボーっとしながら料理していたら、いつのまにやら塩対応。

 これじゃあメシマズもやむなしだ。

 ボクの女子力も低下の一途。

 いや、だからなんだよって感じだけど。

 

「命ちゃん。ここから挽回する方法ってあるの?」

 

「先輩が、料理を作ったあとに、指でハートを描きながらおいしくなーれおいしくなーれって言えば、みんなおいしく食べてくれると思いますよ」

 

「ボク、メイド喫茶のメイドさんじゃないんだけど……」

 

「ほらほら、おいしくなーれおいしくなーれ」

 

「お、おいしくなーれ。おいしくなーれ」

 

 パシャリ。

 スマホで撮影されちゃった。は、恥ずかしい。やめてっていってもやめてくれないし。まったくもう。

 

 あれ? でも命ちゃんって、スマホ落としたんじゃ?

 

「あー、これは小杉さんのですよ。もう彼にはいらないものでしょうから失敬してきました」

 

「失敬って……命ちゃん。それって泥棒だよ」

 

「ゾンビは人間じゃないので、泥棒じゃありません」

 

「まあ理論的にはそうなんだろうけどさ。なんというか、あまりよくないよ」

 

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ゾンビとお金

 

ゾンビモノではおそらくほとんどの場合、ポストアポカリプスの世界観となっていて、お金は意味をなさない。しかし、アニメ『がっこうぐらし』では、購買部でお金を支払ったりするシーンがある。これは彼女達なりの死者への弔いであり、礼である。失われた平和な世界への希求がそうさせている。

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「まあ、先輩がどうしてもというのでしたら返してきますけど……」

 

 命ちゃんが残念そうな顔になっている。

 この子はボクに対してはめっちゃ素直だから、返してきてといえば、必ずそうするとは思う。

 

 でも、命ちゃんと連絡がとれなくなって心配したのも事実。

 いつまで使えるか分からないけれど、平和な世界じゃないんだし、スマホくらいは持っていたほうがいいかもしれない。

 

「まあそのままでいいよ。でも、きちんとお礼は言ってね」

 

「ゾンビにお礼ですか?」

 

「うん。ボクもゾンビだし……。ね?」

 

「わかりました。小杉さんに後でお礼を言っておきます」

 

 ボクはひどく矛盾しているのかもしれない。

 小杉さんのクオリアを絶滅させたのはボクだ。いや、クオリアというのは見えないし、他人にあるかどうかはわからないものだから、その表現は正確ではないな。

 

 単純にいえば、ボクは思考を封じた。

 考えるな――と念じた。

 考えなくても身体動作を完璧に演じることはできる。

 だから、もしかしたら今の小杉さんは、まったく自分の思い通りに自分の身体を動かせず、ただ意識は残っているという可能性だってあるんだ。

 

 どっちが正しいのだろう。

 

 哲学だなやっぱり……。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

 大門さんからの指示でなぜか今日の夕食は執務室で食べることになった。

 執務室には大きな執務机があるけれど、それを使うのは大門さんだけだ。ボクたちは、地べたにシートを敷いて、そこで食べることになる。

 

 なんだかピクニックみたいな感じだね。

 

 小杉さんはゾンビだけど、ご飯は食べていい設定にしているから、当然ボクたちと同じように座っている。飯田さんは暗い顔だ。まだいっしょに行こうって伝えてないからな。この夕飯が終わったら伝えてあげよう。

 

 恭治くんは考えこんでいる顔つき。夕飯時だけど、まだショットガンを傍らに置いている。なんだか自殺でもしそうな雰囲気だけど、一応夕飯に来たってことは大丈夫なのかな。

 

 ちなみにボクと命ちゃんが作ったのはシュガートースト。

 かなりハードボイルドな感じの仕上がりだけど、みんな黙々と食べていて何も言わない。

 やっぱりみんな塩対応だよ命ちゃん!

 おいしくなぁれって言える雰囲気じゃないし……。執務室の中の雰囲気が最悪です。初日のような談笑もなく、ただ黙々と胃の中に流しこむ感じ。

 

 そんなんだから、あっという間に食事は終わってしまった。

 だけど、それで終わりなはずがない。

 大門さんがここにみんなを集めたのには、必ず理由がある。

 

 あらかたみんなが食べ終わったのを見定めたのか、執務室の机、みんなより一段上の視線から、大門さんがおもむろに口を開いた。

 

「みんな座ったまま聞いてくれ。今日は不幸にも二名の人間が亡くなった」

 

 ピクリと反応する恭治くん。

 ひとりは加害者。ひとりは被害者。

 ひとりは復讐の対象。ひとりは最愛の妹。

 どちらがどうと言うまでも無いけど、恭治くんにとっては、心に刻み込まれた人物で、それらを両方いっぺんに失った。

 人生の中でも最低の一日に違いない。

 

「オレが思うに、このような結果に至ったのは、ひとえに組織に対する意識に低さが原因だと思う。みなが自分のことではなく他者のことを考え、行動すれば、このような結末に至ることは防げたはずだ」

 

「組織が個人を守ってくれるんすか……」

 

 その言葉に恭治くんの想いが凝縮されていた。

 

「当然だ。恭治くんは野球をしていたのだろう。チームワークの大切さもわかっているはずだ。チームワークがうまくいかないと個々の失策が大きな損害へとつながる。チームワークが働いていれば、小さな失敗を防ぐことができる」

 

「けど……、オレにはよくわかんないっす。なんでエミは死ななきゃいけなかったんすか」

 

「自分勝手な行動、命令違反が原因だ」

 

「……」

 

 恭治くんが辛そうに目を瞑った。

 目を見開いたら涙がこぼれると思ったのかもしれない。

 

「恭治くん。エミちゃんに起こったことは不幸だが、我々はもっと強くなれる。もうこんなことは起こらない」

 

「でも、エミは生き返らない……」

 

「そうだな。残念だがそれが現実だ。だが、生き残った者たちは明日のことを考えねばならない。つらいだろうが……、それが生きるということだ」

 

 言ってることはわからないでもないけど、今日家族を失って今日立ち直れってかなり厳しいこと言ってる気がするな。

 

「恭治くん。オレは君に期待している。これから先、おそらくこの組織はドンドン大きくなっていくだろう。ここぞというときにゾンビに襲われないんだ。ここより大きな組織に取り入ってもいい。そのとき、オレひとりでは到底無理だ。君の助けが必要だ」

 

「オレの助け?」

 

「そうだ。君には将来、オレの組織の幹部になってもらいたい。もちろん、恭治くんだけではない。ここにいる君達全員だ」

 

「オレ……、エミのために生きてたんですよ。親も死んで、家族といえるのはエミしかいなかった。なのに、そんなこと急に言われても……」

 

「強くなれ。恭治くん。亡くなった君のお父さんやお母さん。それとエミちゃんのことを思うなら、君はもっと強くならねばならん」

 

「それこそ……いま急にいわれてもわかんないっす……」

 

 大門さんは眉間に皺を寄せた。そのまま、うなだれた恭治くんを睨みおろして何かを考えている。

 

 不穏としか言いようが無い空気。

 

「なあ……。恭治くん。君は責任を果たすべき時が来ている。それはわかるな?」

 

「なんのことです?」

 

「エミちゃんのことだ。彼女はもはや完全にゾンビになっている。喋ることもできないし、外にいるゾンビたちと変わりない。夕食前に部屋を覗いてみたが、生者に対して腕をつきだす様は誰がどう見たってゾンビそのものだ」

 

 だから――、と続いた。

 

「君はエミちゃんを処理しなければならない」

 

 大門さんは力説した。

 うわー。ガチのケジメ案件だよ。おそらく、大門さんは恭治くんに自ら手を下させることによって、自分の命令に忠実に従う部下を作りたいんだろうな。

 

「今じゃないとダメなんですか?」

 

「オレは君を送り出したときにも言ったはずだ。自分の責任は自分でとれとな……。君の家族のことは君の責任だ」

 

「確かにそのときは納得しました。だけど……実際に、失ってからまた手に入れて、それからまた失って……、オレにはどうしたらいいかわかんないんすよ」

 

「その弱さも組織にとっては瑕疵になる」

 

「なんなんですか。組織って、大門さんは自分の王国を作りたいだけじゃないすか」

 

「そう興奮するな。オレは間違ったことを言ってるわけじゃない。考えてもみろ、エミちゃんは本当にゾンビになってしまった。それは君にもわかるだろう。そして、ゾンビは人の形をしているが人じゃない。君だって、何匹も銃やバットで屠ってきたじゃないか。今さらそれが人だったと君は認めるのか?」

 

「違う……」

 

 それを認めてしまったら、恭治くんがいままでしてきたことは、姫野さんがやった殺人行為と同じことをしていたことになってしまう。だから、否定するほかない。

 

「そうだ。ゾンビは人じゃない。だから排除するほかない。たとえ、家族だろうが愛した人だろうが排除しなければ、組織が崩壊する」

 

「オレは……」

 

「待ってくださいよ……。いくらなんでも今日それをやれっていうのは、あんまりじゃないですか。彼はまだ高校生ですよ」

 

 飯田さんは優しい。

 でも、その優しさが大門さんにとっては攻撃と同義になる。

 

「飯田くん。君はゾンビ避けスプレーを使ってのうのうと生きていたからわからんのだろうが、この世界はそんなことを言っていられる状況じゃない」

 

「それは私にもわかりますよ……。確かに私はゾンビに直接襲われたことはありません。襲われないってわかってても怖さに震えてたくらいですからね。ただ……、大門さん、あなたのやり方は強引すぎる」

 

「強引?」

 

 大門さんはピクリとまなじりを動かした。

 

「自分の思い通りにしたいってのはわかります。そうしないとコミュニティの存続が危ういってのもわかりますけど……。ただ、誰だって弱さを抱えてるんです。その弱さに少しは配慮してくれてもいいじゃないですか」

 

「弱い者に配慮か……。くだらないな。だいたい弱いといいながら、その弱さを盾にして自分の要望を押し通したいだけではないか。そうやって、組織全体に負担をかけて、内部から腐らしていく」

 

「そういった面も否定できませんけど、だからといって全部が全部押さえつけられても希望なんて持てません。希望がなければ生きていけない」

 

「希望とか理想とかそういうくだらない抽象的な理論の前に、ゾンビは実際に目の前に迫っている。飯田くん。君がいくら人間には希望が必要だ、配慮が必要だとわめいたところで、頬をはたかれたら痛い。ゾンビに噛まれたら死ぬ。その事実は変わらん」

 

「でも――」

 

「これ以上口を開くな……飯田くん」

 

 そして、銃。

 これで何度目だろう。大門さんは飯田さんに銃を突きつけて、これ以上の議論は無意味だとばかりに拒絶した。

 

 飯田さんは黒光りする銃口を見て、わずかに震えているけど、その目には反抗的な光が灯っていた。

 

「なんだ。言いたいことがあるのか」

 

「大門さん。あなたはまちがっています」

 

 バン。

 それは思ったよりも大きな音だった。

 マズルフラッシュの光が、薄暗い間接照明で照らされた部屋の中を一瞬照らし出し、硝煙のにおいがあたりに漂う。

 

 大門さんが撃ったのは――。

 

 天井だった。

 

 しかし、飯田さんは身を丸め、怯えていた。そりゃそうだろう。あんな明確な悪意にさらされたことは、おそらく飯田さんの処世術の中ではほとんどありえないことだろうから。だって、飯田さんはできる限り誰も傷つけないでいたいという、いまどき陳腐なほどいい人でいたいと思っていたから。

 

 それは確かに最終的には誰かに嫌われることを忌避していたに過ぎないかもしれないけれど、それでも――、偽善でも――善は善だと思う。

 

 ここにきて、飯田さんはようやく自分の思ったことを本当に伝えようとしている。偽善ではなくて、素朴に感じたことを伝えようとしている。

 

 だって、そうじゃなきゃ、ここまで大門さんには逆らわない。

 それどころか小学生女児に見えるボクにすら逆らわなかったんだよ?

 

 飯田さんはただ優しいだけじゃなくて、なんというか自分の意志を示し始めた。

 

「飯田くん。オレは撃てないんじゃない。撃たないだけだ。そこのところを履き違えないでもらいたい。君の言動が組織にそぐわないのであれば、オレは躊躇なく撃つ」

 

 ボクはまたかよって気持ちで、ほとんど呆れていたけれど、命ちゃんもこの場にいるし、下手に動くのも危ないし……ほんともうどうしたもんかって感じだ。

 

 こんなに簡単に銃を撃ちまくるんじゃ、おちおちいっしょにご飯も食べられないよ。最後の晩餐だと思って、最後くらいいっしょに食べようと思ってたのさ。

 

「大門さん。やめてください」

 

 恭治くんが叫んだ。

 

「君も黙れ。惰弱な人間は組織には不要だ」

 

 大門さんはそう言いながら、フっと力を抜いた。

 

 さながら選挙でアピールするみたいに、一転笑顔になって、

 

「いま、君たちが葛藤しているのは殻を破ろうとしているからだろう。オレにも覚えがある。自分の殻に閉じこもっているうちは、きっと世界の大きさに気づかん。これから、オレ達が人間を救う英雄になっていく。ここで終わってしまってもいいのか?」

 

 言う。

 

「恭治くん。君は確かに妹を失い、家族を失った。だとしたら自殺するのか。するなら勝手にしろ、オレはべつにかまわん。だが本当にそれでいいのか。もともと君の妹が死んだきっかけはゾンビだ。ゾンビどもを駆逐するための最終兵器はここにある。君が貢献してくれれば、君に与えてもいい」

 

 言う。

 

「飯田くん。君がどのような人生を送ってきたのかは知るよしもないが、オレにはなんとなくわかる。自分が割りを食ってきたと思っているんだろう。自分が怠惰であり臆病者であることを理解していながら、それでもなんとかならないかと神様に祈っているのだろう。考えてもみろ、その一発逆転の鍵はもうほとんど手元にある。あとは君がうなずくだけだ」

 

 言う。

 

「緋色ちゃん。君は本当にすごいものを発明したね。世が世ならまちがいなくノーベル賞ものだ。いやそれ以上だろう。この発明をもっと拡大させれば、きっと世界はオレたちに頭を垂れるだろう。賞賛し、褒め称えるだろう。君はそうなりたくないかな」

 

 いや、別になりたくないけどね……。

 

 というか、基点になっているのってボクのゾンビ避けスプレーなわけですね。

 それをもとに、大門さんは自分の手駒を増やしたいってわけか。

 

 さすがにこのスプレーが一本きりしか作れませんっていうのは怪しすぎる論法だろうしね。

 

 案外飯田さんと同じく、ボクのことを天才科学者か何かだと思ってて、研究させれば無限に作れるようになるとか夢想しているのかもしれない。

 

 あー、早くお家に帰ってゾンビお姉さんとイチャイチャしたいよ。命ちゃんに殺されるかもしれないけど、そこは許してもらわなきゃ。ふんすっ。

 

 みんな黙っていた。

 重苦しい沈黙が満ちている。

 大門さんの考え方はある意味では正しいとは思う。

 でも――、はっきり言って、ボクは嫌いだ。

 

 その嫌いという『感じ』がすべてだ。

 

「まったくどいつもこいつも……臆病者だな。これほど言ってもわからないか」

 

 いらだたしく机を爪でこつこつと叩く。

 その音が沈黙に満ちた部屋の中でやけに響いて聞こえた。

 

「飯田くん……」

 

 そして、ターゲットに定まったのは飯田さんだった。

 

「君は小児性愛者だろう?」

 

 は? なんでそこ。




7000文字くらいが平均投稿文字数なんだけど、こうやって投稿しているとわかるんだけど、物語的なうねりって、分割していたらできないことがあるかもしれませんよね。ぶつ切りじゃなかなか現しきれないとか。

そんなわけで、次回はちょっとどうなるかわからないですが

コミュニティ編の最後まで書き終えてから投稿しようかななんて。

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