あさおん・オブ・ザ・デッド   作:夢野ベル子

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ハザードレベル25

「飯田くん。君は小児性愛者だろう?」

 

 まるで大人が子どもに言い聞かせるような。

 そんな声色だった。

 

 大門さんは浅黒く引き締まった身体をしていて全身が筋肉で包まれているような体躯をしている。

 

 対して飯田さんは大門さんと同じぐらいの体積ではあるものの贅肉と脂肪だらけのぷよぷよした身体だ。

 

 その身体は太った子どもを大きくしたようなものだし、床に座ったままの様子は叱られた子どもに見えた。

 

 実際に、その言葉に一番震撼しているのは他ならぬ飯田さんだ。

 まるでいたずらがばれた子どものように、あるいはそれ以上に動揺しまくっていた。

 

「あ、あああ、あの、な、なんのことでしょう」

 

「恥ずかしがらなくてもいい。君の視線はよく緋色ちゃんに向いている。普通なら女子高生の命ちゃんのほうに向くだろう。いかに人間に趣味の幅があろうが、さすがに小学生に視線が向きすぎだ。最初は父親のような心境で接しているのかと思ったが、スポーツブラの一件で確信したよ。君は緋色ちゃんのような子どもが性的な意味で好きなのだろう」

 

 あー、やっぱりね。

 ていうか、ボクにブラジャーってまだ早いと思うんだよ。

 

 単純にちっちゃな女の子があえて背伸びしてブラ的なものをつけるというそのイメージに興奮していただけなんて、ちょっと考えればまるわかりだったかもしれない。

 

「君は小学生に欲情する変態だ。違うかね?」

 

 大門さんが重ねて聞いた。

 

「そうですけど……」

 

 飯田さんは消え入るような声で素直に認めた。

 その言葉を聞いた大門さんの口角があがった。

 ニィと笑い、それから少し間が空く。

 

「問題ない」

 

 それが大門さんが発した言葉だ。

 

「え?」

 

「問題ないと言った。そもそも、この壊れた世界で女に何ができる? やれ男女同権だの、やれ女性の権利だの、やれ夫の年収は七百万以上なきゃ嫌だの。もはやなんの意味もない」

 

「まあ……世界は壊れましたけど」

 

「君は前の世界ではないがしろにされていると感じることはなかったか?」

 

「感じていましたけど」

 

「女に見向きもされなかっただろう」

 

「確かにそうですけど……」

 

「緋色ちゃんくらいの年齢の子どもと触れあいたかったのだろう。だが許されなかった。君は世界に排斥されていたから」

 

「否定はしませんけど……」

 

「これからはそうじゃない。オレが肯定してやる。いいか、男は――オレ達は女を守るだろう。それどころか人類の守護者になっていくだろう。そんな尊い戦士に向かって誰が逆らえる? 誰が逆らっていい? 答えは決まっている。誰も逆らってはならない。それがルールだ」

 

 危険な思想だった。

 

「しかし、それは女性を蔑視しすぎなのでは……」

 

「弱い者が当然に守られるという思想はもはや滅びた。いや、べつに弱い者が死に絶えるべきだとは言ってない。ただオレが求めているのは、守られるなら守られるだけの礼儀が必要だということだ。弱者に求めているのは、英雄に対して従順でいろというだけのことだ」

 

「それを蔑視というんじゃ……」

 

「いい加減に素直になれ。君は子どもの柔肌に触れ、思うままに蹂躙したいと考えているのだろう。そうしていいといっているんだ」

 

「私は、そういう無理強いは……しません」

 

 今にも泣き出しそうな目で、飯田さんは反論した。

 

「大門さん。変ですよ。さっきから……。オレ達、べつに大門さんに逆らおうとか考えてるわけじゃないです」

 

 恭治くんは、大門さんと睨みあった。

 

「わかっているよ。恭治くん。さっきはすまなかったな。オレはこれからのことに想いを馳せていただけだ。組織をこれから強くしていくためにはどうすればいいか、そして君が体験した不幸をこれ以上広がらないようにするためにはどうすればいいか考えていた」

 

 大門さんの回答に納得いかないのか、恭治くんは何度も頭を振っている。

 そんな恭治くんに対して、続けて大門さんは言った。

 

「もしも恭治くんが英雄的行為を続けるなら、ゾンビになってしまったエミちゃんを囲っていても納得してくれるかもしれないぞ」

 

「なにを言って……」

 

 大門さんの言葉に、恭治くんの言葉はそれ以上紡がれなかった。

 

「君がエミちゃんをそのままにしたいというのなら、それに見合うだけの貢献をおこなえばいい。そうすれば誰も文句は言わん。いや、オレが言わせん。ゾンビは人間ではないというのがオレの考えだが、その残滓にすがりたいというのもわからんではないからな。君の我がままも、君の貢献次第では許されるだろう」

 

 単純な理論ともいえるかな。

 これ以上ないほどシンプル。

 いろいろと言葉を尽くしているけれど、大門さんが言いたいのはたったひとつ。

 

――オレに従え。

 

 これだけしか言ってない。

 さっきはゾンビになったエミちゃんを処理しろって言ってるのに、舌の根も乾かないうちに、べつにそうしなくてもいいといってる。

 

 逆らわなければ。

 

 自分に逆らいさえしなければ何をしてもいいと言いたげな様子だ。

 

 オレが法だとでも言いたげな――。

 

 恭治くんが黙ってしまったので、それで一応の説得は完了したと考えたのか、大門さんは再び飯田さんに向き直った。

 

「どうだ飯田くん。オレの言いたいことが身に染みただろう。オレたちはやりたいようにやってよいのだ。なんなら今から緋色ちゃんを犯してもいい。オレが許す」

 

 えっと――。

 え?

 ボク犯されちゃうの?

 

「大門さん。何を言ってるんですか。私はそんなことしませんよ」

 

 飯田さんはやっぱりそういうふうに常識的な答えを返したのだった。

 ここまでくるとすごいなと思う。

 ロリコンだけど、飯田さんはこの中で一番人間らしいよ。

 

「ふむ……。君の思考はよくわからんよ。小児性愛者なら子どもを犯してみたいと思っているのだろう。なのに、そうしたくないといってるように思える」

 

「レイプなんてしませんよ。そんな非人間的なことしたくないんです」

 

「だが望んでいるのだろう」

 

「そりゃ下半身はそうかもしれませんけど、誰も傷つけたくないんです」

 

「それは君が臆病なだけだな。要するに――」大門さんは銃を飯田さんに突きつけながら言った。「君が求めているのはいつだって言い訳なわけだ。しかたなかったから、そうなってしまったから、逆らっていいことはないから。そういう無数の言い訳を必要としているわけだな」

 

 大門さんは自分で勝手に納得して、勝手に話を進めている。

 

「いいだろう。オレが命令してやる。緋色ちゃんをこの場でレイプしろ。二度と生意気な口がきけないように犯しつくして、組織に従順になるように調教しろ! 命令に逆らえば、おまえも殺す」

 

「あのー、ボクってわりとコミュニティに貢献してると思うんだけど、それでもレイプされちゃうの?」

 

 意味がわからなかったんで、一応聞いてみた。

 

「嘘をついてただろう」

 

 その一言で、ボクは何を言っても無駄だと悟った。

 

 嘘っていうか黙っていただけなんだけどな。

 それともエミちゃんがコンビニに来たっていう嘘?

 そんなことでボクは犯されないといけないの?

 まあいまさら何を言っても無駄だ。

 大門さんは――、いや、大門は自分が正義だと思っている。

 

 ボクはさっさと大門を殺してしまうべきなのかもしれないけれど……、命ちゃんがそばにいる以上、下手な行動はとれない。

 

 不自然にならないように立ち上がり、飯田さんと目を合わせる。

 飯田さんは、まじまじとボクを見つめ、やっぱりボクの顔と足とふともものあたりを重点的にねぶるよう視姦するさまは立派なロリコンだと思う。

 

「ダメだ……私にはできない」

 

 バンッ!

 銃弾が放たれた。

 今度は、飯田さんの足元近く。狙いは正確だ。

 

 恭治くんの指がそろそろとショットガンに伸びる。

 

「恭治くん。不意に動くな。オレも正当防衛をしなくてはならなくなる」

 

 大門は牽制するように言った。

 それから飯田さんのほうに視線を流し、

 

「オレは嘘が嫌いなんだ。二度は言わんぞ。今度逆らえば本当に撃つ」

 

「や、やめてくください。あ、あ、あなたのことには逆らいません」

 

「じゃあ早く犯せ……この場で、オレが見える場所でな」

 

「それは……できかねます」

 

 ヤバイ。

 大門の目つきは本気だ。これ以上、逆らうと飯田さんが殺されてしまう。

 犯されるのは嫌だけど、飯田さんが死んでしまうのもいやだ。

 照準がゆっくりと飯田さんに合わせられるにつれ、地震でも起きているのかというぐらい、飯田さんが震えていた。

 

「残念だよ。飯田くん」

 

「ちょっと待って!」

 

 ボクは叫ぶように言った。今は止めなきゃ本当に撃ってた。

 

「なにかな。緋色ちゃん」

 

「ボクいいよ。おじさんとしても」

 

 飯田さんのほうに向き直りボクは言う。

 

「緋色ちゃん……何を」

 

 飯田さんが驚いたように目を見開いた。

 ボクとしてはせいぜい男の人を興奮させるような媚態を見せるだけだ。

 飯田さんの手をとって、頭をすりつけるように見上げる。

 

「べつにいいかなって思ってたからね」

 

 すりすりすりすりすり。

 

 腕のあたりの筋肉がこわばってくるのを感じる。

 

 女の子が怖いというより、割れ物の陶器を扱うような感じだろうか。

 

 自分が暴力装置として作動するのが怖いんだ。

 

 飯田さんらしい。でも……、ボクはボクなりの精一杯の女子力で飯田さんを陥落させる。

 

「おじさん。セックスしよ」

 

「はい……」

 

 はえーよ! もう少し粘ろうよ。3秒くらいしか経ってないよ!

 しかたないか。ボクがかわいすぎたんだ。

 そう思うことにしておく。

 

「ふ……ふはは。けなげだな緋色ちゃん」

 

 大門が楽しそうに拍手をし、それから首で続きを促した。

 

「でも……、ボクもさすがにみんなの前とか嫌だよ。あっちにある物置使わせてよ。いいでしょ」

 

 今度は大門に媚を売るボク。

 徐々に女子力が高まっている気がするぞ。

 ちらりと命ちゃんを見ると、殺意マシマシ状態だったので、ボクは視線で静かにしているように訴えかけた。この子が暴走するとさらにややこしくなるからね。

 

「まあいいだろう――。好きに使え」

 

「うん。わかった」

 

 大門の了承が得られたので、ボクは飯田さんの腕を引っ張って執務室を出た。

 執務室からバックヤードへは少し大きめのパーテーションのドアがあって、そこを開けば、十数メートル先に物置がある。

 

 姫野さんが使っていたという物置。

 仕事場。

 物置という言い方をしているけれど、結構大きい。

 スライド式のドア部分に手をそえて開くと、むわりとしたなんとも言いがたい空気がこちら側に流れこんできた。

 

 物置の中には小さな電球が天井あたりに釣り下がっていて、中にはなんの変哲もない布団が敷かれたままになっている。

 

 体重をかけていたのか敷かれっぱなしだったそれは、空気が抜けてぺらぺらになっていた。

 

 ある種異様な空間に――、濃密な生の香りに圧倒されてしまう。

 飯田さんも呆然と立ち尽くしている。

 

 意を決して中に入り、飯田さんを引きこみ、それから物置のドアを閉めた。

 そこは密室だった。

 そして、大門の命令で飯田さんはボクを犯さなければならない。

 

 あれ?

 これって。

 エロ本とかでよくあるセックスしないと出られない部屋なんじゃ……。

 ふと横を見ると、飯田さんの股間はこれ以上ないほど膨らんでいた。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

「緋色ちゃんいいのかい?」

 

「なに期待しちゃってるんですか。この変態……っ」

 

 ひとまず湿った布団の上に腰を下ろし、ボクはジト目で飯田さんをにらんだ。

 

「うひ。いきなりのありがとうございます」

 

「というか、飯田さん。さっきのは危なかったですよ。ボクが止めないと本当に撃たれていたように思います」

 

「それはそうだな。あの人も最初は悪い人には見えなかったんだが、どうにもゾンビ避けスプレーの力に酔ってるらしい」

 

 確かにそれはわかりやすい力だ。

 ゾンビに襲われないというだけで物資は補充し放題。

 施設の防衛にゾンビを利用したりもできる。

 銃の調達なんかも容易になる。

 

 わかりやすいチート能力。

 

 だから、その力を自分のものだと勘違いして、酔いしれているというのはありえる話だった。

 

 そうなると、言ってみればボクのせいなのかな?

 

 いや――、べつにゾンビ避けスプレーを使っても態度が変わらなかった人が目の前にいる。狂ったのは大門自身の属性だ。

 

「これからどうしようか……?」

 

 コンビニにいた頃と同じく飯田さんがボクに対してゆだねるように聞いた。

 

「うーん……おじさん。それなんですけど」

 

「なんだい?」

 

「セックスってどれくらいの時間するのかな?」

 

「あの……緋色ちゃんも察しているとは思うが、私は童貞だよ。セックスの時間なんて知ってるはずもない」

 

「そこはほら……友達に聞いたりとか」

 

「あいにく友達と呼べるような人がいなかったもので……」

 

「そうですか……」

 

 いたたまれなかった。

 

 ちなみにAVとかだとだいたい十分とか二十分だけど、あれはファンタジー説があるからなぁ。

 

「まあいいや。それはそれとして、おじさん。適当な時間が経過したあとに物置を出て、大門さんに逆らわないようにしよう。それから……、ボクといっしょに来る?」

 

「え?」

 

「だからね。ボクといっしょにホームセンター出ようよ」

 

「私を誘ってくれているのかい」

 

「それ以外に捉えようがないと思うけど」

 

 飯田さんはがっくりとうなだれるように下を向いた。

 

「いや……まいったな。嬉しいよ。初めて誰かに選ばれた気がする」

 

「じゃあ、いっしょに来るんだね?」

 

「ああ、私でよければいっしょに行かせてもらうよ」

 

 オンリーワンを選ぶという意味ではないかもしれないけれど、ボクはわりと飯田さんを買っているんだ。大門なんかよりずっとね。

 だって、飯田さんは一番人間らしかったから。

 他人を思いやる気持ちを誰よりも持っていたからね。

 

 素敵抱いてとはならないけど、まあ……わりと好きだよ。

 

「ところでどこに?」

 

「ボクが住んでたアパートだよ。めちゃくちゃ小さいけど、どこかは開いてるでしょ」

 

「まさか同棲!」

 

「しねえよ。ていうか、命ちゃんとも同棲しようかは迷いどころさんなのに、おじさんとは無理に決まってるでしょ」

 

「ううむ。残念だ。けど、命ちゃんといっしょのお部屋に住まないの? 姉妹みたいに仲良しだったじゃないか」

 

「そこは迷いどころさん」

 

 だいたいボクって他人といっしょに住めるのかというと、そういう実感がないんだよね。ゾンビお姉さんはクオリアが無いから住んでもなんの支障もなかったけれど、やっぱり後輩で妹分でも気を使っちゃうよ。

 

「命ちゃんと同格なのか……。それはそれで感動だな」

 

「……飯田さんは命ちゃんの次くらいです」

 

「まあ、それでも誘ってくれただけ嬉しいよ」

 

 飯田さんはこれ以上ない笑顔を返した。

 ちょっとだけは、守ってもいいよ。その笑顔。

 

「じゃあ、今からヒンズースクワット。百回です」

 

「え?」

 

「してたって証拠作り。必要でしょ?」

 

 汗かかないとね。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

「からだ……あつい。あついよおおおお」

 

「ハァ……ハァ……もうらめぇぇぇ。死んじゃう。死んじゃう」

 

「逝く。逝く。逝っちゃう!」

 

「もう出ない。もう出ないのおおおおおおっ。んほおおおおおおっ」

 

「こわれるう。こわれるう。こわれちゃうううううう!」

 

「うごいじゃだめええええ。もうこれいじょうはむりいいいいいい!」

 

 

 

 あ。これ全部飯田さんの声です。

 ていうか、うるさい。出ないって何がだよ。汗かよ。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

 あれから二十分くらい軽い運動をしてみたんだけど、どうしよう。ボクって全然疲れないや。汗はうっすらとかいているみたいだけど、体力的には全然大丈夫。ボクの体力は無限か? ゾンビだしなー。体力的には無限に走り続けるゾンビとかもいるし、そういうもんなのかもしれない。

 

 質量保存の法則とか考えると、どう考えてもおかしいんだけど、そもそもゾンビが死んでるのに動く時点で、そんなことを考えてもしょうがないと思う。謎のパワーが体中に満ち溢れてるのかもしれない。

 

 対して飯田さんのほうは、もう死んじゃいそうなくらい疲れていた。疲れすぎてなんというか賢者タイムみたいになってる。

 

 まあ、理論的には男のほうが動くことが多いから、これはこれでなんとかするしかないか。

 

 本当は――もう少し準備ができるとは思う。

 例えば、ゴミ箱に捨てられていたゴムから、なんというか……その中身を取り出して身体に塗りつけるとかさ。

 

 それだと完全にヤッた、ヤッてやったぞって演出ができてパーフェクトな感じはするんだけど、さすがに無理です。ボクはまだ男の意識も残ってるし、いや別に女の子だってそうかもしれないけど、好きでもない人の体液を身体につけたくないよ。うん。やっぱり無理。

 

 身体を拭くためのタオルとかも中に置いてあったから、それで拭いたって言い訳するしかないかな。

 

 ボクのできることはあまりない。

 汗だくの飯田さんを言い訳にするしかない。

 検分するように飯田さんを見ていると、なんとはなしに目があった。

 

 セックスをしたわけじゃないけど、飯田さんはボクに選ばれたと思って、穏やかな顔つきになっている。視線がいつもよりずっと優しい。

 

 これからはお隣さんとして仲良くしていけるといいなと思う。

 

 それからボクたちは物置を出た。

 


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