ハザードレベル28
サメ映画って面白くね?
ボクは真理に到達してしまった。
なんというかボクってゾンビ映画好きなんだけど、サメ映画もすごく好きなんだ。
ゾンビ映画とサメ映画って、こうなんというか……ボク的クオリアを伝達するのがとても難しいんだけど、どことなく似ている気がする。
どこがといわれると難しいんだけど――ポイントとなるのは人間だ。
ゾンビもサメもそれそのものが、物語を駆動するための小道具なんだけど人間そのものを周辺を埋めるようにして描写する装置になっている。裏側から人間を描くというような感じ。
つまり、ゾンビもサメもモンスターで人外で、でも人間と同じく凶暴で、ときには狡猾で、ときには人間に殺されたりして、そんな悲哀を持っているというところが似ていると思う。人外だけど人間っぽいってことね。
だから監督さんごとの人間観がわりとモロに内容に直結する。
ゾンビをただの障害物だと捉えたり、サメを自分が英雄になるための踏み台のように描くような人もいる一方、どことなく愛嬌があったり、愛情をこめたりできるようなそんな存在として描いたりすることもあるんだ。
サメは敵だけど、サメの気持ちになると、みんながボクを排斥してくるみたいで、そんな寂しさを覚えて、つまりサメに共感してしまって、なにくそって思ってひとりふたりくらいかみ殺してみたり、それで最後にはやられちゃったり。一喜一憂して、楽しくて悲しくて……。
あーもう、たまらねえぜ。
シャークネードを一巻から五巻までひとり鑑賞会しちまった!
時間を究極的にぜいたくに使っちまったというような、この気持ち。
ねえ。わかる?
このボクの気持ちわかる!?
そして、同じ時間で違うサメ映画を見ていたら、また違った時間が過ごせただろうという淡いノスタルジーに似たメランコリックな気持ちも感じる!
反省しよう。ボクに人生という時間を与えてくれた両親に対して猛省しよう。
ボクはシャークネードのあとにシャークトパスを続けて視聴するという、なんというかある意味、濃厚なとんこつラーメンを頼むと同時に長崎ちゃんぽんも頼むといった炭水化物地獄のようなサメ地獄を味わっていた。一生のうちで最も濃厚なサメタイムだった。もうあたま中サメまみれや。
精神がサメもたれしている……うっぷ。
――閑話休題――。
ホームセンターから帰ってきたあと、ボクは反省した。作文用紙いっぱいに『失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した』と書いたあと、それをぐちゃぐちゃに丸めてゴミ箱に放り投げるくらいには反省した。
よくあること、ではある。
人間関係をまったく失敗しないで生きてこられた人間なんて、おそらく超豪運の人か、家から一歩も出ない引きこもりか、あるいは物凄い天才かぐらいしかいないだろうし、ボクは普通の人間で、確率論的にありうる話として失敗したんだと思う。
世界はゾンビで満ちている。
ゾンビはボクたちの無意識だ。そして無意識とは言葉の前駆状態だ。
だから、ホームセンターでどんなことが起こり、ボクたちがどんな失敗したかという言葉をボクは持ちえない。無意識を語るというのは、それだけ難しい。言い訳乙という言葉もまたありうるだろうけれども。ほならね、君がゾンビを操ってみろって話でしょ。そうボクは言いたいですけどね。
深淵を覗きこむものは逆に深淵から覗かれるとかなんとか偉い人が言ってたように思うから、結局のところ、ボクはボク自身のこころもよくわかっていないということなのだと思う
ともかく、事実だけ述べると、ボクは失敗した。
人間関係をことごとく破綻させて、ただひとり、後輩で昔からの幼馴染でかわいい妹分の神埼命ちゃんだけ連れ帰って……いや、持ち逃げするように帰ってきたという苦い事実だ。
あれから命ちゃんはホームセンターで気絶してしまったから、ボクはお姫様抱っこしてアパートまで帰ってきた。いまはベッドで寝かせている。緋色先輩とキスしちゃったーうんぬんかんぬんと言いながら白いほっぺたが桃色に染まっているから、きっと幸せな夢でも見ているんだろう。
そして――。
もうひとつ。
「ご主人様♪ 今日の御召し物はなんにしましょうか」
ゾンビお姉さんが覚醒してしまいました。
☆=
ゾンビお姉さん。
それは綺麗なお姉さんにお世話されたいというボクの欲望がカタチとなって現れた存在だ。
正直なところ、ゾンビお姉さんには意識や心といったものが無いように思っていた。
だって、そうじゃないとボクは甘えられないから。いろいろと抑圧していた気持ちをぶつける相手として人形のようなゾンビお姉さんは本当に都合がよかったんだ。
ホームセンターからの苦い撤退のあと。
ボクはお姫様抱っこ状態で命ちゃんを家まで運んだ。
ホームセンターからボクの家までは歩いてもたいした距離じゃなかったし、ボクの力はかなりのところまでレベルアップしていたからたいして辛くもなかった。
でも肉体的には疲れ知らずとはいえ、ボクの心は折れかかっていた。
息苦しいような人間関係にというより、うまくできなかった自分に、嫌気がさしていたんだ。
陰キャにありがちな自分ってなんてダメなんだろう的なあれだ。
わかる人にはわかるあの状態だ。
それで、アパート二階への階段を上りきったところで。
ボクは――ふと見てしまった。
隣りの部屋が空いていた。人間がいたっぽい隣りの部屋。顔も知らない隣人の部屋。
その部屋のドアが開け放たれていて、隣人さんらしき男の人がゾンビになって出てきたのを見た時、ボクのなかではぷっつりと何かが切れるような音がした。
命ちゃんをベッドに下したあと。
お部屋の中で待っていたゾンビお姉さんをボクは押し倒していた。
「なんでこうなっちゃうかなぁ……」
それはもはや独り言でしかなく。
ただの無意識が口をついて出てきたに過ぎないものだった。
同時に、人間らしく人間っぽく、ボクはボクなりに思っていた事が堰を切ったように溢れ出すのを感じた。つまり、少し泣いちゃった。
押し倒されたゾンビお姉さんはボクの涙をそのまま受け止める形になる。
そして、ぽたぽたと。
ボクの涙が数適口に入った瞬間。
ボクは捕獲された。
いや、捕食されたといっていいレベルだった。
正確にはだいしゅきホールドというのだろうか。ゾンビお姉さんの手足はボクの体に絡みつき、それから無理やり今度はディープキス。
「むううううううう。むうううううううう」と引き離そうとするんだけど、もはやゼロ距離になってしまったら、そして柔道の寝技みたいに完璧にハマってしまったら、もはやボクの力でも抜け出せなかった。
それで、ゾンビお姉さんは意識というか心というか、クオリアを感じさせるようなそんな存在になってしまった。なぜかボクのことはご主人様認定だけど、その理由も察しはつく。
ボクはたぶんゾンビの中でも特別な存在で、身体の中にはゾンビウイルスの上位版みたいな何かを持っている。それをボクは自分の名前にちなんでヒイロウイルスって名づけたんだけど、たぶんそれがゾンビお姉さんに作用したんだと思う。
いやーきついっす。
ゾンビお姉さんにいったいどれだけ甘えたことか。
撫でて撫でてとせがんでみたり、無理やり褒めてほしいって承認欲求全開でお願いしてみたり、ゾンビお姉さんの前でファッションショーやったり、今日はお姉ちゃんと一緒に寝る~~(甘え声)ごっこをしてみたり、好き好き大好き超愛してるって言ってみたり、そんなさまざまな羞恥エピソードが思い起こされるに至り、ボクはきわめて順当に恥ずか死んだ。
ある意味、ボクの心は終焉を迎えてしまった。
現実逃避へのシークエンスはそれから数十秒もたたないうちに行われた。
ボクはゾンビお姉さんに朝まで映画見るから、隣りの部屋で待機するようにお願いし、それからたっぷりサメ映画を観てたんだ。いやあサメ映画って本当にいいですね。
サメだけにシャーク然としない? 審議拒否。そんなの関係ねえ!
ああ……朝焼けがまぶしいよ。
「ご主人様?」
「あー、あの、ゾンビお姉さん?」
「はい。なんでしょう」
「とりあえず、ボクの名前は知ってる?」
「えっと……緋色ちゃん様?」
なんだその緋色ちゃん様って……。
「ボクは夜月緋色っていうんだけど。お姉さん名前は?」
「わたしは水前寺マナって言います。でもいつもどおりゾンビお姉さんでいいですよ♪」
「あ……うん。でもマナさんでいいかな」
「いいですよ。いつもどおりしゅきしゅきしてもいいですよ」
いっぱいちゅき。
じゃねーよ。ボクはそんなことしてな……してるか。
してるよ……。
しっかり覚えられておられる。いままでのことも全部。
「うん……それもいまはいいかな」
「じゃあ、さっそくですけれども、お召しものはいかがいたしましょうか」
ゾンビお姉さんあらため、マナさんの手にはどこからか調達してきた女児用の服がたくさん握られている。はっきり言おう。すっげー似合いそう。それはまちがいない。
ボクの今の体型は小学生の女の子そのもので、小さくてかわいらしい。
超かわいいのは自負しているところだ。
でも、なんだろう。ちょっと嫌な予感がするんですけど……。
「お姉さんって、もしかしてですけど、小学生女児に欲情するようなタイプ?」
「そうですね」
「そうですか」
「ご主人様がわたし好みの超絶かわいい幼女で、わたし超ラッキーです♪」
なんというかストレートに自白されると、もう何も言えなくなっちゃうな。
「あの、ボクのことをなんでご主人様って呼ぶの?」
「それはですね。わたしの全身がそう感じてるんです。もう、めちゃくちゃ心の底から押し倒したい……じゃなかった。お慕いしたい、そんな気持ちが湧いてくるんです」
特に必要がないと思ってたから描写してなかったけれど、今のマナさんってシースルーでスケスケのスケベ下着を着ているから、かなり目の毒だ。
「身体のなかに何か別物がいるようなそんな感じがしない?」
「うーん……わたしって元から小学生女児を飼いたいって思っていた変態さんですから、特に何か変わったって感じはしませんね」
「そうですか……。お願いだから襲ってこないでね」
「襲いませんよ。ご主人様に身も心も捧げてますから、ご主人様が嫌なことはしません。絶対服従です。この場で、ゾンビな盆踊りを披露しろっていうんだったらすぐさま実行します」
ボクはマナさんのクオリアを破壊したいとは思っていない。
だから、その心には十全な自由を与えている。
でもそれって本当に自由だといえるのかな。
たとえばボクが命令したら、すぐに自殺させることもできるのかもしれない。
そもそも他人のクオリアは見えないのだから、お姉さんが人間っぽいふるまいをしているだけで、そういうふうに見えるだけで、その中身はまっくらなままということも考えられるんだ。
哲学的ゾンビな可能性は捨てきれない。
でも、それは誰であってもそうなんだ。
お姉さんは変態さんみたいだけど、もともとボクを甘やかしてくれた存在で、そのふんわりした雰囲気は好ましいところなのは確か。
ボクにはお姉さんはいなかったからなあ。
「ん? ご主人様がなにかわたしをサーチしてるような気がします」
「し、してないよ」
ボクはあわてて言った。お姉さんに対しては甘い対応になっちゃうな。ボクの弱い部分をさらけ出しちゃったからかもしれないけれど。
「あの今日はね。ちょっと眠いんだ。だから、このまま寝ようかなーなんて思うんだけど」
「なるほど。では添い寝させていただきますね」
「え、あの……いいよ。悪いし」
「なにが悪いものですか。むしろご褒美!」
「ボクの寝床用意してくれるだけでいいから……」
そう。ベッドには命ちゃんが寝ている。
一応、小さいボクなら隣りに寝るのは余裕なんだけど、それはほら、後輩とはいえ、女の子が寝てるのにそこに無理やりもぐりこむなんてできないよ。幼い頃はよくいっしょに寝てたけどね。
マナさんは押入れから毛布をひっぱりだしてきて、それを重ねて床に敷いてくれた。
これで簡易な寝床の完成。
「ささっ。どうぞ♪」
お姉さんがウェルカムモードにならなければね。
「あの、マナさんって隣りの部屋でずっと起きてたの? それで眠いとか?」
「あ。はい。ずっと起きてましたよ。耳をぴったりと壁にくっつけてご主人様の吐息を聞くというのがとても甘美な体験でした」
「あ、そう……」
「ああ、その、ゴミ屑を睥睨するような視線。素敵……。ああ幼女様っ!」
「……ボクの命令が無いと寝ることもできないとかじゃないよね?」
「それはないですよ。わたしはわたしの『感じ』を持ってますから。例えば眠気を感じたら、普通に寝ます。もちろん、ご主人様が起きておけと言われれば、そうしますけど」
「寝ていいよ。でもどっちかといえば、そっちの命ちゃんといっしょのベッドで寝ててほしいんだけど……。そういえば命ちゃんに対する認識はどんな感じなの? ボクは無意識にマナさんをコントロールしてるのかな。襲わないようにって」
「いえ。コントロールはないですね。その点については――、わたしと同じ仲間って感じでしょうか。なんというか、すごく同族意識を感じます。吸血鬼ものだったら同じご主人様を戴く眷属みたいな存在でしょうし」
「眷属ね……」
じゃあ、命ちゃんも同じく眷属か。
それはちょっと困るというか。
ボクは支配しちゃってるじゃないか。
「ご主人様。支配するのはお好きでないですか?」
「うーん……それはあんまり好きじゃないんだけど」
「でも、人間関係って依存が基本ですよ」
「そうかな?」
「そうですとも。人という字を考えてください。左にいる人は右にいる人に支えられています。どう見たって左の人のほうが楽してるでしょう。左の人は右の人に依存しているんです」
「金八先生に怒られるよ」
「自立した対等な関係なんてほんのごく一部の人間だけだと思います」
「お姉さんは大人だね」
「大人になんてなりたくなかった。わたしは幼女になりたい。はやく幼女になりたい!」
綺麗なお姉さんは残念なお姉さんでした。
「まあ、いろいろと主義主張があるのはわかったよ。どうあがいても現状が変わるわけではないし、ヒイロウイルスを除去する方法もわからないしね」
できるだけ支配やコントロールをしないように気をつけるしかない。
ボクにできることはそれだけだ。
「ご主人様。でもですよ。わたしや命ちゃんはダイレクトな支配ですけれども、ゾンビウイルスカッコ仮についても、ご主人様は操れるわけでしょう」
「うん。まあ」
「で、人間はみんなゾンビウイルスに感染している」
「……うん」
「だから程度問題とはいえ、ご主人様によってみんな操られてるんじゃないですか?」
「あ?」
そうなのかな。
人類全体はあの彗星のせいかどうかは知らないけれど、ゾンビ的な何かに既に感染してしまっている。人類全体が――。
だったら、人類は既にボクの手中に?
そんな馬鹿な。
「いやいや。ボクって殺されかけたりしてるし、嫌なことされたりしてるし。ボクが人類を支配しているっていうんだったら、そんなことが起きるなんておかしいじゃないか」
「それもご主人様が無意識に他人との接触を求めてる結果なのかもしれません。人は他人との紛争が起こったり、嫌なことが起こったり……そうして憎んだりしたときに、一番他者を感じ取れるものですから」
要するに、とマナさんは続けた。
「摩擦なんですよ。摩擦が起こると人間は人間を感じ取れる。もしも自分の言うことに絶対服従の存在がいたりしたら、何も感じないツルツルの人間関係だったら、ロボットを相手にしているのと同じでしょう? そんなのはごめんだと、ご主人様は無意識に考え、そうして実行したとも考えられます」
「違うよ……」
そんな可能性はちょっと怖すぎる。
だって、それはこの宇宙にひとりぼっちで浮かんでいるのと何も変わらないじゃないか。
「独我論ってご存知ですか?」
「うん」
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独我論
我思う故に我ありという言葉は有名だが、その言葉が呪いとして反転すると独我論になる。自分の精神以外は、どんな存在も存在自体を疑いえるのであり、例えば、世界は既に滅びていて、他人は自分が見ている夢に過ぎないとしても、それを反証しえない。ものすごくカンタンに言えば、自分以外は誰もいないんじゃないかという思想。
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「では独我論の特効薬は?」
「ん? なに?」
「セックスです!」
わが腕のなかで息絶えるが良いとでも言いたげな――。
そんな腕の開き方で、ボクを迎え入れようとしないでください。
「わたし、ご主人様と摩擦したいです。こすりあいたいです!」
「お姉さんは、隣りの部屋でひとり寂しく寝ててください」
「後生な! せっかく、喜びを感じ取れるようになったというのに。モヤのかかったような意識から、光があふれ、ご主人様が幼女天使に見えたというのに。ああっ。ご主人様から見捨てられたら生きていけない」
手で顔を覆うのはいい手法だ。
でも、チラ見するのはやめたほうがいいと思う。
ボクは親指で出ていくように命じた。
しぶしぶながらもボクの命令には根本的なところでは逆らえないのか。それとも幼女の命令は喜んで受け取るただの変態なのかは知りようもなかったけれど、ともかく一時の静謐を得た。
さすがにボクも疲れちゃった。
でも――、独我論か。
ゾンビウイルスは世界中に蔓延しちゃってる以上、ボクの延長であるゾンビウイルスはみんなの心のなかにも存在してしまっている。
それがまったく影響がないかというと、それを判別する術はない。
みんな『ボク』であるがゆえに、ボクはひとりきりかもしれない。
さみしいな――。
それはすごくさみしい。
「そうだ。雄大に電話してみようかな」
まだ電話も使えるし、ネットも使えるけれど、今後どうなるかはわからないんだ。
ボクはすごく雄大と話したいと思ってしまった。
PRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR。
P!
すぐにつながった。風の音が聞こえる。
バイクを走らせてるのかな。片手運転なんてバイクじゃ無理だけど、最近はイヤホンマイクで手放し運転できるからね。もちろん違法だけど、今はもう法律そのものが機能していない。
ボクは思わず前のめりになる。
「よう親友!」
明るい声だった。
「やっほー親友!」
「なんだよ。深夜のハイテンションって感じだな」
「深夜のハイテンションだよ。サメ映画を豪華六本立てで見たんだからな!」
「おまえ本当に時間潰すのうまいな」
「山に登るというただ疲れるだけのことに全力を費やす雄大ほどじゃないよ」
「おまえな。たまには身体も動かせよ。女子みたいなプニプニの身体になっちまうぞ」
女子です。
思いっきりプニッとしてます。
なんて言えるはずもなく――。
親友って言ってくれて、どんなにうれしいか、こいつは知らないだろうなって思う。
あれは――、ボクが小学生くらいの時だったかな。
雄大や命ちゃんはボクの友人で、当然一番長い付き合いだったけれども、小学生のときはボクもそれなりに人間関係を構築しようと努力していて、だから、友人のひとりやふたりはできていた。
名前を思い出すのもちょっと難しいくらいの淡い記憶だから、仮にその子といっておこう。
その子とボクは隣りの席で、クラスでよく話すようになっていた。
サッカーが好きな普通のどこにでもいるような男の子で、ボクもその子と話をあわせようといろいろと努力した。たいして興味もなかったサッカーの番組をみたり、選手やチームの名前を覚えたり、それなりの努力の結果、それなりに仲良くなっていた。
で、なんの気なしに。
ボクは「ボクたち親友でしょ」的なことを言ったと思う。
小学生くらいの記憶はボクにとっても遠くて、せつないぐらい遠くて、よく覚えていないんだけども、そのことだけははっきり覚えている。
その子は「親友ってそんなんじゃないよ」的なことを言って、鼻で笑った。
たぶん、その子にボクを傷つける意図はなかったと思う。
馬鹿にしたわけでもない。
ただ、その子の中ではボクはクラスでたまたま席が隣りになっただけで、一年か二年くらいの浅い付き合いで、ボクは親友と呼べるほどの間柄じゃなかったんだろう。
もしかしたら、ボクにとっての雄大のように、彼にとっての親友がまた別にいて、そういう評価に至ったのだと思う。
それから、ボクは少しだけ人と話すのが怖くなった。
友達だとこちらから告げるのが怖くなったんだ。
で、そんなことを誰にも話せずにいたら、雄大に会ったときに、たまたま偶然なんだろうけれども、「親友だろ俺たち」的なことを言ってくれて、それでボクは泣いてしまった。
雄大は自分がなにかしでかして、それで泣かしたんじゃないかっておろおろしていたんだけど。
そんなことも含めて、ボクが人間をまた信じることができたのは、こいつのおかげなんだと思う。
「ねえ……雄大」
「どうしたよ。緋色。いつもどおり幼女声に聞こえるが、今日は少し沈んでるぞ」
「うん。きっと、サメ映画がボクのSAN値を削ったせいだと思う……」
「で、どうしたんだ? 言ってみ?」
「あのね。ボク、人間のことをどうしたら信じきれるのかな?」
「あー? よくわからんぞ」
「違うな。えっと、どうしたら雄大みたいに人を思いやれるのかな」
「オレはべつに人を思いやってるなんて意識はないけどな」
「それが雄大のすごいところだよ」
「そうか。まあ、いいんだけど――。おまえが言う『人』っていうのは誰か具体的な人なのか?」
「うーん。そういうわけじゃなくて、こう……概念的な感じの人だよ」
「抽象論としての人か」
「そうかも」
「人間不信ってやつか? オレにはよくわからん感覚だが」
「そうかもね」
「おまえって数年置きに人間不信モードになるからな」
「そうだよね」
ずうううううううううん。
雄大にはボクを傷つける意図はないとわかってるんだけど、ボクはボク自身の至らなさを骨の髄まで認識してしまって、気が沈むのを抑えきれない。
「でもまぁ……。オレだって合わないやついるぜ。学校のアホ校長とかさ。バイト先の先輩風吹かしてくる馬鹿とかさ。だから、たまたまお前が会ったやつがお前に合わなかっただけなんじゃねーの?」
「そうかな?」
「わかんねーけどな。ただオレの経験からすればだ。合わないやつもいれば合うやつもいる。お前のことを好きだって言ってくれるやつだってこの世界にはたくさんいるだろうさ」
「うん……」
「だから、おまえが人間不信な自分をいやだって言うんだったら、たくさんの人に会ってみたらどうだ?」
たくさんの人に会う?
それはすごく怖くて――、でもそうかもしれない。
独我論を打破するには、独りきりじゃ無理なのは決まっている。
「まあ、無理にとは言わん。おまえの人間不信という実感を解消するには、おまえ自身がどうこうするしかないんだからな。オレは……っと、ようやく函館が見えてきた。緋色知ってるか。北海道の田舎は、道がぼこぼこで走りにくいったらありゃしねえ」
「大丈夫なの?」
「まあゾンビも寒いと身体が動かないのか、比較的安全だな。もともと函館は坂の無い長崎みたいな感じだし、なんとなく土地勘は働く」
「気をつけてね」
「ああ。おまえも、がんばれよ」
とぅんく。
とぅんく。
ああ……。うん。ボクがんばるよ。
配信じゃなくてサメじゃん。
サメたわサメだけにというあなた。
目ザメなさい。
サメに飲まれよ!