あさおん・オブ・ザ・デッド   作:夢野ベル子

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ハザードレベル2

「はぁ……それにしてもやっぱりかわいい」

 

 まっしろで細い腕をグッと伸ばし、お風呂場の鏡に手のひらをピッタリくっつける。

 朝起きてからずっと顔見てたけど、顔だけじゃなく、全身全霊で美少女してます。実を言うとね。フフフ……知ってた! 知ってました!

 

 もう、なんというか美少女というのはオーラ(ちから)で、美少女だってわかるからね。たとえ後姿しか見えなくても、指先しかチラ見せしてなくても、真の美少女は美少女だとわかるものだと、ボクは思う。

 

 クソダサいフリースで減殺されていたんだろうな。

 服を着ていない今の状態のほうがまるで美術品のように綺麗でかわいい。

 あー、このあとめちゃくちゃ着飾りたい。

 

 とはいえ――、

 いまのボクの紅い瞳には男の視線としての欲望の色は映っていないように思う。

 朝起きた頃より、精神が身体になじんできている感覚がある。

 

――これがボクである。

 

 という、しっかりした認識ができてきてるみたい。

 

 少し恥ずかしい気持ちはある。膨らみは足りてないかもしれないけれど、男だったときとははっきりと異なる胸とか、少しだけくびれてるおなかのあたりとか、陶器みたいな真っ白な肌とか、完璧な角度としかいいようがない鎖骨まわりとか、産毛すら生えていないなんだか柔らかくておいしそうに見える脇とか、そういうのを認識すると、自分の肢体に欲情するわけではないけれども、女の子になっちゃってるという感覚があって恥ずかしい。

 

 ひゃー。こんなかわいい女の子が裸で立ってたら、絶対襲われちゃうよね。

 

 なんて倒錯的なことを考えたり。

 ボクは案外変態なのかもしれない。

 

 細いけれども柔らかな足をピンっと伸ばして、そろりそろりとお風呂に浸かる。

 

「あーぁ。女の子になったら肌の感覚が鋭くなってるのかな」

 

 なんだか、蕩けそう。

 

 結構なボリュームのお月様のように淡い金色をした髪の毛が浴槽に浮かんでいた。なんだか川副町のほうの『のり』みたい。ご飯を巻くほうのね。

 田舎の代名詞で、特段何の名産もないといわれている佐賀ランドだけど、わりといろんな食べ物がとれることを知っておいてほしいのでした。まる。

 

 それにしても、この髪わりとうっとうしいな。

 

 浴槽から立ち上がると、肌に吸いついて面倒くさい。男だったときは短髪で、シャンプーなんかちょっとでよかったのに、いまではちいさな手のひらに三回は出して、その白濁の液体をベタベタと髪の毛にデコレートしなければならなかった。全然卑猥じゃないからね。シャンプーだし。

 

 面倒くさくなったボクは、髪の毛といっしょに身体のほうも洗う。ちなみにどこまでも自堕落なボクは、身体を洗うときにスポンジとかを使ったりはしない。手のひらで十分。女の子の柔肌だとスポンジでごしごしこすると痛いとかいうし、これはこれでよかったのかもしれない。

 

 お肌のほうは、まるで防水スプレーをかけた傘みたいに水たまを弾いている。お肌のキメが細かいせいかな。ともかく、洗っていくと、いままで別に汗とかかいてなかったけれど、綺麗になっていってる感じがして好き。かわいいものがさらに磨かれてかわいくなっていくことに対する快感とリラックスした環境にすっかり満足してしまった。

 

 自堕落でやる気のない半分ニートな感じのボクだけど、お風呂だけは毎日入ってたからね。

 

 髪の毛と身体についたシャンプーをシャワーで完全に洗い流すと、ボクはもう一度湯船につかった。

 

「あー、生き返るー」

 

 でも、外はゾンビだらけなのだった。死が蔓延しておられるぞ……。

 ぶくぶくぶくぶく。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

 とりあえず、今後お風呂に入れなくなるかもしれないというのは非常に心苦しいものがあったけれど、ボクは賢い子ですから、もう一度お風呂場を洗ってから、水を張りなおしましたよ。

 

 お湯が出るうちは、毎日お風呂に入ろうかと思うけど、水も電気も止まったらどうしたらいいんだろうね。

 

 そして、アパート内を全裸で歩き、うろうろとするボク。

 

「着るものどうしようかな……」

 

 部屋の中はガンガン冷房をかけているし、外はめちゃくちゃ暑いに違いない。若干引きこもり体質なボクは、コンビニとか大学の講義のときぐらいしか外に行かないから、家ではちょっと厚めの服を着ている。それがさっきまで来ていたフリースなわけだけど……。

 

 少しくらいはおしゃれをしたいと考えてしまう。

 せっかくかわいい女の子になったのだから、そのほうがいいに決まっている。これはボクが、というよりもRPGとかで自キャラにいいものを着せたいという心境なのかもしれない。

 どうせなら野郎のケツより、かわいい女の子の後姿を見てたいという例のアレだ。

 しかし、哀しいかな――、うちには当然のことながら小学生女児に似合う服などあろうはずもなかった。

 

「あさおんするのを予想して、かわいい服をひとつぐらい買っとくべきだった」

 

 とりあえずなんとなくでも着れるTシャツに体育のときだけ着るハーフパンツをあわせてみた。裾は……だしたほうがいいかな。シャツは男だったときのだからか、ふともものところくらいまである。上手い具合に調整してっと。

 

 うーん。

 

 なーんか……かわいい……のだが微妙。

 

 ボクにはもともと女装癖はなかったけれど、こんなにもかわいさが爆発していると、やっぱり伝説の白ワンピとか、フレアスカートとか、女児力高めの装備をしてみたい。

 

 うーん、しまむら行ったら死ぬかな。

 洋服買いに行って死ぬとかアホすぎてさすがにダメだろう。

 

 気づくとお昼近くになっていた。まる三十時間近く食事をしていないことになる。さすがにおなかがすいてきた。

 

「なにかなかったかな」

 

 冷蔵庫の中を調べると、自己申告したとおり、マヨネーズとか醤油ぐらいしかなかった。

 

 ん。奥のほうになんかある……。あ、見てはいけないものだ。それは、およそ数ヶ月ぶりに発掘された本当に腐ってしまった納豆だった。

 捨てよう。それにしても、納豆はこういうふうに元から発酵しているものだけれども、本格的に腐るのは環境にもよるけど一週間くらいかな。常温では。冷蔵庫の中でも腐るんだねぇ……。はは。

 

 ゾンビはどうなんだろうと思わなくもない。

 

 ピックアップされた彗星でゾンビになった人は、まったく傷もないから腐敗菌が入りこむってこともあまりなさそうだし、代謝もほとんどしていないということは、たぶん体温も低いと思う。

 腐らないのかな? そもそも死んでいるのか生きているのかもわからないんだから、調べようがないけど。

 普通、人が死んだらドライアイスとかで凍らせて遺体が傷まないようにするらしいけど、まさかそこまで冷え冷えになってるわけでもないだろう。

 さっきカーテンから覗いた外の様子では、太陽は照りつけているし、温度は三十度を超えている。きっと、腐るはず。

 

 そんな感じで楽観的に考えるボク。

 

 あー、でもおなかすいた。

 なんか他にないのかな。台所スペースの隅々まで探す。と、ひとつだけカップ麺が見つかった。これも魔界入りしている。消費期限を一年以上経過。背に腹は代えられないから、最終的には食べないといけないかもだけど、昔これくらい消費期限を過ぎたやつを食べたときには、やっぱりおなかが痛くなっちゃった。

 今の終末ゾンビ世界で食中毒とか洒落にならないし、やめておいたほうがいいだろう。

 

 というわけで――、つまるところまともな食べ物がないことが判明しました。

 どうしよう……。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

 結論。どうしようもない。

 

 今のボクの身体は驚くくらい軽くて、ぴょんぴょん跳ね回ることができそうなくらいエネルギーに溢れてるけれど、外がもしもゾンビだらけになっているとしたら、小学生女児が生き残れるとも思えない。

 

 かといって、警察や自衛隊がやってきて、ボクを救ってくれるかというと、それも怪しい。

 

 同じアパートの扉を叩きまくって、助けを請うのはどうだろう。

 

 それもなんだか怖い気がした。

 

 ボクはたぶん人間のことがあまり好きではないのだと思う。だからこそ友達が少ないわけだし、引きこもり体質なわけだ。

 

 だから……人と会話するのが怖いところがある。べつにまったく会話ができないとか、目を見て話せないとか、そういうんじゃないけど、会話するときに人の気持ちに配慮したりとか、相手はこっちのことなんかこれっぽっちも配慮してくれなかったりとか、そういうふうにグダグダ考えてしまうと、会話すること自体が損な気がして嫌なんだ。

 

 一言でいえば、人間関係がわずらわしい。

 というのが、本音のところなのかもしれない。

 

「あー、でも」

 

 いまのボクなら愛されキャラにもなれるとは思う。

 天使みたいな愛くるしい容姿に小学生高学年程度のかわいい盛り。

 まともな社会なら庇護対象だといえるだろう。

 

 いまのボクなら陰キャならぬ淫キャになれたりして……ふぃひひ。

 

 ただ、それはあくまで社会がまともに機能していたらの話だ。ゾンビが溢れた世界だと、人間が一番怖いというのが常識だ。

 

 映画、『ゾンビ』では、モールで安全を確保していた生存者たちが最後に略奪者に襲われてしまう。ごついバイクに乗った北斗の拳のヒャッハーさんみたいな人たちだ。

 

 日本人は礼儀正しいとは言われているけど、さすがに社会の機能が麻痺している状況では、どんな態度をとられるかはわからない。

 

 ないとは思いたいけど、ロリコンに捕まって、ノクターンな展開もありえる。

 さすがにTS陵辱展開は勘弁してほしいところです。

 健全にあさおんしたいです。

 

 ボクはベッドにごろんと横になり、ちょっと涙目になっていた。

 

「はぁ……おにぎり食べたい」

 

 誰かおにぎり持ってきてくれないかな。昆布と高菜がいいな。

 

 すごい美人のお姉さんが優しく「緋色ちゃん。ご飯よー」的に持ってきてくれるとなお可。

 

 そんな感じで益体もないことを考えながら、ボクはベッドのところでちいさく丸くなった。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

 ボクはふと目を覚ました。

 

 また寝ちゃってたらしい。おなかすきすぎて寝れないかと思ったけれどもそんなこともなく、普通に幼女っぽく電池が切れたみたいに一瞬で意識がなくなってた。

 カーテンを閉め切った部屋は既に薄暗く、何時だろうとボクは寝ぼけ眼で考える。

 

「ふぁぁぁああああ」

 

 うーんっと伸び。

 ボクはあいかわらず美少女の身体らしい。

 ドライヤーできちんと乾かさなかったせいでモサモサになってしまった髪が哀れなくらい爆発している。これ、もしかして手入れするの大変なんじゃね……って覚醒しきれていない頭で考える。

 

 と、そのとき。

 ピンポーンと、玄関のほうからはじける音が聞こえた。

 

「ふぇ。なんだろう……」

 

 ボクの部屋に来るのは友達の雄大か、後輩の命ちゃんか、あるいは国営放送の怖い人か、新聞か宗教の人くらいしかいない。

 

 基本は居留守を使っている。

 

 て、いうか……。

 

 ぞわりとした感覚がボクの中にかけめぐる。

 ボクは一瞬で覚醒した。

 

 もしかして、ぞ、ゾンビなのかな?

 

 ゾンビが呼び鈴を鳴らすというイメージはあまりない。どちらかというと窓や扉を全体重かけて叩きまくるというイメージだ。映画でもゲームでもだいたいそんな感じ。

 

 ボクとしては知性のある行動のほうが当然好ましい。

 さっきは人間が嫌いみたいなこと思ってたけど、ゾンビよりは人間のほうがいいよ。当然でしょ。人間はあまり噛まないからね。

 

 ボクはおそるおそるドアのところに近づく。

 呼び鈴は最初に鳴ったときから、何度も何度も鳴っている。繰り返すように一定周期。それが逆に怖かった。

 なんだか機械的で、もし仮に人間だったとしてもサイコパスじみていると思ったからだ。

 

 そして、呼吸を殺して――、

 覗き穴からこっそり覗いてみた。

 

 そこには、ゾンビがいた。

 うん。ゾンビだよね?

 生気のない紫色をした肌。焦点のあってない瞳。口元はだらしなく開かれ、うーうーと小さくうなっている。

 決定的なのは夏だからしかたないのだろうが、着ている服がシースルーといいますか、こう、なんといいますか、えっちな下着的なやつだったことだ。

 外がいくらゾンビだらけとはいえ、こんな格好でわざわざ外を出歩く人間はいないだろう。

 羞恥心のない。心そのものがないゾンビでない限りは。

 はい、確定です。ゾンビです。

 てか、ゾンビって呼び鈴ならせるのか。知性あるゾンビっていうのもゾンビものでは少数いたりするけど、いきなり特殊ゾンビとエンカウントするなんてどうすれば……ってどうしようもないよ。

 

 そして――、そしてボクは唯一できることをした。

 つまり――、とどのつまり――、

 誰でもどこでもできるほとんど唯一の人間的な行為。

 

 お祈りをした。

 

(あっち行ってぇぇ~~~~~~)

 

 ボクのお祈りが通じたのか、それとも息を殺していて人間的な反応がなかったせいなのかはわからないけれども、ゾンビはせわしなくきょろきょろと視線を動かしたかと思うと、視界の外にはずれていった。

 

 それから何分か、何十分か、ボクは玄関のところにいた。

 

 心臓がバクバクいってる。

 ボクは玄関のチェーンをかけて、あえて鍵をはずした。

 ゾンビが目の前にいるかどうか確認しないのも怖い気がしたから。

 下手すると、ホラー映画ではよくありがちな、手がドアの隙間から「こんにちわ」してくる可能性もあったけど、あれから変なうなり声はしないし、たぶん大丈夫だと思う。

 ほら、ゴキブリかなにかを見つけたときに、絶対に退治しないと眠りたくないじゃない。あんな感じ。

 

 そんなわけで、恐る恐るドアを少し開ける。角度的に外を見るには厳しかったんで、手鏡を部屋からとってきて、それをチェーンの隙間から差し入れた。右よし、左よし。大丈夫みたい。

 

 ボクの部屋は二階建てのアパートの二階にあって、ちょうど階段に通じる廊下の真ん中ぐらいに位置している。

 

 一階に通じる階段は廊下の両端にある。どこか他の部屋にでも行ってない限り、ゾンビは一階におりたのだろう。

 

 ゾンビって階段をのぼりにくいというパターンが多いけど、のぼれないってわけじゃないからね。

 

 

==================================

ゾンビは階段が苦手

 

学園黙示録でゾンビは階段を上り下りしにくいとされる。しかし、まったく移動できないわけではないので、慢心はダメ。絶対。ちなみにゲームバイオハザードにおいては初期ではゾンビは階段を登りおりできなかったが、その後、階段も移動するようになった。映画バイオハザードにおいてもかなりのスピードで階段を駆け上っているので、ゾンビが階段苦手というのは、いまどきのゾンビでは適用されないともいえるかもしれない。

 

==================================

 

 手鏡の角度を何度か変えてみると、視界の隅になにやら黒い物体が目に入った。それは墜ちた手のひらでした――とかだったらびっくりしていただろうけど、そんなことはなかった。

 

「おにぎり?」

 

 ちょっと怖かったけど、チェーンをはずして、ボクは身体を小さくして、こっそりちょびっとだけ、外にでてみた。

 

 それを手にとってみる。

 

「やっぱりおにぎりだ」

 

 しかも、ボクが食べたかった昆布と高菜味。コンビニから今まさにお届けしましたって感じでいつものとおりビニール梱包されているやつだった。中身も特にぐちゃぐちゃになっているわけではないし、たぶん食べるのは大丈夫そう。

 

 それにしても――、

 なんでこんな廊下のところにおにぎりが落ちてるんだろう。

 

 腑に落ちない気持ちのまま、でもおなかはすいてたから、ボクはお部屋の中に持って帰ることにした。

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