もちろん、速攻で却下されました。
出会い系アプリ。なにがそんなに悪いのかな。使ったことはないけれど、その名前のとおり、誰かが誰かと出会うためには最適だと思うし、こんな世界になったのだもの。人が人と出会う手段としてはこれ以上ない手段だと思うのだけど。
「出会い系アプリを小学生みたいな先輩が使うとか、絶対にハイエース案件に決まってるじゃないですか」
え? ハイエースってなに? なんか車の名前でそんなのあったような気がするけど。
「うーん。ご主人様が出会い系アプリ使ってたら、速攻で課金しちゃいそうです。廃課金必至!」
課金ってなに?
ボク自分のこと超ウルトラレアだとは思ってるけど、出会い系アプリって課金要素あるの?
「これはわかってませんね」
「ええ、いけません」
「緋色先輩はすぐにころっと騙される、チョロイン枠ですよね」
「出会って二コマで即メス堕ちしてそうです。知らない男の人にお菓子あげるからってついていっちゃダメですよ」
「なんだよ。ふたりして、ボクは……えっと、男ごころに詳しいんだから!」
だって元男だし。
男を手玉にとるくらい簡単だし。
よゆーだよ。そんなの。
「そもそも、出会い系アプリってどんなものか知ってるんですか?」
命ちゃんの冷静な一言に、ボクはちょっとだけ動揺を隠せない。
なぜなら陰キャで引きこもりなボクは、人間とのコミュニケーションツールをことごとく脳内にインストールしてこなかったから。
いま流行りのらいん?とかつぶやいたー?とか、いんすたハエ?とかあまり知らない。匿名掲示板にスレッドを立てたのだって、つい最近という始末。
一方的に鑑賞する系統のは大丈夫なんだけど、双方向性を持つツールは苦手というパターン。
だから、当然――出会い系アプリというのがなんとなく……こう、すごく効率的に人と知り合えるぐらいのイメージしかない。
「出会い系アプリを背伸びして使おうとする幼女……。尊い」
なんだよ。お姉さんまでボクをバカにして。
「ボク、マナお姉さんのいうとおりに人間を好きになる努力がしたいんだけど」
「ああ……ご主人様が天使すぎる件」
「本気なんだけど」
「風船のようにふくらんでいくほっぺが素敵です……。あ、ごほん。本気で嫌がってますね。えっと、真面目に答えますと、出会い系アプリって結婚を前提にお付き合いとかが、一番まともなパターンで、その次は単に肉体的な接触を持ちたいというよくないパターン。もっと悪いパターンは、ご主人様みたいな幼い子どもと援助な交際をしたいという最悪パターンにわかれます」
援助な交際って……。
あれですか。お金を渡して、えっちなことをしちゃうというあれですか?
ボクはショックを受けていた。
お姉さんじゃないけど、口でガーンと言いそうだ。
「先輩。自分の可愛さがちょっとバカかとアホかとってレベルだということを自覚してくださいね。すーぐお持ちかえりされちゃいますよ」
「ゾンビだらけだし……。お持ち帰りされないし」
「じゃあ、そもそも出会えないじゃないですか」
「う……」
そうなのか。
出会い系アプリじゃ出会えないのか。
「でもご主人様」
マナさんが口元に人差し指を当てて言う。
「いい線いってるかもしれませんよ。ご主人様が人と出会いたいとか人を好きになりたいというのであれば、アイドルになればいいんです」
「アイドル……?」
「そうです。アイドルでゾンビマスターなご主人様。略してアイマスなご主人様。素敵です」
「ネットでアイドル……。そっか。配信か。配信すればいいんだ!」
なんとも素晴らしい考え。
アイドルなボクっていうのは、ちょっと考えもつかないけれど、みんなにボクを知ってもらうという意味では、動画とかを投稿するのが一番早い。
いま流行のユーチューバーなら――ボクきっとみんなに知ってもらえるよね。
ゾンビだらけの世界でも、ネットも電気もまだ生きている。
食糧を大量に備蓄した引きこもりなら、もしかしたら動画サイトとかを回っている人もまだいるかもしれない。
だって、世界には70億人も人が住んでいて、そのうち7億とか20億とかがゾンビになったとしても、50億以上の人がいるんだし。
まだ間に合うよね。
「先輩。それはあまりよくないと思いますよ」
「え? 命ちゃんは反対なの?」
「反対です。出会い系アプリよりはマシだとはいえ、配信なんかしたってこんな世界で誰が見るって言うんです? 見る人がいたとしても終末世界を諦観した、いわば怠惰な人たち。心が弱い人たちばかりです。そんな人たちに好きになってもらったって、なんの意味があるんです?」
「それは……わからないじゃないか。ボクはまだ誰とも出会えてないんだし、知ってもいない。だから、その人たちのことを知りたいから、わかりたいから配信しようと思ってるんだよ」
「無駄ですよ」
「ボクはそうは思わない」
「先輩。考え直してください。私は……先輩のことを誰よりも想ってます。たとえ、七十億の人間が先輩のことを好きだって言っても、その70億の想いに勝てると思ってるんです! だから――」
私を選んでください。
そう言いたげな視線だった。
命ちゃんは自分の想いを全部賭けることができる子だし、自分のいのちすら惜しくないと思っている。
ボクだけを欲しいといってくれるのはすごく嬉しい。
でも――。
「配信なんかしてファンが増えたとしても、そんなファンなんて、ただの知り合い以下の人間ですよ。ホームセンターで出会った人たちよりも薄い関係です。ネットとリアルという壁が防御してくれる面もありますけど、また先輩が傷つくかもしれないんですよ!」
「それはそうだけどさ。愛着って、ひとつの対象に絞らないといけないってわけでもないと思うんだ」
例えば、ボクはゾンビ映画のどれが一番好きなんていうことはあまり決められない。上位10位くらいはわかるけどね。
もちろん命ちゃんの言うこともわかるよ。いわゆる、フツーって生き方を考えたら、結婚して子どもを産んで家庭を持つっていうのが一番いいって考え方が多数派なのはまちがいなくて、だからこそ人間は増え続けているわけだよね。
だから、『結婚』する程度には、人は人を選ばなければならない。
70億人と結婚しますとか意味不明なのは間違いないから。
人は人を好きになるっていっても、限界がある。
でもさ。ネットでの不特定多数とのつながりは確かに感情的なつながりは薄いかもしれないけど、その薄さはゼロじゃないんだ。ゼロじゃなければ、その薄さもきっと意味がある。
人間が好き。
って胸張って言えるくらいにはなりたい。
「どうしてですか? どうしてそんな他人に構おうとするんです?」
「どうしてかな。マナさんの言葉じゃないけど、まだボクは人間のことを同志だって思ってる部分があるからかも」
「敵だらけだったじゃないですか」
「味方もいたよ」
そもそもこんな世界になる前でも。
若干の引きこもりで、陰キャで、あまり人とのかかわりがないボクでも、さすがにコンビニには行くし、スーパーで買い物したりはするし、そんなときにボクはほんのわずかながら人とのつながりを感じていた。
誰かに選ばれなくても誰かを選ばなくても、ボクが人間である以上、人間という総体はボクを見捨てることはなかった。コンビニの店員さんに物を売るのを拒否られたことはないからね。
だから、そんな人間たちのことをちょっとは知りたいと思ってもいいじゃないか、とボクは考えたんだ。
「はいはい。命ちゃん。女の子の嫉妬はかわいいだけですよ~~~」
マナさんがどこか抜けた声を出した。
「私、そんな子どもじゃありません!」
「ご主人様はこれから全人類ハーレム化計画を遂行していくのですから、ちょっと配信して、みんなのアイドルになるぐらいでワタワタしていたら始まりませんよ♪」
「マナさん……ボク、そんななろう系主人公みたいな感じじゃないと思うんだけど」
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なろう系主人公
超巨大小説投稿サイト『小説家になろう』において、最大公約数的な主人公の造形。端的に言えば『チート』と『ハーレム』持ちな主人公である。チートとは他のキャラクターが持っていないような超常の力を指し、ハーレムとは多数の女の子を囲う程度の意味に捉えればいい。俯瞰的に眺めてみれば、金、暴力、セックスというわかりやすい欲望をかなえやすいキャラクターなので、揶揄的に用いられることもある。この小説の主人公ってなろう系っぽいですねwとか書くと、悪意がなくとも作者にブロックされることもあるので注意しよう。
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「冷静に考えれば、わたしと命ちゃんってご主人様の奴隷みたいなものですし」
「う……」
「女の子を奴隷落ちさせてからの――、ナデナデパンケーキで落とすとかご主人様外道です。このなろう系主人公様♪」
「やめて!」
でも、否定できない面もあるんだよな。
命ちゃんもマナさんもボクにとっては、ヒイロウイルス感染者で、ボクがダイレクトに所有している所有物のような感覚がある。
その感覚に陶酔していないかというと――、ほんのちょっぴりでも歓喜の気持ちが無いかというと嘘になる。
命ちゃんもマナさんもボクにとっては愛着のあるキャラだから。
うーん。罪深い。
「ともかく、ご主人様が配信したいというのであれば、それをどうリスクマネジメントしていくかを考えるのが、わたしたちの仕事ですよ。命ちゃん」
「……マナさんの言ってることはわかります。私だって、先輩のしたいことはさせてあげたいって気持ちはあります。でも危険なんですよ。だって、先輩はゾンビなんですから」
「世界一かわいいゾンビさんです。かわいいは正義なので問題ありません」
しばし、にらみ合う二人。
それから数秒後。これみよがしなため息とともに折れたのは命ちゃんだった。
「わかりましたよ。絶対伸びないと思うんですけどね……」
不吉なこと言わないでよ。命ちゃん。
正直、ボクが受け入れられるかなんて、わかりようもなく、これ以上なく不安なんだから。
☆=
それから数日間は、表面上はやる気をだした命ちゃんの指示に従って奔走する日々が続いた。
ボクのことになるととたんに思考力が下がる命ちゃんだけど、それ以外のところはボクには想像もできない天才だからね。
きっとボクには考えもつかないリスクマネジメントを考えているんだろう。
具体的にやった行為は、電気屋やパソコン巡り。
そこらに乗り捨ててあった車をマナさんが運転してくれて、のんびりと観光するように佐賀市まで探しにいった。佐賀市だけに。探しに……。
審議は拒否しない。佐賀市はでかいと思われがちだけど、実際のところは鳥栖市にすら負けていると思わなくも無い。
鳥栖は名誉福岡、久留米は実質佐賀と呼ばれているのが、このあたりの鉄の掟だからね。異論は認める。
実際、鳥栖のほうがにぎわってるし、本当は鳥栖のほうがよかったかもしれないんだ。ただ、鳥栖方面への道は高速道路への道だから、車が詰まっているらしくて、下道も動けなくなるらしい。
ゾンビに襲われなくても、車が詰まってて途中で帰るのはいやだったから、佐賀市のほうにしたんだ。
ともかく、電気屋とパソコン屋さんをめぐって、ボクにはよくわからない機材を次々と車まで運んでいく命ちゃん。後ろから特に意味もなくマナさんに抱っこされるボク。
配信環境としては、ハード面が弱いのかもしれない。そのあたり全然わからないからね。後輩にさせっぱなしというのも悪いんだけど、こればっかりはボクにはどうしようもない。
で、帰宅――。
「じゃあ、ご褒美ください」
「えっと……ご褒美ってなに? ナデナデパンケーキ?」
「ああ、先輩のためにこれだけがんばったのに、そんな奴隷少女みたいな扱いでなんとかなると思ってるんですね」
「ち、違うよ。なに?」
「いっしょにお風呂入りませんか?」
「え、いやです」
無理です。
だって、そもそもお風呂のサイズが結構小さいんだ。
アパートの一人暮らしの浴槽なんてたかが知れている。それは命ちゃんもわかっているはず。必然的にふたりでお風呂に入るとなると、ひとりが洗っている間にひとりが湯船につかるという方法しかない。
あるいは――、身体を重ね合わせるようにするしか。
ボクは妹のような命ちゃんの身体に欲情するような変態じゃないけれども、うら若き乙女が、そういうふうに他人に簡単に肌を許すとかあっちゃダメだと思うんです。
「むしろ間違いが起こってもいいんですけど」
「命ちゃん。ボクはこう見えても、命ちゃんのお兄ちゃんだっていう意識もあるんだからね。そういうことを言っちゃダメです」
「残念です……」
「えっと、ご主人様って、男の子さんだったんですか?」
きょとんとした表情のマナさん。
そういや、ボクが元男って知っているのは命ちゃんだけだったか。
「うん。そうなんだよね。幼女スキーなお姉さんとしては幻滅したかな?」
「それは別にどうでもいいんですけど。でも……、ご主人様って全然男の子っぽくないですよね」
「え”っ」
「だって、すごくかわいらしいですよ。お姉ちゃんに甘えてきた姿なんて、稀に見る幼女レベルでした。もうわたし、ゾンビだけどあと少しで人間になりそうなくらい熱いパトスがかけめぐってましたから」
「ち、違うよ。それは男……! そう母性を求めるのは男のサガなの!」
「ふぅん? おっぱいに触りたいですか? いいですよ~~~お姉さんはいつでもウェルカムですから」
いまのマナさんはようやく下着姿から脱却し、ノースリーブニットに膝丈スカートを着ている。驚異の胸囲が周りのグリッド線を盛り上げるように押し出しており、全身からほとばしるゆるふわなオーラがすさまじいことになっている。
なんというかさ……。
柔らかそうなの。
包まれたい系なのです。
「ご主人様が少しだけ甘えたい気持ちでわたしをサーチしている!」
「し、してないし……」
「してないのですか? 母性に甘えたい男の子じゃなかったんですかぁ?」
「う。ボクは男だったときの意識もあるけど、女の子みたいな感覚もあるの」
「なるほど……おねショタでありながらおねロリとか最高かよ、です」
「先輩……、それはそれとしてご褒美くれないんですか?」
マナさんも命ちゃんもグイグイくるし。
ボクどうすればいいんだよ。
「アニメとかで中だるみしてきた6話くらいで意味もなくお風呂回とか挟むじゃないですか。それと同じように近くの温泉に行けばよいのでは?」
「さすがマナさん……やはり天才か」
「わかった。わかったから。でも今は行かない。いいね」
「はい。言質とりました! 絶対ですよ。絶対絶対ですよ先輩」
「ついに幼女とお風呂に入れる日が来たんですね。わたし、幼女とお風呂に入るために保母さんになりたかったんですよ~~~~。日本生きろ!」
「いまは行かないっていってるのに……」
これってもしかしてハーレムなのでは?
ボクはいぶかしんだ。
☆=
命ちゃんが天才であるということは、言葉通りの意味で、字義としては知っているところだけれども、その意味を把握することは凡人であるボクにはできない。
ボクたち凡人はいつだって天才に劣後する。
その意味を後から解釈してわかりやすく噛み砕いてから理解するしかないんだ。
そこには『ボク』がいた。
バーチャルだけど、かなりのところをリアルに似せたボク。
紅いぱっちりおめめに腰ほどの長さのあるプラチナブロンド。キュロットスカートにキャミソール。そして、今回からは薄手のパーカー装備。
装着すると――、ネコミミ型。
リアルのボクも同じパーカーを装着するよう強要されたのはなぜなのか。
つまり、アバターというやつなんだろう。
カメラの前で、ツイっと手をあげると、画面の中のボクも手をあげる。
はっきり言おう。
リアルのボクもかわいいけれど、このアバターも相当にかわいい。
かわいいかわいいっ。
すっごくかわいく作ってくれてありがとう命ちゃん!
とは思っててもいえない。恥ずかしいし。
もともとかなりファンタジックな色合いをしているボクだけど、アバター化してアニメ調になったのなら、むしろよくなじんでいる気がする。
3Dモデリングとか、センシングとかした様子はなかったから、おそらく見たままをそのまま描き移したとかそんな感じなのだろう。
まるでプロ並。
カメラがボクの表情を読み取ると、画面内のボクも同じような表情になる。普通はアバターに何種類かの顔のパターンを読み込ませているんだろうけれども、ピクセル単位で調整されてませんかね?
「念のためですよ。身バレだけは絶対に避けないといけませんし、先輩の姿を大多数の前にさらすなんて絶対にダメです」
「命ちゃんが、ご主人様を守る騎士みたいですねー。それもまたよきかな~~」
アバターを作ったのはボクを守るためか。
確かにバーチャルな存在のほうが、もしも万が一があったときに守ってくれる。
ボクのアバターは命ちゃんが作ってくれた鎧のようなものだ。
「ありがとう。命ちゃん」
これで――、準備はできた。
さあ始めよう。
バーチャルユーチューバーにボクはなる!
ボクは
ようやく
のぼりはじめた
ばかりだからな
この
はてしなく遠い
配信坂をよ
未完