真夜中に徘徊した代償は、真昼間までの惰眠だった。
「ふぁぁああああああああんん~~~むぅ」
のびます。のびまーす。
まあ、どうせ時間だけはたっぷりある。
スマホがチカチカ光ってて、命ちゃんとマナさんから死ぬほど着信入ってたけど、しょうがないよね。
だって眠たかったんだもん。
そんなこんなで、ゆるゆると起きだすと、ちょうどいいタイミングで電話が鳴った。命ちゃんかなって思ったけど違う。雄大だ。
「よっ。元気してるか?」
「元気に決まってるよ。だってこんなに空は青くて……、太陽は暖かくボクを照らし出してくれるんだから」
「おまえ、部屋んなか、閉めきってるだろ」
「んむー。まあそこは気分ってことでね」
「なんかいつもより少しだけ元気がいいな」
「いつもボクは元気だよ。そっちはどうなの」
「一応、函館までは来たんだがな……北斗駅ってところから青函トンネル抜けるのが難しそうだ」
「青函トンネルって青森に抜けるあの?」
「それしか陸路はねーだろ。海峡横断するだけの体力はさすがにないからな」
「確かにね……でも、青函トンネルってまっくらなんじゃないの?」
「たぶん列車は動いてないし、そこまで柵はあるから大丈夫だとは思うんだが……怖いっちゃ怖いな。途中でゾンビに遭遇したら逃げ場がないし」
「あのさぁ……ボクがそっち行こうか?」
「お、引きこもりが出陣か」
「んもう。そうやって茶化さないでよ。ボクのほうが生存能力は高いと思うよ」
「まあ……そうかもしれないがな。親友に動いてもらうほどのことじゃないさ」
「雄大がゾンビに襲われないか心配だよ」
「……ありがとうな。でもおまえも無理すんなよ」
「うん」
「あ、ところでさ。おまえ、配信とか見てたよな」
「え、あ、うん? そうだね。それがどうかしたの」
「最近、夜とか暇でさ……配信とか見てるんだけど、こんな終末のときに配信始めたアホアホな小学生がいるみたいなんだよ。小学生っていうのは自称かもしれねーけどな。バーチャルだし」
「へ、へえ……」
き、奇遇だな。
最近、終末配信者を名乗る小学生を演じた覚えがあるよ。
世の中は広いもんだなぁ。
ググってみた限りは、ゾンビハザード後に新たに出てきた配信者さんはいなかったけどなぁ。ボクの探し方が足りなかったみたい。
「その名も、終末配信者ヒーローちゃん。なんかおまえに名前も雰囲気も似ているんだよな。面白そうだから後で見てみるといいぞ」
っておい。やっぱりボクかよ。ピンポイントでボクを見つけるとかさすが雄大だな。そんな問題じゃないか。あれもこれも見られていたとかヤバイよ。でも雄大っぽいコメントはなかったからアーカイブで見たのかな。
「う、うん……わかった」
と、動揺を隠せないボク。顔がすごく熱くなってきた。
「そういえば、今のおまえにちょっと声も似てた気がするな」
「き、気のせいじゃないかな。きっと函館のボコボコの地面が雄大の耳の耐久度を削ってるんだよ!」
「そっかな……、いまのおまえの声みたいに――かわいかったぞ。姿も仕草も女の子してたしなー。たぶんあれは完璧に幼女だわ」
「ぼ、ボク幼女じゃないし」
「ん? おまえじゃなくてヒーローちゃんのことだぞ」
「し、知ってるし……」
「絶対カワイイと思うから見てみなー」
ボンっ。
顔が噴火したみたい。
かわいいって――言われちゃった。
いや前にも何度か『声』について言われている気がするけど、ヒーローちゃんとしてのボクをかわいいと見定められたのは初めてで、ほとんどボクじゃん。
右手を伸ばすと、真っ白くて染みひとつなくて小さい手のひらが見える。
小学生みたいな女の子の手。
「あの雄大。君っていつからロリコンになったのかな」
「なんだ。なんだ。嫉妬か。オレは緋色一筋だぜ」
「ホモかよー。このバカっ!」
「ははは。冗談だよ。冗談。引きこもりの親友のことが心配でなー」
「最近は少し外にいけるようになったよ」
「ゾンビだらけなのにすごいな」
「雄大も外を出歩いてこっちに向かってこようとしているじゃん」
「まあ、な。案外佐賀と同じで人口少ないからな。ゾンビも少ないし、バイクもあるし、特に問題は感じてないな」
「油断しないでよね。ボク、雄大がゾンビになったらイヤだからね」
もしも遠隔地でゾンビになっちゃったら見つけることができないから。
飯田さんもエミちゃんもどこかに行っちゃってて、ボクにはゾンビを総体としてしか捉えられない。
幼い頃に風船を離してしまったような寂しい気持ち。
雄大はボクのものじゃないけど……離したくない。
「緋色。おまえもゾンビになるなよな」
「うん……」
絶賛、ゾンビ中だけど。もうまちがいなく完璧に人外だけど。
そんなこと言えるわけなかった。
今のボクの姿を見たら、雄大はなんていうのかな。
案外かわいいとかいいそうだけど――。
「あ、あと命のこともよろしくな」
「命ちゃんは元気だよ。大丈夫」
ボクに欲情する元気な変態だしね。
雄大との電話を切ったあと、ボクはなんだか元気になっていた。
精神的充電っていうのかな。
雄大と話すとエネルギーが充填される気がするんだ。
でも、少しだけ罪悪感と寂しい気持ちも湧いた。
ボクが女の子になったって、ゾンビになってしまったって、きっと実際に出会うまで伝えることができそうにない。
「さってと……今日も配信しようかな」
その前に命ちゃんとマナさんをこの部屋に呼ばないとね。
☆=
命ちゃんとマナさんをお部屋に呼んだら、なぜか確保されました。
まさに『確保』といっていいだろう。
今のボクは命ちゃんの膝の上に乗せられている。
身動きひとつとれず、身をよじって非難の目で見てみると、なぜか不敵な顔をされました。
マナさんは台所のところで、なにやら作っている。
お昼時だからね。昼食を作ってくれているのかな。ボクにはないスキルなので正直うれしい。
「先輩が起きださないから、心配しました」
「うん。ごめんね……」
「昨日の夜、ひとりでお散歩してましたよね」
あ、ばれてる。
音をたてないように気をつけたんだけどね。
狭くて古いアパートだ。防音設計じゃないし、深夜にワイワイやってたらそりゃバレるよね。こっそりゲーム配信なんて難しいのかもしれない。
「あの、うん……」
「小学生みたいに見える先輩が夜ひとりで出歩くとか危険です」
「そうかな。むしろゾンビだらけの世界だし、安全だと思うんだけど」
「そんなところを闊歩する人間ともし出会ったら危険でしょう?」
「お昼だから安全ってわけでもないと思うんだけど」
「私たちを呼ばないのが危険なんですよ。ゾンビとして覚醒したばかりですけど、私は先輩の盾くらいにはなれるつもりです。先輩がひとりのほうがいいのかなって思って、私すごくすごく我慢したんですよ!」
「わ、わかったから。無意識に鯖折りしてるから! 中身でちゃうでちゃう!」
命ちゃんも完全にゾンビパワーを得ているらしく、シートベルトのようにボクの腰にまわした腕に力をこめるものだから、まったくもって抜け出せる気がしなかった。実はそんなに痛くはなかったけれど、貞操的な意味では危険。
「ああ、ジャストフィット感がすごい……」
「命ちゃん、そろそろ離してください」
ジャストフィット。
その言葉の意味どおり、ボクのほうはボクのほうで命ちゃんの柔らかい部分が背中に当たっているわけで、正直なところ体中が緊張に満ちていた。
「もう少し先輩成分を感じないと無理です」
「ねえ。君たちって本当にボクの成分とかが必要なわけじゃないよね?」
「そうですね。先輩とイチャイチャしたいだけです」
「命ちゃん……」
いまのボクは小学生並の身長と体重だからいいけど。
先輩として元男として、後輩で妹分な命ちゃんに乗るとか、めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど。
確かに、命ちゃんのふとももってすべすべしてて、その吸いつくような肌にピタッと乗るのは悪くない感触だし、男としての精神にざわつきがないといえば嘘になる。でもだからこそ、幼女扱いされるのが不満です。
「あの……ボク、男なんだけど」
「ヤダー。先輩にオソワレチャウー。ダレカタスケテー」
完璧な棒読みだった。どうあがいても絶望なのね。
「命ちゃん。ボクだってひとりになりたいときがあるんだよ。だからって命ちゃんのことをないがしろにしているわけじゃないから、それだけはわかってね」
「そうですね……」
わわっ。
脇のところに手を差し入れられて――。
ボクの身体はくるりと反対側を向いた。
あえて、描写するのが難しいから使うけど、これっていわゆる対面座位。
命ちゃんの顔がち、近い。近い。
腰のあたりに手が添えられていて、これ以上離れることができないし、ちょっとした動きでキスしちゃいそうな距離だ。
「あの……。命ちゃん?」
「私は先輩を愛してます」
「う、うん。それは聞いたよ」
「愛が誰かを選択することだということも言いました」
「それも聞いた」
「つまり、先輩を独占したいって想いがあるんです」
「独占欲……?」
「先輩といっしょにいたいです。片時も離れたくないです」
「物理的に近ければいいってわけでもないと思うんだけど」
「物理的な近さもかなり有用ですよ」
あの残った右手を恋人つなぎしてくるのやめてください。
たぶん、ゾンビじゃなかったら手汗がひどかっただろう。
いまのボクはすべすべお肌。
女子高生と手をつないでもなんというか綺麗な感じがする絵図だとは思う、けど。FPSでみたら命ちゃんの顔が近くて、小さい吐息がすごく耳に響いてきて、少しずつ顔が近づいていって――。
「あ~~~~。ご主人様と命ちゃんがイチャイチャしてる! こんなの実質セックスじゃないですか」
救いとなったのはマナさんの声だった。
虚となった一瞬を見計らって、ボクは命ちゃんの膝から脱出。
立ち上がって、マナさんの手からお皿を受け取った。
「うわ。すっごく大きなパンケーキだね」
「ご主人様をナデナデパンケーキして逆に落としてみよう作戦です」
「ナデナデは別にしてもいいけど……。あまりベタベタ触ってこないでね」
「あ……あ。ナデナデしてもいいって言われちゃいました。どうしよう。今日をナデナデ記念日にすればいいですか?」
なんだそのナデナデ記念日って。
「しっかし……これだけデカイと、カロリーすごそう」
パンケーキはなんと五段重ねになっている。
たっぷりと蜂蜜もかけられていて、なんだか甘そう。
「みんなの分は?」
「ありますよー」
マナさんがお皿をふたつほど台所から持ってきた。
そこには普通サイズのソレだ。
つまり、一段だけのパンケーキ。
「あの、これっておかしくない? ボクだけ五段とかぷくぷく太っちゃう」
「いっぱい食べるご主人様が好きです!」
「いや、マナさん……あのね」
「ハムスターみたいにがんばって食べる姿がすごくかわいいです!」
「ボク、小動物じゃないんだけど」
「小学生ならいっぱい食べないと大きくなれませんよ。ご主人様は幼女のままのほうがいいですけど! 幼女のままのほうがいいですけど! 幼女のママ! ああ、甘美……」
「いや、いっぱい食べるといっても限度がありそうな……。それにそもそもボクって成長しているのかもよくわからないし。ゾンビって成長するの?」
「それはわかりません。そもそも普通のゾンビさんたちとわたしたちも違う存在なのかもしれませんし。ただ、普通のゾンビさんたちはほとんど腐敗しませんよね」
「まあ確かにね」
噛まれたところから腐敗菌が侵入しているはずだけど、もう一週間以上経っているのに周りのゾンビさんは腐ったりしていない。
もうゾンビウイルスの謎パワーで腐敗が抑えられているとしか言いようが無い。ほかのゾンビ作品とかでは腐敗で人類側が時間切れを狙うという戦法も使えたけれど、たぶんこれ何年経っても腐り落ちそうにないよ。
「それに、ゾンビさんたちって食べないでも相当長持ちしそうですよね」
マナさんがほっぺたに手を当てて上を見つめている。
そのとぼけた感じが、またふんわり感をかもしだしてる。
「エネルギー保存の法則ってどうなってるんだろう」
「ゾンビウイルス的なものが、ものすごくエネルギーを蓄えているのでは?」
「なるほど……」
マナさんってふんわりしてるけど頭いいなー。
さすが、世の中の『虚』を動かすだけの人物だ。
謎だけど。
「ともかく――、こんなにたくさん食べられないし、ボク太るかわかんないけど、今の状態がベストな感じなんですけど」
「お残しは大丈夫ですよ。最近の給食では、虐待とかの問題もあるせいか食べ残しはOKなんですけど、昔は食べきるまではお昼休みに入れないとかありましたねー」
「ふぅん」
まあボクはそういう好き嫌いはあまりなかったからわからないけど。
どうだったかな。
「先輩――、私達は自分の体調管理をしっかりしていかなければなりません」
命ちゃんがキリっとした声をだした。
「まあ確かにね。ボクたちがゾンビである以上、ボクたちの身体を誰かに見せるわけにもいかないし、自己管理は必須かもしれないなー」
「ええ、だから、Wiiの例のアレを配信しましょう」
「例のアレ?」
あのハードって、板みたいなのの上に乗って、リモコンみたいなのをぶん回すゲームが多かったよね。
「私達って基本引きこもりじゃないですか」
「う、うん。まあ……今は人類みんなが引きこもりだよ」
「運動不足だと思うんですよね」
「なるほど……」
昨日は数キロメートルを一分くらいで駆け抜けたけど。
まあ、普段動かないのは確かだ。
「あのハードって自己管理含めて運動不足を解消することができる画期的なゲームがあるんです」
「ふぅん。知らなかったよ。据え置きハードはしてなかったからなぁ」
そもそもWiiに限らず据え置きハードはテレビとの接続が前提になってくるから、テレビのないこの部屋ではゲームできない。
「次回までに用意しておきますね」
「この部屋にもついにテレビがくるのかー」
まあ、言うまでも無いけど、百パーセントOFFですよ。
☆=
命ちゃんとマナさんは別室に行ってもらった。
やっぱり、人の目があると恥ずかしいしね。機材トラブルは遠隔でもOKだから、隣の部屋でも十分だ。
マイクチェックOK。
雄大や命ちゃんたちに見られてるって意識すると、少し恥ずかしいけど、ボクはボクを見てもらいたいって思ってるのも確かで、だからきっと、配信はボクのやりたかったことだ。
「にゃーす! 今日も始まりました。終末配信者のヒーローちゃんだよ。ヒロちゃんって呼んでもいいよ。いろいろと考えていたんだけど、今日はボクがプロゲーマーだってことをみなさんに見せつけたいと思います」
『にゃーす』『出カワ』『カワイイの天才児』『イキイキイキルヒロちゃん』『プロゲーマー?』『なにすんの?』
「今日するゲームはこれ――、【左のために死ね】をします」
『なんぞ?』『えるしってるか小学生は英語が読めない』『なるほど邦訳か』『右じゃだめなんですか?』『インド人を右に!』『おまえ、前回もいただろ』
「えっと、このゲームもゾンビゲーだよね。でも今回は! 人類側! ボク人類としてゾンビと戦うよ!」
ゲーム自体は非常にオーソドックスなFPSゲーです。
FPSというのは、一人称視点ってことね。
そして、このゲームはマルチプレイでもある。基本的には四人一組でチームとなって、ゴールを目指す感じ。
つまり、このゲームではゾンビは障害物であって、ホラーじゃない。
ゾンビどもをなぎ倒しながら進む爽快感がメインかな。
「サーバー立てたからよければきてね。名前はヒーローちゃんサーバーだよ」
そのあたりは命ちゃんが全部やってくれました!
不甲斐ない先輩でごめんね。
『いまだ。のりこめ』『小学生の(鯖の)中に入るぅ』『処せ』『手馴れてんな。もしかしてガチ勢?』『いままで、ヒロちゃん見たことないけど?』
「あ、いままではぼっちプレイしてました……配信始めたから、みんなといっしょにプレイしようかなって思って……がんばりました」
『泣かないで』『しょんぼり顔』『かわいそうかわいい』『おひとり様かよ』『お兄さんといっしょにゲームしようね』『通報しました』
精神的な引きこもりだったからしょうがないよね。
まだ軽度だとは思うけど。
「あ、ぼっちさんこんにちわ。ぷにくら様さんこんにちわ。みんな早いね。あ、幼女先輩さんこんにちわ? アイちゃんさんこんにちわ」
『負けた』『敗北』『幼女先輩……幼女先輩じゃないか』『誰?』『デッドラとかピユビジとかで常に最上位ランクを維持してる凄腕ゲーマーだよ』『それほどのものではありませんよ』『いるしー』
えー、そんなすごい人がボクの動画に来てくれたの?
配信見てたっていっても、だいたいが芸人枠というかアイドル枠というか、そういうのが多かったから、ガチ勢っていうのがどれくらいのものなのかよくわからない。
今回ボクが選択したのは、みんなにはボクの声が聞こえるけど、みんなの声は聞かないってタイプ。
いきなり知らない人と会話して、連携するとかボクには難易度高すぎるしね。
「さー、やるぞ。正直なところぼっちプレイヤーだからみんなへの指示っていうのがよくわからないんだ。高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応してください」
『プランBでいこう』『幼女先輩がいる時点で余裕だな』『お手並み拝見』『終末なのにゲーム見てるオレ』『そんなオレ君を見てるオレ』『オレくんどうしてここに?』
幼女先輩という人がどれだけすごいのかわからないけど、ボクだって負けてはないはずなんだ。ぼっちプレイしかしてなかったけど、このゲームに触れてる時間はそれなりに長いし、基本的な動作は標準的なFPSといえる。その仕様もFPSの原則にのっとっている。
例えば、このゲームはゾンビがダッシュで襲ってくるわけだけど。
ヘッドショットが設定として存在する。
高速移動するゾンビだし、AKとか火力のある武器が手元にあるからほとんど乱射すれば済む話だけど、要するにヘッドショットだと一撃必殺になるんだ。
だから――。
ボクは人外レベルに達した反射スピードで、ゾンビの頭をスナイプする。
『うめえ』『パッド使ってる時点で素人ゲーマーだと思ってた』『マジでプロゲーマーかよ』『ビューティフォー……』『え、全部ワンショットワンキル?』『チート使ってんじゃね?』『いや照準、完全にあわしてるぞ』
「ふふん。これは余裕ってやつなんだからね。本当はマウス使ったほうが早いんだ!」
そうFPSゲーでマウスを使わないのは、はっきり言ってハンデといってもいい。だって、マウスだと照準を合わせるスピードが段違いだから。
それでもあえてゲームパッドを使ってるのは、こうやって魅せプするためにほかならない。
「えへ。えへへ。どうだ。すごいだろ! みんな褒めて褒めて! 全力で褒めていいんだよ!」
『素敵抱いて』『イキイキヒロちゃん』『イキル小学生』『すごいねーえらいねー』『裏でこっそりゾンビ虐殺しまくってる幼女先輩もすごかったり』『すごいの方向性が人間離れしてる件』
まあ確かにゲーム攻略の組み立て方とかは素人そのものなボク。
幼女先輩のプレイを見てみると、ここぞというときに火炎瓶投げたり、囲まれてしまって物量に押しつぶされそうになったボクをさりげなく助けたりと、なんていうかプレイそのものがうまい。
ボクって単純に戦闘力が高いだけなんじゃ……。
と思わなくもないけど、プロゲーマーを名乗った以上は、人間越えした戦闘力で、戦術や戦略を凌駕する!
「ん。この音って……」
『アリだー!』『ブーマーだな』『ほおーん。それって強いん?』『立ち回り下手糞だとすぐ落ちる』『それでも幼女先輩……幼女先輩なら』『ヒロちゃん期待されてなくて草』
「ぼっちさんどこいるの? ぷにくら様いつのまにかやられちゃってんじゃん! ボクをひとりにしないでよ。アイちゃんさんボクを守って!」
『草』『お、姫プか?』『姫プする配信者の鑑にして、プロゲーマーのクズ』『アイちゃん死亡』『いま、アイちゃん前に立たして敵もろとも撃ってなかったか?』『フレンドリィファイアありの設定だからな』『背中バカスカ撃たれてて草』
「アイちゃんさんの雄姿は無駄にしないよ!」
画面の前に、敬礼するボク。
『祖国ってる』『ああ祖国だな』『さりげなく自分のやったことを不問にするところ本当大好き』『ヒーローちゃんのために死ねたのなら本望です』『あ、おかえりー』
「よし。ブーマーはとりあえず倒せたね。幼女先輩。どっちに進めばいいか教えてください! 先行してくれるとうれしいなー」
幼女先輩は迷いなく突き進んでいく。
ボクもその後に続く。セーフハウスまであと少しだ。
『媚びていくスタイル』『戦闘力だけがとりえの小学生』『ヒロちゃん様がかわいければそれでいい』『幼女先輩がたのもしすぎる』『ぼっちどこいったんだよ?』『幼女ふたりでプレイ……ひらめいた』『ひらめくな』
ボクにはまだ経験が足りない。
人と話すのもそうだけど、ゲームも単純にプレイするだけなら力押しでなんとかなっても、研ぎ澄まされたゲーマーとしての勘みたいなものがないみたい。
ゾンビを一撃で確殺できる程度の精密な動きはできても――。
やっぱり判断力とか、総合的な力は全然ダメ。
幼女先輩は本当にすごい。
なにがすごいって一概には言えないんだけど、ともかく人間がここまでできるようになるってところがすごい。
幼女先輩の肩を見ていると、そんな素直な賞賛の想いしか浮かばなかった。
そして、ついに――。
「ごぉーる……」
『かわいかった(小並感)』『好き(直球)』『楽しそうにプレイするなぁ』『ぼっちいつのまにか死んでた』『いやはやなかなかにおもしろい方ですね。基本スペックがまったく違います』『幼女先輩もおかえり』
「あの……最初にボク、プロゲーマーとかいったけど、やっぱり取り消します。幼女先輩とかの動き見てたら、なんだか自称するのが恥ずかしくなっちゃって」
『照れる小学生』『顔真っ赤モーションとかどうやってるんだよ』『あざとい選手権ならプロだよ』『エンタメ枠ならプロでしょ』『毎秒配信して』
「うん。みんな見てくれてありがとう。それじゃあそろそろ終わろうかな』
『終わらないで』『いかないで』『いかないで』『ママー』『ヒロちゃんの顔が見れなくなるのが辛い』『現実にもゾンビ確殺する幼女がいればなぁ』『配信予定教えてほしい』
「配信の予定は、明日もたぶん昼くらいになりそうかな。次も楽しい配信を目指すからね。バイバーイ」
今日も配信終わり。多いのか少ないのかよくわからないけど、いつのまにやら百名くらいの人がきていた。数字だけを冷静に見てもピンと来ないけど、これって百名の人にボクのことを知ってもらえたってことだよね。
あらためて考えるとすごい……。恥ずかしいけど、うれしい。
ゾンビだらけの世界でゾンビゲーをやるボク。
でも今回は人類側だった。
人類は勝利したよ。
みんなきっと本当の生活は大変なんだと思う。
食糧のこととか、未来への不安とか。ゾンビへの恐怖とか。
それでも――。
そんななかでも。
ボクの配信が好きって言ってくれるのなら、ボクはそんなみんなに何を返していけるのかな。
おあ様からいただいておりましたイラストを挿絵として使わせていただきました。
ありがとうございます。
それにしても配信って描写難しい……。
おもしろさの力点がゾンビとは全然違うような気がする。