男の趣味。女の趣味。
そんな分け方に意味はないと思うんだけど、傾向分析としてありうる話だと思わない?
「ね。飯田さん。そう思うでしょ?」
「突然なんの話だい?」
飯田さんは、自分の部屋でレトロゲーをやっていた。
ボクがプレイしたのが幽玄導士のほうだとすれば、飯田さんがやっていたのは霊幻導士のほうだ。
こっちもボクにとっては懐かしい。
小学生くらいのときにお父さんが持っていたファミコンでしていたからね。
ベターっと飯田さんの背中に貼りつき、わりと大きめのテレビ画面を見る。
「信頼してくれるのはうれしいんだが、私みたいなロリコンにくっつくのは危険だよ」
「ゾンビだし大丈夫」
「いや、その理屈は……まあいいんだが」
飯田さんって、言うまでもないけどゾンビだから、そこらの電器店で大きなテレビを調達するのたやすい。
いまでは、ご近所から適当なゲームやDVDを見繕ってきて、人間たちがいままで蓄積してきた文化を消費している。
ゾンビは勤勉だけど、ボクたちはノンビリしてる。
本気で試験もなんにもない状態だからなぁ。そもそも大学は休みだし仕事もないし。
省エネモードになってるのか、あまり食べなくても大丈夫。
そうなると趣味に走るしかない。
新たな文化文明知識などなどを作り出すだけの余力がないというのは非常にもったいなく感じるけれど、ボクや飯田さんが趣味的なことでノンビリ暮らしていけてるのは、ゾンビだからという面が大きいと思う。
それはそれとして――。
ボクの趣味であるゲーム全般なんだけど、やっぱり命ちゃんもマナさんも女の子だからか、そのあたりはあまり好きではないみたいなんだよね。
嫌いじゃないけど好きじゃないって感じ。
ボクがやってるから、時々応援してくれるけど、それはボクのことが好きなんであってゲームが好きってわけじゃないというか。
言ってて恥ずかしいな。
ともかく、そういうわけで、男の飯田さんとは趣味が合う部分が大きい。自分の意思としては、時々幼女モードになってるのも意識しないわけじゃないけど、やっぱり基本は男だって意識も強いからね。特に趣味の面については、まあ漫画とかゲームとか、そのあたりが好きなんです。
そもそも現代社会は多様性を肯定する社会。
多趣味なのが許される世界だから、漫画ゲーム好きが、イコール男の趣味とも思わないけど、こんな世界で同じ趣味を共有できる人が近くに住んでるってだけでうれしい。
「おじさんってどんなゲームが好きなんだっけ」
「私のゲーム歴はわりと長いからな。例えば、RPGは言うに及ばず、シミュレーション、箱庭ゲー。ストⅡが流行ったころは対戦格闘もやったし、最近はソシャゲもやってたよ」
「スチーム系は?」
「あまりやらなかったな。そもそも私はコミュ症なんでね。最近のスチームはわりとコミュニケーションをとるものが多いじゃないか。なかなか厳しいものがあるよ」
「でも、ソシャゲだって、ソーシャルゲーでしょ?」
ソーシャルって社会って意味だから、コミュニケ―ションするんじゃないかな?
「最近のソシャゲデザインは基本的に長くプレイしてもらいたいから、ソロプレイでもなんとかなるようなゲームデザインになってるものが多いよ。まあなんらかのチームとかを結成するものもあるんだけど、私は所属はしないな」
「ふうん。まあボクもぼっちプレイが多いかな」
あまりコミュニケーションとか取らずに、もくもくとプレイできるほうが好き。
壺に入ったおじさんが山登りするゲームとか。
うーん、そう考えると、ボクって配信者としてはあまりレベルが高くないな。
「もう少し配信向けのゲームを発掘したほうがいいかな。いつのまにかゾンビゲーばっかりになってるし、なんかすごく偏りがあるような気がする」
「配信をしようとしたのは、君が人間不信から立ち直りたかったからだろう」
「うん」
「そうやってコミュニケーションをとろうとする勇気はとても偉いと思うよ」
撫でられてしまった。
うーん。マンダム。
いや、違うけど……こうやって認められるとうれしい。
ただ、飯田さんもゾンビになってしまってるわけで、ボクが無意識にそういう状況を作りだしている可能性がある。
飯田さんは操り人形で――、ボクがそうやって動かして。
ボクは独りの可能性も。
「緋色ちゃん?」
「あ、うん。ボク、気になることがあるんだけど」
気になるというよりは、夏休みに残していた宿題みたいな?
☆=
宗旨替え。
かつての考えを否定し、新たな考えに染まること。
首尾一貫性がないとか、優柔不断とかそういう否定的な面もあると思うけど、ボクとしては思い立ったが吉日といいますか、そういうことを言いたいわけです。
「つまり?」
「ボクはゾンビになってなぜかエイム力が上がりました」
「FPSでヘッドショット決めまくっていたからね」
「実は、ボクって……銃が好きです」
「なるほど、美少女に銃か。悪くない」
「男の子みたいって思わないの?」
「ミリオタ女子は確かに数は少ないかもしれないがいないわけじゃないし、君みたいな女の子に無骨な銃というのは、非常に似合ってると思うよ。これは戦闘美少女の系譜で、斉藤先生によれば、ファリックガールと呼ばれていてだね……そもそも、少女というのはファルス的統制が低い存在として既定されているわけだが、銃や剣といった戦闘力が、彼女達をファルス的な存在として投射するんだ。つまり……そのことから察するに………よって……したがって……」
なんか知らないけど熱く語りだした飯田さん。
なんだか意識がもうろうとしてきた。
しかし暑い。
飯田さんは例のフルフェイスに黒のジャンパーを着て、ふぅふぅ言いながらついてきてくれる。
セミの鳴き声がアスファルトに響きわたり、猛烈な熱気で空気が揺らめいていた。
車を使うほどの距離じゃなかった。
なにしろ、ボクが向かっているのは例のホームセンターだからだ。
「かつて、ここでマナさんには銃は要らないって言われました」
「ふむ。あの人は緋色ちゃんがそれで傷つくかもしれないのが怖かったのだろうね」
「でも、ボクは銃の造形とか、洗練された形とか、そういうのは好きなの。別にモデルガンとか集めてたわけじゃないけどね」
「君は銃で脅されたりしたわけだけど、大丈夫なのかい」
「トラウマとかそういうのは、あまり感じないかも……」
ゾンビになってから、ある意味ずぶとくなったのかもしれない。
「つまり、おもちゃとして銃を手元に置きたいとか?」
「うん。まあそれもあるけど、やっぱりある程度時勢に流されるんじゃなくて、自分で自分のことは守れるようにとか、みんなのことは守れるようにとか、そんなことも思うんだけど」
つまり、ちょっとは力もいるよねというか。
「うーん。どちらかというと、人間不信から少し回復してきて、人間の持つ力に興味が出始めたようにも思うんだが……」
「ん?」
「かわいいから、まあいいか」
飯田さんがフルフェイス越しにモニャモニャ言ってもよくわかんないよ。
ホームセンターは閑散としていた。車で作ったバリケードは津波のようなゾンビの力で押し広げられていて、あの時の衝動がいかに強かったのかがわかる。
それと、ゾンビってわりと底力があるんだね。
ボクが中にいたときには、バリケードを破壊することはできなかったみたいだけど、一気に押し寄せたら、こういうふうにもできるのか。
「人間の気配はしないかなぁ。よくわからないけど、ゾンビも中に少しはいるから……。うん、たぶん大丈夫みたい」
大きく開けた玄関口からは、薄暗い店内が垣間見える。
うろついてる数人のゾンビさんたち。
興奮状態ではないから、みんなぼーっと突っ立っている。
この人たちはたまたまここにいたのか、それとも居残り組なのかはわからない。
奥に進んでいく。
銃があるのは、執務室と呼ばれていたところ。裏口にも一番近い場所だ。
その部屋のロッカーとか、机の中に銃はたくさんあった。
たぶん、デイパックで満載できるぐらいはあったんじゃないかな。
飯田さんはきょろきょろと周りを見渡している。
ほんの数日前なのに、懐かしんでいるのか。それとも自分が殺されたところだから怖いのかな。
と――、ばったり出逢ったのは、小杉さんだ。
「あ、緋色ちゃん。久しぶり……」
あいかわらず陰気に背をまるめて、こちらをうかがうような視線の20台男性である。
ホームセンターでは、ちょっとしたいざこざがあって、ボクが哲学的ゾンビにしてしまった人です。哲学的ゾンビとは、生きてるときとまったく行動は変わらないけれども、意識がまったくない存在のことを言う。
つまり、ボクは小杉さんの心を破壊しちゃったわけだから、ある意味殺しちゃった相手でもある。
びっくりしたのは飯田さんだ。
「わ、え? なに、小杉さん生きておられるのですか?」
「おじさんって、ここで殺されてからの記憶ってなかったの?」
「ああ、そうだね。うっすらとは覚えてるんだが、どうも記憶は曖昧でね」
「そうなんだ」
マナさんはわりとはっきり覚えていたみたいだし、そのあたりは個人差かな。
飯田さんの場合は最後あたりはわりとガンガン撃たれていたし、肉体的ダメージも関わってるのかもしれない。
と、まあそれはそれとして、小杉さんのことは説明しておこう。
ボクは飯田さんに、小杉さんをゾンビにした過程も含めてすべて説明した。
「つまり、小杉さんは、今、普通に生きているように見えるけれどもゾンビ状態なわけか」
「そうだよ」
「で、もしかすると、小杉さんを回復できるかとか考えてるのかな?」
ボクは頭を横に振った。
死んだ人はやっぱり生き返らないんじゃないかなぁ。
「ボクの血を投与すれば生き返るかもしれないけど、そもそも意識や心と呼ばれているものって見えないわけだから、今の小杉さんも生きてるかもしれないし、死んでるかもしれないし、それはわからないよね?」
「人間に戻したくない?」
「うん。ボクってわりと薄情なんだ」
「いやまあ、命ちゃんを殺されそうになったというのであれば、やむを得ないかもしれない。私は直接その場に居合わせたわけではないからわからないが」
「その節は大変申し訳ございませんでした」
と、ボクは言わせているかもしれないわけで、プログラムは自動的であり、ボクの無意識によって操作されている。
小杉さんが何を考えているかはまったく理解できないし、仮に命ちゃんやボクを害するような心性まで回復するとしたら、それは嫌だなと思ってしまう。
ボクがゾンビにした際に課した制約は、人を傷つけないことと、このホームセンターから出ないことだ。それ以外は生前の通りに行動してもいい。人を傷つけないというのはかなり曖昧な言葉だけど、ボクが思うところの人を傷つける行為という意味で、例えば、暴力行為だけじゃなくて、暴言もある程度は抑えているように思う。ふわっとした感覚だけどね。
「これからも小杉さんはここに?」と飯田さんは聞いた。
「うん」
「永遠にずっと?」
「うん」
「餓死するまで?」
「もう死んでるよ」
ボクの中ではね。
飯田さんはそこで立ち尽くしていた。
ボクには飯田さんの心も見えないわけだけど、でも、飯田さんが何を思っているかはわかる。
殺してあげようとか、あるいは自分の血の中にヒイロウイルスが含まれているだろうから、それを分け与えてあげようとか、あるいは、ボクを説得しようとしているのかもしれない。
少なくとも小杉さんのことを考えているのはわかる。
「緋色ちゃん」
「なにかな?」
「せめて、彼をホームセンターから解放してあげないか?」
「べつにそれでもいいですよ。だって、小杉さんだったオブジェクトがどう動いても、いまさらって感じですし――。ただこれから先、わりと理性的だった小杉さんならきっと役場にいくんじゃないかなって思うんです」
つまり。
「食糧事情がどうなのかはわからないですけど、結構な人数がいるかもしれないし、小杉さんがいけば、食糧は余計に消費しちゃいます」
「確かにそれはあるかもしれないね」
「それに、小杉さんはゾンビに襲われないです。ゾンビなんだから」
「そう言われればそうだね。つまり、人間の英雄として祭り上げられる可能性もあるわけか」
「そうですね」
それで、その結果起こったのが、あのホームセンターでの悲劇だ。
ゾンビ避けスプレーの場合は、誰にでも塗布できるわかりやすい力だったからこそ、力におぼれるということがあったのだろうけれども、個人の力だったらどうなるのかな。
みんな飯田さんがゾンビに襲われない力を持っていると思っていたときは、飯田さんにいろいろとがんばってもらおうとしてたけど、そうなるのかもしれない。
いずれにしろ――、小杉さんを巡ってのいざこざが起こる可能性が高いんじゃないかな。
そりゃこういうご時世だし、人間が何人か集まっていると、争いは生じると思うけど……。
「小杉さんにはずっと独りで放浪の旅にでてもらいましょうか」
つまり、小杉さんには、ホームセンターから出てもいいかわりに、コミュニティに属さないという制約を新たに課した。
飯田さんが気にするから、ちょっとだけ宗旨替えしたけど、はっきりいうと小杉さんのことなんかどうでもいいんだ。
「ついでに言うと。姫野さんもいるよ」
またまた飯田さんがびっくりしていた。
姫野さんも小杉さんと同じように、ボクがゾンビにしてしまった人だ。
ゾンビに咬まれて自暴自棄になった姫野さんは、命ちゃんをゾンビウイルスに感染させようとした。
結果として、ボクは姫野さんの中のゾンビウイルスを活性化させて、一気にゾンビ化させてしまった。最後は首をトリプルアクセルさせて、そこらに放置。
あ、いたいた。
普通にそこらの通路に倒れたまま。
首はねじ切れることなく、ただ神経のどこかが断線しているのか動けない状態だ。
「かわいそうに」
飯田さんが言う言葉に、多少は肯定する部分も生じる。
最後の行為以外に関しては、わがままではあったけれども自衛の意味合いが強く、自分の命が大事なのは、誰だって同じだからだ。
飯田さんはやっぱりここでもいい人で、トリプルアクセルを決めていた首を元に戻してあげた。
ゾンビは頭部を破壊されない限りは、相当に再生能力も強い。
「緋色ちゃん。姫野さんはなんでここでゾンビになってるのかな」
「ゾンビまみれになったあと、復讐かなにか知らないけど、ここにやってきて命ちゃんを害そうとしたからゾンビにしました」
「回復させるつもりは?」
「うーん。小杉さんよりはマシかな程度なんで、飯田さんが決めてよ」
「わ、私が?」
「うん。たまにはボクじゃなくて飯田さんが決めてほしいな」
だって飯田さんって、いつも自分は選択してこなかったとか。
決断してこなかったとか。
選ばれなかったとか、そんなことばっかり言うんだもん。
ゾンビになって多少吹っ切れたのか、最近はそうでもないみたいだけど、ボクだけじゃなくて、飯田さんも決めてほしい。
飯田さんの心があるって確認させてほしいんだ。
「じゃあ……。生き返らせてほしい」
「人間として? ゾンビとして? あ、人間として生き返らせたい場合は注意が必要だよ。首がねじ切れる寸前だったんだから、たぶんいま戻したら死にます。よくて半身不随かも」
「ゾンビでもいいから生き返らせてくれないかな」
「飯田さんって姫野さんのことが好きだったの?」
「いや、違うよ。私は生粋のロリコンだ。20歳を越えたら私の守備範囲からは外れて、場外ホームラン状態だよ」
「じゃあ、なんで助けようとするの?」
「他人事じゃなかったんだ。他人から虐げられているとか、社会から虐げられているとか、それで自分はこうならなければならないという強迫観念とか、そういうのはわかる気がするんだ」
「……まあいいよ」
ボクは超強化された力で手のひらを薄く引き裂いて、流れ出る血をポタポタと姫野さんの口の中に入れた。
ゾンビウイルスの上位存在であるヒイロウイルスは回復能力にも秀でている。
姫野さんの首のあたりはなめらかな肌を取り戻し、瞳には理性の光が戻ってきた。
「あ……」
そして、ボクに対する恐怖の色も見える。
正直なところ、悪くないと思った。
マナさんみたいに、いきなり崇拝状態だと、そっちのほうが怖いからね。
マナさんは単に幼女崇拝論者だったのだと信じたい。
つまり、ヒイロウイルスはボクにとって都合のよい奴隷を作り出すシステムじゃないと信じたかった。それを証明することはできないけれど、恐怖するということは、ボクに対して反発してるってことだから、それはそれでうれしい。
他者との摩擦が他者を感じさせてくれる。
「落ち着いてください。姫野さん」
飯田さんはその場にしゃがみこみ、優しい声色で言った。
姫野さんはボクの姿を見て震えている。
「え、あ……助けて、わたし死にたくない。殺されたくない!」
「誰もあなたを殺したりしませんよ」
飯田さんは自分の姿が恐れられていると思ったのか、ヘルメットを脱いだ。
「え、飯田……さん」
「はい。飯田ですが?」
「飯田さん! わたし怖い!」
「う、うお。姫野さん」
姫野さんが突然飯田さんに抱きついた。
いや、まあわからないでもないけどさ。そもそも姫野さんはそういうふうに誰かに優しくしてもらわないと心の平衡が保てないタイプなんだと思う。
飯田さんは姫野さんがホームセンターから追い出されようとしたときにかばったりもしてたし、今、ここで恐怖の大王なボクがいる状態で、唯一頼れそうな知り合いの男が目の前にいて、ともかく頼りたくてたまらなかったのだと思う。
でも――、べったりとくっついて、さすがに狼狽しながらも、ロリコンだとはいいつつも、女の人に頼られるのは悪い気はしないらしく、飯田さんはだらしない顔になっていた。
幼子をあやすように背中をポンポンと優しく叩く飯田さん。
姫野さんは泣きはらした目で、ついには飯田さんにキスまでしてしまう。
飯田さんの目が見開かれ硬直しつつも、ついには腕をだらんとおろして、されるがままになってしまった。
「なにこれ……」
なんだかすごくモヤっとしました!
今週は毎日夜十時までお勉強もとい仕事ですよ。幼女作家さすがにキレた!
なんだてめぇ……。
というわけで、執筆スピード少し落ちてますが、がんばります。
皆様に読んでいただき、本当にうれしいです!
自分で好きなものを書いて、それを楽しんでいただけるというのは書き手として、望外の喜びとしか言いようがありません! ありがとうございます!