イングラムと聞いて何を思い出すでしょう。
はい。30代以上の人はたぶんロボット警察アニメパトレイバーを思い出すかな。
それも好きだけどね。
イングラムのいいところは清潔感のある線だろう。
本当にありそうなリアルな造形と少し丸い形が好きといえば好き。
でも、今回はそうじゃないんだ。
もう少し時代が下ると、バトルロワイアルの桐山が装備していたサブマシンガンを思い出す人が多いんじゃないかな。
黒いカステラ箱みたいな余計な装飾を取っ払ったフォルムに取っ手がついただけのもの。
その無骨なデザインが逆にいい。
本当はウージーとかのほうがまだ武器としては集弾性能が高いらしくて、産廃扱いされることもあるとかないとか。
実際、毎分950発というすさまじいスピードで弾丸を射出するそれは、連射する際にどうしても腕を跳ね上げさせてしまう。
つまり、最初の数発はともかくとして、腕の筋肉が弱いとそれだけ徐々に狙いが上向いてしまうんだ。
まあ、今のボクならゾンビ筋肉で余裕ですけどね!
そんなわけで、今日のボクはホクホク顔で銃をお持ち帰りして、それをヒロ友のみんなに自慢しているのでした!
ああー、このボクの趣味を全力全開で開陳する快感がたまらない。
ボクって露出狂だったのかも。
ちなみに通常のバーチャルユーチューバーであれば、現実の物体をバーチャル化しないといけないから、データ入力が必要なんだけど、命ちゃんの謎の知識で構成されたボクの配信環境は即座に物体をバーチャルデータとして置換できる。
つまり、イングラムだろうが、ベレッタだろうが、スカーだろうが、すぐに皆様にお見せすることができるのです。すごいよ命ちゃん。
「はー。イングラムかっこいい」
『本物?』『ヒーローちゃんが本当に英雄を目指す話?』『ぱららららららら』
『よくわからないバトロワをする話なの?』『CGIゲームか……なにもかも懐かしい』『知っているのか雷電』『お人形さんの代わりに銃を持ってご満悦な幼女』『ほほえまー』
「えへ。本物だからね。とあるルートで手に入れたんだ。銃刀法違反だけど多目に見てね」
『社会が崩壊しているので無罪』『幼女なので無罪』『ゾンビ好きなので無罪』『カワイイので無罪』『銃はあかんでしょ。銃は』『弾なしならまぁ……』『幼女にタマがあるわけねーよなぁ』『珠のようにかわいい女の子ならわかる』『いや実際、銃は危ないんじゃないかな。保護者は?』
「うーん。ボクには保護者はいないけど、お姉さんみたいな人には一応言ったよ。まあ、ボクが持っておきたいならそれでもいいって言ってくれたし」
『闇深案件?』『お姉さんがいるの?』『まあこんな世の中だしな……』『かわいい女の子だけで暮らしているとか……ごくり』『絶対いい匂いしそうな空間』『オレも混ざっちゃおうかな』『オレくんはこっちでしょ』『ようこそ男だらけのパラダイスへ』『アッー!』
あいかわらず楽しそうだなと思いながら、ボクはほんの数時間前のことを思い起こす。銃は単なる趣味のもので、ボクの生活水準になんら影響を及ぼすところではないけれども、
もちろん、ボクが持ち帰ったのは、それだけじゃない。
姫野さんもいっしょに帰ってきた。
あれから飯田さんにべったりだった姫野さんは、結局アパートについてくることになった。ボクへの恐怖と飯田さんへの思慕をバーターした結果だったのか、ある意味の苦渋の決断だったのだろうけれども、ボクとしてはもう許したよ。
だって、ボクは飯田さんに選択を委ねて、飯田さんが助けてほしいって言ったからね。友達のお願いは聞くのが道理ってもんでしょ。
姫野さんが飯田さんにべったりなのは、正直なところ、『ボクのだぞ』というか……、うーん……うまく言語化できないんだけど、男女とか関係なく、友人を取られたって気持ちが湧いて、どうしようもなくモヤっとしたけど、飯田さんが他の人に慕われているのは素直にうれしいよ。ボクも飯田さんのことが好きだからね。
姫野さんは相変わらずボクのことが怖いらしくてほとんど視線すら合わせなかったけれど、命ちゃんにはしおらしく謝っていた。
それがボクに対する恐怖ゆえか、それともゾンビになったことで恐怖することがほとんどなくなって余裕が生まれたせいなのかはわからない。
でも、まあ……。
形式上は謝ったわけだし、命ちゃんは心底どうでもよさげだったけど、謝罪を受け入れていたから、それでよいことにしたんだ。
「さてさて、みんなを安心させるために一応言っておくけど、弾は入ってないよ。空の弾倉を使っているから安心だからね」
『さすが幼女。かわいいだけでなくかしこい』『かしこいだけでなくかわいい』『でも万が一ってあるからなぁ』『ゾンビだらけの世界だし、自衛の手段ぐらい持っていてもいいんじゃね?』『銃撃ったらゾンビ集まってくるぞ』『集まってきて囲まれるぞ』『囲まれてカプカプされるぞ』『カプカプかわいいなおい。凄惨だけどな!』
「ボクはかしこいので大丈夫なんですよ」
胸にそっと手を添えてバッチこい。
まあ、ゾンビが寄ってきても大丈夫ではあるんだけどね。
『ほう』『ここでイキルか』『イキル小学生』『僕は生きる。君はイキル』『審議不要』『ヒロちゃんが時々ムフンって顔するの好き』
「お次の紹介は、これです。スミス&ウェッソンSW9。スミス&ウェッソンといえば、マグナムのほうが有名だけど、こういうオートマチックピストルも普通にカッコいいよね」
『ちっちゃいおててにおっきな銃』『おててかわいいな』『かわいいのは本体では? ボブは略』
「ちなみに日本の警察はよくナンブっていうリボルバーを装備しているっていうけど、今では普通にオートマが標準装備だからね」
『へえ』『かしこい小学生』『頭よしよし?』『頭なでなでしたい』『銃に詳しい小学生。アニメ知識かな?』『幼女ハンター?』『幼女ハンターだと危ない意味になるだろ!』『幼女にハントされたい』
ふふふ。みんなボクの圧倒的知識量に驚いているな。
なんだか気分がいいぞ。
銃といえば、やっぱいリロードタイムだよね!
サイドのボタンを押して、弾倉を取り出す。うん。空の弾倉だ。
銃をスライドさせて、リロードタイム。
リロードタイムでこんなにも息吹が……。リボルバーじゃないけど、この瞬間の興奮はきっと男のときの意識のままだ。マグチェンジ。ガチャっという音ともに、弾倉を装着する。指と銃がダンスを踊るみたいに。
右手で銃を握り、左手は添えるだけ。
狙いは、君たちだ。
「ばぁーん!」
画面に向かってボクは引き金を引く。
と――、突然部屋の中に爆音が響きわたり、一瞬、マズルフラッシュの光で部屋がまばゆく光った。
ボクの強化された動体視力は、銃の先端から回転射出される高速物体を知覚する。
あーッ!!!! って心の中のどこかが叫んだけれど、さすがにボクも先行く銃弾を見送るしかなかった。去り行く電車を見送るような寂しさと、やっちまった感が相互に湧いてくるが、もはやどうしようもない。
秒速300メートルを越えるスピードで放たれた弾丸は、一直線に画面に向かい、当然のことながら、ディスプレイを撃ち抜いて、部屋の壁に穴をうがち、かつ跳弾したところで止まった。
薬きょうがころころと転がり、ボクは呆然としている。
なんで?
なんで銃が発射されるの?
なんで?
『え、なんの音?』『ばぁーんでハートを撃ち抜かれた(物理)』『モデルガンでも持ってるかと思ったら本当の銃じゃったか』『あらやだ』『空弾倉なのになんで?』『弾倉を入れた状態でスライドさせると、一発が銃内に残るんだよ』『チャンバー内に残ってたのね』『ばぁーん!』『おいおい液晶死んだわ』
ど真ん中を撃ち抜かれても、わずかに映像を出力している根性の液晶。
そこから伝えられた真実は、とても残酷で……。
バスンバスンという音とともに、液晶が最後の命の花火を散らしている。
「あ~~~~~ッ そうだった! ボクとしたことが!」
『頭よわよわ?』『頭抱えるヒロちゃん』『処す? 処す?』『これは後輩ちゃんも激おこなのでは?』『銃の取り扱いには十分ご注意ください』
ブツン。
液晶の画面が真っ暗になる。
パソコン本体が壊れたわけじゃないけど、これじゃ配信できないよ。
「命ちゃーん! へるーぷ!!!」
☆=
五分後。
瞬く間に予備の液晶を持ってきて交換をおこなってくれた命ちゃん。
そして、ボクは肩から『反省中』のボードを下げている。
「あ、みんな……ごめんなさい……くすん。くすん。ほんとにイキって……すみませんでした」
『ガチ泣きしてる』『いいんじゃよ。誰にだって失敗はある』『泣いてるヒロちゃんが一番かわいい』『かわいそうで抜ける』『なにを抜けるんですかねぇ』『かわいそうなのは抜けないだろ! いい加減にしろ』『おまえらまとめて後輩ちゃんにばぁーん(永久)されるぞ』
「くすん……あれから、ものすごぉく、ものすごぉく、後輩ちゃんに怒られました」
『ああ……』『残念ながら順当』『お兄さんが慰めてあげるから』『パパが慰めてあげるから』『慰メックスしたい』『おいやめろ。後輩ちゃんに消されるぞ』『反省するだけエライわ』
そしてボクの背後から覗きこむ影。
命ちゃんだ。
銃が暴発したことに対しては、危ないからってすごく怒ってたけど、いまは通常モードに戻ってる。無表情でクールな美少女。
亜麻色髪のボクの自慢の後輩。
そんな彼女はいまバーチャルな存在として投影されている。
「はじめまして、後輩ちゃんです。先輩がお世話になっております」
『うほ。後輩ちゃんも美人』『高校生くらい?』『高校生くらいの後輩がいる小学生くらいの先輩?』『百合の波動を感じる』『なんだ百合かよ。さっさとちゅっちゅしろ』
「ちゅっちゅはしてもいいですけど、先輩が嫌がるのでNGです。あと、あまりにも扇情的なことを言うと、この世から抹殺しますのでよろしくお願い申し上げます」
『ひえ……』『さきほどは申し訳ございませんでした』『死ね変態って言ってください』『後輩ちゃんもかわいいよ。ヒロちゃんもかわいいからダブルかわいい』
命ちゃんのことも受け入れられたみたいで、ボクとしては満足です。
「後輩ちゃん。今日はなにして遊ぶ?」
「そうですね。先輩とえっちなことして遊びたいです」
『ざわ……』『ざわざわ……』『えっちなことに興味がある年頃』『おねロリなの?』『あなた鯛が曲がっていてよ』『おい、興奮しすぎて魚になってるぞ』『よし、いいぞやれ』
「するわけないでしょう。変態ですか。あなたたち」
『ありがとうございます!』『変態です! もっとののしってください!』『クズでゴミ虫なわたくしどもにもっと光を!』『まちがいなくヒロちゃんが後輩ちゃんの尻にしかれている』『幼女だものね』『後輩ちゃんとヒーローちゃんの間に挟まりたい』『オレくん病院から抜け出しちゃダメじゃない』
「今日は、先輩の反省会も兼ねて女の子の遊びをします」
「ふぇ? 女の子の遊びってなに?」
ボクぜんぜんわかんないんだけど。
正直、いつのまにか視聴者が増えて千人くらいになっているみんなの前で、ボクのまったく知らない遊びとかしたくないんだけど。
男だったのがバレるとか、それもなんかヤダ。
「先輩の不安そうな顔がそそる」
『幼女の不安な顔がそそる』『怯える君が一番好き』『ホラー配信やろうよ』『ホラーはいいかもな』『ゾンビゲーもホラーの一種だぞ』『ゾンビは若干違うだろ! いい加減にしろ』『好きな女の子にいたずらしたい小学生男子か』『女の子の遊びってなんだろうな?』『ゴム跳びとかじゃね?』『プリキュアごっこ?』
「も、もしかして生着替えとかじゃないよね」
ホームセンターで裸にひんむかれた記憶がよみがえる。
あのときの命ちゃんはボクがボクであるという確信はなかったけれど、今のボクはボクだという確信があるわけで……、つまりあのときよりひどくなる恐れがある。
「変態に先輩の恥ずかしい姿を見せるわけないじゃないですか」
命ちゃんは、人差し指でボクの顔の輪郭をなぞる。
ぞわんとした感覚。
そして、あの伝説の顎クイをされてしまった。乙女ゲームにありがちな顎クイを後輩である命ちゃんに。
乙女みたいにされてしまったんだ。
『ふつくしい』『なんだやっぱり百合かよ』『そのままポックリーなしのポックリーゲームしようぜ』『それってただのちゅっちゅじゃないか。最高かよ』『顔真っ赤なヒロちゃんがかわいい』『天使ふたり……何事も起きないはずがなく』『配信事故起きちゃう?』『合体事故起きちゃう?』
「な……なにするの?」
ボクはまな板の上の鯉な気持ちで聞いた。
対する命ちゃんの答えは淡々と。
「化粧です」
へ?
化粧?
うーん……よくわからん。
☆=
命ちゃんはもともと美人で、まだ高校生だし、化粧なんてしないでもとてもかわいらしい女の子だとボクは思っている。
つまり、化粧経験値なんて皆無に等しく、ボクの化粧を施すだけの能力もほとんどないんじゃないかと思った。
でも、命ちゃんも生粋の女の子。
それに高校生にもなって化粧のひとつもしていないなんてことは考えられないし、たぶん、やろうと思えばできるんだろう。天才少女だし、命ちゃんはやろうと思えば、わりと結構なんでもできちゃうタイプなんだ。
致命的なほどに何もしないという選択を選びがちだけど。
ボクのことに関しては、その消極性はあてはまらない。
「さて……今日のキャンバスは最高級の素材です。リキッドホワイトを塗ったような明るい白の柔肌。おモチのように弾力があって、ハァ……とてもキレイです」
「あの、後輩ちゃん。ちょっと近いんだけど」
命ちゃんは息がかかるくらいの距離に顔を近づけ、両の手で顔をふわふわとなぞっていく。その絶妙なタッチにボクは背筋がゾクゾクとしてきた。
唇をゆっくりとしたスピードでなぞられる。
親指がぐいぐいと押しつけられる。
むぐ。ちょっとだけ口の中に入っちゃった。
汚いよって抗議の意味をこめて、命ちゃんを睨んでみたけど、どこ吹く風。
むしろ、うっすらと笑って楽しそうだ。
これも反省会成分が入っているのかな。
だったらおとなしくしとかないといけないのかもしれない。
「お肌の調子もとてもいいみたいですね。赤ちゃんみたいにぷるぷるで……、白雪のようです」
「後輩ちゃん……あの、変なことしないでね」
「変なことはしませんよ。単に化粧するだけですし」
「ほんとに?」
「ほんとですよ。えっちな化粧とか意味わからないでしょ」
「むー。信じるからね」
『ちょっとムスってしてるのもかわいいな』『ガチだろこれ』『ヤバイなんか興奮してきた』『全裸待機』『信じて化粧を任せたロリぷに幼女がガチレズ後輩ちゃんの変態化粧にドハマリしてアへ顔ピース配信をすることになるなんて……』『どんな状況だよそれ』
「さて……、わりと真面目にいきますからね。まずは……目をつむってください」
「き、キスとかしないよね」
「しませんよ。信じてください」
『やめろ罠だ』『どうせみんなちゅっちゅになる』『こんなカワイイ子が目の前にいて目をつむってキスしないわけないよなぁ』『全力でスクショした』『画面に近づいて……あっあっ』
「まずは大まかな方針ですけど、昨日帰ってきた人みたいにケバケバしい化粧は当然、先輩にはあいません。なのでナチュラルメイクをうっすらとしますね」
うん?
よくわかんないけど、うっすらメイクってことはわかったよ。
「最初にコットンに大量の化粧水をつけます。それから先輩のちっちゃなお顔に叩きつける!」
ぴしっ。ぴしっ。ぴしっ。
ぴしっ。ぴしっ。ぴしっ。
あう。案外痛いんだけど気持ちいいというか、普通にほっぺをしばき倒されてるというか、そんな感じだ。
ティッシュをとる音がして、顔にそっと当てられる。
顔中が水浸し状態だったから、たぶんこれで余計な水分をとってるんだろう。
「白玉みたいな肌ですから、美白液はいらなさそうですが……、一応塗っておきましょうかね」
ぬりぬりぬりぬりぬりぬり。
ぬりぬりぬりぬりぬりぬり。
すごく丁寧に肌がこすられていって、ちょっと気持ちいい。
化粧って言うより顔のマッサージというか。
そんな刺激もあるのかもしれない。
『なんか真面目マッサージに通じるものがあるな』『なんだここにもマ民がいたのかよ』『インドマッサージとかも好き』『寝ている女の子に化粧する動画』『はー、ぺちぺち音がたまらん』
「次は――、乳液ですね。ムラがでないように均一になるように塗っていきます。先輩の肌って吸いついてくるみたいで、触ってて気持ちいいです」
「あの……ボクの柔肌堪能されちゃってない? こんなにたくさん塗りたくる必要あるの?」
「甘いですね先輩。まだ先輩は幼女といってもいい年齢だからこれくらいで十分ですけど、本当の化粧はこんなもんじゃないですよ」
「ていうか、後輩ちゃんも化粧してないよね!」
「私はされるよりもするほうが好きなんです」
『後輩ちゃんのタチ宣言』『まあどう考えてもヒロちゃんのほうが受けだよな』『小学生はさすがに非合法』『まあ、実際は優しいお姉さんなんじゃね?』『ヒロちゃんが先輩ぶっててかわいいな』
「はい。口を開いているとお化粧できませんよ。お次は化粧下地です。夏ですしどうしても汗をかいちゃいますから、これを塗って化粧が落ちないようにする効果があります。また、紫外線をカットする効果もありますから塗っておいて損はないですよ」
ボクはゾンビだから、紫外線でダメージとか受けないと思います。
じゃないと、外を元気に歩き回ってるゾンビさんはすぐに腐って溶けちゃうと思うし。
でも、命ちゃんはそんなことおかまいなしに、ボクというキャンパスを自分色に染めていく。
「最後にファンデを塗って今日は終わりにしましょうかね」
パタパタ。パタパタ。
パタパタ。パタパタ。
水みたいなファンデ。そういうのもあるのか?
正直なところボクって、ふわふわのやつをほっぺたに叩くようなイメージしかないんだけど、本当に今日は顔に液体をぬりまくるだけだよね。
でも、順番とか、量とか、つけ方だけでも、もうわからん。
「化粧ってめんどうくさいね」
「世の中の女性の大半もそう思ってると思いますよ」
「じゃあ、なんで?」
「決まってるじゃないですか。かわいくなりたいからですよ。ほら」
命ちゃんの謎技術でもたされたバーチャルなボクは、ちゃんと化粧顔になっていた。
命ちゃんの前だと自省しているけど、正直なところめちゃんこかわいい。幼げな中に色香があって、いつもより透明感を増した肌が輝いている。
すごくかわいい。かわいい!?
なにこれ。これがボク? 伝説級じゃない?
ありがとう。命ちゃんすごくボクをかわいくしてくれてありがとう!
って言いたいところだけど、後輩ちゃんだから自省した。
「ん。まあまあかな」
なんて言ったりして。
『ニマニマしててかわいい』『これは自分のかわいさを知ってる顔』『女になったヒロちゃん』『ほへー。変わるもんやな』『バーチャルなのになんで変わるの? 天才なの?』『後輩ちゃんもご満悦』『この後、めちゃくちゃ化粧した』
そんな感じで、ボクの女子力は少しだけアップしたのでした。
女の子の趣味って謎が多いなぁ~。
☆=
今日の配信はたぶんマナさんも楽しめたのかななんて思ったりもする。
化粧をして少しだけキレイになったボクをマナお姉さんに見てもらいたい。
いつもお世話になっているからね。
ボクにお食事を作ってくれるのもほとんどマナさんだし、いろんな意味で大事にしてくれてると思う。
そんなマナさんはご近所に買出し(意味深)に出かけてるのでした。
なんのことはなく、普通に百パーセントオフの食糧調達とか洋服とかいろんなものを調達しにいってる。
交通的なところで言えば、飯田さんや姫野さんも運転はできるみたいだけど、今日は帰ってきたばかりで、家の整理中。
ボクは運転免許証は持ってないし、命ちゃんは二輪だけという珍しいタイプ。
必然的にマナさんが足を持ってる唯一の人ということになったのです。
まあ、ボクがついていってもよかったんだけど、今日は食糧だけということで、たいした量もないということで、ひとりで出かけていったのでした。
それにしても遅いな。
そろそろ近所の食糧も尽きかけてるのかもしれない。
遠出したのかなー。
なんて思ってるとおなじみの車の音が階下に聞こえた。
ボクは窓を開けて、手を振る。
マナさんは太陽のようにまぶしい笑顔で手を振りかえしてくれた。
「ご主人様ぁ~~~~~~~♪ あ、かわいい! 化粧してますね!!」
この距離でわかるんだ。マナさんある意味すごいな。
「おかえりマナさん。今日はなんかいいことでもあったの? 声がいつもよりも明るいね?」
「はい。いい拾いモノしちゃいましてー」
なんだろう。
テレビか何かかな。それともボクに着せるためのかわいい洋服だったりして。
マナさんが車の後部座席を開けて、一抱えもあるソレを持ち上げる。
って、エミちゃんじゃん!
アーアー言いながら、マナさんにお姫様抱っこされてるの、どう見てもエミちゃんだよね?
「すんごい美少女ゾンビ見つけちゃいました~~~~♪」
とびきり笑顔のお姉さん。
きっと世が世なら、男の大半をとりこにするような無邪気な笑顔だ。
でも、ボクはそれどころじゃない。
恭治くんはどこーっ!?
ゾンビ荘と化すアパート