あさおん・オブ・ザ・デッド   作:夢野ベル子

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ハザードレベル42

「うーん。人間として生還させるのは難しそうかなぁ?」

 

 マナさんが字義どおりの意味でお持ち帰りしてきたエミちゃんのことだ。

 エミちゃんは今、マナさんのお部屋のベッドに寝かされていて、おとなしくしている。

 というか、させている。

 

 もしも、ボクがコントロールをやめたら、腕を前につきだしてゾンビムーブを始めるだろう。

 

「ご主人様が突然、ゾンビな美少女をひん剥きはじめるからビックリしました」

 

「いや、ビックリしたのはこっちだよ」

 

 ひん剥いたのは小学生女児の身体に興味があるからでは、もちろんない。

 

 エミちゃんの身体には姫野さんが突き刺した鉄パイプの穴が開いていて、その傷がどうなっているか知りたかったからだ。

 

 ゾンビといっても顔色が少し悪くて、瞳の色に輝きがないくらいで、見た目的にはそんなに人間と変わりない。

 

 そして、ゾンビにはある程度の再生能力が備わっている。ヒイロウイルス感染者ほど劇的な回復力ではないけれど、もしもうまくいけば、人間として生き返らせるということができるんじゃないかと思ったんだ。ゾンビウイルスをボクのコントロールで死滅させることによってね。

 

 対してヒイロウイルスはボク自身だからか、どうも消せないっぽいんだよね。つまり、ヒイロゾンビとでもいったらいいか、ボクに感染するとボク自身でも取り消しようがないみたい。

 

 不可逆的な反応になってしまっている。

 

 ただ、いまさら人間に戻したところでゾンビだらけの世界を生き残れるかという問題もあるし、さらに言えば――。

 

 傷は痛々しかった。確かに突き刺した穴は塞がっているけど、傷跡が残ってしまっている。

 

 女の子としてはキレイな身体のほうがいいんじゃないだろうか。

 

 それにもし傷が心臓にまで達していたとしたら、生き返らせたとたんに死んでしまうということも考えられる。ゾンビウイルス的なもので機能的な意味での生存を下支えしている状況なので今度は完全に停止する。

 

 もう生き返ることはない。

 

 ゾンビウイルスを消滅させる方法での回復は危険だ。

 

「つまり、選択肢はないってことか」

 

「ご主人様。私、この子を飼いたいですっ!」

 

「いや、飼っちゃダメだからね」

 

 確かにマナさん好みの女の子ではあると思う。

 

 正統派の日本人美少女という感じで、清楚で可憐だ。12歳の幼げな顔。そして黒髪ロング。瞳はパッチリしてて、どこを見ているかわからない視線はお人形さんのような印象を抱かせる。

 

「この子は、ボクの知り合いだからね」

 

「はえー。てっきりご主人様がこの子をお気に入りになさって、ご自身のモノにされるのかと思いました。夜な夜なゾンビ少女をお人形さんみたいに抱っこしていっしょに眠るとか最高かよ、です」

 

「うん。ボクはマナさんの中でどんな変態さんなんだろうね」

 

 というか、自分基準で考えるのやめて。

 人類はみんなマナさんみたいなロリコンじゃないんだから。

 

「とりあえず、ヒイロウイルスを与えてみるね」

 

「あ、お待ちください」

 

「ん? なに」

 

「ご主人様のウイルスなら、わたしの中にもあるんですよね」

 

「んー。そうだね。今のマナさんの中にも、ヒイロウイルスはあるみたい。なんとなくだけど感じるよ」

 

 距離が遠すぎたり、特に意識していないとそこまでは感じないけど、ちゃんと意識すれば、マナさんの中にも『ボク』を感じる。

 

 ヒイロウイルスは『ボク』の中核的存在であり、『ボク』そのものであるから、相当に距離が離れていない限りは、その位置と量を特定できる。

 

「わたしの中にご主人様の素が、ぴょこぴょこと元気よく跳ね回っているんですね♪ あ……ご主人様を感じる」

 

「うん……まあそうなんだろうけど、変態的な物言いはやめてね」

 

「ご主人様で満たされちゃってるんですね」

 

「ボクの血液ほどは濃くはないけど……」

 

 そもそも、マナさんは血液ではなくてボクの涙と唾液から感染したタイプ。もともと親和性というか、ボクに感応するレベルが高かったから、人間っぽくなったのかもしれない。

 

 いったいどれくらいの量があれば、ボクに感染するんだろう。

 

「ゾンビウイルスがご主人様に駆逐されればそれでよし、そうじゃなくても、ゾンビウイルスは残存するわけですから、補修を受けることが可能ですよ」

 

「うーん」

 

 まあ、そうかもね。

 

 つまり、マナさんが言いたいのは、先にマナさんがエミちゃんに感染を試みて、その後変化がなければ、ボク自身が感染させればいいと言いたいのだろう。

 

 ゾンビウイルスはヒイロウイルスに打ち勝つことはない。

 これはもう何度も臨床しているから確定だろう。ただ、ゾンビウイルスもだけど、『人間』そのものの抵抗力から、感染しないギリギリの量というものは存在する。引っかかれただけじゃ、感染しない場合もあるからだ。

 

 ヒイロウイルスもゾンビウイルスの上位種ではあるけれども、その延長上にあるのなら、『人間』の抵抗力によって感染させられないということはありうるかもしれない。

 

 特にエミちゃんの場合は、半ゾンビ状態でわりと粘ったからね。

 

「まあやってみてよ」

 

「やった。合法的に幼女にキスできる♪」

 

「え? あの……マナさん?」

 

「はい。なんでしょう」

 

「血を与えるんじゃないの?」

 

「え、違いますよ。こんなかわいい女の子が目の前にいるんですよ。なぜキスしないでいられるんですか?」

 

「むしろ、なんでマナさんがきょとんって顔するんだろう……」

 

 キスでもたぶん感染はするんだろうけど、それでヒイロウイルスに感染するには相当程度の量が必要になるんじゃないかな。幼女のことが大好きな、感染させられたい系のゆるふわお姉さんは別として。

 

「感染するまで、少女の唇をねぶるように味わえるわけですね。役得役得ぅ♪」

 

「やめたげてよぉ……」

 

 エミちゃんが復帰したときにトラウマが残りそう。

 

 ヒイロウイルスに感染しきったあとの記憶の状態は、命ちゃんやマナさんを見る限りは原則維持されると見たほうがいいだろう。飯田さんはあやふやな状態みたいだけど、それは身体の損傷が激しかったからかもしれない。

 

 ともかく、美女に長時間変態的なキスをされまくっているとか恐怖以外のなにものでもない。男心が残ってるボクでさえ怖いのだから、普通の少女であるエミちゃんはきっとガクブルものだ。

 

「血でお願いします」

 

「えー」

 

 ものすごく残念そうな顔になるマナさん。

 いや、そこは残念がるところじゃないでしょ。

 ただし、マナさんはボクのことをご主人様と標榜するだけあって、ボクが言ったことには逆らうことはない。

 

 台所から切れ味鋭い包丁を持ってきて、マナさんはちょんと指先を切った。

 ぷくっと膨れる赤のカタマリ。

 それをエミちゃんの口の中に差し入れて、まるで赤ちゃんに授乳する母親みたいな顔になった。

 

 変態的な言動さえなければ、わりと母性はあるよね。

 

「む。いま、ご主人様がわたしに抱っこされたいって思ってるような」

 

「思ってないけどね」

 

 油断するとこれだけど。

 

 ボク自身が血を与えたときよりはずいぶんと時間がかかって、五分くらい経ってからようやく頬に朱色がさしはじめた。

 

 血の気が戻り、胸のところにある傷はたちどころにすべすべの肌になる。

 

 傷が残らなくてよかった。

 

 そしてようやく――。

 エミちゃんは恵美ちゃんに進化しました。

 

 まあ、ゾンビも人間もボクにとってはどちらもたいした差はないんじゃないかと思いはじめているけれども、やっぱり、意思がある存在というのはそれだけで心があったかくなる。

 

「お兄ちゃん!」

 

 と、第一声はいつかのときと同じで。

 

 恵美ちゃんは本当にお兄ちゃんのことが好きなんだなって思わせてくれる。

 

 それこそが、光り輝くこころの断片だと思う。

 

「ハローワールド。ボクは緋色だけど覚えてるかな?」

 

「え。緋色ちゃん? 私……確かユウちゃんに噛まれて、それから……意識がぼんやりとしてて。緋色ちゃんにいろいろとしてもらって……。そうだ。お兄ちゃんはどうなったの?」

 

 恵美ちゃんは慌てていた。

 

 無理もない。覚醒したら訳のわからないところにポンっと意識だけが浮上して、今に至るわけだからね。ゾンビ状態というのは、こころが封印された状態のようだから、記憶には残っていても、そこに通常付随しているはずの情動がないのだと思う。恵美ちゃんの場合はもうすこし複雑で半分くらいは情動もあったのかもしれないけれども。

 

「落ち着いて聞いてね。恵美ちゃん。こっちにいるマナさんが恵美ちゃんを連れてきてくれたんだけど、恭治くんは見当たらなかったんだ」

 

「ごめんなさい。恵美ちゃん。わたし恭治くんのこと知らなかったんです」

 

 マナさんが言ったとおり、ボクはホームセンターでの出来事をほとんどマナさんに伝えてこなかった。

 凄惨といってもいいあの場所のことを、ふんわりしたお姉さんに伝えづらかったというのもあるし、もはやただのゾンビにまぎれてしまった二人と出会うなんて、ほとんどありえない確率だと思ったからというのもある。

 

 つまり――、ボクが情報伝達をしなかったミス。

 ボクがお姉さんとつながろうとしなかったミス。

 そして、恵美ちゃんや恭治くんのことを諦めちゃったのが原因だ。

 

「お姉さんは悪くないんだよ」

 

「あ、ご主人様がおねえさんって久しぶりに言ってくれた♪」

 

「やっぱりちょっとは反省してください」

 

「はい。反省してます」

 

 ぺこりと素直に謝るマナさんにボクは何も言えなくなってしまう。

 恵美ちゃんは事態についていけてないのか、おろおろしている。

 

「えっとね。恵美ちゃんが今、ゾンビ状態から解放されているのはなぜかはわかるかな?」

 

 ベッドでペタンコ座りして、恵美ちゃんは左上を睨むようにして思考する。

 

「えっと。緋色ちゃんがゾンビの高位種で、私のなかのゾンビウイルスが駆逐されたから?」

 

「そうだよ。だから、今の君はゾンビでもないし人間でもない。あえていえば、ヒイロゾンビなんだよね」

 

「えっと、ご主人様。ひとつわたしから恵美ちゃんに質問いいですか!」

 

 ビシっと手をあげるお姉さん。

 かわいいんだけど、年上なんで、微妙にドキドキしちゃうね。

 今もネグリジェみたいな露出度高い格好しているし、女子力は姫野さんといい勝負だ。

 

「どうぞ。マナさん」

 

「えっと、恵美ちゃん。よく聞いてください」

 

「はい」

 

「まず、着ているお洋服を脱ぎましょうか」

 

「えっと……。えっと……」

 

 ちらちらとボクとマナさんを交互に見る恵美ちゃん。

 

 わかるよ。こんな変態さんでごめんね。

 

「マナさんが何を言いたいのかぜんぜんわからないんだけど」

 

 ボクが代理で答えてあげた。

 

「ご主人様。実をいうとわたしはすごく気になることがありまして」

 

「はいどうぞ。被告人マナさん」

 

「わたしは恵美ちゃんに血液をチューチューさせましたよね」

 

「そうですね。往時であれば非常に危険な行為ですが、緊急避難が認められるでしょう。それがなにか?」

 

「吸血鬼みたいな感じでいえば、血を与えたら子じゃないですか。つまり、ご主人様の命令権もあるんでしょうけど、わたしも親になって恵美ちゃんにいろいろとアブナイお願いとかできちゃったりしないかなーって」

 

 なるほど……。

 

 ギルティだよ!

 

 このお姉さん、最初から狙ってやがった!

 

 ボクじゃなくて自分で血を与えたのは、そういった命令を自分の気に入ったロリにしたかったからなのね。

 

 なんという邪悪。吐き気を催す邪悪だ。

 

「あ、ご主人様がほんとに怒ってる……。ごめんなさい」

 

「すぐに謝るなら最初からしない」

 

「ごもっとも」

 

「それと人のこころを勝手にいじらないでよ。これはボクのお姉さんへのお願いだからね」

 

「わかりました。ご主人様は優しいです♪」

 

 まあ、ボクも無意識に誰かを操ってるのかもしれないし、人のことは言えないけどね。ただ、さっき恵美ちゃんが困惑しながらも命令に従わなかったのは、やはり意志というものは踏みつけにされても、ねじ伏せられても、きっとどこかで抵抗するということなのかもしれない。

 

 まあ、お姉さんは心の底では無理やり従わせる意志はなかったのかもしれないし、そのあたりはわからないけどね。

 マナさんってボクにもだけど、なんだか子ども一般に甘そうだしなぁ。

 

「ん。ご主人様がわたしをチョロインだと思ってサーチしている!?」

 

「してません」

 

 

 

 ☆=

 

 

 

「マナさん。ここらへんで恭治くんは見かけたの?」

 

「いえ。金髪の子ですよね? いなかったと思いますけど、正直なところ幼女以外はそんなに興味もないのでわからないです」

 

「そんな……」

 

 恵美ちゃんは沈んだ顔になっている。

 マナさんは慌てた。

 

「あ、違います。違いますよ。たぶん、わたしの記憶が正しければ金髪の男の子はいなかったと思いますね~」

 

 ボクとマナさんと恵美ちゃんは、軽自動車に乗って外にでかけている。

 もちろん、目的は恭治くんを探すためだ。

 

 最初に探したのは、恵美ちゃんを拾ったところあたりだけど、そこは佐賀市に向かう線路沿いの大通りで、ゾンビはまばらに歩いている。

 

 ひとりひとり見ていってるけど、恭治くんはいない。

 

 人間の気配なし。

 ハイブリッドの静かなエンジン音以外は、セミの音。

 うだる暑さといういつものパターンだ。

 

「はー。そろそろ秋にならないかなー」

 

「秋になったらいろいろとおいしいものが食べられますからね」

 

 ボクとマナさんは明るく話す。

 というのも、車内の雰囲気を一新させたかったから。

 さっきから悲壮の顔で、外をじっと覗いているのは恵美ちゃんだ。

 恭治くんが見つからずに焦っているのだろう。

 

 ボクの能力はゾンビを個性としては識別できない。

 ゾンビは液体的であり、量的なものだ。

 その意味では、どことなく『ヒロ友』という概念と近いものがあるかもしれない。でも、そういった個性がない名無しのまじわりでも、ボクは結構人間を好きになったけどね。

 

「恭治くんのスマホとかで探すのはどうかな?」

 

 恭治くんが恵美ちゃんを見つけたのは、スマホのGPS機能だった。恵美ちゃんはパーカーの中に自分のスマホを入れていた。恭治くんが入れてくれたのだろう。恭治くん自身のスマホはどこにも見つからなかったから、本人が持っていると思う。

 

「無理だよ。もう時間経ちすぎてるから、たぶん電池切れちゃってる」

 

 恵美ちゃんが泣きそうな顔で言った。

 

 さすがに見た目年齢的には近くても、本来の年齢的には半分くらいの子に泣かれると、心が痛いものがある。

 

 ボクとしてもなんとかして恭治くんを見つけたいんだけど手がかりらしい手がかりがない状態だ。

 

 恵美ちゃんのスマホは電源が落ちていたし、恭治くんのも落ちてると考えるのが妥当かもしれない。

 

「ひとつひとつ思い当たるところを探すしかないね」

 

「お願いします」

 

 恵美ちゃんは窓ガラスにそっと手を触れて、溶けいるように言った。寂しそうで切なそうで見ていられない。もしもこのまま見つからなかったら、恵美ちゃんはずっと一人のままだ。

 

 誰かを思いやるというのは、孤独を知る者にとっては巧妙な罠なのだろうと思う。きっと考えないようにしていた古傷を思い出すようなもので――、忘れていた花粉症を再発させるようなもので、その想いが自分が本当は孤独な存在だということを思い出させてしまうから。

 

 だって、人は死ぬ。

 ボクの両親も死んだ。誰かを好きになっても、誰かを死ぬほど愛したとしても、文字通り死んでしまえば、別れてしまう。二度と逢うことはできない。

 

 想いなんてものは宙ぶらりんになってしまう。

 お父さんもお母さんも死んで、ボクは空っぽになってしまった。

 寂しくて寂しくてたまらないんだけど、その想いで胸が膨らんで爆発しそうなのに、何もできないままなんだ。

 

 もしも神様なんてものがこの世界にいたとするなら、人間に愛する機能をつけたのは失敗なんじゃないかなって思う。

 

 ボクは恵美ちゃんの隣に座っているけれど、手を伸ばすことすらできず反対側の風景を眺めるばかりだった。

 

 ホームセンターの近くまで来た。

 

 ゾンビはまだまばらにいるけれど、ホームセンター内のゾンビはいつのまにかいなくなっている。

 

 祭りの後といった風情。

 

 こうやって、人がいなくなった施設は廃墟になっていく。人がいなくなった世界はきっとキレイで、最後にはボクも消えて、星だけが残るのかもしれない。

 

 寂しいな――。

 

 当然、恭治くんの姿もない。彼が人間のまま生還しているという可能性は非常に低いだろうと思う。体中に銃弾による穴が開いていたように思うし、きっと出血で死んでいる。

 

 死ねばゾンビになっている。

 そもそも彼が生きていたら、恵美ちゃんを独りにさせないだろう。

 

「ホームセンターの中にはゾンビはいないみたいだね」

 

「今度はここから恵美ちゃんがいたところまで走らせてみましょうか」

 

「うん。お願い」

 

 ゆっくりとしたスピードで車は走る。

 

 恵美ちゃんがいたところは驚くべきことに、そこから数キロも離れた先だった。傷ついたからだでそこまで恭治くんが運んできたのか、それとも恵美ちゃん自身がゾンビだったときに歩行してきたかはわからないけれども、ゾンビの秩序なき行進は思った以上の移動距離をもたらすみたい。

 

 こんなに広がりがあると、もっと先に進んでいるかもしれないし、引き戻ってるかもしれないし、どこか人間のコミュニティを見つけて襲っているかもしれない。

 

「恵美ちゃん。なにか心当たりはない?」

 

「わからないよ……」

 

 嗚咽が混じった声。

 

 本当の12歳には、異常な事態が連続していて、ほとんど脳みそはグチャグチャの状態なのだろう。まだ車の中でおとなしくしている分、気丈なふるまいを見せているくらいだ。

 

「お家に帰りましょうか~?」

 

「え、マナさん。もう諦めちゃうの。早いよ!」

 

「ではなくて、恵美ちゃんのお家とかに行くのはどうでしょうか~」

 

「あ、なるほど! それだよ! きっと恭治くんはお家に帰ってるんじゃないかな」

 

「そうかも。お兄ちゃんに背負われているときに、お家に帰ろうって言ってた気がする」

 

 もしかして……いや、きっとそうに違いない。

 

 あの妹想いの恭治くんのことだ。お家で恵美ちゃんの帰りを待っている。

 

 さすがに小学六年ともなれば自分の住所くらいは覚えているもので、ボクたちは五分も車を走らせると、すぐに恵美ちゃんの家についた。

 

 いくつかの道路が車でふさがれていたから時間がかかったけれど、ゾンビたちが障害になりえないボクたちにとっては、たいした問題じゃなかった。

 

 大きな家だった。

 

 周りの家より二周りほど大きく、金持ちの家って感じ。

 こんな田舎の金持ち――なんてちょっと穿った見方をしちゃうけど、それでも十分にすごい。それに金持ちらしいゴテゴテさじゃなくて、どちらかといえば品が良い感じ。

 田舎ってどこもかしこも同じような感じになっちゃうものだと思うけれど、わずかに都会の雰囲気を感じさせてくれて、新鮮な感じがした。

 

「恵美ちゃん。ここでまちがいない?」

 

 恵美ちゃんはこくりとうなずく。

 後部座席のシートベルトを丁寧にはずし、車から一歩踏み出す。

 そのまなざしは決意に満ちている。

 

「お兄ちゃん……!」

 

 恵美ちゃんは半開きになったドアを開け放ち、暗い家の中に入っていく。

 ボクとマナさんも続いた。

 ゾンビなボクたちはわりと暗い中でもモノがよく見える。だから、薄暗い室内でもナイトビジョンゴーグルをつけているみたいに、夜目が利いた。

 

 ……どうしよう。

 

 ここで悪い知らせがある。

 いや、もうどうせ数秒後にはわかることだ。

 わざわざ知らせるまでもない。

 

 家の中にゾンビの気配がしなかった。

 

 ひとりもいない。

 恵美ちゃんが駆け出していったけれど、ボクは確認の意味でいくつかの部屋のドアを開ける。

 

 ひとつのドアを開けると、誰かの遺体がふたつ、折り重なるように倒れていた。たぶん恵美ちゃんの両親なのだと思う。

 

 ふたりとも頭のあたりが陥没していて、虫が湧いていた。ハエも何十匹も飛んでいて……あたりを我が物顔で飛びまわっている。

 

 とても気持ち悪かった。

 

 死体が、ではなく――。

 

 死体にたかるという行為。死を蹂躙するという行為が――まるでゾンビめいていて。いや、こいつらも、小さいけれど、ゾンビ?

 

 じゃないな。

 

 ぜんぜんゾンビの気配を感じない。

 

 小さくてもゾンビであれば、これだけ近ければ感じるはずだ。

 

 ハエはゾンビにならないってことかな。

 

 まあ、冷静に考えたらこんな小さな虫がゾンビになって襲ってくるとか、人間滅亡待ったなしって感じがするしね。

 

 でも――気持ち悪いな。

 

 下等か上等かで生き物を選り分けてはいけないって思うけど。

 

 なんだか、ボクのお気に入りである恵美ちゃんのご両親に、ハエがたかっているというのが、正直言って不快だった。

 

 だから――。

 

 ボクは右手人差し指を地面に向けて軽く振る。

 

 ハエは落ちた。一匹残らず。

 

 急に発生した重力場に引きずられて、飛んでいられなかったからだ。ボクの周りを飛んでこなかったのはおそらく、無意識にシールドしてしまっていたからだろう。

 

「あれれ。ご主人様っていつのまにか超能力使えるようになってたんですねー。ハンドパワー♪」

 

「ちょっと前からできるかなっていう感覚はしてたよ」

 

「そのうち空も飛べちゃったりして?」

 

「たぶんできるようになるかもね」

 

 でも、ボクにはまだよくわからないことやできないこともたくさんある。

 

 ロールプレイングゲームみたいに着実にレベルアップしていってるけれども、

 

 人のこころはわかりづらいし、コミュニケーション能力は万年回線不通。それどころかボク自身のこころすらどこにあるのかわからない。

 

 ゾンビになって思い知ったのは、なにができるかではなくて、むしろなにができないかだ。ボクの手はちいさくて、できればみんなと仲良くなりたいんだけど、そうはならなくて、恵美ちゃんみたいな小さな女の子を笑顔にすることすらできない。無様なほどに無力で。いくら超常の力を持っていても、意味が無い。

 

 それに――。

 

「いやあああああああああああああ! おにいちゃああああああん!」

 

 例えば、部屋の外で響いた恵美ちゃんの声。

 

 その理由をボクは知りえなかった。




ちょっと油断するとすぐ配信から遠のくんだから・・・
がんばってもう少し早く投稿できるようがんばりたい・・・
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