あさおん・オブ・ザ・デッド   作:夢野ベル子

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ハザードレベル45

「ねえ。どういうこと?」

 

 ボクは適当に聞いてみた。まだ一応ボクの勘違いという可能性もあるからね。知らない人間は人間であっても怖い。つまり、ボクたちのことを知らない彼らはボクたちのことが怖い。

 

 例えば、見た目超プリティなボクも、もしかするとサイコパスのナチュラルボーンキラーかもしれないし、恭治くんなんかショットガン持ってるからね。

 

 今も恭治くんは刺すような視線で周りを睨みまわしているけれど、こんな事態になったのはホイホイついていったボクの責任だ。ごめんなさい。ボク、配信で気が緩んでたみたい。

 

 もう、人間のルールというか常識はここまで変わっているなんて思わなかった。

 

「おい、そこの男。そのショットガンは本物だよな。銃口をおろせ」

 

 ボクの目の前にいた背格好の大きな男が言った。ざっと見ただけでも、八人以上が回りを取り囲んでいる。恭治くんも下手に動くことはできない。店内はゲームのデモプレイの音楽と光が溢れていて、薄暗いディスコみたいな雰囲気だ。

 

 ヨガフレイムとか聞こえたから、このご時勢にストツー置いてあるよ。すげー。

 

 恭治くんは男のひとりにショットガンを取り上げられ、ニット帽のお兄さんに背中にリボルバー銃を突きつけられていた。

 

 ボクはポーチの中にデリンジャーを入れてるだけで、見た目丸腰だったから、特に何も言われることはなかった。

 

「こいつ……すげえかわいいな」

 

「ガキじゃねーか」

 

「でも久しぶりだからな。べつにガキでもよくね?」

 

「すげーかわいい。オレ好み。生きててよかった」

 

「おまえロリコンかよ」

 

「どうせみんなヤるんだろ。だったらいっしょじゃねえかよ」

 

 頬の緩みを隠しきれていない。下卑た視線がボクの太ももとか、二の腕とか、顔とかを舐るように見ている。

 

 ぶしつけに男の腕が伸びてきたので、ボクはひょいっと躱わす。数ミリ程度の紙一重の回避だったので、「あれ?」と疑問の声があがった。

 

 ていうか、おさわり禁止ですよ。

 

 それにボクはまだ最初に疑問に答えてもらってない。

 

「あのー、なにしたいの?」

 

 と、ボクはもう一度聞いた。

 

「頭お花畑ちゃんかよ。この状況でもわかんねーのか?」

 

「言葉が通じないゾンビかと思っちゃったよ。話せるなら話して? 一応、言い分は聞いてあげるからさ……」

 

「なめた口きくんじゃねーよ。ガキが。いいか、オレたちはこの世界を生き残ったエリートなんだよ。ビビッて家の中でブルっちまってる腰抜けとは違う。ゾンビが溢れたときにまっさきにオレたちがしたのはなんだと思う?」

 

「えー、陵辱とか?」

 

「ちげーよ。武器だよ。武器をかき集めたんだ」

 

「手に持ってるのって本物?」

 

「ああ、そうだよ。自衛隊の駐屯地が近くにあるだろ。何人かは犠牲になったけど、生き残ったのが俺らだ。いいかいお嬢ちゃん。いいことを教えてやる」

 

 髭面の太った男が言う。

 

「所詮、この世は弱肉強食だ」

 

「人間なら、もっと高尚なこと言えないの? 例えば倫理とか道徳とか、法律とか――情けは人のなんとやらとか」

 

「知るかよ。倫理や道徳で飯が食えるか」

 

「それって、政治家の人もよく言ってるよね。おじさんは政治家に向いてるかもね。もう政治とかなくなっちゃったかもしれないけどさ」

 

「バカにしてんのかよ!」

 

 結構本気なレベルの(もちろん人間の大人のという意味だけど)平手が迫ってきている。ボクのほっぺたをぶったたいて生意気な口を利けなくしてしまおうという判断らしい。横にいる恭治くんが前に出るのを感じたけど、ボクはあえてみんなよりも先に動いた。

 

 男の手を途中で握った。

 

「いでで……」

 

 本当はねじきる程度はできそうだけど、適当なところで離した。

 

 どうせ――同じだ。

 

 行き着くところはすべて同じ。

 

「うーん。つまり、ここにいるみんなはボクみたいな弱そうな人間を襲って、食糧とかを得ているってこと?」

 

「そうだよ!」「武器も持ってるみたいだったからな。それはオレたちにとっちゃ生命線だ」「女にも飢えてたからな。女はあまり外に出やがらねえし……」「あー、くっそかわええな」「おまえ本当にロリコンだったのな」

 

「えっと、最後通告しておくけど、ボクは実を言うとめっちゃ強いですよ。みんなたぶん死んじゃうかも」

 

「拳法でもならってるのかな?」「どれくらい強いのかお兄さんに教えてくれよ」「抵抗してくれるほうがオレ好みだわ」「はやくあっちの休憩室いこうぜ」「男はどうする?」

 

「あー、いらねえよ」

 

 そんな軽い物言いだった。

 

 バンッという撃発音が響いた。

 

 暗かった店内は明滅した光に満たされ、恭治くんは驚きに目を見開いている。背中からゼロ距離で撃たれた恭治くんはかなり大きな穴をおなか側に開けてしまっていた。

 

「あ……」

 

 真っ赤に染まる。すぐ横にいたボクの頬にも赤くて生ぬるい液体がかかった。

 

 そして恭治くんはそのまま地面に倒れる。

 

 慣れていないんだ。

 

 恭治くんはゾンビ状態である自分に慣れていない。

 

 だから、その程度の傷がもはや傷ではないことに気づいていないんだろう。

 

 人間だったときのクセみたいなものが抜け切らないことってよくあることだからね。

 

 それにしてもこいつらって、笑っちゃいそうなくらい外道で、逆にわかりやすい。ここまでシンプルな生き方だと逆に哲学的なのかなとすら感じてしまう。

 

 じゃあ、彼らの哲学に――『弱肉強食』に従ってみようかな。

 

 この悪意と自己尊厳で凝り固まった人間未満の存在をどう処分したらいいだろうか。弱肉にしても煮ても焼いても食えそうにないし、そもそも食べる気すら起こらない。

 

 飯田さんが殺されたときみたいにボクはさほど怒りというものを覚えていない。だって、彼らの行動理念について、ボクは毛ほども価値を感じていないから。

 

 いてもいなくても同じ存在だから。

 

 恭治くんを傷つけたという一点のみでもって、その活動を停止させる程度にはゴミクズの存在だなと感じてるけれど。それだけだ。

 

 こんな感覚――は、よく知っている。

 

 虚しい。

 

――ストツーのFIGHT!という音が遠くで聞こえた。

 

「お兄ちゃん死んじゃったね。ひひっ」

 

「元から死んでるよ」

 

 ボキっという鈍い音が近くで響いた。ボクが誰かの腕を握りつぶしたからだ。

 

「あああああぎゃあああああああああ」

 

 絶叫がうるさいなと思った。強いて似ているとすればセミの声が輪唱しているような、そんな感じのうるささ。その場でうずくまった男を蹴り上げ、十メートルくらいぶっ飛ばす。ゲームの筐体にぶち当たった男は画面を突き破った状態で止まった。

 

 周囲の怒号と、ボクに対して銃を構える気配がする。

 

 ボクは身を低くして、いくつかの銃弾を躱わす。同時にウエストポーチから銃を取り出して、適当に二連射した。

 

 ひとつは誰かの肩にあたり、ひとつはふとともを貫いた。火力が全然足りないね。

 

 そもそもの話、こうやってフレンドリィファイヤをしてしまう位置関係に陣取るのはどうかと思う。

 

 みんなそれを怖がってわずかに躊躇しているし、ボクに対して有効な攻撃を加えられていない。

 

 とりあえず、そこらの銃をすばやくもぎとり、肩を負傷した男に連射してみた。

 

「ばぁーん! ばぁーん! ばぁーん!」

 

 ん。今回は完璧! これは終わり。

 

 もうひとりの銃弾が髪の毛を掠めた。回転するようにぴょんと飛び上がって、首のあたりにチョップ。けぴっという変な音がして、その人は首が変な形にずれたまま地面に倒れふした。

 

 今度は別の意味で男達の動きが鈍くなっている。

 

 恐怖――。彼らにとってみれば、得体の知れない化け物と対峙しているのだから、さぞ、恐ろしいだろう。でも、人間らしさを今最も感じてるんじゃないかな。

 

 ボクとしては、お気に入りのマナさんから選んでもらった服が血だらけになるのがちょっと心苦しい。あとで怒られちゃうかな。いや悲しむかな。

 

 そっちのほうがボクには恐怖だ。

 

 その間にもボクはもうひとりの腕を無造作に握って、鞭をしならせるような感じで、

 

「やめっ」

 

人体を持ち上げコンクリートの床に叩きつけた!

 

 頭蓋から身体からグチャ。グチャと銃に匹敵するほどの大音量が響き、二回ほどやるととりあえず動かなくなった。これは終わった。

 

 次。

 

「ひいいいい。いやだ。助けて。助けてください」

 

 ニット帽を被った若いお兄さんが失禁しながらガタガタ震えていた。

 

「ボクとしてはどっちでもいいんだけどさ……、恭治くんもやりたいんだって」

 

 そのニット帽のお兄さんは恭治くんに後ろからつかまれていた。いつのまにか取り戻したショットガンを背中からゴリっと押し当てられ、お兄さんの顔はこれ以上なく青く染まる。

 

「ごめんなさい。あやまりま――」

 

 ドンという音に、ボクはちょっぴりビックリしてしまう。

 腸が花火みたいにとびちるんだもん。さすがにねえ。

 

 残ったふたりが同時に店の出口に駆け出す。ボクは適当に筐体のひとつを持ち上げて、エイっと投げつけた。ひとりはそれに当たったけど、もう片方はお店の外に脱出成功したみたい。

 

 恐怖のせいか走り方が変。

 

 適当な銃で撃ってもいいんだけど――。

 

 筐体の一部がコンクリートに叩きつけられて瓦礫になっている。

 

 ボクはそれらを浮かして、男に向かって叩きつけた。言ってみれば天然のショットガンみたいな感じかな。タイルみたいな大きさのそれが身体中にあたって、男はバランスを崩して倒れた。

 

「うあっ――」

 

「ゾンビさんご飯ですよー」

 

 あとはもう見る必要もない。

 

 店内に残ったひとりが夏だというのに冬みたいに震えていた。

 

 ボクがゆらりと振り向き小首をかしげると、恐怖のあまり弛緩しきった顔のまま、オートマティックピストルをボクに向けた。

 

 ボクはじっと見つめる。

 

「試してみてもいいかもしれないよね」

 

 何をというと、極微量のゾンビウイルスでどこまで人の行動を制御できるか。ゾンビを操れるのと同じレベルでは無理っぽい。でも、躊躇という感情を極大化することはできる。鉛を握っているかのように銃を重く感じるだろう。

 

 ガタガタと銃口が震えているけれども、彼の引き金は引かせない。

 

「なんなんだよ! おま、こんなの聞いてねえよ。こんなのがいるなんて」

 

「ごめんなさい」

 

 ボクは素直に謝ることにする。言ってなかったからね。

 

「ボク、ゾンビなんです」

 

 蒼白な顔がさらに青白くなっていくのを見て――、ボクはにこりと笑う。

 

 周囲は既に惨憺たる状況で、文明らしい文明は火花が散って消えてしまった。あるいは赤よりも赤い、わりとよく滑るような液体で覆われてしまっていた。

 

「し、死にたくない……」

 

 太ももを撃ち抜かれた男は、じきに出血多量で死ぬだろう。

 

「介錯してやろうか?」

 

 恭治くんはおそらくまるきり百パーセントの善意からそう言った。

 

 人間は死ねばゾンビになるのだから、頭を破壊しない限りいつかの時に復活再生させることはできる。

 

 だから、ボクは頭部を完全破壊するようなことはしなかった。

 

 ちょっと画面に突っ込んだ最初の人はやばかったけど、見てみたら大丈夫。無事死んでるけど、頭までグチャっとはなってない。

 

 ふぅ……。

 

 それから五分後に男が死んでゾンビになって元気に動き出したのを確認したら――忘れてはならないもうひとり。

 

 

 

 ★=

 

 

 

「あいつらはしゃぎすぎじゃないか?」

 

 オレが見張りをやっているのはやつらの使い走りだからじゃない。

 オレはオレしか信用しないからだ。

 誰だってこんな世界になれば寄り添いたくなる。それはわからないでもない。だが、きっと、裏切られる。

 

 蹂躙される。

 いいようにされる。

 戦争を考えてみればいい。

 なぜ戦争が起こるのか。

 

 人間は他人を殺したい生物だからだ。

 自分のいいように他人を扱いたい生物だからだ。

 自分のことしか考えず、他者を思いやる心なんてものは存在しない。存在するのは他者を思いやれる優しい人であるというステータスだけ。

 

 そのステータスがほしいがために、皆が優しい人を演じている。

 

 食虫植物の花を考えてみればいい。例えばラフレシアという妖花を。虫を誘いこむために花弁は妖しい色香を放っている。それと同じで、皆優しさの擬態をしているにすぎないのだ。

 

 チラリと、先ほどの少女の姿が思い浮かぶ。

 

 妖花というのはああいう娘のことを言うのだろう。華奢で天使のように無垢で穢れのない少女。しかし、その俗世からの穢れから隔絶している様が、妖しいように思われた。

 

 そんな夢想も――オレの娘のことが思い浮かんだからかもしれない。

 

 死んだ娘。

 

 さきほどの少女はオレの娘と同じくらいの年齢だった。

 

 いまごろ少女は幼い性を裂開され、やつらの慰み者になっているだろう。

 

 もはやそのことにいかなる感情も抱かない。

 

 オレの娘は人間に裏切られ死んだ。

 

 ゾンビになった娘を撃ち殺したとき、オレのこころもどこかで氷河期の氷のように凍てついてしまった。何も感じなくなった。どんなにクソみたいな犯罪行為に加担していても何も感じない。オレは生きているのか?

 

 そんなオレが同じような本性のやつらといっしょにいるというのはお笑い草のなにものでもない。

 

 どうでもよかった。

 

 他人なんか信用するものじゃないし、いっしょにいるからといってオレはやつらと組んでいるとか、仲間であるとかいう意識はない。

 

 やつ等はただの戦力にすぎない。ここでオレが見張りをしているのも、バカで考える力もないやつらが、こんなゾンビだらけの街中で狂態をさらしているのが原因だ。

 

 どちらもピエロ。

 

 やつらが最後の一匹になるまでせいぜい最後まで見届けてやろうという気分だ。

 

 と――、店の中から、ひとりが飛び出し、ゾンビの餌食になった。

 訳のわからない事態に、自然と奥歯を噛み締めることになる。

 

 それから額に汗。

 異様な事態に久方ぶりの緊張感を覚えていた。

 

「下に下がるか」

 

「いやその必要はないよ」

 

 振り向くと、天使がいた。

 

 いや、そういうオカルト染みた言い方はオレの好みじゃない。

 

 だが、そうとしか形容できない。

 

 先ほどの少女がふわりふわりと空を浮かんでいたのだ。

 

 その微笑に、本能的な恐怖を感じ、オレは銃口を向けた。

 

 一秒のロスもなく発射する。

 

「わわっ」

 

 銃弾は反れた。はずしたのかと思ったが、違う。

 なんらかの不可視の力で防がれた?

 

 オレはすぐさまリロードする。このスナイパーライフルは一発のリロードタイムが遅い。その代わり、貫通力は通常の拳銃の比ではない。

 

 火力はある。

 

 だが、もはや致命的とも言っていい時間だったようだ。

 

 少女は一瞬で距離をつめ、オレから玩具を取り上げるみたいに銃を持ち上げた。

 銃身部分を粘土細工をこねまわすみたいに曲げて、地面に叩きつける。

 

 腰元に拳銃があるが、まったく勝てる気がしない。

 

 ふん。なんだこいつは。ゾンビの親玉か?

 

「なあ……オマエさん。階下のやつらは皆殺しにしたのか?」

 

「うん。皆殺し」

 

「はは……ははははは。そいつはいい」

 

「なにがおかしいの? よくわかんないんだけど」

 

「オレの娘はあいつらみたいなやつらに殺されたんだ」

 

 きょとんとした顔をしていた。

 説明しなければよくわからないだろう。

 

「あいつらって、あのヒャッハー系? な下に居た人たちのことだよね」

 

「そうだ。あいつら自身じゃないがな」

 

「ますます意味わかんないんだけど?」

 

 ウエストポーチからスミス&ウェッソンを取り出し、ころころともてあそぶようにしながら、少女は言った。

 

 オレが死ぬのは規定路線なのだろう。それはべつにいい。

 

 ただ、死ぬ前にこの不思議な少女に説明くらいはしてあげたい気分だった。

 

「ゾンビハザードが起こったとき、オレは娘といっしょに郊外に逃げ出した。家は街中にあって、ゾンビの数は多かった。けれど、オレは運がよかったんだろう。警察官の仕事をしていたし、銃も運よく手に入れることができた。カバン一杯分ぐらいは持っていったよ」

 

 オレは話を続ける――。

 

 手に入れた銃を使って、オレは娘を護りながら逃げまわった。ゾンビに襲われながらも噛まれることもなく、傷ひとつなく逃げ切れたのは単純に運がよかったからだろう。

 

 なんとか山の中にあるログハウスみたいなところにほうほうの体でたどり着いたとき、オレと娘の体力は限界だった。

 

 なにしろ車を使っても、銃をつかっても、音が引き寄せてしまう。

 

 だから、体力勝負で走るしかない。

 

 山の中腹までくれば、人はおらず、ゾンビもいないという考えだった。

 

 そこには人がいた。

 

 男が五人。ワンダーフォーゲル部の集まりらしい。みんな容姿は普通だ。誰一人狂態を演じるような男たちには見えなかった。

 

 やつらはオレと娘を暖かく迎え入れ、オレは疲れと緊張から一時的に解放され、泥のように眠っていた。

 

 娘は――やつらに犯されていた。

 

 月灯りがわずかに灯る暗い夜に、窓辺に娘のシルエットが映った。

 

 狂乱の彼方に銃を撃つ音が聞こえる。

 

 もがくような声と腕を突き出すような動きが影に映った。

 

 はしゃぐような笑い声。

 

 やつらはオレの持ってきた銃を奪い、首をつった娘に――ゾンビになった私の娘に無邪気に銃弾を撃ちこんでいたのだ。

 

 ゾンビは頭を一撃されない限り活動を停止することはない。与えられた玩具が早々に壊れないのを、やつらは喜んでいるようだった。

 

 娘は裸だった。

 

「そいつらは殺したの?」

 

「ああ、殺したよ」

 

「まだ殺し足りなかった? ボクが代わりに殺しちゃってごめんね。おじさん」

 

「ふん。いいさ。所詮、オレも同じ穴の狢だしな」

 

 オレは溜息をついた。

 

 復讐の第二幕もあっけなく終わり。オレの人生も終わり。

 たいした未練もない。

 

「殺してほしい?」

 

「ああ……殺してくれ」

 

「わかったよ」

 

 少女がすたすたと近づいてくる。

 

 オレを殺すという明確な意思があるはずなのに、彼女の表情に悲痛さはない。比較的言葉は通じていたはずだが、やはり化け物か。

 

 至近の距離に少女が近づく。手を伸ばせば届く距離になって、少女の端正な顔立ちが、恐ろしく人間離れをしていて、吸い込まれるようなルビーのような瞳に釘付けになる。本能的な恐怖。死への恐怖。

 

 少女は滅びの天使なのか?

 

 オレは――、目をつむり。

 

 目の前にきた少女に銃口を向けた。

 

「くそったれの神様によろしくな!」

 

 オレは引き金を引いた。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

「びっくりしたよ」

 

 銃弾はボクの目の前で静止していた。

 

 原理がわからないものを感覚的に使っているだけだから、わりと怖い。不可視のシールドのようなもので覆ってるように見えるけど、本当は銃のほうに浸透させた『ボク』が自律行動制御の一環として運動エネルギーを死滅させただけだからね。たぶん、そんな感じです。どんな感じだって言われても説明できませんのであしからず。

 

 わかりやすく言えば弾ちゃん止まって!とお願いした感じなんだけどね。

 

 それにしても神様によろしくって、ボクは神様の関係者じゃないんだけど、この人は何を勘違いしているんだろう。

 

 もはやがっくりとうなだれて、けだるそうにこちらを見ている。

 

「世の中は理不尽だな」

 

「そうだね。まあわかるよ」

 

 生きたくないって言う人を強いて生かす意味はあるのかな。

 

 安楽死とかにもつながってくることだけど、殺人だよね。普通に。

 

 まあさっきの殺人とどこがどう違うのかといわれると話は難しいんだけど。

 

 ヒャッハーさんたちは弱肉強食という彼らの流儀に合わせた結果、ああいうふうな結末になったわけだけど、ボクの目の前にいる自殺したがってる人にはなんともいえない感じだよね。

 

 たぶんすべてがどうでもいいと思ってて、自分の死すらどうでもいいと思ってそう。

 娘さんが死んだということで、この世界がクソゲーと化しちゃったとか、そういう感じなんだと思う。

 

 ボクとしてはそれならそれでいいよと思うんだけど――。

 

 こころというものを完全に消し去ってしまうことに関してはやっぱり抵抗がある。だからいつかの時のためにバックアップはとっておきたい。

 

 だから。

 

 ボクは躊躇なく銃を撃った。

 

 できるだけ痛くないように、でも頭以外の重要な器官を狙って。

 

 わりと難しい。ただの拳銃だとなかなか人間は死なないみたい。

 

「ありが……」

 

 十発以上撃って、ようやく彼は終わった。

 

 数分後にはむくりと起き上がり、元気に歩き出した。

 

「そういや名前聞くの忘れてた」

 

 まあいいか。正直なところ生きる気力もない人に興味も湧かないよ。

 

 神様というか運命を呪っているだけの人にそれほどの価値は感じない。

 

 できれば、こう前向きに元気に生きてほしいものです。今のゾンビ状態な彼とか元気があって大変よろしい。歩みを止めない不屈の精神。どこまでも生き抜くぞというネバーギブアップなところとか、生きてるときより素敵!

 

 特にゾンビは自殺なんかしないからね。よきかな。

 

 ボクはふわふわと空中を浮いて一階に降り立つ。階下では恭治くんが待っていてくれた。

 

「さあ帰ろう」

 

「にしても、銃で撃たれても死なないなんてな」

 

 恭治くんは自分の身体をペタペタと触っていた。

 銃撃で穴が開いたおなかもふさがり、いまではすっかりシックスパックに割れた腹筋が見える。血は失ってるはずだから、鉄分はとったほうがいいと思う。

 

 それと――。

 

「頭撃たれたら死ぬからね」

 

「試したのか?」

 

「ゾンビもののお約束だしね」

 

 さてと。帰ったら配信しよっと。

 

 ゲームオーバー。




そろそろ配信編も終わりに近づいてまいりました。
このあと、たぶん誰も予想していないような展開が待っているんですが
書ききる能力がなさげなので心配だったりしてます。
配信で足踏みしているのはそのせいもあったりします。
うーむ。どうせ書かなきゃ始まらないし進めるしかないか。

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