あさおん・オブ・ザ・デッド   作:夢野ベル子

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最近、誤字チェックしていただいていまして、お恥ずかしい限り。
そして本当に助かってます。ありがとうございます。


ハザードレベル46

 そう言えば、雄大から最近連絡がないな。

 

 ボクは唐突に思った。

 

 ピンチのときには電話してって言ってるから、ピンチじゃないんだろうけれど、青函トンネルは抜けられたんだろうか。

 

 ボクは気になって、電話してみた。

 

 PRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR

 

「あれ? おかしいな」

 

 おかけになった電話番号は電波の届かないところにいるって言われちゃったよ。

 

 うーん。もしかして、いまトンネルを抜けようとしているのかな。

 

 少し心配。

 

 まあ、雄大のことだ。きっと、いまトンネルを抜けようとしているんだと思う。

 

 トンネルの中は、電車の通る道だから、人が入れないようになってるはず。

 

 だから、ゾンビもいないはずって言ってたし。

 

 バイクで移動してれば問題ないはずだ。

 

「だよね? 命ちゃん」

 

 命ちゃんは今日もボクの部屋に遊びに来ていた。

 

 最近はほぼ日参なので、小学生の頃に戻った感がある。

 

 あいかわらずボクにベタベタしてくる命ちゃんだけど、今日は大きめなソファに寝転がってリラックスしていた。肩ひもズレてるよ?

 

「雄兄ぃのことですから、べつに心配はしてませんけど、新幹線でも三十分くらいはかかりますからね。だいたい50キロメートルの距離です。少し『く』の字に折りたたまれてるように海底側に向かって突き進み、今度は地上へ上がるように勾配を登っていきます」

 

「ふうん」

 

 五十キロといったら、歩いても一日くらいで走破できる距離だよね。

 

「雄兄ぃなら勝手にピンチになって勝手に助かりますよ。きっと」

 

 なんて投げやりな。

 

「命ちゃんは心配じゃないの?」

 

「心配に決まってるじゃないですか。でも心配してもしかたないですよね」

 

「そうだね」

 

「心配してどうにかなるならいくらでも心配しますけど、そうじゃないなら自分ができることをしたほうがマシです」

 

「自分ができること……」

 

 ボクが近くにいれば、雄大を助けることはできると思う。

 

 例えば、ゾンビを操って襲わせないようにしたり、ゾンビウイルスを除去したり、最後の最後にはヒイロウイルスに感染させて、ボクのお仲間にしちゃったり。

 

 でも、距離が離れていたらボクの力はかなり減殺される。

 どこまでのことができて、どこまでのことができないのかが曖昧だ。

 

「そう言えば前の配信で、先輩は歌をうたってゾンビを沈静できるか試そうとしてましたよね」

 

「あー、うん。あれね。結局、どこまで効果があったかはわからないけどね」

 

「いちおう、私ためしてみましたよ」

 

「え、うそ?」

 

 いつのまにやったんだろう。まあ、命ちゃんだって自分の生活があるだろうし、四六時中ボクといっしょにいるわけじゃないからな。

 

 ゾンビライフ的には誰かといっしょに行くのを推奨しているけれど、それも絶対のルールってわけじゃない。ゾンビがいれば、そのゾンビたちが護衛になってくれる面もあるし。

 

「私も先輩ほどではないですけれど、ある程度はゾンビが操れるようです」

 

「へえ。そうなんだね」

 

「それでこのアパートの裏手のあたりに、適当にゾンビを集めてみました」

 

「ふむふむ」

 

「それで例の先輩の歌を聞かせてみたんですけど」

 

「なんだか恥ずかしいな」

 

 まあ配信している以上、プライバシーもクソもあるかよって話だけど。

 

「見事に動きが鈍くなりましたね」

 

「ゾンビってもともと動きは鈍いんじゃないかな」

 

「そうですね。本当のところはエサがないとわかりようもないんですが……、感覚的には命令待ちといいますか、待機状態になってるようでした。ただし、先輩の声が聞こえる範囲じゃないと効果がないようですし、歌が終わるとすぐに活動再開しちゃってましたけどね」

 

「逃げる時間が稼げるくらいかな」

 

「まあそういうことです。あとは先輩が楽器を使った場合にはどうなるのかとか知りたいですね。ゾンビはいったい先輩の何に反応しているんでしょう」

 

「そんなのボクにもわからないよ」

 

 だいたい物を浮かしたり、ボク自身が浮いたりしてるのも謎だし。

 明らかにウイルスとか細菌ってレベルじゃねーぞって話で。

 

「私にはなんとなく理解できますけどね」

 

 すたすたとボクのほうに歩いてくる命ちゃん。

 ボクは勉強机に座っていて、ソファからの距離はわずか一メートルかそこらしかない。

 見下ろされる形になる。

 うん? なんか顔が怖いんですけど。

 

「み、命ちゃん。顔が近い近いよ。むぎゅ」

 

 突然キスされちゃいました。

 ディープではないけれど、ほっぺたとかじゃなくて普通にキスです。

 いったいなんなんですかこの子は!?

 

「ふぅ……」

 

「ふぅ、じゃないよ! どうしたの命ちゃん」

 

「ゾンビは先輩そのものを求めてるんだと思います」

 

「ボクそのものを?」

 

「そうです」

 

 やや冷たい指先が、ボクの二の腕あたりに添えられて、少しずつ上がっていく。

 手触りを確かめるようにゆっくりと。

 肩のあたりまで到達した指は、今度はボクのほっぺたに向かった。

 すりすり。

 肌の感覚を確かめるように、命ちゃんの手のひらが何度も行き来する。

 ボクはぷるぷる震えちゃう。

 

「んにゅ。なにすんの命ちゃん」

 

「感覚的なものなので正しいかどうかわかりませんが、おそらくヒイロウイルス自体は私たちやゾンビにとって禁断の果実みたいなものです」

 

「禁断の果実って、リンゴみたいな?」

 

「そうですね。知恵の実とかそういうのと同じく……生存には必要ないのですけれども、甘美で、おいしそうで、人を魅了してやまないものです」

 

 またキスされちゃった。

 み、命ちゃん。

 ちょっと、その、嫌じゃないけど。なんかくすぐったい感じなんですけど。

 

「わかりますか。先輩」

 

「わ、わかりません!」

 

 今日はマナさんもいないし、他の人も遊びに来てないし。

 つまり、ボク……襲われそうで怖いです。

 というか、もう襲われちゃってると言ってもいいのでは!?

 

「少なくとも私にとってヒイロウイルスは至高の嗜好品ですね」

 

 至高の嗜好品って、もしかしてギャグで言ってるのか?

 いや違う。目がマジだ。

 

「み、命ちゃん。怒るよ!」

 

「先輩、考えてもみてください」

 

「なに?」

 

「マズローの三大欲求ってあるじゃないですか」

 

「あるけどさ……確か、食欲、性欲、睡眠欲だっけ」

 

「私としてはそこに緋色欲をつけたしたい」

 

「命ちゃんの場合、ほとんど性欲だよね?」

 

「性欲でもなんでもいいんですよ。生理的なレベルで私は先輩を欲求してるんです」

 

「性欲もてあましてるよね?」

 

「いま確信したんですけど、先輩とキスすると死ぬほど気持ちいいです。これってキスが気持ちいいというのもあるんですけど、それ以外にもたぶん物理的に関係ありますよ。なにか先輩的な成分を補充しているんだと思います」

 

「血がほしいの?」

 

「できれば欲しいくらいです」

 

「命ちゃんが吸血鬼になっちゃった」

 

「血じゃなくてもいいです。先輩の体液ほしいです。もっと体液交換したいです」

 

「変態っぽく言わないで」

 

 ギラギラした瞳が怖いです。

 なんか変だよ。今日の命ちゃん。

 

「先輩は自分がどれだけ甘いのかわかっていませんね」

 

「うーん。そうかなぁ」

 

「こんなゾンビだらけの世界で、こんなかわいい女の子が歩いていたら、そりゃ襲いたくなりますよ。いくら私がネット方面で防いでも、リアルの行動は防ぎきれません。前にも言いましたよね」

 

 命ちゃんが心配していたのはボクのことだったのか。

 

 こんなふうに擬似的に何度も襲ってみせるのは――キスもわりとアウト気味だとは思うんだけど、先日、人間に襲われたことを言ってるんだろう。血まみれの姿で帰還したボクは、すぐにマナさんと命ちゃんのふたりがかりでひん剥かれて、お風呂に入れられてしまった。

 べつに怪我してたわけじゃないから、たいしたことじゃなかったんだけど、それでもふたりに心配をかけたのは確かだ。

 

 確かにこの前のゲームセンターでの出来事は、ボクもうかつだったと思うよ。

 

 でも、人間がどんな行動をするかってわからないし、その自由を制限したくはないんだ。

 

 それにボク自身の行動も縛られたくない。

 

「そう思うんだけど……」

 

「先輩はもともと人間の自由を侵害しない方向で動いてますけど、できればコントロールしたほうが互いに損害が生じないで済むのではないでしょうか」

 

「人間のこころを勝手にいじるのはよくないよ」

 

「こころそのものを物理的に動かすのではなく――、例えば、人の恐怖や希望や、いろいろな感情を操って、導いてあげたらどうですか?」

 

「それは洗脳っていうんだよ。命ちゃん」

 

 それもボク的にはNOなんです。そもそも導くって、上位の存在みたいにナチュラルに捉えているけど、ボクはそんな高尚な存在じゃないよ。ただの人間だ。あるいはただのゾンビだ。

 そこらへんを闊歩しているゾンビとそんなに変わらない。

 すごく幻想的で甘い考えかもしれないけれど、できれば、みんな仲良く、手をとりあって、笑い合って、のんびり暮らしていけたらいいなって思ってる。

 先日はさりげなく十人近くの人間を殺しちゃったけど。

 

「先輩がそれでいいならそれでいいんですけどね」

 

 ちゅ。

 と、ついばむようなキス。

 躊躇くらいしてください。

 

「熟れたトマトみたいな色になる先輩がかわいいですね。私みたいにしたいようにしてしまう人間がどんどん出てくると思いますよ。それでいいんですか?」

 

「なるようにしかならないよ」

 

「じゃあ……、先輩。私となるようになりませんか?」

 

「ふぇ?」

 

「私といっしょに気持ちよくなりませんか?」

 

「ふぇえええええ」

 

 命ちゃん、ついに覚醒するの巻?

 ドキドキしちゃう。

 べつに命ちゃんのことは嫌いじゃないし。

 お兄ちゃんは妹みたいな命ちゃんに欲情したりはしない――とはいえ。

 中学生くらいになった頃から、命ちゃんがすごく女の子として魅力的になってきたのも事実だ。

 ドキドキしたのも一度や二度のことじゃない。

 

「さあ、先輩……。いっしょに間違えましょう」

 

 なにを間違えるというのでせうか。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

 ふわわ。ふわわ。

 とてもきもちいーです。

 体中がプカプカ浮いているみたいな。

 この感覚。ものすごく久しぶり。

 

「ふむ……わりと、自分で自分がコントロールできなくなるみたいですね」

 

 命ちゃんも顔が紅かった。

 白い肌に朱がさして、とろんとした瞳をしている。

 まだ命ちゃんは高校生なのに、こんなことしていいのだろうか。

 

 飲酒――。

 

 そう、飲酒だった。

 ストゼロと呼ばれる高アルコール度数の酎ハイを何本か開けてしまっていた。

 世界は既に崩れていて、ボクたちはいろんなくびきから解き放たれてしまっている。

 だから、高校生の命ちゃんがお酒を飲んだとしても、それをとがめる人はいない。

 

「命ちゃん。なんだかすごくボク……ハイってやつんだけど。酎ハイだけに。酎ハイだけに!」

 

 ハハハハハ。

 やばい。激ウマギャグじゃない?

 

「先輩がお酒酔うとこんな感じなんですね。かわいいです。先輩」

 

 酎ハイだけに。ちゅうです。

 ちゅう。んむ。ちゅうです。

 命ちゃんの顔が近くて、ボクはお膝の上に乗っかってる。

 

「ああっ。すごい。脳みそかき回される感じ。わたし生きててよかった」

 

 ボクをキメてしまう命ちゃん。

 ボクをキメるってすごいパワーワードだな。

 ともかく、お酒を飲んでキスするとすごく気持ちいい感じ。

 

「命ちゃんはかわいいな」

 

 よしよししてあげる。

 すると、命ちゃんもボクに身体を預けてくれた。

 うん。いい子。

 

 たまらんね。後輩として、妹分として、こんなに素直な子はそうはいないよ。

 

 そんなわけでテンションがあがってきたボクは、その場で命ちゃんをポイっと投げ捨てて、配信することにした。うん。配信しよう。配信。ツブヤイターで告知して、定例じゃないゲリラ配信だ!

 

「ああ、先輩ひどいです」

 

「なに言ってるの命ちゃん。この気持ちをはやくみんなに伝えなくちゃ!」

 

 

 

 ☆=

 

 

 

「にゃろーん。みんな元気してる?」

 

『なんだいきなり始まった?』『元気してるぞ』『なんだか白いお肌がピンク色じゃない?』『風邪ひいてない大丈夫?』『ヒロちゃんがなんか色っぽい感じ?』

 

 うむ。みんなボクのことをよく見てくれているな。

 めざといぞ。

 

「みんな大好き」

 

『唐突に告白された件』『オレの妹がかわいすぎる』『いつからお兄ちゃんだと勘違いしてた?』『私の娘がかわいすぎる』『いつからパパだと勘違いしてた?』『そろそろ古参面してもいいよな?』『最近モリモリ視聴者増えてるな』

 

 そう、ボクの視聴者さんなんだけど、このごろはなぜか伸びまくってる。

 

 みんな生活とか苦しいだろうに、よく生存に関係のない配信とか見てるなー。

 

 ふふ。ぷにぷにでございます。

 

「みんなボクの配信を見てくれてありがとう。顔紅いのはさっきお酒飲んだせいかもしれないな」

 

『マジか』『小学生がお酒飲んじゃいけません』『酔っぱらってるのか』『幼女が酔っぱらうとか世も末だわ』『ヒロちゃん、大丈夫?』『ええい。後輩ちゃんは何をやってるんだ』

 

「実を言うとボクは大人なんです。だからお酒を飲んでも大丈夫!」

 

『ヒロちゃんは合法だった?』『ヒーローちゃんは合法』『合法……好きです』『おい。いきなり小学生相手に告白すんな』『酔っぱらいの戯言は聞いてはいけない』

 

「むう……みんな信じてないな」

 

『こんなにかわいい子が合法ロリなわけがない』『ヒロちゃんは普通に超絶美少女だぞ』『普通に小学生くらいの女の子だよな』『体重30キロだし』『実際あったことあるし』『マジかよ』『お前、謎の美少女スレ知らないのかよ』

 

 ん?

 謎の美少女スレって何?

 

「なーに? 謎の美少女スレって」

 

『ヒロちゃん。有名になってるよ』『S県方面で何人かがヒロちゃんに会ってるみたいだけど?』『ゾンビ避けスプレー開発した天才科学者』『天才美少女とか最高かよ』『ヒロちゃんのお歌を聞かせたらゾンビから逃げきれました』『ヒーローちゃんが英雄になりつつある件』

 

「えー、試した人いるんだ?」

 

 お酒のせいで、頭がぐるぐるしてきた。

 あんまりよく考えられないよ。命ちゃんどうにかしてって思うんだけど、ダメだ。命ちゃんはボクのベッドで、ボクの枕に顔をうずめて、グースカ寝ていた。

 

 URLが提示されたので、とりあえずそこに飛んでみる。

 

 スレッド名は……。

 

【天使?】佐賀に舞い降りた謎の美少女について議論するスレ【ゾンビ?】

 

 

1 :名無しの美少女:20XX(月)XX:XX

 

最近、佐賀のあたりで天使みたいな美少女が出没しているんだけど、知っている人いるか?

 

2 :名無しの美少女:20XX(月)XX:XX

 

おまえ、あたまん中ゾンビかよ?

 

3 :名無しの美少女:20XX(月)XX:XX

 

天使って具体的にどんな? アイドルみたいな?

 

4 :名無しの美少女:20XX(月)XX:XX

 

容貌としてはプラチナブロンドのロングヘア。小学生くらい。ルビーアイらしい。

 

5 :名無しの美少女:20XX(月)XX:XX

 

妄想がすぎますぞ

 

6 :名無しの美少女:20XX(月)XX:XX

 

ソースだせよ! ソース!

 

7 :名無しの美少女:20XX(月)XX:XX

 

ゾンビに噛まれて頭おかしくなったの?

 

8 :名無しの美少女:20XX(月)XX:XX

 

美少女アイドルに会えないのツライ

 

9 :名無しの美少女:20XX(月)XX:XX

 

はよ出せやソース! この無能が!

 

10 :名無しの美少女:20XX(月)XX:XX

 

ウェブカメラにアクセスした画像がこっちにある。

角度的な問題で顔は見れないが。

 

11 :名無しの美少女:20XX(月)XX:XX

 

マジかよ。おまえすげえな。

 

12 :名無しの美少女:20XX(月)XX:XX

 

後ろ姿だけでも美少女だとわかる。有能!

 

13 :名無しの美少女:20XX(月)XX:XX

 

手のひらぐるんぐるんワロタw

周りにゾンビいるな。なにこれ? この子ゾンビなの?

 

14 :名無しの美少女:20XX(月)XX:XX

 

その子だけ、ブレてるだろ。明らかにゾンビより速い。

というか、カクカクしてる動画がもう一個あってだな。

明らかに世界新記録ねらえそうなスピード出してるぞ。

ニンジャガールかもしれん。

 

15 :名無しの美少女:20XX(月)XX:XX

 

ゾンビに襲われない美少女とか夢想がすぎますぞwwww

 

16 :名無しの美少女:20XX(月)XX:XX

 

この子ってもしかしてバーチャルユーチューバーのヒロちゃん?

 

17 :名無しの美少女:20XX(月)XX:XX

 

なに? ヒロちゃんって。

 

18 :名無しの美少女:20XX(月)XX:XX

 

ご存知ないのですか? 彼女こそ終末から配信を始め、バーチャルユーチューバー界を駆け上がっている終末配信者ヒーローちゃんです。ちなみに小学生。かわいい。

 

19 :名無しの美少女:20XX(月)XX:XX

 

ゾンビ好きなただのかわいい小学生だろ。知ってる。

 

20 :名無しの美少女:20XX(月)XX:XX

 

おまえらロリコンだな。オレも知ってるよ。

 

21 :名無しの美少女:20XX(月)XX:XX

 

いつのまにかヒロ友だらけじゃねーか。

オレもだけど。

 

22 :名無しの美少女:20XX(火)XX:XX

 

で、そのバーチャルユーチューバーが謎の美少女の正体なの?

 

23 :名無しの美少女:20XX(月)XX:XX

 

小学生の女の子を詮索するとか、ここは恐ろしいインターネッツですね

 

24 :名無しの美少女:20XX(月)XX:XX

 

ゾンビに襲われないのが本当なら希望がみえてくるな

 

25 :名無しの美少女:20XX(月)XX:XX

 

ゾンビに襲われたところを変な女の子に助けられたことならある。

 

26 :名無しの美少女:20XX(月)XX:XX

 

マ? 詳しく。

 

27 :名無しの美少女:20XX(月)XX:XX

 

車で逃げようとしたら普通に事故って追い詰められた。

ゾンビに囲まれて死にそうになってたら助けてくれた。

車のドアを手づかみで破壊してたぞ。

ゾンビよりもその子のほうが怖いと思った。

 

28 :名無しの美少女:20XX(月)XX:XX

 

ボスゾンビなんじゃね?

 

29 :名無しの美少女:20XX(月)XX:XX

 

車のドア破壊ってソースあんのかよ

 

30 :名無しの美少女:20XX(月)XX:XX

 

証拠はないけど、オレも妻も子どもも生きてる。

夢とか幻とかじゃないのは確かだ。

 

 

 

 うーん。

 

 これってあの夜の時のことだよね。

 確かボクにあだ名がつけられてうれしかった日に、たまたま親子水入らずで絶賛ゾンビに襲われてた人たちを見つけて、助けたことがある。

 

 しかし、ネットの時代って本当にすごいな。

 ゾンビだらけの世界で、実際に行き来ができなくても、情報を飛び交わせることはできるんだ。

 汗がコメカミあたりをたらりと垂れた気がした。

 ど、どうしよう。

 ボクのこと半ばバレちゃってる?

 どこまでバレてるんだろう。

 

『ヒロちゃんが固まっちゃった』『思いっきり焦ってらっしゃる』『身バレが怖いんじゃね?』『僕は配信をやめちゃわないか心配です』『でもそろそろ電気も切れそうだしな。そっちのほうが心配だよ』『配信見れなくなるのヤダー!』『ヒロちゃん様だけが希望なんです』『お願いやめないで。いい子にするから』

 

「へへ……こりゃまた……」

 

 せっかくみんなに見てもらえるようになったんだから簡単に配信はやめたくない。

 でも、ボクが万が一ゾンビだとバレるのも怖い。

 

 そんなボクがとった行動は――。

 

「みんな、ボクのことをその謎の美少女さんとか思ってるみたいだけど、ひ、人違いじゃないかな。こんな、怪力とか持ってないし――ふ、ふへへ」

 

 あ、ヤバい。

 なんか気持ち悪くなってきた。

 逆流してきたアルコールさんが、皆様の前にお目見えしたがってる。

 

『なんだこの大根ちゃんは』『ヒロちゃんは大根ちゃん』『白いしな。全体的に』『白玉団子ちゃんだしな』『かわいければそれでよい。それでよいのじゃ』『ゾンビ避けスプレーってマ? オレん家に一本届けてくんね?』『ゾンビ避けスプレーはブラフでゾンビなんじゃね?』『ヒロちゃんゾンビ説は最初のころからあったからなー』『でもヒロちゃんになら食べられてみたいかも』『むしろ、ヒロちゃんを食べたい』『あれ? ヒロちゃんの顔が真っ青になってね?』『お気持ちが悪うございますか?』『お身体に触りますぞ』『変態にしか聞こえない』

 

「あ、あの……ちょっと、久しぶりのアルコールで、ボク、ダメみたい。ちょっと離席するね」

 

 うぷ。

 げ、限界。

 とりあえず、ボクはトイレに駆けこんで、ナイアガラの滝を現出させた。

 

 吐いたら少しスッキリした。

 ゾンビボディの意外な弱点。それはアルコールだった?

 

 普通に飲み過ぎただけだ。

 ともかく、ボクが謎の美少女だということだけはバレちゃいけない。

 もうバレバレな気がするけれど、バーチャルな存在であるヒーローちゃんは、いまここにいるボクと一致することはそんなにはないはずだ。

 

 何人かはリアルのボクに会ってるはずだけど、提示されたウェブカメラの映像は粗いから一致することはたぶんないと信じたい。

 

 それに、ボクに会った人たちは、比較的穏当な関係を結べたと思ってるから、ボクの不利益になるようなことはあんまり言わないんじゃないかな。

 

 甘い考えかな。

 

 ぐるぐるするよ。頭が痛いような気がする。

 

「ああ……みんなごめんね。なんだか二日酔いになっちゃったみたい」

 

『大丈夫?』『おまえらがいろいろ言うからだぞ。幼女はそっと愛でるもの』『幼女はそっと愛でるもの。名言やな』『わたしロリコンになります』『でもさ。ゾンビ避けスプレーとかあるんだったら配ってほしくね?』『簡単に配れるようなもんじゃないんだろ。それくらい察しろ』『おまえらヒロちゃんがバーチャルな存在だってこと忘れすぎ』『おちつけ、俺たちはひとつだ』『ヒロちゃん様にみんなひれ伏せばいい』

 

「みんなにもう一度いっておくけど、この謎の美少女さんはボクじゃないからね」

 

『わかってる』『そういうことだな』『理解した』『でもヒロちゃん気をつけてね』『ヒロちゃんがゾン美少女でもヒロ友はやめない』『だからそれやめろっていってんだよ。バカ』『ヒロちゃんは小学生のただのかわいい女の子』『あ、でもみんなヒロちゃんボイスでゾンビがおとなしくなるのは本当だからな。鉄柵のあるところでオレ試してみたんだわ』『どう考えてもゾンビ避けスプレーとかいうレベルじゃねーぞ』『謎の美少女じゃなくてもすごくね?』『やっぱり天使説を推したいわ』

 

 ダメだ。

 どうにも話の流れをコントロールできない。

 ん? コントロール。そうか。ボクって人間のこころをいじりたくないって思ってたけど、配信をしていると、多少なりとも人のこころをいじってるんだ。

 

 洗脳して自分が有利なように押し流そうとしてしまってる面があるのかもしれない。

 でも、こうやって川が氾濫するように、人の心も暴れ狂う寸前なのは――。

 

 悪くないとも思った。

 ボクよりも人間の心のほうが強いってことだから。

 そして人のこころは見ていて楽しいから。わくわくするから。クオリアがスパークしている。みんながボクという孤独な円盤を見つめてワイワイ騒いでいる。

 花火が綺麗なのは、みんながその花火を見つめるからだ。

 花火が綺麗だからじゃない。

 ひとつのことにみんなが心をあわせるというのは、きっと花火よりも綺麗なことなんだ。

 それはいいんだけど――。

 

 

『こっちのURLにヒーローちゃんもとい謎の美少女動画まとめられてるぞ』『え、これ、マジか』『最新の動画ヒロちゃんもとい謎の美少女、完璧に浮いてるじぇねーか。完全に天使』『くっそ。後ろ姿しか見えねえ。カメラ仕事しろ』『街頭の固定カメラに無理言うな』『後ろ姿で確実に美少女とわかる天使仕様』『やべえ。超能力かよ』『合成じゃないの?』『ウェブカメラはリアルタイム出力だから、合成できません』

 

 ごまかしきれるかが心配です……。




そんなわけで久しぶりの配信でございます。
いままでのガバガバ行為の積み重ねがジワジワと・・・。

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