あさおん・オブ・ザ・デッド   作:夢野ベル子

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ハザードレベル4

 なぜか髪型がツインテールになってしまった。

 わずかな手入れだけで、髪の毛は艶々になって、電灯の光をわずかに反射している。天使のわっか。キューティクル。すごい。ボク。かわいい。最強。

 ちなみに電灯を使っているけれども、外は思いっきり昼だ。

 

 カーテンを開けるのがわずらわしいんだよね。

 

 それはボクの心を表しているようでもある。ある程度の光をさえぎってはいるけれど、完全に遮断しているわけではない。

 

 ボクが振り向くと、ゾンビなお姉さんは物も言わずにボクと視線を合わせた。

 不思議な距離感。

 ボクはお姉さんには一切の心がないことを知って安心する。

 お姉さんの反応パターンはわずかに生前の残滓をにおわせるけれど。

 ボクが見えない糸で操ってるに過ぎない。

 とても、綺麗。

 だって、なにも余計なものが付着していないから。

 

 そんなわけでボクはうれしくなった。

 

「ねえ。お姉さん」

 

 ボクは物言わぬ躯に声をかける。

 

「ツインテール好きなの?」

 

 当然答えなんて返ってこない。

 でもまあ――、この髪型も悪くはない。幼げな様子と美しさが奇妙に同居しているというか、ふわっとしている尾っぽの部分が、手持ち無沙汰のときに触ると気持ちよさそうというか。

 

 そう、こんな感じで。

 

「ね。撫でて。撫でて」

 

 お姉さんにせがむボク。

 お姉さんに意思なんてないんだから、当然ボクの意識のとおりに撫でてくれる。うん。悪くない感覚。

 すごく気持ちいい。

 

 右手に握った手鏡の中のボクは、征服者らしい笑みを浮かべている。

 

「征服で思い出したんだけど、ボクに似あう制服って何かないかな」

 

 言葉足らずでもボクが望んでいることは、つまり心で描いた『それらしい感じ』というのは、お姉さんに言うまでもなく伝わっている。

 

 いまのボクに似合いそうなのはお嬢様系小学校の制服みたいな感じだと思う。

 具体的にいうと、某艦船美少女ゲームにでてくる合法と非合法の狭間にあるような年齢の子が着ている感じの服だ。

 

「あ、でもいいよ。今はまだね。だっておなかすいたし」

 

 コンビニやスーパーに行ってみるのはどうだろう。

 

 ボクにはゾンビに襲われないというアドバンテージがあるけれど、当然のことながら人間を操る能力はない。

 

 ボクの最大の敵は暴徒と化した人間だと思う。

 自分勝手で、傲慢で、自我が肥大化した、つまり余計なものが付着したやつら。

 そんなやつらに襲われたら、ボクはひとたまりもない。

 筋力は強くなってるけど、身体は小さいし、長い手足で攻撃されたり、あるいは武器を使われたりしたら危ない。

 

 こんなにかわいい美少女を攻撃するなんてありえないとは思うけど、世の中変な人も多いしね。気をつけないと。

 

 ゾイの構えで、ボクは気合を入れる。

 

 でもまだゾンビハザードが起こって数日だしな。たぶん、そんなに変なことにはならないんじゃないかな。まだ『人間』はそんなに逸脱していない頃だと思う。

 

 長編化したパニック映画とかの肝は、主人公が少しずつ常識とか倫理とかを書き換えられていくことにあると思うんだけど、最初の数日間でいきなり銃を乱射しまくったり、食べ物を強奪したりするパターンは少ない。

 

 日本の場合は銃社会でもないし、いまいち危機感は足りないと思うし、たぶん、いまならまだ大丈夫だろうと思う。

 

 ネットでも書いてあったけど、ゾンビのほとんどはまだ家の中に閉じ込められているだろうし――。

 

 だったらゾンビをいっぱい解放しちゃえ、という悪魔のささやきが聞こえた気がした。ボクの感覚で、ゾンビの認識範囲はどんどん広がっているように感じる。今では、ボクを中心に数キロ先くらいまでなら、ゾンビがどこにいるのか、なんとなくわかる。

 

 うーん、ゾンビを家からたくさん外に出せば、ボク自身の生存率はあがるかもしれない。一匹ではよわよわなゾンビも数がたくさん集まれば脅威だしね。

 

 戦いは数だよお姉さん!

 

 お姉さんは「がう?」と小さく唸った。生前の知識にもひっかかることのない言葉だったのかもしれない。

 

 でもさー。わりと人のことなんかどうでもよいって思ってるボクでも、さすがに人類を滅ぼしてしまえなんてことまでは思ってはいないよ。

 

 自分が人間だって感覚はあるしね。

 

 そんなわけで第一次コンビニ遠征に向かうぞー。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

 ぺったん。ぺったん。

 さて、いまボクはおよそ百メートル先にあるコンビニに向かっている。

 靴はサイズがあわなくて諦めた。いま履いてるのはサンダルだ。でもこれもサイズが合わないから、かなり微妙な速度しかでない。

 

 コンビニは歩いたらそれなりの距離なんだけど、さすがに原付を使うほどではないといった微妙に使いづらいそんな位置にある。

 

 この町は某大手ショッピングモールが撤退してから、衰退の一途をたどっている。コンビニもさ……、ぶっちゃけ23時に閉まっちゃうんだよね。

 

 アパートを出て、久しぶりに陽光を浴びると、めっちゃまぶしかった。

 吸血鬼ではないから灰にはならないけど、引きこもりにとってはだいたいそんなもんだよね。はは……。はぁ。

 

 でも、なんというか。

 いまのボクは最強でもあると思う。

 こんなにもかわいらしくて、誰からも愛されそうな容姿だし。

 いまのボクは自信たっぷりにボクはかわいいと主張できる。

 ボクが人と会いたくなかったのは、ひとえにボク自身に対する自信のなさの表れだったから――、今もそういうところはあるかもしれないけれど、少しは怖くないよ。

 

 ていうか――。

 

 今は最強の陣形だしね。

 そんなわけで今の布陣を確認しよう。

 

 はい、先頭に立っているのはたぶんプロレスラーでもやってそうな身長が190近くある巨体のゾンビさん。その巨体で様々な攻撃を防いでくれそうです。

 

 真ん中に立っているのは、渋い感じのイケメンおじさんゾンビで、ちょっと昔のちょい悪親父みたいな感じ。その左右には、ちゃら男ゾンビとギャルゾンビ。

 

 そして、後ろに立っているのがボク。 

 

 みんな高身長だから、ボクはほとんど目立たない。というか、物理的に真正面からは見えない。

 

 本当は輪形陣というか、ボクを真ん中にすえたほうがいいような気がする。

 だって、一番後ろって、背後から襲われたときに一番危ないし……。

 

 でも、由緒正しい歴史ある陣形なんだ。きっと、この方がいいに決まってる。

 まあ、いざというときに逃げ出しやすい陣形でもあるかなと思う。

 

 ちなみにお姉さんゾンビはボクの家の中で待っててもらうことにした。

 

 外ではセミが大合唱している。

 でも、公園や小学校から聞こえてくるはずの子どもたちの声は聞こえない。それどころか人間の気配がないかのように、住宅街はどこもかしこもシンと静まりかえっている。

 濃淡のはっきりしている電柱の影から、ボクのいたアパートを見上げると、少しだけ息遣いが聞こえたような気がした。

 

 そういやお隣さんってまだ生きているよね。

 当然、ゾンビから隠れているということは人間だろうし。

 まあ、食糧がなくなったら外に出ざるを得ないから、そのとき鉢合わせるかもしれない。ゾンビハザードが起こってから大分時間は経ってる。

 そろそろ、住民達も外に出る頃かもしれない。

 

 そう考えると、ボクがいま外に出てるのは絶妙なタイミングかもしれないね。

 危険を顧みずに外に出るには、まだまだ時間が経過していない頃でもあるし、コンビニも荒らされていないといいなぁ。

 

 道路は細長くて車一台がやっと通れるくらいの幅しかない。

 しかもまっすぐにはなってなくてゆらゆらと蛇行するような感じ。両サイドは家のブロックがあるし、もしもボクが普通の人間なら、ゾンビにでくわしたときに逃げ道が少ないからすぐに詰みそう。

 ボク以外の人が歩いている気配はない。人間の気配はボクにはゾンビほどわからないけど、それでもゾンビたちがそわそわしていないからわかる。たぶんお家にまだ引きこもっているのだと思う。

 

 それで、ゾンビのほうはというと。

 これはまばらにいる感じ。わずか百メートルほどの距離ではあるけれども、路地のところからひょっこり現れたり、ずっと向こう側をよたよたと歩いていたりと、それくらいの人口密度だ。

 

 そもそも高齢化著しい佐賀ランドじゃ、これぐらいがいいところだよね。関東圏でいったら茨城。群馬あたりというか。人に出会う確率がそれほどない。

 

 それでも、数体は見かけた。

 で――、ついにそのときが来た。

 まあ外に行くからには絶対にそのときが来るとは思ってたけど、いままでのゾンビは彗星到来時に外傷なく、つまりゾンビに噛まれることなくゾンビになった死体だから、綺麗だったんだけど、フラリと現れたそいつはゾンビにわき腹を噛まれてた。そこからホルモン的なものが縄跳びができそうなくらい飛び出していて、それでも動く様子がちょっとグロかった。

 

 映画と現実じゃ、臨場感が全然違う。

 

 けれど、そんなゾンビもやっぱりボクの中ではゾンビだという認識があって、変な感じだけどお仲間な気分もしたりして、そこまで気持ち悪いという感覚はしなかった。

 

 コンビニに到着した。

 電気はついてる。けれど、人の気配はしない。誰もいない。

 ゾンビたちを適当に外で待たせて、コンビニの中に足を踏み入れる。

 窓が割れたりは、扉が壊されたりはしていないけど。

 

「あー、やっぱりちょっと遅かったか」

 

 コンビニは荒らされていた。

 誰かが持ち去ったのか食料品がだいぶん少なくなっている。

 

 おにぎりもお弁当も全滅だ。わずかに残っているのは鮭トバとかそういうおつまみ的なやつと、アイスの類だけだった。

 

「おなかすいちゃう……」

 

 ゾンビお姉さんの食糧探索能力って実は高かったのかな。どこから持ってきたのかはわからないけど。またお姉さんに頼もうかな。

 

 ひとまず、電気が通ってるからアイスくらいは食べられるだろう。

 

 コンビニの奥まったところにあるアイスケース。

 今のボクの身長じゃ、わりとギリギリの高さにあって、見れないわけじゃないけど、中央付近にあるアイスがとれない。

 

 ぴょんとケースに張りつき、ボクはじたばたともがくように動く。

 アイスケースの中央には、食べかさのあるアイス――モナカが置かれていて、それをとろうとしているんだけど、なかなかとれない。他のアイスとかも雑多に混ぜこまれて商品陳列としては非常にまずい状態になっている。

 たぶん、全部持っていっても溶けちゃうだろうから、缶詰とかご飯になりそうなものから先にとっていったんだろうと思う。

 

「あうー。うーん。あーっ!」

 

 ボクはゾンビのような声をあげて必死に手を伸ばす。トレジャーハンターがお宝に手を伸ばすときのように必死だ。

 

 これならゾンビにとってもらったほうが楽かもしれない。ボクの身長ってたぶん140センチ前後しかなくて、圧倒的に戦力が足らんのだ。

 

「うーん、もー」

 

 手を伸ばす。もがくもがく。

 あとちょっと……。あとちょっとだよ。

 そうして、あと少しでお目当てのモナカに手が届くと思った瞬間。

 

――ボクの身体が突然宙に浮いた。

 

 え? と思う間もなく、ボクは首を後ろにまわす。

 ボクの華奢な身体には、おおきな大人の腕が脇のところから差し込まれ、そして次の瞬間には、からみこんでくるように顎のあたりを押さえこまれた。

 

 ちらりと見た姿は、誰なのか判別できなかった。

 

 なぜって。彼――体つきから察するに男の人――は、黒いヘルメットを被っていて、真夏だというのに、厚手のジャンパーに軍手をはめた肌を出さない完全防備の姿だったからだ。

 

「あ、あ、あああ?」

 

 驚きのあまりに何も言い返すことができず、ボクは幼女に抱きかかえられるぬいぐるみのような感じで(もちろん、この場合のぬいぐるみはボク自身のことだ)そのまま宙を浮きながら、バックヤードにお持ち帰りされた。

 

 あ~、クリアリングをちゃんとしとくんだった。

 いまさら後悔してもおそい。

 

(ちょ、ちょっと、ちょっとまってぇ!)

 

 声を出そうにもがくがくゆれてる状態では、舌をかみそうで難しい。

 男は一瞬だけ片手になって、バックヤードのスタッフルームへの扉を開け、ボクはその部屋の中に引きずりこまれた。

 

 抗議の声をあげようと、ボクは口を開きかける。

 

 が――、そこでどこかから取り出したゴルフボールみたいな形の口かせ――確かボールギャグとかいうえっちな感じのあれを口にはめられていた。

 

「もぎゅーもぎゅー」

 

 口の形が開いたままになって、うまく話せない。

 ど、どどどどどうしよう。

 それから男は少し安心したのか、床に敷かれたマットの上にボクのことを放り投げた。いくらマットの上からだとはいえ、それなりに硬い。

 接触の瞬間に、背中とおしりのあたりを衝撃が襲い、軽く意識が遠のく。

 視界のあちらこちらでお星様が回ってる。

 

 男はゆっくりとした動きでロープを手に近づいてきた。

 

 抵抗らしい抵抗もできずに、両の手が後ろ手に縛られた。

 ヘルメット男はボクの身体を隅々まで見渡すように首を振って、それからようやく、その黒光りして威圧感のあるヘルメットを脱いだ。

 

「ふぅはぁぁぁぁ」と男の人。

 

 汗はだらだら。顔はまんまるくてごま塩頭の四十歳くらいの男の人だ。

 ボクは必死に首を振る。

 

「うーうーっ!」

 

「もしかして、僕ちん、世界一かわいいゾンビ見つけちゃったかも」

 

 彼が言ってるのはまごうことなき『独り言』である。

 まわりに人間がいないからこそ出る素の言葉。

 何を期待しているのか、鼻のあたりがぷくぅっと膨らんでニヤニヤしている。

 

 ゾンビじゃないですぅ。

 ゾンビじゃありませんー。

 世界一かわいいっていうところは認めてもいいけど……。

 

 そう言いたいところだけど、ボールギャグって思った以上に声を出せない。くぐもった、それこそゾンビのような声しか出せなかった。

 

 男は、たぶんボクのことをゾンビだと誤解している。確かにボクは北欧とかロシアにいそうなほど色白だけどゾンビみたいに目は落ち窪んでいないし、瞳は混濁していないし、めちゃくちゃかわいいこのボクをゾンビと間違えるなんてありえねぇ。

 

 ボクはマットの上を青虫みたいにウニョウニョ進む。

 

「むう~~~~~~~っ。むぅ~~~~~っ」

 

 遅々たる歩みだった。ボクの時速はゾンビにすら満たない。

 男はすぐにボクの足をつかんだ。

 ゾンビ映画でよくあるように、ボクの足は容赦なく引っ張られ、そして――、

舐められた! ぞわん。

 鳥肌たっちゃったよ! 男は飽きもせずに、ボクの右足を磨きこむみたいに上下にこするように触ってる。

 そういう気持ちになるのもわからないではないけれど、いまのボクは男の人からしてみれば、ゾンビで――、だからモノみたいに扱ってもいい存在で、それが少し怖かった。

 

「足かわいいな」

 

 男の目には明らかに欲望の焔が燃え盛ってるように見えた。

 やだー。気持ちわるい。気持ち悪い。ゾンビよりもずっと気持ち悪いよ。

 足をじたばたしてみるも、無駄なあがきで、サンダルはもともとガバガバなサイズだったせいか、簡単に脱げてしまって。

 

「ああ、女児の抵抗って感じで興奮する」

 

「むうううううううっ」

 

「ぐっへへ」

 

 これって。そうだよね。あれだよね。

 

 ボクは脳内でしっかりと認識する。これから起こることを予想してプルプルと身体が震えてきちゃった。

 

 そう――。

 

「さあ、脱ぎ脱ぎしましょうねえ~~~~~へあああはあああっ」

 

 やべぇぞ! レイプだ!




がんばってチマチマ書いたら、とりあえずここまで書けました。
がんばるゾイ。でも明日から移動なので土曜までは無理っぽい。
気合が足りないせいかなぁ。

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