あさおん・オブ・ザ・デッド   作:夢野ベル子

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ハザードレベル51

 ドローンというのは、小型のヘリっぽいやつだという認識がある。

 

 大きさはマチマチで、手のひらに収まるサイズから人間の子どもくらいのサイズまで様々だ。

 

 たぶん、戦闘力という意味ではほとんど意味がないだろう。

 主な用途は偵察だろうから。

 

 現に今のボクたちも、空撮されているだけで、変な攻撃を受けているわけじゃない。

 

「光学迷彩とか消音とかどういうふうにやってんのかなぁ」

 

「光学迷彩っていうとゲームとかにありがちですが、簡単ですよ。超小型カメラで撮影した背後の画像を前面の液晶に映せばいいんです」

 

 なんとなく仕組みは理解できる。

 でも、ゲームみたいに完璧じゃないから、継ぎ目とか見えるよね?

 それにカメラで撮影した画像を前面に映すということは、機械的にはタイムラグが発生するから、なんか揺らめいて見えるかもしれない。ただ、夏の照り返しで空気がゆらめいている今の状況だと、あまりそういうのは気にならない。

 セミの声もあいかわらずうるさいし、欺瞞活動はそこそこうまくいってるみたいだね。

 

 でも、それも意識していなかった場合に限られる。

 

 じっと目をこらして見ると、確かにいるわいるわ。

 二十か三十くらいのドローンが上空からボクたちを狙っている。

 

 盗撮するなんて趣味が悪いよ。

 

「音がしないのはなんでだろう」

 

 もともとドローンというのはミツバチという意味だったはず。

 ぶうううううんっていう甲高い音がするはずなのに、ほとんど聞こえない。

 ドローンの特性上、プロペラを覆ったら飛べないはずで、覆えない以上は音がでるはずだ。

 

「軍用というのは民間の二十年くらい先を行くはずですからね。完全無音のドローンもあるのかもしれません」

 

 ふうん。そんなものなのかな。そうだピンクさんは何か知ってるかな?

 

『わりとロートルな技術だが飛行船のようにガスで浮いている超小型タイプだろう』『ピンクのくせに格好いいぞ』『さすピン』『飛行船タイプとかあるのか。おっせぇだろうな』『速度はでないがステルス性は高そう』『持続性もあるだろうな』『UFOみたいに謎の力で浮いているのかと思った』『冷静に考えればヒロちゃんも謎パワーで浮いてるしな』

 

「あ、ピンクさんありがとう」

 

 そうか。飛行船タイプで静かに浮いているのか。

 ドローンの音はほとんどプロペラの音だろうし、きっと、プロペラの回転率を落として静かに近づいてきたのかなと思う。

 

 姿が見えないのと音が聞こえないのはわかったけど、これって日常だったら普通に幼女を盗撮する変態だよね。ボクが幼女かどうかというのは議論の余地があるけれど。

 

 きっと、ボクの家を探ってるんだろうな。

 でもここはボクの住んでる町じゃない。佐賀でもかなりはずれのほう。

 ボクの航行スピードってわりと早くなっていってるからね。そのうちドラゴンボール並みに速くなりそう。でもまだ怖いから電柱の少し上空をうろちょろ飛んでいます。なので、いくらボクの住んでるところを探ろうとしても無駄だ。

 

「ピンクさんのほうからやめてって言ってもらうことは可能ですか?」

 

 ボクはピンクさんに問いかけてみた。

 なんらかの機関に所属していて、日本政府ともそれなりにつながりがあるというピンクさん。

 今回のドローンもたぶん軍用って言ってることから政府関係だろうし、言ってもらえたらどうにかならないかな。

 

『それはおそらく無理だろう。政府も一枚岩ではない』『ピンクなんでそこであきらめんだよ』『できるできるやればできるって』『頑張れ頑張れできるできる絶対できる頑張れもっとやれるって』『気持ちの問題だ頑張れ頑張れそこだ!』『もっと熱くなれよおおおおおお』

 

『ヒロ友たちがなに言ってるのかわからん』『毒ピンってマジで外国人だったんだな……』『しかし、うざったいな』『幼女を盗撮するとかロリコンの風上にも置けん』『おまえロリコンだったのかよ』『いや好きだった子がたまたまロリだっただけだ』『みんなそう言うんだよ』『ヒロ友はみんなロリコン?』『察しがいい子は嫌いだよ』

 

「うーん。ともかく無理ってことね」

 

『そもそもどこの所属かもわからないとどうしようもない』『そういえばそうだよな』『厚労省とかじゃないの?』『防衛省あたりかも』『どこかの金持ちがヒロちゃんをゲットしたいだけだったりして』『この配信見てるだろうから呼びかけてみたら?』『ヒロちゃんにお願いされるとかウラヤマシス』

 

「そうだね。まずは挨拶が基本だよね。こんにちわ!」

 

 とりあえず空中に向かって手を振ってみる。

 

『脇』『おいおまえ……』『でも無邪気に手を振る姿も』『絵になるよな』『もうすっかりゾンビだよオレら……』

 

 う……。ちょっと恥ずかしいな。

 今のボクは例によって袖のない服を着ている。

 

「先輩。こいつBANしときますか?」

 

 命ちゃんはニコって笑って画面を指差してました。

 ターゲットは脇と一言書いただけのヒロ友だ。

 

「そのくらいでBANしちゃダメだよ」

 

 そういう目で見ている部分があるのはわかるし、問題にならない程度にうまく話をつないでいかないと。

 

 ちなみに、ドローンのほうは遠巻きにボクを見ているだけで特に反応はなかった。対応が遅い政府とかの大きな組織だと、態度が変わるのに時間がかかるってことなのかもしれない。

 

「ねえ。ボクのこと追いかけるのやめてよ」

 

 姿は見えずとも意識したら視線を感じる。

 カメラのぶしつけな視線。

 なんだか少しイライラしてきた。

 

「もうー。全然わかってくれないみたい」

 

「配信が終わったあとに、こっそり家までついてくる気だったのかもしれません。ガス式だったら、浮いているだけならそこまで電池を使いませんし、きっと航続距離も相当長いんでしょう」

 

「ふぅん……」

 

 って、それは困る。

 ボクのアパートがバレたら、連行されて変な実験されちゃうかもしれない。

 ボクだけじゃなくて、飯田さんたちも危ない。恵美ちゃんも。

 

「どうにかしてお引取り願いたいんだけど」

 

「ぶっこわしたらどうですか?」

 

「そんな過激なことできないよ」

 

「どうしてです。あいつらのやってることは敵対行動ですよ」

 

「見てるだけだよ」

 

「見ているだけといいますが、敵情視察も立派な戦争行為でしょう」

 

 うーん。

 命ちゃんはわりと過激だからな。

 他人を敵か味方でわけるシンプルな思考をしているせいか、あっという間に裁定が下ってしまう。今回のドローンについてはアウトだったみたいだ。

 

「みんなの意見はどうかな?」

 

『というか、ヒロちゃんは壊せるのか?』『超能力でぶっ壊すの壮快そう』『やっちゃえヒロちゃん!』『破壊せよ』『準備は一任するわ』『警告は既におこなっているからやっちゃえばいいんじゃね?」

 

「ドローンは脆そうだし、精密機械だから簡単に壊せると思うよ」

 

『その力のことも知りたいのだが……』『やつらもヒロちゃんの力知りたがってるんじゃ』『毒ピンに限らず科学者ならそうだよな』『力を使うのを待ってる可能性もあり』『なんだ。じゃあぶっこわしていいってことじゃん』

 

「ふむふむ」

 

 コメントだと意見が揺らめいている感じだな。

 壊してもかまわないって意見が多数派みたいだけど。

 

「後輩ちゃん。アンケートとりたいんだけど……」

 

「先輩らしいですね。でもみんなが破壊するなって言ったらそうするんですか」

 

「参考にするだけだよ」

 

「ならいいです。はいどうぞ」

 

 ものの数秒でアンケートは表示された。

 命ちゃんは仕事が速いな。破壊するか破壊しないかの二択です。

 

 配信はボクの意見に寄ったカタチになるだろうけど、ボクはみんなのせいにするつもりはない。破壊するにしろ放置するにしろ、ボクの行動はボクが決める。

 

 アンケートの結果は破壊するが78パーセントでした。

 

 うーむ。ボクとしては暴力的行為がない限りはできるだけ対話したいと思ってるんだけど、みんなはわりと短絡的だな。

 

 でもコメントにもあったとおり、ドローンの目的はボクの超能力がどれほどのものかを知りたいだけなのかもしれないし、あわよくば捕獲しようと考えてるのかもしれないから、ついてこられても困る。

 

「こわすよ? 一応、カウントするからね。10……9……8……もし破壊されたくなかったら姿を見せてくれるか、配信に書きこんでね」

 

『お?』『ヤバイな。アレがはかどる』『ゼロゼロゼロで落とされるドローンたち……』『えちえち加工職人さんはまだですか』『小学生には早すぎる』『なにが早すぎるんですかねえ』『で、でますよ』『おいおまえら後輩ちゃんに消されるぞ』『え、お風呂のカウントダウンだよな?』『そうだぞ。お風呂のカウントダウンだぞ』『KENZENだな』『そうだよな』『でも小学生のお風呂で興奮するのもアウトなんじゃ……』

 

 ヒロ友たちはあいかわらずノリがよかった。

 

「7……6……5……4……」

 

『音と映像を解析する限りではなんら前兆が見られない』『超能力を科学で解析してもしょうがないだろ』『素粒子うんぬんって言ってたし、現代科学じゃ無理なんじゃ』『そのうち時空転移とか超究武神覇斬とかできるようになりそう』『オレはニーベルンヴァレスティが好き』『シンプルにかめはめ波で』『あ……また天使の羽』『幻想的すぎる』『夜のほうが映えそうかな』

 

 高出力モードになると、背中のあたりからヒイロウイルスが駄々漏れになるみたい。見た目的には『光』そのものだけど、それがなんなのかはよくわかんない。

 

「3……2……1……」

 

『はえー。やっぱりヒロちゃんは天使やったんやなって』『天使に怒られるとか、ドローンたちうらやましい』『で、ピンクはこれ解析できてんの?』

 

『ド・ブロイ波による波動関数の書き換えによって物質の属性を上書きしているのではないかと思われる。理論上は時空転移も可能であるが、しかしそのためには莫大なエネルギーが必要になる。それこそブラックホールがひとつふたつはできるほどの』

 

『なげーよ三行で説明しろ』『ヒロちゃんが光っててかわいくてすごい』『ピンク、おまえ結構言えるじゃねぇか』『年末にはヒロちゃんのカウントダウンで終わりたいわ』『世界は終わらない』

 

「0!」

 

 瞬間――。

 

 ドローンは爆ぜた。単純に墜落させたほうが楽だったけれど、ボクに手をだしたほうが危ないよって伝えたほうがいいと思って、おもいきり派手にやった。

 

『爆発? 燃焼させた?』『ピンク解説しろ!』『ピンクの扱い方が雑w。でも早く説明してね』『ドヤ顔なヒロちゃんがかわいすぎて困る』『はぁ。ドキがムネムネする』『おそらくだが、空気を摩擦しドローンを浮かせているガスに着火させたのだろう』『はえー。ヒロちゃんは小学生なのに頭よしよしだな』『よしよしって頭なでてあげたい』

 

 ふふふ。もっと褒めて。

 

 ドローンはガスで浮いているって聞いたから、ドッカンさせるのが簡単だって思ったんだ。ゾンビモノではわりとお約束の爆発物です。遠くから観察している本命がいるかなって思ったけど、ボクが感知する限りではいないみたい。

 

 といっても、視覚や聴覚が上がったといっても、そんなに化け物めいてはいないから、ずっと遠くで狙っていたらわからないかもしれない。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

「えっと、今日はみんなに助けてもらって本当にうれしかったよ。ありがとう。じゃあまたね!」

 

『おつかれー』『さすがに二度目の行かないでは言わないでおいてやる』『ツンデレさんかよ』『今日もかわいかったー』『天使さま我々をお導きください』『滅びの天使様』『変な人たちには気をつけるんだよ』

 

「うん。きをつけるね」

 

 っというわけで、配信はいったん終わり。

 ボクは命ちゃんにありがとうと声をかける。

 

「先輩のお役にたてたのなら幸いです。でも、問題はこれからですね」

 

「ン? なにか問題あるの?」

 

「先輩は見える範囲のドローンを破壊したみたいですが、ずっと遠くでスナイパーみたいに狙っている奴がいないとも限りません」

 

「うん。そうだね。でも、これから尾行する場合、たぶん、くっついてくるよね? ボクたちの移動スピードが速ければプロペラをたくさん回すから音がでる。そしたら、たぶんステルス性がなくなって気づくと思う」

 

「ドローンならそうでしょうね」

 

 ドローンなら?

 

 どういうことだろう。

 

「先輩。ドローンはいったいどこからやってきたんでしょうね。ドローンの航続距離はさしたるものではありません。せいぜい数キロ圏内です」

 

「つまりどういうこと?」

 

「装甲車なりなんなりがすぐ近くにいるということになります」

 

「なるほどね。すぐ近くにいるのかな。ゾンビセンサー的にひっかからないから、うまいこと隠れているね。でもそれでも空を飛べるボクたちを追いかけてはこれないと思うんだけど」

 

「地上部隊としてはそうでしょう……ですが」

 

 そう、パラララララという音が聞こえてきた。ドローンなんかとは比べ物にならないくらい大きな音だ。おそらくはどこかの屋上で待機していて、いつでも発進できるようにしていたのだろう。

 

 こちらにどんどん近づいてきている。

 

 地上からは装甲車組、空からはヘリか。準備いいよね。というか、ボクがちんたらやってる間に、バレないようにちょっとずつ近づいてきてたのかな。

 

「ボクがヘリでも落とせるって見せつけたはずなのにな……」

 

 あまりそういうことは考えていないんだろうか。

 

 それとも上からの指示は絶対で、部下は死ぬってわかっててもそうせざるをえないとか?

 

 モヤモヤとした黒い感情が湧くような気がした。

 

 ボクはヒトと仲良くしたいだけなのに、政府なのかなんなのか知らないけど、全然わかってくれない。

 

「性急すぎますよね。先輩はあれだけ譲歩しているのに、ドローン飛ばしてくるやつらは何を考えてるんでしょう。何も考えてないのでしょうか」

 

 ヘリは損害を考えてなのか、たった一機だけだ。

 もう姿が見えるくらい近づいてきている。

 あと数分もあればこちらの上空にたどりつくだろう。

 

 装甲車組の気配はないけれど、どうしたらいいかな?

 

「ねえ。命ちゃん。ボク、ちょっと抗議してこようと思うんだけど」

 

「あの、先輩……危険ですよ。今のうちにここをできるだけ離れたほうがいいんじゃないですか?」

 

「でも、ここから離れてもヘリはついてくるでしょ」

 

「じゃあ、ドローンのように破壊してしまうかですね」

 

「ヘリを落としちゃったら中の人はゾンビにもなれないと思うよ」

 

 それは本当の殺人だし、ボクとしてはあまりやりたくはない。

 

「それのなにが問題なんです?」

 

 ぷ……プレコックス感が漂っておられる。ある種の悟りの境地にドン引きだよ。

 さすがにいのちは大事にしたほうがいいと思うなぁ。

 ゾンビになったら戻せるという余裕はあるけど、そうじゃなかったら復活させるのは無理なんだからね。

 

 しばらくジト目で見ていたら、命ちゃんは何もかもお見通しとばかりに、ひそやかな溜息をついた。

 

「いざとなったらヘリを落としてきてください。緋色お兄ちゃん。私を守ってくださいね」

 

 ボクの精神的負担を減らそうとしてくれているのかな。命ちゃんは本当に健気だ。微塵も自分のことを考えてない。だからといってボク以外の誰かのことも少しは考えてほしいと思うけど。世界にはボクと命ちゃんと雄大しかいないってわけじゃないんだからさ。

 

「命ちゃんのことは最優先で守るよ」

 

「先輩自身のことも大事にしてください」

 

「わかった」

 

 ボクは相槌を打ちつつ、ふわりと空中へ浮かび上がった。

 命ちゃんの頭をそっと撫でて、ボクはヘリの近くまで飛んでいく。

 

 プロペラに触ったらいくらなんでもミンチにされちゃうから数十メートル先で止まった。向こうもボクがこちらにやってくるとは思ってなかったのか、ホバリングしてその場に浮かんでいる。

 

 近くで見るとわりと大きい。黒塗りの機体はやっぱり軍用なんだなって思わせるし、何人も屈強な男が中にいそう。

 

 騒音がすごい。耳をふさいでいないとうるさいくらい大きな音がしている。

 これだとボクの声も伝わらない。

 

 そろりそろりと近づいて、ボクはヘリのパイロットがいるあたりにへばりつく。

 パイロットの人は驚いているみたいだった。

 

 とりあえず、開けてほしい。

 

 ボクは側面のドアを指差して、開けるように祈りをこめた。

 

 パイロットさん驚愕の表情のままガン無視。

 

 そりゃそうだよね。いくらなんでも現実的じゃないというか、ボクみたいな人間がヘリに張りついた場合の対処法なんてさすがに練習していないに違いない。

 

 でも、このヘリ高そうだし、さすがに車みたいにドアをぶっこわしたら修理代が半端ないことになりそう。いまさらな話だけど、穏便を自称してきている以上、あまりモノを壊さないほうがいい。

 

 そんなわけでジト目でパイロットさんとにらめっこをしていたんだけど、ようやくボクの意思が伝わったのか側面のドアが開いた。

 

 捕獲の危険性ももちろんあるけれど、せっかく開けてくれたんだ。

 飛びこまなければ、何も変わらない。正直な話、知らない人に話しかけるのはいまだにドキドキする。ヒロ友みたいに距離があるわけでもない。しかもボクに敵意を持っているかもしれない人たちだ。

 

 でも――何人かのヒロ友に会ったけど、みんないい人たちだった。

 

 だから、ボクは信じてみようと思う。

 

 ボクはできるだけ笑顔を意識しながら、面接に向かうような気持ちで「失礼しまーす」とヘリに乗りこんだ。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

 結論から言おう。

 

 ボクはいきなり銃をつきつけられることもなく、きわめて平和的にヘリの中に滞在している。用意された椅子に座ると、対面にいる人物はニコリと笑う。

 

 あふぁ……。

 

 なんだろう。この子。かわいすぎるんですけど。

 肌はきめ細かい粒子のようだし。金色の髪の毛は光を反射してまぶしく映っている。ゆるふわのウェーブに薄くて蒼い双眸は涼やかな宝石みたい。

 

 いや、そんなのはどうだっていい。

 

 心臓のドキドキが止まらない。だって、だってボクの目の前にいるのは正真正銘のアイドル――嬉野乙葉ちゃんだったからだ。超激烈にかわいい。

 

 ボクのかわいさもなかなかのものだという自負はあるけど、やっぱりボクとしては自分の身体に欲情するような変態じゃないからね。

 

 普通にかわいい女の子を見るのが好きです。あれ、それって変なのかな。わ、わからぬ。あたまがグルグルしてきた。

 

「ヒロちゃんに会えてうれしいデース」

 

 あ、動画といっしょで、デース系少女なんだね。愛くるしいリップから漏れ出る声も透き通るような音をしていて、日本人とドイツ人のハーフらしいかんばせはなんというか透明な存在感を放っている。

 

 雄大は演技なんじゃねって言ってたけど、まぶしすぎる笑顔がニセモノなわけがない。指先が細くて着てる服が、国民的なポピュラーな曲のPVに使われてたやつ。チェック柄のスカートに全体的に赤を基調とした服がすごく似合ってる。

 

 かわいいなという感想しか湧かなかった。

 

 命ちゃんは妹的なかわいさだけど、乙葉ちゃんはアイドルとしての可愛さがあると思う。つまりかわいい。うん。かわいいよ。

 

「乙葉ちゃんだよね?」

 

「そうデスよ」

 

 乙葉ちゃんの背後に控えているのは屈強な自衛隊員だ。銃は持っていないけど、いわゆる休めの姿勢でふたりが物静かに立っている。銃を持ってないのはボクと敵対しないためかな?

 

 はぁ……なんか逆に緊張してきた。

 

 こんな、国民的アイドルと話す機会なんて、人生で初めてだし。

 佐賀出身のローカルアイドルだったときから、かわいいなって思ってたから。あ、かわいいなって言っても、なんというか本当にアイドルとしてのかわいさであって、身勝手で一方的にそう思ってただけ。

 ライブとかにも行ったことないし、ただ、動画とか見てただけだ。

 

 だからボクが言える言葉はただひとつ。

 

「あの……配信動画いつも楽しく見させていただいてますっ!」

 

 声がうわずってしまった。

 乙葉ちゃんはクスリと微笑み、ボクの座ってるほうへ自然な動作で席を移した。ち、近いです。あわわわ。アイドルが。腕があた。あたって。

 

 体温がみるみるうちに上がっていくのを感じる。ぷしゅうってヒイロウイルスが放出されないかが心配だ。

 

「初めて、生ヒロちゃん見マシタが、とてもカワイイデス」

 

 OH……ジーザス。

 ボクは乙葉ちゃんに抱きつかれていた。

 ボクの142センチしかない身長からはわりと高身長な乙葉ちゃんのちょうど胸の部分があたる。あ、あああ。当たってますよ。ああああああ。あああああ。語彙力低下中。

 

「お、乙葉ちゃん……」

 

「苦しかったデスか? ごめんナサイ!」

 

「ううん。苦しかったというか、そのなんというか……」

 

 うまく言葉がでてこない。

 乙葉ちゃんと違って、ボクはニセモノの女の子だし、男としての意識もかなり残ってると思う。妹に欲情するお兄ちゃんはいないという理論からは、命ちゃんにそういう気持ちを抱いたりすることはない、清廉潔白な自制心があったんだけど、好き勝手にかわいいって言っていい存在である乙葉ちゃんには、そのままストレートに欲望を押しつけてもいいよねと思ってしまう。

 

 だって、アイドルだし。

 アイドルはかわいいといわれる仕事なわけだし。

 そういや今のボクも同じようなことをしているんだった。

 何十秒経ってもドキドキは収まらないけど、呼吸を整えてボクは聞く。

 

「あの、乙葉ちゃんはどうしてボクに会いにきたの?」

 

 考えればわかることだけど、誰かエライ人に言われてきたのかなって思う。さすがにボクでもそれぐらいはわかる。だって、乙葉ちゃんがボクに会いに来る理由なんてさっぱり思いつかない。同じ配信をしているという共通点はあるけれども、ボクは彼女にダイレクトメッセージを送ったり、なんらかの縁があったわけでもない。けれど、乙葉ちゃんはまぶしい笑顔をボクに向けた。

 

 百パーセントアイドルな乙葉ちゃんの笑顔は兵器じみた攻撃力を誇っている。

 

「コラボしたかったのデス!」

 

「コラボ?」

 

「そうデス。ヒロちゃんとワタシとでコラボ配信しましょう」

 

 驚き戸惑うボクに対し、乙葉ちゃんは細い指先をボクの指先にからめてきた。

 こ、恋人つなぎ?

 

「こ、コラボ配信ってどんなことするのかなぁ」

 

「お歌を歌ったり、好きなゲームをいっしょにしたり、するのデース」

 

 乙葉ちゃんといっしょに配信。

 ………ふぁー、すごく楽しそう。

 

「ぼ、ボクなんかがいっしょに配信してもいいのかな」

 

「なにイッテルデスか。いまやワタシの動画の十倍は再生数伸びてマース」

 

「それは……ゾンビ利権のおかげで、乙葉ちゃんみたいにみんなを楽しませる能力が高いわけじゃないよ」

 

「大丈夫デース。みんなを楽しませる方法はワタシが教えてアゲマスから。手取り足取り教えるデース」

 

「手取り……足取り」

 

 変な想像をしてしまった。なんだかすごく距離が近くて、ボクのふとももには乙葉ちゃんの左手が乗っていて、クラクラしてしまう。

 

「どうデスか。きっと楽しいデスよ」

 

「うん。します」

 

 気づいたらボクは了承していました。




国家的アイドル接待に即オチしてしまう緋色。ジト目でヤンデレ化していく命に、百合三角関係が勃発する。次回、緋色悲しみの向こうへ。デュエルスタンバイ!

でももう少しで配信の章も終わりです。
いろんなことが書けてよかったと思います。
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