さて、約束の日になりました。
今日まで電気もネットも消えてないってことは、たぶんボクの歌が響き渡ってるのかもしれない。あるいはボクとの接点を消さないために、政府関連者が必死こいて発電しているのかな。
すこし恥ずかし案件だけど、通常なら1ヶ月もすれば電気は止まるって命ちゃんが言ってたと思うから、ほっとしたよ。
そもそも電気もネットも使えなくなったら配信とか意味なくなっちゃうし。
でもまぁ、いまはそんなことより乙葉ちゃんだ。
ボクの脳内分布率では、乙葉ちゃんのうっとりするほどきれいな蒼い瞳が90パーセントくらいをしめている。千年に一度のスーパーアイドルだっていわれてるけど、ボクもそう思う。
乙葉ちゃんとの配信コラボ。楽しみすぎてドキドキする。
ちなみに、ピンクさんたちとの話の結果、場所の指定はこちらからすることにした。敵か味方かもわからない、どんな組織とつながってるかもわからないところにホイホイついていくとか、誘拐されるの待ったなしだと考えられるからだ。たとえ乙葉ちゃんが超かわいいとしても、バックにいるのがなんなのかは謎だからね。軍用ヘリを使ってたけど軍とは限らないわけで。乙葉ちゃんのことを信じたとしても、他の人がなにか策謀をめぐらしているかもしれない。
そこはアイドルホイホイされるだけの幼女ではないと知っていただこう!
ちなみに誘拐というのは、この場合、字義通りの意味ね。
誘って、かどわかすということ。
ボクを力づくでかどわかすのはなかなか難しいから、手練手管が必要になるだろうと予想される。そもそも、ボクを閉じこめておくとかできるのかなという問題もあるけれど、他者であるところの人間の知恵は予想がつかない。
そもそも――ボクってなにが弱点なんだ。アイドル?
「先輩。そろそろつきますよ」
命ちゃんが振り返った。いま命ちゃんはバイクにまたがってボクを後ろに乗せている。夏だしボクが前方に風避けのシールドを展開すれば、ライダースーツとかを着る必要もない。ヘルメットすら着用していない。
たとえ放り出されても余裕だと思う。
一方、ライダーっぽい格好なのは、例によって飯田さんだ。
黒塗りのフルフェイスを被り、厚手のジャンパーに黒い手袋。めちゃくちゃ暑いだろうけど、我慢してもらうしかない。顔バレはボクと命ちゃんだけでいい。
飯田さんはバイクの免許は持ってなかったけど、普通免許は持ってて原付は運転できるみたい。
原付の制限速度は――まあこの際いいとして、最高速度は60キロくらいだろうか。必然的に飯田さんにあわせる形になる。
ここ二週間で、ボクたちがおこなったのは場所の選定だ。
バイクと原付が停めたところ。
そこは大きな建物――ではなく、わりとこじんまりとしたライブハウスだ。入り口は何の変哲もない普通の門構え。いわゆる地下アイドルとかがいそうなそんなところ。べつになんでもよかったんだけど、乙葉ちゃんとツブヤイターで直接やりとりをする中で、やっぱりそれなりの設備はほしいってことになったんだ。
唄うための設備。
つまり、全国のアイドルの頂点にたつ――嬉野乙葉ちゃんの生歌が聞ける!
ゾンビ配信してて本当によかった!
「なんか、先輩が生きててよかった! みたいな顔をしてる……」
「み、命ちゃん。そんなことないよ。ボクはようやく、なんというか、その、人間との融和がですね。進んでですね、うれしかったんです。平和最高っ!」
全力のエヘ顔ダブルピース。
「本音は?」
「乙葉ちゃんがかわいすぎる!」
「先輩」
スッと肩に手を置かれました。
ハイライトを失った瞳がボクを貫いてます。
いかん。これは……ヤンデレ化してしまう。命ちゃんがヤンデレ化して夜も眠れなくなっちゃう。
「あ、あの……。命ちゃんのほうが百倍かわいいよ」
「そんなお世辞なんていらないですよ」
「ほんとほんと。命ちゃんかわいいヤッター!」
じーっとボクを観察する命ちゃん。
ボクは命ちゃんに精一杯の笑顔を向けて応答する。
夏だからか、冷たい汗が背筋を流れるが気のせいだ。
「アイドルに憧れてるだけだよ。ボクって配信好きだからさ」
「ふうん……配信が好きなだけで、アイドルが好きなわけではないんですね?」
「そうそのとおり! そもそも乙葉ちゃんなんて一回あっただけなんだから好きも嫌いもないよ。命ちゃんのことは大好きだよ。本当に」
「もう一回」
「えっと……大好きだよ?」
「もう一回」
「大好き」
「まあいいです。先輩がやりたいことを止めようとは思いませんから」
納得はしてないが、ひとまずは矛を収めてくれた。
助かった感が強い。
場の空気が弛緩したのを感じたのか、空気を呼んで気配を消していた飯田さんが近づいてきた。少し苦笑しているみたい。
「ここの場所は相手側にはわかるのかな?」
「大丈夫だと思うよ」
ライブハウスの目の前には地方にありがちな無駄に大きな駐車場があって、打ち捨てられた車がたくさん停まっていた。
ボクはそれらの車を浮かせて、ヘリが停まるスペースを作り出し、乙葉ちゃんが無事ここに来れるように準備を始める。
こういったライブハウスは佐賀市内にもいくつかあるんだけど、乙葉ちゃんを迎え入れる準備は極力秘密裏におこなう必要があったから、ヘリを停めるスペースを作る作業はいままさにやっている。
空中に浮かせることのできる重量は、今のところ車数台分ぐらいが限界みたい。
浮かせて置いて。浮かせて置いて。浮かせて置いて。
車を端に寄せていく。
浮かせるのは物理的に動かすよりやっぱりちょっと疲れるみたい。
息があがるほどではないけど、パワーと集中力が落ちてる。
やむなく、ボクは物理作戦に切り替えることにした。目の前にある軽自動車をボクは躊躇なく蹴り上げる!
ボコンっという大きな音を立てて、映画のスタントシーンみたいに車が宙を舞う。よし。こんな感じでいいだろう。ボクは次々と車を蹴り上げて同じように端に寄せていった。
残りの作業は――バリケード作り。
駐車場からライブハウスまでは、道路一つ分だ。
適当に車でのバリケードを作って、ゾンビの侵入を物理的に遮断した。
ボクがゾンビ避けをできるから無意味だと思われるかもしれないけど、相手方からしてみれば、ゾンビを操って襲わせるということもできるわけだから、互いに歩みよるためには、そうしたほうがよかった。
でも、こちらも無抵抗というわけではない。
飯田さんがショルダーバッグから取り出したのは恭治くんから借りてきたショットガンだ。もちろん、このことは乙葉ちゃんには伝えている。代わりに乙葉ちゃんたちも銃を持ってきてもいいよと言ってる。
どうせ、銃なんかボクには効かないし――。
怯えて縮こまってるより、むしろ堂々としたほうが互いに被害が少ないんじゃないかと思うんだ。ホームセンターのときは、ボクは弱く見られすぎた。
ボクが本当に人間のことを考えるなら、もっと強くならなくちゃいけない。
☆=
「ワオ! これ全部、ヒロちゃんが準備してくれたデス?」
ヘリから降りてきた乙葉ちゃんは、まぎれもなくアイドルでありスターであり、星のようにキラキラ輝いていた。
周りの車が不自然に転がってる状況に驚いているのだろうと思う。
「いちおう、ヘリが停めやすいようにしてみたよ」
「サンキューデス!」
乙葉ちゃんが抱きついてきた。
絶妙に乙葉ちゃんの胸がボクの顔にフィットしているんですが。
「あ、あばばばば……」
「あ、苦しかったデスカ?」
「先輩に私の許可なく触らないでください」
命ちゃんが表情をまったく変えずに、乙葉ちゃんを引き剥がす。
乙葉ちゃんは「OH……」といいながらも特に抵抗らしい抵抗はなかった。
「後輩ちゃん。乙葉ちゃんに乱暴しないでね」
「先輩がもう少し油断しなければ避けられたはずです」
「まあそうかもしれないけど」
アイドルが走りよってくるなんて、ボクの人生で初めての出来事なんだから、避けられなくてもしかたないと思う。
でも、それを命ちゃんに伝えても、なんだか危険な結果に終わりそうなので、そのまま流すことにした。
あらためて振り返ってみると、乙葉ちゃんは命ちゃんに押しのけられても、ケロっとしている。細かいことは気にしない性格なのかな。よかった。
「乙葉ちゃん。後輩ちゃんがごめんね」
「ヒロちゃんと後輩ちゃん。ホント仲良しさんデスネ」
「うん。そうなんだ。だから大目に見てください」
「もちろん。オーケーデス!」
輝く笑顔は太陽のようで、ボクはなんだかクラクラしてしまう。
はぁ。もうこの子かわいすぎだろ。
命ちゃんがかわいくないとかそういうわけじゃないけどさ。みんなを魅了する術をこの子は知っているように思う。
それは顔のつくりだけじゃない。表情や声の調子や、一挙手一投足が誰かを惹きつけるための魅力に溢れてるんだ。
そばに立ってるだけで、アイドル力の違いを見せつけられている気分だ。
★=
正直、疲れる。
わたし、嬉野乙葉に課せられたミッションは小学生くらいの女の子、終末配信者ヒーローちゃんを篭絡することだった。
小学生――女の子――篭絡。
訳わかんない。わたしも女の子なんですけど。
小学生の女の子にわたしって需要あるんだろうか……。お父さんの頼みじゃなかったから、こんなことは絶対にしなかっただろう。
確かに、ヒーローちゃんの動画をいくつか見ていると、わたしの名前が頻繁にあがる。終末に配信やっててエライとか、いつも楽しい配信しててボクもがんばるとかかわいらしい自然な笑顔をふりまいて配信している。
裏表のない真実の顔。
演技を知らない子どもっぽい素直さは、わたしが捨ててきたものだった。
わたしは配信を楽しいと思ったことはない。仕事を楽しいと思ったことはない。ファンが増えたり、いいねされたり、かわいいといってもらえたりしても、べつにどうだってよかった。ブルーレイが何千枚売れようとも関係ない。稼いだお金も全部お父さんに預けている。
楽しいなんてどこにもない。
楽しい演技ならいくらでもできる。人を喜ばす仕草。表情。動作は幼い頃から叩き込まれて無意識にいくらでもやれる。
しかし、それはわたしにとっては装着し慣れた仮面に過ぎない。
★=
十五年前、わたしは暗闇の中にいた。
わたしを生んだだけの存在は、わたしのことが不要だったらしい。記憶は曖昧で、なにもかもあやふやだったが、突然光の世界から暗闇の中に突っ込まれたのは覚えている。
まったき闇。
黒一色で塗りつぶされた空間。
わたしは手を伸ばした。でもどこにも突き当たらない。
張り裂けるように泣き叫んでも誰にも届かない。
なんのことはない。
生まれたばかりのわたしはどこかの廃れて限界集落のようになってしまった駅の一角にあるコインロッカーの中に突っ込まれたというだけのことだ。
鉄で囲まれた冷たい檻の中で、わたしは朽ちはててもおかしくはなかった。
寒いとても寒い。冬の頃だったと思う。
赤ちゃんのころのことをそんなに鮮明に覚えてるはずがないと思われるかもしれないが、わたしはずっと覚えてる。闇に包まれる恐怖を。捨てられる寂しさを。凍えるような寒さを。
いま、わたしはアイドルになって――。
みんながわたしを見ている。
配信で、みんなが楽しんでくれている。
けれど、それは永久不変のものではなく――いつか去りゆくものだ。
くだらない世界のくだらない出来事。
幼稚園の頃は、ただ髪の色と瞳の色が違うというだけで、間違ってるかのように扱われた。飢えたり、暴力を振るわれたり、命の危険があったわけではないけれど、お父さんとその時はまだ生きていたお母さんとも色が違うから――みんな子どもごころに自然と"そう"なんだと察して――
だから蔑まれた。
幼稚園の頃のわたしは、努力が足りなかったのだと思う。
餓死の恐怖さえ知ってるわたしが、知らないはずがなかったのに愚かだった。本当に愚かだった。怠惰だった。怠惰であった結果、その罰を受けたのだ。
みんなから蔑まれ、孤立したのは、わたしが愚かだったからだ。
つまり、幼稚園生活を通じて、わたしは心の底から理解した。
人はアンコンディショナルな愛を得られるわけではない。
口を開けていれば、誰かが愛を運んでくれるわけではない。
愛されるための努力をしなければならない。愛されなければ死んでしまう。嫌われてしまったら殺されてしまう。冷たく孤独な闇の中で溶かされてしまう。
愛されなければ死ぬ。
わたしは成長するにつれて世渡りだけはうまくなっていった。周りの誰に対しても心を配りまわり、貴賓のように扱い、自分自身は馬鹿を演じた。
人間は、自分より頭がいい人間を赦さない。
人間は、自分より優れた人間を赦さない。
人間は、自分より幸せな人間を赦さない。
わたしは少しずつ学んでいく。
でも、どうしようもできないこともある。
顔――。
わたしはかわいいらしい。そんなことになんの価値も見出せないが、しかし、これは純然たる事実として、わたしの人生に大きな影を落とした。
今となっては名前に触れるのも少し痛くて――、だから"あの子"とだけ呼ぶが、こんなわたしにも幼稚園の頃から親友と呼べる子がいた。わたしが両親と髪の色が違っても、態度が変わらない数少ない友達だった。
小学生高学年にあがる頃。
あの子とわたしはまだ親友で、周りも少しずつわたしを認めはじめた頃だった。
特に男子のわたしを見る目が少し変わってきたように思う。
腫れ物を触るような、異物を見る目から、珍しい宝石を眺めるような視線に変わりつつあった。その変調はきっと外貌に対する評価に他ならない。
つまり、顔だ。
そして、いつかの時。
どういうことなのかはわたしにもさっぱりわからないのだけれども、男の子のひとりがわたしに告白した。今になって思えば小学生にしてはませてるなとか、もしかしたらなにかのくだらない冗談だったのかなとも思うのだが、その告白は、偶然あの子にも目撃されていた。
そして態度が冷たくなった。よそよそしくなった。
あの子がわたしに告白してきた男の子のことを好きだったのだと察した。
怖い。見放される恐怖が全身を貫き、動悸で眩暈がした。
あの子を傷つけるつもりはなかった。
あの子から嫌われる態度をとるつもりはなかった。
もしも可能であるなら、わたしはこころを抉り出してでも見せたかった。
あの子に嫌われるくらいなら、わたしはなんだってしただろう。
当然、謝罪した。
わたしは、その男の子のことを好きでも嫌いでもないということを伝えた。
けれど、わたしの言葉は、その子の好きなものに価値を認めないということでもあるから、きっと赦せなかったのだろう。
泣きはらした目で。
いや、憎悪すらこもった目で。
彼女はわたしに対して呪いの言葉を言い放った。
「みなしごのくせに!」
わたしは呼吸が止まったかのように感じた。消え去りたかった。あの子に否定されて、わたしは自分自身に対する気持ち悪さに耐えられなかった。いますぐに誰かに殺してもらいたかった。そんな価値すらないだろうけれども。
呆然と立ち尽くすわたしを置いて、あの子は去っていった。
あの子とはそれきりになってしまった。
同じクラスで顔をあわせることすら怖くなって――、わたしはアイドル業に逃げた。
たったひとりのたった一言で生じた魂の瑕に対する代償として、わたしは誰でもいいから認めてほしかった。わたしのこころなんてどうでもいい。わたしの顔だけでもいいから、ただ誰かに、ここにいてよいと、この世界に生きていていいと言われたかった。
わたしはみんなの
そんな浅ましい動機。
楽しいはずがない。楽しいことなんてない。
いつか嫌われるんじゃないかと、恐怖ばかりが募っていく。
わたしを育ててくれた、お父さんにも。
いつか捨てられるんじゃないかって。
★=
「乙葉ちゃん。チェックして」
幼き滅びの天使(お父さん命名)のヒロちゃんは、両の手を広げて、ライブハウスをわたしに自慢しているみたいだ。いわゆるドヤ顔をしていて、アイドルのわたしをも惹きつけるほどかわいらしい。
もちろん、ライブハウス自体はヒロちゃんのものではないし、用意した機材も、どこかから調達してきたものだろう。
いっしょに遊ぶための玩具を友達に自慢している子どもみたいだ。
褒められるのを待っているみたいな無垢な様子に複雑な気持ちになる。
表情が凍らないように、微笑の仮面をとりつける。
おそらくわたしは、ヒロちゃんのように奔放な存在が羨ましいんだと思う。
わたしは、誰かに嫌われないために、誰かに好かれるために、こんなにも抑制しているのにという憤りの気持ちがあるのだと思う。
ヒロちゃんはこの世界で唯一好き勝手にゾンビを操れる存在だ。
その存在価値はわたしなんかと比べ物にならない。もしも、わたしとヒロちゃんのどちらか一方が死に、どちらか一方が生きるという状況になっても、みんなはヒロちゃんを選ぶだろう。
つまり、ヒロちゃんは誰からも、無条件に愛される。
アンコンディショナルに、ただゾンビを操れるという特殊能力を持っているという、ただそれだけを理由に愛される。
嫉妬の炎がくすぶる。
でも、ヒロちゃんはわたしがそんな想いを抱いているなんて、つゆほども考えてないだろう。わたしは暗闇の中から生還したときから、ずっとわたしを認めてくれる人を探していた。
そんなわたしだからこそ、ヒロちゃんの瞳が嘘をついていないことはわかる。
わたしのことをアイドルとして好きなのだろうな――とも思う。
キラキラしたルビーのような瞳が、わたしをじっと見つめている。
「みなさんチェックお願いデース」
おつきの元自衛隊の人に指示し、機材のチェックをお願いする。軍用ヘリに乗っていたのは全部で十人程度。お父さんが教祖をしている、魔瑠魔瑠教の信者さんでもある。
今回は滅びの天使に直接会えるチャンスだということで、意気込みも高い。
てきぱきと動いている。
「乙葉ちゃんに言われたとおりのものは集めたよ」
「ありがとうデース! ヒロちゃんはすごいデスネ」
「えへへ。がんばりました」
「私も先輩に言われてがんばりましたよ」
「うん。ありがとう。後輩ちゃんもがんばってくれたよね」
隣に控えているのは高校生くらいの後輩ちゃんだ。
彼女もかなり謎な存在でもある。見た目小学生のヒロちゃんに対して先輩というモノ言いをしているし、それはキャラプレイにしては堂にいっている。
わたしが思うに――、本当に心の底から先輩として慕っている感じだ。
お父さんからのミッションは、ヒロちゃんを篭絡することだが、そのためには後輩ちゃんは邪魔になるかもしれない。
篭絡――と一言でいっても、その具体的中身としては、結局のところ、わたしたちがいる本拠地に呼びたいという、ふんわりした目標だったが、後輩ちゃんの硬い態度を見ると、それすらもNOといわれる可能性が高い。
貫くような視線でわたしを見てくる後輩ちゃん。
わたしは鍛えぬかれた営業スマイルで応える。
「先輩がやるといったからには邪魔はしませんけど、先輩を失望させるような真似だけはしないでくださいね」
「もちろんデース」
「もーう。後輩ちゃんもそんなこと言わないで仲良くしようよ。これからいっしょに遊ぶんだから、楽しもう」
楽しむ――。
そんなことができるのだろうか。
思考に黒いものが混ざったのは一瞬。
わたしはお父さんに嫌われないために、気を引き締める。
気になるのは後輩ちゃんだけではない。三日前くらいに連絡がきた『男の人』も無視できる存在ではない。今もすみっこのほうで、フルフェイスのヘルメットと、ジャンパーを着ている巨漢だ。肩口には軍用ショットガンをかけて、静かに腕を組んでいる。
得体の知れない存在感。
彼は肩で大きく息をしていた。
まるで化け物がうなっているようにも思える。
足がすくむような思いもしたが、おそらくはその人もヒロちゃんの奴隷的な存在なのだろう。
見た目に惑わされてはいけないのは頭ではわかっている。
しかし、わかりやすいのは見た目のほうだ。
彼は――。
ライブハウス内を睥睨し、油断なくこちらをうかがっている。
わたしには知りようもないが、自衛隊よりも強いのだろうか。元自衛隊員のみんなは、彼の気配を背中に感じ、緊張しているように思えた。
しかし本当に恐ろしいのは――。
目の前にいるかわいらしい少女のほうかもしれないのだ。
わたしをチラリチラリと視界にいれている少女。
自分の視線に気づかれていないと考えている男の人のように、ヒロちゃんはわりと露骨にわたしのことをジロジロと眺めている。
まるで、欲望にぬれた男の人と同じみたい。
いや――小学生の女の子がそんなことを考えてるはずもなく、単純に憧れの視線なのだろう。
「どうしたのデスか?」と聞いてみた。
「え、うん。あの……乙葉ちゃんかわいいなって思って」
「ヒロちゃんのほうがカワイイデスよ」
「え、そ、そうかな。ふへへ。ありがとう! アイドルに褒められちゃった」
ニマニマ笑う様子も、かわいらしい。
素直にカワイイと思ったのは事実だ。
「乙葉ちゃん。今日はいっぱい遊ぼうね!」
「そうデスネ」
既に、ヒロちゃんのわたしに対する好感度は激高のような気がするが、さてどうやって攻略しようか。
無邪気な天使と楽しそうに談笑しながら。
――わたしは冷たく思考をめぐらせる。
前の章もだけど、終わると思ってなかなか終わらない感じがするなぁ……。