あさおん・オブ・ザ・デッド   作:夢野ベル子

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ハザードレベル58

 車は田園地帯を抜けて都市部に入ろうとしている。

 

 このゲームにはあまり高い建物はない。せいぜいが三階建てくらいの古典的な家が散発的にちらほらとある感じ。密集地帯ではなくオーストラリアかアメリカの荒涼とした砂漠の町みたい。

 

 100名のバトロワなゲームで、高い建物とかがあると、プレイヤーどうしが探さなければならない空間が広がりすぎるし、プレイヤーたちは次々に試合をしたいから、サクサクっと殺し合いをしてもらわないと困るということなんだと思う。

 

 また芋プレイ――つまり、お芋さんのように地面に埋まっているというか、どこかに引きこもるプレイも許されていない。

 

 時間が経過するにつれて、ゾンビハザードのエリアが拡大していって、そのエリアに立ち入ると、ゾンビウイルスに冒されてしまいダメージを受けるという仕組みだ。

 

 ハザードエリアについてはランダムに決まるから、運がよければずっと動かなくても済むけど、逆に次々と居場所を変えていく必要がある場合もある。

 

 ボクたちの戦略は――。

 

 転戦。

 

 ともかく動くことだった。いきあたりばったりとも言う。

 

 ハンドルを握っているのは命ちゃん。

 行き先を決めるのも命ちゃん。

 命ちゃんのみこころ次第。命ちゃんのハンドルさばきにかかっている。

 というか、さっきからガタガタ車体がかなり揺れている。明らかにスピードのだしすぎだ。

 大丈夫なの?

 信じていいんだよね。命ちゃん。

 

「どこに向かってるの」

 

「ひとまずは芋プレイできそうなところですかね」

 

「このゲームは同じ場所に長居はできないようになってるんだよ」

 

「知っています。それでも、このゲームはキル数を競うものではありません。最後まで生き残っていれば勝ちなんです。生き残って……勝利すれば、先輩と、ぐふふ……」

 

「えっと、はい。わかりました」

 

 なんか命ちゃんが女の子がしちゃいけない顔になってる。

 最近はこんなのばっかだけど、大丈夫だろうか。

 お兄ちゃんとしては本当に心配です。

 

「わたしとしても、戦うよりは引きこもってるほうがいいと思いマース」

 

 乙葉ちゃんが同意を示し、

 

『ピンクも異論はない』

 

 ピンクさんも引き継ぐ。

 

 多数決は大事だよね。

 今のボクは姫プレイの真っ最中。

 お姫様はただ座ってるのが仕事だ。

 それに、命ちゃんの立てた作戦は確かに悪くない。

 どんなに強くても、戦闘というのはなにが起こるかわからないもんね。

 だったら戦う回数を減らしたほうが生存確率はあがるに決まってる。

 

「じゃあ、どこか――」

 

 その時だった。

 

「ヒャッハー! 新鮮なヒロちゃんを見つけたぜっ」

 

 丘の向こう側に四人の人影。

 モヒカン頭なアバターが太陽をバックに立っていた。

 こっちは市街地に入ってはいるけど、佐賀のようにまばらにしか家はない。

 傾斜のある丘から撃たれれば、こちらとしてもどうしようもない。家の中に逃げこんでもいいかもしれないけど、結局、ボクを打倒しようとしているんだったら、ジリ貧になるのは目に見えている。

 

「芋プレイはもう少し先になりそうですね」

 

 命ちゃんがアクセルを踏みこむ。

 

 ぱらららららと銃弾が散発的に撃ち込まれた。後部座席に乗っているボクはまだ大丈夫だけど、命ちゃんの隣に座っていた乙葉ちゃんは少しダメージを受けたみたいだ。リアルだったら大惨事だけど、一応、車は防御にもなるから、撃たれても即死はしない。でも運転中は回復もできない。

 

 ゲームなんだけど、乙葉ちゃんは「うっ」と呻いて、逆に撃ち返している。

 

「ヒロちゃんに、生きててえらいねって言ってもらうんだ!」とモヒさん。

 

 生きててえらいねって……、まあ確かにゾンビだらけの今日このごろ、生きてるだけでもエライけどさ。

 

 モヒなアバターさんはゲーム内チャットでそんなことを言ってる。

 このゲームで数少ないコミュニケーションツール。近くにいる会話が画面の下あたりに書きだされる。それでいろいろとコミュニケーションもとれるんだけど、配信中のみんなのコメントも見ながらだといろいろ忙しい。パソコンは二台あって、ゲームしながら脇見プレイしてるんだ。

 

『モヒにヒロちゃんが襲われてる』『配信画面見て場所特定されてるんじゃね』『配信しながらゲームしているから、それはしょうがない』『こんなに広いのにわかるもんなの?』『普通にわかる』『芋れないじゃん』『ヒロ友はそんなズルいことしない!』『でもヒロちゃんにえらいねって褒めてもらえるなら……』『悪魔の誘惑やめろ』

 

「プレイ中は見ないで。ボクの声は聞いててもいいけどね」

 

 釘を刺しておく。

 

『はい。わかりました』『おまえはプレイしてねーだろ』『見ないでってところだけをですね。切り取ってですね』『ヒロちゃんのかわいいお顔を見ながらプレイしたい欲望』『わかる』『わかりみ』『ピンクもそう思います』『だから、オマエはプレイしながらコメント打つなよw』『ピンクは仲間だから問題ない』『ゲームがおざなりになってる件』

 

「ピンクさんも禁止」

 

『わかったマイシスター。ゲームに集中する』

 

 彼我の距離は200メートルを切っていた。

 ほんの数秒ほどの時間で――零になる。

 ボクはその超人的なゾンビ能力で、数秒を微速度として捉えていた。

 だからといって、車に乗っているボクにとっては、なんの意味もなかったけど。

 ただ、コマ送りで空中にぶっとぶモヒさんたちが面白くはあったかな。

 ふたりのモヒさんはそれで空中に飛び即死した。

 ボクは車から身を乗り出して残党を狩ろうとする。

 

「あ、先輩は座っててください」

 

「え?」

 

「ただ、そこでかわいらしく座っててください」

 

「ボクもプレイしたいんだけど」

 

「相手は幼女先輩ですよ。体力を温存していたほうがいいでしょう。露払いはわたしたちが引き受けます」

 

 うーん。そういう戦略もありなのかな。

 命ちゃんの顔を見ると、こくりとうなずいた。

 命ちゃんがそういう戦略をたてたというのなら、大将としてはジッと座ってるのが仕事かな。

 

 車はモヒさんをふたり轢いたあと、すぐに直角ドリフトの要領で停まった。

 ピンクさんと乙葉ちゃんが車を降りて掃射する。って、ピンクさんクロスボウだけじゃん。

 

 それでも、モヒさんは仲間を回復させようとしていたため、動きがなかった。クロスボウは頭に吸い込まれるようにして当たり、一撃でしとめた。

 乙葉ちゃんが持ってるアサルトライフルで残りのモヒさんをしとめ、チームは全滅。余裕でボクたちは勝ったみたい。

 

 ボクなんもしてないけど。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

「いもいも……ボクは芋になるんだ」

 

『ヒロちゃんのいもいもしさ』『妹っぽさあるしな』『お兄ちゃんは妹がかわいすぎて辛い』『わたしの娘だぞっ!』『で、芋ってるわけだが、配信としてはどうなんだ』

 

 ハザードエリアにもかかってない中心部あたりについたボクたちは、絶賛引きこもり中だ。

 

 ちなみに車は置いてきた。

 

 ハッキリ言ってこの戦いにはついてこれそうもない。

 

 というのは冗談で、車を置いていると芋ってるのがバレバレになるから適当なところで乗り捨ててきたんだ。

 

 配信としては戦闘の派手さはないけれども、ボクとしては知的な活動こそが配信の妙だと思っているのですよ。

 

 つまり――。

 

「ボクとしてはここらで幼女先輩をどうやって攻略するか戦略を練りたいわけですよ。あ、もちろん、戦略についてはみんなには教えないからね! ゲーム内チャットだけでおこないます」

 

 ゲーム内チャットは、距離が近くなければ他の人に漏れることはない。

 チーム内だけでおこなえるチャットもあるから、これを使えば幼女先輩に作戦がバレることもないだろう。

 

 でも、ヒロ友のみんなも会話に参加しないとつまらないだろうしなー。

 

「ちょっとズルいかもしれないけど、みんなには幼女先輩のこと教えてもらってもいいかな。自分のことを知っていて相手のことを知っていれば絶対に勝てるって孫子さんも言っていたし」

 

 言ってみればラスボスの情報を知らないで初見プレイするのは無謀ってこと。

 

『ヒロちゃんがかしこい』『かしこい小学生』『幼女先輩はそれでいいのか?』『フェアプレイではないが、まず勝てそうにないからな』『幼女先輩の返事聞いてからのほうがいいんじゃね?』

 

 幼女先輩の返事か。

 さっき、プレイヤーは配信画面見ないでって言ったから、幼女先輩も見ないでくれていると思う。幼女先輩は卑怯な人じゃないからね。

 むしろボクのほうが卑怯かもしれない。

 

「えっと、幼女先輩。配信画面見えちゃってもいいんでお返事ください。幼女先輩のことみんなに聞いてもいいですか」

 

『もちろん。かまいませんよ。情報を収集するのも立派な戦略行為です。情報を拾われてしまったのなら、それは相手が自分を上回っていただけのことですよ』

 

 幼女先輩、カッコいい。

 

「ありがとうございます。幼女先輩のおゆるしが出たんで、みんな教えてね」

 

『といってもなぁ』『だいたいにおいて万遍なく超強い』『剣劇系でジャスガ率が90パー以上』『マジかよ。人間の反射スピード越えてないか?』『テトリスでレベル33を達成している』『なにがどうすごいのかわからない』『格闘対戦系では一ラウンド目は遊ぶ』『遊んでいるんじゃなくて相手の力量を見極めてるだけだぞ』

 

 なんか、幼女先輩の伝説の話題になってるんだけど。

 これだと、単に強そうってことぐらいしかわからない。

 

「こういうバトロワ系では何か情報ないのかな。得意な武器とか、得意な距離とかさ」

 

『満遍なく使う』『手榴弾とかどうしてかわからないけど場所察知されて投げこんでくる』『フライパンのみで1位になったこともあるらしい』『カルボナーラ作りながら勝ったこともあるらしい』『手と足でひとりふたりプレイして勝利』『なんか強すぎて、気づいたらキルされてること多くてなぁ』『でも、一番はやっぱアレじゃね?』『だよなーアレだよなー』

 

 みんなが口にするアレって?

 答えはすぐに出た。

 

『『『『『『スナイパーライフル』』』』』』

 

 幼女先輩が最も得意とする武器はスナイパーライフルだった。

 どこかで待ち構えていて長距離から狙撃する。

 そういう戦闘スタイルが一番得意らしい。

 

「なるほど、こいつは――ゾンビVSスナイパーというやつですね」

 

 ボクはとりすました顔でそう言った。

 

『ざわ……』『こいつはやべえぞ』『ヒロちゃんがゾンビ好きだとわかる一幕』『しかし、いくらゾンビ好きでもそれは』『なになに?』『ゾンビ映画だよ知らないのか?』『オレもヒロちゃんに感化されてゾンビ映画みまくってるけどさすがに知らない』『まあ、物は試しだ。見てくれ』『Z級映画を強制的に視聴させる拷問があるらしい』『十時間以上寝たあとに見たけど寝たわ』『むしろ寝れない』『人生が三万日だとして、一日24時間だから、72万時間。そのうち貴重な2時間を使う意味を考えろ』『アッハイ』

 

==================================

ゾンビVSスナイパー

 

ゾンビVSスナイパーという邦題だが、スナイパーは登場しない。

もう一度言う。このゾンビ映画にスナイパーは登場しない。

==================================

 

「幼女先輩ってどれくらいスナイパーとしてすごいの」

 

『難しいところだな。気づいたら撃たれてる』『気づいたらキルされてるからわからん』『見えない』『ビューティフォーとしか言いようが無い』『あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!』『ワンショットでチームが全滅した』『な… 何を言っているのか わからねーと思うが、おれも 何をされたのか わからなかった…』『どういうこと?』『四枚抜きされたのか?』『スナイパーライフルは貫通力あるから、ゲーム的にはありえない話でもないがすごすぎるだろw』『ヒロちゃんもすごいけど、幼女先輩には勝てなさそう』

 

 確かに勝てなさそう。

 というか、四人が一直線に並んだ一瞬を撃ち抜くってどんな技能なんだろう。

 偏差射撃とか、そういうレベルを越えてる。

 

「ま、まあ、ゲームはた、楽しむものだし」

 

『エンジョイ勢なヒロちゃん』『一度はプロゲーマーを名乗っておきながら日和る配信者がいるらしい』『小学生らしくて大変かわいらしいと思います』『幼女先輩のちっちゃなお胸を借りるつもりでいけばいいさ』『おっさんだぞ』『幼女と名乗ってるから幼女に決まってる』

 

 なんとなく流れとしては、たったひとりの幼女先輩をみんなで打倒する流れになったみたい。プレイヤーさんたちはどう考えてるかはわからないけど、最後に立ちふさがるのはたぶん幼女先輩だろう。

 

 勝てるのかな。

 ヒロ友のみんなにはいったんチーム内会議に入ることを告げ、ボクたちはサークルになってゲーム内チャットをおこなう。

 

「後輩ちゃん。乙葉ちゃん。ピンクさん。みんながんばろうね。なにかいい作戦はないかな」

 

『ピンクとしては、大人のくせに幼女を名乗るとかおこがましいにも程があると思う。幼女というのはヒロちゃんくらいの年齢にこそふさわしい』

 

「それは単に幼女先輩をディスってるだけなんじゃ……」

 

「わたしとしては、このまま四人で生き残るといいとおもいマース」

 

 乙葉ちゃんが何か思いついたみたい。

 

「その心は?」

 

「ひとりが撃たれてる隙に、こちらが攻撃をしかけマース。相手は死にマース」

 

「なるほどね」

 

 作戦ともいえない作戦だけど、乙葉ちゃんのやり方は確かに理にかなってる。

 戦いは数だからね。

 ただ、幼女先輩にそんな単純なパワープレイが効くのかっていう問題はある。

 舐めてるわけじゃないけど、幼女先輩と戦った経験はボクにはないし、みんなにも無いからね。プロゲーマーでもなんでもないボクらにできることはたかが知れていると思っていたほうがよさそうだ。

 

 最後に命ちゃん。

 

「みなさん忘れてらっしゃるかもしれませんが、このゲームにはゾンビがいます。幼女先輩だって人間ですから、スナイパーライフルを撃ったらゾンビに襲われるはずです。ずっと同じ場所にいつづけるのは非常に困難だといえます」

 

「ふむふむ。それはそうだね。ゾンビは銃の音に反応するし――スナイパーライフルは強力な武器だから、すごい音がするだろうしね」

 

「ええ。なので、幼女先輩が動いたときにこちらから攻撃をしかけるというのはどうでしょうか。さすがに幼女先輩も人の子でしょうから、芋ってないときは隙ができるのでは?」

 

『ちょっと待て。どうやってその動きとやらを捉えるつもりだ。不用意に近づけばこちらのほうこそ隙になってしまうぞ』

 

 ピンクさんの考え、ごもっとも。

 このゲーム。足音とか銃声とかわりと遠くまで聞こえるけど、それは向こうも同じ条件だ。可聴域外の音が設定されているわけでもない。つまり、ゲーム的に音がどこまで伝わるかということが設定されていて、その距離はどんなプレイヤーでも一様になってる。そうじゃないと平等じゃないからね。

 だから、ボクの耳がいくら人外の領域に達していたとしても、ゲームでは関係がない。

 

「配信ですよ」

 

「配信? もしかして、ヒロ友のみんなにどこでやられたから聞くってこと? さすがにそれはズルすぎるよ」

 

「そうではありません。私達が配信の状況を確認して、そこからコメントを拾うのはしょうがないことです。カメラ写りを気にしないアイドルがいますか?」

 

 ちらりと横を見ると、命ちゃんが危機迫る様子でタイピングしていた。

 そんなに――ボクとデートしたいの?

 

「わたしとしてもそう思いマース。偶然、配信の画面から情報が得られてしまったとしても、それはやむをえないことデース」

 

「うーん。なにか釈然としないものを感じるような」

 

『ピンクとしては正々堂々戦ったほうが良いと思う。ヒロちゃんとしてはどうなのだろうか。その点にわずかでもひっかかりを覚えたら楽しめないのではないだろうか。後味がよくないとか、そういう心理は人間として大事な要素だ』

 

 ピンクさんはやっぱり大人だなぁと思う。

 確かに、もし万が一命ちゃんの言う方法で勝っても、いまいち喜べないんじゃないかな。

 

「勝つために全力を尽くすのの、何が悪いというんですか? ガチで勝ちに行くなら、これぐらいしないでどうするんですか。幼女先輩だって全力を尽くしてるはずです。私や先輩の声を聞いて、情報を仕入れてると思いますよ」

 

『プレイヤーたちは配信画面を見ないようにお願いしているのに、我々だけ確認するというのもどうかと思う。もちろん、配信中なヒロちゃんは配信画面を見ざるをえないのもわかるが、ゲーム内のことをゲーム外に持ちこむべきじゃない』

 

「ピンクさんだって、勝ちたいでしょう? 憧れのヒロちゃんと一日デートできるんですよ」

 

『ううむ。それは……間違ってると思う』

 

「なに寝ぼけたこと言ってるんですか。目的のためなら私はなんだってします。なんだってできます。先輩のためなら」

 

『それがヒロちゃんのためにならないと言ってる』

 

「だったら、ここでチーム解消ですね!」

 

「後輩ちゃんおちついて」

 

 ボクはふたりが喧嘩しそうな雰囲気になったので、話に割って入った。

 

「私は落ち着いていますが?」

 

 いやいや、落ち着いてないでしょ。

 

「無意識に配信画面が目に入っちゃうのはしょうがないとして、やっぱりゲーム内のことはゲーム内で済ませようよ」

 

「わかりました。では、ゲーム内の残り人数から推測して動きましょう」

 

 すぐに代替案を提示する命ちゃん。

 最初から思いついてたんだろうな。ただ、最初に提示した案より確実性は劣る。

 本当に幼女先輩が倒したのかはわからないからだ。

 ただ、残り人数が少なくなってくれば、幼女先輩に倒された可能性も高くなるから、まったく無策で突っ込むよりはマシだろう。

 

「じゃあ、残り人数が10人を切ったら動こうか」

 

 みんな頷いてくれた。

 

「あ、それと先輩。もうひとつ作戦があります」

 

 命ちゃんの奇策。

 

 幼女先輩に通じるかなぁ。

 

 

 

 ★=

 

 

 

 幼女のような軽やかなこころで、先輩のような篤実を積んでいきたい。

 そんな気持ちから生まれたのが幼女先輩というハンドルネームだった。

 

 そう、私は幼女先輩である。人前でハンドルネームを明かすのは少しばかり恥ずかしいところではあるかな。

 

 私は退役自衛官であり、現プロゲーマーであり、そしてこのごろ復職した。

 まあ半ば強制的だったが、武器もない一般人よりは武器を持ってる自衛官のほうがまだ生存確率が高いと思い復職したのだから、半ばわたしの意思であるともいえる。

 

 私が防衛大を卒業し、自衛官になったのは、なんとなくサバイバルとかそういうものに興味があったからだ。

 

 銃を撃つ反動。

 ジャングルの中で生存しうるほどのサバイバル能力。

 生きるか死ぬかの極限のライン。

 

 そういう生の現実ってやつに憧れていたのは確かだ。

 

 実際のところは、面倒くさいと思うことが多かった。自衛官は好き勝手にできる仕事はない。一切ない。本当だ。嘘だと思うのなら公民の教科書を開いてみるといい。

 

 誰もが一度は聞いたことがあると思うが、自衛隊はシビリアンコントロール、すなわち文民によって統制されているからだ。自衛隊に最終的な命令を下すのは、内閣総理大臣で、内閣総理大臣を選ぶのは国会で、国会を選ぶのは国民だ。

 

 なによりも国民の思し召し次第。銃弾一発撃つことすら好き勝手にできない。

 

 私としてはそういう息苦しさもまた、リアルっぽくて心地よくはあったのだが、さすがに二年ほどすると、すべてが面倒くさくなってやめてしまった。結果としてのゲーマーだが、これはわたしの性格にあっていたのだと思う。

 

「小山内一尉。なにやってるんですか」

 

 突然、声をかけられた。そこは――鉄塔だった。

 夕闇がそろそろ地平線を溶かす頃。私は鉄塔の高いところに登り、気ままにヒロちゃんの配信を傍受している。こっそりと持ち込んだ折りたたみの椅子に折りたたみの学校机みたいなやつ。ノートパソコン。鉄塔の横っ面から電気を拝借。

 この場所が完璧。なにもかもそろっていて、それでいて人が居ない。

 要するに、ギリギリWifiが届く距離だったんだよ。

 

 穴場だと思ったのにな。

 

 目ざといやつはいつだってどこかしらいるものだ。

 特に楽しみな時間を奪う奴というのはどこにだっている。好事魔多し。本人は無意識にしろ、トラブルを運んでくるというやつはどこにだっている。

 

 だから、私としてはできるだけ穏便にことを運ぼうとする。

 本人は無意識なんだからな。悪く扱うつもりはないさ。

 

 振り向くと、まだ若い声。三尉の位にいる久我くんだった。年の頃は二十ほど。防衛大を経過することなく、直接自衛隊に志願してきた生粋の兵士ともいえる。

 

 私がいるところは、佐賀にある小さな原発で、そもそもそういったインフラ施設はどういうわけかわからないがゾンビは避ける傾向にある。ヒロちゃんの歌声もあれば、ゾンビはほとんど寄ってこない。

 

 私がノートパソコンを使って、少しばかり趣味に興じてもまったく問題はないところだろう。

 

 サボりといえばサボりなのだろうけれども、終末くらいは好きにさせてほしい。

 

 そもそも退役したわたしを引っ張り出したのは政府であり、わたしとしては自衛官に戻っただけでも感謝してほしいところだ。有給もなく連続勤務一ヶ月。そろそろブラック企業として訴えるぞ。ブラック国家か。

 

 ので――わたしは彼に微笑みかけながら言った。(なにも敵を作る必要はない。敵を作るのは殺し合いでは愚作だからな)

 

「久我三尉。わたしは、いま休憩時間だ」

 

「第一種警戒態勢ですよね? 休憩時間なんてないはずですが」

 

「八時間も立ちっぱなしというのも疲れるだろう。ここにはゾンビは来ないよ」

 

「それでゲーム配信ですか?」

 

 ふうむ。どうやら、彼はわたしの正体を知っているらしい。

 いくつかのゲーム大会に出場して、顔出ししているから、やむをえないことではあるのだが、久我くんはそういったことに詳しそうではない。休日の趣味は何かと聞いたら筋トレとか答えてるやつだ。

 となると、教えたやつがいるということになる。

 そして、ピンと来た。個人情報保護なんて考えてもいなさそうなやつ。

 

「隊長殿はわたしのことが嫌いなのかな?」

 

「よくわかりませんね。ただ、ゾンビに媚へつらって生きあがくやつらのことはお嫌いだそうですよ」

 

「あの少女と我々は共に生きる道を探るべきだと思うがね」

 

「あの少女? あの生白いゾンビのことですか」

 

「ああ、そのとおりだが」

 

 ヒロちゃんって言えよクソが、と思っても言わない。

 大人だからね。

 久我三尉は背筋を伸ばし、棒きれのように屹立している。

 

「自分は、あのゾンビは打破すべきだと考えます」

 

「ふうん。その心は?」

 

「あのゾンビが適当なことを吹聴するあまり、自衛隊は翻弄されてます。ついには、くだんのゾンビの言を入れて、ゾンビに銃弾を撃つべからずという命令もでる有様です」

 

 久我三尉は苦い顔をしていた。

 

 彼は一ヶ月ほど前に家族を射殺していた。

 

 いまさら、ヒロちゃんの力によってゾンビから回復できるといったところで、遅きに失するということなのだろう。

 

 ただ、それをひとりの少女の責任とするのも間違っていると思う。ヒロちゃんが自分の能力を隠していたかは微妙なところだが、たとえそうだとしても、今の状況で自分の能力を披露するというのが、どんなにか勇気にいることだったか。

 

「ゾンビが病人であるならば殺すべからずというのは当然だと思うが」

 

「そのせいで我々は危険に晒されています」

 

「ここにはほとんどゾンビはやってこないよ」

 

「ここだけの問題じゃありません。世界中のどこにでもやつらはいるじゃないですか。いまさら後だしジャンケンで、ゾンビから回復できると言われて納得できるはずがありません。そんな都合のよい話があっていいはずがない」

 

「その気持ちはわかる。だが、運命とはいつだって皮肉なものだと思わないか? ヒロちゃんだって、望んでそうしたわけではないだろう」

 

「よくわかりませんね。世界は悪意に満ち溢れている。そのゾンビがどうして人間のことを滅ぼそうとしていると思わないんですか? 我々はうすのろのゾンビどもを駆逐できる程度の戦闘力はあるはずです。上の命令さえなければ勝てたはずなのに」

 

「ひとりの少女の言葉程度で変わる運命なら、始めからそうだったのだろうさ」

 

「そうは思いませんね。あんな早歩きしかできない連中。武器を持った俺たちなら殺すのは簡単だ。どんなに馬鹿力だって、銃に勝てるはずがない」

 

「まあ、それはそうかもしれないけどね。ただ彗星が降りそそいだ日になぜゾンビになってしまう人とそうでない人がいるのか、いまだにわかっていないじゃないか。銃で撃ち殺していって、またゾンビが現れて、また撃ち殺して――、そうやってみんないなくなってしまったら意味がないよ」

 

「ようやく混乱から立ち直って、さあいざ反撃だというタイミングで、ゾンビを治せる、ゾンビを避けられる。みんな平和に仲良しごっこをしようとか、まるで悪魔の甘言だ。虫唾が走る邪悪だ。そう思わないんですか?」

 

「わたしが見るかぎり、彼女は少なくとも普通の女の子のように思えたがね。それに彼女の理想が実現されれば、それは人間にとっても望ましい未来じゃないか」

 

「このままだと人間に滅ぼされるから、一計を案じただけですよ。ゾンビは弱い。油断しなければ、混乱しなければ、十分に勝てる」

 

「彼女の瞳を見ると、そういった薄汚い策謀とは距離を置いたものだと思うが、どうだろう」

 

「一尉は、あの化け物の外貌に騙されてるだけです」

 

「ふふ……まあそうかもしれないな。ヒロちゃんかわいいもんな」

 

「馬鹿な」

 

 不快の顔。

 

 どうやら彼と分かり合うには、少しばかり時間がかかるらしい。

 

 彼は氷のような表情で言った。

 

「小山内一尉。さきほど撤収命令がでましたよ。私はそれをお伝えしに参ったんです」

 

「撤収? 佐賀内の電気を消す気か?」

 

 民間人はおそらく余剰の電気で生きていると思われる。今から徐々に寒くなっていくにつれ、暖をとるにも、なにをするにも電気は必須だ。

 

 特に、ヒロちゃんからゾンビを退ける力を得るには、いましばらくの時間が必要だった。彼女と共存し、信頼関係を醸成するだけの時間が、あとほんのわずかだが必要だった。

 それを撤収だと? 馬鹿な。いまこのタイミングでか。

 

 わたしが抗議の視線を送ると久我は顔を歪ませていた。

 

「残念だったですね。もう少しで奴のデマゴーグも終わりだ」

 

「馬鹿げてるな。上は現場を知らないのか?」

 

「それが国民の総意ってやつなんでしょう。国会は国民の意思を集約した機関だ。おエライさんたちは、それをさらに煮詰めた機関だ。いい加減、煮立って素材を台無しにしてるかもしれませんけどね。ゾンビハザードが起こる前も起こった後も、この国の大衆なんて何も変わっちゃいないんだ」

 

「馬鹿げてるな本当に」

 

「馬鹿でもなんでも、国の命令を聞くのが自衛官の存在意義でしょう」

 

「久我三尉。君はそうまでして彼女を殺したいのかい」

 

「命令がでればそうしてますよ」

 

「撤収はいつだ?」

 

「二時間後ですよ」

 

 こいつ、私に黙っていたな。

 

 このタイミングで――、最後の配信に合わせて、絆を断ち切るつもりか。

 

 ヒロちゃんの人間に対する信頼を失わせて、相互不信に陥らせ、民意を傾かせる。いまさら民意もクソもないが、国の上層部の意思決定を揺らがせる程度はできるはずだ。

 

 それが久我の真の狙い。

 

 いや、久我だけではないだろう。ゾンビによって親しい人を失った者たちの悲願なのかもしれない。隊長――入間のやつも絡んでるのか?

 

「いまさら、あなたがなにをしようと無駄です。撤収命令は既に下されました。わかりましたかぁ~。幼女先輩。ははははははッ」

 

 久我は悠然と去っていった。

 

「クソ……っ!」

 

 ガンと鉄塔が鳴る。

 

 いまさら政治的なやりとりをどうこういったところで遅い。

 

 人間の総体意思は撤収しろと言ってる。

 つまり、ゾンビとは仲良くするなってことだ。

 

 ふざけんなバーカ。

 

 こちとら自衛隊に戻ってくれって言われたからしかたなくきてやったんだ。馬鹿なヘッドの言うことなんて聞く義理はない。いますぐ退職届を提出してやる。

 

「――でも。どうすっかな」

 

 ヒロちゃんは画面の中で、いつも以上にキラキラと笑っていた。

 

 大好きなアイドルと配信できて、心の底から嬉しそうだ。

 

 目的を見誤るな。

 

 撤収するとかしないとか、そんなことはどうでもいい。

 

 ただ、どう伝えるのかが問題だ。

 

 あと二時間後に君は死ぬ――、そのように告知するドクターがいたとして、そいつは名医だと言えるだろうか。

 

 私はただ漫然と、もうあと二時間もすれば配信できなくなると伝えるだけでいいのか?

 

「幼女のように軽やかな心で、先輩のように篤実に」

 

 あと二時間でやるしかない。私は私のできることをする。プロゲーマーとして、配信の先輩として、なによりも人生の先輩として。

 

 彼女にできるかぎりのことをしてあげたい。ただそれだけだ。

 

 意識を切り替えプロゲーマーらしく――。

 

 人間の"強さ"を教えてあげよう。




幼女先輩と戦うといったな。
あれは嘘だ。すみません。次回です。

ちなみに今回、尉官とかの『クラス』とか、現実的な数値がいまいちつかめないので、
恐る恐る書いてます。なにかしらアドバイスございましたら、いただけましたら幸いです。
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