あさおん・オブ・ザ・デッド   作:夢野ベル子

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ハザードレベル59

 幼女先輩との最後の戦いに向けて、ボクらは英気を養ってる。

 もとい、芋プレイをしている。

 なにもかも順調そのもので、ハザードエリアもボクたちが芋ってる家には範囲及ばず。しかも、なぜか敵も来ない。

 

「もしかしてだけど、みんな幼女先輩との戦いに向けてボクに忖度……」

 

 忖度とは、言うまでもないことだけど、高度な政治的配慮のことを言う。

 

『察しのいい幼女は……好きだよ』『忖度というかなんというか』『大丈夫だ。画面は見ていない。ただヒロちゃんがお家の中にいるのはまるわかりだから』『幼女先輩との直接対決を見てみたくはある』『俺らは普通に探してるけどどこなのかさっぱりわからん』『幼女を探すとか変態かよ』『だったら国のみんなはヒロちゃん探してる変態ってことに』『厚労省も探してる』『ていうか厚労省のページにヒロちゃん専用問い合わせボタンあるんだけどww』『真っ赤な背景に黄色の文字で、ヒロちゃん様はこちらからアクセスしてくださいwww』

 

「え。厚労省も探してるの?」

 

 知らなかった。

 

 厚労省にはボクの動画を切り取った画像が張られてるらしいけど、恥ずかしかったんで見ていない。そもそも個人情報とか肖像権的にどうなんだろう。あ、ゾンビに人権はないですか。そうですか。

 

 しかし、厚労省にボク専用のボタンがあるとは――。

 そんなにアクセスしてほしいの?

 まあそりゃそうか。

 

『というか、このままいくとヤバイぞ』『ああ、おそらくこのままいくとあのパターンだな』『マジかー。幼女先輩勝っちゃうな』『え? なんだ古参がなにか言ってるぽい?』『エリアの閉じられ方が稀によくあるパターン』『ああー』『うろうろしてたら死んだわ。幼女先輩っぽいな』

 

「みんなどうしたの?」

 

 このままいくとなにがヤバイんだろう。

 ボクはリアルで左右を向いて、命ちゃんと乙葉ちゃんにアドバイスを求める。

 

「わかりません。このゲームのことは触りぐらいしか知りませんし」

 

「右に同じデース」

 

『ピンクも知らない』

 

 そうだよね。

 ゲームのことを知ってるのはみんなのほうだ。

 配信画面を見てみると、すぐに答えは出た。

 

『麦畑』

 

 なるほど――。

 ハザードマップの塞がり方から、最終決戦地が麦畑になりそうってことを言ってるわけか。なるほどな。麦畑はヤバイ。

 オンラインゲームをほとんどやっていないボクでも、他の人の配信動画を見て知っている。

 最終エリアになると、ほとんど彼我の距離はなくなるわけだけど、麦畑は匍匐しているとほとんど姿を隠せるんだ。

 

 つまり、スナイパーの独壇場。わずかな気配で正確に相手の位置を知る能力に長けたスナイパーならなおさら。

 幼女先輩の位置を探る前にこちらが全滅なんてこともありうる。

 なにもない平地だったら、撃ちあいをすれば勝てるかもしれないけれど、各個撃破されれば意味がない。

 

 とすれば――。

 

「最終エリアになる前に出たほうがいいかな」

 

 最初の作戦では残り十人くらいになるのを待って、幼女先輩が移動中を狙うというものだった。

 

 でも、もしも最終エリアがほぼ確定なら、そこでもう待ってるかもしれないんだ。いや時間が経てば経つほどその可能性は高まる。だって幼女先輩はプロのゲーマーなんだから。みんなが知ってることを知らないはずがない。

 エリアのパターン解析なんてのもしてるはずだ。

 

『必ずそうなるとは限らんぞ』『幼女先輩と幼女が麦畑で戯れる。なんかいいな』『ライ麦畑で捕まえて』『おーい待てよー』『うふふ捕まえてごらんなさーい!』『オレくん捕まえた!』『アッー!』

 

 まあ確かにエリアがどう狭まってくるかなんて誰にもわかりようがない。

 ただみんなのなんとなくの勘みたいなものから、そうなるんじゃないかと予想しているだけだ。でもきっとそうなるだろうな。

 

 ボクのいままでの経験からすると、ヒロ友のみんなは頭がいい。ちょっとお調子ものだけど、頭がよくて経験深くて、ボクよりいろんなことを知ってる。

 

 だから――みんなと話すのが楽しいんだし。

 

 だから――人間は滅ばないで欲しいって思うんだ。

 

「そろそろ出よう。ライ麦畑で待ち構えよう」

 

 否はなかった。稲じゃなくて麦だしね。なんちゃって。

 なんちゃって……。

 声に出してないからセーフ。

 

「先輩……」

 

 なんでボクを哀れむような視線で見てるの、命ちゃん……。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

 残り人数は20人程度。

 予定より早く芋状態から出荷されちゃった。その分、油断してはならない。

 まばらな家が立ち並ぶ住宅街をこっそりと出発し、ボクたちが向かうのは東だ。なだらかな丘といったらいいのかな。

 木立がぽつんぽつんと立ち並ぶなんの障害物もないエリア。足元には底の浅い草しか生えてなくて、そこを抜けるとライ麦畑のエリアにつながる。

 

「しかし――、ヤバイですね」

 

 ボクの傍らをガードしている命ちゃんが言った。

 

「なにがヤバイの? トイレ?」

 

「違います! なにが哀しくて全国のお茶の間の前で羞恥プレイをしなくちゃいけないんですか。それは先輩の役目でしょう」

 

 いかん。目がマジだ。命ちゃんの声が緊張感で包まれてるっぽいから、ちょっと力が抜けるように冗談を言ったんだけど……。

 

「ごめんなさい」

 

 素直に謝るボクでした。

 

「で、なにがヤバイの?」

 

「ここはなんの障害物もありません。待ち伏せにはもってこいです」

 

 なるほど、だからさっきからピンクさんと乙葉ちゃんがツーマンセルで索敵しているのか。ピンクさんもいつのまにやら装備を整え、いまでは立派な兵士に。

 

 それにしても、障害がないのが障害だなんて、まるで将棋だな。

 

「ともかく注意深く進むしかないよ」

 

 ボクはあいかわらず姫プ中。

 ゲーム開始してから銃一発すら撃ってない。芋プしながらの姫プだからしょうがないのかもしれないけど、いい加減ボクもなにかしたくなってきた。なにかないかな。敵とか敵とか敵とか。

 幼女先輩との戦いに備えるのもいいけど、なんの考えもなしに撃ちまくりたい。

 だってゲームだもん。

 よく考えたら、ボクのチームが勝って得するのは命ちゃんたちであって、ボクじゃない。そりゃ、ボクも勝ったらうれしいけどさ。

 

 一番は今を楽しむことだと思うよ。

 そんなわけでお姫様は終わり。ボクもたたかいます!

 

 ボクができることといったら、今のところはみんなの後方で周囲に警戒することぐらいだけど、ゾンビ的な超知覚がゲーム上では働かないから、なんとなくもどかしくはある。ゴム手袋を装着して針に糸を通すようなもどかしさ。

 

 なんといっても、ボクって現実世界での知覚能力は既に人間を超えてるから、周囲の人間の息遣いとか、ゾンビの数とか、ヒイロウイルスの浸透力でわかっちゃうからね。でもゲームだとそういう知覚能力が制限されちゃってるから、素の視力の良さぐらいしか役に立たない。

 

 ここは、長年の素人ゲーマーとしての勘だけが頼りだ。

 

 ボクは傾斜の緩やかな丘の上を警戒する。待ち伏せるとしたら、そちら側だから。特に聴覚に注意。ゲーム的に制限があるとはいえ、わりと広範囲に設定されているらしい音のほうが視覚情報よりも多い。

 

 あれ、なんか変な音がするような。

 

 ボクはキャラクターをきょろきょろさせて、どちら方向からの音か見極めようとする。うーん。前?

 

「違う後ろみたい。ゾンビだよ」

 

 まだ数匹程度。ボクたちの背後からわらわらと湧いてきている。

 

 このゲームの唯一のNPC。ただの障害物と見る向きもあるけれど、今の状況で交戦するのはまずい。このゲームのゾンビも現実世界と同じく人間の発する音に敏感だ。特に銃はまずい。今のボクたちはゾンビを屠るのに最適な鈍器とかは持ってない。幼女先輩との対決ばかりを考えていたのが間違いだったのか。

 

 どうしよう。

 

『むしろそのほうがよくないか?』

 

 ピンクさんの意見は真逆だった。

 

 ボクとしては迫るゾンビが怖いけれど、ゾンビが盾になってくれるから、後背を気にすることがなくなるからというのがその理由らしかった。

 

『そう思うのだがどうだろう』

 

「なるほど、さすがドクターピンクさん」

 

『それに――、後輩ちゃんの奇策もできそうな状況に近づいてきているな』

 

 命ちゃんの奇策はいくつかあって、そのうちひとつがゾンビトレインだ。

 

 要はスナイパーみたいな一撃必殺の武器はゾンビだらけのバトルフィールドでは不利だということ。混戦になってしまえば、精密なワンショットよりも乱射するほうが強い。

 

 つまり、四人そろっているボクらにも勝ちの目が出てくるということだ。

 

「このままゾンビを引き連れていけば勝てるかも?」

 

「しかし、少し早すぎますね。このままだと大量にゾンビを引き連れた状態で麦畑に突入することに」

 

 命ちゃんの意見もごもっとも。

 

「じゃあどうすれば?」

 

「クロスボウで間引きしながら進むのはどうデス?」

 

 なるほど、ピンクさんはまだクロスボウを捨ててない。そしてクロスボウならサイレントキルができる。ゾンビは増えない。

 

 これなら――いける。

 

 そう喜んだのもつかの間だった。

 

 ボクの超発達した、それこそプロゲーマーも凌駕する動体視力は、真っ青な空をほんの豆粒みたいな小ささで飛来するソレを捉えた。

 

 ボクたちに当てるつもりもないただの一撃。

 

 空の高いところで、ドォォンと大きな音と光が出た。

 

 攻撃能力は皆無だけど、画面が真っ白になって、一切の操作が効かなくなる。

 

 まさか閃光手榴弾?

 もう幼女先輩が先についてたの?

 

 勾配のあるところとはいえ、ボクたちのすぐ近くまで投げる技術は本物。

 

 でも――、幼女先輩なら、さくっとスナイプしてそうだけど。

 

 光が収まったとき、幸いなことに誰ひとり攻撃は受けてなかった。でも、チームの中心になっているボクが動かなかったせいか、みんなも先行して突っ切ることはできなかったみたい。

 

 ゾンビは後ろにいて、前に進むしかない。

 いっそ、後ろに戻って、ゾンビをまずは全滅させたほうがいいのか?

 

 ダメだ。閃光手榴弾の音と光は特大級で、ゾンビもどこからかワラワラと湧いてきてしまっている。もう麦畑をノーダメージで迂回できるとは思えない。

 

「先輩、どうしましょうか」

 

「後輩ちゃん。何か考えて」

 

「先輩、丸投げはちょっと……」

 

「ま、丸投げじゃないよ。これはあれだよ。高度な柔軟性を維持しつつ適宜最適な行動をとってほしいってことで、そういう指示だってことで、丸投げじゃないよ」

 

「今の状況だと、前方に潜んでいる敵はおそらく幼女先輩ではないですね。地の利を得たとして攻撃してきたのだと思います。ダメージングレンジが、この距離ではないことからすると、スナイプ能力が低い武器しか持ってない可能性が高いですね。それか数が少ないか」

 

「ふむふむ。で、どうすればいいの?」

 

「この状況ではたいした作戦はたてられませんが、扇形に展開して、丘の上にたどり着いたら側面攻撃というのはどうですかね」

 

「それだと誰かが攻撃されちゃわない?」

 

「……」

 

 命ちゃんは無表情のまま考えている。

 

 天才的な頭脳を持つ命ちゃんは計算能力も高い。でも、基本的に頭のスペックがいいだけで、作戦立案とか学んでいるわけじゃないからなぁ。

 それでもボクが作戦をたてるよりは、絶対にいいものができるって確信があるけどね。頭よわよわじゃないよ! こういうふうに人を信頼することも必要だってことだ。

 

「残り人数が10名ですか。これは……やはり、広がりながら進むのが一番マシなような気がします」

 

「その心は?」

 

 ゾンビさんたち迫る。もうそろそろこの場に留まっているのはまずそう。

 

「わたしたちを迎え撃とうとしているのがマックス4人のチームだとしたら、わたしたちと幼女先輩も加えて9名です。いくら幼女先輩でも大量のゾンビをかきわけて進むのは骨が折れるはずですから、後ろから来ることはほぼないかと。そうなると地図上で言えば、ここかここのどちらから麦畑に侵入するはずで……」

 

 命ちゃんがリアルで地図を提示する。隣プレイだからこそできる芸当だけど、ちょっとお行儀が悪い。

 

 まあそれは置いておいて、なるほど要するに幼女先輩と進行中にかち合うのを恐れたわけか。最善は麦畑で迎え撃つことで、ゾンビも入り乱れての乱戦に持ち込むこと。

 

 そのためには麦畑エリアの前のこのエリアで迎え撃ってくる敵を倒さないといけないってことになるわけか。

 

 当然、地の利を得たぞって向こうは主張しているわけで、誰かは倒されちゃうかもしれないけど、やむをえない。まあこれはゲームなんだし、チームとして勝てばいいわけだから、一番効率的なプレイなんだろう。

 

 命ちゃんの場合――現実でもそんな感じにしそうだけど。

 

「じゃあ、そういうことでいいですね」

 

「了解デース」

 

『ピンクも了解した』

 

「うん」

 

 そして、みんな突貫していく。

 でも、みんな広がらなかった。話と違うんですけど!

 

「あ、あのどうしてみんなボクにくっついてくるの?」

 

 これじゃ、おしくらまんじゅうみたいじゃん。集弾性の高い武器で狙われたら元も子もないよ。

 

「私は先輩をお守りしなければなりませんので」

 

「ヒロちゃんはわたしが守りマース」

 

『ピンクも守護る!』

 

 あれ?

 

「あの、さっきの後輩ちゃんの作戦は?」

 

 ボクはリアルで口を開いた。さすがに前進しながらのチャットは難しい。

 命ちゃんも乙葉ちゃんも隣でプレイしているし、ピンクさんは配信を聞いているから、これで伝わるはずだ。

 

「私は作戦立案者として、先輩をお守りしなければなりませんから」

 

「たまたま進行方向が同じだっただけデース」

 

『ピンクも右に同じ』

 

 ピンクさんプレイしながらチャットするのなにげに上手いな。

 もしかして中の人が二人プレイとかしてないよね?

 

 丘の頂がどんどん近づいてきている。もはやこのままの勢いでつっきるしかない。ゲームだもん。多少の無茶も許されるよね。

 

 ヒュッ。と風を切り裂く音がした。

 

 足元の近くに数発。

 

「SMGの音ですね。こちらが一撃でやられる装備ではないです。しかも――これなら、もしかすると想像どおりに」

 

 命ちゃんが隣でリアル通信。

 確かにSMGはこのゲームでは中距離武器としては微妙どころさんだ。

 はっきり言えば、ないよりはマシ程度。

 拳銃よりはちょっとはいいかな程度で、武器としては弱い部類に入る。

 もしかしてボクたちを油断させるためにあえてという線もなくはないけど、こんなにもアホまるだしの塊になって進んでいるのに、強力な集弾性のある武器で攻撃しない理由はない。

 

 理由がないということは、アサルトライフルみたいな武器は持ってないってことだ。

 

「このまま一気に進むよ」

 

 チームリーダーらしくボクはキメ顔でそう言った。

 左右前からぎゅうぎゅうされながら、ようやく丘の上にたどり着く。

 いない。

 誰の姿も見えない。慎重かつ最速の動きで丘の下を見まわす。

 いた!

 なだらかな急勾配を駆け抜けているのは一台のワゴン車だ。白い巨体を左右に揺らしながら、アクセルいっぱいで去っていく。

 

「やはり、ぼっちでしたか……」

 

「後輩ちゃん。その言葉はボクに効く……」

 

 でも、まあ命ちゃんの言葉の端々からはそんな気はしてた。

 相手チームは、おそらく麦畑前の最終防衛ラインを敷いていたんだ。

 それはおそらくボクたち対策ではなくて、幼女先輩対策。

 そのためには四人いるチームを四方向にわけるしかない。あるいは、二人二人に分けて、二方向だったのかもしれないけど、いずれにしろ、幼女先輩にライ麦畑エリアに侵入されたらヤバイと考えたんだろう。

 

 だったら、二つの防衛線をしいたほうがいい。

 麦畑エリア前と、そして集結後の二度だ。

 

「みんなゲームプレイうまいなぁ」

 

 誰ひとり欠けてないけど、ことごとく上をいかれてる気がする。

 

「不甲斐ない後輩ですみません」

 

「後輩ちゃんが悪いんじゃないよ! だってこのゲームしたのほとんど初見と同じでしょ。みんなこのゲームを毎日のようにやりこんで、いろいろと戦術も研究されてるはずなんだよ。むしろいままで生き残ってるほうがおかしいくらいなんだよ」

 

「しかし、向こうのチームにはこちらの侵入方向がバレてるわけデース。これはかなり不利な戦いが予測されマース」

 

 乙葉ちゃんの言うこともその通りだと思う。

 

『ここから下にくだるまではこちらも無防備だが、相手も集結するのに時間がかかるんじゃないか? それに幼女先輩の侵入方向こそ知りたいだろうから、配置を変えない可能性もある』

 

 なるほど幼女先輩は概念だけで相手の戦術を動かすか。

 まるで孔明だな。

 いやまあなんでもいいんだけど。

 

「じゃあ、さっさと降りたほうがいいってことだよね」

 

『そうなるな』

 

 背後を振り返ってみてみると、ゾンビが勾配をゆっくりとしたスピードで上がってきている。時間はあと少ししかない。

 

 残りは、10名。

 

 

 

 ★=

 

 

 

 当てられなかった。

 いや、能力的な問題じゃない。いくら不利な状況でも、いくら射程距離が短いSMGでも、あれだけ見通しのいい場所でなら、数発程度は当てられたはずだ。

 当てられなかったのは心理的な問題だ。

 なぜって、そりゃ決まってるだろ。

 相手はあのヒーローちゃんだ。

 配信中の笑顔とか思い出しちゃうと、もう手が震えてしまって、あの笑顔がもし崩れたらと思うと怖くなってしまって、できなかったんだ。

 

 もしも――。

 

 もしもだけど、

 

 ここで幼女先輩と一戦も交えることなくヒロちゃん達を全滅させちまって――

 

『ボクを攻撃するなんてひどいよ。絶交する』

 

 とか言われたら、たぶんオレは立ち直れない。すぐさま回線切ってLANケーブルで首吊って死ぬ。いや、オレん家、無線LANだけども。そういう気分になるのは必定だ。

 

 だから尻尾を巻いて逃げちまった。

 

 ヒロちゃんはそんなこと言わない、とは思ってる。

 思ってるんだが、でも思ってることと実際にやることは別だろ?

 真面目にゲームプレイしてねとか、超絶姫プは禁止とか言ってたし、単純にゲームを楽しみたいのがヒロちゃんの御心だとしても、どうしてもいろいろと想像しちまうんだ。嫌われたらどうしようとか、できれば好かれたいなとか。

 

 ファンとして当然の心理だろ?

 

 実をいうと、ヒロちゃんとオレは縁がある。

 向こうが覚えているかもわからないけれど、配信で同じサーバーに接続したのは、実はこれが二度目だ。

 

 何を隠そう、ぷにくら様とはオレのことなのだ。(ハザードレベル33参照)

 

 誰も知らないって言いそうだな。

 いまでは二百万人になってしまっているヒロ友。

 常時接続数も上手い具合に散らしてるらしいが、こんな状況で二度目のチャンスが巡ってくるなんて運命を感じる。

 

 たった一ヶ月ほど前のことだけど、あの頃のヒロちゃんはただのゾンビ好きな配信者で、オレは単純に終末世界でやることなくて、なにか面白いことはないかな程度の動機で、たまたまヒロちゃんのことを見つけたんだ。

 

 ただの現実逃避といわれればそうなのかもしれない。

 世界にはゾンビと死と裏切りが溢れていて、毎回近くのコンビニに行くだけで死にかける世界だ。

 

 人の形をしたものを、破壊するときの手の平に残る感触。

 残りの食糧が少なくなっていくときの絶望感。

 

 お隣さんが泥棒に入ってきて、オレが撃退したら、子どもが腹をすかしてるからよこすのが人間だ、人間以下の畜生め死ねと悪態をついてくる。

 そのあとはゾンビが集まってきて、そいつが引き連れてきたことがわかったり、そいつとそいつの子どもが無事ゾンビに食べられたり。

 

 そんなのばっかだった。

 

 きっと、心が壊れかけていたんだと思う。

 そんなときに、楽しいことを思い出させてくれたヒロちゃんは、べつにゾンビ避け能力がなくても、オレの中では天使だったんだ。

 

 もう二百万分の一になってしまったけど、オレは胸を張ってこう言いたい。

 

 オレはヒロちゃん古参勢だぞと。

 

 きっと、今回もまた幼女先輩という巨大な影の前では、石の裏にいるダンゴ虫並の存在だろう。

 

 ヒロちゃんにとっては、オレはネームドになれるほどの価値はないだろう。

 

 それでも――、一矢報いたい。

 

 そのためには、英雄的行為を成し遂げなければならないだろう。どこの中二病って話だけど、敵はドラゴンよりも凶悪だ。

 

 なんせキルレシオ世界一位。

 伝説的プロゲーマーだからな。

 でもそんなことより、あのヒロちゃんに名前を覚えられているというのが羨ましすぎる。嫉妬が炎として見えるなら、オレの嫉妬はフライパン山だ。めらめらと燃え盛ってる。

 

 なのにあいつは――、取り澄ました感じの態度でいけすかない。

 

 あああッ。褒められてーよ。ヒロちゃんにがんばったねとか、ありがとうとか言われてーよ!

 

 そんなわけで、幼女、倒す!

 

 車のアクセルをふかし、適当なところで乗り捨てる。

 

 車なんていらねーんだよッ!

 

 もしかしたら既にヒロちゃんたちにはバレてるかもしれないが、オレたちの作戦は単純だった。この麦畑のエリアが最終エリアになるかもしれないと悟ったオレたちは早々と占拠した。ちょうど近くにいたことが効を奏したんだ。

 

 そして、仲間は四方を守るように配置した。

 戦力の分散は愚考だが、幸いなことにこの麦畑エリアはちょうど盆地のようになっていて、北は傾斜の強い山、西は丘稜、東は海で、南は平地になっている。

 

 要害というやつだ。守りやすい地形だ。

 

 仮に倒しきれなくても、一撃を加えれば、必ず進行速度は緩くなるし、進行方向がわかるから、索敵困難な麦畑では絶対の有利になる。

 

 エリアの狭まり具合を考えると、残り時間は少ない。

 

 幼女先輩はまだエリアに来ないのか?

 

 まさかここに来るまでに倒れたということはありえないだろうが――。

 

『そちら異常はないか?』

 

 オレは仲間に通信を試みた。

 

『こちら東、異常なし。ボート音とかもしないな』

 

『こちら北。特に異常――あ、撃たれてる撃たれてる! クソどこからだよ』

 

 幼女先輩は北か。

 

 なら、戦力を北に集中させればいいか。

 

 いや――、ちょっと待て。

 

 いま、ヒロちゃんたちが4名残存しているのはさっきチラ見して確認した。

 そしてオレらは全員生き残ってる。

 残存人数は10人。

 

 本当にそいつは幼女先輩なのか?

 

 一撃で四枚抜きするようなやつが、たったひとりに数十秒も時間をかけてるのか? いやもちろん、幼女先輩も人である以上、自然の要害が思った以上に効果的だったということはありえるが……。

 

『北。戦況を報告せよ』

 

『わかった。やつは麓あたりから撃ってきてるんだ。でも、そこからの距離だと人間なんてほとんど豆粒だぞ。こっちが覗きこんだ瞬間に撃たれる。つまりこっちの顔がばっちり見えてるってことだ。素直にヤバイ』

 

『武器は?』

 

『わかんねーよ。たぶん、スナイパーライフルなんじゃねーか?』

 

『投擲武器を使え』

 

『了解した』

 

 投擲武器なら、ゆみなりに攻撃できるので顔を出す必要はない。もちろん、姿も見ないで攻撃が当たるかというと、まず無理だろうが、牽制ぐらいにはなるんじゃないか? 常識はずれにもほどがある。

 

 しかし――、これはおそらく幼女先輩だろう。

 麓と山の頂上あたりにいるとなると、ほとんどドットレベルでしか人の姿は映らない。そんなところから攻撃してくるなんて幼女先輩ぐらいしかできない。

 

『よし、北に向かうぞ!』

 

『東。了解した。まー、このまま海眺めてても暇だったからなー』

 

 東からの応答。

 さすがの幼女先輩も海からは来れなかったということか。

 ボートを運転しながらだと撃てないからな。

 残りの一名が気になるところではあるが――、幼女先輩を排除するのが最優先だ。

 

 ん?

 

 南はどうした?

 

『おい。南。応答はどうした』

 

 応答が来ない。トイレにでも行ってるのかと思い、画面を見つめることコンマ数秒。

 

 オレはあることに気づいて驚愕する。

 10名だった残存人数はいつのまにやら9名になっていた。

 

 南がやられていた。




遅れてごめんね。
ゴールデンウィーク中には、なんとか今の章は終わらせたいです。はい。

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