あさおん・オブ・ザ・デッド   作:夢野ベル子

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ハザードレベル62

 最終決戦だった。

 

「幼女先輩がいまいるのは間違いなく北側だよね」

 

 ボクはアサルトライフルから手を離して、ふたりを仰ぎ見る。

 

「ここまできたら後は優勝までがんばりましょう」

 

 と、命ちゃん。

 

 いつものクールな調子とはほんのちょっと違う。

 自信に溢れてるってわけでもないけれど、本当に幼女先輩に勝つつもりなんだ。

 

「わたしにはヒロちゃんをお家にお連れする使命がありマース」

 

 同じく乙葉ちゃん。

 こちらも上気した顔で、興奮しているみたい。

 白人の血が半分混じってるせいか、抜けるようなほっぺたが赤くなっている。

 

「そうだね」とボクはうんうん頷いた。「ボクたちは素人の集団なんだから、できることをやろう」

 

 命ちゃんのゾンビ戦略によって、周りはゾンビがぽつぽつとうごめいている。

 あまり派手な動きはできないし、最後の銃撃戦はきっと一瞬だろう。

 

 あとは――『奇策』。

 命ちゃんが思いついた作戦のひとつだけど、こちらはうまくいくかな。

 わからない。

 

 でも、手を抜くつもりはない。

 

 ボクたちはピンクさんの助言に従い、既に散開している。

 北側に向けて、扇形に広がり、少しでも死亡リスクを減らしている。

 飽和攻撃が一番重要だ。

 でも、向こうの位置がわからない。

 こちらだってしゃがみの姿勢だから、わからないはずだ。

 動けば、麦畑がほんのちょっと不自然に動くだろうけど、動かなければ問題ないはず。

 

 ゾンビがボクのそば、ほんの数メートル先をうろついていた。

 特に動きが早くなった様子はない。

 

「最終エリアに入りました。あと五分で勝負がつきます」

 

『なんか緊張してきたぜ』『なんでオレ君が緊張するの?』『幼女先輩と直接対決とか栄誉みたいなもんだからな』『われらがヒロちゃんなら……ヒロちゃんなら』『あふれ出る才能で神エイムはできるだろうけどその他が普通だからな……』『むしろポンコツだからな……』『冷静に考えたら、ヒロちゃん何もしていなくね?』『バトロワだからよくあることだ』『幼女先輩ひとりで五十人くらいキルしてね?』『幼女先輩にはよくあることだ』『幼女先輩という異能生存体』

 

 なんだよそれ。

 幼女先輩、あなたは殺しすぎた。

 

 そのとき――、不思議なことが起こった。

 いや不思議でもなんでもないし、太陽の使者でもなんでもない。

 でも奇妙なことに――この状況で命ちゃんが動いた。

 その場で立ち上がり、ダッシュで北側に向かったんだ。

 

 普通の対戦相手だったら三対一の状況。

 エリアが塞がれるまで持久戦のほうがいいに決まってる。

 でも、そんな消極策だと勝てない。

 

 これが最後の奇策。

 

 命ちゃん最後の奇策――。

 それは――。

 狭いエリア内でのさらなるゾンビトレイン。

 投擲武器を北側に投げて、ゾンビ避けを著しく困難にする。

 

 タンっという甲高い音が響いた。

 

 命ちゃんが一撃でヘッドショットを受けた。当然の権利のようにヘッドショット決めるのどうかしてるけど、幼女先輩なら仕方ない。

 命ちゃんは気絶状態になって事実上の交戦能力をうしなった。

 

 コンマ数秒。

 

 命ちゃんはもはや自分のいのちを勝利の天秤へとかけている。

 

「2時の方向です。アイドル。早く!」

 

 乙葉ちゃんもスクっと立ち上がり、さらに投擲武器を投げる。

 瞬時に撃たれた。

 本来なら持ってるグレネード系は全部投げる予定だったけど、一投するのが限界だった。

 

 ふたりが気絶状態になった。あとはもう一撃ずつ加えればふたりは死亡する。

 当然そうするだろうと思っていた。

 

 でも、幼女先輩はその場に居続けることができなかったらしい。

 身を潜めていた麦の海原を越えて、いよいよこちらに向かってきている。

 数十人規模のゾンビの群れをアサルトライフルで片付け――

 

 ボクはここでエイムをあわせ、ん?

 

 けしつぶような何かがボクの目の前に転がってきていた。

 

「グレネード!? ここで?」

 

 ボクがいるあたりをなんとなく扇形の陣形から逆算された?

 

 瞬間的な判断で、転がりまわり、ボクはその場を飛びのいた。

 

 ドオオオオンという音が近くで巻き起こる。

 間一髪だった。プロテクターレベル3がなければ少なくないダメージを負っていただろう。例によって、ガチガチに装備を固めている姫プレイじゃなければ、今ので終わってたかもしれない。

 

 でも――。

 

 こちらを探し回っていたゾンビたちが、一斉にこっちを向いた。

 幼女先輩と同じ状況になったといえる。

 必死に近くのゾンビたちを排撃する。

 こちらはまだ数は多くない。冷静に排除すれば、こっちのほうが先に攻撃できるはずだ!

 

『ああ、やっぱりゾンビ風呂は最高やなって』『こうなってくると、近くにいるゾンビをまずは排除しないとさっくり食われるからな』『幼女先輩の無双っぷり』『ヒロちゃんもなかなかがんばってるな』『後輩ちゃんたちが先にゾンビたちをひきつけたからだぞ』『これは攻撃態勢が整うの、ほぼ同時か』『熱い展開』『どっちが早く照準合わせて撃つかってやつか』『エイム力だけならヒロちゃん最強説あるからな』『謎のエイム力か』

 

 そう、エイム力だけなら――。

 ゲーム自体はさほどうまくないボクでも、ゾンビになったことで素の能力は引き上げられている。その最たるものが、動体視力。

 

 いまの手榴弾が投げ入れられたのだって、普通の人はたぶん音で気づく。

 でもボクは見て避けるの余裕でした。

 

 そして、身体制御能力もあがっている。

 精細なエイムも可能だ。

 これだけなら、幼女先輩にも引きをとらないと思っている。

 

 けれど――。

 あ、と思った。

 最後のゾンビを倒しきった後、いざ幼女先輩に視界を合わせて最後の一撃を算段していたら、向こうはもう倒し終わった後だった。

 

 倍ぐらいは向こうのほうが多かったはずなのに。

 やられちゃう!

 

 また、あの甲高いスナイパーライフルの音が聞こえ――。

 

 ボクは死を覚悟する。

 

「あれ? 死んでない」

 

『幼女先輩が場を整えました』『後輩ちゃんと乙葉ちゃん死亡確定』『べつにヒロちゃん撃っても勝てたんじゃね?』『仲間が全員気絶状態になれば必然的に終了だしな』『ああ……幼女先輩がゆっくりと歩いてきてる』『ゾンビうごめく麦畑で天使みたいなヒロちゃんと悪魔みたいな幼女先輩が最終決戦』『控えめに言って神回やな』

 

 そして、幼女先輩はぴたりとその場で足を止める。

 もはや、身を隠すとか戦略とかそういうのはなくなった。

 いろいろと幼女先輩におもんばかってもらった結果かもしれないけれど、ようやくここまで来れたんだ。

 

 あとは――。

 

「そのキレイな顔をぶっとばしてやるからなぁ~」

 

『ここに来て悪役台詞は草』『ヒロちゃんが小学生並の悪態をついておられる』『先生に言いつけますよ』『小学生らしい素直な態度じゃねえか』『どっちかというとあっさり倒される雑魚の台詞』『ヒロちゃんは小悪魔の素質あるよ』『お兄ちゃんはヒロちゃんの将来が心配です』『勝利を!』『ピンクはヒロちゃんの勝利を信じてる!』『先輩勝ってください』『わたしもヒロちゃんが勝つと信じてマース』

 

 みんなが応援してくれてる。

 ほんのわずかな間の、幻みたいな関係かもしれないけど。

 ボクはみんなから応援してもらって、後押ししてもらって、ゾンビとは異なる連帯を感じていた。

 

 そう、こういうのをなんていうか。知ってる――。

 

 負 け る 気 が し な い 。

 

 あ、ヤバ。フラグだわそれ。

 

 絶対に勝つ!

 

 これぐらいでいいんだよ!

 

「いくぞぉーーーーっ!」

 

『いかないで』『STAY』『いきなり止めるなww』『最後の一撃は』『せつない』『どっちが早撃ちできるかっていう単純勝負』『現実世界もゾンビだらけなのになんでゾンビ配信見てるんだろうな』『唐突に我に帰るなよw』『この速さなら言える! ヒロちゃん大好き!』『オレもオレくんのこと好きだよ』『アッー!』

 

 ゾンビ特有の超集中でもって、いまある既存の時間を緩やかにする。

 これはもしかたら特異的な時間操作も入ってるのかもしれない。

 水の中にいるみたいに時間がゆっくりなって、幼女先輩の腕がわずかずつ上がっていくのをボクは知覚する。

 

 これならボクのほうが速い!

 

 ボクは映画マトリックスみたいに超反応でマウスを操作した。

 幼女先輩の頭蓋にエイム。

 あとは、左クリックを押す!

 押せ! 勝った!

 

「あ?」

 

 カチリという音が無常にも響いた。

 いまだ加速装置をつかったみたいにゆっくりとした知覚状態だったボクは、だからこそ、その状態に恐怖した。

 

 ゾンビに足をつかまれていたんだ。

 たった一匹倒し損ねたゾンビに足をつかまれて、"ふりほどき"の動作に入ってしまっていた。

 

 こんな――、こんなところで。

 ゾンビさんに裏切られるなんて。

 当然、そんな大チャンスを幼女先輩が逃すはずもなく、最後はあっけない幕切れを迎えた。

 

『あーあ』『ゲームのゾンビは厳しかったよ』『普段ゾンビを操れるからこその慢心』『エイムだけならギリ勝ってた気がするんだけどな』『明日があるさ』『ヒロちゃんの初めてのバトロワを見れてよかった』『え、一回で終わり。二回戦あるだろ当然』

 

「みんな、お疲れ様ー。二回戦はちょっと疲れたらから休憩してからにするね。あと、幼女先輩優勝おめでとうございます!」

 

 みんなすぐにでも二回戦を始めたそうだったけど、案外いいところまでいけたからボクとしては満足です。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

 みんなで、ゲームプレイの感想を言い合ったり、みんなのプレイを振り返ったりしているのも楽しい時間だった。

 

 こんなに多くの人と楽しい時間を共有したのは、あとにも先にも初めてだ。

 いろいろあって、人間不信になったボクだけど、やっぱり、ボクには命ちゃんや雄大だけじゃなくてさ、みんなも必要なんだ。

 

 名前も知らないけど、なんとなくいっしょの時間を共有できる人たちとして、ヒロ友のみんなが必要なんだ。

 それはきっと独りよがりな喜びなんだろうけど。

 一瞬だけの激しい花火のようなうれしさというよりも、鈍い喜びが充満している感覚。誰かといっしょに楽しさを共有できるって楽しいよ!

 

 ボクはそんなことを思っていた。

 

『ところで優勝商品はいつもらえるのかな?』

 

 にぎやかなワイワイとした配信画面の中で、幼女先輩が控えめにコメントを書いてくれてる。今回の優勝者。悔しいけど、その実力の前では素直に賞賛の気持ちしか湧いてこない。

 

 ほんの冗談で言った『好きな言葉を言う』という商品だけど、幼女先輩もほしかったのかな。

 

 そうだと、少しだけ恥ずかしいけどうれしいな。

 

「えっと、いつでもいいですよ。幼女先輩が言ってほしい言葉ってなんですか」

 

『わたしがヒロちゃんに望むのは、ある質問をして、ソレに対する答えかな。答え方は自由でいい。感じたままに答えてくれればいい』

 

「うーん? どうぞ」

 

 よくわからなかった。

 でも、なんにせよボクは素直な気持ちで答えるだけだ。べつに幼女先輩が優勝しなくても、そうするしかないしね。

 

『質問は簡単だよ。君はこれからも配信を続けたいかな?』

 

 予測していたよりもシンプルな質問だった。

 

 ボクは配信者としてもまだまだヒヨコ状態で、たまたまゾンビ能力がみんなに求められてるからこそ見られてるだけの一発屋に過ぎないと思う。

 

 きっと、ゾンビがいない世界なら、ボクは無名のままだったろうなとも思う。

 

 でも、それでも――。

 

「ボクは続けたいです。みんなといっしょに楽しみたいです」

 

『なんやこれ天使がおる』『ガチ恋』『ガチ恋』『きらめくような笑顔がまぶしすぎる件』『もういまから外に飛び出していってすぐに抱きしめたい』『おっさんゾンビに抱きしめられるだけだぞ』『天使様 天使様 天使様!』『あやしい宗教団体はNG』『はやくゾンビを人間に戻す技術を教えてくれ』『そもそも幼女先輩が聞くべきはゾンビを人間に戻す方法だった?』『いや、幼女先輩は正しいことを聞いたと思うけどなー』『ピンクもそう思います』

 

 みんなもいろいろ考えてるんだろうと思う。

 ボクだって、できることならゾンビを人間に戻したいんだけど。

 いまのところボクにできるのは周辺のゾンビウイルスを死滅させることだけで、日本どころか佐賀県のゾンビを駆逐することすらできない。

 

 幼女先輩にゾンビ浄化の方法論を聞かれてもきっと答えきれなかったと思う。

 

「こんな感じでいいんですか? 幼女先輩」

 

『ああ、その答えが聞けただけでも満足だよ。大切なのは君の考えだからね。いくら、環境を整えたところで、君にその意思がなければなんの意味もない。ゾンビハザードから人間を救うのだって、君がそう思わないと意味がないんだ』

 

「ボクの考え?」

 

『そうだ。とどのつまり、君が人間のことを滅ぼしたくないと強く願えばそうなるだろうし、人間なんて滅んで当然だと思えば、きっとこのままゾンビに押しつぶされてしまうだろう』

 

「人間はゾンビよりも強いと思うけど。幼女先輩も死ぬほど強いし」

 

 というか、幼女先輩が百人もいれば、ゾンビ一億くらい余裕で倒せませんかね。

 それは言いすぎかもしれないけどさ。

 

『ゾンビは先ほどのゲームにおける障害物みたいなもので、本当は人間どうしのほうが怖いよ』

 

 書いてはなかったけれど、人間どうしの殺し合いという言葉が透けて見える気がした。そしてそれはボクもわかってることだ。

 

「そうかもしれない」とボクは答えた。

 

 ホームセンターでの、みんなの言い分。

 みんなの軋轢。

 人間どうしのいさかい。

 

 そういうのもボクは見てきたし、感じてきた。

 

 ゾンビが最終的に侵入してきたのは結果で、みんなが死んだのはゾンビじゃなくて人間同士の抗争が原因だ。

 

『楽しい配信で空気の読めない発言をするようで悪いが――、人と争うのはいつだって人だ』

 

「ボクもそう思います」

 

『でも平和になりたいと願うのもまた人間だからね』

 

「幼女先輩は大人ですね」

 

 幼女先輩ってハンドルネームだけど、その応答はいつだって落ちついた大人の人を思わせた。そもそも大人の冷静な判断能力がないとあそこまで戦闘能力が極まってないと思うけどね。

 

『わたしなんてまだまだひよっこもいいところだよ。でも君のような子どもが他人の幸せを願えるのなら、大人としてかっこつけたいとは思うね』

 

「幼女先輩はかっこいいですよ。実際」

 

『幼女先輩がヒロちゃんにかっこいいといわれて嫉妬』『ピンクも嫉妬』『ピンク、おまえは休め……』『実際、最強チートキャラだよな。幼女先輩』『幼女先輩という名前はアレだけどな』『まあ幼女というのは最強なのは否めない』

 

『かっこいい大人にはなりたいと思ってるけどね。実際、わたしはまだ独り身だし、どこか自分が大人になりきれていない部分があると思うんだ』

 

「そんなもんなのかな。ボクにはよくわからない感覚」

 

『大人の仕事は君みたいな子がキラキラしたまま生きていけることだ』

 

 つけくわえるように、言う。

 

『いい国っていうのは子どもが笑ってる国だよ』

 

 それはボクもそう思う――。

 

 ゾンビがはびこってる今のこの世界じゃ、子どもは外で遊べない。

 子どもの笑い声のかわりにゾンビのうなり声。

 いい国とはいえないかもしれない。

 

『そんなわけでそろそろ落ちるよ。配信については続けてほしい。その意思は持ち続けてほしい。あとは大人の側はそれを全力でサポートするだけだ』

 

 ふわりとにじませるような幼女先輩の言葉。

 細心の注意が払われて、なおかつヘッドショットのように鋭い言葉がなげかけられているような気がした。

 

 ボクだって生粋の小学生じゃないんだから、多少は世の中の機微がわかる。

 幼女先輩はボクが人間不信に陥るのを心配しているんだろう。

 

 それに配信中はたくさんの人が見ている。

 その影響力も大きい。

 

 混乱を望んでいない幼女先輩の配慮というものが、言葉の端々に見えた。

 

 一抹の不安があったけど、ボクは直接的に聞くのは避けた。

 

 きっと聞いたところでろくな結果にはならないだろうし、そう考えたからこそ幼女先輩もあえて言わないでいるんだろうから。

 

 派閥争いでも起こってるのかなと思う。

 

 ここに来る前にマナさんにも言われてたんだけど、ボクという存在に対しては結局利権として捉えるか、排斥対象として捉えるかに二分されるんじゃないかって話。純粋にゲーム配信を見たいという人はマイナーで、ほとんどがゾンビ的な事柄に収束する。

 

 幼女先輩はきっとボクのことを純粋に心配してくれてるんだと思う。

 

 配信する場っていうのは思った以上に繊細で、もう配信できないとか言われたら、きっとみんな萎えてしまう。

 

 意思確認と決意はもう済んだんだ。

 

 だったら、ボクはこれ以上、幼女先輩に問いかけるべきじゃない。

 

『じゃあ、そろそろ大人は仕事に戻るよ』

 

「幼女先輩。ありがとうございました! また来てくださいね」

 

 少しだけ遅延する。

 その間に、幼女先輩が何を考えていたのかはわからない。

 でも、答えはたった二文字。

 

「ああ」という答えのみだ。

 

 

 

 ★=

 

 

 

「さすがに余暇の時間に配信してただけで銃をつきつけられるとは思わなかったよ。自衛隊はもっとホワイトなイメージがあったんだがね」

 

「スパイ行為じゃないんですかね」

 

「じゃあ、わたしのコメントのどこがどう問題だったのか指摘してもらえると助かるがね」

 

 ここから撤退するとか、配信ができなくなるとか、電気がこなくなるとか、そういう作戦行動に関わることはまったく言っていない。

 

 ただ、配信をファンとして続けてほしいといってるだけだ。

 

 なにも問題はなかろう。

 

 きっと、久我くんはわたしが不用意な発言をするのをおそらく監視でもしていたのだろうがね。

 

 それにわたしとしてはもはや伝えるべきことは伝えた。

 

 あと、わたしができることはわたしのコネを最大限使って、上層部にゆさぶりをかけることだろう。

 

 端的に言えば、今の状況は単なる人間どうしのみにくい派閥争いに違いはない。ゾンビが絡んでるだけで、ゾンビは蚊帳の外だ。ましてや国の宝である子どもなんて、まったく関係はないさ。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

 最後には乙葉ちゃんといっしょに歌を唄うことになっている。

 こころの中では、さっきの幼女先輩の様子が気にかかるところだけど、心配したところでしかたない。

 

 まさかボクを直接的に拉致するってこともあるのかな。

 でも、この場所は比較的安全だし、自衛隊の人がヘリなりで近づいたらさすがに音でわかる。

 

 そのためのまったくの初見の場所。ライブハウスなわけだし。

 いざとなれば、みんなで撤収すればいいだけの話だ。

 

 電気を停止するという線もあるのかな。

 そんな馬鹿なって話でもあるけどさ。だって、ボクの声ってゾンビ避けに効果があるって実証済みなんだよ。厚労省だってそう言ってるくらいだ。

 

 もちろん、少なくない人がネットに通じる設備もない状況で取り残されてるかもしれないけど、そうでない人にとっては、ボクの声は生命線のはず。

 そうすると、電気切れでボクの声や歌を流せなくなったら、多くの人はゾンビになっちゃわないかな。

 

 チラリと命ちゃんを見てみると、あいかわらずクールでわかりにくい表情だったけど、なんとなく幼女先輩の言動の意図するところに気づいているんじゃないかと思う。

 

 対して、乙葉ちゃんは――

 

「どうしたですか。ヒロちゃん」

 

「ううん。なんでもないよ。乙葉ちゃんはどの角度で見てもかわいいね」

 

「ありがとデース。でも、ヒロちゃんもかわいいデース」

 

 どうやら乙葉ちゃんはわかっていない模様。

 いや、もしかしたらわかってるのかもしれないけど、気づかないフリって線もあるのかなぁ。

 

 顔の表情や声の調子がわかる対面と違って、幼女先輩とは文字のやりとりしかしてないからなあ。なんとなくあのホームセンターでの出来事とか、そういう危険な状況、人同士の争いを経験してきてないとわからないような気もするんだよね。

 

 だから、ボクは――、そのまま配信を続けることにした。

 

 大ヒットを飛ばした有名曲を乙葉ちゃんとデュエットする。命ちゃんはギター演奏だ。

 

 いよいよフィナーレが近づいていた。




次回は配信編のラストになる予定。
その後は若干変則的な章を挟もうかな。
このまま最終章突入でも問題ないといえばないけれど。

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