あさおん・オブ・ザ・デッド   作:夢野ベル子

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ハザードレベル65

 温泉施設内は暗く、懐中電灯がところどころに置かれている。

 

 足元をイルミネーションみたいに照らすことで、できるだけ暗闇を払っている。そうしないと、ゾンビ映画では、死亡フラグだからね。

 

 もちろん、ゾンビであるボクにはあてはまらない。

 暗い中でもばっちり見えてる。命ちゃんやマナさんも同じだと思う。ヒイロゾンビのスペックは高い。

 

 通された客間は純和風といった感じで、畳の優しい匂いがした。

 ここも当然暗い。

 でも、オドオドしている自信なさげな女の子が、先行してマッチをつかった。

 膝をついて、火をつけたのは行灯だ。

 四角くて、白い紙が張られた時代劇とかで使われてそうなやつ。中には長い蝋燭が入っていて、わりと長い時間持つらしい。

 

 淡い光だった。

 

 あるいは緩い灯りとでも言えばいいのか、電気の光とはまた違った趣がある。

 

 薄暗くはあるけれど、ボクたちをお客様として扱うってどういう意味なんだろう。言葉どおりの意味というのは、あまりにも人間を善意面だけで見すぎかな。

 

 利益――というのもので動くのが基本だと思う。

 

 その際たるものは、自分のいのち。

 自分が生存するというのが第一であり、優先度の高い事柄だ。

 もちろん、他人のいのちを助けたり、なにかしらの矜持を優先させることもあるのが人間だろうと思うけれど、それは例外的だからこそ尊いのだろう。

 

 つまり、なにがいいたいかというと、あやしくね?ってこと。

 

 命ちゃんをチラ見してみると――。

 

「あ、先輩が私を見てますね。これはそろそろ温泉に入って、私の裸をねぶるように見たいという欲望の現われですか?」

 

「ちがうよ!」

 

 なんなんだこの子は。いつもの命ちゃんか。

 

 えっと、マナさんは?

 

「む。ご主人様がわたしを見てますね。これはそろそろ温泉に入って、えっちなことをしてもOKという流れですか?」

 

「マナさんが変態だということを思い出させてくれてありがとう」

 

「いいえどういたしまして」

 

 ボクたちのコントを見て、女将さん風の女の人がフっと笑った。

 

「なにやら楽しげな関係のようですね」

 

「あ、はい。いろいろと楽しげな関係です」

 

 考えるまでもないけど、一番ちいさなボクのことを先輩といったり、ご主人様といったり、ボクは高校生や大人の女性をはべらしている幼女という、怪しさ満点の存在だった。

 

 でもきっと、なにかの冗談だと思われてるんだろうな。

 

 畳で女の子座りすると、マナさんと命ちゃんが両隣に座った。両人ともボクにしっかり密着しているのはなぜでしょうか。わりとスペースあるんですけど。

 

 対面で正座しているのは女将さんだ。

 

「申し遅れました。わたしは当温泉施設の女将をやっております。多々良明子と申します」

 

 三つ指ついてというやつだ。ものすごく綺麗な姿勢だった。

 

「ボクは緋色です」

 

 さっき言ったけど一応ね。

 

「水前寺マナです」

 

 マナさんわりとボク以外には普通にできるんだよな。幼女的なやりとりがなければ、わりと普通だ。

 

「命です」

 

 命ちゃん声がみごとに沈んでる。命ちゃんだけに。

 人見知りだからしょうがないよね。

 とか思ってたら、ボクのほうに傾いて――傾いて体重かけてる。

 

「み、命ちゃん。ボクが悪かったから」

 

「先輩が変なこと考えてもすぐにわかるんですからね」

 

 だったら、最初に考えた、この人たちって変じゃないかなーっていう思考にも答えてほしかったな。

 

「少しは先輩をみならおうと思ったから――」

 

 と、命ちゃんは呟いた。

 

 ふむん。きっと、ボクの態度が少しは命ちゃんにも染み付いてきたってことかな。ボクって、わりと人当たりはよいほうだと思ってる。ゾンビという特性があるせいかもしれないけど、つまり、チートにおんぶに抱っこされてる安心感のせいかもしれないけど、こちらに害意がなければ、そりゃ人並の態度をとるよ。

 

 こちらからいきなり攻撃したり、敵意をむき出しにしたり、ましてやみんなゾンビにしてしまえなんて思ってない。

 

 とはいえ、利益――、生存という利益に限らず、人間が何か自分の大事な価値観を守るために、他者に利益を欲するのも当然だと思ってる。たとえば、女将さんの背後で座って、疲れた表情をしている三人の女子中学生たち。彼女達は当然のことながら平和な国であれば、労働の対象年齢ではない。

 

 けれど、いまのご時勢、生き残るために、女将さんの部下のような形で働いているのかもしれない。自分の生存のために、労働という対価を支払ってる。

 

 プロテクターと安全ヘルメットをつけた彼女達の姿を見て、ボクはそう結論づけた。まあ、勝手な予想だけどね。

 

 ゾンビだらけの世界じゃ、サバイバル能力高くないとやってけないもんね。この温泉施設は、水も豊富だろうし、それなりに引きこもるには有用なのかもしれない。

 

 侵入者が来なければ――。

 

 そう、ヒャッハーさんみたいな略奪者がこなければの話だ。

 

 いまのボクたちは平和面した侵入者といってもおかしくない。普通なら、さっさと出て行けといわれてもおかしくない。相手の立場からすればだけど。

 

 女将さんがすごくいい人って考え方もあるだろうけど、たぶんボクが幼すぎたんで、様子見しているってところだろう。

 

 だから――、

 

 ボクは交渉することにした。

 

「えっと、ボクたち温泉に入りにきたんです。さっきもいいましたけど」

 

 女将さんはじっと聞いたまま、静かにうなずいた。

 うう。手ごわそうだ。こちらに不用意に情報を渡さないというのは、交渉役としてはやりづらい。

 

「温泉入りたいなぁ……」

 

 思わず幼女になってしまうボク。媚び媚びでも許してください。

 害意はないのはわかってもらえると思う。

 

「温泉ですか……」

 

 じわっと浸透するような言い方だった。

 

 わずかに顎をひいて、ボクをじっと見つめてくる。

 

 威圧感が増していく。

 

「えっと、温泉に入らせてくれたら――、物資補給とかなら手伝えますよ。場合によっては護衛とかもできるかも。ボクたち強いし」

 

「護衛ですか?」

 

 いぶかしげにボクを見る女将さん。

 

 そりゃそうだよね。ボクって見た目は完全に幼女だし、幼女が護衛とかなんの冗談だって話だ。ボクの配信を見てない一般の人の反応としてはすごく当然だと思う。

 

 だから、もはやチートでゴリ押しするしかない。

 

 わかってたけど、ボクは交渉ってあまり得意じゃない。

 

「ボクはゾンビに襲われないという特性を持ってるんです」

 

「ゾンビに襲われない?」

 

 女子中学生たちが息をのむのがわかった。瞳の中にわずかに希望がともった。まあ本当だとしたら、どこか他の場所に移るのも可能だし、場合によっては物資補給もできるしね。

 

 もちろん、ボクが嘘をついている可能性もあるわけだけど、そんなすぐにバレる嘘をついてもしかたないところだ。

 

「もちろん、証明もできます。適当なゾンビさんの傍を通ってみせてもいいですよ」

 

「それが本当だとしたら――、他の避難場所に連れていってくれたりも」

 

 委員長タイプの女の子が口を開き、とっさに口元を手で隠すような動作をした。

 

 女将さんは委員長タイプの女の子のほうに一瞬、視線をはわせ――それからボクのほうに向きなおる。

 

「お客様がゾンビに襲われないというのは、お二方もですか」

 

「そうです」

 

「仮に私たちが外に出たいという場合、私たちも襲われなくなるのでしょうか」

 

「うん。そうだよ」

 

「それを証明することはできますか?」

 

「いいよ」

 

 ボクはみんなに外に出るように促した。

 ゾンビ避けを証明することぐらい簡単だ。外に出れば、まばらにだけどゾンビはいる。

 

 女子中学生ズは、一週間近く暗い建物の中に捉えられていたせいか、まぶしそうに手でひさしを作っていた。あ、おどおどしている女の子は建物から出てこない。

 

「どうしたの?」

 

 って聞いてみても、フルフルと首を横に振っている。

 外にでるのが怖いのか。それとも単純にゾンビが怖いのか。

 おそらくはゾンビ――。

 

 現実的なゾンビは夏の暑さにも耐え抜き、特に腐った様子もないグロなしゾンビなんだけど、その生気のない顔つきや、こちらを見てくるおちくぼんだ目は、見ていて怖いというのもわからなくはない。

 

 ゆったりとした動きで、ゾンビさんを適当にこちらに呼ぶ。

 

 ボクもすたすたとちかづいて、ゾンビタッチ。

 

 はい。大丈夫でしょ。

 

「すごい、本当にゾンビ避けしてる……」

 

 委員長なメガネさんがびっくりしていた。不良少女のほうも同様だ。

 女将さんは表情筋があまり働いていないのか、ほとんど変化はなかった。

 その代わり、女将さんはこちらに近づいてきた。

 ゾンビがまだいるのに、勇気があるな。大丈夫だってこと、少しは信じてくれたのかな。

 

「本当にゾンビに襲われませんね」

 

「うん。ボクは超能力少女だからね」

 

 配信設定だけど。

 

 まあ、ゾンビ避けも超能力なのは間違いない。

 

「ゾンビに襲われないのは、お客様の特性ですか?」

 

「そうです」

 

「誰かにその力を分け与えたりはできるのですか?」

 

「一度死んで運がよければ」

 

 本当は無制限にできるけどね。周りをヒイロゾンビだらけにするのはNGだと思うんです。

 仮にヒイロウイルス――素粒子というかエネルギーのカタマリの特性が、物事の定常化に寄与するものだとすれば、ボクたちゾンビには致命的ともいえる欠点があることになる。

 

 それは――人間じゃなくなるとか、そんなんじゃなくて、もしかすると子どもができないとかそういうこともありうるんじゃないかということ。

 ゾンビは知ってのとおり死んでるから、成長しないってことも考えられる。

 もちろん、頭を撃ち抜かれたら活動を停止するわけだけど、いくら身体が丈夫になっても、なんらかの事故とか、そういうので、少しずつ数が減っていくということはありうるだろう。

 

 つまり――、ヒイロゾンビだけだと、いつかは滅びるかもしれない。

 

 かもしれないというのは、ピンクさんとのやりとりのひとつで、ただの仮説だけどね。

 ボクという存在については、ボク自身も知らないこと多い。

 そもそも、まだ、なんといえばいいのか。月のものが来てないのです。来てないのは永遠に来ないのかもしれないし、わからないのです。

 

 ゾンビになったときの状態で固定化されているかもしれないということで――。

 

 ちなみに、セクハラ発言だけどやむをえず命ちゃんには来ているか聞いたこともあるよ。

 

 その時の命ちゃんの様子は、筆舌に尽くしがたい怖さがあったけど、結論だけを述べると、ありますとのことだった。

 

 ゾンビという時間の固定化は、ある程度線分の時間の中での固定化なのかもしれない。

 

 なんてことを全部ピンクさんがつらつらと言ってました!

 

「で、どうでしょうか。ボクたち温泉入っていいですか?」

 

 べつにここじゃないどこかでもいいけどね。

 温泉なんていくらでもあるし、最悪山の中の源泉湧いているところを掘り進めてもいいぐらい。

 まあ、ボクとしては他生の縁というやつも感じるから、女将さんたちがどこかに行きたいのであれば、手伝うのはやぶさかではない。

 

「温泉に入るのはかまいませんよ。ここはちいさな温泉施設ですが、もともと地元の方の憩の場になることを目指してまいりましたし、もとより来る者を拒まずというのがこのような施設の道理ですから」

 

「やった! ありがとうございます。あ、でも温度とか大丈夫なのかな」

 

 温度調整をもしもヒイロウイルスで行った場合、その温泉が汚染されちゃう可能性がある。

 

「特に問題ございません。源泉かけ流しの状態で適温です。お肌もうるおう美人湯ですよ」

 

「へー」

 

 美人湯とかはどうでもいいけど、ともかく入れるというのはうれしい。

 

「お礼は、物資補給がいい? それとも、町役場にでも行きますか? たくさんの人がそこに集まってるみたいだけど」

 

 時折、ボクの歌声が流れてくるので微妙に恥ずかしいです。

 

「そのあたりはおいおい……。まずは温泉に入られたらどうですか」

 

 話が早くて助かるね。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

 かぽーん。

 

 って、アニメとかの効果音で流れそうなそんな感じの風景だ。

 

 脱衣室で服を脱ぎ、マナさんの胸のふくらみがただの幻想ではないことを確認した。

 

 ボクはいの一番に速攻で服を脱いで、速攻で浴室へと向かいました。

 

 いや――、正確には向かおうとしたところで、マナさんにがっしりと腕をつかまれてしまい、ついでに命ちゃんにも反対の腕をつかまれてしまい、グレイ型宇宙人よろしく、再度脱衣室に連れ戻されてしまいました。

 

 ちなみにボクの貧層な身体はタオル一枚もまとってない状態なので、とっても恥ずかしいです。

 

 で、その場で、なぜかストリップショーをみせつけられるはめになってしまった。

 

 せめて、ということでボクはタオルをまきつけて、脱衣室の壁のあたりに置かれていたちょっとした椅子に腰かけて、目をそらしてはダメらしい。

 

 意味わかんない。

 

 命ちゃんもいそいそと服を脱いでるし。みずみずしい肌は白を基調とした色合いに、ほんのり朱色がさして、ボクに見られて楽しいの? 露出狂なの?

 

 命ちゃんってそろそろ女子高も卒業しそうな年頃だから、普通にちゃんと女の子だけどさぁ。

 

 やっぱりボクの中には妹分という意識が強くて、幼いころからの延長線上にしかないので、興奮するかしないかでいったら微妙どころさんだ。

 

 というか、ボクはなぜ、妹分の裸体をガン見しながら冷静に分析しているのだろう……。

 

 他方で、マナさんについては、やはり見慣れた身体ではないせいもあって、ヤバい。

 

 そして、戦闘力が違いすぎる。

 

 圧倒的ではないか……。何がとは言わないけど。ちなみにボクの戦闘力は皆無に近いです。ほんのちょっとだけあるといえばあるので、戦闘力たったの5かゴミめといわれても納得の大きさ。

 

「ふふ。ご主人様がわたしのおっぱいを見てますね。どうですかぁ」

 

 ひらひらしているブラジャーを右手でプラプラさせて、おしげもなく裸体(上半身)をさらすマナさん。

 

 ヤバい。

 

「わわ。マナさん、温泉施設ではしゃぐのはNGだよ」

 

「そんなこというご主人様はこうです♪」

 

 ブラジャー。ボクの目で眼鏡風にかけられるの巻。

 

「ふっくらぶらじゃーボクにアタック!」

 

「んーんー。ハロゲン元素。ハロゲン元素」

 

 そう。

 

 ハロゲン元素はF, Cl, Br, I, Atなので、語呂合わせで、そういうふうに覚えていたんだ。

 

 人間焦ると、妙なことを口走ってしまうことってあるよね。

 

「照れたご主人様もかわいいです。食べちゃいたいですね」

 

「み、命ちゃん助けて。マナさんに襲われる」

 

「淑女協定を結んでるので無理です」

 

 命ちゃんからはにべもない言葉。

 

「なにその淑女協定って」

 

「マナさんとわたしで、先輩をおいしくいただくという協定です」

 

「なにそれ。ボクの意志は?」

 

 嬲るという漢字は男女男と書いたり、あるいは女男女と書いたりするらしいけど、女女女だったらどうなるんだろう。姦しいとしかいえない。

 

「ご主人様がもしもほんのちょっとでもわたしといいことしたいと思ったら、すぐにおっしゃってくださいね。ご主人様の忠実なるしもべとして、すぐにその願いを叶えますから」

 

「いや、ボクそんなことしたくないし」

 

 たぶん、精神と肉体にズレが生じてるのだと思う。

 男としての精神は確かに今の状態に桃色の発想をしてしまうけれども、肉体的にはたいして興奮しているわけじゃない。この微妙さはきっとクオリアにも似ていて、ボクの『感じ方』だから、誰にも伝えようがない。

 

「わたしはご主人様と合体したいですけどね。命ちゃんもそうでしょう」

 

「一万年と二千年前から愛してます」と命ちゃん。

 

「前世なのそれ?」

 

「私はもともとアトランティスの戦士で、先輩は姫様でした」

 

「二十年後くらいに掘り起こされて黒歴史になるようなやつだー」

 

「まあ冗談はさておき、先輩って肉体的にはやっぱり女の子なんですね」

 

「うん? うん……」

 

「でも、私としては先輩が草食系でも全然問題ないです。草食系を食べるのはいつだって肉食系なんですから。先輩を食べるのは言わば必然です。世の中の摂理なんです」

 

「マナさん。命ちゃんが怖い。助けて!」

 

「淑女協定があるので無理で~す♪」

 

 あかん。これ詰んでる。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

 湯船につかる。はぁ~~~~~~~たまらんね。

 

 日本人なら温泉だろうがという、わけのわからない鉄の意思でもってここまできたけど、確かにそうだわ。やっぱ、温泉最高。

 

 よくファンタジー小説とかで温泉に浸かったり、温泉掘ったり、ともかく毎日お風呂に入るために尽力する異世界転生主人公がいたりするけどさ。

 

 温泉に入って、魂の疲れというかそういうのを洗い流して、生まれ変わるようなそんな感覚。やみつきになりますわ。

 

 はぁぁぁ~~~~~~~~~。

 

 さっきのアレはなかったことになった。

 

 なにしろボクは湯船につかり、リーンカーネーションしたのだ。生まれ変わったのだ。

 

 そう、なにをどうされたのかとか、そんなのは一切ない。

 

 R18問題はないと思っていただこう。

 

 うう……。

 

 旅の恥はかき捨てというから、あえて追加事項を言うと、もちろんボクの身体はふたりがかりで洗われましたよ。スポンジとかないから、手で。

 

 わりと入念に。

 

 髪の毛はシャンプーとコンディショナーをしたあとは、タオルでぐるぐる巻きにしてもらってる。こうしないと、わかめ状態になるからね。

 

 ふぃ……。一応、約束は果たせたかな。

 

 って、マナさん。なんでハンディカメラでボクを撮影しているの? 盗撮ってレベルじゃねーぞ。これ。訴えてやる!

 

「なにしてるのかな~マナさん」

 

「REC」

 

 はは。ワロス。

 

 さすがにボクも怒ってもいいよね。

 

「待ってください。ご主人様」

 

「なんですか。変態ロリコンお姉さん」

 

「あ、その言葉とてもイイ……もっとののしっていただけるといろいろとはかどります」

 

「そう……もう、カメラ壊してもいいってことだよね?」

 

「あ、あ、待ってください。ご主人様、主張したいところはそこではなく……」

 

「ん? なに」

 

 ボク、睨みをきかせます。

 効果をまったく感じないけど、やらないよりはマシかな。

 

「ご主人様はゾンビ映画が好きなのでしょう」

 

「うん。無類のゾンビ好きだと自負しているよ。かつてはすべてのゾンビ映画を見ようと決意したこともあった……」

 

 若気のいたりというやつだ。

 

「では、こういうハンディカメラの特質を活かしたゾンビ映画といえば?」

 

 はっ……。なるほど。あれか。

 

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REC/レック

 

ゾンビ映画の中でも特殊な視点、つまりはカメラを持った一人称視点での作品。カメラのブレやキャラクターの息遣いが臨場感を増す。恐怖演出は抜群だ。アパートという閉鎖空間での出来事なので、このあたりは好き好きがあるかもしれないが、ゾンビが単品で出てくることが多い。ゾンビがたくさんでてきて囲まれて絶望顔するという展開はない。その代わり、カメラの暗視機能を使って闇の中でゾンビがゆっくりと迫ってきたりと、この作品の影響を受けた作品も多いのではないか。

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 って、べつにゾンビ映画だからってなんなんだよ。

 

 撮影許可が下りるとでも思ってんの?

 

「いますぐ戻してきてください。じゃないと壊します」

 

「え~」

 

「もう二度とマナさんとお風呂入らない」

 

「わかりました。しっかりと目に焼きつけておきます」

 

 すごい速さで戻って行った。

 

 でも目には焼きつけるつもりなんだね。べつにそれはいいけどさ。

 ハンディカメラのデータはあとで消すように言っておかないとね。

 しばらくは湯船の中で、じんわりとお湯がしみ込んでいくのを楽しんでいた。

 ふぅ。

 やっぱり落ちつく。そうだよ。みんなボクに興奮しないで、お湯にはゆったりつかるべきだと思います。

 

 命ちゃんはわりと落ち着いているから、そのあたりは安心だね。

 付き合いが長いから、ボクがいやがることは基本的にしない。マナさんもそうだけど、命ちゃんの場合は経験値が違うからね。なにしろ小さなころからいっしょにいたし。

 

 変にドキドキしない。

 

「さて、先輩の先ほどの問いに答えましょう」

 

「ん? なんのこと命ちゃん」

 

「先ほどの人たちがあやしいって話です」

 

「ああ、べつにどうでもいいかなー」

 

 もう温泉入れたし、本当にどうでもいい。なにか物資が欲しいっていったら、何回までは助けますといって、好きなものリストでも書いてもらえばいいし、緊急避難場所に行きたいというのであれば、護衛してあげてもいい。

 

 温泉にはそれだけの価値がある。

 

 昔は入湯するのもその地域の人たちの許可が必要だったって聞くし、そもそも異物であるボクらを受け入れてくれたんだ。無碍にする気はない。

 

「私としては、少し危険な感じがしますね」

 

「ふうん。どのへんが?」

 

「女子中学生たちの焦りというか不安のようなものを感じました」

 

「でも、それってゾンビにいつ襲われるかもしれないって恐怖があるからでしょ。ボクたちは襲われないからそのあたり鈍感になってるのかもしれないけれど、普通なら怖いんじゃないかな。マナさんはどう思う?」

 

 ボクは脱衣室から戻ってきたマナさんに聞いてみることにした。

 意見はたくさん聞いたほうがいいからね。

 

「そうですね~~。ちょっと育ちすぎてるかな、と」

 

「幼女指数のことじゃねーよ!」

 

 まったくもう。マナさんはブレないな。

 

「やっぱり、ご主人様くらいの年齢が一番好きです。小学生は最高だぜ!」

 

「ボク……小学生じゃないんだけどね」

 

「真面目なところ、ご主人様の戦闘力数――お胸の大きさじゃなくて、実際の本当の戦闘力でいえば、銃撃にも耐えきるところなのでしょうから、彼女達がなにを考えてなにをしてこようとも無意味だと思いますね。ちょっとどうかなと思うのが、毒とか睡眠薬とかでしょうけど、その気になればヒイロウイルスで消せるんじゃないですか?」

 

 まあ……それは確かにね。

 

 いくら相手がボクたちより数の有利があるといっても、ボクは彼女達四人を相手どっても楽勝だ。

 毒とか睡眠薬についてはアルコールとかでよっぱらい状態になったりもするから微妙どころだけど、あれはヒイロウイルスでどうこうしようとしなかったからというのもあるからね。

 

 つまり、ボクたちに毒は効かない。

 と、思います。

 

「そもそも論でいえば、ボクたちは彼女達にとって有益な存在のはずだから、そう簡単に害するという結論にはならないと思うんだけど」

 

「んー。論理的思考に従えばそうですけど~。人間っていうのは必ずしも論理的でないですからね。もう世界が壊れてから二カ月近く経つわけですし、常識的に考えてっていうのは通用しなくなってきているんじゃないですか」

 

「うーん……」

 

 ヒロ友たちは少なくとも人間らしさを保有してたように思う。

 とはいえ、他方で、ヒャッハーさんたちに遭遇したりと、かなり危険な目にもあってきてる。

 どっちが人間の姿なのかといえば、どっちもだと捉えるべきなんだろうと思う。

 

 人間って、よくわからない。




このあと、ゾンビモノの回収しきれなかった最後のお約束を回収する予定です。
ゾンビスキーな皆様なら、あ、アレが残ってたなというやつがまだひとつあるはずです。
はい。それです。

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