「ふぅ……」
ボクたちは温泉施設に来ている。
そこで出会ったのは三人の女子中学生と女将さん。
湯船にゆったり浸かりながら、ボクはふと考える。
――三人はどんな関係で?
というやつだ。
女将さんはわかるんだけどね。
温泉施設といっても、微妙に、なんというかレジャー感覚なやつじゃなくて、それなりに古めかしいといったらなんだけど古式ゆかしい感じの施設。
寂れた遊園地みたいな感じで、でもそんなに拡張高いって感じもしなくて、たぶん地元の人が通っていたんだろうなって思わせる。
この温泉施設には女将さんがいてもぜんぜんおかしくない。
だから違和感はなかった。
でも、女子中学生の三人組って――。
なんだろうな。仲良しなのかどうなのかが微妙な感じだ。
たとえば、家族がゾンビ化して家から脱出してきたというパターンはあるかもしれない。
あるいは――。
ボクは思いだす。ゾンビハザードが始まったとき、学校は夏休みだったはずだ。だから、余暇を楽しむためにここに来たんだと思う。
でも、なんでセーラー服なのかな。余暇を楽しむというのなら私服でもいいはずなのにね。
余暇じゃなくて学校行事の一環とかかな。
「んん。ご主人様がぽんやり何かを考えてらっしゃいますね」
マナさんがボクの対面に座っている。
正確には浴槽はプールというほどではないけれども、それなりの広さがある。対面に座っているといっても、数メートルほどは離れてる。ちなみに命ちゃんは隣だ。といっても、こちらもそれなりに距離は離れてるから、必要以上にドキドキはしない。
マナさんはきれいなお姉さんだけど、変態性欲に支配されたロリコンであって、ボクは捕食される側だから、いまいちえっちな気分で見たりはしないんだよなぁ。
見た目だけなら……見た目だけなら!
「ご主人様になんだかひどいことを思われてる気がする……」
「げふんげふん。そんなことないよ」
当然のことながら、浴室は暗い。
電池式なのか、ランプの明かりがほんのりと灯り、やさしく辺りを照らし出している。風情があるし、温泉って感じがして、これはこれで好きだ。
たぶん、あの人たちもきっとここに入っているんだろうな。
身奇麗にしていたから、なんとなくわかる。
「あの三人の中学生たち――どんな関係なんだろう」
と、ボクはなんとはなしに言った。
「ふうむ。気になりますか」
「うん。それなりには気になるかな」
「ご主人様はもしかしてロリコン……じゃないですよね?」
「違います。同属みたいにいわないでよ」
「ご主人様自身がロリですもんね」
「うん。まあ……」
自分の身体が小学生並に縮んだことは否定しようがないし、基本的にマナさんは外貌重視だ。ボクの対面に座っているのも、きっとボクを視界に入れるため。
若干、身の危険を感じなくもないけど、マナさんはボクのいやがることはしない。ゾンビ的な謎の連携能力で悟っているのか、それとも大人としての経験値がなせる業なのか、ボクのこころの動きって、マナさんには筒抜けな気がする。
「む。またご主人様がわたしのことを興味深げに見ている気がする」
ほらね。
ボクは笑い、そして隣にいる命ちゃんにも聞くことにした。
いろんな意見を聞くっていうのは、危機回避には大事だよね。人を避けるばかりが危機回避じゃない。
「女子中学生どうしはきっと知り合いでしょうね。あまり属性的には被っていないように思えますけど、同じ制服を着てましたし、きっと同じ小学校から同じ中学校にあがったんでしょう」
「女の子って同じってことをすごく重視すると思ったんだけど、そんなことないのかな」
三人の印象は結構バラバラだ。
ひとりは不良っぽい感じ。べつに80年代の不良少女ってほどではないんだけど、目つきが鋭くて、やや赤みがかった髪の色をしていて、なんというか粗暴そうな感じ。
ひとりは委員長タイプ。めがねをかけてるから勝手にそう思ってるだけだと思うんだけど、真面目そうな印象だった。
最後のひとりは、おどおどしている感じで、それが素なのかはわからないけど、他人をこわがってるみたいに見えた。陰キャなのはボクもなので、なんとなく親近感が湧く。
最初の不良っぽいのがなんとなく印象的に他のふたりとはタイプが違うんだよなぁ。まあそれは勝手なボクの印象なだけであって、実は一番清楚だったのが不良ちゃんだということもありえるけど。
ただ、もう温泉に入ったことだし、正直なところを言えば別にどうでもいい。
報酬の話はあとまわしにしてしまったけれど、それも今のボクたちにとってはたいしたことじゃない。
そもそも、見捨てる見捨てないでいったら主導権はこちらにあるわけだし……。そう考えてしまうのは、少しばかり酷薄かもしれないけれど。
ふぅ……。暑くなってきた。
「そろそろあがろうか」
「え。もうですか?」
隣の命ちゃんが名残惜しそうに言った。
「温泉まだ入ってたいの?」
「せっかくの温泉ですし、先輩の隣にもっといたいです」
素直なところは命ちゃんのいいところだ。
でも、温泉に浸かりすぎてもふやけそう。
ボクは湯船から立ち上がり、どこか涼しいところはないか探した。
「あー、露天もあるんだ」
見ると、隅のほうから外にいけるようになっている。スライド式の透明なドアがついていて、すぐ入れるみたいだ。
いってみようかな?
「ご主人様。露天風呂に向かわれるのですか?」
「うん。だけどなんでうれしそうなの?」
マナさんは笑顔をこぼしている。
「薄暗いところよりは明るいところで、ご主人様の裸を見たいですからね」
「そうですか……」
まあどこに入ろうと自由ではあるし、ボクは人の自由というのを束縛するのは嫌いだ。自分がそうされるのが大嫌いだからというのが理由。
で、結局みんなで露天風呂のほうに向かうことになった。
ガラリとプラスチックか何かでできた透明なドアを開けると、突き抜けるような蒼穹が目に入る。
「秋空だよねぇ……そろそろ」
「幼女ごころと秋の空」とマナさん。
幼女ごころってなんだろう。
「思えば夏から始まったゾンビハザードだけど、みんなそろそろ大変な時期かもしれないよね」
「わたしとしてはご主人様のこぶりなおしりを観察するのに大変です」
「マナさんの場合、大変というより変態だよね……」
「真面目なことを申し上げますと、食糧という点では厳しい状況になりつつあるでしょうね。日本の食糧自給率は悪くないほうですけど、それも電気が前提ですしねぇ~」
つまり、九州内だと食糧自給すら辛いってことだ。
例えばとあるゾンビ映画だと、牧場とか農場にたてこもったりする。
そこはスーパー銭湯ならぬスーパーど田舎で、ゾンビもちらほらとしか出現しない。害獣をけちらす要領でときたまゾンビを蹴散らし、そして、細々と食糧を生産するということは、なくはないと思う。
でも、電気がなければどうだろう。
ここのように水が湧いてくるところはいいだろうけど、そうじゃないところだったら、蛇口をひねっても断水状態になりかねない。
ちなみに、ボクのアパートで一番難儀しているのはトイレ。
二階まで水があがってこないからね。
ヒイロウイルスによる浸透力で無理やりくみ上げたりしてるけど、こんなことに超能力つかってどうすんのって感じだ。
「電気ってやっぱり大事だよね」
そろりと足さきを伸ばして、お湯に浸かる。
露天風呂も中のお風呂と同じで薬効成分とかは同じだろうけど開放感が違う。
残念ながら、周りは木の柵で覆われていて、景色とかは見ることができないけれど、見上げると切り取られたような空が見えて、それはそれでいいなぁと思いました(小学生並の感想)。
「ふぃ……」
「ゾンビ成分が溶け出しそうな声がかわいらしいですね」
「大丈夫だよ。ヒイロウイルスは溶け出したりしていないし」
汗とか唾液じゃ、あまり感染力は高くない。そこにヒイロウイルス自体はあるけれど、ゾンビ化するだけの感染力を失ってしまう。
マナさんは涙からヒイロゾンビ化したわけだけど、それはマナさんが既にゾンビだったからだと思う。人間はウイルスに対して多少の抵抗力があるみたい。
「ちょっと熱いかな。あまり長風呂してるとゆでだこになっちゃう」
「温度調整ができてないですからね」
命ちゃんが微笑をまじえていった。
いつもより口調が柔らかいのは温泉の薬効成分がきいたのかもしれない。
「温度調整しなくてもちょうどいい温度だっていってたけど?」
「入れないレベルじゃないですけど、本来なら水をもう少し足してぬるめに設定するはずです」
「やっぱり温度調整はするんだね」
「まあ、そこのウリが熱湯風呂だったら、話は別でしょうが……」
そんなところは少ないってことか。
ボクとしてもぬるま湯みたいな優しい感じのところが好きだけどね。
やっぱり、電気は必要かぁ。
でも、ボクがヒイロウイルスを垂れ流してしまうと、さすがに温泉が汚染されてしまう気がする。すぐに散逸するだろうけど、汗とかが洗い流されるってレベルじゃない。ここの温度調整機能を使うにはどれくらいのパワーが必要かによるな……。
「温度調整の機械をヒイロウイルスに直接感染させればいけるかな」
「可能でしょうが、わざわざそこまですることもないと思います」
「ここに一度しか来ないんだったらそうだろうけど、何回かは来ることになるだろうしね」
すぐに避難したいというのでなければ、物資を渡すことになるだろうし、そうでなくても、ここは電気を使わなくても入れる温泉施設。
何回かは来たいなと思ってる。アパートのすぐ近くだし。
「ボイラー室みたいなところで、ご主人様が"んッ!"って力んでいる姿を想像するだけでご飯三杯はいけます」
「マナさんが何を言ってるかわからない」
いや本当に。
でも、そんな感じになるのかな。もしも温度調整をしようとすればだけど。
ボイラー室か機械室かわからないけど、そこで力をいれっぱなしにしないといけないのが難点だね。恒常的に電気を作るための設備が必要だ。
「んー。めんどうくさいな」
いちいち地下かどこかにいって――それからまた戻ってきて、元の木阿弥になってる可能性もあるしなぁ。
ボクは意識を下に移す。
ボイラー室の場所を女将さんに聞いてみようかな。
とたんに、ボクはふと気づく。
あれ?
「ご主人様どうかされましたか?」
マナさんはボクの顔を見て、すぐに聞いてきた。
「地下にゾンビがいるみたい」
「まあゾンビモノでは定番ですよね。地下探索とか、そこで突然の遭遇戦とか」
「そういうものかな?」
「そういうものですよ」
違うと思うけど。
確かに、地下道とかを探索するとか、脱出路にマンホール下の下水道とかを使ったりすることはあるだろうけど、ここの施設の地下にすぎないだろうからね。
「おおかた、ゾンビになった人がいて閉じ込めるかたちになったんじゃないかな。わざわざ倒す必要もないしさ」
「すぐ近くにゾンビがいるのにですか?」
命ちゃんが不思議そうに聞く。
「まあ、地下にいるってことは家族とか従業員の人なんだろうし、閉じ込めておけるのなら閉じ込めておきたいってところなんじゃ?」
「それならわかります」
「うん」
まあ、地下にゾンビがいようがいまいが、そもそもゾンビに襲われないボクたちには関係ないところだ。
地下の人をゾンビから戻すというのも温泉の代価にはなりそうだけど、どうしよう。もしその人が人間的に生存できないほど損傷していたらヒイロゾンビにするしかなくなるけど、アパートのみんなと違って、好き勝手にぽんぽん増やすのは――やめたほうがいいよね。
まあそれも交渉次第か。
もうそろそろ限界が近かったボクは、お風呂をあがって、石畳のところに腰掛けることにした。
「ご主人様が無防備すぎて、わたしとしては少々心配です」
いまのボクはタオルもつけてないし、そう思われるのも無理のないところかもしれない。でも、こんな小学生のからだに欲情するのは、目の前の変態お姉さんだけだろうし、お姉さんは女の人だからべつにいいって感じ。
少し恥ずかしい気持ちはあるけど――、なんというか男としての意識が残ってるボクとしては、見られるということをそんなに意識していないってことかもしれない。配信のときはそのあたり結構意識してたんだけどね。
マナさんは家族みたいなものだし。命ちゃんも言うに及ばず。
「む……」
と、ボクは視線に気づく。
変態ロリコンお姉さんでも、命ちゃんでもない。
「あッ!」
そう――、ゾンビさんでした。
柵の一部が破壊されていて、ささくれだったようになっている。
ちょうど風呂桶みたいな構造で、長い板が鉄かなにかの針金上のもので固定されているような感じなんだけど、材質はあくまでも木で、わずかな隙間が開いている。その隙間に手か何かを入れて、少し歪んでしまっている感じ。
そこから、たまたまなのかゾンビさんがこっちを覗いていた。
「目と目が合う瞬間……」
いや、ゾンビさんに意識はないはずなんだけど、ゾンビから戻すと覚えていたりするからなぁ。
いまこのときの情動として、覗いているという意識はないはず。
でも、もしもゾンビから戻ることがあれば、きっとこの瞬間を思い出すことはできるだろうな。飯田さんみたいにぼんやりしている例もあるみたいだし、個体差はあるみたいだけど。
ともかく、そんなことを考えると微妙に恥ずかしい。
「も……森にお帰り」
ゾンビはくるりとその場でユーターンしていった。
「あー、先輩ってもしかして、女の子の意識が出てきてるんじゃないですか」
「え、どうしてそういうこというの?」
「だって、今のゾンビ、男だったじゃないですか」
「それが?」
「わたしたちに見られても恥ずかしくない。イコール、同性だと認識しているからでは? 逆に男の人に見られるのが恥ずかしいというのは、先輩の意識が女の子のほうに傾いているから、とか」
「ち、違うよ」
そんなことないはずです。
だって――、だってそれはさ。
「家族みたいに思ってるから」
そう、マナさんも命ちゃんも、ボクの家族みたいなものだし。
家族に裸を見られても……、恥ずかしいけど、そこまでじゃない。
恥ずかしいけどね。
ボクに迫ったりしてこない限りは。
ゆっくりと温泉にいっしょに入るぐらいなら。
たいして恥ずかしくもないってことなんだ。
「わたしは別の意味で家族になりたいです」と命ちゃん。
「うちのご主人様がかわいすぎる……」とマナさん。
「同性婚はいまの日本じゃ認められてません」
「日本政府もそろそろ崩壊寸前でしょうし、神聖緋色帝国では認められるということにします」
「勝手に立国しないでよ……」
「命ちゃんとご主人様が結婚したら、どっちが夫なんでしょうか。ご主人様?」
「そこは考えるところじゃないよ」
その後もわちゃわちゃと楽しみました。
☆=
脱衣室にはマッサージチェアと、例によってコーヒー牛乳とかが置かれてる例のアレがあったんだけど、残念ながら中身は空だった。まあ食糧とかは全部ひとまとめにしているだろうし、そこはしかたない。
自前で持ってきたスポドリを飲むことにする。
「マッサージチェア……動かそうかな」
「マッサージくらいなら、わたしがやりますよ」
マナさんがすごく楽しそう。きっと幼女の柔肌に合法的にさわることを妄想しているんだと思う。とっさになんて言葉をかけたらいいかわからなくなっちゃったよ。
「ちょっといい?」
入り口のほうから声がかかった。
声の感じからして、女子中学生ズの誰かなのはすぐにわかった。
見ると、女の子が入り口のドアのあたりで腕を組み、背中を壁に預けている。
不良少女だ。茶髪なんだけど、染めたのか脱色したのか微妙な色合いをしていて、あいかわらず目つきが鋭い。
もちろん、不良少女っていうのはボクの勝手な印象だけど。
「どうしたの?」
と、ボクは聞く。
少し緊張しているのか。その子は少し間をおいた。深呼吸をひとつ。
「わたしは、大山正子」
いきなり名乗るのか。
わりと礼儀正しいのかもしれない。
「ボクは夜月緋色だよ。なにか話があれば聞くけど? 代価の件?」
「そう」
ひとりで来たのがおかしいなって思ったけど、思いつめたような顔をしている正子ちゃんを見ていると、問いただすのもどうかと思った。
「座ろう」
とりあえず、そこらにおいてある籐でできたリクライニングチェアにすっぽり収まって話を聞いてみることにする。
「他の子たちはどうしたの?」
「おばさんと料理つくってる」
「おばさんって女将さんのこと?」
うなずく正子ちゃん。
不良っぽいと思ったけど、目つきの鋭さを除けば案外サバサバした性格の普通の女の子って感じだな。
「料理ってボクたちのために作ってくれてるの?」
「そう。けど、おばさんがなに考えてるのかはわかんない」
「んー」
お客様は神様ですっていうのはさすがにないだろうしね。
「ありうるとしたら、それこそ代価のことじゃないの?」
代価を吊り上げるってことは原理的に不可能だけど、ボクたちの心証をよくして、代価をよくしてもらおうという発想はありうるはずだ。
「おばさんはべつにここを出て行きたいと思ってるわけじゃないと思う」
「ふうん……住み慣れたところだから?」
ボクもアパートから出て行きたくはないし、人は場所に縛られるものだと思う。縁もゆかりもないところにいきなり住みかえるっていうのは難しいし、この温泉施設にも歴史があって、でていきたくないとかそんなところ?
「違う」
ほとんど聞き取れないくらいの小声で正子ちゃんは言った。
「じゃあどうして?」
「おばさんには子どもがいたんだ」
「いたってことは今はいない?」
「そう……今はいない。令子はゾンビになってしまったから」
正子ちゃんはとても正確なことを言ってるように思う。
ゾンビは人間じゃないし、ゾンビ状態だと心は駆動していない。
つまり、死んでいるのと同じ。
だから、いないと言っている。
「女将さんは、えーっと、その……令子さんがゾンビだからここから動きたくないってこと?」
「そうだと思う」
「じゃあ、代価は物資補給になりそうだね」
「わたしは――、おばさんはきっとわたしたちのこともどこかに行かせたくないんじゃないかと思ってる」
「労働力としてみてるから?」
子どもを働かせるなんて、労働基準監督署はなにをやってるんだろう。
なんてことを思ったりもするけど、まあ冗談です。
でも、働きたくないって思ってるひとを働かせるのは反対だ。
特に子どもはやっぱり働くには早すぎる。人生において学生時代っていうのは、たぶん長い長い余暇みたいなもので、一番時間があるときだろうからね。
その時間を不当に奪うのはよくないと思います。
余暇は必要。よかですか?(唐突な佐賀弁アピール)
命ちゃんがじーっとこちらを見てくる。
ボクのこころを読まないでよ!
まあ、正子ちゃんにはさすがにボクの激ウマギャグは当然伝わるはずもなく、沈痛な面持ちで呟くように口を開いた。
「そう……労働力としてみてるっていうのは確かだと思う」
「べつにそうしたくないならそうしたくないって言えばいいんじゃない?」
ボクとしては正子ちゃんが自分の意思で出てくってことなら、例えば町役場につれていくのはまったく問題ない。
それで、女将さんが激怒するという展開になってもねぇ。
この温泉施設は使えなくなるかもしれないし、それはちょっともったいない気がするけど、この場にいたくない子をそのまま留めおくっていうのはちょっとどうかと思う。正子ちゃんの意思を尊重したい。
「わたしもちょっと迷ってるところがあって――」
苦しげに、一言一言を噛み締めるように言ってる。
なぜという疑問が湧いた。
けれど、その疑問はすぐに解消した。
「わたしには、令子に借りがあるから……。だから、ここを出て行くわけにも行かないかなって思う部分もあるんだ」
「正子ちゃんがボクに話しかけてきたのは、迷いがあるから?」
「そうかもしれない。あんたたちについていくほうがいいに決まってるけど、おばさんはわたしたちに対して、うまくいえないけど、こころを縛ってる」
「こころを縛ってる?」
オウム返しになっちゃうな。
不良っぽいと思っていたけれど、正子ちゃんはどちらかといえば、意思が強い子なんだろう。
自立心が強いのかもね。
だから、ボクとしては話半分として聞いていた。
女将さんがこころを縛るといっても、尾崎豊の"卒業"みたいに、大人に支配されてるって感じてるだけかなぁって、そういうふうに思っていたんだ。
ボクも中学二年生くらいの時に覚えがあります。
突然、校内にテロリストが乱入してきて、ボクがスティーブン・セガールみたいに無双するってやつだ。
学校の先生たちはあっけなくやられちゃって、ボクがヒーローになるってそんな話を妄想してました。
いまになって考えると、中二病そのものなんだけどさ。
多かれ少なかれ、大人達の決めたルールに従うことの息苦しさみたいなのを一番感じやすい時期なんだと思います。
正子ちゃんも、こんなゾンビだらけの世界になって、しかも中学生らしい女の子のきゃっきゃうふふなライフを送れなくなっちゃったわけだから、その不満が女将さんに向くのも分かる気がするなぁ。
女将さんは厳しそうな感じだもんね。
なんというか、冷たい刃みたいな感じ。
こんな世界だから、こんな時代だから、甘い顔はできないのかもしれないし、火垂るの墓のおばさんみたいに、よくよく大人になって思い返してみると、わりと良い人だったってパターンはありうると思う。
正子ちゃんが女将さんが何を考えてるかわからないってさっき言ってたけど、まさにそういうことなんだろう。
女将さんもよく二ヶ月もみんなの面倒を見てたと思う。
でも、まだ中学生の正子ちゃんには女将さんの苦労がわからないんだ。
反抗心と自立心がブレンドされて、大人になろうとしている中学生って、コミュ障気味な大学生のボクにとってはキラキラ輝いて見える。
なんだかほほえましいな……。
そんなふうに思ってました。
「わたしたちは人殺しだから」
その言葉を聞くまでは。
ゾンビハザード起こったら人殺しくらいたいしたことないって。