あさおん・オブ・ザ・デッド   作:夢野ベル子

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ハザードレベル70

 ボクは女将さんの娘さん――令子ちゃんを人間に戻すことに決めた。

 

 もちろん、出されたイカがおいしかったからじゃない。

 

 イカおいしかったけどね。

 

 なんというか、ぷに度が違う。新鮮さがね、スーパーで売ってるようなやつとは違うのですよ。吸盤が吸いついてくるだけじゃなくて、細胞のひとつひとつが生きているような感じがして、舌のうえでとろけそう。そして、なんか甘い感じもする。もちろん、厳密な意味ではイカは生きてなくてボクが食べたのはイカの死体なわけだけど、イカゾンビというわけでもなく、普通のイカだ。

 ボクがもぐもぐした瞬間にイカゾンビになるなんてこともない。イカを生かして、踊り食いとかなったら食べづらいことこの上なかっただろう。

 ご都合主義としかいいようがないけど、ボクのゾンビ能力ってわりとフレキシブルだよね。

 

 イカしてるぜ……。あ、命ちゃん、そのジト目はやめて。

 

 なにも言ってないし!

 

 って、いつのまにかイカ談義だわ。

 

 まあ――、出された料理がこころを尽くされたものだっていうのは大きい。

 

 料理にはこころがよく表れるように思う。

 

 なんというか、女将さんがそんなに悪い人じゃないかなって思えた。

 

 基本的に命ちゃんと同じく、鉄面皮系の人って、表情に感情があらわれにくいから、言葉を交わしていくうちに少しずつ理解するしかないって思ってるし、話してみた感じだと、わりと普通って感じだった。

 

 もちろん、正子ちゃんから話してもらったとおり、人を殺したという事実はあるのだろうけれども、それもみんなを守るって意味合いが強いみたいだし――、無罪とまではいえないけれど、絶対的な悪ともいえないんじゃないかな。

 

 少なくとも、サイコパスとかそういうのではないというか。

 ひとのこころがわかる人って感じ?

 

 さて、そんなわけでゾンビからの回復ですが、実際問題として、ゾンビから人間に戻す際に問題となるのは損傷の具合くらいだ。

 

 ゾンビ状態のときは、たぶんだけど、寿命とかエネルギーとかの問題が発生していない。

 つまり、時間が停まったような状態になっていると思う。

 そのため、普通だったら致命傷と呼ばれるような状態になったとしても、ゾンビとしては動けるわけだ。

 

 謎だけど。

 

 どういう原理でゾンビが動いているかはまったくの謎だけど!

 

 まあ、ゾンビだし……。

 

 ゾンビはそういうものだとして理解するほかない。

 

 スマホがどうして動くのかわからなくても、なんとなく使えるから大丈夫っていうのと同じだ。

 

 ただ――、ちょっとだけ気になることがある。

 

 今回の令子ちゃんは、人肉モグモグしちゃってるわけだけど、それは人間に戻ったときに大丈夫なのかなって思わなくもない。

 

 人間が人間のお肉をモグモグしないのは、教育とか環境の問題以前に本能的な側面が大きいように思う。

 

 だから忌避感が湧くわけで、そういう側面から解放されたゾンビは赤ちゃんのような無垢な存在なんだ。そこが好きって意見もあるぐらい。だから、ゾンビ無罪、ゾンビセーフなわけ。

 

 でも、人間に戻ったら当然、モグモグしちゃったという忌避感が一気に襲ってくるということも考えられるわけで、もしもゾンビだった頃を覚えていた場合、わりと悲惨なことになりそうな気がする。

 

 どっちなのかなぁ。マナさんの場合は、ゾンビのときのこともバッチリ覚えていたけど、飯田さんの場合は曖昧だったりと、案外そのあたりははっきりしないんだよね。

 

「というわけで――、そのときは女将さんがなんとかしてください」

 

 ボクとしては丸投げするほかない。

 

 だって、ボクは令子ちゃんに会ったこともなければ話したこともないし、ゾンビになった令子ちゃんにモグモグさせちゃったのは、女将さんたちなわけだし。

 

 フォローすることはできるかもしれないけど、直接的にはやっぱり女将さんたちが説明するべきだと思う。

 

「わかりました。けれど、本当にそんな……」

 

 疑いというよりは当惑といった視線。

 

 それも無理のないことだと思う。でも、ゾンビ避けしてる時点で信頼はしてもらえてる。ボクの力を疑ってるわけじゃないみたい。

 

「あと正子ちゃんたちも呼んで情報共有してたほうがいいんじゃないかなって思うんですけど」

 

「そうですね」

 

 正子ちゃんたちは、最初何事かと思ってちょっとビクビクしていたみたいだけど、ボクの話を聞くうちにみるみるうちに驚愕の表情になった。

 

「てか、黙ってないでさっき言ってくれればいいのに」

 

 とは、正子ちゃんの言。

 

 正子ちゃんごめん。

 

 言うタイミングってあると思うんだ。

 

 それに、女将さんの心情があのときはわからなかったから、令子ちゃんは放っておいて女子中学生たちを引き連れて脱出という線もなくはなかったから……。

 

 でも、それは言わないほうがいいだろう。

 

「あの……」

 

 細い声でボクに問いかけてきたのは、おどおどしている女の子。

 確か――早成(さな)ちゃん。

 

「なにかな?」

 

「令子ちゃんを戻すのはいいんですけど、それで戻ったらゾンビに襲われなくなったりするんですか?」

 

「ボクは単にゾンビウイルスを自壊させるだけだから、普通にゾンビには襲われるよ」

 

「じゃあ、ここから出て行っても、やっぱり襲われちゃう……」

 

「それはそうだけど、ここよりは物資はそろってるんじゃないかな」

 

 ボクたちが食べたのが最後のイカだったかもしれないし。

 

 思い出すと、唾が舌のうえにでてくる。

 

 いわゆるイカの足であるゲソだけでなくて、耳の部分も短冊切りされた刺身で出てきて超おいしかったな。舌の上でとろける味。

 

 ちなみに、イカの耳のあたり――あの側面のあたりのことをエンペラって言うんだよ。

 

 ラストエンペラーなんちゃって。

 

「先輩……」

 

 み、命ちゃんが呆れた目で見ておられる。なぜに!

 

 まあ……、女子中学生ズがここに残るという選択もあるにはあるけどさ。

 ボクがたまに温泉に来たいから、そのメンテナンスを頼むとか、その代わりにちょっとした物資を持ってくるとか。

 そういう交渉も可能ではあると思う。

 

 でも、ぶっちゃけ面倒くさい。

 人間が必要な物資というのはわりと多くて、快適な暮らしというレベルに達するには、相当程度の支援が必要になる。

 

 町役場にはトラックいっぱいに満載した物資を何度か送ってるけど、それだって、ひとりで消費すれば何か月分であっても、何十人もいればすぐになくなっちゃう。でも、ひとが多ければ探索班とかそういう役割のひとたちも出てくるはずで、外に行けないこの子たちだけの暮らしよりはよくなるはずだ。

 

 もちろん、ボクの歌とかで、ゾンビ避けしてるとしても噛まれてゾンビになったりする場合はあるかもしれない。

 

 みんなゾンビになりたくないだろうけど、いつかの時にはボクが治すから、それまで待っててくださいって感じ。

 

 クソデカレベルアップくんが必要なんです。

 

「緋色ちゃんがここにいてくれたら……」

 

「それは無理だよ」

 

 ボクのお家はここじゃなくて、みんなの待ってるゾンビ荘だから。

 

「早成さん。そんなに我がままを言うものじゃありません」

 

 女将さんがとりなしてくれる。

 ふと思ったのは、おそらく"さん"づけをしたのは、町役場に行くことが内心でかたまったからじゃないかな。

 

 いままで、おそらく女将さんは"さん"づけをしてなかったように思う。

 

 それは、こころの距離が近いからとかじゃなくて、ある意味で彼女達を支配しようとしていたからだ。それは女将さんの娘さん――ゾンビになってしまった令子ちゃんの代替であり、壊れかけた愛情の産物でもあったわけだけど。

 

 対する早成ちゃんは、ぶるぶると震えていた。

 

「あきちゃん。助けて。みんなわかってない」

 

 あきちゃんっていうのは委員長ちゃんのことだ。

 すがりつく早成ちゃんに委員長ちゃんは困惑している。

 肩のあたりに置かれた早成ちゃんの手にそっと手を重ねて、女将さんをしっかりと見た。

 

「早成は、きっと大勢のいるところが怖いんだと思います」

 

「そうだよ!」

 

 ほとんど絶叫に近い。

 

「みんな忘れてる。ここに来るまでに何人も死んでるんだよ。何人も見捨ててるんだよ」

 

――何人も殺してるんだよ。わたしたち。

 

「早成の言うこともわからないでもないけど……、しかたないでしょ。そうしなきゃわたしたちは死んでたんだし」

 

「……きっと、みんな殺されちゃうよ。ここにいたほうが安全だよ」

 

 早成ちゃんのいいたいこともわからなくはなかった。

 

 共感性がありすぎるんだろうな。

 

 人が痛がってるのを見て、自分も痛いように感じる人がいるけど、早成ちゃんもきっとそうなんだろう。

 

 自分が人を殺しちゃったから、自分も人に殺されるかもしれない。

 

 その感覚は人間としては真っ当なものだと思うし、早成ちゃんは単純に怖いんだ。他人のことが。

 

「わたし……こわい。ゾンビが怖い。人間が怖い。死ぬのが怖い。生きるのが怖い」

 

 その場でしゃがみこみ、頭を抱えてうずくまる早成ちゃん。

 

 基本的に他人事なボクは、そこまで共感しようがない。今日あったばかりの人にそこまで思いいれもなかった。

 

 正直、イカがおいしかったとしか……。あ、あと温泉はリラックスできてよかったよ。

 

 そんなわけで、ボクたちは無言のまま早成ちゃんの行く末を見守っていると、最初に動いたのは女将さんだった。

 

 膝を落とし、そっと語りかける。

 

「早成さん。いままでいろいろと怖い思いをさせてしまいましたね」

 

 びくっと肩を揺らす早成ちゃん。

 

 女将さんはそのまま正子ちゃんたちにも視線をやった。

 

「正子さんも、和美さんも本当に申し訳ないことをしたと思っております。温泉施設を閉め、たくさんの方を見殺しにしたのはわたしです。早成さんはわたしの指示に従っただけ、そうでしょう?」

 

 いや違うと思う。

 

 正直なところ、中学生でももう子どもじゃないんだから、責任の一端はあるように思った。

 

 でも、お口にチャックです。

 

 女将さんは早成ちゃんを慰めようとしているだけだろうし、罪の意識を軽くしようとしているだけだろうから。

 

 早成ちゃんは谷底に落ちこんでるみたいな表情で、ようやく顔を上げた。

 

「違う……違うの」

 

「なにが違うのです?」

 

「わたし……わたし、いやで……いやでした」

 

 涙で顔がぐちょぐちょな早成ちゃん。

 

「あの男を殺すよう指示したのはわたしです」

 

 首を振り否定する。

 

「令子のお世話をさせたことですか?」

 

 否定する。

 

「たくさんの人を見殺しにしたことですか?」

 

 否定する。

 

「わたしが早成さんに虐待まがいの扱いをしたことですか?」

 

 否定する。

 

 女将さんは辛抱強く待っていた。

 同年代の娘さんを持つ女将さんとしては、こういう状態に陥った女子中学生の扱いにも手馴れているのかもしれない。

 

 ボク?

 命ちゃんが泣いちゃったときとかはおろおろするしかないよ。

 あんまり泣かない女の子だったけどね。

 

 でも、早成ちゃんが何が嫌なのかは察してしまったよ。

 

「わたしはわたしが嫌……」

 

 たくさんの人を見殺してしまった自分。

 人を殺してしまった自分。

 そんな自分のことを仕方ないと思ってしまう自分。

 

 それが早成ちゃんの嫌なものの正体だ。

 

「早成。そんなの仕方ないじゃない。みんなだってそうなんだよ。早成だけじゃないんだから」

 

 委員長ちゃんが声を荒げる。

 

 早成ちゃんは泣き続ける。

 

「わたし……令子ちゃんのことも……いやだって思ったの。ゾンビになって、うなり声をあげて、わたしのこともみんなのこともわからなくなって、涎をたらして腕をつきだしてる姿を見て」

 

――キタナイって思ったの。

 

 誰も声をかけようがない。というか、やっぱりコレって罪の意識みたいなものが主題なわけで、その人の内心次第だからどうしようもない気がする。

 

 ゾンビがクリーンかそうでないかは非常に議論のしどころではあるけど、それも人間のこころが決めることだからさ。発酵と腐敗は同一の現象だけど人間にとって利益があるかどうかで呼称が違うのといっしょ。

 

 こころの問題だ。

 

「んー。じゃあ、早成ちゃんだけここに残るっていうのは?」

 

 ボクはさりげなく自然に言った。もしかして完璧な解決策じゃない?

 いきたくない早成ちゃんはいかなくてすむし。

 

 あー、早成ちゃんが見捨てられた子羊みたいになってる。

 

「ご主人様がさりげに外道ですね~」

 

 あー、いままで黙ってたマナさんがついにボクにご意見を。

 

「先輩。さすがにそれは人としてどうかと思います」

 

 あー、命ちゃんまで。

 

「なし。いまの取り消し。えーっと、早成ちゃんのこころの問題は置いておいて、とりあえず、令子ちゃんをゾンビ状態から復帰させにいかない?」

 

 そういうことにしよう。

 

 泣き続ける早成ちゃんに、さすがに罪の意識を覚えながら、みんなを地下に促すボクでした。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

 地下はよりいっそう薄暗く、冷たい感じがした。

 ボイラー室はいまは動いておらず、従って機械の鳴る音もしないはずなんだけど、耳鳴りのようなくぐもった音が聞こえてくる。

 

 コンクリートか何かでできた冷たい床。

 コツコツと音が響く感じ。スニーカー履いてるから実際は音はしないけど。

 

 天井あたりは鉄製の配管が伸びていて、それっぽい感じ。

 

 ゾンビが急に出てきて襲われそうな雰囲気だ。ただ、ゾンビが隠れるような場所もない。幅2メートルくらいの細長い通路で、一直線になっている。

 

 ラスボス前の通路って感じ。

 

 地下はどうしようもない昏さをまとっていた。

 

 鉄製の重い扉を開けると、そこは少し開けた部屋になっていて、奥まったところにいました令子ちゃん。

 

 後ろ手にロープで縛られていて、太い配管にくくりつけられている。自由に動ける範囲は数メートルもないだろう。

 

 女将さんの娘さんだけあって顔つきは美人さん。

 

 いまはボクのゾンビ避け能力のおかげで、プレコックス感の漂う顔つきになっておられるけど、もしもその能力をオフにしたら、スーパーの特売セールで突撃するおばちゃんたちみたいにものすごい形相になるだろう。

 

 女将さんたちは、たぶん普段と違っておとなしい令子ちゃんに困惑していた。

 

「令子ちゃんのおなか見るけどいいですか?」

 

 おなかというか、全体的にだけどね。

 

「なぜでしょうか?」

 

 女将さんの疑問ももっとも。

 

「人間としての致命傷を負ってたらゾンビから人間に戻ったとしても死んじゃうから」

 

「噛まれたのは腕だけです」

 

「まあ一応確認ってやつです」

 

 腕に歯型がついてるけど、カサブタになっててもう治りかけてる。

 時が止まっているゾンビだけど、再生能力はあるんだよな。謎だ。

 

 そして、おなかを見ようとしたのは、噛まれていたときに身体の中心部分は致命傷にいたりやすいというのもあるけど、人間を三分の一くらい食べちゃってるということからして、おなかパンパンなんじゃないかなって思ったからだ。

 

 セーラー服をぺらっとめくると、かわいいおへそが見える。

 ぺたぺたと触ってみる。

 さすがに中学生とものなるとイカ腹ではないのはもちろんのこと、乙女の柔肌って感じで、触ってるとすべすべする。

 

「ふむ……」

 

「先輩。さすがに女子中学生に手を出すのはマズイですよ」

 

「小学生と中学生のおねロリもいいですね。わたしは好きですよ」

 

 命ちゃんとマナさんがうるさい。

 

 ボクとしては学術的なですね、知見が必要なんですよ。

 

 それにしても、やっぱり変だな。

 

 おなかまわりは膨らんでるようには思えないし、人間の三分の一程度の質量はいったいどこにいったのだろう。

 

「素粒子レベルで分解されて、純粋なエネルギーになっちゃったんだと思いますよ」

 

「ふうん……」

 

 ボクたちヒイロゾンビは普通にトイレに行くのにね。

 

 まあ、ゾンビを科学しようとしても無駄なのは確かだ。実際にそうなのだからそうなのだという実際論で押し切るしかない。

 

「まあいいや。傷もなさそうだし、戻します」

 

 ぴとっ。

 

 ほっぺたあたりに手を添えたのは、単なる演出だ。

 

 エリアヒールが使えるくらいにはレベルアップしているから、この部屋に入ったときから既に回復は可能だったけど、まあ多少は人間に戻す時間が早いかもしれない。

 

 ものの数秒ほどで、意思の宿った瞳がこちらを見つめてくる。

 

「お……」

 

 お?

 

「おええええええええええええええええええええええええええ」

 

 令子ちゃんはゲロインちゃんでした……。

 

 とっさに飛びのいたんで吐瀉物はかからなかったけど。

 

 危なかった。

 

 そして、さっきからゲエゲエ吐いてる令子ちゃんだけど、人間の指先が口元からポロリとかしてるわけじゃない。本当にゾンビの食事は素粒子化されてる模様。

 

 つまり、でてくるのはほぼ胃液くらいなわけだ。

 

「はぁ……はぁ……」

 

「令子……大丈夫なの?」

 

 女将さんが令子ちゃんに駆け寄る。心配そうな顔つき。鉄面皮も揺らいでいて、いまにも泣き出しそうだ。

 

 が、令子ちゃんは女将さんを払いのけた。

 

「最悪」

 

 それが令子ちゃんの人間に戻った第一声でした。




お船のゲームをクリアしてて遅れました。感謝の三重クルキスクルを毎日数時間。
友軍こないときに突っ込んだのがまずかった。

今週はスピードアップしてがんばる。

この章は町役場でひそかにファンが増えてて、触れ合うみたいなコンセプトなんで、前段部分はそろそろ終わります。
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