あさおん・オブ・ザ・デッド   作:夢野ベル子

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ハザードレベル76

 葛井町長はボクに対して取引をもちかけてきた。

 イケメン顔のナルシスト。

 そして、糸目で笑ってくる強キャラ感。

 

 一体、何をさせられるのでせうか(震え声)。

 

「緊張してるのかな?」

 

「あ、いえ……そうではないですけど」

 

 むしろ隣りにいる命ちゃんのほうが緊張していると思う。

 こういう若い男の人って苦手だからね。

 手のひらをぎゅっと握りこんで全身がこわばってるみたい。

 ちょっとかわいいな。

 あ、微妙そうな顔でこっちを見てくる命ちゃん。

 かわいいと思われたのはうれしいけど、こわがってると思われたのは不満なご様子。

 

 他方でマナさんのほうはリラックスしっぱなしの模様。

 なぜかボクの手を握ってる。

 小さな声で「ご主人様のぷにぷに感がたまらんぜ」とか言ってるけど気にしない方向で。

 

 ボクの味方はいないのか……。

 

「そんなに緊張することはないよ。お互いにできることをすりあわせようってだけさ。嫌なら拒否すればいいわけだし、君にはその力があるだろう?」

 

 確かに、ボクにはチート能力がある。

 ゾンビ避けできる力。ゾンビから回復できる力。

 どちらも得難い能力には違いない。

 つまり、交渉の余地なんてものは最初からなくて、ボクが話の主導権を握ってもいいはずだ。

 

 なのに、なぜか町長は余裕たっぷりな模様。

 もしかして、もとからそういうキャラなんだろうか。

 それとも、ボクの見た目が小学生だから侮ってるとか?

 ありそうだなーとは思うものの、相手はボクのチートも知ってるわけで、普通に考えたら交渉するのに慎重になるはず。

 うーむ。考えてもわからん。

 交渉もバトルと同じく相手との呼吸というのが重要だと思う。

 ボクが口を開きかけた途端、町長が先んじて口を開いた。

 

「君のお願いを聞かせてもらえないかな」

 

 切りかかろうとした瞬間に居合い抜きされたみたい。

 ねっとりボイスで妙に耳に残る感じ。

 ボクは思考をそちらにやって考える。

 

――ボクのお願い。

 

 それは衛星インターネットを使いたいってことだ。

 ネットを使って、ボクの親友である雄大に連絡をとりたい。

 

 ネットが使えても、電話が使えるようになるわけじゃないけど、今の世の中、ビデオ通信ができるアプリがたくさんあるらしい。

 

 ツブヤイターにはその機能はないけど、ダイレクトメッセージでやりとりすればそのあたりをしめし合わせることは可能だろうと思う。

 

 雄大と話したいな。しばらく話してないし。

 

 それに乙葉ちゃんやピンクさんとも連絡をとりたいし、ヒロ友のみんなとも逢いたいな。

 

 だから、ボクは言った。いつものように直球勝負。

 

「衛星インターネットを使わせてください」

 

「ネットが使いたいのかい?」

 

「そうです」

 

「配信をしたいのかな」

 

「配信もしたいけど、何人か、直接連絡をとりたい人がいるんです」

 

「ふむん。なるほど君の願いはわかったよ。しかし――そのためにはいくつか障害がある。そして、それらの障害は、君がほんの少し力を貸してくれるだけで取り除くことが可能だと思うよ」

 

「障害?」

 

「まずは電気。いくらネットをしたくても電気がきてない状況ではネットは使えないんだ」

 

「うん。それはわかる、けど……。発電機とかあるんじゃないの?」

 

「発電機は古臭いのが一台あるだけで、安定供給にはほど遠いよ。それにここの町役場にいる人はみんなヒロ友だ。彼らにも配信を見せてやってほしい」

 

「うん。それはそうしたいけど……」

 

「それはよかった」

 

 パンと膝を打つ葛井町長。

 常からの笑顔がいっそう濃くなって、むしろボクは怖くなる。

 笑顔って、一番攻撃的な表情っていわれてるしね。

 

「とりあえず太陽光パネル100枚かな」

 

「え?」

 

「太陽光パネル知らない?」

 

「いえ、知ってますけど。100枚って?」

 

「太陽光パネルにはいろいろと規格があるところだけどね。だいたいの大きさは1㎡くらいなんだよ。それを屋上いっぱいに敷きつめるとだいたい100枚くらいになる」

 

「それ、ボクにやれってことですか?」

 

「違う違うそうじゃない。もちろん、設置はこちらでやるし、君にやってもらいたいのは太陽光パネルを取り外す時に安全確保をしてほしいってことだね」

 

「安全確保って?」

 

「太陽光パネルがある家とか企業とか、いくつかピックアップしているんだけどね――、そこまでの安全域を確保してほしいんだ」

 

「それって、人間の領域を拡大したいってことでしょ」

 

「そうだね」

 

 うーん。

 ちょっとだけ面倒くさいって思ってしまった。

 正直なところ、労働の喜びを知るにはまだ早いと思います。

 見た目小学生ということもあるけど、そもそもモラトリアムまっただ中な大学生だったわけだし。

 誰かのために何かをすることが尊いことはわかるけど、比較的ダラダラしていたい系です。

 ブラック企業ダメ絶対!

 

「あ、わかるよ。今ちょっとやりたくないなって思ったでしょ」

 

「うっ……」

 

 お見通しですか。

 

「僕もね。基本ニートだったんでわかるんだ。そもそも誰かのために働くなんてあんまり意味がないと思ってたし、できることなら楽しく遊んで暮らして、そのままおもしろおかしく死にたいなって思ってたくらいなんだよ。町長なんてやってるけどさ、本当はやりたくもないんだ。だって僕は僕の美しさを愛でるのに忙しいからね」

 

「そうですか」

 

 最後の一言がなければ、それなりに共感はできるんだけどね。

 でも、この人。自称ニートなわりには、交渉慣れしているな。血筋がなせる業なのか。それともニートっていうこと自体がウソなのか、わりとわからない。ある種の完成されたポーカーフェイスって感じだし。

 

「楽しいことだけして生きていければいいんだけど、そうもいかないのが人間だよね。みんなからの期待もあるし、プレッシャーもある。人が人と関係を持つ限りしがらみができる。できてしまう。否応なくね」

 

 それはそうだと思う。

 

 他者にこころがあると信じるなら、尊重しなければならないわけで、自分勝手にやっていけないことになるから。自分勝手にやってしまう、自分のこころを優先してしまうということは、究極的には他者の存在を認めてないってことで、自分の信条との矛盾が生じる。

 

「町長の立場としてはできるだけみんなに安全と安心を提供しなければならないんだ。だから――お願いするよ。僕の立場としては、君にウソいつわりなくお願いするしかないんだ。ひとりのヒロ友として、ヒロちゃん頼むよ」

 

 ウソをついているようには見えない。

 でも、ボクの交渉能力ってそもそもクソ雑魚なめくじレベルだからね。

 ウソをついていても見抜けるとは限らないんだよな

 

「ボクは……うん、そういうのもいいかなって思うんだけど。太陽光パネルを取り外して持ってくるだけじゃダメなの?」

 

「君は太陽光パネルを安全に取り外せるのかな。超能力で無理やり引き剥がしたら壊れちゃうよ」

 

 剥がすのは任せろバリバリバリって? やめてって言われるのがオチだよね。

 ボクの超能力やゾンビパワーはそこまで繊細ではないし、太陽光パネルは壊れやすいイメージがある。さすがにそれぐらいわかるよ。

 

「じゃあ、誰か専門の人だけ連れていけばいいんじゃないかな。ボクが護衛につけばゾンビに襲われることはないよ」

 

「君は人間の領域が広がるのを良しとしないということかな?」

 

「そうじゃないけど、安全域が広がるのを待ってたら時間かかりそうだよね」

 

 単純にボクは早く連絡をとりたいんだよ。

 それにすぐに配信して大丈夫だよって言ってあげたい。

 ここの安全が確保されるのはいいとしても、ゾンビを押しのけていくとなると、かなりの時間がかかるんじゃないかな。

 

「時間が問題なのかな?」

 

「うん。ここだけの問題じゃないと思うし。早くみんなと連絡とりたいの」

 

「わかった。君の意見を尊重しよう。まずは君の言うとおり、専門のチームを組んで太陽光パネルだけを取り外していこう。それから君が配信したあとに、人間の領域を広げていくというのならどうかな」

 

 あれ?

 

 うん?

 

 ボクの意見って――、確かに専門のチームといっしょに行くのを提案したけど、人間の領域を広げるってことまで了承したっけ?

 

 どうしてそんな感じに話がまとまりつつあるんだろう。

 

 ボクの両隣りにいる命ちゃんもマナさんも何もアドバイスしてくれない。

 なんでぇ。

 

「ご主人様はそもそも人間と交渉したいから、この場に立つことを選んだのでは?」

 

 と、マナさん。

 久しぶりの真面目な顔で言われると、確かにそうかもしれない。

 

 人間の精神には耐久度がある。それは温泉宿にいた女子中学生ズを見ても一目瞭然だった。長い間ゾンビのうなり声を聴きながら怯えつつ暮らしていると、精神がすり減ってくるものなんだ。

 

 かわいそうだなって思った。

 ボクの友達であるヒロ友もそんな思いをしているのなら、できることなら解放したいと思った。

 

 ボクは人間が好き。

 

 そんな単純な理由からここに来たのは確かだ。

 雄大や他の人に連絡を取りたいっていうのも本当だけどね。

 

 だから言った。

 

 なんだかクソ雑魚なめくじな自分の交渉力に、不満はあるけれども――。

 

「いいよ。どれくらい広げればいいの?」

 

「とりあえず、五千人は無理なく住めるようにしたいな」

 

「それって、この町まるごとって感じ?」

 

「そう考えているけど、なにか不都合があるのかい?」

 

「うーん。ボクが住んでるところとかぶったら……」

 

「ヒロちゃんも、もちろん町民だよ。君が何者であれね……。五千人が住めるくらいの解放区を作れば、君の功績は絶大だ。君を悪く言う者はいないだろう。そうじゃなくても大人気の終末配信者だからね」

 

 危険だけど――。

 いずれは接触しなければならないのは確かだ。

 このままゾンビで人間が滅びるのも嫌。

 ボクたちゾンビが人間に滅ぼされるのも嫌。いいようにされてしまうのも嫌ってなると、少しずつ融和していくしかない。

 

 あるいは、ボクが一気にゾンビを人間に戻してしまう力があればいいんだろうけど、今のところエリアヒールをしたところで、数百メートル四方ぐらいが限界かなって思う。ヒイロパワー全開でね。ゾンビ避けは結構広がっていて、数キロ四方なら可能だと思う。これもパワー全開の話。はじっこのほうになるとちょっと曖昧になるかもしれないけど。

 

「わかりました」

 

「納得してくれてうれしいよ」

 

 納得というのとは少し違うのかもしれない。

 少し思っていたのと違う感じがしたから。

 でも、こうやって"少し違う"という思いを呑みこむっていうのがしがらみなのかもしれない。

 ボクも少しは大人になってきた感じがします。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

 大枠が決まったところで一段落。

 場の空気が弛緩しているのを感じる。

 

「ところで――」

 

 葛井町長は再びにこやかな笑顔を向けてきた。

 

「実をいうと、ヒロちゃんにしてもらいたいことはまだあるんだ」

 

「え、まだあるの?」

 

 ボクはふと温泉施設のときのことを思い出す。

 あのときは、ゾンビになってしまった令子ちゃんを人間に戻した。

 そして、この町役場の中にもゾンビになってしまった人が複数いる。

 

「もしかして、ゾンビになった人を戻してほしいとか?」

 

「ああ……それは違うよ」

 

「え、違うの? ゾンビはいるよね?」

 

「ゾンビになってしまった人はいるけどね。実をいうと悪いことをした人たちなんだ。だから、申し訳ないんだけど、今しばらくはゾンビのままでいてもらおうと思ってるんだよ」

 

 悪いことをしてしまった?

 故意にゾンビ化させたってことかな。

 つまり、なんらかの犯罪行為をおかした人を殺してしまったか。あるいは、ゾンビ化の兆候があった人が周りを巻き込もうとしたか。

 

「大所帯になってくるとどうしてもね。悪いことをする人がでてくるんだよ」

 

「泥棒とか?」

 

「うん。まあそんなところかな。泥棒よりはもう少し悪いことなんだけどね」

 

 曖昧な笑いをこぼす葛井町長。

 きっと小学生女児には言いにくい何かなんだろう。

 まあそこをあえてつっつくつもりはなかった。

 そもそも組織化していくにつれてどうしても刑罰権というかそういうのは必要になってくるものだと思うしね。ただ、罰則としての留置とか拘束とかが難しいんだろうなとは予測できる。

 

「ゾンビってエコだもんね」

 

 ボクはそう言って、町長の考えを否定しないことにした。

 あいかわらずの笑顔だけど、少しほっとしているように思える。

 ボクが嫌悪感を示すと思ったのかもしれない。

 

「そうだね。ゾンビはエコだ。食べないし汚れないし、ずっと同じままだしね」

 

 ある意味、死刑を除いた最高刑罰なのかもしれない。

 ゾンビとは、思考禁止刑なわけでして。

 誰だってゾンビにはなりたくないものね。

 

「じゃあ、それ以外のボクにしてほしいことってなぁに?」

 

 こてんと小首を傾げてボクは聞いた。

 

「物資不足なんだ」

 

「トラックいっぱいに積載していても足りないの」

 

「ここの町役場には今、156人以上の人間が暮らしているわけだけど……、たとえば人間はひとりあたり一日に2リットルの水を必要とする。156人だったら単純計算で300リットル必要なわけだ。あの大きな2リットルのペットボトルで150本毎日消費するわけだよ。全然足りないっていうのがわかるかな」

 

「それだと、逆に全然足りないって感じがするけど……」

 

「もちろん、節水したり、貯水タンクにたまった水を使うことでどうにか賄ってるよ。でも、水だけじゃなくて、着の身着のままだったり、娯楽が足りなかったり、ともかく健康で文化的な最低限度の生活を割りこんでる状態なんだよ」

 

「それは――、いますぐ死んじゃうレベル?」

 

「……もう少しは持つかな」

 

 少し頭をひねるようにして、葛井町長は答えた。

 生存という意味では、まだ限界ではないらしい。ゾンビエコ効果で、死んだあとも保存が利くので、仮に全滅しても実をいえばなんとかなったりするけど、事はそういう問題ではないのかもしれない。

 

 要するに、文化――というか。

 生きていて楽しいって思える生活じゃないと人間は病むって話。

 

「じゃあ、みんなに温泉にでも入ってもらう? 多々良温泉宿っていうのが近くにあるけど」

 

「ああ、それなら知ってる。ここから車で10分かそこらのところだったかな」

 

「うん。そこまでみんなを引率していく? ボクから離れないなら、たぶん――、一日くらいならそこらのエリアを自由に行き来できるようにするのは可能だよ」

 

「君はこの場にいながら、ゾンビ避けを実行できるのかい?」

 

「できるといえばできるけど、距離が離れるにつれてだんだん曖昧になっていく感じ。円の周辺に行ってゾンビに襲われても責任が持てないよ」

 

 ゾンビを移動させたりするのって、かなり無意識的におこなってる部分も多くて、自動化されてるから感覚的にここまでできるっていうのが難しいんだよね。鳥がはばたく感覚を人間に伝えるのができないのと同じで、ゾンビを操る感覚って、人間だったときにはない感覚なんで伝えようがないと思う。あくまで、ボクの『感じ』だけど、プログラムを走らせてるような感覚なんだよね。

 

「どこまで襲われないって確信が持てるのかな」

 

「わかんない」

 

 正直、目の前で起こってることじゃないと、なにも確信が持てません。

 

「そこをなんとか……」

 

「眠ってるときとか移動しているときとか、なにかに意識がそれてるときも大丈夫な距離って本当に範囲としては狭いかな。1キロ? くらいは大丈夫かなぁって感じ」

 

「意識すればコントロールできる領域が広がるのかな?」

 

「それはそうみたい。かなりの祈祷力が必要とされます」

 

 祈って念じる必要があるのです。

 本当はダラダラ過ごしているだけで、勝手にゾンビ避けエリアができればそれに越したことはないんだけど、今のボクのレベルだと、この場にいながらにしてというのは相当な集中力が必要に思う。

 

「なるほど……ヒロちゃんに動いてもらう必要があるわけか」

 

「今のところはそうみたい」

 

 仮にレベルがあがって、この場にいながら数キロ四方の大規模ゾンビ避けができるようになれば、ゾンビ荘のみんなを人間に合流させるという意味では有用かもしれない。

 

 つまり、救出されるのを装って町役場に合流できる。ボクとの面識があることさえいわなければたぶんそのまま人間として暮らしていくことは可能だろう。

 

 それも――ありかな。

 

 ただ、ヒイロウイルスもゾンビウイルスと同じく感染力があるのがね。

 気づいたら、みんな人間辞めちゃってましたとか、そういう可能性もあるわけで……。

 それはそれで困りものだと思うのです。

 

 とりあえず、今のところボクにできることは、先も言ったとおり引率だ。

 みんなとぴったりくっついてゾンビ避けをできるだけ意識的におこなうのが一番安全で確実。

 これ以外に方法はない。

 

「物資の補給については、安全域を少しずつ広げていくしかないかも。温泉とか当座必要なものを補給するとかだったら手伝うよ」

 

「助かるよ。できるだけ短時間で済ませられるようにチームを組んで行こう」

 

 人間らしい生活を求めて、差し出された手にボクも手を重ねた。

 しっかりと握手。

 悪魔との契約にならないことを願うばかりです。

 なんとなく悪い人じゃないって感覚はするけどね。




そんなわけでいよいよ人類救済を精神面じゃなく物理面でも始めてしまうのでした。

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