あさおん・オブ・ザ・デッド   作:夢野ベル子

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ハザードレベル77

 葛井町長との話はついた。

 

 なんだかよくわからないうちに人類生存圏の拡大を助けることになったけど、これはボクにとってもある程度折りこみ済みのところだったからまあいいと思う。

 

 生存圏とともに生存権を確保する――つまり、ある程度の文化を取り戻すというのもやぶさかじゃない。文化って余裕がないと生まれないからね。

 

 その日暮らしの生活をしながらなにかを創るのは非常に困難だ。

 ましてや生きるか死ぬかの瀬戸際でマンガ描いたり、歌をうたう人はいないって話。

 そんなの想像するまでもない。

 

 でも意外だったのは、町長もボクの配信を望んでいたことかな。

 町長室を出る間際に言われたのは『ぜひとも配信してほしい』という言葉だった。

 

 

 

「配信したいというのは君からのお願いだったわけだけれども、本当のところは、僕自身もそして町のみんなも君の配信を望んでいるんだよ」

 

 

 そんな言葉でしめくくられた。

 

 もちろん、リップサービスなのは疑いようもないんだけど、それでもうれしかったのは事実。ここ、町役場にいる人たちもヒロ友なんだって思うと、なんとかしなくちゃって思っちゃう。この『なんとかしなくちゃ』っていう心のなかに、みんなにほめられたいとかチヤホヤされたいって気持ちがまったくないかというとそんなわけじゃないけどさ。

 

 ボクの配信を楽しんでくれたってことには感謝の気持ちしかないよ。

 だからお返ししたいって思った。それが心の九割くらいかな。

 

 もしかすると、町長の一流の交渉術の結果なのかもしれない。

 ボクはいつのまにかコントロールされているかもしれない。

 けれど、ボクの気持ちまでは誰にも操れないと思いたい。

 

 それで――。

 

 ボクたちはまだ町役場の中を歩いている。

 

 町役場の中にいるみんなには、ボクのこれからの行動を知らしめる必要があるから、全員集めて説明するらしい。ボクはその場にいなくてもいいんじゃないかって思ったけど、町長曰く『ヒロちゃんから直接聞いたほうが印象がよいよ』ってことらしかった。まあ一部の人たちにはボスゾンビと思われてるかもしれないし、そうじゃないって説明するためには、そのあたりはやむをえない。

 

 ボクわるいゾンビじゃないよってやつだ。やりすぎると天使扱いされるので注意。

 

 アイドルの距離感ってやつかな。

 

 そんなわけで、みんなはホールに集まるように指示がだされたわけだけど、ちょっとの間、フリータイムができたのでした。

 

 ボクはぼっちさんとゲンさんに町役場内を案内してもらってる。お目付け役ってことかもしれない。小学生らしい奔放さを発揮するとでも思われたのだろうか。ちなみに未宇ちゃんはぼっちさんの服の裾を握って、完全消音モード。淡雪のような存在感。見ている分にはとてつもなく和む。

 

 この、あんぼっちめ。

 

 特に気を使わせるつもりもないのか、ゲンさんもぼっちさんも自然体だ。

 

 というか、町役場は生活空間になってるわけだけど、ホームセンターみたいに工夫がみられるわけではないからね。比較的大きめな部屋に何人かが分かれて住んでるって感じで、独りがいい人は小部屋とかに住んでるらしい。

 

 電気をつかってないから妙な雰囲気だけど、窓が大きいから明るい。小学校みたいな雰囲気がある。あるいは浴室であえて窓からの光だけにしているようなそんな感じ。

 

 静謐の空気だ。

 

 ゲンさんもぼっちさんもゆっくりと前を歩いていて、特にボクに対して言葉を重ねるつもりもないらしい。案内らしい案内もない。生活部屋は生活部屋でしかないってことなんだろう。それ以外に説明のしようがない。真顔で『部屋だ』とか説明されても意味がないしね。

 

 どこに向かってるのかはわからないけど、単なる暇つぶしともいえるわけだし、ボクも観光気分であちらこちらをぶらぶらみてる。

 

「ねえ。命ちゃん」

 

「なんですか先輩」

 

「これでよかったんだよね?」

 

「それは先輩が決めることですから、わたしが決めることじゃありません」

 

 予想外にツンな態度でした。

 

 もともとボクが表にでることもあまり好きじゃないみたいだから、そういう態度になるのもしょうがないのかもしれない。この子、究極的にはふたりきりで脱出すればそれでいいと思ってる節があるからな。

 

「常々言ってますけど、先輩は人間に甘いように思います」

 

「そうはいってもさ……。人間助け合いの精神が大事ともいうし」

 

「助け合いっていうのは、ひとりでは生きていけない人間が作り出した心理的な圧のことですよ。先輩はゾンビを操れるし、ゾンビからの回復もできるわけですから、そんな圧からは自由なはずです」

 

「いやボクは自由意志で、太陽光パネルにしろ人類生存圏拡大にしろ決めたわけだし」

 

「そう仕向けられたんじゃないですか。あの怪しい町長に」

 

「怪しいのはそうかもしれないけど、最初から怪しんでたら何も始まらないじゃん」

 

「温泉でたまたまうまくいったからって――、自分が一方的に多大な恩恵を与えられるからといって、他人が感謝してくれるとは限りませんよ」

 

「わかってるよ」

 

 命ちゃんのお小言は耳に痛いけど、確かにそのとおりではある。

 ゾンビウイルスに感染している人を回復させたところで、それが感謝されるとは限らない。

 それどころか、そういう異常な力をもつ人物に関わりたくないって人も出てくるかもしれない。

 

「こーんなにカワイイ生物を前にして糾弾する人とか、そっちのほうが異常だと思います~。また命ちゃんのかわいらしい嫉妬が発動してますよ~」

 

 マナさんはそう言って、ボクを真後ろから抱きすくめるのでした。

 命ちゃんはマナさんの嫉妬というワードに肩をすくめるのでした。

 

「まあ、先輩が小学生くらいに見えるっていうのはそれだけでアドバンテージですね。おそらくほとんどの場合において、かわいらしく両方のおててをあわせてお願いすれば解決しますよ。何か訴えられたとしても、涙目になりながら謝れば、むしろ訴えたほうが悪者になります」

 

「なにそのチート……」

 

 ゾンビチートより美少女チートのほうが強い可能性が微レ存?

 

「それは正しいかもですね。どこかのエライ人も言ってます~~。わたしはあなたの言うことには反対である。しかしあなたが幼女ならどんな主張も守ろう」

 

「どこかのエライ人もそんなことは言ってないと思う……」

 

 マナさんの脳内倫理がわからない。

 

「なにしとるんだ。おまえたち」

 

 ゲンさんの呆れた声。いつのまにか少し距離が開いていた。

 案内してもらってるのにふざけた態度はよくないよね。

 

「ごめんなさい」

 

「べつにかまわん。わしらの一方的な押しつけが多くて、むしろすまんと思っとるぐらいだ」

 

 ゲンさんはあいかわらず渋い顔だった。

 あの場ではゲンさんではなくて代表者である町長が話すべきだし、個人的心情は抑えるべきだったのだろうと思う。

 

「気持ちだけで大丈夫です」

 

「そうか……」

 

 ふっと笑い、少し顔を地面に傾けた。

 そして、また飴玉をもらっちゃった。

 

「お詫びのしるしだ」

 

「ありがとうございます。でも、人類救済計画ってボクも望んでいたことだから、押しつけられたなんて思ってないですよ」

 

「人類九歳計画なら、わたしご主人様を全力で応援するのにな~」

 

 マナさんは少し黙ってて。ここシリアスだから。

 

「そう思ってくれるのなら助かる。わしらの組織も急ごしらえなのでな……いろいろと余裕がなくてな」

 

「みんないつかはヒロちゃんがきてくれるって思ってたけど、少しずつ配給が減っていったりと不安だったからね」とぼっちさん。

 

「外に探索したりとかはしなかったの?」

 

「みんなで持ちまわりとかでやってたらよかったんだろうけどね。ほとんど同じグループというか、本当のところ、僕とゲンさんと、あとさっきいっしょにいた湯崎さんってひとぐらいしか行かないよ」

 

「じゃあ、みんなは何しているの?」

 

 ぼっちさんは少し顔を伏せた。なんだろう。

 口を割ったのはゲンさんのほうだ。

 

「なにもしとらん。そうするだけの気力もないってことなのかもしれんが、ゾンビに襲われる恐怖を抑えて、外に探索しにいこうとする気概をもったやつはおらんよ」

 

 何もしてない。

 つまり――150人近くの人がいながら、実働部隊はたったの3人だけってこと?

 

「なにそれ? よくわかんないだけど」

 

「つまりは、ただ救いを待ってるってことだよ。あのときの僕みたいに」

 

 ぼっちさんが辛そうに言った。

 

 ぼっちさんは引きこもって餓死寸前までいって、最後には自殺を図ろうとしていた人だ。

 

 あのとき冗談めかして言ってたのは、死ぬ前に美少女が助けに来てくれることに命を賭したということだったけれど、ある意味救いを待っていただけともいえるかもしれない。

 

 後悔したんだろうなと思う。餓死しそうになって悔しくて、畳をひっかいたのか爪が少し割れていた。なにもしないという選択を心底恐怖したんだろうと思う。大学生ってモラトリアムの時間が長いから、なにもしない楽しさを知っているのと同時になにかしないとこの先どうにかなっちゃうんじゃないかっていう恐怖もあるよね。

 

 死がひたひたと迫ってくる恐怖とか、孤独のうちに死ぬんじゃないかって恐怖とか。

 幸いにして、ボクには雄大や命ちゃんがいたわけだけど、運が悪ければ本当にひとりぼっちということもありえる時代なんだと思う。

 

 寂しかったのかも……。

 

「な、なんだかヒロちゃんが熱い視線で僕を見ている気がする」

 

 で、なにもしない人が多数派なわけね。

 むしろ押しつけられてるのは、ぼっちさんたちのほうじゃん。

 

「……それはちょっと納得がいかないかな」

 

「僕はあのときのようにはなりたくないってだけだからね。自分で選んでるだけだよ」

 

 ぼっちさんも選ぶ。ボクも選ぶ。

 でも、ここにいる人たちには、そんなぼっちさんの勇気とか響かないのかもしれない。

 

「難しい面もあるのは事実だ」

 

 ゲンさんが完全に歩みを止め、ある部屋の前で止まった。

 その部屋の前にはダンボール箱がうずたかく積まれていて、完全に閉鎖されている。

 ボクにはわかるんだけど、その部屋の中にはゾンビが数人いる。

 町長曰く――罪を犯した人だったかな。

 

「難しいって何がですか?」

 

「ゾンビだらけの町に探索しにいくということは当然、ゾンビに襲われる危険がある」

 

「それはそうですね」

 

 あたりまえすぎる事実。

 

「それでおまえさんがゾンビから回復できる能力を持つということも、みんな知っている。わかるか? ゾンビに襲われたときにゾンビを殺せば、本当の殺人になってしまうということだ。みんなは殺人者になりたくないから、外にでたがらん」

 

「……ボクのせいってこと?」

 

「いや、そうではないだろう。少なくともわしらはそれなりの覚悟をもっておる。殺される覚悟も殺す覚悟もな。みなは覚悟が足りてないだけだろう。そんなことを言うと老害扱いされるだろうがな……」

 

 そう言ってゲンさんが内ポケットから取り出したのは、見慣れた質感のメタリック。

 短銃だった。どこ製なのかまではわからないけど、比較的オーソドックなオートマティックピストルだ。

 

「殺すこともあるんですか? その……ゾンビを?」

 

 つまり、ゾンビの頭を撃ちぬき二度と立ち上がらないようにしてしまう。

 そうすることもあるってことを言ってるんだろう。

 ボクがゾンビウイルスを消滅させてもヒイロゾンビにしても、たぶん二度と起き上がることのない本当の死が待っている。

 

「ある」

 

「それは……ボクの力を信じてないってこと?」

 

「例えばの話――」 ゲンさんが段ボールに背を預けながら言った。「民衆はずっと昔からその欲するところを必ず成し遂げてきたという言葉がある」

 

「そうなんだ?」

 

「中国の言葉だったかと思うがよう覚えとらん。問題なのは、時間がかかるということだ」

 

「時間?」

 

「おまえさんがその力をつかってすべてのゾンビを人間に戻せるとしても、それまでにどれくらいの時間がかかる? 不意におまえさんが息絶えてしまうという心配はないのか? そんな不確かさを抱えながら、それでもなおゾンビに襲われたときに身を守らず、その身を差し出せというのか、という問題だ」

 

「そうは言わないよ。ボクとしてはその人がその人の選択としてゾンビを殺すというのなら止めはしないかな」

 

「その態度は、それはそれで無責任とは思わないか?」

 

「ボクはひとに最大限信じてもらうようにふるまうだけだよ」

 

 というか、それ以外になにかできますか?

 

 でも、ボクが打倒される可能性っていうのはあまり考えていなかったな。ボクがなんらかのはずみで死んじゃったら、ゾンビハザードが収束することはないだろうし、ボクを信じて噛まれるがまま噛まれてゾンビになった人は、噛まれ損だ。

 

 未来がどう転ぶかもわからないのに、みんなに対してボクを信じて噛まれっぱなしでおなシャス! とか言うほうが無責任だと思うし、その選択は人類側に委ねたい。

 

 責任を放棄しちゃってるのかな……ボク。

 

 突き詰めるとコラテラルダメージとかそういうのにつながる言葉なんで、本当のところよくわからないよ。おめめぐるぐるしちゃう。

 

「そうか」と小さくつぶやいて、ゲンさんはしばらく黙ってしまった。

 

「あの、ここに連れてきたのはなんでですか?」とボクは聞いた。

 

「社会科見学」

 

「ああ、小学生のときとかによくあるよね。みかん工場とか……」

 

「そんなもんだ。おまえさんは利発な子だからわかってると思うが、これから先、おまえさんを中心に政治というものがつくりだされる可能性もあるからな。今のうちにそこに触れておくのも悪くはないと思った」

 

「政治ってそんなにおおげさなものなの?」

 

 たった150人足らずしかいないのに。

 

「たった150人って顔をしてるな。しかし実際は、ここでゾンビになっているやつらも政治の結果だとみることもできるわけだ。この部屋にぶちこまれているやつらはみんなそれなりの悪いことをやってきた。詳細は省くが、まあ普通なら十年とか二十年とか刑務所にぶちこまれるような罪を犯したと思ってくれればいい。で、ここで問題だ。いま、刑務所はどこにも存在しない。どうすればいい?」

 

「この部屋みたいにするってこと?」

 

 ゾンビルーム完備。素敵な隣人があなたを歓迎いたします。

 

 ちなみにゾンビルームの隣の部屋は空き室みたいでした。やっぱりみんな怖いんだろう。うなり声も聞こえるから騒音著しいしね。今はボクがいるから静かです。

 

「それもあるがな。量刑という問題もある。量刑とは――、罪に対する罰の妥当性のことだ。わしらは即席でもなんでもかまわんから、罪に対する妥当と思われる罰を制定しなければならんかった。それが――」

 

 政治というわけか。

 

 うーん。なろう系主人公がよく政治とかには関わりたくない面倒くさいっていうけど、ボクもその気持ちがわかっちゃったよ。

 

 こんなの聞かされても、よし選挙にいこうって気分にならないもん。

 

 で、下手したらボクを中心に据えた立憲君主制とかになりかねない。

 

 天使、神様、アイドルときて、王様とか、役満すぎるでしょ。やだよ。

 

「ヤダ面倒くさいって顔してるな……」

 

 ボクってもしかして顔にでるタイプなのかな。マナさんや命ちゃんに引き続き、今日会ったばかりのゲンさんにまで見透かされちゃってるよ。そういえば町長にも読まれてたな。

 

 ボクのメンタルってそんなに読まれやすいのか……。

 

「面倒くさいと思っておっても、そういう立ち位置にいるのは理解しているな?」

 

「うん。まあそれなりには……」

 

「おまえさんがもしも人と仲良くしたいと思うなら、そういう側面での要請もあるってことだ。最大限におまえさんの責任を軽くするやり方で、お飾り的な立ち位置というのもありうるだろうが……、ここまで組織が弱っている状況だと、いろいろと駆り出されることは覚悟しておいたほうがいい。わかるな?」

 

「うん」

 

 ゲンさんの厳しい優しさだ。

 

 ボクは素直にうなずいておく。

 

「ちなみに中にはどうやってゾンビ入れてるの? 何人か既にいるみたいだけど」

 

「ああ、それは簡単だ」

 

 ゲンさんの説明だと、このゾンビ部屋と上の階を無理やり繋げたらしい。

 

 罪を犯した人は上の階に運ばれる。

 

 そして――、ついに出ましたよ。ゾンビウェポン!

 

==================================

 

ゾンビウェポン。

 

ゾンビの血肉に突き刺したゾンビウイルスまみれの武器を人間相手に刺突したりして感染させるという武器のこと。実をいうと映画においてはあまり使われたことはないが、ウェブのゾンビ小説を散見する限りは、結構定番のようである。感染=マストダイな世界であれば、必殺の武器になるといえるだろう。ただし、自分が感染する恐れもある両刃のやいばであることは言うまでもない。

 

==================================

 

 最終的には刺突され、傷をつけられた犯罪者はその穴のあいた部屋の中に放置される。当然、入口は封鎖されている。それでいずれ時間切れでゾンビになったその人は、うろうろしているうちに下の階に落下してしまうっていう寸法だ。

 

 残虐刑じゃないかって議論にはなりそうだけど、これもまた人類の選択だと考えれば、ボクとしては口出ししようがないかな。

 

 町長にもいったとおり、ゾンビってエコだし。食い扶持が減るのはものすごい利点だ。それにいずれは復帰させることができたりもする。

 

 ボクという存在が前提にはなってくるわけだけど――。

 

 あ!

 

 ということは、ボクって既に政治利用されちゃってるってことなのでは。

 

 ね、そういうことでしょ。マナさん。

 

「お。ご主人様がわたしの知見に頼ってらっしゃる予感」

 

「マナさん……っ!」

 

「そういうことですねー。ご主人様が推察されたとおり、ゾンビルームはご主人様の存在が前提なわけです。そうじゃなければただの死刑ですしね。いいじゃないですか。配信のときに死を司る天使とか呼ばれちゃってたわけですし♪」

 

「み、命ちゃん!」

 

「自業自得かと」

 

「うう……そうか。このゾンビルームもボクの選択の結果か」

 

「いや、おまえさんだけのものじゃない。みんながそれなりに考えを集合させた結果だ。いまの状況で最善だと思われる刑法。秩序の維持。それがこのようなかたちになったわけだ。誰のせいでもない」

 

 うう、社会って複雑です。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

 次に案内されたのは屋上でした。

 

 町役場の屋上なんて行ったことないから、なんだか新鮮です。

 ちょうど前行った病院とかの屋上に近い。小学校や中学校とかの屋上にも近くて灰色のコンクリートで直射日光の照り返しがきつい。今の時期でも結構暑いよ。

 

 そして思っている以上に広い。小学生が五十メートル走をできるぐらいには広い。

 ここに太陽光パネルを設置する予定なんだね。

 

 でも、いまは太陽光パネルを置けるような状況でもなかった。所せましと並ぶプランター。プランター。プランター。そのまたプランターって感じで、夏の朝顔みたいな感じで補助的な棒があったりと、結構いろんなバージョンのが置かれてる。

 

「社会科見学はまだ続いているんですか?」

 

「そうだ。ここでは成長の速い野菜を育てている」

 

「太陽光パネルを置いたら、ここのプランターはどうするんですか」

 

「外の畑ぐらいは解放してやってくれ」

 

「町役場の横の畑スペースですか。確かにそこぐらいなら……いいですよ」

 

 あんなのボクの視認だけですぐにゾンビは追いやれるからね。それぐらい接着しているところに畑があるってどんな田舎だよって感じだけど。

 

 そうなのです。この町、田舎なのん。

 

「さっきゲンさんは誰も何もしてないって言ったけど、厳密にはちょっとはしてる人はしているんだよ。外に行くのはできないけど、洗濯とか野菜育てたりとか……、あと子供たちの世話をしてたりもしてたでしょ」

 

 ぼっちさんの言葉にボクは勇気づけられる。

 そうだよね。誰もかれもが完全に何もしていないってわけじゃないよね。

 少しずつでも何かをしようって思ってると思う。

 

 ただ、ゾンビになるのは怖いんだ。

 

「それで、あのでかいのが貯水タンクだ」

 

 ゲンさんの指差した先にはクリーム色をした巨大な貯水タンクがついている。こういう非常事態を見越してなのか。かなりの大きさで、仮に300リットル毎日消費しても、かなりの期間もちそうな感じ。

 

 側面にははしごがついていて、登れるようになっている。ゾンビ映画とかでよく籠城シーンとかに使われるタイプのつくりだ。

 

「これは雨水貯水タンクになっていてな。ある程度の浄水機能もついとる」

 

「電気こなくても大丈夫なの?」

 

「濾過の仕組みだからな。特に電気を使うようなものでもない」

 

「へえ」

 

「中、覗いてみるか?」

 

「え、いいの?」

 

「社会科見学だからな。もちろん。かまわんよ」

 

 ゲンさんが前期高齢者らしからぬ軽快な足取りではしごを登り始めた。

 

 ボクもふわっと浮き上がって追従する。

 

 温泉施設では使う機会がなかったけれど、ボクって普通に空に浮けますからね。

 

「うわ。ヒロちゃんが天使すぎる件……っ」

 

 ぼっちさんが少女みたいに口元に手をあてて感動している様子だった。

 

 まあ確かに配信で見るのと生で見るのは違うだろうな。

 ちらっと、ぼっちさんのほうに振りかえると、ぼっちさんの裾を握っている未宇ちゃんも興奮しているみたい。

 

 なんだか高速で手話をしている。

 

「なんて言ってるの?」

 

「えっと、ヒロちゃんが天使すぎる件……っ」

 

 いっしょかよ。

 仲良しさんかよ。

 ぼっちさんの意訳も入っているんだろうけど。

 

「天使じゃないよ。えーっと、もどかしいな。こんな感じでどうかな」

 

 すたっと未宇ちゃんの隣に降り立って、ボクは空中に緋色の線を引いていく。文字どおりの意味で空中に緋色の線を書いているんだ。

 

――ボクは超能力少女です。天使じゃないのでご注意を。

 

 未宇ちゃんは目を見開き、緋色文字(ヒイログリフ)を凝視して――それに手を伸ばした。

 残念ながら、それは光の屈折率を変えただけにすぎない幻です。触れません。

 

 ぷくっとほっぺたを膨らまして不満顔の未宇ちゃん。

 

 また、高速でなにかを伝えている。

 

 ぼっちさんが翻訳してくれる。

 

「えっと、天使っていうのはみんなそうなんだってさ」

 

「うん? どういうことかな」

 

 ぼっちさんが再び未宇ちゃんとやりとりする。

 ふむふむ。ぜんぜんわからん。

 

 ぼっちさんボクのほうに顔を上げる。

 

「よくわからないんだけど、未宇ちゃんにとっては誰もかれも天使なんだってさ。ヒロちゃんだけが特別なわけじゃないから安心してほしいって」

 

「どういうこと?」

 

「たぶんだけど――、耳が聞こえない子っていうのは、周りから遮断されているんだ。だから――、例えば僕とヒロちゃんが話していても、いっしょのタイミングで笑ったりしても、どうしてそうなるのかがわからない。疎外感とも違うんだろうけれども、自分とは違う世界に住んでるような感覚がするんだと思うよ」

 

 だから――、みんな天使というわけか。

 

 少しさみしい世界観なような気がするけれど、未宇ちゃんの世界は透明でこれ以上なく透き通ってる気がする。それをまちがってるというふうに言い切るのもおかしいかな。

 

「なるほど、わかったよ。ぼっちさんありがとう」

 

「どういたしまして」

 

「でも、みんな天使ならどうしてボクが浮いたのに興味を抱いたんだろうね?」

 

「ああ、それならカワイイ天使のほうがいいってことなんじゃないかな」

 

 むう。照れるぜ。

 

「おい。わし、ここでずっと待ってるんだが」

 

 ああ、ゲンさんを貯水槽の上のところで待たせっぱなしでした。

 

「ごめんなさい」

 

 ふよふよと浮かびながら謝ると、ゲンさんはようやく貯水槽のマンホールみたいになっている上部機構をとりはずしてくれた。

 

 結構な重さで、ギコギコ鳴ってる。バイオなゲームのクランク音に近い音だ。

 重々しいマンホール上のそれを開けると、いよいよ中が見えました。

 

 タンクの中は人工的な井戸みたいなものだから薄暗い。でも夜目が利くボクなら見えます。

 うん。半分くらいは入ってるかな。

 

「節水すれば一ヶ月くらいは持つ」

 

 いまのところはまだ余裕があるみたいだね。




そんな感じで、単に社会科見学しただけで9600文字も書いちゃいました。
スピードまったりしすぎかもしれません。
次はほんのちょっとコンフリクトがあるかも。

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