朝になりました。
お姉さんを抱き枕状態にして眠ったんだけど、なんか癒し効果がすごい。ほんのり甘い香りと、ひやっこい感覚がマッチングしてて、ちょうどいい。
そういやエジプトでは人間の肌のほうが外気温より冷たいから、ぴったりと肌をくっつけることで人間クーラーとしての性能を発揮したんだって。
いまのお姉さんはゾンビ化してて、死体らしいヒンヤリ感が漂ってるので、なおさらゾンビクーラーとしては最適だ。電気が来なくなったときは期待したい。
ていうか――、ゾンビって眠らなくてもいいから通常は目もあけっぱなしなんだけど、さすがに視線というのは気になるものなんだね。睡眠時には目をつぶってもらうようお願いしちゃったよ。
ベッドのところで、うーんと伸びをして、ボクは日課となった歯磨き顔洗いをする。すっきりさっぱり。
朝ごはんでも食べようかなと思うけど、そこまで必要でないようにも感じている。いまのボクは男だったときに比べて低燃費らしい。
とはいえ――、何も食べないのも味気ないかな。
そんな感じでもらってきてた適当な缶詰をあけて、パクつくことにする。定番中の定番であるツナ缶だ。ちょっとだけ醤油をたらして、パクっ。
ん。いけるね。
「ねえ。お姉さんも食べてみる?」
人間もゾンビも臓器の形としてはほとんど変わりはないはずだから、人間を食べることができるなら、他のものも食べることができるはず。
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ゾンビは人間しか食べないのか?
ゾンビ映画の巨匠、ロメロ監督の『サバイバル・オブ・ザ・デッド』では、ゾンビを一種の病気であると捉えて、いつか治る可能性を信じ、ゾンビたちと共存しようとしている一派がいる。その一派が考えたのが、ゾンビ以外の馬を食べさせるということだった。最後の最後にはゾンビが馬を食べるシーンが映される。ロメロ監督の作品はゾンビを基軸にした寓話であると考えられるので、これもまたひとつの寓話なのだろう。ロメロ監督にとって、ゾンビとは大衆のことであり、人間社会そのものをあらわしている。
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ツナ缶をお箸でつまみ、お姉さんの口のあたりに持っていってみる。
今は少しだけコントロールをはずして、ゾンビの本能にお任せ。
うーん。首をゆらゆらと左右に振って、なんだろうって感じで見てるな。
どうやら食べ物として理解していないみたい。
でも、さすがに謎の原理でゾンビになったとはいえ、光合成をしているわけでもないだろうし、エネルギーがいると思うんだよね。
ボクとしては、お姉さんが動かなくなるのは嫌なんだけど……。
人間を食べさせるわけにもいかないし……。
「しかたないなぁ。はい」
口をあけるように命じて、ボクはツナを放りこんだ。
よしよし。
少しの間、変な感じに咀嚼していたけど、そのうちゴクリとのみこんだ。
「うん。食べた食べた。えらいえらい」
少しだけ罪悪感というか。
無理やり食べさせているようで、いやな感じもしたけれど、でも、ゾンビなんだから、そもそも快・不快とか、嫌とか好きとか、そういう感覚はないと思う。
ボクが勝手にそう思ってるだけで、本当はいろいろと考えてるのかもしれないけれど。
「ねえ。お姉さん。もっと食べてね。もしも嫌なら、そういう意思表示をしてね?」
意思を表示しないと、その意思を認めないというのもよくないことだろう。
いちおう、口の中にほうりこんだあとは、吐き出してもいいように命令を解除しているけど、よくわかってない可能性もあるなぁ。
でも、結局、この世界においては今も昔も意思を表示できなければ奴隷になるだけだ。ゾンビのもともとの語源はブードゥーゾンビって言って、人間が死体を奴隷のように扱ったというオカルトからきてるらしいし。
せめて、意思がなく、理性がなく、心がないなら。
ボクはお姉さんの所有者として、彼女のメンテナンスを心がけようと思う。
「さってと……。飯田さんのことは別にどうでもいいんだけど、そろそろ洋服がワンパターンになってきたなぁ。どうしよう」
お姉さんになにか適当な洋服を持ってきてもらおうかな。
今日は一日小学校だし、その間、お姉さんを待機させとくのももったいない。
遠征してもらおう。
頭を丁寧にとかされながら、ボクはそんなことを思う。
心はいっぱしのゾンビマスターだ。
振り返りながら、いいよねって同意をとりつけると、お姉さんは「んあ?」と首を傾けた。
こういう動作は意思があるように思えるんだけどね。
ちなみに今日はなぜかポニーテイルになりました。
お姉さん、わりと多趣味。
☆=
「緋色ちゃん。本当に大丈夫なんだろうね……。信じてないわけではないが」
コンビニについたら、飯田さんはすっかり怖気づいていた。
ゾンビがうろついているなかを小学生女児に見えるボクが突っ切ってきているのだから少しは信じてほしい。
「おじさん。このままここにいても夢はかなえられないよ」
「うう……、わかっちゃいるんだ。でも、正直なところ、緋色ちゃんが時々会いにきてくれるならそれでもいいかなって。君はかわいいし魅力的だ」
「え、かわ? えへ。えへへ。まあボクはかわいいけどね。でも、おじさんは自分の思い通りになるゾンビ人形がほしいんでしょ」
「まあ……そりゃあ、そうだが。私は誰かと心を通わせたいとも思っているんだ。ゾンビじゃ、それは無理だからね」
心を通わせるというのが下半身直結じゃなければ、許せるんだけどね。
ボクははっきりと拒絶の意思表示をする。
「い・や・で・す! ボクはおじさんのことを半分は許してないんだからね」
「悪かったと思ってる。でも緋色ちゃんのことを、あのときはゾンビだと勘違いしていたんだよ」
「どこらへんがゾンビだと思ったの?」
「うーうー言いながら、アイスを漁っているところとか……」
「あー。まあそうかもね」
「背後とかに無頓着すぎるんだよ。ゾンビに襲われない確信があったんだろうけど、普通はもっとビクビクしながら探すもんだよ。私だって、バックヤードから店内に行くときでさえ、緊張しすぎて自分の心臓の音がうるさかったぐらいなんだから」
「うー。気をつけます」
「うん。そうしたほうがいい」
飯田さんは分厚い唇を歪めて笑った。
殴りたいその笑顔。いや、悪い人じゃないんだ。ほんと。
でもさぁ。なにかにつけてスキンシップとろうとしてくるところが、年頃の娘にかまいたい父親のような感じで、ちょっとうざい。
ボクは気分を変えるように、リフレッシュシュを肩下げカバンから取り出した。
そう、今日のボクはカバン装備。
なにかにつけて無防備、無装備すぎたボクは、ついに道具袋を装備することを覚えたのだった!
……遅すぎるって言わないでね。
ちなみにこの肩提げカバンは正直なところかわいくない。
大学の講義のときにも使っていた黒色の無骨なやつで、いまの小学生女児的な体型にはミスマッチ。
でも、わりと分量入るし、何も持ってないよりはマシだろう。
今回の小学校遠征では、もしかしたら手に入るかもしれない物資の補給も兼ねている。飯田さんとはそういう話をした。手に入れた物資は完全な折半を約束している。お部屋の中で飼う予定のゾンビ小学生以外はね。
「さて。そろそろ出発しましょうか」
ボクは自分にリフレッシュシュをかけ、それから同じように飯田さんにも一吹きする。ラベンダーの淡い匂いがあたりに広がった。
ちょっとだけ男臭かった部屋の中がちょっとだけいい匂いに。
まあ――、このバックヤードではお風呂に入れないからね。ボディーペーパーとかで身体を拭いたりはしてたみたいだけど、やっぱり限界があるらしい。
ボクは毎日お風呂に入るつもりだけどね!
「それで、これからどうするんだい」
「うん。まずは腕を少し上げます」
「こんな感じかな」
そう、両の腕をつきだして――、
「それから、足をひきずるように歩きます」
「こんな感じかな」
そう、ブギウギを踊ってるみたいに――、
「で、顔は死んでる感じで」
「こんな感じかな」
そう、まるで豚さんが地面に埋められてるみたいに――、
「完璧じゃん。どこからどう見てもゾンビムーブだよ! おじさん!」
「そ、そうかな。しかし、これは……、腕がわりと疲れるね」
「腕は疲れたらおろしてもいいですよ。まあ適当だし」
「そ、そうなのか……。しかし、このゾンビ避けスプレーの効果はどれくらい持つのだろうか」
「一日は持つかなー?」
効果設定なんてあってないようなものだから適当だ。
あまり長すぎてもありがたみがないし、逆に短すぎてもなんども吹きかけないといけないので面倒くさい。
とりあえず一日ぐらいが妥当だろう。
「じゃあ、ホントにいこっ!」
ボクは飯田さんとともに出発した。
向かう先は近所の小学校。ここから歩いて三十分くらいの距離だ。
ゾンビムーブだと、もっとかかるかもしれない。
途中で面倒くさくなったら普通に歩いても大丈夫ってことにしとこう。
デモンストレーション用にゾンビさんは適当に配置していた。
コンビニ前の細い通路に数体。
飯田さんがわかりやすいくらいに顔を引きつらせていた。
「しっ。静かに……」
声をあげないようにボクは指示する。
べつに声をあげようが、大声で歌おうが、裸になってサンバを踊ろうがゾンビが襲ってくることはないけど、こう言っておかないと、飯田さんが何をするかわからないからね。
しかたがないけれど――、場をコントロールさせてもらう。
飯田さんはボクのいいつけを守り、両の手で口元を押さえた。ああ~~~、美少女がやってたら様になるんだけどね。
それから先ほどのゾンビムーブを思い出したのか、手を口元から話して、獲物を求めるかのような動きになる。
悪くないね。ボクもそんな感じで……。あーうー。
ゾンビモード!
☆=
正直、5分ともたなかったよ……。
ゾンビモードはテンションがもたない。あーうー言いながら、ノロノロ歩くのって逆に疲れる。
結局、ボクはゾンビを通り道から遠ざけて、大丈夫なように装って、普通に歩くことを提案した。
飯田さんもたった数分で腕がプルプルしていたから、その提案はわたりに船だったのだろう。すぐにうなずいてくれた。
今度は潜入モノのゲームみたいに小走りで目標に近づく。
障害物となるゾンビは周りにいないから、わりと早い。サイズの合わないサンダルのせいであまりスピードが出せないけれど、ボク自身は息が切れることもないし、どこまでもダッシュできそう。
まあ――、
ちらりと後ろのほうに目をやると、死ぬほど汗まみれのつゆだく状態になった飯田さんがいるんだけど。
「ま、待って……、ハァハァ……、おじさんくらいの……年齢になると……ハァハァ……無理。不整脈が」
「はぁ……、わかりました。ゆっくりいきましょう」
それでも、そんなに距離は離れていない。
十時くらいに出発したボクたちは、きっかり三十分後には目標地点に到達していた。
小学校はシンと静まり返っていた。いつもは聞こえるはずの子ども達の喧騒が聞こえない。聞こえてくるのは遠くに反響しているようなセミの声と、どこかから聞こえてくるゾンビのうなり声だ。
どことなく少し甲高い。子どもゾンビいるかな?
重い鉄製の校門は大人が通れるくらいのわずかな隙間が開いており、壁の壁面に真新しい赤い血がべったりとついている。
その隣に手形。サイズからして大人かな。
逃げこんだか。脱出しようとしたかはわからないけれど、小学校の中もゾンビだらけな予感がする。
よっしゃ! とボクは思った。
飯田さんの目標確保ができる。
チラっと横に視線をやると、飯田さんは手のあとを見て、がくがく震えてる。
なんだよう……。ゾンビに襲われなかったのは証明したじゃん。
「おじさん。ボクたちはゾンビに襲われる心配はないですから、大丈夫ですよ」
「ん。ああ……そうだね。でも、この『手』の人はどうなったんだろうって思ってね。その人の痛みとかを想像してしまうともうダメなんだ。小学校の予防注射のときも、自分の身体に刺さるときよりも前のクラスメイトが顔をしかめているときのほうが痛みを感じるタイプだったんだよ」
「そうなんだ」
ボクはそこまではなかったな。
他人にまったく共感しないってわけじゃないけれど、他人の痛み――『そのような感じ』というのは、絶対に伝わらないって思ってるから。
ボクの痛みはボクのもの。
他人の痛みは他人のもの。
そんなふうに考えてる。心が冷たいのかもしれない。
気を取り直して、飯田さんは学校の中に足を踏み入れた。ボクもあとに続く。
ボクのゾンビサーチ能力によると、学校の中には百人以上のゾンビがいる。校庭にはちらほらと十数体程度。
校内のほうが圧倒的に多いみたい。
ゾンビは脳内に蓄えている情報に従って、生前の生活をトレースしようとする性質がある。
真夜中から早朝にかけてゾンビ化した子ども達が学校に登校しているのだろう。
考えるとわりとヘビーだよね。
飯田さんが言った共感性を無理やり発揮してみると――わかるけどさ。
この学校の中にゾンビ小学生が登校している理由は、下記のようなパターンに分けることができる。
親がゾンビ化して子どもがゾンビ化し、子どもが登校するのを止める者がいなかった。
親がゾンビ化せず子どもがゾンビ化したが、子どもが登校するのを止められなかった。
親がゾンビ化して子どもがゾンビ化しなかったが、親から噛まれてゾンビ化した。
親がゾンビ化して子どもがゾンビ化しなかったが、親から逃げ出した先でゾンビ化した。
親がゾンビ化せず子どももゾンビ化しなかったが、その後ゾンビに襲われ、子どものほうはゾンビになってしまい登校した。
どのパターンも救われないなぁ。
ただ、思うんだけど――、もしも、親が死んでないパターンで飯田さんがお持ち帰りした場合、その人はゾンビとはいえ、娘が帰ってこないことになるわけで。
ううーん。あまりよくないような気がするかも?
ま、まあいいか。考えてもしかたないことだし、多かれ少なかれ夢をかなえるってことは誰かの夢を踏みつけにしてるってことさ!(開き直り)
☆=
まずは校庭から見てまわることになった。
大方のゾンビ少女はパジャマを着ている。
たまに洋服を着ているゾンビ少女もいるけど、その子は真っ白い布地がトマトケチャップでもこぼしたかのように赤くそまっていた。
たぶん、内臓もはみでちゃってるだろうし、飯田さんのお好みではないだろう。
内臓に興奮する変態でもない限りは……。
それでも綺麗なゾンビも何体かいた。
でも、一流のブリーダーか何かのように、飯田さんは首を縦に振らない。
「少し低学年すぎてね。私的にはアウトなんだ」
見た目的には小学一年生か二年生ってところかな。
あれだとダメなんだ。ロリコンってよくわからない。
「あの、おじさん的には何年生くらいがいいんですか」
「えっと、小学四年生から六年生がいいかな」
せまっ。
ストライクゾーンせますぎませんか?
「ああ……、もちろん現実的な結婚ということを夢見ていた私には、妥協ラインというものもあるよ。小学生と結婚できないのなら、べつに私が触ることを許してくれて、子どもが作れる年齢だったら、おばさんでもかまわないさ……」
さよですか……。
ともかく、飯田さんの美的感覚というかなんというか、妥協を許さない年齢ゾーンというのは小学校高学年みたい。ヤバ。ボクの見た目思いっきりストライクゾーンじゃん。ひええ。
ほのかに危険を感じつつ、少しだけ飯田さんから距離をとるのだった。
「あ、危ないよ。緋色ちゃん。あまり離れないほうがいい」
「あっはい……」
所詮は大人の前では無力な子どもなのよね。
まあ実年齢的に言えば、ボクも大人なんだけど。
とりあえず校庭をひととおり見終わったので、今度は校内だ。
昇降口――いわゆる下駄箱のところから校内に侵入する。
ここも扉に鍵はかかってなかった。
校内に侵入すると、中は暗く、電気がついていない。
外の光が入ってきてるから明るいけれど、下駄箱の付近は薄暗い。
夜目のきくボクはいいけど、飯田さんの視界だとあまり見えないだろう。スマホのライトをつけたがっていたけど、さすがにそれはやめたほうがいいと思うな。普通なら死んでる。
小学生男子のゾンビが靴箱のあたりでうろうろしていた。
避けるスペースもないので、飯田さんは真っ青だ。
だって距離的に言えば、3メートルくらいしか離れていない。もしも襲いかかられたらと思うと気が気でないのだろう。
「しばらくじっとしておきましょう」
ボクは小声で指示する。
それから、ゾンビに、奥の校内のほうに向かって行くように指示をだした。
もーっ! 人間もゾンビも操らないといけないなんて忙しいよ。
ゾンビが去ったあと。
その場で固まってしまった飯田さんの代わりに、ボクは下駄箱の奥側に向かう。
チラっと覗く動作をし、それからハンドサインでこっちに来るよう指示する。
飯田さんは腰が抜けたようなふにゃふにゃの動きでこっちにやってきた。
「緋色ちゃん怖くないの。すごいね」
「……怖くないわけないでしょ?」
「ああ、こんなときでもジト目最高」
「はぁ……、ほらさっさといきますよ」
せっかくここまで来たんだし、いまさら帰るわけにもいかない。
ボクは精神的に疲れるのを感じながら校内に歩みを進めた。
このあたりで、ゾンビに襲われるということの楽しさを書いておきたいよね……って、思わなくもない作者でした。噛まれそうで噛まれないハラハラ感とか、でもやっぱり噛まれちゃったときの絶望感とか、そういうのも書きたいです。
この作品は基本が、ゆるゾンビライフなので、あまりそういうことは起こらないと思いますが、でも、絶対に許さない人間は出てくると思う。そいつはもれなくゾンビに噛まれます。
いま流行りのザマァ系だよ。やったねベル子ちゃん。
予定は未定です。