お犬様はヒイロゾンビにならない。
これは大きな発見かもしれない。でもそうなると、ヒイロゾンビ化させてコントロールするということも難しい。
ワンちゃんの世話は誰がおこなうのかという問題は変わらず残存したままだ。
どうしたものかと思っていると、飼い主のおばあさんがついに目を開けた。
寝起きのせいか動きが鈍い。いや違う。
少し目と耳ついでに言うと身体も悪いんだろう。
80歳って言ってたからね。世が世なら有料老人ホームとかに入居しているかもしれないレベルだろうし、ご本人のほうがお世話が必要なのかもしれない。
「あらぁ。たくさんの方……」
おきぬけでぽんやりとした声だったが、案外にかわいらしい声だった。
ボクの祖父母はボクが二歳くらいのときに死んじゃっててほとんど覚えてないから、なんというかすごくおばあちゃんって感じがした。甘えたい感じ。いきなり謎の小学生に甘えられても困るだろうから自重したけどね。
「萌美さん。犬の世話の件で話にきたんだが」
ゲンさんがおばあさんに優しく語りかける。
萌美さんってすごくかわいらしい名前。
その名前のとおり、おばあさんは丸顔でちいさくてかわいらしい感じだ。
犬を手放さない頑固者を勝手にイメージしてたけど、そういう感じでもない。
物腰は柔らかく、少しゆったりした調子ではあるけど、意識は明瞭。
「ワンちゃんのお世話の件ね……」
そして少しトーンを落としている。
何を言われるかはわかっているみたい。
「萌美さんは犬の世話ができないだろう」
言い聞かせるようにゲンさんが言った。一度目ではないのだろう。
何度か同じ話をしているみたいだ。
「そんなことはないわ……」
「お部屋の中が臭っとるし、実際苦情が出ているんだよ」
「ゲンゾウ君はそういうけど、わたしは十分に暮らしていけてるのよ」
ゲンゾウ君。
少し気安い言い方だ。
ふたりは知り合いのかもしれない。
ゲンさんが60歳前後だとすれば、萌美おばあさんは80歳くらい。
つまり、20歳くらい離れてる。
血のつながりはないけれども、幼いときに面倒をみてもらったとかそんな感じだろうか。
「萌美さんがどう思ってるかじゃない。周りからどう思われてるかだよ」
「……わたしは、家族もいないわ。ずっとこの年になるまでひとりで暮らしてきたのよ。ワンちゃんだけが家族だったの」
噛みしめるように言う萌美おばあさん。
哀しげな様子に、ボクも感じ入るところがある。
ボクの腕の中にいるお犬様も寂しそうにクゥンと鳴いた。
「みんな余裕がない状況なんだ。人間でさえ生きるのに精一杯の状況で、どうして犬を生かしておく必要があるという意見もあるんだよ。このまま行けば萌美さんはきっと不幸になる。それがわからないとダメだよ」
「怖いのよ……。いままでわたしはこの子といっしょに暮らしてきたの。突然いなくなったら、わたしはどうなるかわからないの」
指を突き出すように犬に手を差し伸べるおばあさん。
ボクは犬を放してあげた。
ポメラニアンの犬はきゃんきゃん鳴きながら、おばあさんに甘えている。
おばあさんはふるふると震えながら上半身を起こそうとし、ゲンさんが腕をとって起き上がらせた。毛布の中にうもれるような形で、萌美おばあさんは体育座りのかたちでうずくまっている。
わりと座ってるのも辛そうみたい。
「おばあさんはこの子を手放したくないの?」
ボクは言った。
言うまでもないことだけど、ボクは言葉に『重み』がある小学生。
みんなの前で、萌美さんの犬は飼うことにしたよっていえば、確かにそのとおりになる予感がする。でも、それはみんなの前で自分の発言に責任をもたなくちゃいけないってことで、ボクはこの犬の面倒をみなくちゃいけないのかもしれない。
人間150人の生存に携わりながら、犬の面倒を見るっていうのがボクにはとても重い。
だから、おばあさんの意思をまずは確認することにしたんだ。
「あらぁ……かわいい子だねぇ」
「えへ……」
おばあさんにかわいいといわれて、ボクとしてはなんだか懐かしい気持ちになる。
「わたしには子どもがいなかったからねぇ。この子は子どもみたいなものなんだよ。きっと、この子がいなくなればわたしも生きていけないように思うんだよ」
「うーん。ゾンビだらけの外にいったら、おばあちゃんはすぐにゾンビに噛まれちゃうよ?」
「迷惑だなんだって言われても、ワンちゃんはわたしにとっては子ども同然なの。だから……、手放すのは無理よ」
「萌美さん」ゲンさんが傍らに座り「みんながどれだけ我慢しているか、考えたことはあるか? 狭いこの役場の中で、こんな不衛生な状況だと病気が蔓延するかもしれん。決断してくれ。なあ萌美さん」
「そんなこと急に言われたって」
「急なことじゃないだろ。前から話してるじゃないか」
萌美おばあさんはうつむいて沈黙してしまった。
人の意思と意思のぶつかりあいは見ていて、おもしろいものじゃない。
言ってみれば、これは"政治"の縮図みたいなもので、みんなの総体的な意思は、犬を育てていく余裕はないといっていて、個人の意思は封殺されてしまっている。
ボクは――。
自由な意思のもと生きていくのが望ましいと思うんだけど、この世界のリソースは無限じゃない以上、どこかで我慢が強いられるのが当然だとも思う。
ボクがほんのちょっと我慢すれば、誰かの願いが達成されるなら――。
そうするべきなのかな。
「ゲンさん。ボクが人間の生存領域を広げれば、人間側の余裕も増えるんじゃないかな。犬一匹ぐらいならなんとかなるんじゃないかな」
「そりゃそうだが……、おまえさんはそれでいいのか?」
「町長さんとかはむしろそういわせたいってところなんだろうけど……、いいよ。それぐらいは呑みこまなきゃ、ボクって存在自体が許されない気がするし」
「すまんな……」
「どういうことなのかしら」
萌美おばあさんが聞いた。
「ボクはこう見えて、ゾンビを操れたりするのです!」
「あらぁ……そうなの?」
わかってるのかわかってないのか微妙だけど、なんだか柔らかい反応だなぁ。
「うん。そうなの。だから、おばあちゃんは犬を飼っててもいいよ」
「そうよかったわ」
「しかし、この部屋の臭いとか、犬の世話が必要なことは変わりないぞ」
ゲンさんの厳しい意見に、ボクは言葉につまる。
いま、この部屋をみんなでキレイにしたところで、日常的なお世話ができるわけじゃないしな。
「僕がしましょうか」
ぼっちさんが声をあげた。
あの一人部屋では自尽すらしそうになっていたぼっちさんが、いまはすごくカッコいい。
「かっこつけるためじゃないだろうな?」とゲンさん。
「ヒロちゃんからカッコいいって言われたらうれしいですけどね……。僕はもともと介護畑を目指してたんで、おばあさんの世話も必要だってわかります。犬もそのついでにできますよ」
「カッコいいよ」
「ありがとうね。ヒロちゃん」
うむーん。なでなでされてしまう。ボクの身長って、ちょうど頭に手をのせやすい位置なのかもしれない。男の人にぶしつけに触られるのって事案だって、客観的には思うんだけど、頭をなでられるとなんかすごい気持ちよくてされるがままになっちゃうんだよな。
メス堕ちしているわけではないのであしからず。
しかし、本当にかっこいいなぼっちさん。ボクができないことはボク以外の誰かがやってくれる。だったら、ボクもボクのできることをしなくちゃな……。
ふと横を見ると、いままで沈黙していた未宇ちゃんがなにやらぼっちさんに伝えている。
「どうしたの?」
「未宇ちゃんも手伝ってくれるみたいだよ」
「へえ」
犬の世話はしたことがあるらしい。
そのことを証明するためか、未宇ちゃんは器用に犬を抱き上げた。
ボクみたいにナウシカ式の証明をする必要もなく、ワンちゃんはさっそく甘えている。
ほえられることも噛みつかれることもない。
なんだか魔法みたいだ。ボクも超能力使ってガワだけは同じことできるけどさぁ。
なんかボクとの態度と違いすぎない?
未宇ちゃんは確かに静かで落ち着きはあるけどさぁ……。
もっと、こうなんというか――。
犬は人を見るっていうけど、ワンちゃん内格付けで最下位になってる予感がする。
☆=
葛井町長にはワンちゃんは引き続き飼うことにしたことを伝え、ボクたちは久しぶりに我が家に帰ってきていた。
たった二日程度の出来事だけど、なんだか長かった気がするよ。
「おかえり緋色ちゃん」
たまたま家の外を散歩していた飯田さんと会うことになった。
「飯田さんただいま」
そんな感じでボクは帰還を果たしたのだった。
さて、アパートについたあとは、みんなの部屋をピンポンしまくりの、緊急招集です。
一階にある空室だったところに集まって、みんな床に座った。部屋の中は閉め切っているせいもあって、少し空気がおいしくなかったけど、秋の夕空に涼しい風を取り入れるとだいぶんマシになった。
さて――。
おなじみのメンバーだけど紹介しよう。
まずは飯田人吉さん。40歳の小太りでロリコン。この世界には珍しいほどに優しい人。優しいせいで一回死んじゃってるけどね。その際にヒイロゾンビ化もしています。
次に姫野来栖さん。20代半ばくらい。ちょっと厚化粧気味だったけど、最近は少しすっぴんに近くになってる。飯田さんの優しさに触れて、最近はよく部屋に入り浸ってるみたい。ゾンビの恐怖から精神的に不安定だったけど、いまでは襲われることもなくなったせいか、ゆるいゾンビライフを満喫している模様。時々、自分ひとりで洋服とか宝石とか化粧とかをデパートに漁りにいってる。飯田さんについていってもらうのはやめてほしいけど、まあ人間に会わない限りは大丈夫だろう。
姫野さんとはまだ隔意があるのか、ちょっと離れたところに座っているのが常盤恭治くん。高校生。細マッチョでかっこいいよ。ホームセンターではボクを助けてくれたし、世が世なら主人公気質があったと思う。残念ながら、いまではヒイロゾンビ化しているけどね。
そして、恭治くんに寄り添うようにしてちょこんと座っているのが黒髪ロングの美少女、常盤恵美ちゃん。ゾンビに噛まれても最後まで抵抗してギリギリゾンビにならなかったんだけど、いろいろあって結局ゾンビ化し、マナさんに偶然お持ち帰りされて、ヒイロゾンビになった子。いろいろ考えると、不憫だな。
そして、ボクの隣にいるが水前寺マナさん。言わずとしれたゾンビお姉さんで、ボクがキレイなお姉さんにお世話されたいと願ったら、勝手にきちゃった系のお姉さんだ。最初から立派な変態だったので、これ以上成長することはないと信じたい。
最後に、ボクの後輩で幼馴染で、妹のような存在なのが、神埼命ちゃん。神埼の字をまちがえないように注意しましょう。長崎の字とは違うからね。最近無理やりキスしてこなくなったのは、ボクが待ってっていったせいかな?
そんなわけで、ゾンビ荘のメンバーがそろいました。
議題は当然――。
「人間の生存領域を拡大していくつもりなんだけど……みんなはどう思う?」
これだ。
ゾンビ荘のみんなは一蓮托生。
もちろんみんなが自由意志で出て行きたいというのならそれはそれでしかたないって気持ちもあるんだけどさ。ボクとしては、つながりを大事にしたいってのもあるし、もしもみんながどこか知らないところで怖い人たちに捕まったらと思うと躊躇してしまう。はたして人間の領域をひろげてもいいものなのだろうか。
ヒイロゾンビ化したのはやむにやまれぬ事情だけど、まぎれもなくボクの意思だし。
少しは責任を感じるところでもあるんだ。
「あぶなくないか?」
まず声をあげたのは恭治くんでした。
恭治くんってリアリストだよね。わりと正義感も持ってると思うけど、言ってることはすごくまとも。そして的確。ボクもそう思う面はあるし。
「確かに、ボクたちにとって一番危ないのは人間かな」
「でも、わたし達だって人間だよ」と言うのは恵美ちゃん。
ボクなんかよりもよっぽど天使な思考をしているな。
恭治くんはシスコンなので恵美ちゃんが言うことには逆らえないのです。「そうだけどよ……」と小さく呟いたきり、沈黙しました。
で、恭治君の発言に同調したのは、姫野さんでした。
「恭治君の言うこともわかる気がするわ。ヘタするとわたしたちって実験動物扱いじゃない?」
「それはそうさせないようにするよ。ボクが人間の生存領域を広げたら、ボクに対して人間は恩があるわけだし……」
「恩でそのとおりに動くわけないじゃない。人間なんて三秒で恩を忘れる生物よ。怨みは末代まで残るっていわれてるけど」
なにそれこわい。
でも、恩を与えたからってそれを感謝させるとは限らないっていうのは命ちゃんも言ってたし、ボクなんかホームセンターでゾンビ避けスプレーを供与したのに、犯されて殺されそうになってたしな。
わかるけどね。
「一応、みんなの合流の仕方としては隠れてたってことにして、接触したらさりげなく人間に混ざるみたいなやりかたもあるけど……」
「それはよさそうね」
姫野さんはボクの意見に賛成のようだ。
しかし、それに優しく首を振ったのは飯田さんだった。
「姫野さん。わたしとしては緋色ちゃんがここまでいろいろやってくれているのを無下にしたくはない。人間というポジションでは緋色ちゃんを助けることもできないだろう」
「あなたは……いつも優しすぎるわ」
すっと肩において、でもまんざらでもなさそうな姫野さん。
なんなのこのメロドラマ。
ぶっちゃけ恭治くんに無理やりキスしてた件、ばらしますよ!
飯田さんがあいかわらずボクに優しいのはうれしいけどさ。ボクがロリだからってのもあるのかなぁ。でも、なんというか外貌以外の面でも、精神的なつながりは感じるけどね。
「おじさんがいつもどおり優しいのはうれしいけど、黙っていればそんなにわかんないと思うよ。子どもとかできないかもしれないのがネックだけどさ」
ヒイロゾンビと人間の違いっていったら、超絶的な再生能力があることと、もしかしたらボクと同じようにいずれは超能力が使えるようになるかもしれないって点、デメリットはボクの意思に逆らえなくなるかもしれないって点と、子どもができない点だ。
つまり、みんなが人間に混ざると、いずれはヒイロゾンビが無制限に増殖しちゃって、子どもが生まれない社会。いわゆる少子化問題がでそうな気がする。
まあ、みんな不老っぽい状況なのかもしれないから、子どもが生まれなくてもいいのかもれないけどさ。どうなんだろうね。
年をとらないかどうなのかっていうのは、まだ数ヶ月しか経過してないからなんともいえないな。ゾンビの特性からすると、もしかしたらそうなのかなって思ったりもするけど、ボクはボク自身のこともよくわかってないからなぁ。
一度、ピンクさんあたりに診てもらったほうがいいのかもしれない。
「あの……ちょっといいかしら」
いつもとは何か違うしおらしい反応を見せたのは姫野さんだ。
「ん。どうしたの」
「あの、わたし……妊娠しちゃったみたいなんだけど」
は?
はああああ?
え、それってどういうこと。
「あ、あのお相手は……」
ボクの慌てた言葉には答えず、姫野さんが見つめたのは――。
飯田さんだ。
なんかいやぁまいったなぁ的な感じで頭の後ろをポリポリかいているけど、ボクとしてはなんだか納得できない面もある。
これって宗旨替えだよね? ねえ。飯田さん。
でも冷静に考えたら、飯田さんって子どもがほしいとか言ってた気がするし、ロリコンなのはそうなんだろうけど、生命としての本分みたいなことも言ってた気がする。
だから、やることやっちゃったのかも。
「あの、それって想像妊娠の類じゃないの?」
「あのね。きちんと妊娠検査薬で調べました」
「そ、そうですか……」
あの棒線がでる体温計みたいなやつね。
あれ……、じゃあ、ヒイロゾンビって普通に子どもできちゃうの。
ボク妊娠しちゃう?
「ご主人様を妊娠させたいだけの人生だった」
マナさんがまたよくわからないことを言うし。さすがに妊娠という言葉には、小学生には刺激が強すぎたのか、恵美ちゃんは耳を真っ赤にしている。
「先輩。そろそろスタップ細胞を作り始めましょうか?」
スタップ細胞はありまぁすって馬鹿か。命ちゃんの目がギラギラしてて怖いです。
「あの……、少し議論を戻したいんだけどさ。姫野さんの赤ちゃんができてたのが本当だとすると、ボクたちってほとんどデメリットはないのかな。ボクの言うことに逆らえませんって感覚はあるの?」
「ご主人様。他人の感じ方を聞いたところで、それはそう言わせてるだけかもしれませんよ」
マナさんの冷静な意見は何度も指摘されていることだった。
そうなんだ。
結局、どこまでいっても独我論の魔の手は忍び寄ってくる。
ボクが一人遊びをしている可能性は否定できないんだ。お気に入りのゾンビを好き勝手操って、ボクが好ましいように無意識のうちに動かしている可能性は否定できない。
でも、それでも聞きたい。もしも、そういう圧力があるのなら、ほとんどデメリットがないにしろ、人間としての尊厳が犯されてるように感じるから。
やっぱり、ヒイロゾンビは増えるべきではないと思うから。
「先輩。ヒイロゾンビの物理的特性はわかりませんけど……、ほとんどの人間にとって影響が大きいのは社会的な立場ですよ。たとえば、先輩がある人を指差して、嫌いだからこいつは排除してって言えば、あの小さなコミュニティは先輩の言葉を叶えるでしょう」
そう……。それはそうだと思う。
「ひそかにヒイロゾンビを増やしまくってもいいと思いますけどね」
「ボクは、人と仲良くしたいだけだよ」
「どうせ、人間は多数派に従うだけです。多数であることが真実であり、多数であることが正義であるというのが大衆のありようですから」
「そんなに馬鹿じゃないよ。みんないろいろ考えて、いろいろ苦しんで生きているわけだし」
「だったら、実験してみればどうですか。例えば、辺田さんとかいうおかしな人がいたじゃないですか。犬がうるさいからって先輩に捨てろって言わせた人。あの人のことを追放させてみたらどうですか。きっと、先輩がそういえばそうなりますよ」
「命ちゃん!」
ボクは――ちょっと強い言葉を発した。
命ちゃんが少しからだを揺らして、ボクの言葉を受けた。
ダメな言い方だった。
「ごめん。命ちゃん。でも――、そうはしたくないんだよ」
「わかってますよ。先輩はいままでも、周りにこころを配る人でしたから」
視線を地面に落として、命ちゃんは少しガッカリしているようだ。
ボクは他人を考えすぎているのかもしれない。
オンリーワンになりたい命ちゃんにとって、ボクの考え方はもどかしいのかもしれない。
「青春してますねぇ~」
間延びしてるのは、マナさんの声。
なんだか癒されちゃうな。いつものことだけど。
「ボクにとっては正直な気持ちだよ」
「ご主人様としては人間の自由意志というか尊厳というか、そういうものに配慮したいってわけですよね?」
「うん。そうだね」
「それで、わたしたちのことを愛らしくも守りたいって考えてくださっている」
「うん。恥ずかしいけど、そうだよ」
「はぁ……幼女から守護られるとか最高かよ」
「べつにマナさんの快楽のためにそんなふうに考えてるわけじゃないから」
微笑むマナさん。
どうせ、ボクのほっぺがリスのように膨らんでるのがカワイイとか考えてるんでしょ。
知ってるんだから。
「タスクとして考えてみましょう。ご主人様としてはわたしたちが拷問にあうような事態は避けたい。でも、人間と共存したい。そういうわけですね」
「うん。だいたいはそんな感じ」
「だったら、今の状況でしたら、わたしたちがヒイロゾンビであるってことは伝えなければいいんですよ」
「え、どういうこと?」
「つまり、わたし達はヒイロゾンビではないけれども、もしかしたらなんらかの関係者かもしれないと思わせておけばいいんです」
「それってみんなが人間としてまぎれこむのと何が違うの?」
「ウソというのは信頼関係を一時的に保全する分にはいいんですが、バレたときには一瞬で信頼関係を破壊しますよね」
「まあそうかも」
「わたしたちの身体は特殊で、たとえばショットガンで腸がだらーんってなっても、数十秒で回復するぐらいは強固なわけです。ついでにいえば、握力も100キロは超えてるでしょうし、恵美ちゃんみたいな女の子でもドデカハンマーを振り回せますよ」
「そうかもね」
魔法少女チックな絵図になるのは確かだ。
特に恭治くんとヒャッハーさんたちを殲滅したときを思い出してほしい。
一瞬でとはいわないまでも数十秒でキレイな腹筋が再生したからね。
「要するに、わたしたちが人間として合流しても、バレる可能性は常にあります」
「そうだね」
「だったら、最初から曖昧なまま、ご主人様との関係をにおわせながら、しかし、何も言わないままというのが、持ってるカードの伏せ方としては一番効率的ですよ」
「ウソをつかず、でも全部は言わないってやり方?」
「そういうことですね」
うーん。マナさんのやり方は確かにリカバリが利くというのが魅力的かな。
「でも、ヒイロゾンビがいつのまにか増えちゃうかも」
「いつのまにか超再生能力を得ていても、熱心なヒロ友だなぁとしか思われませんよ」
そんなもんなのかな。
でも、みんな人間としてまぎれこむよりは、ボクの関係者としてのほうがいいよってことになったみたい。
☆=
みんなとの会議を終え、次の日ボクは町役場に戻ってきた。
ざわつきというか、なにか得体の知れない雰囲気を感じる。
町役場の正門近く。
そこに大きく血染めの文字。
――カエレ。
乱雑で荒々しい文字で、ボクは誰かに否定されていた。
人のこころはミステリーだし、このあとの展開もミステリー