あさおん・オブ・ザ・デッド   作:夢野ベル子

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ハザードレベル84

 犯人探しは順調じゃないけど、太陽光パネルは順調だ。

 

 そろそろ最後の配信から一ヶ月の時間が経過しようとしていた。

 町役場に来てからは三週間くらいかな。

 

 つまりそろそろ十一月です。

 九月の末くらいに最後に配信したきりだから、結構な時間が経ってるかもしれない。

 

 それまでの間に、太陽光パネルを集めたり、町民の皆さんを温泉につれていったり、ゾンビ荘のみんなをちらほらと町役場につれていったりといろいろした。

 

 ちなみに温泉に行くときはみんな大きなトラックに寿司詰め状態でいくんだけど、女性と男性で分けて行って、男の人の番にはただ待ってるだけなのが難儀しました。

 

 だって超暇だし。番台さんみたいにぼーっと待っとくしかない。

 

 ボクとしては元男だし、ちょっとはみんなに混じって入ってもいいかなって思ったんだけど、命ちゃんには全力で止められるし……、ボクも言ってみただけだ。さすがに小学生女児を始めてもう三カ月近く経つし、自分の立ち位置というのもわかってきた気がするよ。

 

 それでいま強く思うのは、

 

――雄大どうしてるのかな。

 

 ってこと。

 

 一ヶ月もあれば日本横断くらいできそうだけど、徒歩だから時間がかかってるんだろう。

 それにゾンビという障害物もあるし、あるいは人間だって敵になりうるかもしれない。

 

 心配ではある。

 でも、雄大は――ボクの親友は優秀だ。

 きっと大丈夫だろう。

 でも早く連絡をとりたい。

 

 犯人探しについては、あのカエレの文字のあと、特に何か事件が起こったわけでもない。

 ある意味、事件は凪の状態。

 悪くいえば膠着している。

 事件は風化し、みんなは何事もなかったように暮らしている。

 ボクは少しずつ町役場になじんでいってるし、遠巻きに見ていた人たちもぼちぼち話しかけてくれるようになった。ヒロちゃんがんばってねとかそういう一言くらいだけど。

 

 今のボクは最後のパネルを町役場の屋上に敷き詰め終わったところだ。

 

「できた?」

 

 劇的ビフォアーアフター状態だった。

 

 なんということでしょう。

 

 殺風景だった町役場の屋上は今や黒いパネルが太陽の光をいっぱい浴びて、たくさんの電気を作り出している。土台の部分を斜めにして、太陽光をできるだけ受けとめることができるようにしているんだけど、そのせいで斜面の影ができてしまっているともいえるかな。

 ついでに言えば、スペースもなくなっちゃったんで、屋上に置いてあった菜園は畑に移動しました。

 

 むしろ殺風景になってるかもね。

 

 ただ、洗濯物を乾かすスペースとしても利用しているから、物干しロープがいくつか空中を走っていて、そこに白いシーツがかけられていたりもするし、太陽光パネルだけのスペースってわけでもないよ。雨水タンクもあるし。

 

 そしてついに――。

 

 お昼間ではあるけれど、ようやく町役場に電気がついた。

 あかるい人類の英知の光。

 その瞬間に町のみんなは沸き立つ。

 

「やったー。光だ」「光あれー」「ヒロちゃん最高っ!」「これでようやく戻れるんだな。元の暮らしに」「長かったなぁ」「ゾンビハザードからもう四カ月か」「政府は何してんだろうな……」「ヒロちゃんが佐賀にいるの知らないんじゃ?」「光ってこんなに安心するんだな」

 

 おおげさだとは思わない。

 ただ光がついただけだけど、それは人類文化の象徴でもあるんだ。

 

 葛井町長が壇上にあがって演説をはじめる。

 

「えー、今日は歴史的な一日になりました」

 

 みんな、じっと聞き入っている。

 

「ゾンビが巷にあふれてから四カ月。ようやく私たちも人間らしい暮らしを取り戻すことができました。まだ小さな一歩にすぎないかもしれません。しかし――、我々は初めて自らの手で文明を取り戻すことができたのです!」

 

 煌々とした光が、町役場のホールを照らしだす。

 みんなの顔が希望に輝いているように見える。

 

 探索班のみんなはひとりひとり檀上にあがり、表彰された。

 最後は――ボク。

 

 最初に町役場に来たときよりは緊張していない。

 配信もリアルも、コミュニケーションであることには変わりないから、少しは慣れる。

 みんな見知った顔になった。

 ひとりひとりとは会話はしていないにしろ、知らない人じゃない。

 だから安心した。

 ボクが町長みたいにうまいことを言おうとしてもきっと失敗するに決まってる。

 

 普通でいいんだ。自然体で。

 

「みんな知ってると思うけど、ボクがここに来たのって、ネットにつないで遊びたかったんだ。みんなが生きるか死ぬかってときに不謹慎かもしれないけど……、ボクは配信してワイワイみんなといっしょに楽しみたいって気持ちが強かったんだ」

 

「でもゾンビいるし」

 

「世間ではゾンビが溢れてるし」

 

 ゾンビがいて生存が脅かされている。

 自分の意思がゾンビにのっとられる。無に消えるという恐怖。

 

「楽しめるわけないっていうのもわかるんです」

 

「楽しいって思えるのはきっと余裕があるからだと思います。ボクがみんなに余裕を配れるなら、みんな楽しんでくれるかなって思うんです」

 

「だから……、みんなが安心して眠れるように、ボクはボクができることをしていきたいです」

 

 ひぇう。これじゃ、まるで小学生並みの感想文だ。

 自分でも何言ってるのかよくわからない。

 支離滅裂で、感情的で、なによりゾンビ的な。

 

 でも――。

 

 最初、パチパチと小さく手が打ち鳴らされた。

 すぐにそれは渦のように大きなうねりになって、ホールに響き渡る。

 

「いいよー」「ヒロちゃんがいれば安心する」「ヒロちゃんといっしょにいれるだけでオレたち勝ち組じゃね?」「ヒロちゃんに着床したい」「おまえゾンビ部屋いくか?」「余裕があるのが人間。余裕を配れるのは天使」「好き」「早く配信してー!」

 

 みんなはボクを認めてくれたみたい。

 うれしい! うれしいよ。だってみんなボクのことを心のどこかではゾンビだって、異物だって、化け物だって思ってて、来てほしくない帰ってほしいって思ってるんじゃないかって。

 

 ボクが人間に認められるために努力しても、何も認めてもらえず。「そんなのあたりまえ」って思われるんじゃないかって。

 

 そんなふうに考えていたから。

 

 じわっと瞳の奥から謎のヒロちゃん汁が出てくる。

 

「先輩。よかったですね」

 

 檀上から降りたところで、命ちゃんがボクに声をかけてくれる。

 ボクは「うん」と答えて、気持ちを新たにする。

 町役場は新たな局面を迎えている。変革な動きは急速で、ボクの気持ちもフワフワしているけど、振り回されないようにしようと思う。

 

 見上げ、人工の光がボクの顔に優しく当たった。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

「やっぱりヒロちゃんは素直だね」

 

 町長室で葛井町長に言われてしまった。

 

「腹芸はできないです」

 

「さすがに小学生で腹芸できたら逆に怖いよ」

 

 でもピンクさんあたりならできそうなんだよな。

 小学生も侮れないと思うんです。

 

「それで、さっそくだけど配信するかい?」

 

「あ、その前に連絡とりたい人がいるんです」

 

「ああ、そう言ってたね」

 

「うん。どうやったらいいんですか?」

 

「普通につなげればいいよ。スマホの設定で……そう、そこで町役場のIDを選んで、パスワードは今からいうとおりにしてもらって」

 

 町長の口から語られるパスワードを入力する。

 無線LANとかにつなぐのと同じだな。どこでも災害時にもつながるってところ以外は普通のネットと変わらないらしい。

 

 よしつながった!

 

 あとは、ラインがいいかな?

 アプリでいれて。雄大の電話番号でダイレクトに友人登録して!

 九州以北がどういう状況なのかわからなかったから、少しだけ待ったけど、すぐに登録承認がきた。

 

 ラインで通話がかかってくる。

 雄大からの連絡だ。

 

 みんながじっとボクを見てる。

 

「あ、あの、みんな恥ずかしい……」

 

「雄兄ぃからの電話。まるで恋人からかかってきたみたいにとるんですね……」

 

 命ちゃんの目が怖かった。

 

「ち、違うよ。単にこれだけの人数に見られながら電話するのが嫌なだけだし」

 

「先輩って節操ないですよね」

 

「友人に電話かけるのに節操って何!?」

 

「先輩って男の人が好きなんですか?」

 

「男?」とぼっちさん驚愕。いやいや違うって。

 

 そもそもボクって恋愛感情がいまだよくわからないし。

 雄大は普通に幼馴染で一番の親友ってだけじゃん。

 命ちゃんもいっしょに育ったなかなのになんでそんな変なこと言うんだろう。

 マナさんは「青春してますねぇ」ってなんだかニヤニヤしてるし。

 なんで普通に友人と連絡とるだけで青春なの?

 三角関係なの?

 

「はぁ……。先輩……雄兄ぃにはよろしく伝えてくださいね」

 

「う、うん」

 

 命ちゃんのお許しがでたので、ボクは部屋の中をきょろきょろする。

 どこでかけたらいいかな。えっと……。

 そうだ!

 

 ボクは町長室の背後にある大きな窓を開け、お行儀が悪いけど、窓の縁の部分に足をかける。

 

 ぴょんっとジャンプして、空中に浮かびあがった。

 

 これなら誰にも聞かれる心配もない。みんなの視線もなく気兼ねなく雄大と連絡がとれる♪

 

 あ、やべ。また語尾に♪がついていた。これではまるで――。いやなんでもないよ。

 

「えっと、雄大。久しぶり!」

 

『おー。緋色。久しぶりだな。元気してたか』

 

「ボクは元気。そっちは大丈夫? けがしてない?」

 

『おお。大丈夫だぞ。あれから旅は順調だ。危なくなったらヒロちゃんズボイス集もあるしな』

 

 インターネットでダウンロードできる状態になっているみたい。

 特に用途別に、睡眠用。ゾンビ撃退用。ゾンビ沈静用。その他もろもろあるみたい。

 なぜか、ボクがお水をのんでる音や、リコーダーをちゅぱちゅぱしている音とかもダウンロードできる状態になっている。コメントには「助かる」と書いてあった。なにが助かるのだろう。

 

「いま、雄大はどこらへんにいるの?」

 

『いまはまだ関東だ。東京あたりが一番やべえ状態だからな。東京を避けるのに時間がかかっちまった。あとはすこぶる順調だな』

 

「ボクに何かしてほしいことない?」

 

『あー、特にないが。あ、そうだな。ヒロちゃんとしてのカワイイ姿を見せてくれよ』

 

 カワイイといわれて、なんだか得体のしれない感情が湧く。

 正直なところ、すごくうれしい。

 自分の容姿はとてもいいという自覚はあるし、褒められると素直にうれしいんです。

 はっ。これが素直さか?

 

「ビデオ通信にしたよ」

 

『おまえ、浮きながら通信してるの?』

 

「あ、うん」

 

『そっか。やっぱ緋色はヒロちゃんなんだな』

 

「なにそれ? そんなのあたりまえじゃん」

 

『まあそうなんだけど、オレの視点からすれば、親友がいきなり女の子になってるわけだからな。実感というかそういうのが無いんだよ』

 

「ボクはわりと慣れたけどね」

 

『女の子になっちゃうーってやつか?』

 

「なんか語弊があるけど、身体が前と違うのは自覚してるよ」

 

『ふうん。ならいいんじゃないか。おまえかわいいから襲われないように気をつけろよ』

 

「雄大セクハラ!」

 

『バーカ。親友無効だろ』

 

「うう……」

 

 親友といわれると、なんでも許さないといけない気分になってしまう。

 そんなマジックワードだ。

 

『最近、おまえなにしてんの? ネットつながってるんなら配信するのか』

 

「うん。町役場で衛星インターネットを使えるようにしたんだ。配信もいまからするつもり」

 

『へえ。じゃあ、いま町役場いるのか』

 

「うん」

 

『成長したなぁ』

 

 しみじみと言う雄大。

 

「え、なにが?」

 

『大学生入ってから引きこもりだったお前が人前に出るなんてな。それに今のおまえはゾンビを操れる超有名終末配信者だろ。いまのヒロ友登録者数知ってるか? 5億人だぞ』

 

「マジか」

 

 マジか……。いつのまにか億いってましたか。

 

『まあ片田舎の町役場だとどうにもならんとは思うが、配信するときは気をつけろよ』

 

「気をつけるよ」

 

『がんばれよ』

 

「うん♪」

 

 

 

 そんな感じで、町長室に戻りました。

 

 

 

「先輩が、すごいニコニコしながら帰ってきた」

 

「親友と久しぶりに話せてうれしかっただけだよね!」

 

 命ちゃんのヤンデレ度が急激に上がってきたみたいで怖いです。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

 町役場には小さな放送室が存在する。

 この町での小さな出来事を話すには適した場所。

 ここでボクは配信を再開しようと思う。

 

 しっかし5億人とかマジなんですかね。

 ドキドキしてきた。

 どれだけの人が登録しているんだろう。

 ネットに繋げる人である程度生存状況的に余裕がある人はほとんど全員登録してるんじゃないだろうか。

 

 もちろん、ゾンビ利権狙いで、純粋にボクのことが好きってわけじゃないと思うんだけど、数値はウソをつかないし、数値は裏切らないし、無いよりあったほうがいいよねって思う。

 

 きっと、悪いことじゃないはず。

 

 えっと、まずは持ってきたノートパソコンを設置してっと。

 ボクとしてはこれで終わり。

 あとは命ちゃんがすべてよしなに取り計らってくれる。

 

「えっと、マナさん。普通に隣に座ってるけど大丈夫? 下手すると五億人に姿をさらすことになっちゃうけど」

 

「そうですねぇ。わたしに配信力はないので、素直に配信前には出ようと思いますよ」

 

「あ、そうなんだ」

 

 少し不安もあるかな。

 マナお姉ちゃんは変態ですが、アドバイスは有用だし。

 

「あ、ご主人様が何かわたしのことを考えてる気がします」

 

「んー。そういやツブヤイターで配信しますって告知したほうがいいかな」

 

「いいんじゃないですか。たぶん、政府関係者とかは常時監視中だとは思いますけど~」

 

「やっぱりそうなんだ……」

 

「ご主人様が選んだ結果ですから、そのあたりはどうしようもないですよね」

 

「まあそうだけど……じゃあここが町役場だとバレないほうがいいかな」

 

 命ちゃんを見てみる。

 

 パソコンをいじりながら、ぐっと親指をつきだして答えてくれた。

 

 どうやらいまいる場所の欺瞞活動は完了しているらしい。

 

 とりあえず、ツブヤイターで、いまから一時間後に配信しますって打ってみる。

 うお。えげつないほどいいねがついている。爆速すぎて怖い。

 

 いいねってついても、べつに本当にいいねって思われてるわけじゃないだろうけど。

 

 やっぱり、受けいれられてるっていうのがカタチとして見えるのは悪くない。

 

 うれしいって思う。

 

 DMのほうもかなりたまってるな。百万件くらい?

 正直、こちらももう全部見るのは無理って思います。

 あ、でもピンクさんからも来てるな。

 

『ヒロちゃんの配信が復活して、ピンクうれしい』

 

 八歳児のピンクさんの姿を思い描きながら、セリフとして読んでみるとほほえましい。

 

「ねえ。命ちゃん。ピンクさんには場所を教えてもいいかな。DMでだけど」

 

 ぐっと親指を突きだす命ちゃん。

 

 べつに教えても問題ないらしい。

 

 どんな防諜技術なんだと思いながら、ボクはつらつらとDMに打つ。

 

 いままでどんなことをしてきたか。いまどこにいるのか。

 そして、これからどうしようとしているのか。

 そんなことを世間話のように話したのでした。




ミステリとして書くということになると、大量の文章で欺瞞させて、その中に真実をまぎれこませるということが必要になるので、やっぱミステリって激難だと思います。頭空っぽにして配信&掲示板回書いてたほうが楽しくはあるというか。

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