あさおん・オブ・ザ・デッド   作:夢野ベル子

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ハザードレベル87

 ボクはピンクちゃんといっしょにワタクラの実況をやってる。

 ワタクラっていうのは、実のところ目的というかゴールがないゲームだ。

 まったりとスローライフを楽しむ。

 打倒すべき巨大な敵はいなくて、いわゆる日常系に属する。

 配信に適していないと思われるかもしれない。

 アツくなれっていわれてもなりようがないしね。ゆるーくほんわかと楽しむ感じだし。

 しかして、その本質は。

 その実態は。

 

――雑談にあるといっても過言ではない。

 

 思い描くのは小学校の頃の図画工作の時間。

 みんなでワチャワチャ喋りながら、自分の好きなカタチをつくっていく喜び。

 仲がいい友達と遊んでいるような感覚。

 実際に遊んでるんだけどね。

 

「ヒロちゃん何やる?」「先輩どうしますか?」

 

 ある意味、両手に花なのかもしれない。

 べつに男とか女とか関係なく、誰かに好意を向けられるというのはうれしい。

 命ちゃんもピンクちゃんもボクにとってはかわいい妹みたいな存在だ。

 

「ゾンビ避けの要塞つくろ。要塞」

 

『要塞だと?』『要塞にこだわるヒロちゃん』『初心者がいきなりそんなん創れるのか?』『いや、待ってくれ。天才っぽいピンクちゃんなら、もしくは……』『天才ユーチューバーの後輩ちゃんならなんかやってくれそうじゃね?』『ふたりならできそうだよな』『ヒロちゃんは?』『ヒロちゃんはお花でも摘んでればいいんじゃね?』『だべな』『ですよねー』『ヒロちゃんは呼吸してるだけでおとなしく座ってればいい説』『あると思います』『誰もヒロちゃんに期待してなくて草』

 

「なんでそういうこと言うかな!? ボクだってちゃんとやれますー!」

 

 そう、ボクだって大学生並みの知識と思考能力は有してるんだ。

 ただの小学生ユーチューバーと思ってもらったら困る。

 

『やはりイキルか』『毒ピンに張り合っても無理ゲーじゃね?』『そもそもクラフトも訳せない英語よわよわガールな時点でお察し』『ヒロちゃんは純粋にゲームを楽しんでいればいいよ』『世界一姫プが似合うユーチューバー』『姫様お座りください』『姫様がお座り……ひらめいた』『ひらめくな』

 

 みんなのボクの評価がひどすぎる件。

 ピンクちゃんや命ちゃんが高スペックなのは認めるけど、ボクだって見た目小学生にしては頭いいでしょ。それには中身が大学生というからくりがあるのだけど。

 

「姫プはしないし。えっと、これから家を作ろうかな。家」

 

「どのくらいのサイズのをつくる?」

 

 ピンクちゃんが聞いてきた。

 

 んー。ボクたちが小一時間でつくれるサイズは、たぶん、本当に小さなサイズかな。みんながとりあえず入れるくらいの小さな家。一戸建てで、控えめながらも庭があるようなそんな感じ。

 

「イメージとしてはお菓子の家みたいな感じかな。あんまり大きくなくて。でもかわいいのがつくりたいかな。アットホームで明るいお家です」

 

『アットホームなお家って重複してるよな』『英語よわよわガール』『かわいいお家をつくりたい女の子な感じ好き』『日本人は小さな一軒屋を建てるのが夢だったりするからな』

 

「かわいいお家がつくりたいとか、先輩女の子……」

 

「女の子だし。なにか変ですか」

 

「いえ。そんな先輩も好きですよ」

 

 ほんのりと首を傾げ、どんなボクも受け入れてくれる命ちゃん。

 

 ピンクちゃんのほうは物理的に擦り寄ってきてるな。すりすり。

 

 くぅ。やっぱりかわいい。

 

 すると命ちゃんがクワっと目を見開いて反対側ですりすりしてくる。

 

 対抗したかったのかもしれない。

 

 しかたないにゃぁと思いながら、ボクはされるがままになる。

 

 これは……ハーレムなのでは?

 

 ちなみにみんなとの距離はだんだん近づいて、今では肩がほんのちょっとで触れ合うぐらいの距離だ。べつに放送室が狭いってわけじゃなくて、ピンクちゃんがそうしたかったというのが理由。命ちゃんのほうは、たぶんそれに対抗する感じで、両者がボクに近づいてきてそうなってしまった。

 

『間に挟まりたいです』『背中から見守りたい』『かわいい女の子が集まるとかわいい空間になる説』『孫たちがかわいくてワシは満足じゃ……』『ヒロちゃんが近所の幼女に好きっていわれて照れるおっさんの顔になってる』『どんな顔だよそれ』

 

 おっさんじゃねえよ。

 

 まあ、ピンクちゃんの攻勢には、敗北を喫しているところではあるけど……。

 

「どうした。ヒロちゃん」

 

 息があたるくらいの距離。撫で繰り回したくなるサイズ。

 でも、命ちゃんの手前自重しました。

 

「うん。なんでもない」

 

 では、始めるとするか。

 

 ボクが目指すのはログハウスみたいな木造建築物だ。

 

 みんなにはまず素材となる木を切ってもらうことにする。

 

「木はどれだ?」とピンクちゃん。

 

 ワタクラあるあるだけど、木もブロックで構成されていて、木が木だとわかりにくいこともあるかもしれない。

 

 木が木だとわからない? 冷静に考えるとこれもまた哲学か。

 

「とりあえず、これだよ。これ切って」

 

「わかった」「先輩どれくらい集めればいいんですか」

 

「どのくらいだろ。200くらい? みんなバラバラに集めて、あとで合流しようよ!」

 

「ピンクはヒロちゃんといっしょにいたいぞ」「む。わたしも先輩といっしょにいたいです」

 

「リアルだと隣にいるよね? 肩が触れ合う距離だよね!?」

 

『今年最高の取れ高』『尊いの次にくる言葉ってなんだろうな』『イチャイチャイチャイチャイチャ』『チャラヘッチャラ』『これはいわゆる百合三角形では?』『おじさんおもむろに全裸になる。靴下は履いてる』

 

 効率性を考えるとどうしても分散してやったほうがいいに決まってる。

 

「それじゃ、誰が一番多く集めることができるか勝負しようか」

 

「ピンクは絶対に負けない」「わたしも負けませんよ」

 

 あれ、ボクそっちのけで二人が息巻いている。

 これってもしかしてたきつけちゃった感じ?

 二人の姿はあっという間に見えなくなる。

 

「あの10分くらいしたらまた集まろうね」

 

「うおおおお。ピンクは優勝するぞ」「ぽっと出の幼女なんかに負けません……っ!」

 

 聞いちゃいねえ。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

 ボクもぼちぼち木を切って、木材を集めてます。

 いいお家ができるといいな。

 

「そういえば、ヒロ友のみんなにご報告なんですけど、ボク、いまリアルでワタクラみたいなことやってます」

 

『なんぞ?』『リアルで工作?』『リアルで土掘ってるってことか?』『幼女が掘る。何を……』『これ以上いけない』『そもそもクラフト=掘るではないのは先ほど理解したのではないか?』『ヒロちゃんはわりと思いこみが激しいから、概念の再インストールには時間がかかるのでは?』『ヒロちゃんならそこらで廃車になってる車をつみあげて動物タワーみたいにできそう』『ゾンビタワーつくってるんじゃ?』

 

 ゾンビタワーか。

 その発想はなかった。

 確かにワタクラっぽい要素だけど、さすがにゾンビを材料にはしないよ。

 一応、人間に戻せる存在なんだし。

 一番下のゾンビさんがしんどそうだ。

 

「あのね、いまボクはとある町の役場にいるんだけど、配信が終わったあとは人間の生存圏を拡大するようがんばります! ゾンビ避けしながら少しずつバリケードとかを築いていくから、ちょっとワタクラっぽいかなって思ったんだ」

 

『ざわ……ざわ』『え、マ?』『マ?』『ママ?』『ヒロちゃん聖母説くる?』『めでてー。ヒロちゃんがついに人間救済計画を発動するとは』『やっぱりメシア様じゃないか』『佐賀の片田舎救うよりまずは国の中枢にいったほうがいいのでは?』『は? おまえはオレを怒らせた』『知らなかったのか。四ヶ月前から佐賀は日本の首都だぞ』

 

「まだちょっと国のエライ人と会うのは怖いから、地元で草の根活動したいかなーって」

 

『モルモットになるかもしれんしなぁ』『ていうか、ヒロちゃんが近くにいたら愛でたいわ』『撫でくりまわしたく可愛さよな』『そういうロリコンがいるからぁっ!』『ロリコンじゃない。ただ愛した人がヒロちゃんだっただけだ』『草の根活動はわかる。すでに五億人のファンがいるけど』

 

「ボクもこんな事態になったのは生まれて初めてだし、なにもかも手探り状態なんです。正直なところをいえば、ゾンビについては誰かにまかしたいくらい。でもボクにしかできないし――」

 

 ボクは最初、引きこもりで社会とのつながりなんて信じてなくて。

 みんなは他人だった。

 でも、今ではほんのりとうっすらとだけど、みんなとのつながりを感じるし、みんなを信じている。つまりは社会を信じてるってことだ。

 

「ボクはボクにできることをします」

 

『ピュアピュアじゃのう』『ん。いまなんでもするって』『言ってねえよ』『陰キャなヒロちゃんが社交性を獲得した瞬間』『天使様が地上に舞い降りてきた瞬間』『無限に援助したい』『援助交際したい』『おいやめ……遅かったか。奴は死んだ』『次の待機者はうまくやってくれるでしょう』『乙葉ちゃんの時にも言ってたことだしな。ヒロちゃんは陰キャじゃないよ。ちょっと不器用なだけ』『ちょっと不器用。わかる気がする』『ポンコツ……』

 

「うう……ちょっと恥ずかしいことを言った気がするな。それとポンコツって言ったの誰だよ。見逃さんかったからな!」

 

『草』『草』『ポンコツでもいいと思うよ』『恥ずかしがることはない』『そもそもこんなんなる前は行き詰ってたように思うしな』『新世界が到来するのを目の当たりにしてんのかな』『子どもはいつだって希望だ』『幼女はいつだって正義だ』『ピンクちゃんと後輩ちゃんが苛烈な競争を繰り広げてる傍で、ほんわかムード』『ヒロちゃんくらいのペースでいいんだよ』『ポンコツっ娘最高』

 

「またポンコツって言った! 自分でもわかってるよ。うまくできないことはたくさんあるけど、みんなには助けてほしいって思ってます。おねがい」

 

『ヒロちゃんの甘え声クセになる』『小悪魔要素あるで』『悪魔なのか天使なのかはっきりしろ』『オレがなんでも教えてやるよ』『おう。まずはオレくんの身体について教えてくれよ』『アッー!』

 

 五億人にふくれあがってもやっぱり、ヒロ友はヒロ友だった。

 

 ふふ。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

「ヒロちゃん。ピンクはがんばった。500は集めてきたぞ」

 

 ストレージの一ブロックに50入る。それが10。

 たったこれだけの時間で、こんなに?

 すさまじい早さだ。

 

 ニヤリと笑ったのは命ちゃん。

 

「勝ちました。わたしは600は集めましたよ」

 

 ピンクちゃん。絶望顔になる。

 

『ピンクちゃんかわいそう』『大人気ない後輩ちゃん』『かわいそうなのが抜ける』『おい。やめ……、ギリギリセーフなのか?』『ていうか二人とも有能すぎるだろ。ヒロちゃん100も集めてねーぞw』『雑談しながらだからしょうがない』『おやおやこれは姫プなのでは?』『姫プでもいいじゃない天使だもの』『姫様が姫プして何が悪い』『実際、ヒロ友ログインさせればなんでも集まるよな』

 

「姫プじゃないし! でもピンクちゃんも後輩ちゃんもすごいね」

 

「ピンクは敗北者になってしまった」

 

「このゲーム。今日が始めてだったんでしょ。すごいよ」

 

「たいしたことはないぞ。視覚情報から得られる木の密度を計算して、効率計算をしただけだ。時間さえかければ誰でもできる」

 

 いや……誰でもできるようなことじゃないよね。

 

「甘いですね。単に効率計算をするだけではなくて、斧の損耗率も計算に含めなければダメですよ」

 

 ごめん。命ちゃんがなに言ってるかわからない。

 

「なるほど、ピットインのタイミング差がでたのか。制限時間が決まってるなら、逆算は可能だった。ピンクの惨敗だ。素直に負けを認める」

 

 ボクを間にして、熱く語り合うふたり。

 ワタクラってこういうゲームだっけ?

 

「先輩のご褒美ほしいです」

 

「あとで……えっと膝枕してあげようか」

 

「はいっ!」

 

 今年一番のとてもいい返事だった。

 

『小学生の膝枕』『オレも……オレも』『あ、自分ヒロちゃんに膝枕してもらったことあります』『は?』『は?』『お?』『もしもしポリスメン? 犯罪者がここにいます』『よく見たら、おまえぼっちじゃねえか』『洗顔剤と歯磨き粉を一生間違い続ける呪いをかけた』『目薬が口に入ってもだえ苦しめばいいと思う』

 

 自ら罠に飛び込んでいくスタイルか、ぼっちさん。

 ほんとにボクしらないよ?

 フォローもしないし。

 

「あの、先輩。いまの話本当ですか?」

 

 あれ……命ちゃんのハイライトが消えて。

 

「人命救助! 人命救助です!」

 

「そうですか。でも、男の人に対して簡単にお膝を許しちゃダメですよ」

 

「はい。わかりました!」

 

 ボクは命ちゃんに対しては素直なのです。

 ぼっちさんがコメント欄でボコボコにされるのを横目に、ボクはひたすら頭を振るだけの人形と化していた。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

 家をつくる作業に移ります。

 たくさんの木材ブロックができたから、結構大きい家ができそうかな。

 

「お菓子の家というとケーキみたいなカタチにするのか?」

 

「んうー。どうしようか。正直、ボクにデザインセンスはないし」

 

「先輩。CAD使って、図面ひきました。ご確認いただいてもよろしいですか?」

 

「CADってなぁに」

 

「図面ひくソフトですけど」

 

 命ちゃんから送られてきたファイルを開くと、なんだこれ……。

 そこには詳細な平面図・立面図・配置図までセットになっている。

 カタチを紐解くと、完成図はお誕生日とかに出されるような丸いチョコレートケーキみたいになる。木材の色が茶色だから、チョコレートケーキに見立てたんだろう。ボクが大理石を集めるっていったら、ショートケーキになったのかな。

 

「ありがとう! 後輩ちゃん。これでやっていこうか」

 

 もらったのはCADデータじゃなくてPDFだったんで、適当に切り張りしてみんなに見せることにする。図面は書けないけどこれぐらいならできます。

 

『ちょっと待て。いつ用意したんだこれ』『並行作業しながら図面ひいたのかよ』『毒ピンの力量。ヒロちゃんのポンコツさ。集められる木材の量。すべて計算しながら図面を引いただと』『後輩ちゃんはやっぱり天才なのか』『毒ピンもできそうだけどな』『毒ピンという最強のライバルキャラがでてきて本気を出す後輩ちゃん』

 

「後輩ちゃんはすごいな。ピンクは後輩ちゃんに敬意を表する」

 

「ありがとうございます。でも、実はちょっとズルをしちゃいました」

 

「マクロを使ったのか?」

 

「いえ、そうではなく……なんとなくこのゲームを始めたときから、先輩がかわいいお家を創りたいっていうんじゃないかと思って、ひそかに用意してたんです」

 

 ボクってそこまで予想されやすい頭なの?

 

「かわいいお家をつくるって後輩ちゃんには一言もいってなかったように思うけど」

 

「そうですね。これはミステリ的にいえば、プロバビリティに属する問題です」

 

「ぷ……プロ? え、わかんない」

 

「プロバビリティ。つまり可能性として、いつかそうなったらいいなと思っていろいろ仕込んでおくタイプの犯罪類型ですよ。例えば、ペットボトルを軒下に置いておいて、いつか太陽光が上手い具合に収束して火事になればいいとか、そういう可能性に賭ける犯罪です」

 

『物騒定期』『後輩ちゃん言ってることは物騒だけど、やってることは先輩が喜んでくれたらいいなってかわいらしい乙女心やぞ』『後輩ちゃんかわいい』『一途すぎて泣けてくるでホンマ』『もしかしてだけど、後輩ちゃん何パターンか図面描いてるんじゃね?』

 

「ん。コメントにもあったけど、後輩ちゃんいくつか描いてるの?」

 

「ふふ。乙女の秘密です」

 

「ふへへ……」

 

 ボクもへにゃりと笑っちゃう。

 命ちゃんはやっぱりいい子だなって思うから。

 

「ピンクも……ピンクもヒロちゃんにプレゼントあるぞ」

 

 え? なんだろう。

 

 ボクが驚いていると、そっと地面に置かれたのは一輪の花。

 

「かわいい家にしたいって言ってたから」

 

「ありがとう! うれしいよ!」

 

 ピンクちゃんも命ちゃんの勝負だけでなくて、ボクのことを考えてくれてたんだ。

 そんな気遣いがうれしい。

 もうふたりともかわいいな。

 

『なんだ。無限にイチャイチャしやがって』『正直助かる』『末永くお幸せに』『ゾンビのことも忘れないでください』『もう三人で結婚してしまえばいいと思うよ』

 

 それからあとは命ちゃんが描いたとおりにブロックを並べていくだけだったんで比較的短時間で家はできあがった。

 

 チョコレートケーキみたいなかわいいお家。

 たいまつをろうそくに見立てて、ボクの公称年齢である11本立ててある。

 ちなみにボクの誕生日は――もう少し先です。

 

「うわーい。できたよ。みんな!」

 

『うわーい』『うわーい』『うひっ』『かわ……』『ヒロちゃんの満面の笑み助かる』『結局ゾンビでてこなかったな』『ゾンビこないとなんか物足りなくなってしまった』『ゾンビならおまえの後ろにいるぞ』『おいやめろ』

 

「ゾンビはまあそのうちね。次の配信ではマシュマロ読もうかな」

 

 マシュマロっていうのは質問箱のことだ。

 

 当然、ボクのところにくるのはアイドル的な立場に対するものではなく、ほぼ99%くらいはゾンビに対する質問だけど、ピンクちゃんが傍にいれば、いろいろと判明することもあるかもしれない。

 

「次の配信時にはピンクちゃんにいろいろと実験してもらって報告してもらおうかなと思います。なにかわかればいいね」

 

「そうだな。ピンクとしてはヒロちゃんの唾液がほしいぞ」

 

「うん。あげるよ。お花くれたお礼にね」

 

『ピンクちゃん。ご褒美に唾液をもらう』『オレもご褒美ほしい』『オレくんにはオレの汁をやるから黙ってろ』『ついに科学者のメスが入るのか。胸熱』『ピンクの交渉術が有能すぎる』『幼女らしい素直さじゃね?』『ピンクちゃんに唾液を口移しであげる姿を想像した』『そんなの……最高じゃないか』

 

「感染しちゃうって」

 

「感染するのか?」

 

「すると思うけど」

 

 実際にマナさんもそうだったし。

 

「後輩ちゃんも感染者だったか?」

 

「そうだよ」

 

「ヒロちゃんに感染しても外形上は人間と変わらないように思えるが」

 

「でも、哲学的ゾンビみたいになってたらどうするの? 誰にもそれは証明できないんだよ」

 

 ボク自身は命ちゃんや他のみんながそうであるとは思ってない。

 ちゃんとクオリアが――こころがあって、感じ、考え、意思があると思ってる。

 でも、もしも感染した瞬間に意識が黒いヴェールに覆われていたらと思うと、底知れない怖さがある。それは死そのものをイメージさせるからだ。

 

「それは昨日寝て今日起きたときに哲学的ゾンビになっていたとしても誰も気づかないのといっしょだ。唯物論的には不可識別者同一の原理が働くから、哲学的ゾンビだろうが人間だろうが、脳内の電気信号やシナプスの働きがいっしょなら両者を区別する必要はない」

 

 うーん。

 まあそういう考え方もあるかもしれないけど。

 

「人類種の存続という点ではどうだろう。明らかにパワーが強くなってたり、超能力が身についたりするみたいだけど」

 

「人間の本質が誰かを想うことにあるのなら、べつにダンベル何トン持ち上げようが、超能力が身につこうがただの個性の範囲だと思うぞ。超能力があるから人間じゃないなんてことはピンクは考えない」

 

『なんかすごくプリミティブな議論をしてるな』『哲学的ゾンビっておそろしいな。ゾンゾンするわ』『死を考えるからだろう』『DNAとか変わってんのかなぁ?』『ヒロちゃん曰く素粒子が感染してるんだろ』『単純に超能力が身につくだけならヒロちゃん汁のみたくね?』『せやな』『幼女の唾液だからじゃなくて超能力がほしいもんな』『せやせや』『ほんまそれな』『わかりみ』

 

 本当に超能力欲しいだけだよね?

 




超能力なんて、ただの『個性』だよね?

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