あさおん・オブ・ザ・デッド   作:夢野ベル子

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ハザードレベル93

 ピンクちゃんがヒイロゾンビになってからの議論はボクにもわかる簡単な結論に達した。

 アンニュイな配信をしながらボクは思い出す。

 

――最初は強く当たって後は流れで。

 

 ヒイロウイルスの問題とか踏み絵になっちゃうとかそういうもろもろの問題はあるものの、最終的に残った犯人候補については、できるだけ事が大きくならないように話を聞こうという流れになった。

 

「ピンクがなんとかするぞ」「わたしがサポートします」「お姉さんは見てるだけ~」

 

 そんな感じで言われたものだから、ボクはすっかり安心して配信にいそしむことにした。

 もう考えるのに疲れちゃったともいう。

 

 配信用のノートパソコンの前で、ボクは緋色の翼をふわりと開く。

 ガスバーナーみたいにシューっと光の帯を出力する感じ。

 あるいは戦闘機のアフターバーナーみたいな感じ。

 

 わりと忘れがちなことだけど、ヒイロウイルスは無機物にも感染するし、携帯端末なんかを通じて感染させることもできる。雄大が青函トンネルを抜けた直後にゾンビに噛まれて、ボクはスマホを通じて、ヒイロウイルスを飛ばし、ゾンビを追い払ったことがある。

 

 もちろん、これにはボクの気合が必要だけどね。

 緋色の翼が出てるときは、ボクの最大出力時にあたり五分くらいで息切れしちゃう。

 いや、少しは成長しているからもうちょっとは持つかな。

 

 ともかく、その状態でおこなったのは犯人と思われる人の追跡だ。

 ボクはパソコンを片手で持ち上げ、そのまま放送室を出た。

 

『ヒロちゃん何してるの?』『さっき何か言いかけてたよな?』『また翼だしちゃって』『神々しすぎる』『着物きてるとこんな感じになるんやね』『あ、ノートパソコンが傾いたときにあんよが見えた……』『下駄はいてるのね今日は』『すべすべあんよ』『足がかわいいのよ足が』『数秒の映像も見逃さない変態たちがおる』『今日のヒロちゃんはなんか変だな』『さっき炎上しかけたしな……』『つーかなんでアンチが動画見てるんだよ。いやなら見るな』『アンチとか勝手に認定すんなよ』『あ? 戦争か』『やめーや』

 

 まだ炭火のように鎮火しきってないようだ。

 でも、これもまたしょうがないのかもしれない。

 

 ボクは命ちゃんの意見を取り入れて、

 

――疑わしきを罰する。

 

 ということに部分的に同意した。

 

 部分的というのはどういうことかいうと、状況的に疑わしい人をさらに精査するってことだ。

 

 つまり、

 

――疑わしきを疑う。

 

 グレーの人間をつるしあげる。34名のグレーの人間に黒塗りをおこなう。

 

 あれから命ちゃんの知恵もあって、犯人が日米共同経済なんたらの人たちなら住民登録上はこの町の住民ではないのではないかということも指摘された。

 

 ゾンビハザードが起こったあとに住民登録データを改ざんした形跡はない。命ちゃんのパソコン上の技能はピンクちゃんも驚くほどのウィザードクラスらしくて、その道のプロでもごまかしは効かないだろうとお墨付きをもらっている。

 

 つまり――、住民登録データとの照らし合わせ。

 ピンクちゃんの面談結果と住民登録上の名前を重ね合わせて、少なくともこの町に住民票がない人物でかつ、その34名に該当する人物はたった10名にまで絞りこまれた。

 

 住民票は基本的には居住地が変われば変更手続きをするようになっている。この"基本的には"というところが厄介で、ボクも法律上はそうなることは知っているけれど、相続の関係とかいろんな事情で移さなかったりすることもある。

 

 それに命ちゃんみたいに他県から来てる人だっているわけで、他県から来てたってべつにおかしくはない。単に状況的に少し犯人っぽくなるだけだ。

 

 でも、少しずつ黒を濃くしていく、犯人であるかもしれない疑わしさを濃くしていくということが残された唯一の方法だった。

 

 十分に非道な行為であることは理解している。でも、ここまで容疑者の数が膨れ上がってしまって、トロイの木馬がいる状態で推移すると、みんなのこころが持たないように思った。ピンクちゃんの面談に付き合うなかでいろんな人の声を聞いたよ。

 

 みんな安心をほしがっていた。

 

 爆弾が傍らにあるままに人間は生きていけない。ボクだっておんなじ気持ち。

 完全に割り切ってるわけじゃないけど。

 

「えっと、そこの人。こっちにきてください」

 

 みんなが住んでいる居住部屋のひとつを開けて、そこにいるふたりの人間をピックアップした。

 ひとりは背が高く20代半ばくらいの若い坊主頭の男の人。もうひとりも同じく20歳半ばくらいの男の人でグレーのシャツを着ていた。

 ふたりとも筋肉質で引き締まった身体をしている。

 部屋の隅っこあたりに座って、彼らはスマホをいじっていた。

 ボクに呼ばれて狼狽しているように見える。

 

「どうしたのかな?」「配信中だよね?」「一般人のオレらに何か用?」「配信に出るのは恥ずかしいんだけど……」「顔見せは親の代からの取り決めでNGなんだ」

 

 矢継ぎ早に話しかけるその人たち。

 ボクは黙ってこちらに来るように促す。

 彼らは立ち上がってボクに近づいてきた。他の人たちは困惑した表情でボクを見ている。

 おずおずと立ち上がるふたり。

 もし反抗しても、ボクの念動力のレンジに入っている。

 誰かを害することはできない。油断はできないけど。

 

『ほんとどうしたんだよ』『カメラが内側だから誰に話しかけてるのかはわからないがこれは』『犯人探しをしてる?』『いまヒロちゃんが話しかけたやつが犯人?』『どうやってわかったんだ?』『なにがなんだかわからない』『毒ピン解説してくれー間に合わなくなっても知らんぞ』

 

「解説しよう」

 

 後ろからひょっこり現われたのはピンクちゃんだ。

 ちっちゃいから気づかなかったなんてことはなく、いままで隠れていただけだ。

 

「残念ながらピンクは犯人を見つけることができなかった。なぜなら、犯人は巧妙でピンクの科学的捜査をことごとくはねつけていたから。また、目撃証言もいなかったことから、犯人は複数犯の可能性が高かったのだ」

 

『な、なんだってー!』『複数犯ってマジか?』『それはあなたの感想ですよね?』『複数犯、容疑者200名以上とか普通に絶望的じゃね?』『でもピックアップできたわけだよな?』『あ、もしかしてアンチコメしたやつか?』

 

「ん。そうだ。ヒロちゃんに対してアンチコメしたやつは、ヒロちゃんが追跡できる。ヒロちゃんの素粒子は万能だからな」

 

『へー(無関心)』『いまなんでもできるって言ったよね?』『前から思ってたんだけど緋色の翼ってヒロちゃんの素粒子なんだよな』『緋色のウイルスか』『緋色様の聖霊ですね』『パソコン辿ってヒロちゃんの素粒子が追跡したの?』『電子戦もできるのか』『でもアンチコメしたからって犯人とは限らんよな』

 

「複数犯といったがゾンビ槍を投げ入れたのはもちろんひとりだろう。何人もわざわざ人目につきやすい屋上に行く必要はないからな。つまり、実行犯プラス複数の幇助犯という構成だ」

 

 目の前にいる二人組は、ピンクちゃんの話が進むにつれて青い顔になっている。

 

「ま、待ってくれ。オレらは確かにヒロちゃんのことキモイって書いたけど、悪ノリの一種だったんだ」「よくあるイジリだよ。ヒロちゃんがかわいいからちょっといじわるしたくなっただけで、特に悪気があったわけじゃ……」

 

 しらばっくれているのか。

 それとも本当にイジリの一種だったのかはわからない。

 ピンクちゃん後はお願いします。

 

「もちろん、犯人であるかどうかが確定したわけじゃない」

 

 ピンクちゃんが毅然とした態度で述べる。

 

「じゃあ、こんなんで犯人扱いしないでくれよ」「拷問にでもかけるのか」「オレらをゾンビにでもするつもりかよ」「他人のコメントをこっそり覗き見るとか趣味悪ぃよヒロちゃん」

 

「趣味が悪いのはそうかもね。みんなが好きにコメントするのを抑制しちゃうかもしれないのもヤダよ。でも、町のみんなをゾンビにするような人がいるならしかたないっていうのもわかってほしい。いまここには刑事さんとかいないんだし」

 

 ボク自身への悪口とかアンチとかならいくらでもやってもらってかまわないと思ってる。

 でも、ボクは"この後"が怖い。

 割れた窓がどんどん多くなって取り返しがつかなくなるのが怖い。

 命ちゃんの恐怖が感染したのかもしれない。命ちゃんがボクの心配をしたように、ボクは命ちゃんやボクと親しい人たちが傷つくのが怖かった。

 

 匿名性のある量的なファン――ヒロ友。

 集団が大きくなればなるにつれて、その中でアンチが発生する確率は高まる。

 ネットでの悪口だけならまだいいけど、今回は実効性のある暴力だ。

 警察がいなくなってしまった世界では、多少の自衛はしかたないと思う。

 本当は配信しながら犯人探しをしないほうがよかったかもしれない。

 パソコンを開きながら犯人を追跡したのはヒイロウイルスの追跡のためというのも理由だけど、ある程度特定してから配信を切り上げることはできた。

 

 でも――それでもコソコソ犯人を捜すのはもうやめたかった。

 ボクはボクの行為が正しいかをみんなにジャッジしてもらいたかった。

 結果としてボクが今より嫌われたとしても。

 いまも配信を続けているのはそんなボクのワガママだ。

 

『犯人をトリアージするためか』『幇助していたってなんだ?』『犯行を幇助するといったら、目撃者逸らしとかかな』『なんだかやり口がプロいよな』『やっぱジュデッカなんじゃね?』『だからどうして黒幕扱いするんだよw』『これからヒロちゃん動画は検閲されるのかやべえよやべえよ』『そもそも検閲とは表現の事前抑制だから厳密には検閲じゃありませんね』『ヒロちゃんより自国とか運営会社から監視されてるんじゃね?』『コメントどころか垢バンされることもあるしなー』『そりゃそうだわな』『小学生とチョメチョメしたいとか度し難い。あ、やめて消さないで違いますチガイマス』『まあ変なコメントとかは元から消されるよな』

 

「検閲はしないよ。そんなのやりたくもない」

 

『ヒロちゃんのアンニュイ顔』『神秘的ヒロちゃんがより神秘的に』『事実上検閲になってるような』『ヒロちゃんとしてはどうしようもない問題じゃね? アンチとかどうやったって湧くし』『みんなに優しくしたら八方美人だと言われたりするしな』『ヒロちゃんの長所を短所と捉える人だっているだろ』『検閲されてもなんの問題もない』『だから検閲しねえって言ってるじゃん。ヒロちゃんを信じろ!』『全部犯人が悪い。さっさとゾンビになってどうぞ』

 

 意見はさまざま。

 いまはみんな困惑しているみたい。

 ボクだって葛藤があった。

 配信に現実世界の楽しくないこととかを混入することになりかねないから。

 でも水に毒を混ぜたのは犯人たちだ。

 

「オレらは犯人じゃねえ。証拠はあるのかよ」「そうだよ。証拠もないのにオレたちこれから町のやつらに吊るし上げられるかもしれないだろ。ヒロちゃんのせいだからな!」「だいたい小学生が探偵ごっことかおかしい」「町長だせよ。町長。大人を遊びで陥れるなよな!」

 

 これ以上、この場所で話しても埒があかない。

 ボクはピンクちゃんに当初の会議で決めた"流れ"を視線で促す。

 犯人っぽい人から話を聞く。つまり取調室みたいなところへ。

 

 でも……、プチっていう音が聞こえた気がした。

 ピンクちゃんはめちゃくちゃ怒っていた。

 マジ切れしている。

 

「証拠はないがお前達が犯人だと証明することは可能だぞ!」

 

 ピンクちゃんがちっこい身体を精一杯伸ばして、ふたりを睨んでいる。

 

「なにをどうやって証明するっていうんだよ」「自白とか狙ってるのか?」

 

「ピンクはこの場で公表する――、ピンクはヒロちゃんの素粒子、ヒイロウイルスに感染している。ヒイロウイルスのデッドエンドホスト。つまりヒイロゾンビだ。ゾンビといっても腐ってないぞ!」

 

 あ、あれ?

 そんな話をする流れでしたっけ。

 

『ピンクもゾンビちゃん?』『毒ピンがいつのまにかポジってる件』『見た目かわいい幼女だし違いがわからんな』『外見上、人間と違いがなくてもやっぱり種族が違うんじゃないか?』『自己同一性の認識は?』『いつゾンビになったんだよ?』『ヒロちゃんがレイプ目に』『この流れは……ピンクちゃんの暴走?』

 

「ピンクは自分自身を精査してみたが、直接的に観測しうる結果としては人間だったときと脳の活動に違いはなかった。具体的なデータについては、ホミニスのウェブサイトにアップロードしているので参照してほしい」

 

『は?』『いつのまに毒ピン』『いま毒ピンが最高に毒ピンしてる!』『多目的合成装置サイクロトロンをつかったゼロベースデータか』『チューリングテストもやってる』『PET使った細密な脳のビフォアアフター』『データ的には違いはないが……』『いやデータ的にいっしょでも心に違いがないかはわからんわけでしょ』『哲学的ゾンビについての問題は残るよな』『他人どころか本人も違いがわからんでしょ。こころを直接観測する装置なんて無いんだから』『傷の治りが超早い動画が軽くグロ動画なんだが』『待てよ。ヒイロゾンビになればゾンビに襲われないんだよな。これってワクチンなんじゃ』『ピンクちゃんの血を百億円でわが国は買いたい』『うちは二百億円。キャッシュ一括払いで』『うちは5兆円だします』『まていまは慌てる時間じゃない。そもそもヒロちゃんがその気になればヒイロゾンビなんか簡単に増えるだろ』『ヒイロゾンビになって本当に問題はないのか?』『ただちに影響はありませんだったらどうするのかって話ではあるよなぁ』『あとからヒイロゾンビは五年で死にますとかだったら嫌だよな』『で、なんの話だっけ?』

 

 もうめちゃくちゃだよ。

 ピンクちゃんは怒りに燃えて我を忘れているけど、犯人がどうこうより後からフォローが困難なんじゃないかな。でも、ゾンビになるというリスクから、みんな動かないことも考えられるか。

 

 ボク自身としては――、みんながこころの底からゾンビになっていいと言うんだったら、いくらでも血なんか分けてあげられる。ヒイロゾンビになった人が誰かに分けるというのも止める気はない。前まではもしかしてゾンビなんだから赤ちゃんとかできないし成長できないんじゃないかって思ってたけど、そういうデメリットはないみたいだし。

 

 つまり、ボクにもヒイロウイルスがなんなのかよくわからなくなってきたということ。

 もしも日本のことだけ考えるなら、ヒイロウイルスの値段を吊り上げて売るということは考えられるけど、もう後はこころの問題というか、感情的に納得するだけのような気もするんだよね。

 

 おそらく混乱が生じるだろうけど――。

 

「な、何が言いたいんだよ?」と犯人候補のひとりが聞いた。

 

「わからないのか? 犯人はヒロちゃんを否定する一派だ。だから、ヒロちゃんに感染したくない。そうだろう」

 

「そんなわけのわからない物質に感染したくないのは当たり前だろ!」「ゾンビにはなりたくねえよ。気持ち悪い」

 

「これは信用問題だ。ピンクは保証する。ヒイロゾンビになっても何も問題はない。人間だったときとの違いは、ゾンビ避けができる。身体に再生能力がつく。精神的に賦活される。簡単に言おう。自分が望む自分が手に入る」

 

「だからって嫌に決まってるだろ」「あんたは頭がいいからわかった気になってるかもしれんが、オレは地頭悪いからな。さっぱりわからねーよ」

 

「ヒイロゾンビになればお前達を信用する。ヒイロゾンビにならなければ、お前達は少なくともピンクやヒロちゃんを信用してないってことだから、ここから出て行ってもらう」

 

「要するに踏み絵なわけだ!」「このガキ。言ってることがえげつねえよ」

 

 やっぱり出てきた踏み絵。

 ピンクちゃんの話し方は暴力的になっていると思う。

 いまこの場での強制力はかなり強い。

 こころの底からヒイロゾンビになりたいならという理想からはほど遠い。

 

「ピンクちゃん。信用問題なのはわかるけど、いいやりかたじゃないような気がするよ」

 

「ピンクは全部の責任をとるぞ! ヒロちゃんが気に病む必要はない」

 

 そうか。

 ピンクちゃんもボクのために言ってくれたのか。

 うれしくはある。

 でも、本当にそのやりかたが正しいのかな。

 

『踏み絵か』『踏み絵だな』『ゾンビになっても何の問題もないといわれてもな』『そもそもアンチコメする連中がそんなんに納得するか?』『鬼畜幼女』『毒ピンは本当に毒ピンだった!』『ヒロちゃんが悩ましげな顔になってる』『容疑者扱いされたやつらももう住めんだろ』『ピンクの言い方はきついが免罪符でもあるわけだよな』

 

 免罪符か。

 そういう考え方もあるのか。

 容疑者だった人たちがここにこのまま住むためには、そういう踏ん切りというかきっかけは必要かもしれない。アンチコメを書いたという事実は事実だし。ヒロ友という連帯の仲で他のみんながどう思うかわからないけど、あんまりいい感情は抱かないだろう。

 

「さあ選べ。ヒイロゾンビになるかならないか!」

 

 ふたりは顔を見合わせる。

 推理が正しければ、ふたりは同僚であり仲間なわけだけど。

 考え方が同じとは限らない。

 

「お、オレは……ヒイロゾンビになってもいい」「おい」

 

 ヒイロゾンビになってもいいと言ったのは、グレーのシャツを着た男の人だった。

 見下げ果てたような視線になる隣の人。

 

「えっと、鈴木さんだっけ。本当にヒイロウイルスに感染していいの?」

 

 グレーのシャツの男。鈴木さん(偽名かもしれない)はゆっくりと頷いた。

 

「ウソだろおまえ。あの人に殺されるぞ……」

 

 坊主頭の――えっと、田中さん(偽名かもしれない)が恐怖に怯えた声を出す。

 事実上の自白だった。

 鈴木さんは隣の男の人、田中さんをにらんだ。

 本来ならグレーのまま行きたかったんだろう。

 鈴木さんは自己犠牲の精神でヒイロゾンビになると言ったのかもしれないし、自分だけが助かりたいという思いからそう言ったのかもしれない。

 

 そのあたりは不明ではあるけれども、自白がとれちゃった時点で、もはやヒイロゾンビになる意味はないかもしれない。

 

「えっと……、自白だよね?」とボクはできるだけ柔らかく言った。

 

 配信でもなかなか出さない媚び声だ。

 犯人を刺激しないようにそぉーっと声をかけた感じだ。

 田中さんはしばらく無言だったが、いい加減どうしようもないと悟ったらしい。

 

「ああ、オレたちは上からの命令でゾンビテロを起こした」

 

『ひゅうー』『やったぜ』『犯人捕まったぞ』『ピンクちゃんの粘り勝ち?』『さすがに状況からにっちもさっちも行かなくなったんだろうな』『トリアージは成功したが、まだ実行犯が残存しているだろ。気を引き締めろ』

 

「あのこんなことになっちゃったけど――、鈴木さんどうする?」

 

「オレはもともと嫌だったんだ。あの人はゾンビに異常なまでの憎悪を抱いている。でもヒロちゃんはゾンビだとは思えなかったし……、アンチコメとか本当はしたくなかったんだよ。信じてくれ!」

 

「命令されてしかたなくやったってこと?」

 

「そうだ」

 

「だそうだけど、ピンクちゃんどう思う?」

 

 ピンクは白衣のポッケに手をつっこんで、冷たい視線になっていた。

 

「お前達以外に幇助犯がいるのか知りたいぞ」

 

「いねえよ」とぶっきらぼうに言い捨てる田中さん。

 

 自分が自白したのは鈴木さんのせいだとも言いたげで、地面ばかり見ている。

 

「ヒロちゃん。オレたち、あの人に殺されちまうよ……」

 

「あの人って、どの人?」

 

「その……名前はいえない。本当に裏切ったと知られたら殺されちまう」

 

「実行犯のこと?」

 

 鈴木さんはかすかに頷いた。

 秋だというのに大量の汗を流している。

 背筋はピンと伸ばされ、本能的に恐怖を感じているのがわかる。

 でも、目の奥底にあるのは、その人に対する怨みの感情だ。

 その微妙な均衡がヒイロゾンビになってもいいという発言だったのかもしれない。

 

「ヒイロゾンビになったら鈴木さんはその人に殺されちゃうかもしれないわけだよね。だったら、名前をここで述べてすっきりするのも手だよ。ボクが約束する。ヒイロゾンビになってもならなくても実行犯の名前をここで述べたら鈴木さんを庇護するよ。あ、田中さんも同じくです。ふたりで話し合って決めてください」

 

「わかった」と鈴木さん。

 

 田中さんは無言のままだ。

 

「なあ、田中。オレたちのやってることって"悪"じゃないのか? ヒロちゃんは人類のためにがんばってるし、オレたちが本来守るべき子どもだろ。もうやめようぜ」

 

「おまえはあの人の怖さを本当の意味で知らないからそんなことが言えるんだ。あの人は関東決戦でゾンビを百匹以上殺しまくった存在なんだぞ。いくら超能力が使えるからって小学生にオレらが守れるのかよ」

 

「わかってるさ。でも、もともと自衛隊に入ったのは守るべきものを守りたいからだろ。あの人はゾンビ憎しで殺しまくってるだけじゃないか。そもそもゾンビから回復できるのがわかってるのにゾンビを殺したら殺人だろ」

 

「オレたちにゾンビを殺す殺さないを決める権限はない」

 

「ひとりの人間としてどう思うかだって大事じゃないか。そもそも権限ということでいえば自衛隊は分裂していてどっちが正統か曖昧になっている。入間か小山内かそんな感じだろ。上のことはわからんが、どっちか決めるのは個々人じゃないのか」

 

「オレは……そこのゾンビを信じていいかはまだわからん」

 

 あ、ボクです?

 それは人それぞれだと思います。

 鈴木さんはどう答えようか迷ってるようだった。

 ピンクちゃんはどうでもよさげ。基本的に執着していること以外は完全無視に近いのは命ちゃんに似てるよね。ボクにすりついてくるところも似ているけど。

 

「田中。友人として言う。頼むよ。あの人に逆らうのは怖いがここはヒロちゃんを信じよう」

 

 しばらく無言の時間が過ぎた。

 やがて雨が降り始めるようにポツリと――。

 

「オレにはあの人の気持ちもわかる気がするんだ。オレは五歳の娘を失ったからな。あんたは独り身で何も失ってないじゃないか。だからわからないんだよ」

 

 ひとりほの暗く笑う田中さん。

 

 ボクがわちゃわちゃと配信を楽しんでいる傍らで、何千何万もの人がゾンビになって、そしてゾンビに噛まれて感染して、死んでいったのは頭では理解している。

 

 中には頭を撃ち抜き、愛する人を永遠に失った人もいるだろう。

 

 結局、実行犯の名前を告げたのは鈴木さんだけだった。

 

――久我春人。

 

 実行犯の名前がついに明らかになる。

 

 あ、ちなみに実行犯はもう捕まえてます。




わりと難産でした。

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