君に好きだといいたくて   作:stright

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衝動的に書きました。




 コトコトコトコト。音を立てる鍋の中の様子を、些細な変化も見逃すことがないように集中して観察する。

 鍋の中の温度、火入れは80度前後をキープ。かえしには醤油をベースにしたものを使用した。これまで試行錯誤してきた自作の香味油と香辛料を合わせた渾身のタレ。それが思い描いた最高の姿(スープ)をつくれるように、理想の姿へとなるように。最後のピースを手に入れるべく、つぶさに観察をし続けた。

 そしてその時はやってきた。

 ごくりと唾を飲み込み、震える手を伸ばして煮込んでいた鍋の蓋を開ける。

 そこには、待ち望んでいた理想のダシの姿があった。

 内心の喜びを必死で抑え、用意していた器にタレとダシを加えて混ぜ合わせる。そして茹でておいた麺を湯切りして、器に乗せる。トッピングにはベーシックにチャーシュー、メンマ、ナルト、ノリを用意した。それを景観を失うことがないように丁寧に、盛り付けていく。

 

「これで、完成だ……」

 

 長年追い求めてきた、自身の思い描く究極のラーメン。それがようやく目の前に完成した。歓喜の咆哮を上げる自分の心を何とか落ち着けて、箸を持つ。

 この6年間。幾度も挫折しそうになりながらも、あきらめずに研鑽し続けてきた成果がそこにある。もう駄目だと何度思ったことだろう。涙が出そうになるのをこらえ、手を合わせる。

 

「いただきます」

 

 湯気を立てる器の中にある麺にスープを絡ませながら、箸ですくう。ふーふーと少し息で冷ましながら口に含む。

 ずるずると音立てながら麺を啜る。その一口をその一瞬を噛み締めながら、飲み込んだ。

 

「――――」

 

 言葉が出なかった。全身に染み渡るその味が、自分が間違っていなかったのだということを証明してくれた。俺はその感動に身を震わせ、すぐにむさぼるように箸を進めた。少しずつ少しづつそれでも決して止めることなく食べ続けた。あっという間にスープまで飲み干し、器の中身は空になった。

 箸をおき、一息つく。いつの間にかこらえていたはず涙が頬を伝っていた。

 そして俺は、人知れず涙を流し続けたまま、これまでの日々を振り返った。

 

 

 

 

 

 

 俺、中華翔は小さなラーメン屋の息子として生を受けた。母は幼いころに他界し、現在は店主である父親と二人で暮らしている。裕福とは言えないが、それなりに不自由なく暮らしてきた。

 俺は小さなころから店の手伝いをしてきた。元々個人経営をしている小さな店だということもあり、人手があまりなく、父は調理等にかかりっきりなため店の掃除や接客などの手伝いをすることが多かった。

 しかし小学生の頃は、それが嫌で嫌で仕方がなかった。なにせ学校から帰れば店の手伝いをしなければならないせいで放課後友達と遊ぶことがあまりできなかったからだ。やんちゃ盛りだったこともあって、俺はいつも不満ばかり言っていた。

 店に来るのは大抵が昔からの常連客だ。うちの店の評判は良くも悪くも普通といってよく、特徴もあまりなかった。強いていうならラーメンよりも餃子のほうがうまく、値段がそこそこリーズナブルだというだけ。ラーメン屋としてはどうなのだと思うが父曰く「元々は餃子専門でやっていきたかった」「ラーメン屋にしたほうが客の寄りつきが良くなる」という感じなのだそうだ。なんだそれは。

 ともかくそんな感じで特に繁盛しているわけでもなかった店の手伝いのために拘束されるのは我慢ならなかった。もっと友達とサッカーがしたかったし、ゲームもしたかった。多分俺はそのまま何もなかったら父へと怒りをぶつけて、親子間の関係は最悪のものになっていただろう。

 でもそうはならなかった。

 きっかけはとても単純なものだ。小学4年のころ、隣のクラスに転校生がやってきたのだ。

 転校生というのは興味の対象になりやすい。ましてや田舎の小さな学校ということもあって早い段階からうわさが広がっており、誰もが来たばかりの転校生を一目見ようと教室に押しかけていた。俺も例に漏れずクラスの友達と一緒にそいつを見に行った。ドアの前に集まる人だかりを押しのけ、前に出る。そして一瞬で目を奪われてしまった。

 一目惚れ、だった。

 艶やかな、ウェーブのかかった長い金色の髪。透き通るような白い肌。人形のように整った顔。体はとても華奢で、触れれば折れてしまいそう。どこか近寄りがたい神秘的な雰囲気をまとっている少女。とても同じ人間だとは思えない程可憐な少女に、俺は一瞬で虜になってしまった。

 衝撃のあまり俺はしばらく教室の前から動けなくなっていた。その後すぐに予鈴のチャイムが鳴り一緒に来ていた友達に連れられて教室に戻ったが、頭の中は転校生のことばかりが浮かび、勉強や店の手伝いにも手がつかず、その日はずっと上の空になってしまっていた。

 後日隣のクラスの友達に話を聞いてみた。彼女の名前は小泉というらしい。父親の転勤でこの町に越してきたそうだ。転校初日こそいろんな人が彼女の周りに集まっていたが、徐々に近づく人はへっていったらしい。なぜかと聞いてみると確かにかわいいが不愛想で人付き合いも悪く、学校が終わればすぐに家に帰ってしまうためクラス内の評判はあまりよくないのだそう。特にその容姿の良さを妬んだクラス内の女子が目の敵にしているという話だ。その中にはクラスの中心的な女子の一人も入っていたため、目を付けられるのが嫌で男子も話しかけることはほとんどなくなり、クラスで孤立しかけているらしい。

 それを聞いた俺は学校内で話しかけるのが少し怖くなってしまった。隣のクラスの話とはいえ、小さなコミュニティーである。まるっきり影響がないわけではない。加えてこの学校の女子のネットワークは強力で、外様に対するあたりが結構強かった。結局俺はそのまま自分から話しかけることができずに、悶々としたままただ時間だけが経過していった。

 そんなときである。学校を終えいつものように家の手伝いをしていると、ガラガラガラと戸が開く音が聞こえた。目を向けてみるとそこには小泉さんが立っていた。

 驚きのあまり声も出せずに固まっていると、彼女は不思議そうな顔をしながら小首をかしげた。そのあまりにも可憐な仕草に見惚れ今度は別の意味で固まってしまった。

 しばらくの間そうやって見つめあっていたが、埒が明かないと思ったのか彼女は鈴の音のような綺麗なよく通る声で俺に話しかけてきた。

 

「すみません」

「……」

「すみません」

「……っ!? はいっ。なんでしょうか!」

 

 数舜遅れて反応を返した。驚きの連続で思考が止まってしまっていた。彼女に声をかけてもらえたこと、こんなにも近くに彼女がいること。そんな喜びと緊張のあまり目が回ってしまいそうになるのをなんとか耐えた。

 

「はい。暖簾が上がっていたのでもうお店は開いてると思って入ってきたのですが、今大丈夫でしょうか」

「も、もちろんですっ。いらっしゃいませっ」

「そうですか。ではラーメンを一つお願いします」

「ラーメンですね! かしこまりました少々お待ちくださいっ」

 

 そんな落ち着き払っている彼女とは反対に俺はまともに目を合わせることができずに、注文を受け付けるとぺこりと頭を下げてから足早にその場から立ち去った。速足で調理場へと入り、父へと注文を伝える。そして表に出て、気づかれないように彼女の様子をそっと見た。

 彼女は入り口近くのカウンターに綺麗な姿勢で腰かけていた。少し足が長い椅子に座ると小学生ゆえに地面に足がついていなかったが、それがみっともないとかほほえましいとかそんな印象を抱かせず、一つの絵画のように調和した姿をとっていた。彼女は慣れた手つきでその長く美しい髪を後ろでまとめると、姿勢を正してじっと自分のもとへラーメンが来るのを待っていた。

 そんな彼女の一つ一つの動作に目を奪われ、放心状態になってしまっていた俺は、父に声をかけられるまで彼女のことを見つめ続けていた。

 完成したラーメンを両手で持ち、彼女のもとへと運ぶ。彼女のところに近づくたびに、心臓が早鐘を打っていた。顔も熱を持ち、赤くなっているのが自分でもわかる。それでも何とか彼女にラーメンを運ぶと彼女はありがとございますと一言呟き、自身の目の前に来たラーメンをつぶさに見つめると、数舜してから箸をとった。

 ぱきんと割りばしの割れる音が聞こえる。そして目をつぶり手をあわせ、いただきますと一礼をしてから、彼女はラーメンに手を付けた。

 彼女は一心不乱にラーメンを食べ続けた。正直言ってうちのラーメンはそこまでおいしくはない。前述したように餃子のほうが評判が高く、ラーメンよりも餃子の定食の注文を受け付けるほうが多いくらいだ。そんなうちのラーメンをここまで真剣に、そしてうまそうに食べる姿を見たのは彼女が初めてだった。

 食べている間の彼女はそこはかとなく艶やかで、同じ小学生とは思えない色っぽさを持っていた。そして何よりもどこか楽しそうだった。学校で見かけていた彼女との印象の違いに少し戸惑ったが、そんな彼女の姿もまた魅力的で、俺はその場に立ち尽くしていた。

 あっという間に麺を食べきり、豪快に器を持ち上げるとごくごくとスープまで飲み干した。そして器から口を離した彼女は、今まで一度も見たことのなかった幸せそうな笑顔を浮かべていた。

 その笑顔を、俺は生涯忘れることはないだろう。

 今まで見てきた誰よりも美しく可憐で魅力的なその笑顔は、俺の心をどうしようもなく惹きつけた。俺にもその笑顔を向けてほしい。俺にその笑顔を見せてほしい。そんなどこか脅迫的で使命的な感情に襲われ、会計を済ませて帰ろうとする彼女に俺は声をかけた。

 

「あのっ。すいません!」

「……? 何でしょうか」

 

 彼女はいつもの無表情な顔でこちらを振り返った。それを少し残念に思いつつ、俺はこの機会を逃さないように必死に言葉を紡いだ。何を言ったのかをは正直よく覚えていない。ただ彼女を引き留めようとしていたのだけは覚えている。そんな労が功を奏したのか彼女は店の中に戻り、奥の席に座って話を聞いてくれる体勢になってくれた。今日は幸いにもお客が少なかったこともあり、父に友達が来てくれたから奥で話したいと伝えると簡単に許可をもらうことができた。

 父にその旨を伝えてから表に戻る。すると座敷に座る彼女の姿が見えた。その姿はとても絵になっていていつまでも見ていたいと思うほどだったが、彼女を待たせるわけにはいかず、俺は少し名残惜しく思いつつも、席に向かい彼女の対面に座り、数舜の間をおいてからなんとか言葉を発した。

 

「それであの、小泉さん」

「何ですか」

「俺、中華翔っていうんだ。一応同じ学校の隣のクラスなんだけど」

「はい」

「小泉さんのことは、友達から聞いててさ。何回か見かけたこともあって」

「そうですか」

「……」

「……」 

 

 話が続かない。当たり前かもしれないが、彼女と話すのはこれが初めてである。思春期の男子にとって女子と、ましてや気になっている相手と1対1で話すのはなかなかにハードルが高かった。話したいことはたくさんあるし、聞きたいこともたくさんある。だが緊張のあまり言葉が続かず、頭の中は大パニックになっていた。

 そんな俺の様子を察したのか、待っても話を始めない事にしびれを切らしたのか、彼女はため息を一つ吐いてからこちらに問いかけてきた。

 

「それで、話とは何ですか。隣のクラスの中華くん」

「へっ?」

「話があるのでしょう、私に。何もないというのなら帰りますが」

「まっまって!? 今! 今話すから!」

「そうですか。ではお願いします」

「う、うん」

 

 深呼吸をしてゆっくりと息を吐く。一挙手一投足に気品を感じる彼女に僅かに目を奪われつつも、何とか気持ちを落ち着けて話を始めた。

 

「小泉さんって、ラーメンが好きなの?」

「はい」

 

 食い気味な即答。力強いその答えにあっけにとられつつ、話を進める。

 

「やっぱりそうなんだ。すっごく幸せそうに食べてたから、もしかしてと思って」

「そうですか」

「えっと。うん」

「……用件は、それだけですか?」

「え」

「であるならば、もう行きたいのですが」

 

 そう言って、彼女は腰を上げようとした。

 

「違うよ!? まだある。まだあるから」

「なら手短にお願いします。こちらにも用があるので」

「うん。わかった。ちょっと待って」

 

 席を立とうとする彼女を何とか引き留める。そして一呼吸を入れ、今度はしっかりと彼女の眼を見た。彼女も雰囲気が変わったのが分かったのか、佇まいを直しこちらを真摯に見つめてきた。その視線に少し恥ずかしくなりつつも、目をそらすことだけはせずに、シンプルに俺の想いを伝えた。

 

「小泉さん。俺のラーメンを食べてください!」

 

 

 

 

 この日から俺の研鑽と努力の日々が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




全4回の予定。
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