本作にて、小説投稿150本目となりました!
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いや〜、今日もチョココロネがめっちゃ美味しい!

「こんにちは〜」

開かれた入り口のドアから、若干控えめな挨拶の声。レジに立っていたお店の看板娘は、そちらに視線を向けてニコッと微笑む。

「いらっしゃい、りみりん」

「あ、沙綾ちゃん。沙綾ちゃんがお店番だったんだね」

「さっき変わったんだ〜」

りみは少し笑うと、店内を見渡して不安げな表情を作る。

「……チョココロネ、ある?」

いつも陳列されている場所に、お目当てのパンが置いていない。決して遅い時間ではないのだが、人気商品。売り切れてしまったのだろうか。

すると、沙綾は悪戯っぽく笑う。

「そろそろりみりんが来る時間じゃないかと思って、さっき新しく作っておいたんだ〜。──はい、焼き立て!」

沙綾は店の奥から、香ばしい匂いを立てるチョココロネが乗ったトレイをカウンターに置く。

「わぁ〜! ありがとう沙綾ちゃん! めっちゃ嬉しい!」

「どういたしまして。──あ、他のお客さんには秘密ね? 本当は一人特別扱いは良くないからさ」

口元に指を当ててウインクする沙綾。りみは感謝の気持ちを込めて大きく頷いた。

 

 

 

 

「──また来てね〜」

りみは山吹ベーカリーを出ると、商店街を歩く。両腕で抱えた紙袋には、いつもより少し多めのチョココロネ。気を利かせてくれた沙綾へのお礼に、と多めに購入したのだ。一人で食べるかどうかは、要検討である。ほんのりとした熱を両腕で感じながら、無意識にやや早足で歩く。

商店街を抜けた先にある公園に差し掛かった所で、りみは思わず急ぐ足を止めた。

「……………………」

入り口すぐのベンチに、暗い影が実際に見えるのではと錯覚するほどに落ち込む女性の姿が。

言葉を発していた訳ではないのだが、その落ち込みっぷりに謎の圧力を感じてしまった。

「ど、どうしよう……」

女性と言っても、服装はどこかの学校の制服。年齢もりみとほぼ同じに見えた。

今までのりみであれば、心配に思いつつも通り過ぎていただろう。

しかし、

「──あの、どうかしましたか?」

りみの足は、自然と女性の前へと向かっていた。

ガバッと顔を上げる女性。吸い込まれそうな蒼い瞳。綺麗だな、とりみは思った。

そして、女性は口を開く。

「──迷った!」

 

 

 

 

「久し振りに練習が休みだからちょっと遠出しようと思ったのに、駅を出たら海未ちゃ──友達いなくなってて……。連絡しようと思ったらケータイ電池切れてるし……。探して歩き回ったら疲れてお腹減ってきて、ここで休んでたの」

「そ、そうだったんですね……」

気の毒に思いつつも、りみはその無鉄砲な行動力に既視感を覚える。

グゥ、と大きな音。

「あ…………」

気まずそうにお腹を押さえる女性。

「あはは……」

誤魔化すように笑う女性にりみはどう反応していいか悩んだが、ふと腕の中の温もりを思い出す。

「──あの、もし良かったら……これどうぞ」

多めに買ってしまったチョココロネ。その一つを差し出した。

「! いいの⁉︎」

「一人じゃ食べ切れないので……食べて下さい」

「ありがとう!」

まるで仔犬のよう。パッと顔を輝かせて受け取ったチョココロネにかぶりつく。

「ん〜、美味しい! これは間違いなく、今まで食べた中で一番美味しいチョココロネだ!」

「そう! そうなんです! 山吹ベーカリーのチョココロネは最高なんです!」

思わず熱く同意してしまったりみ。

「山吹ベーカリー?」

「あ……このチョココロネが売ってるパン屋さんです。私の友達が住んでるんです」

「へ〜、じゃあパン食べ放題だ! いいなぁ〜」

そこで女性は、ふと咀嚼していた口を止めた。

「どうかしましたか?」

すると女性はやや気まずそうに、

「……そういえば、名前知らなかったなぁ〜って。今名前呼ぼうと思ったら、分からなかったよ。あはは〜」

そういえば、とりみも思い出す。女性の不思議なフレンドリーな魅力に引き込まれていたのかもしれない。

「──私、高坂穂乃果! 音ノ木坂学院に通う二年生! あなたは?」

「えっと、牛込りみです。花咲川女子学園の一年です」

「じゃありみちゃんだ! よろしくね!」

りみは、差し出された手を握り返す。その手は、チョココロネの影響なのかはたまたこの人の人柄なのか、とても温かった。

「りみちゃんの学校はこの辺なの?」

「はい、すぐ近くですよ。高坂さんの学校は──」

「穂乃果でいいよ〜」

「えっと、じゃあ穂乃果さん……」

「うーん、何だろう、ちょっと距離を感じるんだよね……」

ポツリと漏れた独り言。りみは一瞬呼吸が止まった。

見抜かれているのだ。

「結構、人見知りしちゃうんです……。直したいな、とは思ってるんですけど……」

「うーむ、なるほど……昔の花陽ちゃんみたいだ。──あ、じゃあさ、こういうのはどう?」

手を打った穂乃果に、りみは首を傾げる。

「──『先輩禁止』!」

 

 

「私、部活やってるんだけどね。とってもチームワークが大切な部活だから、三年生の一人がもっと仲良くできるようにって提案してくれたの!」

「それが……?」

「先輩禁止! 私は二年生で、りみちゃんは一年生。でも、ここは学校じゃないし私はもっとりみちゃんと仲良くなりたい! どうかな?」

言っている事は理にかなっているようで破天荒。でも、この人の言葉には、何か凄い力を感じる。りみはそう思った。

「が、頑張ってみます」

その結果が、肯定だった。

「うんうん、でもゆっくりでいいんだよ。私も最初は緊張したもんな〜。懐かしいな〜」

チョココロネを食べ終わった穂乃果は、勢いよくベンチから立ち上がる。

「──ね、さっきから気になってたんだけど、りみちゃんが背中にしょってるそれ……もしかして楽器?」

「あ、はい……じゃなかった、──うん、ベース。私、バンドやってるの」

「へ〜! バンドって、ギターとかジャカジャンッて鳴らしてドラムダダダダッて叩くアレでしょ⁉︎ りみちゃん凄い!」

変なジェスチャーで楽器をエア演奏する穂乃果。

「ま、まだそんなに上手じゃないんだけど……」

「ね、ちょっと演奏してくれたり……できない?」

その発言は予想できたりみ。姉に憧れて始めた楽器。触った事のない人からすれば、演奏できるだけで少なからず羨望するものだ。

「演奏はできるけど……アンプ繋いでないから音は小さいよ? それでもいい?」

「勿論! やったぁ!」

飛び上がらんばかりの喜びように、りみも少し嬉しくなる。

「……えっと、曲はどうしようかな」

りみは少し悩んで、どうせなら慣れている曲をとポピパの曲を演奏する。

「わ……」

実際のライブと比べて流れる音量は格段に小さかったが、閑静な住宅街にある公園。二人以外に音はなかった。

りみの奏でるベースの重低音に聴き惚れていた穂乃果だったが、次第にその身体は小さく、そして大きく動き始める。

最終的には、ステップを刻み、腕を最大限動かし、ターンを決める。

「え…………」

明らかに素人にはできない動きに、りみは大きく目を見開く。自然と、演奏する手も止まる。

「──あれ、おしまい?」

ベースの音が止んで、穂乃果の動きも止まる。

「いやえっと……穂乃果ちゃんの部活って、もしかしてダンス部?」

訊いておきながら、りみは直感的に違うと感じていた。ダンスも上手だったのだが、それだけではない何か。その場の雰囲気全てを使って魅せるような、言葉に表せない技術。

「うーん……ダンスといえばダンスもするかな。アイドル研究部って部活なんだ〜」

「アイドル研究部……」

パフォーマンス等を研究するのだろうか。その結果が、あの魅せるダンスなのだろうか。

「りみちゃんは、軽音楽部とか?」

「あ、ううん、私は部活には入ってなくて。高校の友達五人で、バンド組んでるの」

「へ〜、私達は、九人のグループだよ!」

「九人の……グループ?」

穂乃果の部活にどれほどの人数がいるのかは分からないが、グループとは何なのだろうか。研究材料によって班を分けたりするのだろうか。

「──私は、スクールアイドルなんだ」

「スクールアイドル……」

聞いた事があった。今高校生の間で大ブームとなりつつある、プロとは違う高校独自に結成されたアイドルグループの総称。花咲川には存在しないが、噂はりみも何度も聞いた事があった。

「穂乃果ちゃんが、そのスクールアイドル?」

「うん!」

なるほど言われれば、キレのあるダンスも目を奪われるほどの魅力も、納得できる。

「グループ名は、『μ's』。詳しい事は知らないんだけど、神話に出てくる九人の女神の名前なんだって。──一応、私がリーダー。メンバーに助けられてばっかりだけどね〜……」

「μ's……⁉︎」

その名前は聞いた事があった。スクールアイドルの大会の、優勝候補と言われている実力派グループだと。その中でもリーダーは、廃校寸前の高校を救った圧倒的カリスマと歌唱力を持った人物だと。

「穂乃果ちゃんが……μ'sのリーダー……?」

「そうなんだよね〜」

その口ぶりからは、自慢や驕りは一切感じられない。あのパフォーマンスを見ていなければ、りみも信じなかったかもしれない。

「──ね、りみちゃんもバンドやってるんでしょ? 名前なんて言うの?」

自分の事などどうでもいいと言わんばかりに、穂乃果は興味津々に顔を寄せてくる。

思わぬ有名人に若干恐縮したりみだったが、

「えっと……『Popin'Party』って名前だよ」

「おお、何だか楽しそうな名前だねぇ!」

誰かも、同じ事を言っていた気がする。りみは少し笑った、

「りみちゃんの演奏からも、『楽しい気持ち』伝わってきたよ! だからだったのかなぁ、踊りたくなっちゃったのは」

「え、そうなの?」

りみの言葉に、穂乃果は少しだけ苦笑いする。

「いくら穂乃果でも、何でも音楽聴いて踊るほどおバカじゃないよ〜」

「そ、そうだよね……」

穂乃果は勢いよくりみの手を握ると、

「ひゃっ⁉︎」

「私、りみちゃんの演奏好きだよ! 『楽しい! 楽しみたい! 楽しませたい!』って気持ちが伝わってきたもん!」

「あ、ありがとう……」

突然の出来事に、りみは目を白黒させていた。

穂乃果はようやくりみの手を離すと、クルッと綺麗なターンを決める。

「迷子になってどうしようかと思ってたけど、今日は最高の日だね! 新しい友達できちゃったもん!」

「私が……友達?」

「あれ、もしかして違った?」

「ち、ちゃう! ちょっと驚いただけやもん! ──あっ」

思わず出てしまった関西弁。驚いたりしてないかと穂乃果を見やるが、

「おお……! 関西弁だ! 希ちゃんとはちょっとイントネーション違ったね。もしかしてネイティブ⁉︎」

むしろ、さらに興味を持った様子で駆け寄ってきた。

「う、うん……。小さい頃、関西に住んでたから……」

「そうなんだ〜。方言ってカッコいいよねぇ!」

「カッコいい……のかな?」

その感想は初めて聞いたりみ。流石に反応に困ってしまう。さらに穂乃果が何かを言おうと口を開いた時、

「──穂乃果!」

やや遠くから、鋭い声が響いた。

何事かと二人が辺りを見渡すと、二人と同い年くらいのロングヘアの女性が、こちらは駆けてくる姿が見えた。──その表情は、あまり平穏とは言えない。

「あ、海未ちゃんだ!」

だが穂乃果は笑顔で手を振ると、私の友達、と付け足した。

「やっと見つけました……! また勝手に歩き回って! どれだけ苦労したと思っているんですか!」

「そんな怒らないでよ〜」

何か既視感を感じるりみ。同じような光景を、毎日のように見ている気がしたのだ。

「……こちらは?」

そこで初めて、海未は反応に困ってベンチで小さくなっていたりみに気付いた。

「りみちゃん!」

「……はい?」

「さっきできた友達! 話し相手になってくれたんだ〜」

「……ああ、なるほど。──穂乃果が迷惑をおかけしました」

何かを察したのか、海未はりみへと頭を下げた。

「い、いえそんな! 穂乃果ちゃんとは楽しくお話しできました!」

「ほら〜」

「…………」

あまり信じていない様子の海未だったが、

「……まあいいでしょう。──それより穂乃果、次のライブの事でミーティングがしたいと絵里から連絡がありました。今から学校に戻りますよ」

「えっ、そうなの⁉︎ 次のライブ決まったの⁉︎」

「その事での話のようです」

「うーんそっか〜。それは早く戻らなきゃか……」

穂乃果は嬉しさをにじませながらも、残念そうにりみを見やった。

「という事らしいの。だから帰るね。お話しできて凄く楽しかったよ!」

「私も、とっても楽しかったよ」

「──あ、今度、私の家に来てよ。うちの家和菓子屋やってるんだ〜。チョココロネのお礼したいし!」

「わぁ〜、行きたいなぁ」

穂乃果は最後にターンを決めると、

「バンド、頑張ってね! 近くでPopin'Partyのライブあった時は、応援行くから!」

笑顔で手を振った。

それに応えるように、りみもベースの弦を弾く。音は小さかったが、穂乃果には聞こえたとりみは確信していた。

「私も、μ'sのライブある時は駆けつけるね! スクールアイドル、頑張って!」

 

 

 

 

不思議な人だったな。りみはそう思いながら、穂乃果の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。


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