「いらっしゃいませー!!ませー!!まーせー!!」
「お待たせしました」
「お客様五名入りまーす!!」
「食器足りないよ!!空いてる皿をとっとと下げてきな!!」
給仕服を着込み、お盆を手にしながら店内を巡っているウェイトレスの姿を見て元気が良いなぁという感想を抱きながら木製のジョッキに注がれている酒を舐める様に飲む。カウンター席で一人で酒を飲んでいるが寂しさはカケラも感じない。酒場特有の漂う酒気と賑やかな喧騒、そして美人揃いのウェイトレスたちの容姿が俺の事を楽しませてくれてる。
それらを肴にして蒸留酒特有の高い酒精と燻されたスモーキーな香りを楽しむが、数秒と経たずに気分は下がってしまう。普段であれば適当な酒を二、三本開けて俺も喧騒の中に飛び込んでいって馬鹿騒ぎを楽しむのだがとある事情からそれをする事が出来ず、下がっていくテンションを酒を飲んで無理矢理に上げることしか出来ないのだ。
その原因は視界に映る光景にある。
料理に舌鼓を打ち、酒を浴びるように飲んでいる客たち。美女美少女が揃えられていて、視覚的に楽しませてくれる元気一杯のウェイトレスたち。酒場であるのならそうは珍しくない光景だ。ウェイトレスが美女美少女たちという事を除けば俺の行きつけの酒場と大差無い。
客やウェイトレスたちの中にずんぐりとした体格の髭もじゃのおっさんや耳を尖らせた美形たち、頭や腰から獣の耳と尻尾を生やしている者たちがいなければだが。
シラフの状態でそれを見て否定したかった。酒場に入って酒を飲んでもその光景は変わる事なく視界に写っている。その光景を見て、そして視点をズラして木製のジョッキを掴んでいる
「若返って異世界トリップとか何の冗談だよ……」
喧騒に掻き消される、誰にも聞こえない、答えなんて帰ってこないと分かっていながらも、そう溢さずにはいられなかった。
空になったジョッキに酒を注ぎながら自分の出自を思い返す。明らかな現実逃避だと理解しているが、そうする事で精神の安定が保たれるのでしない理由は無い。
俺の生まれた家は端的に言えばキチガイの家系だった。
二本足で立って歩けるようになり、何となくでも言葉を喋って理解出来るようになった頃から親父と爺による倫理観をガン無視した教育を叩き込まれ、武術という人を傷付けて殺す術を叩き込まれた。今ならば何をやっているんだあのクソ野郎どもはと声を大にして叫ぶ事が出来るが、当時の俺はそれを当たり前の事だと思っていたので何も疑問を感じる事なくその教育と武術を受けていた。
法治国家に中指を突き立てる様な行いだったが、頭がおかしかったのは爺と親父だけでは無かったらしい。我が家の倉庫の中に残っている物を調べた限りではそういう事が千年前から続いているようだ。
そして我が家の方向性は千年前からずっと変わる事なく一方を向いている。
即ち、どうすれば争い事に勝つ事が出来るのかという方向性に。
縄文時代や弥生時代のように法律という物が存在していない時代ならば、その生き方は受け入れられただろう。戦国時代のような毎日が血で血を洗う事が日常茶飯事な時代ならば、そんな人間を望んでいたのだと有難られたに違いない。
そして、我が家の方針は法治国家となって争いの無くなった世界では異端となり、忌避される存在であった。
俺はそれを理解していた。第二次世界大戦では同盟国であったドイツに渡ってソ連の兵との殺し合いを楽しんでーーーちなみに、親父と爺はアメリカに特攻しかけて見事に死んでくれた。だからこそ、戦争が終わって我が家の生き残りが俺だけになった瞬間に俺の代で我が家を終わらせる事にした。
ドイツでは仲良くなったラインハルトとその場のノリと酔った勢いで何度か娼婦を買ったが、種を残すような事はしていない。嫁を取ることはせずに独り身を続け、だけど物寂しさを感じたので何人かの孤児を引き取って育てる事にした。
子供が育ち、孫が出来て、曽孫も生まれた。それに伴って身体は段々と老いていく。
若い頃に鍛えた身体が弱くなっていく事に悲しさを感じながら、だけども時間をかける事で技術の方は練り上げられていく事に嬉しさを感じていた。晩年になって気がついたのだが、どうやら俺は求道者スタイルの人間だったようだ。
昨日もいつも通りに日課をこなして眠りに就いた。そして、目を覚ましたらこの町に、それも十代後半ごろの姿で来ていたのだ。最初は理解が出来ず、だけども親父と爺の教育によって
そうして半日かけて町の探索を終わらせ、先立つ物が必要だと幼い少女からカツアゲしようとしていたチンピラたちをしばいて募金をしてもらい、ストレスを解消するためにこうして酒場で一人寂しく飲んでいるのだ。
自分の出自と、こうなった経緯を思い返して溜息を零す。展開が急な上に原因が不明過ぎて理解が追い付かない。孫と曽孫が嵌っていたライトノベルで似たような展開を読んだ事はあるが、あれは転生物だったので今回の場合には当てはまらないだろう。それに俺は神様なんて者にはあっていない。摩訶不思議な力なんて与えられなかった。
原因を理解したいとは考えているが、だからと言って帰りたいかと聞かれれば否定する。あのまま向こうにいたところでただ日課で剣を振るって技を磨いているだけのつまらない日々しか待っていない。それならばこちらの何が起こるのか分からない世界の方が俺としては過ごし易い。毎日で何かしら殺し合えるような出来事があるのなら最高だ。
が、俺を悩ませているのはそんな日々が訪れるかどうかではない。もっと低俗で、俗物的な悩みだ。
金が無い。住む場所が無い。更に言えば仕事すら無い。
向こうにいた時には家の貯えと自給自足で生きるには困らなかったが、こちらではそんな物はなく、どうにかしてくれるような当てすら無い。チンピラからの募金で金はある事にはあるが、物価を調べてみたところ考えて使ったとしてもすぐに無くなってしまう程度の金額でしか無い。
所持品は祖母が存命だった頃に織ってくれた羽織りと袴、それと腰に下げている刀と小太刀だけ。しかも刀の方は戦争中に壊した物で、小太刀の方は親父がアメリカに持っていって無くなったはずの物だった。
まぁ、若返って異世界トリップに比べれば些細な事なので気にしていないが。
お先が真っ暗すぎて泣けてくる。こうして酒場で呑んだくれているのは情報収集を兼ねてストレスの発散も兼ねているのだ。こうでもしなければ、誰彼構わずに道理も無視して通り魔になりかねない。だからこそこうして呑んで少しでもストレスを発散させようとしているのだ。
大声で話している客たちの話を聞きながら酒を飲もうとジョッキに手を伸ばすが、軽さからもう飲み干してしまった事に気がつく。チンピラから巻き上げた金額と、これまでの食事の合計金額との差を頭の中で計算してまだ二、三杯はいけると判断して近くを通りかかった尖った耳が特徴的なエルフの女性を呼び止める。
「おーい、これのお代わり頼むわ」
「……またですか?」
「まだまだ行けるぞ?この程度じゃほろ酔いなんだよ」
「なんでドワーフの火酒を10杯も飲んでほろ酔いなんですか……」
飲んでいた酒の名前からして相当に強い酒なのだろうが、地球にはこれ以上に強い酒があった。このくらいの酒精ならば飲み慣れている上に体質的に酔いにくいのでその気になればすぐに覚めるようなほろ酔い程度にしか酔わないのだ。
俺の反応から本当に深酔いしていないと判断したのか、エルフの少女は呆れたように溜息をついてオーダーを通す。そして運ばれてきたジョッキを受け取り、一息で半分を飲み干す。
「お、あんた見ない顔だね?冒険者になりにきたのかい?」
忙しい時間は乗り越えたのか、厨房で忙しそうにしていたはずの恰幅の良い女将がカウンター越しに話しかけて来た。断る理由は無く、繁盛している酒場の女将ともなればこの町の事情に詳しいはず。むしろこっちから話したかったくらいだ。
「いんや、残念ながら明確な目的があってここに来たわけじゃ無くてな」
「それならどうしてオラリオに来たんだい?」
「気がついたらここに居たっていうか、世界規模の迷子っていうか……うん、酔っ払いの戯言だな」
「気がついたらここに居た?あんたもしかして来訪者って奴かい?」
「来訪者?」
口にしてからどう考えても酔っ払いの戯言でしかなかったので聞き流すだろうと思っていたのだが、女将は俺の現状に心当たりがあったのか来訪者なる単語を出してきた。
来訪者。簡単に言えば訪れる者。成る程、こちらの世界の住人の視点からしてみれば、確かに俺は来訪者に当たる。
「時々いるんだよ。ここじゃない別の世界から来たとかいう奴がさ」
「そいつらがどうしてるとか聞いた事は?」
「さぁね?冒険者にでもなったんじゃないかい?」
流石に存在は知っていても、その後がどうなったかまでは知らないようだ。だが、まぁ俺以外にも同じ境遇の者がいたとしれただけ良しとしよう。
「で、あんたはどうするつもりなんだい?」
「悩み中。金がねえ、家がねぇ、着の身着のままっていう笑える程の状況なんでな。まぁ冒険者になるっていう案は悪くはないけど、それにしたって先立つ物がないとなぁ……」
この町ーーーオラリオには
幾らかの手土産でも無い限りは。
一応ギルドと呼ばれる組織を訪ねて冒険者になりたいと告げればいくつかのファミリアを紹介してもらえるらしいが、だからといって必ずファミリアに入れるとは限らない。荒事が主目的である以上、ファミリアとしても即戦力を望んでいるだろうから。実力を見せる機会を与えられるのであれば自信はある。
しかし、この姿で門を叩いたところで真面目に取り合わないだろうことは目に見えている。
大半のファミリアはそんなものだと考えていて、粘り強く探せば中には真面目に取り合ってくれるファミリアもあるだろうとも考えている。だが、金も家も無い現状ではそれは難しい。チンピラ募金による集金はあるものの、あまりにもやり過ぎればこの町を警備している者たちから目をつけられる事になる。
「まずは仕事を見つけてからファミリアを探すって具合かねぇ……」
「おや、若い割にはしっかりと考えてるじゃないか」
「考えずに行動するのは好きだけど、だからって物を考えないわけじゃないんだよなぁ……ねぇ、ここ従業員募集してない?横になれる場所と飯さえくれるなら馬車馬のように働くよ?」
「別に構わないよ」
「マジでか!?」
何の期待もせずに尋ねてみたところ、思いもよらない返事が不意打ち気味に帰ってきた事に驚いて席から立ち上がってしまう。椅子が倒れた音で客たちから注目されてしまうがそんな事に構っている暇は無い。
僅かに残っている酔いを覚ます為に水を頼み、一気に飲み干す。そして雇用条件を煮詰めようと女将と話をしようとした時。
「おいーす!!ミア母ちゃん!!うちが来たでぇ!!」
女将の返事と同じように、不意打ちで
世界大戦経験済みのSAZANAMIジッジが若返って異世界トリップ。
なお、とんでもない者と遭遇したらしい。