追撃を躱されたのち、慌てる事なく無防備に、悠々とアイズに近づく。戦いというのは凡そ流れを掴んだものが勝つ。幾ら強くとも流れを掴むことが出来なければ勝つことが出来ず、逆に弱くとも流れを最後まで掴むことが出来るのならば勝つ事が出来る。オッタルの様な流れを強引に奪い取るような例外が存在するが、そんな存在はごく一部の実力者だけだ。
故に、アイズを
熟練の者ならば、煽られている事に気付かなくてもマイペースに戦い、流れを掴もうとするだろう。
玄人の者ならば、煽られていることに気がつけばどうにかと言ったところ。
ならばアイズは?確かに冒険者としてLv.5という一級の高みに到達する程に修羅場をくぐって来たのだろう。しかし、これまでの彼女の所作を見る限りでは、精神は年相応の成熟しかしていない。負けず嫌いの年頃の少女と言ったところだろう。
そんな彼女の前で、俺が上だと行動する。お前は下だと態度で示す。
思惑通り、アイズはそれが気に入らなかったようで、端正な顔を僅かに苛立ちで歪めると地面を蹴り真っ直ぐに俺へと向かい、サーベルを振るう。
閃光が瞬いだ。そう表現するしかない剣撃が少女の細腕から放たれる。
俺の動体視力を持ってしても霞んで見えてしまう程の速度ではあるものの、
敢えてその場に立ち止まり、上半身を動かして剣撃を躱し続ける。一閃一閃が身体の間近を通り過ぎ、風を切る音が耳に届く。それだけで良く練られた剣だと理解出来るが、どこか歪さがあるように感じた。
一撃が余りにも力み過ぎているのだ。Lv.5の膂力ともなれば人は簡単に殺せるだろうに、それ以上の力を入れて振るっているので僅かだが剣が鈍ってしまっている。
しかし、冒険者という存在が何であったのかを思い出してその疑問は氷解した。
冒険者とはモンスターと、つまり人以外の敵と戦う事を主としている。時には人よりも大きく、人よりも硬いモンスターと戦う事もあるのだろう。そんな存在を殺そうとすれば、人を殺す以上の力を込める必要がある。
俺が感じた歪さの正体は、アイズの剣が化物殺しの剣である事だった。俺の人を殺す為の剣とは違うのだから、違和感を感じて当然だった。
疑問に対して納得出来る答えを得られた事に満足しながら反撃を行う。いかに霞んで見える程の速度であろうが、何度も見せつけられれば嫌でも目が慣れる。その上、立ち止まっている俺に当たる事が出来なくて焦っているのか、剣が段々と単調になって来ている。
振るわれる剣撃、その内の刺突を選んでしゃがんで躱し、手首を掴んで肘を下に向けさせ、巻き込むようにして背負い投げる。逆関節を決めた投げの結果は常時であれば折るか挫くかのどちらかなのだが、関節が硬すぎる為にどちらでも無くただ投げるだけという結果に終わる。
無理矢理に関節を逆に曲げようとしたのだから多少の痛みはあるだろうが直ぐに引いてしまう程度でしか無いだろう。折れるまではいかないにしても挫くくらいはしておきたかったと残念に思いながら空中で蜻蛉を切って着地したアイズの反撃の拳打を仰け反りながら避け、
「シィッ!!」
踏み込んできた足の膝に、全力の蹴りを叩き込む。
「ッ!!」
「呵々ッ!!硬い硬いわ、まるで鋼だ!!」
顔を顰めながら退いた反応からするに痛いと感じてくれる程の威力はあったらしい。折る事は出来なかったが、これで多少でも足を止めてくれると助かるんだがと考えながら、蹴った足の具合を確認する。
折れては無いだろう。だが、恐らくは足の甲にはヒビが入っている。まさか全力だったとは言え、蹴った方のダメージが大きいとは思いもしなかった。しかし、それも蹴った時の感触を思い起こせば納得出来る。
華奢な少女の脚だというのに、まるで鋼を蹴ったかの様な手応えが返ってきた。
見通しの甘かった自分の行いに呆れながら、
ヒビが入っているであろう部分の周囲の肉を締めて固定し、簡易のギブスとしながら状況を整理する。投げは無意味、蹴りはダメージを与えられるものの蹴ったこちらが負傷する。あれが向こうの本気かは定かでは無いが、剣撃は避けられる。あと試していないのは拳打と刀による斬撃。拳打は打ち込めば拳が砕ける事が予想され、斬撃は蹴った時の感触からは恐らく通るだろうと思われる。
有効なのは斬撃なのだろうが、俺の拳打が
「ーーー
たった一言、それだけで明確な変化が生まれる。
アイズを、正確には彼女のサーベルを中心に風が生まれる。通常ならば視認出来ないはずである大気の流れが、明確になる程の濃度を持って顕現する。それは科学的には起こり得ない現象であった。地球に居れば決して見る事が出来なかった現象であり、こちらの世界に飛ばされたから目にする事が出来た。
説明不可能な物理現象の発言ーーー即ち、魔法と呼ばれる神秘の術。
「ーーー呵」
暴風……いや、瀑布のように吹き荒れる風を一身に受け、飛ばされぬように足の五指で地面を掴み踏み締める。台風とは比べ物にならない程に暴力的な風力。地球で似たようなものがあるとすれば、爆風だろうか。
「呵々ーーー」
アイズが剣を振るった。それにより、纏っていた風が擬似的な斬撃となって放たれる。違う、あれは斬撃などという高尚なものでは無い。進路上に存在する何もかもを飲み干して砕く、純粋な暴力だ。受け止めようとしたところでそのまま飲み込まれてお終いだ。
視界の端でディムナたちが慌てているのが見える。だがもう遅い、即死の一撃は既に放たれた。
「なんだそりゃァァァーーーッ!!」
無造作に、力任せに迫り来る瀑布の暴力に向かって一閃。技巧など欠片も感じさせない剣技が、
風が断ち斬られた事で訪れるのは凪。斬ったという事実により無風の空間がうまれる。が、アイズから吹き荒れる暴風は衰えない。すぐさま後方へと飛び退いて再び迫っていた暴風の圏外へと避難する。
訓練場は風が吹き荒れる以外の音が消えていた。手合わせを見ていた観客たちの声が無くなり、動こうとしていたディムナたちも硬直している。
ただ一人、今の出来事が愉快だと隠さずに笑う俺を除いて。
「呵々ッ!!呵々!!良いね良いなぁ!!やれば出来るじゃないか!!あぁ、今のは良かったぞ!!お陰で寝ぼけてたのが起きてきた……!!」
笑う。笑う。死が確定していた一撃を斬り捨て、それが楽しいと獰猛に。
地球では戦争を終えてからは命のやり取りどころか手合わせすらしていなかった。フレイヤ・ファミリアの団員たちと戦った時が実戦としては久方振りで、それさえもアヤメを除いて命のやり取りをしているとは感じられなかった。身体の調子を確かめ、万全に戦う事が出来ると思っていたがそれは身体の方だけで、精神と魂の方がまだ寝ぼけていたらしい。
要するに、長い間殺し合いをしていなかったので錆び付いていたのだ。アヤメの抜刀術で、完全に錆が落とせたと思っていたが、落としたりなかったようだった。それが今、アイズの一撃で落ちた。殺意は感じられなかったので意図して殺しにきた訳ではなさそうだが、俺が殺される一撃だと認識したのだ。
たったそれだけの事かもしれないが、俺からすればそれが最重要であった。俺に限らず漣の人間は、基本的に精神論で戦っている。気分が乗らなくてもそこそこの能力で戦える。逆を言えば、気分が乗っているのなら、十割以上の能力を発揮する事が出来る。
身体が軽いーーーイメージしたと同時に身体が思う通りに動く。
視界が広いーーーされどもアイズの挙動は僅かな身動ぎであっても見逃さない。
気分が高揚するーーー今であれば、オッタルでさえ斬れそうだ。
内側から湧き上がる衝動のままにアイズに向かって突貫する。逆巻く暴風が壁となって鬱陶しいが、巻き上げられる砂埃や木の葉の挙動から大凡の風速と風向きを察知し、断ち斬って無風の空間を作りながら前へ前へと進み続ける。
「手数が足りん!!」
しかし相手は風を操る。砂埃や木の葉から予想が出来るとは言え、基本的には不可視であるそれを刀の一振りだけで斬り続けるのは困難だ。そこで使う予定のなかった小太刀を取り出し、それを振るう。刀に比べれば半分以下も無いリーチの小太刀だが、斬れる事には変わりない。
そして、遂にアイズの眼前にまで辿り着く。
「ッ!!風よ!!」
「シャァッ!!」
目の前の光景が信じられなかったのか唖然としていたアイズだが、間合いに入られた事で正気を取り戻してサーベルに風を纏わせての一閃。風そのものを推進力にしているのか、先の一閃よりも速いーーーが、それは剣速だけの話でしか無い。雑に振るわれた攻撃など、今ならば目を閉じていたとしても紙一重で躱せる。
纏わりつく風を断ち斬りながらサーベルに刀を当て、僅かに軌道を晒しながら小太刀を振るう。
火花を撒き散らしながら振り抜かれるサーベルと刀。
しかし、振り切られていたサーベルを握るアイズの手には本来あるべき薬指と小指が欠けていた。
「硬い硬い!!が、斬れなくは無い」
投げた時と同じように、蹴った時と同じように、小太刀を入れた時の感触は人ではなく金属を斬っているかのような物だった。それこそ、斬鉄でなければ斬れない程のもの。
だが、斬る事は出来る。ならば問題ない。
「この……ッ!!」
「おっと、危ない危ない」
風の放出を後ろに飛び避けながら、地面に転がるアイズの指を回収し、着地してからそれをディムナに向かって投げる。アヤメは腕を斬り落とされたが繋がったのだ。指の欠損でも恐らくは大丈夫だろう。
出来上がった距離は遠い。縮地を使ったとしても一息では詰める事は出来ない。だというのに、アイズはそこから更に後ろに飛び退いて距離を取った。恐れをなして逃げたというわけではないだろう。そうであるなら、あの闘志に満ちた眼が矛盾してしまう。
恐らく、彼女の狙いは必殺の一撃。この距離はそれを決めるために必要な助走なのだろう。俺から距離を詰めて潰しに行ってもいいが、折角の必殺をしようとしてくれるのだ。
正面から、それを粉砕してやりたい。
小太刀を納め、刀を片手に持って自然体のまま立つ。何をされようが、先に動かれようが後の先を取る事が出来るという確信がある。そしてアイズは集中しているのが目を閉じて深く呼吸をし、
「ーーーリル・ラファーガ」
風の出力を上げ、その全てを推進力とし、閃光となって襲い掛かって来た。
「漣式剣術ーーー雲耀一閃ッ!!」
マトモに振るっていたのでは後の先を取る事なく取られる一撃。それに対抗するべく、こちらもまた最速の一撃を持って迎え撃つ。示現流兵法剣術において空を走る稲妻の速さを示す言葉を冠した一閃が、彼女の纏う暴風を断ち斬って無防備な姿を曝け出させた。
が、剣は届かなかった。あの速度で、あのタイミングならば届くと確信していた剣先が、アイズの身体に傷一つ付けることなく通り過ぎる。恐らくは微弱な緩急、向かってくる途中で速度を緩める事で俺の予想に届かなかった。
そのセンスに思わず笑みを深める。見た限りではあの技は、終始全力で風を放出して敵目掛けて突貫する技の筈だ。それを咄嗟に緩急をつける事で相手のカウンターを外す事が出来るようにしたのだ。僅かでもタイミングを間違えれば斬られていたというのに、顔に似合わずに中々の豪胆のようだ。
アイズの前に刀を振るい終わった無防備な姿を晒す。纏っている風こそ断ち斬ったが、推進力自体は未だに有効。斬り返すよりも先に彼女のサーベルが届くのは目に見えている。それはアイズも理解しているはずだ。
だからだろう、刺突が放たれるのと同時に張り詰めていた彼女の気が僅かだが綻ぶ。意図して作り出されたわけではない、決定的な隙。
それこそが、必殺の隙となる。
「ーーー
僅かに出来た意識の隙を縫うように、雲耀と同速で振るわれたのは刀の鞘。意識外から放たれた一撃をアイズは反応することが出来ず、無防備な側頭部でそれを受ける事になる。普段であれば必殺の一撃となるが、Lv.5の彼女に対しては負傷させる事も出来ないだろう。目的は頭部を叩いて脳を揺らす事である。
が、影追の一撃をマトモに受けて脳を揺らされてもアイズは止まらなかった。懸命に手を伸ばし、サーベルの切っ先を俺の脇腹に届かせ、そしてコントロールを失って突貫してきた速度そのままに地面を転げ回る。泥塗れになりながら立ち上がろうとしているが、脳震盪を起こしてマトモに動けるはずがない。何度も失敗して倒れていた。
「終わりだな」
アイズが立つことが出来なくなった、つまり戦う事が出来なくなった。殺し合いの場であれば容赦無く追撃に行くが、あくまでこれは手合わせなのだ。アイズは倒れ、俺は立っている。勝敗が明確に決まった以上、これで終いになる。
「そうしてくれると助かるよ。流石にこれ以上やられたら止めに入らないといけないからね」
刀を鞘に納めるとディムナがやってくる。槍を担いでいるのは俺の事を警戒しているのか。その手に渡した筈のアイズの指が無いので、治療に向かっている誰かに手渡したのだろう。
「流石に引き際は心得てるよ。あれ以上は手合わせじゃなくて殺し合いになるしな……ま、やりたいっていうのなら喜んでやるけど!!」
「ところでクラウド、その傷大丈夫かい?」
指を指された先は最後にサーベルが届いた脇腹。風を使っていたからなのか、斬られたのでは無くて抉られたような傷になっていて、ドクドクと血が流れ出している。
あ、よく見たら腑が見える。
「あ〜普通に重傷だな、これ。流石に放置してたら死ぬかも……包帯と酒、後焼いて塞ぐから火をくんない?」
「ラウルッ!!ラウルゥーーーッ!!早くポーションを持って来てくれーーーッ!!」
余裕ありげに振舞っていたが、流石に辛くなって来たので地面に座る。戦っている最中ならば脳内麻薬やらテンションやらで気にならなくなるが、終わればその全てが一気にやってくる。全身が鉛のように重たい、思っていたよりも消耗していたらしい。アイズを蹴ってヒビが入った足もジワジワと痛みを強めて故障を訴えている。血が流れ過ぎて身体が冷えていく久し振りの感覚が懐かしい。
ともあれ、こんな所で死んではあの世で親父と爺に過呼吸になるまで爆笑されるのは目に見えている。負傷箇所の肉を締めて簡易の止血としながら、治せるであろう回復薬の到着を待つ事にした。
vsアイズたん終了。勝つには勝てたけどボロボロになり過ぎである。
まぁ、実戦だったら正面から戦わずに気配消して奇襲して殺すんだけどね!!