「おぉ、治ってる治ってる」
医務室らしき部屋に担ぎ込まれ、ラウルと呼ばれた青年が持ってきた回復薬を傷口に掛けて暫くの間放置していたら、傷口は完全に塞がっていた。治療したからなのか、傷口だった部分と周囲の色は若干違っているが誤差の範囲である。アヤメの手を繋ぎ合わせたことからその効果は知っていたつもりだったが、これは認識を改める必要があるだろう。
「全く……ちゃんと死にそうなケガならそうだと言ってくれ」
「悪かったな、回復薬の存在は知ってたから大丈夫だと思ってたんだよ」
椅子に腰掛けながら草臥れたような物言いのディムナに謝る。ケガの事を告げた時に一番慌て、治療に注力してくれたのは彼なのだ。キチガイだからと言ってここで頭を下げないのなら人として終わっている。
「さて、本来ならこのあとは面接のつもりだったけど後回しだ。食堂で入団を祝う宴をするから移動しようか」
「面接してないのに入団祝いに参加して良いのかよ」
「実力に関してはアイズとの戦いを見る限りでは申し分ない。寧ろ
「……実年齢何歳なの?もしかして若作り?」
「もう四十は超えてるよ」
合法ショタだ、流石は異世界と驚きながらそれを一切口に出さずに、口笛を吹いて囃し立てる。それが気に障ったのか睨まれたので笑って誤魔化す事にする。
強制的に寝かされていたベッドから降り、何度か足踏みをして足の具合を確かめる。回復薬が効いて来たのか、ヒビが入っていたはずの足は全く痛みを感じない。その気になれば無視して歩く事は出来たが、やはり痛まない方が良い。
そのままディムナに案内され、食堂に向かう。ファミリアという大所帯だからなのか食堂はかなり広く、数多くのテーブルと椅子が設置されている。が、その殆どが人と料理で埋め尽くされていた。そして一角にはアヤメを含む五人が立たされている。恐らく、あれは入団者の集まりなのだろう。ディムナに視線を向ければ頷かれたのでそこへ向かう。
「さて皆、彼らが今日からロキ・ファミリアに加わることになった者たちだ。済まないが簡潔にで良いから自己紹介をしてもらえるかい?」
「ならば私から。ムラマサ・アヤメだ、フレイヤ・ファミリアから
「ひゅ、ヒューム・ガラディヤです!!」
「リリシア・ブルームよ」
「アイニス・セルベルで〜す!!よかったらアイちゃんって呼んで下さ〜い!!」
赤髪の少年、水色の髪のエルフの少女、紫の髪の犬耳の少女と、彼らの名前と顔を脳内で合わせて記憶する。これから先、新人だからと行動を一緒にする事があるだろう。その時に名前を間違えるなどというミスを犯したくない。
ところでアヤメを含めて新人たちは誰もが顔が良いのは気のせいだろうか。いや、既存の団員たちもよく見れば綺麗どころが揃えられているように思える。これはたまたまか、それともロキの趣味だろうか。もしも後者ならば、良い趣味をしていると手を叩いて賞賛したい。
「色々と言いたい事はあるけど、堅苦しいのは抜きにしよう。今はこの宴を楽しみ、交流を深めて欲しい」
ディムナがいつのまにか手にしていたジョッキを掲げる。俺たちの方にもラウルが渡して来たのでそれを受け取り、同様に掲げた。
「それではーーー乾杯!!」
音頭に合わせて、団員たちが乾杯と叫ぶ。ビリビリと痺れるような声量に驚きながらも負けじと乾杯と叫び、ジョッキに注がれている物を一息に飲み干す。
そして脇目も振らずにテーブルの上に所狭しと並べられた料理に手を伸ばした。回復薬のお陰で傷自体は治っているが、そこから流れ出した血液は無くなったままだ。それを補給する為に身体が栄養を求めている。
まずはサラダ。ボウルに山盛りに盛り付けられたそれを傾け、フォークで全て口の中へと運ぶ。そして肉だ。ステーキや揚げ物などジャンルを問わずに肉物を手元に寄せ、ひたすらに口へ突っ込む。咀嚼している間にジョッキの中に近くにあった瓶の中身を注ぎ、渇きを感じたらそれを飲んで料理と一緒に流し込む。普段ならしないような食べ方だが許してほしい。今の最優先は栄養とカロリーなのだ。
同席していたガラディヤとブルームがドン引きしているのを視界の端に捉えつつ、それを無視して食事を続ける。アヤメも最初は唖然としていたが、すぐに正気を取り戻して空になったジョッキの中身を入れてくれたり、料理を運んだりと甲斐甲斐しく世話をしてくれている。
そうしてテーブルの上の料理がほとんど空になったところで手を止める。酒を飲んでいて気がついたのだが、ガラディヤとブルームの姿が見えなくなっている。恐らくは他の団員たちのところに向かったのだろう。セルベルは乾杯の音頭と同時に食堂の一角で歌い始めた。言動からしてアイドルでも目指しているのだろうか。
「ねぇ、ちょっといいかな?」
必要最低限の量は詰められたので料理の味を楽しんでいるとアイズが現れた。チラリと視線を彼女の手に向けてみるが、そこにはちゃんと五指が存在していた。俺が回復薬で脇腹の傷を治していたように、彼女もキチンと指を着けられたらしい。
「よぅ、指はちゃんと着いたか?」
「うん。ちょっと痺れてるけど、その内無くなるって。隣座っても良い?」
「空いてるからどーぞ」
左隣にはアヤメが陣取っているが、右隣は空いている。アイズは頷くと、俺の隣に腰を下ろした。
山盛りのコロッケのような物が乗せられた皿と一緒に。
「……それ、何?」
「ジャガ丸くん」
「ジャガ丸くん」
「蔵人は知らんのか?潰した芋を揚げて作った物だ。剣姫はそれを好んでいると噂で聞いていたが……その様子からするに本当だったようだな」
「ジャガ丸くんは正義」
アイズのような美少女が両手に持って頬張っている姿は絵になるのだが、いかんせん食べるスピードが早い。山盛りに盛られていたはずなのに、あっという間に残り数個まで減ってしまった。
「で、何か話しがあったんじゃないの?」
そう尋ねるとアイズはジャガ丸くんを食べるのを止めた。だが、チラチラと俺とジャガ丸くんを見比べている。食べようか、それとも話をしようか迷っているようだ。
どうしてだろう。その姿が餌を前に待てと言われた犬にしか見えない。
ため息を吐き、先に食べてしまえと言えばアイズはそれまで以上のスピードでジャガ丸くんを食べ始め、あっという間に完食してしまった。これは好きとかでは無く、ジャンキーのレベルではないだろうか。
「教えてほしい。貴方はどうしてそんなに強いの?」
「強いって戦闘能力的な意味か?それとも精神的な意味?」
「両方とも」
「確かにそれは気になるな。蔵人の強さははっきり言って異常だ。
それは重々理解している。恩恵を与えられていないというのにLv.5の冒険者を倒せたというのはアヤメが言っている通りに異常でしかない。それを可能としている要因には心当たりがある。
仮定だがそれでも良いかと尋ねて了承を得られたので酒で口を湿らせて喋る準備を済ます。
「まずは戦闘能力的な強さだが、これは俺の家が関係している。俺の家は分かってるだけでも千年は続いててな、ずっと俺の代になるまでの間、戦う事だけを考えてた一族なんだよ。どういう戦い方が効率的に人を殺せるか、どういう風に鍛えれば人よりも力強くなれるのか、それを千年以上追い求め続けたんだよ。それに加えて俺は親父から剣なら三千世界で一等賞だって言われるくらいの才があったんだ。お前らの尺度がどうなのか分からんが、それだけやってたら俺みたいな化け物染みた事が出来て当然だと思うぞ」
寧ろ、俺からすれば恩恵という後付けの要因だけであれだけの戦闘能力を得られる事の方が恐ろしい。漣が千年以上の時間をかけ、剣ならば三千世界で一等賞だと言われた俺が老いるまで剣を振るい続けた。
だというのに、それでも届かない
俺の背中に手が届きそうな者もいる。
たった十数年だけで、漣の千年を越えようとしてくる。
それは恐ろしい事でーーー同時に、とても喜ばしい事でもあった。
何せ、強さだけで限定すれば地球で俺と並び立てる様な奴は極少数しか存在しなかった。しかも彼らは全員が俺よりも先に逝ってしまっている。それを孤高などと言えば聞こえが良いかもしれないが、実際には孤独以外の何物でもない。
それがどうだ、こちらの世界では後付けの要因があれど俺に迫るような存在がゴロゴロいる。その上、俺を超えた存在までいるときた。喜ばない訳がない。
「んで精神的な面だけどな、これもさっきと同じだぞ。戦うために生きてきたから精神とか常人以上に強いんだよ。正確には普通ならストレスを感じるような事でも感じないって具合にな」
戦っている最中ならば、例え親しい者が嬲り殺されたとしても平然と受け止めてそうした奴を殺す自信がある。腕を無くそうがそうかと納得して反撃で首を撥ね飛ばせる。
要するに肉体の時と同じだ。千年以上の長い時間を掛け、精神も戦闘に最適化されているのだ。
「ぶっちゃけた話、参考にならないと思うぞ。何代も重ねてって話なら俺の家みたくすれば良いかもしれないけど、アイズが知りたいのは直ぐに強くなれる方法だろ?」
「……うん。私は強くなりたい」
「頑張れとしか言えねえなぁ」
強くなるのに必要なのは時間だ。才能や素質なんて物はあるに越したことは無いが、所詮は助走の様な物でしかない。いかに愚鈍や無能であろうと、愚直なまでに鍛錬を続ければ強くなれる。
見たところアイズには天賦の才があるようだ。恩恵という後押しにより、もしかすると時間さえかければ俺以上の剣の腕を持つことが出来るかもしれない。
しかし、アイズは焦っているように見える。そう言ったところで納得せず、我武者羅に強さを追い求めるだろう。
そうだとしても俺からは何も言わない。直向きに突っ走って望み通りに強くなろうが、それとも途中で力尽きて生き絶えようが、それは彼女が自分で選択して実行した事なのだから。ならば、どんな末路が待ち受けていようが受け入れなくてはならない。
「で、ロキは何の用だ?」
「……自分、後ろにも目ぇ付いとるんか?」
「気配で分かった」
残った料理を肴に酒を楽しんでいるとロキの気配を背後から感じた。本人は隠れているつもりだろうが、
「うーん、神様もドン引きするわそれ。ちゅーかクラウド!!自分何美人さん二人も侍らしてるねん!!羨ましいわ!!」
「両手に華だ。嫉妬する権利をくれてやる」
歯軋りをしながら地団駄を踏むという悔しがっているロキを嘲笑いならが酒を楽しむ。ロキとの掛け合いは楽で良い。神だからなのか分からないが、ノリそのものが地球のそれに近いのだ。普通なら首を傾げられそうなことでも、ロキならばそれを分かって乗ってくれる。
「あぁ、ちゃうちゃう。羨ましがりに来たんやないわ。クラウド、宴が終わったらうちの部屋に来ぃ。
「……そういえば刻んでなかったな」
「他の子たちはもう刻んだんやけどな、クラウドは医務室に運ばれてたから刻まなかってん。だからこの後に刻むで」
「了解。でも、今はそれよりもだ」
食堂の一角から歓声が上がる。そこではドワーフの男性が高笑いをしながら倒れている青年の事を見下していた。傍に置かれている酒樽から察するに、飲み比べでもしていたのだろう。
「ガッハッハ!!儂の勝ちじゃい!!他に誰かおらんかぁ!?」
「頭空っぽにして楽しまにゃ損だよなぁ……!!俺がやるぞぉ!!」
戦闘方面だけでは無く内臓の方も人外レベルだと知らしめるために、酒樽を抱えて笑っているドワーフの前へと飛び出した。
「いやぁ飲んだ飲んだ!!あれだけ飲んだのは久しぶりだなぁ!!」
「自分、何で火酒樽で空けて平気なん?」
「俺の肝臓がマッハでアルコール分解してるからだよ」
夜が深まって宴会が終わったのち、俺はロキに言われた通りに彼女の部屋を訪れていた。空の酒瓶が転がっているのが目立つが、それを除けば落ち着いた雰囲気の部屋だった。
「んで、
「そんな物騒なことはせんで。うちの血を背中に垂らすだけや。服脱いでそこに寝っ転がり」
ロキの指示に従って服を脱ぎ、上半身裸になる。俺の身体を見て、ロキは口笛を吹いた。
「へぇ、中々ええ身体しとるやないの」
「もやしかと思ったか?残念!!細マッチョでした!!」
割れた腹筋を見せびらかしながら力瘤を作ってマッチョアピールをする。実は俺の体重は見た目よりもかなり重たい。筋肉の量が多いからだ。そのお陰で人並み外れた膂力を出せる。
二、三分ほどボディービルダーの真似事をしてロキを楽しませ、ベッドの上にうつ伏せになる。
「それじゃ、いくで?力抜いて楽にしぃ」
股がられての確認に指で輪っかを作って応える。そしてポタリと、背中にロキの血が垂らされ、
「ァーーー」
いや、実際に無くした訳ではない。そう感じてしまうほどの虚脱感が襲って来たのだ。
「ガーーー」
異変はそれだけに治らない。力が入らないという出来事だけでも一杯一杯だというのに、続け様に全身を縛られた様な感覚を覚えた。それはまるで鎖に縛られているかの様。
「ギ、ィーーーッ!!」
「うわ!?」
咄嗟にロキを跳ね飛ばして床に転がる。虚脱感は未だに続き、縛られている感覚も無くならない。
息苦しい。
身体が重い。
まるで重石を付けた状態で水の中にいるのではないかと錯覚してしまう。
「ちょ、大丈夫か自分!!」
「何だ、これは……!?何を、した……!!」
「何って、
ロキに背後に回られる。それまでならば逃げることが出来ていたのだが、それさえも億劫になってしまっている。悪意は感じず、彼女の焦りも本心からの物だと分かるのでなすがままにされる。
「嘘やろ……こんなのありかいな……!?」
「おい……何が、あった……」
その質問には答えず、ロキはテーブルの上に置いていた羽ペンを握って羊皮紙に走らせる。
数十秒でその作業は終わり、羊皮紙を突き出されたのだが生憎とこちらの字はまだ読み書きが出来ない。その事を伝えると、苦々しい顔をしながら書かれている内容を教えてくれた。
漣蔵人
Lv.1
力:I0
耐久:I0
器用:I0
敏捷:I0
魔力:I0
剣聖:B
《スキル》
【求道者】
・ステイタスの自動更新。
・ランクアップの際は神が必要。
【
・対象者の身体能力の制限。
・対象者の魂の制限。
・対象者のランクが上がる際、制限が一部解放される。
「……は?」
まるでそれまでの俺を否定するかの様な内容に、間抜けな顔をしてそう零すしかなかった。
クラウドの事ヤベーヤベーって感想で言ってるけど、冒険者の方がヤベーから。千年以上掛けて出来たのがクラウドだけど、オッタルとか数十年で超えてるから。
ここまでやってまだ作者的なプロローグは終わってないんだよなぁ。もう少しだけ時間がかかるんじゃよ。