「……成る程、大体の事情は察したわ」
「どの辺りまで?」
「言葉は濁してあるけど貴方にとって不都合が生まれた。だから便宜を図って欲しいって」
ロキが用意した紹介状をテーブルの上に置いて赤髪と顔半分を覆い隠すような眼帯で右眼を隠しているのが特徴的な女性、ヘファイストスはそう言った。
椿に案内された先はヘファイストス・ファミリアの応接室だった。アイズとともにソファーに座り、反対側のソファーには椿とヘファイストスが腰掛けている。
それにしても濁してあったとはいえロキがスキルの事をそれとなく明かしている事に驚いた。
娯楽に飢えて地上に降りてきた神々からしてみれば、未発見のスキルを発現させた俺は面白い存在だ。大手であるロキ・ファミリアに手を出すような能無しだとは思わないが、快楽主義的な考えで面白ければ良いと手を出してくる可能性がある。
なので一部の人間を除いて秘匿する事をロキと決めた。今知っているのはロキとファミリアの幹部、あとは俺から伝えたオッタルとフレイヤくらいだ。
そう決めていたはずなのに、暈していたとはいえロキはヘファイストスにスキルの事をそれとなく伝えている。つまり、ロキはそれだけ目の前の女性の事を信頼しているという事だ。
ロキがそうだと決めたのなら俺からはいう事は無いが、そうであるのなら一言でも良いから伝えて欲しかった。彼女のことだから俺を驚かそうとしようとしていたのだろうか。あり得そうで否定できない。
ともあれ、どこまで明かしているのかは分からないがこちらから明言するのは極力避けるようにしよう。幸いな事にアイズは口を出すつもりが無いようで茶菓子を食べるのに忙しそうだから。
「貴方も災難だったわね」
「何、確かに絶望したけど二度目だからな。その内笑い話にでもなるさ」
「……二回目?それはどういう事なのかしら?」
「……言葉の綾、ただの戯言だ。忘れてくれ」
どうせ馬鹿正直に言ったところで信じてもらえないのは目に見えている。それならばただの戯言で済ませようと思っての言葉であった。
「ーーー嘘ね」
が、それは呆気なく切り捨てられた。
声色は普段通り、心拍数は平常通りで顔色にも出していない。観察眼で嘘だとバレる要素は皆無な筈なのにヘファイストスは俺が嘘を言っていると確信しているようだった。
「……何なの?神様って嘘には敏感なの?」
「あら、知らなかったのかしら?神には嘘は通じないわよ」
「マジかよ……」
彼女の様子を見ている限りでは嘘を言っている様子は無い。アイズと椿もそんな事も知らなかったのかと言った反応を見せている。どうやらヘファイストスが言っている通りに神には嘘は通じないというのは事実であり、この世界の当たり前として広まっているようだ。
別に彼らに対して嘘を吐くつもりは無い。が、そうしなければいけない状況が訪れるかもしれない。そうなった時に嘘を吐いているのがバレれば間違いなく言及される事になる。
今すぐにそういう状況が訪れるわけでは無いが、いくつか手を考えてた方がいいだろう。
「分かった、白状する。こういう事を経験したのは初めてじゃなくて二度目だ」
「……今度は本当のようね。でも二度目ね……そんな若さで二度も経験するなんて」
「あ〜……色々と説明するのが面倒だから、今から言うことが嘘がどうかを判断してくれない?」
アイズに言った時には嘘だと切り捨てられたが、この場には嘘か真かを看破するヘファイストスがいる。信じがたい事実だとしても、頭ごなしに嘘だと言われる事はないだろう。
「じゃあ行くぞ〜……
初めは怪訝そうな顔をしていたヘファイストスだったが、俺の言いたい事を理解してくれたのか表情を強張らせ、信じられないといった百面相を見せてくれる。さっき話していた神には嘘が通じないという話を信じるのならこれで何が言いたいのか伝わるはずだ。
実年齢が肉体年齢と同じであるという事の嘘ーーー実年齢が肉体年齢と異なるという真実に。
「え、嘘、ちょっと待って……本当なの?」
「分かったはずだよな?それで納得してくれ」
頭を抱えて顔を俯かせるヘファイストスの姿を見て笑いながら出されたお茶に手をつける。神に嘘がつけないという事を教えてくれたお礼である。少しばかり重たいかもしれないが、そこは諦めて欲しい。
「説明を求められても出来ないからな?何せ、俺がこっちに来たらこうなってたんだ。俺だってどうしてこうなったのか説明して欲しいくらいなんだよ」
「……色々と複雑そうな子だというのは分かったわ。これ以上はやめておいた方が良さそうね」
「そうだな。ついでと言わんばかりにフレイヤに目を付けられてるしな」
「言葉で言い尽くせ無さそうな程に苦労してるのね……」
確かに他者からすれば苦労しているように見えるかもしれないが、この状況はこれはこれで存外
考えてみて欲しい。90を超える齢になって若返りと異世界トリップを経験し、色欲塗れだろうが
嗚呼ーーーそれはなんと喜ばしい事だろうか。訳の分からないスキルによって弱体化してしまったのは残念だったが、それを差し引いても十分にお釣りが出るだろうと思える程の現状だ。
「それで、武器の修理と補充だったわね?」
「あぁ、これの修理を頼みたい」
ヘファイストスが話題を修正してくれたので本題に入る。ソファーの傍に立てていた刀を通常の物よりも重たいという事を伝えてから彼女に手渡す。
そして刀を手にした瞬間、彼女の目の色が変わった。
鞘に納められた状態、抜いた状態の刀を隅々まで見る。ただ状態を確認しているだけではない。自分の知らない技術が使われていないか、どのように仕上げられたか、どれだけ使い込まれたかまでを見通そうとしている。
その目は神の目ではなく、他人が作り上げた作品を見聞する職人の目であった。
「……この刀を打ったのは誰かしら?」
「俺の親父。ちなみにすでに故人だ」
「死者を冒涜するのはどうかと思うのだけど言わせてもらうわ。馬鹿、もしくは変態ね」
「爺共々、頭のネジを飛ばしてるような奴だったよ」
「だけど天才だわ。発想も、そして技巧も」
この言葉を親父が聞いていたら喜んだだろうか、それとも当然だと踏ん反り返っていただろうか。分からないが、イラっとするような反応をするのは間違いないだろう。
「通常、刀という武器は切れ味を追求して刀身を薄くするのが普通だわ。だけどこの刀はその逆、刀身を分厚くしてある。しかも刀としての切れ味が落ちないギリギリを見極めてね。その結果、刀の切れ味を維持したまま、斧のような破壊力を合わせ持ってる」
「元々は頑丈にするつもりだけだったらしいけどな。予想外の産物って奴だ」
酒の席で思いついたと叫んで実家にある鍛冶場に飛び込んだ時は遂に頭をダメにしたかと思ったのが懐かしい。そのまま数日引きこもり、出来たと飛び出した時の親父の笑顔は昨日の事のように思い出せる。
「少しだけとはいえ芯が歪んでいるわね……一体何を切ったのかしら?」
「アイズの魔法を斬った」
「……魔法を?」
「魔法を。こう、ズバッと」
「……本当かしら?」
「うん、切られた。ズバッて感じで」
鞘に納めた刀を優しい手つきでテーブルの上に置き、ヘファイストスは再び顔を手で覆って俯いた。
「なんで彼女の魔法を切ってこの程度で済んでるのよ……!!折れてもおかしくないわよ……!!」
「斬れるから斬っただけだけど?寧ろ風なんて勢いがあるから下手に硬いのよりも斬りやすいんだよなぁ」
初めて剣を持たされて振っていた時は形のあるものの方が斬りやすく感じていた。が、振り続けていると形のある物よりも形の無いものの方が斬りやすく感じるようになったのだ。寧ろ俺からすれば、魔法とはいえ風を斬って芯が歪んだ事の方が驚きである。
「ほう、剣の腕に自信があるのか……手前について来てくれるか?少しばかり頼みたいことが出来たのだが」
「別に良いけど、この後武器の補充を手伝ってくれる?勝手が分からんでな」
「それくらいならば構わんぞ。主神様、こやつを借りるぞ」
「うん……立ち直ったら、刀は直すから……」
ヘファイストスの落ち込みっぷりが凄い。アイズの風を斬った事がそんなに非常識な事だったのだろうか?
戦場で爆風を斬った事を伝えたらどうなるだろう。気になるけど彼女の精神の事を考えると伝えるのはまた今度にしておいた方が良さそうだ。
アイズはここで待っているらしいので武器の補充を終えたら迎えに来る事を約束し、顔を覆って俯いているヘファイストスを置いて椿の後についていくことにした。
椿に案内された先はバベルの外にある一角。ヘファイストス・ファミリアのエンブレムが掲げられ、金属を叩く音が引っ切り無しに聞こえてくるので鍛冶場なのだろう。
ここら一帯にファミリアのエンブレムが掲げられ、そうである事を示している。それだけでこのファミリアの盛況っぷりがが見て取れる。
「ここだ」
椿が先に入った鍛冶場に続いて入る。内部は様々な物が置かれていて手狭な印象を受ける。鉱石が詰められたであろう木箱に、乱雑に樽の中に入れられた多種多様な武器。中には壁に掛けられた物もあるが、それよりも圧倒的に樽詰めにされているものの方が多い。
奥は作業をする為なのか、金床が置かれてスペースが出来ていた。椿は適当に置かれている木箱に頭を突っ込んで何かを探していた。そうする事で必然的に、彼女の尻が強調される事になる。
袴越しからでも中々良い肉付きのエロいラインがハッキリと分かる。安産型の良い尻だ。
「確かここに……おぉ、あったあった!!」
彼女が引っ張り出したのはフルプレートの鎧だった。使い込まれている様には見えないが、酷く傷だらけで歪んでいる様に見える。それを床の上に置き、指を指す。
「お主の剣がどれほどの物が知りたいのでな、試しにこれを切ってみてくれんか?」
「そんな事の為にわざわざ連れて来たのか」
「そう不機嫌そうにするな。〝剣姫〟の風を切ったというお主の腕が知りたいのだ。無論、タダとは言わん。手前の眼鏡に適えば補充するという武器の代金は手前が出してやろう」
「乗った。後から嫌だとか言うなよ?」
俺の剣を大道芸か何かと思われるのは癪だが、武器を奢ってくれると言うのなら喜んで見せてやろう。
近くにあった鞘に納められた剣を手に取って踏み込みながら引き抜いて唐竹で鎧を断つ。身体能力が落ちたせいで、斬った時の手応えが以前の物とは違ってザラつく様な感触だったが、頂点から下まで問題なく刃は通り、
正中線上に、鎧は真っ二つに割れる。
「……見事、というしかあるまいな」
「個人的には不満しかねぇけどな」
鎧の断面を見ながら斬鉄の評価を下す。今の剣は手に持っただけで業物と分かるほどの代物だった。だというのに、斬った時の手応えがダメだった。断面を見ても荒れてしまっている。
この結果が自分が弱くなっている事実を否応無しに示していて、
同時に、ここから強くなるのだという現実を教えてくれた。
今こそが間違いなく俺の実力は最下にある。それこそ、これ以上落ちる事は出来ない程に。ならばこれから先は登るだけだ。それまでの自分の最盛期を超え、最強の頂に一人で立つオッタルに追いつく。
落ち込み終えた、目標は定めた。鞘に剣を納めて、鎧から目を離した椿と向かい合う。
「ふむ、良いものを見せてくれたな。約束通りに武器の代金は手前が出そう。なんなら、手前の打った物でも良いのだぞ?」
「そりゃあ良い。なら刀が一つにナイフが二つ、投げナイフが二十ってところだな。あぁ、鎖帷子も欲しいからよろしく。あとついでにこの剣もくれ」
「容赦無しだな……!!」
代金を出すと、打った物をくれるといった方が悪い。言わせたのなら多少は罪悪感でも覚えたのだが、向こうから口を滑らしたのであれば強欲に貰いに行くだけだ。
とは言っても、あまりに良すぎる物を貰っても腕が鈍る。武器の性能だけに頼っていては技術が育たない。身体能力を取り戻す事も肝心だが、だからといって技術を磨かない訳にはいかない。
若干涙目になっている椿と共に、乱雑に置かれた武器の山から目当ての武器を探す作業に没頭する事にした。
ヘファイストスは良い神なので、これから先、たくさん苦労する事になるぞ。具体的に言えばクラウドのやらかした事をマトモに受け止めちゃって頭を抱える。
椿は好奇心からクラウドに鎧を切る様に頼んだ、それだけ。そして口は災いの元という言葉を頭に刻み込む事になる。