視界に入っている人工物としか思えない壁と床を見て、上を向くが空では無く薄暗い天井しか目に映らない。ダンジョンの成り立ちは座学で副団長のリヴェリア・リヨス・アールヴから聞いていたが、俺がイメージしていた天然物の洞窟の様な物だけでは無いらしい。上層がそうであっただけで、下層に降りればそういう風な場所もあるはずだ。
ロキ・ファミリアに入団してから一週間が経った。
その間やってきた事と言えば椿から貰った剣と刀を振るい、フィンから言い渡された新人用のトレーニングをアヤメを除いた同期たちとしていたくらいだ。
地球では戦争を経験しているが、冒険者としては新人なのだ。長年冒険者として活躍している彼の言葉に逆らう理由などない。唯一セルベルだけは何か言いだけだったが、最終的には指示に従って一緒にトレーニングをしていた。
そして一週間経った今日、ダンジョンに入ることをフィンの口から告げられた。手合わせや訓練では無く、実戦でどれだけ動けるのかを確認する為らしい。
当然の事だが訓練と実戦は大きく異なる。訓練では好成績が残せていた者が、実戦に出した途端に使えなくなるなんて珍しい話ではない。命のやり取りをしているという緊張感、殺し合うという恐怖が身体を鈍らせるのだ。こればかりは実際にさせてみなければ分からない。
俺が見たところでは、一番心配なのはガラディヤだ。戦争中でも見かけたことのある、理想を見過ぎている新兵の気配がする。反対に心配していないのはブルームで、いつもと変わらぬ様子でいる。
意外だったのはセルベルだ。武器がメイスだというのも度肝を抜かれたが、ブルームと同じようにいつもと変わりない様子でいる。ガラディヤと同じか、虚勢でも張るかと思っていたがそんな事は無かった。
案外、命のやり取りを経験したことがあるのかもしれない。
「さて、準備はいいかな?」
フィンの問いかけに対して誰もが頷きで返す。ここは既にダンジョンの中なのだ。下手に騒ぎ過ぎればダンジョン内を徘徊しているモンスターに見つかる事になる。
「予め伝えてあると思うが、今日は君たちが実戦でどれだけ動けるのかを確認したいと考えている。準備は各自に任せたが、忘れ物をしたなんて初歩的なミスをした者はいないかい?」
それに関しては大丈夫だろう。ガラディヤは先走って鎧を着てから道具を用意しているのを目撃しているし、ブルームは俺と同じで予め用意していただろう鞄を持っていた。セルベルもファンなのか、妙にデレデレとした対応の男性団員に準備をさせていたし。
「本来なら、君たちにはパーティーを組んでもらって次の階層である二階層に向かってもらうんだけど……クラウド」
「はいよ」
「ここから二階層へと向かう階段を見つけるまでの間、自由に行動してくれるかな?」
「……いや、それは俺としては嬉しいんだけど良いのか?ファミリアの団長的には」
「流石に独断させるわけじゃないよ。君に先行してもらい、僕らはその後をついて行く形にさせてもらう。君は実戦でも問題無いのは試験を見たから理解している。どんな風に戦うのかが知りたいっていう単なる好奇心だよ」
俺からしても嬉しい申し出なので断る理由は無い。親父と爺に教えられた戦い方は基本的に一人で複数人を相手をする事を考えていて、一番得意なのは単独での遊撃なのだ。周囲に合わせる事である程度ならばチームプレイも出来なくは無いのだが、どうしても単独で動く時よりも劣ってしまう。
他の者たちに視線を向けて了解を得られたのを確認してベルトに挿していたナイフ二本を抜く。
今日の俺の格好は何時もの和服では無い。黒のズボンにブーツ、鎖帷子を着込んでその上にコートを羽織ってベルトで縛っている。その気になればいつもの格好でもダンジョンに潜れるが、着なれた服を返り血でダメにしてしまうかもしれないので新しく購入したのだ。
お陰で豊穣の女主人で貰ったバイト代は全て消し飛んでしまったが。
金の事を考えるのは止めよう。気分が暗くなる。
「じゃあ行くぞ〜」
フィンに声を掛け、
その気になれば圏境と呼ばれる技法のように気配を全く感じさせず、視認さえ出来ないような気配遮断も出来る。が、そんな事をすれば後から付いて来るフィンたちからも見えなくなってしまうのでこの程度で妥協したのだ。
そして床を蹴って駆け出す。服が擦れる音を抑え、足音を殺して。折角気配を殺したのに音でバレるなんて笑い話にもならない。既にモンスターの物と思わしき気配は捉えている。後は気付かれずに接近するだけだ。
誰かが言っていた。ダンジョンとは、モンスターを産み出す母体であると。
成る程、確かにそれは的確だ。潜ってみて分かったーーー
床、壁、天井は間違いなく無機質だというのに、ハッキリと生きている気配をそこから感じられる。まるで自分が病原菌にでもなった気分だ。幸いなことに気配の強弱でモンスターや他の冒険者の位置は把握出来るので困る事は無さそうだが。
「ーーー見つけた」
最短距離を駆けて行った先、そこでモンスターの姿を見つける。二足歩行の犬、地球でいう狼男のような見かけのコボルドと呼ばれるモンスターが、五匹程の群れで徘徊していた。座学で教えられた内容では、基本的にモンスターは群れで活動することは無いとの事だったが……まぁ、そんな事もあるだろうと一人で納得する。
それに数が多いのは良い事だ。椿から巻き上げた武器の性能を試したり、確認したかった事が出来るのだから。
気配を遮断しながらコボルドの群れに近づき、手前にいた二匹の首をナイフで斬り裂く。声帯と動脈を斬られた二匹は声を上げる事も出来ずにその場で倒れ、噴き出た血の匂いで残りに敵襲を察知される。
残り三匹の内の二匹は血の匂いのした方向を即座に向いて俺の姿を視界に入れ、残りの一匹はなりふり構わずに
それを目撃して、逃げ出そうとした一匹に向かって両手のナイフを投げる。空手になりそれを嘲笑うかのようにコボルドたちは吠えながら爪と牙を向けて襲い掛かってくるが、遅い。弱体化しても余裕で反応出来る速度でしか無い。
踏み込んで刀で居合斬り。肉と骨を断つ手応えだけを残し、コボルドたちは上半身と下半身を分けて絶命した。
「悪くは無い、だけども良くも無いな」
刀を振り、血糊を飛ばしながら武器としての評価を下す。
切れ味に関しては俺の知っている刀の中でも間違いなく最上級に入る。が、耐久性に関しては特殊な鉱石を使っているのか普通の物よりも頑丈そうだが、刀である以上、雑に扱えば簡単に折れてしまう事には変わりない。刃毀れなどの可能性を考慮して、ナイフやロングソードの方を主に使うようにした方が良いだろう。
どんな名剣、名刀であろうが武器であるのならば消耗品でしか無いのだ。メンテナンスもタダでは無い。雑に使わぬように心掛けよう。
「成る程、そういう風に戦うつもりかい?」
「戦うっていうよりも殺すの方が正しい。一々正面から馬鹿正直に戦うと疲れるからな」
殺したコボルドから魔石ーーーモンスターから取れる魔力の篭った結晶体を抜き出しながら追いついたフィンに返す。
戦闘というのはいかに
だからといって正面からの戦闘が嫌いというわけでは無い。むしろ好きな部類に入る。そうでなければフレイヤの時やアイズとの模擬戦で、気配も殺さずに正面から戦おうとしない。
「まぁちょうど良かった。悪いけど少しの間、見張り頼んでもいいか?」
「構わないが……何をするつもりだ?魔石はもう抜き取っただろう?」
視線の先にいるのは奇襲に気がついた時に真っ先に逃げ出そうとしていたコボルドの姿。両足に深々とナイフが刺さっていて立てない有様だというのに、それでも生きようと両腕を使い這って逃げようとしていた。
その生きる事への執着は素晴らしい。拍手喝采ものだ。モンスターとはいえ生きているのだから、死を恐れ、生きようと足掻く姿は間違っていない。
だが殺す。
このコボルドは死の恐怖を味わった。俺という冒険者を知ってしまった。この場から逃げ延びて生き残れば、この経験を忘れずに深く刻み込んで生きるだろう。そうなれば、通常のコボルドよりも厄介な存在へとなるのは目に見えている。
だから殺す。殺せる時に殺す。
結論は仕留めたコボルドたちと変わらない。が、どうしても確かめたい事があるのでそれを確かめるのだ。
「いやね、俺ってば来訪者じゃん?今までモンスターなんてものは見た事ないんだよ。座学で色々と教えられて知識としては知ってるけど、逆を言えばそれだけしか知らないって事になるよな?」
「……確かに、そうだね」
「だからさーーー」
這う為に使われていたコボルドの両腕を踏み砕く。叫び声を上げる前に頭を踏みつけて叫ばせず、刀の切っ先で声帯だけを斬って声を出させないようにする。
「ーーー知りたいんだよ、モンスターの生命力とか耐久力をさ」
ナイフを引き抜いて一本を鞘に戻し、俯せになっている身体を蹴って仰向けにさせる。
「
確実に殺す為、効率良く殺す為、それらの情報は知っておかなくてはならない。
「何、数分程で済ませるからちょっと待ってくれ」
だが、だからといってそれだけに集中することは許されない。ここはダンジョンで、いつ何処からモンスターが襲って来るのか分からないのだ。
手早く済ませようと決め、声も出せずに怯えた表情を浮かべているコボルドの腹にナイフを突き立てた。
「はぁ……」
「どうした?溜息ばかり吐いて」
「……あぁ、リヴェリアか」
夜遅く、黄昏の館の一室で溜息を吐いていたフィンの様子を気にかけてリヴェリアが話しかける。団長と副団長という組織のツートップである二人だ。弱気なところを周囲に見せれば指揮に関わるので溜め込んでしまいがちになる。
故に、どちらかが悩みを抱えているようならばどちらかから話を聞いてやるという風にいつからかなっていた。彼女の手にはカップが二つ握られている。
「今日は確か、新人たちの確認だったな。そこで何かあったのか?」
「あったと言えばあったね……」
今日フィンが新人たちを率いてダンジョンに向かったのは、実戦でどれだけ動けるのかを確かめる為だ。そういう点で見れば問題は何も無かった。唯一、ヒュームだけは動きが鈍かったが、それも実戦を重ねれば慣れる程度の物でしかない。
問題なのはそれ以外の出来事だ。
「クラウドがね、生きているモンスターを解体していたんだよ」
「それは、また……」
蔵人がモンスターを解体していた事を告げれば、リヴェリアは端正な顔を僅かに痙攣らせる。それは蔵人の行為が間違い無く異質であるから。
確かに冒険者たちはモンスターの死体から魔石を抜き取る。だが、だからと言って生きているモンスターを嬲るような真似をする者は極一部を除いて存在しない。
しかしその反面、彼の行動の有用性も理解していた。
ダンジョンで戦い続ける為にはいかにして消耗を抑えるかに掛かっている。一戦一戦を全力で戦えばすぐに疲弊して戦えなくなってしまう。弱点を狙い、一撃で仕留めるというのはどちらかと言えば正攻法に近い。だからこそ、蔵人は本や口頭で伝えられた情報を丸呑みにせずに、実際に解体する事で確認を取っていたのだ。
「他の者たちの反応はどうだった?」
「ヒュームは顔を青くして目を逸らしてたね。アイニスは然程気にしているようには見えなかったよ。リリシアは……うん、興味深そうに近くでそれを見てたね」
「リリシア……」
同族の行動にリヴェリアは思わず顔を手で覆う。リリシアが様々な事を知る為にオラリオへとやって来たことをリヴェリアは知っていた。が、だからといってモンスターの解体なんてものに関心を持って欲しくは無かった。
「それ以外には問題になりそうな行動は一切無し。集団戦も単独戦には劣るものの普通にこなせていた」
「普通に考えれば有望株なのだろうが……何故だろう、アイズを超える問題児になりそうな気がしてならんのだが」
「ハハハーーーそうならないように祈ろうか」
今のところ、蔵人の行動は大人しい。スキルによって弱体化した分を取り戻そうと鍛錬を重ね、異なる世界の文化を学ぼうとリヴェリアを始めとした多くの団員たちから話している姿を見かける。それだけならばまだ優等生だ。
だが、二人は知っている。アイズと手合わせをした時に見せた蔵人の姿を。あれが彼の本性だとすれば、今の彼は猫を被っている、或いはそんな暇すらも惜しいと感じているかのどちらか。
今はまだ大丈夫。しかし、これから先の事を考えると二人は溜息を吐かずにはいられなかった。
最初から最後まで全力で動ける人間なんていやしない。だから、大切なのは手を抜く事。どれだけ負担を減らして、いかに楽をするという事。クラウドはそれを理解しているからアサシン・スタイルでコボルドさんをアンブッシュしたのだ。
まぁ、一戦一戦に全力を尽くすのも嫌いじゃないけどな!!コイツ!!戦いは趣味、暗殺は特技みたいな感覚でオッケー。