「ーーー」
「……えぇっと、自分どないしたん?」
「ーーー
だが、中身は完全に人のものでは無かった。
太陽に人の皮を被せたという表現が一番近いだろう。人の姿をしていながら、中身が決定的に人とは異なっている。地球でもドイツにいたラインハルトや、中国の山奥で仙人を自称していた老人は常人とは違う気配をした事は覚えている。親父や爺、そして俺もその部類にカテゴライズされているのだがーーー目の前の
無理矢理に比較するなら、常人はコップで俺たちはバケツに入った水と言ったところだろう。
そして、目の前の
量が違う、質が違うなどではない。比べる事自体が馬鹿らしくなってしまうほどの存在感。咄嗟に身体が反応して警戒してしまったが早まったかと考える。
だが、どうしても〝勝つ未来〟が、正確に言えば〝
ともかく、この場で戦うのは悪手でしかない。本能が叫び立てる警戒を押し殺しながら溜息をついて身体から力を抜く。そうして小太刀から手を離し、無礼を詫びようとした時、眼前一杯にソックスに包まれた足の甲が飛び込んできた。
「っと!?」
避け切るには気がつくのが遅過ぎた。足の細さを見る限りでは女性の物で致命傷には至らないだろうがここは異世界。孫や曾孫が嵌っていた小説や漫画では普通に細身の女性が天変地異を起こしていたので万が一を考えて蹴りが当たる瞬間に首の骨を外して衝撃を流し、後ろに飛び退いて更に衝撃を殺す。
そしてその判断は間違いでは無かったと首の骨を嵌め直しながら悟る。あれをモロに受け止めていれば首の骨がへし折れるか、頭だけがサッカーボールの様に蹴り飛ばされてもおかしく無かった。
とんでも体験をして精神的に余裕が無かったことに加えて、突然現れた規格外に動揺して視野が狭くなっていた事を反省しつつ、足蹴にしてくれた下手人を見据える。正体はドワーフの火酒を頼んだエルフの女性だった。
「いい蹴りだな。攻められるのはそんなに得意じゃないんだが、嬢ちゃんみたいな別嬪さんに足蹴にされるんだったら役得ってやつだ」
「この店で暴力沙汰は御法度だ。これ以上暴れるというのならーーー力尽くにでも叩き出す」
エルフの女性が俺を見る目は冷ややかで、それでいて刃物の様に鋭い。蹴った後の残心やそれまでの立ち振る舞いからしてエルフの女性は
やはり異世界ともなれば、普通のウェイトレスではなくて戦うウェイトレスじゃないと経営出来ないのだろうか。巫山戯た考えを追い出し、真面目に考えることにする。ここで俺の取れる手段は2つ。降伏するか、抵抗するか。
一番丸く収まるのは降伏する事だろう。抵抗するにはその後のデメリットがあまりにも大き過ぎる。今はエルフの女性だけだが、これ以上抗えば他のウェイトレス達が加勢するのが目に見えている。助けになりそうな女将は注文でも新しく入ったのか視線は向けているものの厨房へと引っ込んでしまった。
そして事の発端となった
その姿を見た瞬間、なんだか警戒していた自分が馬鹿らしくなった。隠す事なく大きく溜息を吐き、刀と小太刀を床に投げてエルフの女性へ蹴って渡し、座り込んで両手を挙げる。
「降参しまーす!!」
「……潔いですね」
「そりゃあ後先ない状況ならモツこぼしながらだって暴れるよ?でも今の状況でそれやったら詰むからなぁ……」
「なんや?もう終わりかいな。自分何がしたかったん?」
「突然得体の知れないのが現れたから警戒してたんだよ。何なのアンタ?本当に人間?」
「ウチの事を知らん?……あぁ、自分もしかして来訪者かいな?」
「ここの女将が言うにはそういう存在らしいな。いや、自称したわけじゃないから確定的じゃないけど」
「来訪者ならウチの事を知らんくてもしょうがないなぁ」
楽しそうな笑顔を浮かべながら
その原因はエルフの女性ーーーその手に握られているロープだ。
「おい、そのロープは何に使うつもりだ?」
「縛り上げる為だ」
「確かにロープの使用法はそうなんだけどそういう意味で聞いてるんじゃねぇよ……!!」
「たとえ来訪者だとしてもこの店で暴れたのは事実だから拘束させてもらう」
「美人に攻められるのは役得とはいえ流石にSMプレイは……お嬢様!!お嬢様!!困ります!!あーっ!!お嬢様!!困ります!!あーっ!!困ります!!あーっ!!困ります!!お嬢様!!困ります!!あーっ!!あーっお嬢様!!」
「変な声を上げるな!!それに誰がお嬢様だ!!」
いや、だってロープで拘束するのがあまりに手慣れているから。しかもわざわざ俺の肩の関節を外してからの拘束という念の有り様である。完全に縄抜けへの用心を心得ている。
「お、ちょうどええわ。ミア母ちゃん、ちょっと上の部屋借りるで。すまんけどそいつ運んでくれへん?」
「はぁ、構いませんが……」
「あーっ!!あーっ!!お嬢様!!困ります!!困ります!!お嬢様!!あーっ!!ーーーウグッ!!」
こちらが悪いとは理解しているが何もしないというのも癪なので適当に叫んでいたら腹に肘を入れられてしまった。蹴られた時よりも加減されていたのでその気になれば無視出来るのだが、流石にこれ以上は要らない怒りを買うだけだと判断して気絶したふりをする。
正体不明の
そうして運ばれた先は宿屋も兼ねていたのかベッドが置かれた一室。
「扱いが酷い」
「いきなり武器を抜こうとした者に対しては普通だと思うが?」
「まぁまぁ、そこの兄ちゃんは来訪者みたいやから仕方がないやろ。ウチの……というよりもウチらの存在も知らなかったみたいやし」
「そうそう、お前何なんだよ?お前みたいな存在初めて見たぞ」
身体を起こして胡座をかき、目の前の
俺のセンサーがイかれてるんじゃない、目の前の中身が原因なんだと完璧な理論を展開する。
「ムッフッフ〜知りたい?なぁ知りたい?」
「おう、知りたいから教えてくれよ」
「そっかそっか〜そない知りたいなら教えたるわ!!」
俺の反応が壺に入ったのか、鼻息を荒くしながら
「ウチの名前はロキーーーロキ・ファミリアの主神にして天界きってのトリックスター様や。そういった方が自分には分かりやすいんちゃうか?」
そう有り得ない筈の事をさも真実のように、当たり前の様に口にした。
元ジッジ、ロッキと邂逅。力封じて人並み以下にしてるみたいだけど、気配とか感じられる奴からしたら人の皮を被った何かとしか形容できない存在だと思うの。
そして後日、この店ではエルフのお嬢様によるSMプレイが裏メニューで存在しているという噂が流れたらしい。