「やぁーーーッ!!」
白髪の少年が勇ましい雄叫びを上げながらナイフを振り翳し、ゴブリンへと斬りかかる。それは自分を傷つけ、殺すことが出来る凶器だとモンスターでも理解出来ているのだろう。ゴブリンは絶対に当たってやるものかと表しているように大袈裟に振るわれるナイフを躱す。
が、それは囮だった。ゴブリンの視線がナイフに集中されている事を確認し、少年が足払いをかける。たった一つの事に集中するという事は、それ以外の事への注意が散漫になる。それはモンスターでも例外では無く、ゴブリンは足を払われて体勢を崩した。
転ぶまではいかないにしても、それは大きな隙だ。少年はそれを見逃さず、コンパクトな一振りでゴブリンの首を斬り裂いた。
「ギィ……ッ!!」
生物の急所である首を切られ、苦しそうな悲鳴をあげたのちにゴブリンはその場に崩れ落ちる。死んだフリをしている可能性もあるが、今の一撃は完全に即死のそれだった。数秒ほど警戒してもゴブリンはピクリともせず、首から流れる血液が絶命を教えていた。
「ふぅ……よし。先生、やりましたよ!!」
ゴブリンを倒せた事が嬉しいのか、少年は明るい顔をしながら後ろで見ていた俺へと向かって走ってくる。彼の実力を考えれば、一対一ならばゴブリン程度は無傷で倒せるような相手だ。それでも、彼はまだ幼い子供であり、自分の功績を誰かに褒めて欲しいのだろう。
それを理解してーーー駆けてくる少年へ、ノーモーションでドロップキックを見回せた。
「ブフェッ!?」
「だ阿呆、倒せたからって油断してるんじゃねぇよ。あと五月蝿い。ダンジョンにいるモンスターはそいつだけじゃないんだ。戦闘の音で他のモンスターが寄ってくるかもしれないのを忘れるな。出来るだけ静かに戦闘する様にする。ハイ、復唱」
「で、出来るだけ静かに戦闘する……」
「良し、分かったさっさと魔石取ってこい。終わったら休憩にするぞ……あぁ、それと」
蹴られた腹を押さえ、肩を落としながらゴブリンの死体から魔石を取り出そうとしていた少年に声をかける。
「それ以外は良かった。大振りを囮にして足払いとか良く考えてるじゃないか」
「ッ……!!ハイ!!ありがとうございます!!」
本当なら五月蝿いとまたドロップキックをかますのが正しいのだろうが、教育の基本は飴と鞭だ。厳しいだけでは駄目で、優しいだけでも駄目なのだ。厳しさと優しさを丁度いい塩梅で混ぜてやらなければならない。
「先生役も板に付いて来ましたね」
話しかけて来たのはヒューム。初めてダンジョンに来た時の強張りは慣れて消え失せ、先生と呼ばれた俺の事を揶揄う様に話し掛けてくる。
ニヤついた顔が実に腹立たしい。
「止めろ、揶揄うなよーーーそんな事言ってたらお前の部屋に女性物の下着が紛れ込むかもしれないぞ?」
「ごめんなさい許してくださいもう変態扱いは懲り懲りです……!!」
平謝りするヒュームの姿に気分を良くし、魔石をバックパックに入れている少年ーーーベル・クラネルに視線を向ける。
そして不意に、ある事を思い出した。
「そういえば、今日で半年か」
俺が若返ってこの世界に訪れ、冒険者となってから半年が経過した。その間やって来たことは今までと変わらない。
素振りをして、フィン監修のトレーニングを受け、手が空いている者を見つけては模擬戦をして、ダンジョンに潜っていた。
無論、鍛えるだけではない。身体を休める為、ストレスを発散させる為にオッタルと飲みに行くこともしていた。流石に頻繁にというほどではないが、それでもあいつと飲みに行く時間は楽しかった。
ステイタスは順調に伸びている。目標は世界最速でランクアップを果たしたアイズの記録を更新する事だ。
というよりも、速くランクアップしなければフレイヤが仕掛けて来そうで怖い。オッタルが押し留めてくれてるのか、半年の間は彼女からのちょっかいは何も無かったが、逆を言えば半年も何もしなかったのだ。そろそろ爆発しそうなので怖い。何を仕出かすのか読めないのが余計に恐怖を煽る。
ステイタスを与えられると同時に弱体化したわけだが、徐々に最盛期に近づいて来ているのは実感出来ている。ランクアップでどれ程強くなるのか分からないが、この調子で行けばLv.2の何処かで筋力だけならば最盛期に届くだろう。本音を言えば敏捷の方が届いて欲しかったがしょうがないと諦めるしかない。
早く強くなりたいという渇望はある。が、それを差し引いても、この半年間はとても充実していて、地球にいた時よりも楽しいと、生きている事を実感出来ていると胸を張って言える様な時間を過ごせた。
「先生の作るクッキー美味しいですね」
「そうだよね……ファミリアじゃあ頭おかしい言動が目立つのになぁ……」
「ヒューム、下着布団事件」
「クラウドさんサイコー!!」
「何があったんですか……いや、聞くのが怖いんでやっぱり良いです」
賢明な判断だ。もし深く掘り下げようとしたら、ベルの心にダメージを負っていたに違いないから。
俺の事を先生と呼ぶ少年はベル・クラネル。今月の頭頃に一層でコボルドに追いかけ回されていたのを助け、その日に冒険者になったばかりだというので色々と世話をしてやったら先生と呼ばれる程に懐かれた。時折こうして一緒にダンジョンに潜り、金銭で余裕があれば飯を食いに行く間柄である。
「そう言えばロキ・ファミリアって遠征に行ってるんですよね?先生は付いて行かなかったんですか?」
「ベル、忘れてるかもしれないけど俺のレベルは1だぞ?付いて行ったところで足手まといにしかならねぇよ」
「クラウドさんなら割と平気そうだから困る。ステイタスの差で倒せなくても、時間稼ぎくらいなら平然とやりそうで」
「お前ら俺の事何だと思ってるんだよ。怒らないから素直に言ってみろ」
「凄い人」
「戦闘特化のキチガイ」
ベルは良いだろう。だがヒューム、お前はダメだ。距離を置こうとしていたヒュームの足を掴んで引っ張り、4の字固めを極める。
「ぐわぁ……ッ!!痛い痛い!!何これめっちゃ痛い!!」
「サブミッション、関節技って言ってだな。文字通りに関節にダメージを与える技だ」
「へぇ……これがこうなってるのか……」
「ベル君ベル君!!冷静に観察してないで助けて!!」
しばらく痛みを与えてから解放する。ファミリアならば兎も角、ここはダンジョンの中だ。痛みは与えても、歩けなくなる程のダメージは与えない。事実、ヒュームは足を抱えて転がり回ったがすぐに立ち上がった。
「あー痛かった……ところで今の技ってモンスターに使えそうですかね?」
「使えなくは無いけどやめておいた方が良いぞ。関節壊す暇があるのなら頭をカチ割った方が絶対に早い。一撃で殺すのが難しい相手なら末端から削って殺すのが定石だ」
「末端って事は足ですか?」
「足を狙って動かないようにするとか、手を狙って攻撃手段を減らすとかな」
ベルもそうだがヒュームも戦い方に関して興味を持ち、意見を求めるのは良い傾向だと思う。
二人は戦闘だけではなく、殺し合いでも初心者だ。相手を殺すという経験が足りていない。殺しに応用出来るほどに経験を積んでいない。ダンジョンに潜り続けていればそれも解決出来るだろうが、こうして自分で考え、人から意見を求めるのは経験を不足を埋める助けになる。
「さて、そろそろ休憩は終わりだ。今日はここで探索続けるぞ」
「ハイ!!」
「さっきはベル君が戦ったから次は僕ですね。リザード辺り出てくれると良いんだけどなぁ」
今いるのは四階層。俺とヒュームだけなら六階層まで、俺単独なら十階層よりも下へ行けるが、ベルとダンジョンに潜ると彼の実力に合わせた階層を選ばなくてはならない。それがデメリットかというと、そうとは言い切れない。
ベルとヒュームの年齢は近い。その上、半年の差があるとはいえ同じLv.1の冒険者であるからか、互いが互いを意識しているのだ。そうやって競い合える相手がいる方が、互いに刺激しあって成長を促進させる。
俺の場合は親父と爺がその対象だった。まぁ、這い蹲らせて煽りたいっていう捻じ曲がった理由だったが。
「ーーーッ!?」
立ち上がり、移動しようとした時、下層へと続く道の辺りから強い気配が現れた。上層のモンスターよりも強い。もしかすると、下層からモンスターが上がってきたのかもしれない。
強い。気配だけで分かる。今の俺では殺されるような相手であると。
「どうしました?」
「……やばいのが来た。予定変更して帰るぞ」
「やばいのって……そんなにやばいんですか?」
「俺単独なら分からんが、お前たちと一緒なら間違いなく死ぬな。見捨ててもいいならそうするけど」
「帰りましょう!!迅速に!!脱兎の如く!!」
「異議なし!!」
ベルとヒュームからの反対意見も無かったので予定を変更して帰還する事にする。気配でモンスターの位置を把握している俺が先行し、その後を二人が付いて来る。音を立てて気づかれる事を避けるために指示は全てハンドサインで出す。
万が一を考えて、こういう時の行動を決めておいてよかった。お陰で迷わずに行動する事が出来る。
途中までは順調に行動出来ていたが、問題が発生した。モンスターの気配がある場所で動かなくなったのだ。しかもそこは上に向かうためには通らなければならない道で、迂回出来るルートは無い。
ハンドサインで集まるように指示を出し、小声で話し合う。
「俺が単独で突っ込んで気を引くからどうにかして頑張れ」
「雑だけどそれが一番上手く行きそうなんだよなぁ」
「一緒に戦った方が良いんじゃ……」
「間違いなくお前たちが死ぬからやめた方が良いぞ。それよりも俺一人の方が助かる確率はあるんだ。最悪、ギルドで上級冒険者見つけて連れて来れば良い。生き残る事だけを考えればそのくらいの時間は稼げるから」
ベルは最後まで一緒に行動する事を推していたが、それは間違いなく悪手である。この状況の最善は全員が生き残る事であり、最悪は全滅する事だ。一緒に行動すれば最悪のパターンになるのが目に見えている。
自己評価を間違えてはならない。何が出来るのか、どれほどの価値があるのか、他者からどのように見られているのか、それらをキチンと把握する事こそが重要なのだ。ヒュームはフィンからの教育でそれを知っているようだが、ベルはその事を理解していないようだった。
帰ったらこの事を教えないといけないなぁ、と考えながら気配を消し、モンスターの元へ向かう。
他のモンスターと遭遇する事なく、目的の場所へと到着出来た。狭い通路のような道の真ん中を占領するように、それはいた。
それは牛の頭部と人の身体を掛け合わせたようなモンスターだった。リヴェリアから教えられた知識が確かならば、あればミノタウロス。教えられていたサイズよりも二回りは大きく、全身に付いている傷痕が歴戦の風格を漂わせている。Lv.2にカテゴライズされるモンスターで、本来ならば十五階層以下で出現する筈だった。
が、その疑問はすぐに氷解した。
「ぐ……ぁ……」
ミノタウロスの手の中に居たのは一人のヒューマン。着ている鎧は機能を果たせない程に壊され、床には武器であっただろう剣が粉々にされている。
ミノタウロスは手に力を込めた。上がるヒューマンの悲鳴。そのまま力を入れて握り潰すかと思えば、不意に力を緩めた。
力を込める、上がる悲鳴、緩める。それを繰り返す。
それを見て気が付かない者は居ないだろうーーーあの怪物は、嬲ることに対して愉悦を感じている。
間違いなくそれは異質だ。基本的にモンスターにはそんな感情は存在しない。冒険者を襲うのだって敵だからで殺意を持って襲うのだ。どう殺そうかなど考えていない。殺さないと殺されると、殺しに来るだけだ。
しかしあのミノタウロスは違う。どうやって殺そうかと楽しみながら考えている。それは殺意ではなく悪意と呼ばれるもの。本来ならばモンスターが持ち合わせていないそれを持っていた。
あのミノタウロスがここに来たのもその一環だろう。運が悪かったと嘆くしか無い。いや、フレイヤが関係していない事が分かったのには安心したが。
大きく息を吸って僅かに上がっていた心拍数を平時へと戻し、ロングソードの鞘でダンジョンの壁を叩く。
鈍い音がダンジョン内に響き渡り、ミノタウロスに気付かれる。
ミノタウロスは俺を見て新しいオモチャが来たと思ったのだろうか。牛の顔で口を釣り上げ、遊んでいた
「生きて帰れたらリオンにハグでもしてもらうか……」
絶対にあり得ない、そんな馬鹿な事を考えながら、ミノタウロスから全力で逃げ出した。
原作の時間軸に突入。そしてベル君と合流。ここのベル君はクラウドの教育を受けていて地味に強化されているぞ!!
クレイジーミノたん投下。弱い者イジメが大好きなミノタウロス強化種。クラウドでもやばいと思わせるくらいにやばい奴。