「ほら!!さっさと自己紹介しな!!」
「アイサー。漣蔵人だ、漣でも蔵人でもどっちでも好きに呼んでくれ。あ、蔵人の呼びが難しかったらクラウドでも良いぞ」
朝食後、集められた従業員達の前に立たされたと思ったら自己紹介を命じられた。まぁ、短い間とはいえこの店で働くのだ。挨拶と自己紹介の出来ない奴はブチ殺されてもしょうがないと親父と爺から教育されているので女将の命に従って自己紹介を済ませる。
当然ではあるが、今の服装は昨日の和服ではない。白いカッターシャツに黒色のズボン、エプロンという地球のウェイターのような格好だ。他に服を持っていなかったので和服の上からエプロンを着けて働くつもりだったが、女将が拳骨と共にこれらを渡してくれたおかげでまともな服装で働く事が出来るようになった。
しかも太っ腹な事にこの服はくれるらしい。ありがたい話だ。
従業員達からの反応は分かりやすかった。殆どの者たちはよろしくなどと笑顔で声を掛けてくれるのだが黒髪猫耳の少女や茶髪の少女が笑顔を貼り付けながらも疑いの目で見ている。その警戒はして然るべき警戒だ。間違っていない以上、俺から言うことは特に何も無い。
そしてリオンは前者2人とは違い、笑顔を貼り付ける事なく不機嫌そうな顔をしながら俺のことを睨みつけていた。どうやら朝にやった出来事が相当に気に入らなかったらしい。朝礼だからなのか、それとも女将が怖いのか分からないが、その2つが無くなった瞬間に詰め寄ってきそうである。
「さて、クラウド。アンタの仕事は野菜の皮剥きだよ。出来ないなんて言いやしないよね?」
「向こうじゃ自炊してたからそのくらいは出来る。まぁ、こっちの野菜が俺の知ってる野菜と同じだったらなんだけどね」
そう、ここは異世界なのだ。孫や曾孫たちの嵌っていた小説では普通に地球と同じ野菜が登場していたが、この世界でも同じとは限らない。昨日の様子を見た限りでは相違点は無さそうだが、下手な先入観を持って失敗する可能性だってあるのだ。
「取り敢えず、これを剥きな」
そう言われて女将が渡したのはボウル一杯に盛られた皮付きのジャガイモだった。地球の物よりも大振りではあるが、見た目はそのまんまジャガイモ。手に取って確認してもジャガイモだった。
「皮剥いて芽を取れば良いの?」
「そうだよ」
どうやら俺の知ってるジャガイモと同じ方法で良さそうだった。包丁の刃を皮に沈め、ジャガイモを回す。そうやって皮を剥き終われば、最後に包丁の柄の方の刃先で芽をくり抜いて処理は終わりだ。
「これで良い?」
「ほぉ、随分上手いじゃないか。この調子でどんどんやりなよ!!」
どうやらお気に召したようで、女将はニカっと獰猛な笑みを浮かべて竃の方へ向かって行った。
「新人、おミャー皮剥き上手ニャ」
ジャガイモの皮剥きを続けながら周囲の仕事の様子を観察していると前から茶髪猫耳の少女が話しかけて来た。仕事は大丈夫なのかと思うがどうやら忙しくはないようで、女将は何も言わずに視線を寄越すだけだった。
「自炊してたし、軍属してた頃は炊事もしてたからな。慣れだよ、慣れ」
懐かしい話だ。ドイツに渡って軍属して戦争に参加していた頃にはちょくちょく炊事に参加して料理を作っていた。
戦争というのはどうあがいても殺し合いであり、どんな人間だろうが殺し合いにはストレスを感じるものだ。それは人でなしでキチガイを自称している俺も例外ではない。故に重要な事はストレスを溜めない事ではなく、ストレスを発散させる事だ。ある者は女を買って抱き、ある者は心行くまで惰眠を貪り、ある者は美味い食事を摂る事でストレスを発散させる。
そして軍属の者たちの主なストレス発散の方法は食事だった。と、いうよりもそれしか無かったと言うべきか。いつ敵がやってくるか分からない状況で女を抱く事は出来ず、惰眠を摂る事は許されない。だから美味い料理を食べる事でストレスを発散させていた。
よく炊事の担当者と上官を判定者にして料理対決をした事を思い出す。そういえば料理対決で負けた者が最前線に送られていたのだが、あれはやっぱり負けた事が理由だったのか。
「軍属?軍人だったかニャ?」
「元だよ、元。今じゃただのバイトさね」
「ふ〜ん。あ、ミャーの名前はアーニャだニャ!!」
「おう、よろしくな」
「クラウドは凄いニャ。どこかの誰かは芋を削るみたいに剥いてて危なっかしかったニャ」
「ッ!!ア、アーニャ!!」
どうやら話し声が聞こえていたようで、リオンが羞恥心なのか顔を赤くしながら空の食器を手に叫んでいた。そのまま詰め寄ってきそうな勢いだったが、女将が一睨みを効かせる事でそれは未遂に終わる。
昨日から薄々感づいてはいたが、この店のカーストのトップは女将ようだ。そうでもなければ経営者とはいえ、俺の様な怪しい奴を雇う事を決定できないだろう。
ホールから聞こえてくる音が大きくなったのに話しこもうとするアーニャが女将に叱られているのを見捨てて、野菜の皮剥きを続行する事にした。
「はぁ……あぁ、いい夜だ」
空を見上げれば星空の中心に満月が堂々と光り輝いている。異世界なのだからもしかしたら月が二つあるのではないかと期待していたのだが、そんなことは無かった様だ。その代わりに星の位置は地球とは異なっていて、俺の知る星座が一つも見当たらないのだが。
一日を働き通しての俺の仕事は野菜の皮剥き、買い出し、人手が足りなくなった時のウェイターだった。初日だったので周囲の様子を伺いながらの手探りでの仕事だったが、大体の要領は得ることが出来た。同じような仕事を任されるのであれば、今日以上の成果を出せるだろう。
他の従業員達は離れの食堂で酔い潰れている。
短期間とはいえ俺という従業員が増えた事が理由なのか、女将は店を早めに切り上げて宴会をする事を許可したのだ。それに彼女達は鬼の首を取ったように喜びを露わにし、迷う事なく酒と料理を持ち出して馬鹿騒ぎを始めた。彼女たちもストレスが溜まっていたのだろう。酒を水のように飲み、料理に舌鼓を打つ彼女たちの姿は圧政から解放された労働者のようだった。
ダシに使われたように思うのだが、美女たちからありがとうと感謝されながら飲む酒はとても美味かったので良しとしよう。
ただ、明日の朝の女将が怖い。
とはいえ俺にはどうする事も出来ないので諦めた。明日は朝一番で女将からのお叱りと拳骨を貰うことを覚悟し、残っていた料理を摘みに屋根の上で月見酒をする事に決めたのだ。
「お前もこっちに来て月見を楽しんだらどうだ?リオン」
「……気が付いていたのか」
軒下から顔を覗かせ、ひょいと自分の身体を屋根の上に乗せてリオンが現れる。格好はウエイトレスの物では無く、寝間着のつもりなのか朝の格好と同じだった。
「美人からの熱い視線だ。気が付かないなんて男としてダメだろ?」
「何度も言うようだが私はーーー」
「俺の事を疑ってるんだろ?」
肉を一切れ摘んで口に運び、濃いめの味付けを楽しんでからジョッキに注いだエールを飲む。
「いいんじゃないかな?一人くらい用心深い奴がいても。と言うよりもここの奴らはちょっと無防備過ぎて心配なんだけど」
絶対的存在である女将がいるからなのか、男である俺の事を少々軽く見過ぎているきらいが彼女たちにはあった。正面から話しかけてくる程度なら普通だが、流石に酔っ払っているとはいえ身体に擦り寄ってくるのはどうかと思う。
ただ一つだけ言えるのはーーーアーニャの胸は素晴らしかった。
「まぁリオンの他にももう二人程俺の事を警戒してる奴らがいるみたいで逆に安心したよ……酔い潰れてるみたいだけど」
「クロエ……ルノア……」
警戒していた二人に心当たりがあるのか、リオンは頭痛を堪えるように顔を顰めながら手を添えている。正確にいえば酔い潰れたというよりも酔い潰されただろう。俺の事を警戒していたようで全く料理や酒に手を付けていなかった二人にアーニャを始めとした従業員達が無理矢理に勧めた結果なのだから。
「あ、そうだ」
満月の夜空にリオンという美人の存在。この二つからある事を思い付いたのでその場から立ち上がり、屋根の淵ギリギリまで移動して夜空を見上げるように腰を下ろす。
そんな俺の行動を疑問に思ったのか、リオンは首を傾げながら近づいてくるが、とある場所まで来た時に手で制する。
「……何がしたいんだ?」
「満点の満月にエルフの美女、組み合わされば月下美人ってね」
指で作った枠組み越しにその姿を見る。
大気が汚れていないので穢れる事なく夜空で輝いている黄金の満月。それを背にして立つのは神聖なるものの象徴として地球では伝わっているエルフの美女であるリオン。シチュエーションとリオンの美貌とが組み合わさって、それは一枚の絵画ような仕上がりを見せていた。
美術的なセンスが無い俺でさえ、この光景を素直に美しいと思えるほどに。
「な……ッ!!」
褒められる事に慣れていないのか、リオンは俺の言葉を受け止めて顔を真っ赤にして狼狽えていた。
恥じらう顔も悪くない、むしろそっちの方が唆るなぁ。などと考えていたのだが、機嫌を損ねてしまったようでリオンは鼻を鳴らして屋根の上から降りていった。
しばらくすれば、リオンの気配は動かなくなった。どうやら部屋に戻って眠りに就いたらしい。
「クッソ煙草吸いてえなぁ……んで、何の用だ?」
俺以外に誰もいない空間。側から見ればそう見えるだろうと理解しながら、俺は
その視線の主は動揺する事なく、むしろ納得したように影から出てくる。
月光に照らされながら現れた人物の第一印象は
その姿を目にした瞬間ーーー驚愕した。
気配からロキのような神ではないと理解出来る。だが、
仮にこの場で仕掛けた場合、こちらが何かしらのアクションを起こす前に殺される。そう本能で理解した。
「漣・クラウドだな?あの御方の命令だ。俺に着いてこい」
「……この場でドンパチを起こすつもりが無くて助かったよ。店に何かありゃあ、女将に殺されるからな」
こんな存在に出会った時でさえ滑らかに軽口を叩ける事に初めて口に感謝した。
視線に気がついた時から念のために持って来ていた刀を腰に刺し、男の指示に従う。あの御方というのが誰を指すのか分からないが、目の前の男に俺を害するつもりが無いことは理解した。もしそうであるのなら、会話なんてせずに有無を言わさずにその拳を振り下ろせばそれだけで事足りる。
「そういえばお前さんの名前は?俺のだけ知られてるって不公平だろ?」
「俺の事を知らんか……来訪者だと聞かされていたが本当のようだな」
名前を尋ねただけで、男の目が僅かに見開いた。その反応から、彼が相当な有名人で名前と顔が知れ渡っているのが読み取れる。
「俺の名はオッタル。フレイヤ・ファミリアの団長を務めている」
軍属経験がある上に長く生きているのだからそれなりに料理は出来て当たり前って事で。皮剥きが下手なリューさんポンコツ可愛い。
王者オッタル登場。そりゃあの女神様からしたら漣ジッジは垂涎モノだからなぁ!!手が速すぎるっすよ!!