オッタルに案内され、辿り着いた先はオラリオを囲う外壁の上だった。辺りを見渡しても見張りどころか篝火一つ立てられていない。フレイヤ・ファミリアが手を回したからなのか、それともデフォルトでこうなのかは分からないが是非とも前者であってほしいところだ。
そして月明かりに照らされた外壁の上には大勢の人がいた。一様に黒の服装、そしてバイザーやヘルメットといった顔を隠す装備を身に付けてある者は興味深そうに、そしてある者は嫉妬混じりの目線をこちらに向けている。
「こいつら全員フレイヤ・ファミリアの団員たち?」
「そうだ。とは言っても流石に拠点を空ける訳にはいかぬので全員では無いがな」
その言葉にヒェッとよく分からない声が出た。
組織というのは基本的に人材で決まると個人的に考えている。装備を整える為には金がいるが、整えたところでそれを使う者が居なければ無駄になるから。
この場にいるだけでフレイヤ・ファミリアの団員数は五十を超えている。そしてその中の数人はオッタルには届かないにしろ、相打ちに持っていければ良い方だと断言出来る実力者が紛れ込んでいる。
同一の装備を整えるだけの財力を持ち、オッタルを始めとした優秀な人材をこれほど抱えているファミリアなのだ。弱く無い筈がない。
「あー……そろそろどうして俺を呼び出したのか教えてくれない?いい加減不安になってくるんだけど」
「それは私から説明するわ」
俺の疑問に答えると言ったのは美しい女の声だった。集団が割れて
一目見た印象は〝魔的〟であった。
夜闇に映える銀髪を靡かせ、炎をモデルとしたようなドレスを身に纏い、陶磁器の様な肌を惜しみもなく曝け出している絶世の美女。普通ならば痴女の様な印象を抱くのだが、彼女がそうした格好をしてもそうは感じなかった。
その原因は彼女の全身から放たれている色香。ただ歩くだけで、ただ話すだけで、ただ髪をかきあげる仕草をするだけで、言葉に言い表せられない程の色香を辺りに無差別に振り撒いている。俺に興味を抱いていた者も、嫉妬混じりで睨みつけていた者でさえ彼女が現れると同時にその全てを無くして彼女に見惚れていた。
その魔性と呼べる魅力、そして気配からその存在を看破する。
「神様……フレイヤか?」
「あら、私の事を知らないはずなのによく分かったわね?」
「主神以外の神が他のファミリアの奴を侍らせて登場するとか無いだろ」
「私が声を掛けたら……そうね、男神だけなら貸してくれるんじゃないかしら?」
「それで良いのかよ」
男としてはフレイヤ程の美女に求められたのなら応じたくなるのは理解出来る。だからといって自分のファミリアの団員を他の神に貸し与えるのはどうかと思うが。
「で、女神様が俺に何の用で?」
「フフッ……そう慌てないの」
微笑みながらフレイヤは手を伸ばし、俺の頬を撫でた。近づかれた事で彼女の暴力的なまでの色香をモロに浴び、撫でられた事で男としての本能が否応無しに刺激される。
「嗚呼、貴方の魂は本当に凄いわ……まるで鋼を思わせる様な鈍色なのに、太陽の様に自ら光輝いている。他者を照らし、導き、魅了し、だけど近づき過ぎれば燃えてしまう。例えるならーーーそう、鋼の恒星」
視界一杯に広がるウットリとしたフレイヤの顔。彼女は俺の外見では無く、中身を見て恍惚とした表情を浮かべていた。
あぁ、欲望の赴くままに行動出来ればどれだけ幸福なのだろうか。
彼女の唇に唇を重ね、肢体に纏わる衣服を剥ぎ取り、獣の様に貪りたい。そうした時には彼女はどんな声を出すのだろうか?嫌だ嫌だと泣き叫びながらも快楽に流されるのだろうか。それとももっともっとと喘ぎながら共に獣欲を満たそうとするのだろうか。
そうする事で周りにいる彼女の団員たちに殺されようとも、死んでもなお行為を続けられる自信があった。
「クラウド、私のファミリアに入らないかしら?貴方が欲しい物を全て用意してあげる。求めるのならーーー私の身体もよ」
フレイヤの顔は互いの吐息が感じられる程に近い。頬を撫でていた手は首の後ろに回され、側から見ればキスをする間際のカップルの様に見えるだろう。
まるで麻薬の様な色香が脳を痺れさせる。彼女に肌を撫でられただけで絶頂してしまいそうになる。
「取り敢えず、離れてくんない?近すぎるんだけど」
それらを全て理性でねじ伏せて、フレイヤから一歩分の距離を取った。
彼女の色香や言動で男としての本能を刺激された事には間違いない。彼女を組み敷いて交わりたいと考えた事を否定しない。
が、だからといってそれに流されてしまう様な柔な精神をしていない。甘い誘惑に乗ったところで最後に待つのは惨めな末路であると親父と爺から聞かされているのだ。
麻薬の様な、暴力的な色香がどうしたというのだ。それを受け止めてなお理性で行動出来なければ漣を名乗る資格など無い。
「ーーー驚いたわ。貴方、私の〝
「チャーム……魅了だったか?効いてたと思うぞ。効いてなお、自分を見失わなかった、それだけの話だ」
常人であれば彼女に触れられた時点で、最悪彼女の姿を目の当たりにした時点で魅了されて言いなりになっていただろう。ロキの話では神は力を封印しているはずだ。それはつまり、フレイヤは封印されている状態でそれだけの魅了を振舞うことが出来ると言うことになる。
フレイヤがその気になれば、彼女一人でオラリオは地獄の坩堝に出来てしまう。末恐ろしい事だ。
「さて、ファミリアに入らないかって話だったよな?悪いけど断らせてもらうよ」
理由は二つ、と人差し指と中指を立てた手をフレイヤの顔に突きつける。
「一つはロキに先に誘われてるから。まだ入団試験を受けることが決まっているって段階だけど俺はそれを受けるつもりでいるし、受かるつもりでいる」
フレイヤに誘われたが、昨日の時点でロキからも誘いを受けているのだ。いくら片方は確実に入れてくれるとはいえ、先約を無碍にするのは有り得ない。
「そして二つ目だけど、アンタのファミリアには入りたいとは思えなかったから」
辺りを見渡せば、そこにはフレイヤの美貌に魅了されているフレイヤ・ファミリアの団員たちの姿がある。オッタルを始めとした数名は魅了されてなお自意識をしっかりと保てているが、他の者たちは彼女に見惚れている様にしか見えなかった。
出会い頭にいきなり〝
このファミリアはフレイヤが満足する為だけに集められたコレクションと変わりない。オッタルという俺をして化け物としか形容できない存在のいるファミリアは魅力的ではあるのだが、だからと言って彼女を満足させるだけのコレクションに加わることはしたくなかった。
「……もしかして、振られたのかしら?」
「振られたといえばそうだな」
「ふ、ふふ……フフフッ、アハハハッ!!」
突然声をあげて笑い出したフレイヤにオッタルを始めとした団員たちは困惑していた。
俺だってその一人だ。誘いを断っただけで爆笑されれば、誰だって困惑する。
「フフ、フフフ……ッ!!ご、ごめんなさいね?私、振られるなんて初めてだから、意識した途端に可笑しくなっちゃって……」
余程ツボにはまったのか、フレイヤは笑い過ぎて流れ出した涙を拭っている。確かに、見られるだけで相手を魅了出来るほどの美貌を、男ならば飛びつきたくなるような身体を持っているのなら振られる事なんて無いだろう。挙動からして、彼女は純粋に可笑しくって笑っているだけの様だ。
その姿を見て内心で安堵する。彼女がプライドを傷つけられたと怒り狂って団員たちを差し向ければ、俺は殺されるしか無いのだから。
「ハァハァ……こんなに笑ったのは久しぶりだわ」
「おう、そうか。だったらもう帰っていい?月がこんなに高いしさ」
「残念だけど、もう一つだけ用事があるのよ」
フレイヤが片手を挙げる。すると集団の中から小柄な団員が片手にナイフを持って現れて来た。
「えっと……フレイヤさん?一応用事の方を聞かせてもらえない?」
「貴方がどのくらい強いのか知りたいだけよ。振られた意趣返しでは無いから安心して」
楽しげに笑いながらフレイヤはそう言ったが、気にしていないのは彼女だけなのだろう。団員たちからは殺気立った視線を向けられ、オッタルでさえ気配を僅かに荒げさせている。目の前に立っている団員に至っては、殺意しか向けられていない。
「貴方が来訪者で
要するに実力を知りたいという事だろう。まずはという言葉から、目の前の団員を倒したら次はLv.2が、それを倒したらLv.3がと徐々に強くなって来そうだ。
常人ならば絶望するシチュエーションだろう。なにせ相手は冒険者。神様から
それを理解してーーー俺は嗤う。
「いいな、そういうのは大好きだ」
腰に吊るした刀には手を伸ばさず、空の手を広げたまま無防備にナイフの団員へとゆっくりと近づく。
「あぁそうだ、一つだけ聞きたいんだけど……殺しは?」
「出来れば殺さないで欲しいわ」
「出来れば、ね。善処しよう」
武器を持たずに近づいてくる俺を警戒しているのか、団員はナイフを構えながらも不用意に動くことは無かった。しかし、フレイヤが見ているからなのか、それとも俺が近づき過ぎたからなのか、遂に飛び掛かってくる。
狙われている箇所は首、ナイフという武器の特徴を考えれば一撃で致命傷になる部位を狙うことは間違いでは無い。常人よりも速い速度で振るわれる一閃は、
「
首へと届く事なく、俺に手首を掴まれる事で阻まれる。そして暴れられるよりも先に手首を握り潰してナイフを落とさせ、人形でも扱っているかの様に地面へと数度叩きつけてから腕力だけで投げ捨てる。
地面を数度バウンドして止まった団員は、ピクリとも動かずに倒れ伏したまま。手首を握り潰した感触から、常人よりも頑丈だと分かっているので気絶しているだけだろう。
Lv.1とはいえ冒険者が
「次、来いや」
団員が落としたナイフを拾い上げ、弄びながら頬を恍惚とした表情のフレイヤに次を要求した。