地下迷宮にて剣餓鬼は嗤う   作:鎌鼬

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女神フレイヤ・2

 

 

「ーーーなんだ、今のは」

 

 遠く、外壁の上で行われた光景が信じられなかった。

 

 フレイヤ・ファミリアの団員が、神の恩恵(ステイタス)を持たない来訪者の男に一方的に倒される光景など、直接見ていたとしても信じられる筈がない。

 

 リュー・リオンは漣蔵人を名乗る男のことを警戒していた。いくら来訪者で存在を知らなかったとはいえ、神を相手にして武器を抜こうとしていた相手のことを信じられるはずが無い。

 

 ミアが彼の事を雇うと言った時には反論したのだが、問答無用だとお叱りと共に拳骨で黙らされたのでそれ以上何も言えなかった。

 

 なので彼女は彼の事を監視する事に決めた。幸いな事にクロエとルノアの二人も彼の事を警戒していたので、彼女たちと協力する事にしたのだ。

 

 そうして出来る限り、彼女たちは彼の事を見張った。常に誰かが彼の事を視界に収まるようにし、何か行動を起こそうとした瞬間に取り押さえることが出来るように警戒した。

 

 そしてその結果、蔵人は何もしなかった。ミアから指示されていた仕事を黙々とこなしている姿だけしか見る事が出来なかった。初日の仕事を終えるまで見張りを続けても何もしなかった。

 

 もしかしたら大丈夫では無いか。そう考えながら寝床に着こうとした時、ふと見た窓の外には大柄な猪人(ボアズ)ーーーオッタルに着いて行く蔵人の姿を目にした。

 

 昨日来たばかりだという来訪者の蔵人が、オラリオ最強とされているLv.7の冒険者のオッタルに連れられて行く。何も無いと考える方が難しい。リューは何かがあると考えて彼らの後を追う事を決めた。

 

 彼らが辿り着いた先はオラリオを囲う外壁の上。そこにいたのはフレイヤ・ファミリアの団員たちに主神であるフレイヤ。只事では無いと判断し、離れた場所からリューは監視する事にした。

 

 そして、冒険者が蔵人に倒される姿を目撃したのだ。

 

 今朝の出来事から蔵人が只者では無い事は理解していたつまりだった。しかし目の前の光景を目にした事で、その理解は不十分な物だったと思い知らされる。

 

「動くな」

 

 だからなのだろう、信じられない衝撃的な光景を目にした事でリューの周囲への注意は薄れてしまっていた。気がつけば背後から喉元に銀槍の穂先が突きつけられていた。

 

「あの御方の命だ、着いてきてもらう。殺すなと言われているが、抵抗するのならば手足を奪ってでも連れて行く」

 

 銀の槍、背後を伺った時に確認出来た猫人(キャットピープル)の耳、そしてフレイヤ・ファミリア。それらが組み合わされば、背後に立っている者の正体は簡単に推測出来た。

 

「〝女神の戦車(ヴァナ・フレイア)〟……ッ!!」

 

 フレイヤ・ファミリアに所属しているLv.6の冒険者。挑んだところで返り討ちにされ、逃げに徹したところで容易く追い付かれる未来が見えている。八方塞がり、いくら考えたところで都合のいい答えが出て来るような相手では無い。

 

 リューには従う以外の選択肢は存在しなかった。

 

 

◾️

 

 

「オォォォォォーーーッ!!」

 

 気合の叫びをあげながら西洋剣(ロングソード)で切りかかってくる二番手の団員の斬撃を奪ったナイフでいなす。金属と金属が擦れあった事で火花が飛び散り、ナイフが軋むような音を立てるが西洋剣は俺に届く事なく通り過ぎて行く。

 

 その一振りは先の団員よりも早く、その一撃は先の団員よりも重たかった。フレイヤがまずはと言っていた言葉通りに、格上を出したのだろう。たった一合ではあるが、それだけは理解出来た。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 剣速は素早く力はあるものの、その他が未熟過ぎる。剣の握りは甘いし、剣を振る姿勢がなっていない。軽く受け流すだけで崩れるほどに体幹が脆く、返しの剣を振るう時には足をバタつかせ過ぎて騒々しい。

 

 よく言えば型破り、悪く言えば力任せと言ったところか。明らかに身体能力と技術が釣り合っていなかった。

 

 ロキは言っていた。恩恵(ファルナ)を与えられた人間は人を超越した身体能力を得る事が出来ると。人を超える力を振るえる様になれば、傲るのは当たり前の事。この戦い方は神の恩恵(ステイタス)を与えられた事による弊害なのかもしれない。

 

 無論、それが通じるのは初めの間だけなのだろう。リオンの様に正確な数値は知らないが、高レベルの冒険者ともなれば力任せだけではない戦い方をすると思われる。

 

 普段ならそこを指摘しながら叩き潰すのだが、そんなことをすればフレイヤに塩を送るのと同意義になってしまう。それは癪なので何も言わずに、黙って叩き潰す事にする。

 

 横薙ぎの一振りをダッキングしながら避けて踏み込んできた右足を踏み砕きながら脇腹にナイフを突き立てる。その際にナイフを捻って深く差し込む事を忘れない。激痛から出ようとしている悲鳴を噛み殺しながら離れようとしている姿に感心しながら、それでは遅いと左腕の逆関節を決め、背負い投げで投げるのと同時に肘をへし折る。

 

 本来ならば背中から落ちる様に投げるのだが、対峙している以上そんな手心を加える必要は無い。容赦なく、頭から石畳の上に落とす。

 

 常人にこんな事をすれば死亡確定だが、冒険者は常人よりも頑丈だということは知っている。意識は失う、後遺症が残るかもしれないが死ぬ事は無いだろう。

 

「次ィ!!」

 

 吠える様に次を求めれば、フレイヤは蕩ける様な表情を晒したまま手を挙げて団員を前に出した。

 

 俺と背丈が同じくらいの男で、手にしている獲物は槍。前の二人とは違い、冷静さを保っている様に見える。

 

 槍を引き、腰を落としてジリジリと距離を詰める。基本に忠実な構えだ。

 

 槍という武器のメリットはそのリーチの長さにある。戦国時代の日本でもメインの武器として扱われていて、然程鍛えられていない農民であろうが、簡単に侍を殺すことが出来た。

 

 そして団員は踏み込めば槍の穂先が届く範囲まで近づく。今持っているナイフでは当然の様に届かない距離。

 

「ーーーッ!!」

 

 刺突が放たれる。ダンっと力強い踏み込みと同時に放たれた一撃、それを視認してからナイフを左手に持ち替えて槍の下に潜る様にして受け流す。

 

 それと同時に前の団員が落としていた剣を拾い上げ、槍に滑らせる様にして一閃。

 

 ナイフよりもリーチの長い剣だとしても槍よりも短いので身体には届かない。しかし、槍を握っている手には届く。肉を断ち、骨を切って手から数本の指が零れ落ちる。

 

 そして、握るために必要な指が無くなった事で、団員の手から槍が落ちた。

 

「シィッ!!」

 

 引かれるよりも、降参を告げられるよりも速く接近し、ナイフを腹に突き立ててから振り抜く。皮と腹筋を断ち切って、胴体に納められていた内臓が外気に晒される。

 

 しかし、それでもその団員は行動に移した。痛みで思考を止める事なく後ろに跳びのき、膝をつきながらも後ろにいた団員たちと合流を果たした。

 

 異世界御用達の回復薬らしき液体を傷口にかけている姿を視界の端に捉えながらフレイヤに向き合う。いつもならば追撃を仕掛けて確実に仕留めるのだが、フレイヤから出来れば殺さないようにと言われているのだ。要らない殺しをして彼女の怒りを買う事をしたくない。

 

 それに、この三戦で大凡の俺の目的は果たせている。

 

 この世界に来てから何の因果か若返ってしまった俺の身体。動かしたことがあるとは言え、それは数十年も昔の話だ。今朝方に軽く動かして確認はしてみたが、それだけでは不十分だと感じていたのだ。

 

 そんなところに湧き出てきたフレイヤからのお誘いだ。俺の知りたかったこの身体の調子を確かめる事が出来る上に、冒険者の大体の強さを測ることが出来る。まさに一石二鳥。俺にも彼女にも得がある、乗る以外に選択肢は無かった。

 

 そして三人目を、フレイヤの言葉通りならばLv.3の冒険者との戦闘を終えた。身体の調子は確かめ終わり、冒険者の大体の実力もLv.3までは測り終えた。

 

 身体の方は絶好調だとしか言えない。細部まで思う通りに、それこそミリ単位で動かすことが出来る。力の方もそうだ。老人の頃では二人目の剣を受けるだけで手が痺れていただろうが、そんな事は起こらなかった。それに反応速度も段違い。相手の挙動を見てから動くという芸当までLv.3までは出来た。

 

 そして冒険者の実力だが、表面では平然と倒しているように見えるが内心では舌を巻いていた。地球にいた頃では数える程しか出会ったことの無いような身体能力の持ち主が二人目の時点で飛び出してきたのだ。技術こそ未熟だったので倒す事は出来たが、この調子なら第一級と呼ばれる冒険者たちはどれほどの身体能力を発揮することが出来るのか。

 

 嗚呼ーーー考えるだけで笑いが堪え切れない。

 

 地球にいた頃には酒の入った場で化け物のように強いなと言われた事がある。常人との差を理解していた俺は、それを笑って受け止めていた。

 

 化け物だと呼ばれ、そうであると理解していた俺よりも強い奴がいるのだ。俺が化け物と呼ぶ事が出来る連中がゴロゴロいるのだ。

 

 そういう連中と戦える機会があるーーーそれだけでワクワクが止まらない。

 

「これでLv.3までは終わったぞ?次はLv.4か?」

 

「……あぁ、やっぱり貴方は素晴らしいわ!!クラウド!!恩恵(ファルナ)を与えられていないのに子供達を一方的に倒す事が出来るだなんて!!」

 

 余程興奮しているのか、フレイヤは赤く染まった頬に手を添えながら身体を淫らにくねらせている。このまま放っておいたら一人でおっ始めそうな雰囲気を全力で出している姿にドン引きである。

 

 そうなったら、彼女のファミリアの連中に頑張ってもらおう。

 

 頑張れ、一度や二度どころか丸一日かけても収まらなさそうなくらいに発情してるけど。

 

「ねぇ、人の話聞いてる?おーい、おーい!!」

 

「フフッ、ごめんなさいね?貴方の戦う姿が素晴らしくって少しだけ興奮してしまったわ」

 

「少しじゃなくてガッツリ興奮してただろ、お前」

 

 あれで少しだけだというのなら、彼女が本気で興奮していたらどんな事になるのだろうか。恐ろしい話である。

 

「それじゃあ四人目と言いたいところだけど……良いタイミングね」

 

「お待たせしました、フレイヤ様」

 

 フレイヤの隣に現れたのはアーニャと同じ猫の耳を頭から生やした男性。一見すれば小柄な体格であるものの、感じられる強さはオッタルに次いでいる。彼がフレイヤのファミリアのNo.2だと見て間違い無いだろう。

 

 問題なのは彼ではなく、その隣にいる人物だった。

 

「……リオン?」

 

 そう、自室に帰って眠りに就いていたはずのリオンがそこには居た。槍の穂先が喉元に突きつけられているので自分の意思で連れて来られた訳では無さそうだ。大方、俺の後を付いてきて見つかったのだろう。

 

 なんともまぁ、間抜けな話だ。

 

「……すいません、クラウド」

 

「いや、なんで連れてきたんだ?追い返せば良かっただろ?」

 

「私が頼んで連れてきてもらったのよ。次は少しだけ意向を変えようと思って」

 

 そう聞かされて否応無しに警戒してしまう。さっきまでのフレイヤの姿を見て、警戒しないのは考えることをしない馬鹿か救いようの無いお人好しくらいだろう。

 

「アヤメ」

 

 フレイヤの呼び掛けに応じて前に出たのは一人の少女。顔はバイザーで隠されていて分からないが、胸当て越しでも見て分かる胸のサイズが素晴らしく、靡く髪は烏の濡れ羽色であった。

 

 バイザーが付けられていても分かる。あれは相当な美少女だと。

 

「彼女の名前はムラマサ・アヤメというの。今はLv.4だけど、時期にランクアップする自慢の子供よ」

 

「そいつと戦えと?それなら望むところだけど、それだけじゃないんだろ?」

 

「その通りよ。貴方が勝てば今日はそこでお終い、彼女も放してあげるわ。だけど、貴方が負けたのならーーー貴方には、私のファミリアに改宗(コンバート)してもらう事を約束してもらうわ」

 

「コンバート?」

 

「所属しているファミリアから別のファミリアに移る行為の事よ。改宗(コンバート)は最低でも一年そのファミリアに所属していないと出来ないわ。だから、ロキのファミリアに入ってキッチリ一年後、私のファミリアに改宗(コンバート)してもらうわ」

 

 フレイヤの提案は思っていたよりもマトモなものだった。今の彼女の事だから俺の意思を無視して今すぐ自分のファミリアに入れとでも言うかと思っていたが、俺の意思を尊重してロキに入れさせてから自分のファミリアに迎え入れようとしている。

 

「一つ質問、俺が負けた場合でもリオンの事を解放するか?」

 

「勿論よ。彼女はコソコソ盗み見していたから連れてきただけよ」

 

「それなら乗った。俺が勝とうが負けようが無傷で放してもらう。危害を加えるなよ?」

 

「分かったわ」

 

 懸念はリオンの存在だけだった。フレイヤ自身には彼女の事を害するつもりは無いだろうが、ファミリアの団員も同じ意思だとは考えられない。フレイヤの意思に反してでも彼女の為に行動するかもしれない。俺が勝ちそうになった瞬間にリオンを使って脅しに来る可能性があった。

 

 それをフレイヤから言質を取る事で防ぐ。これでリオンの事を人質として扱おうとすればフレイヤの怒りを買う事になる。フレイヤに魅了されている団員たちからすれば、それは死に等しい行為だろう。

 

「ふぅ……邪魔だな、これ」

 

 ナイフと剣を握り直していると、アヤメはバイザーを外して放り投げた。それにより隠されていた吊り目の、冷たい雰囲気を醸し出している彼女の顔が露わになる。

 

「えぇ……それ外して良かったの?」

 

「着けるようにとは言われていたが、別に外しても構わんだろ?それにーーー貴様ほどの益荒男と死合おうというのに、顔も分からんでは白けるだろう?」

 

「それには同意だ」

 

 どうやら彼女の精神は俺に近しいらしい。殺し合うことに何らかの楽しみを見出している、一般的には頭のおかしい人間。

 

 だからなのだろうか、彼女は他の団員たちのようにフレイヤに魅了されているようには見えなかった。

 

「フレイヤ・ファミリア所属、ムラマサ・アヤメだ」

 

「無所属、漣蔵人」

 

 それまではする事の無かった名乗りを上げ、アヤメは構える。ムラマサ・アヤメという名の通りに極東の出身だからなのか、彼女の武器は刀。鞘に納められたままで姿勢を低くし、抜刀術の体勢を取っている。

 

 それに対して俺は自然体。構えるようは事はせずに、武器を持った両手は力無く垂れ下がったまま。基本的に構える事はしないのだ。構えを取れば、それから次の行動を予想される事になるからと親父と爺から教育されてこうなった。

 

 そして、合図も無しに打ち合わせたかのように同時に動き出す。

 

 

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