「うむ、やはり蔵人の作る味噌汁は美味いな。オラリオの料理も悪くは無いのだが、どうしてもこっち風の味付けになってしまってなぁ……極東風の方が私には好ましい」
「成る程、これが極東風の味付けなのか。少し薄めではあるが、具材の味が分かりやすいな」
「こんな朝っぱらから暇人かお前ら」
カウンター越しに味噌汁を飲んでいるアヤメと川魚の塩焼きを食べているオッタルに話しかける。俺が話しかけたのを分かっていながらも、手を止めずに料理を食べているので話す気は無いのだろう。
二人がこうしてやって来るのは珍しい事ではない。二人揃ってというのは数えるほどしか無かったが、どちらかがこうして食事に来る事はこの一週間でよくある事だった。
フレイヤによるスカウトから一週間が経った。彼女の事だから翌朝には何事も無かったかの様に再びスカウトに来るのでは無いかと思っていたが、そんな事は無かった。どうやら約束を守るつもりではいるようで、監視のつもりなのかオッタルとアヤメを送り込んでくる事以外には特に干渉する素振りを見せていない。
その二人でさえ、基本的には食べて酒を飲んでいるか、暇を見つけて俺と話すことくらいしかしていない。オッタルは始めはフレイヤに言われた通りに監視だけをするつもりだったようで、店内の一角に腕を組んで立って俺の事を見つめるだけの置物となっていたが、女将がブチ切れて拳骨を落として説教をした結果、こうして席に着いて飲み食いをするようになった。
ちなみにアヤメは最初っからそうしている。昼間から飲む酒は美味いと上機嫌にしているのを、周囲の人からダメ人間を見るような目で見られていたのを彼女は知っているのだろうか。
「つうか本当に俺で良かったのか?女将には作り方は伝えてあるから、あっちの方が上手く作れると思うけど」
「店で出すような料理を食べたいのでは無い。気取らぬ家庭料理を食べたかったのだ。私が作れれば早かったのだが、生憎と剣を振るう事しか能が無くてだなぁ……」
「剣を振るう事以外に脳を使うつもりが無いの間違いだろう。こいつはどんな事だろうと斬れば解決するように考えて行動する馬鹿げた奴だ。フレイヤ様はそれを笑っていたが、俺たちがどれだけ悩まされていたと思っている」
「二つ名も【
「胸を張って言う事じゃねぇだろ」
晒しを巻いているのだろうが、それでも隠しきれないアヤメの胸が小さく揺れる。どうやら俺が付けた切傷は完治しているようで痛がっている様子は無いし、手の方も普通に動かせている。綺麗に斬ったからとはいえ、切断された腕を掛けただけで完治させる回復薬には驚く事しか出来ない。
「しかし、そろそろ出なくても良いのか?今日がロキ・ファミリアの入団試験なのだろう?」
「お前たちが!!出ようとした時に!!飯食わせろって押しかけて来たからだろうが!!予定じゃもうロキ・ファミリアの拠点に着いてるんだよ!!」
一週間が経った。今日がロキ・ファミリアの入団試験が行われる当日であるのだ。出発の準備をして、女将と従業員たちに挨拶を済ませていざ出発というタイミングでこの二人がやってきたせいで、予定がズレてしまったのだ。
とは言っても元々の予定はかなり時間に余裕を持たせた物なので、今から出発すれば十分に間に合う。場所も調べているので迷う事は無い。
「ご馳走さま。中々に美味かったぞ」
「極東の食事の作法だったか……ご馳走になった」
「はいよ、お粗末様」
食事を終えたようなので食器を下げ、流し場まで運ぶ。これがこの職場での最後の仕事になるのだが、妙に感慨深いものがある。一週間しか働いていない上に二度と来れない訳ではないのだが、異世界にやって来て最初に居着いた場所だから思う所もあるのだろう。
「あ、クラウドさん。ちょっと良いですか?」
「ん?どうしたの?」
作業服として使っていた着替えと女将から押し付けられたバイト代だけの入った荷袋を持って出ようとすると、この店の看板娘であるシルから呼び止められた。
彼女の背後に隠れているリオンの姿を見る限り、シルが用事があって呼び止めたと言う訳ではなさそうだ。
「ほら、リュー。早く渡さないとクラウドさん行っちゃうよ?」
「せ、急かさないで下さい!!私にも心の準備というものがあって……!!」
抵抗していたようだが、シルに背中を押されて前に出された事でリオンは諦めたように肩を落とし、手を差し出した。その手には包みが握られている。
「これは?」
「サンドイッチです。入団試験までは少し時間が空くはずだ。だから小腹が空いた時にでも食べてください」
「それね、私とリューが作ったんですよ?ビックリしたな〜朝一番にリューがサンドイッチの作り方を教えてって頼んできた時は」
「シル!!それは言わないでと言ったはずだ!!」
リオンが顔を真っ赤にしながら叫ぶが、シルはキャーっと黄色い声をあげて去って行ってしまった。完全に友人の恋を楽しんでいるノリである。
「勘違いしないでほしい!!これは、その、あの日のお礼だから……!!」
「分かってるから少し落ち着け。キャラが崩壊し掛けてるぞ」
言動が正しくツンデレキャラの物になりつつあるが、リオンが俺に対してそういう感情を持っていないのは理解している。あの日のお礼と言うのは、フレイヤのスカウトの時の事だろう。
俺からすればリオンは巻き込まれただけの第三者なのだが、彼女からすれば俺に助けられたという認識だろう。彼女は何かしらのお礼がしたいと言っていたが、俺からすれば巻き込んでしまったので要らないと断ったのだ。
そうしてどんな形ならば俺に迷惑にならないようにお礼になるかを考えてサンドイッチを作ったのだろう。例えシルの手が加わっているのだとしても、俺の事を考えて作ってもらったのだ。嬉しくないわけがない。
「んじゃ、行ってくるわ」
「……えぇ、行ってらっしゃい」
柔らかく微笑みながら送り出してくれたリオンを見て、頑張らなければならないなと気を引き締める。油断しているつもりも気を緩めているつもりも無い。だが、彼女が慣れないことをしてまでエールを送ってくれたのだ。落ちたら格好が悪いと気合を入れる。
店の外に出るとアヤメとオッタルが待っていた。
「別れは済ませたようだな?では向かおうか」
「え、お前着いてくるつもりなの?」
「あぁ、元々
「このタイミングでって、完全にフレイヤの監視を疑うんだけど」
「当たっている。フレイヤ様はそのつもりで彼女の
「ヘヘッ、完全にロックオンされてやがるぜ……!!」
どうしよう、ベッドの上で全裸になりながら舌なめずりをしているフレイヤの姿が思い浮かんでしまう。肉食系は嫌いではないのだが、アレは完全に暴食系というカテゴリーに入るだろう。アレと結ばれる事だけは絶対に嫌だ。もっと、こう、フレイヤと比較してマトモな奴と結ばれたい。
地球では漣の血を絶やす為に妻を迎え無かったが、結婚に対する憧れが無いわけではないのだ。帰ってきた時にお帰りと出迎えてくれる最愛の人の姿を、隣に立って支えてくれる人生のパートナーを欲しいと思った事は数えられない程ある。
そもそも、地球で相手を作らなかったのは漣の血は不要であると考えたからだ。こちらの世界なら、漣の血を続けても問題無いだろう。
そうなった時の相手は現段階ではアヤメが最有力候補だろう。知らないからお友達からでと断った訳だが、性格も気質も非常に俺と似通っているのはこの一週間でよく分かっている。良い相手になる事は間違い無しだ。
だが、リオンの事も悪くないと考えている自分がいる。奪われて、絶望して、それでもなおそこから立ち上がった者特有の気配を感じさせるところも個人的には好ましいのだ。普段は無表情というか仏頂面な彼女だが、先程見せたような柔らかな表情は容姿と相まって非常に惹かれる物がある。ファーストコンタクトは最悪だったが、最後の別れ際のやり取りを見る限りでは悪い印象は残っていないようだし可能性はある。
「おい、そろそろ向かわねば間に合わぬのではないか?」
「うん、悪い、フレイヤに狙われてる事を再自覚して少し意識飛んでた」
フレイヤの伝言から始まった妄想を、アヤメに背中を叩かれた事で中断する。
そしてこの事をロキに伝える事に決めた。
フレイヤのファミリアはこのオラリオでもトップクラスの集団である事は間違いない。そしてロキのファミリアも、フレイヤのところには劣るもののトップクラスのファミリアであると言える。もしもフレイヤが本気で俺の事を求めに来た場合の事を考慮してもらわなければならない。
もしもフレイヤのファミリアとロキのファミリア、オラリオでもトップクラスの両者がぶつかった場合ーーー最悪、起こるのは町を舞台にした争いなのだから。
殺し合いは好きだ。戦争はもっと好きだ。死を身近に感じられる行為が好きである。だが、だからといって無関係な者が死ぬのは好ましくない。自分から飛び込んできたのならそうかと考えて殺すが、巻き込まれただけの者が死ぬのは見ていて胸糞悪くなる。
フレイヤの行動次第ではこうなる可能性が存在しているのだ。俺という存在が爆弾である事を、知ってもらった上でファミリアに入れるかどうかを決めてもらわなくてはならない。
「よし、行くか」
だが、それも入団試験に受かってからの話だ。遠くの目標よりも目先の目的。不慣れな事をして弁当を作ってくれたリオンに、受かる事を確信して
小さく気合を入れ、ロキのファミリアに向かう事にした。