射手の王とその弟子 作:供養
───ふぅ
那須から真剣勝負の模擬戦を持ち込まれ幾分の時間が経過し、現在スコアは4-4。
ギリギリまで伏せていたギムレットという切り札を使いどうにか勝利をもぎ取りブースへ戻ってきた彼は、4ラウンドごとに休憩を五分挟むという那須の言葉を思い返しベットに身を投げ出すと、体に溜まった疲労を体外に放出するように大きく息を吐き出した。
───こんなに頭使うなんて思ってなかった……那須さんマジ半端ないって
バイパーを扱う技術は勿論、自分の長所と短所をしっかり理解した上での立ち回りや相手との絶妙な距離感の測り方、そして地力だけでなく地形を活かした戦い方を即座に考え実行に移せる判断力と戦術眼。
その全てが彼には持ち得ないもので、同じ土俵にこそ立ててはいるものの、それはサイドエフェクトを酷使してどうにか持ち堪えているだけに過ぎず、現に彼はこの戦いで那須からの攻撃を防ぐことで手一杯で、自分から仕掛けられた試しが殆どなかった。
では何故彼がその那須とここまで互角に戦えているのか、それは単に那須が本来の実力を発揮出来ていないからに過ぎない。
そのことを彼は知る由もないが、本来であれば良くても8-2か普通にストレート負けするほどには彼と那須には明確な実力差がある。
如何にトリオン能力に優れ射手としてこれ以上ないサイドエフェクトに恵まれていたとしても、彼はまだボーダーに入隊し立ての新人で、那須は長年近界民と戦い同じ隊員たちと切磋琢磨してきた才女だ。それを考えればその力の差は歴然だろう。
といっても彼も那須との模擬戦を経て着々と成長して来ているので、一概にそう断言出来るわけではないが……それでも彼が万全の那須と渡り合うことは不可能だった。
───糖分が足りない
加えてトリオン体といえど脳の疲労はしっかり感じるので、ここまでサイドエフェクトを酷使したことがなかった彼は既に疲労困憊の身。何なら若干眩暈もしてるほどだ。
常時の彼ならここで勝負を投げ出してもおかしくはなく、現に胸中にはもうここまでやれたんならいいんじゃないかという諦観の念が渦巻き、このまま疲労に身を任せ眠りについてしまおうかとも考えたが……しかし、と彼は枕に埋めていた顔を上げる。
───でも、ここまで来たら負けたくないよな
普段であればここまで勝負事に熱中することのない彼だが──そもそもそれをするだけの交友関係がないが──それが故にここまでの接戦を繰り広げていたら否が応にも勝ちが欲しくなる。
二宮が課した課題を達成しなければならないという使命感もあったが、今となっては負けたくないという純粋な気持ち一つで彼は那須に喰らいついていた。
───あと二本、どう取ろうか
拙い思考で思いつく限りの作戦を挙げていく。
先ほどのように隠れ蓑を破壊して隙が出来たところを一撃で決める、という戦法が使えれば苦労はしないが、流石に一度見せたものがまた直ぐに通用する道理はないだろう。相手が那須なら尚更だ。
ギムレットは決定的なダメージを与えられる反面、両手を使わなければならないという使用上隙が大きく、ここぞという場面でしかその真価を発揮することは叶わない。
先ほどのように隙が出来た那須にギムレットを撃ちこめたのは、そもそも那須の脳内に彼がギムレットを使えるという考えがなかったからで、既にその手札を切った以上は次から那須の動きがより慎重なものになるのは明白。そして、隙を付かせないためにより攻勢に出てくるだろうことも理解していた。
───なら先にコッチから仕掛ける……いや、普通に負けるな
そもそも転送位置はランダム。
目の前に那須が転送されてくれるならまだしも、流石にそう都合よくはいかないだろう。
対面で撃ち合えばトリオン能力の差から考えて彼に軍配が上がるが、そんな愚行を那須が犯すとは到底思えない。
相手の強みを封じつつ、自分の強みを活かして戦うのが那須だ。
それを考えれば仮に正面に転送されて来たとしても即座に防御と回避に専念され逃してしまうのは目に見えている。
それを封じる手段があればいいのだが、生憎彼はそんな手段を持ち合わせていない。
───ハウンドもっと練習しとけば良かったなぁ
脳裏を過ぎるのはハウンドを用いて相手の動きを制限かつ誘導し、最後に得意のアステロイドで勝負を決める二宮の姿。
記憶に新しい二宮との模擬戦では思うような動きをさせてもらえず、その結果10-0で彼は二宮に完敗した。
あの時の二宮のようなハウンドを使えれば確かに現状を打破出来るのかも知れないが、如何せん彼はハウンドの練習をまったくと言っていいほどして来なかった。
というのも、サイドエフェクトの能力上リアルタイムで弾道を設定出来る彼からすればハウンドとバイパーの違いが理解出来ず、むしろ
───弾道を引くっていう作業を無視して確実に相手に防御、または回避の行動を取らせる……うーん普通に有能
そんな彼がここに来てようやくハウンドの強みを理解できたのは果たして良いことなのか悪いことなのか。
バイパーはリアルタイムで弾道を引く、もしくは予め弾道を設定しておくという性質上必ずしも相手に命中する訳じゃない。
彼のように天性の才能とサイドエフェクトを持っていたとしても外れるときは普通に外れるのだ。
その点、ハウンドはトリオンを追尾するという性質上確実に相手に当たる、もしくは当たらなくても何らかのアクションを行動の合間に挟ませることを極意とする。
更にハウンドにはバイパーと違ってリアルタイムで弾道を設定するという弱点がなく、起動するだけで即座に放つことが出来る、この強みは現状の彼にとって喉から手が出るほどに欲しいものだった。
彼が那須にイマイチ攻めきれていないのは、バイパーをリアルタイムで設定し那須の攻撃に対応するという余計な時間を食っていることが要因の一つでもあるが故に。
───後は視線誘導とかもあるんだったか、……まぁそれは別にいいかな
いちいち視線で操作するくらいならバイパーを撃った方が彼としては幾分も早いし楽だ。
今この場で大事なのはトリオン反応を自動で追尾してくれる探知誘導の能力。
この能力は視線誘導のように正確に対象を追尾することは適わないが、ある程度対象を追尾する力は健在。それさえあればこの状況を打破するには充分すぎる力を持っている。
───まぁ上手く使えればって話だけど
一応彼のトリガーセットにはハウンドは入っている。
メインとサブにアステロイトとバイパー、そして片方ずつにメテオラとハウンド、残りの枠をシールドで埋めているのが今の彼のトリガー構成だ。
今後部隊としてやっていく以上、この火力特化の脳筋構成は早急にどうにかした方がいいというのは二宮隊全員の意見ではあるが、各々予定があるのでその会議はまた後日ということで先延ばしにされていたのが功を奏した、……のだろうか。
一先ず、やれないことはないけど上手くいくかは保障しないというのが彼の現状である。
───頑張ろう
パシと両頬を叩き、彼は再び戦場へ戻っていった。
◆
「……合成弾まで使えるのね」
ギムレットで貫かれた胸部に手を置きながら、那須は未だに底を見せていなかった天宮の姿を思い浮かべ嘆息する。
合成弾は本来その作成までに多大な時間を要し、両手でトリオンキューブを組み合わせなければ作成できないという使用上、シールドは勿論他のトリガーの使用も制限されることから隙が大きく、部隊で戦うランク戦ならともかく個人ランク戦では滅多に使用されることはなかった。
それは那須自身が数多の個人ランク戦を通して眼にして来た事実であり、時に自分自身で合成弾を使った戦術の組み立てを行ってきたが、そのどれもが失敗もしくはやる前に不可能だと断念したものだった。
だから天宮が一切の時間をかけず合成弾を作成し寸分違わずトリオン供給器官と伝達脳を狙って撃ち出したのには思わず目を見張ったし、そもそも天宮が合成弾を使えることを念頭に置いていなかった時点で那須の敗北は決定していた。
しかし、別段合成弾を目にしその脅威を目の当たりにしたのは今回が初めてという訳ではない。
那須は知っている。そんな合成弾の生みの親にして、ノータイムで作成を可能にする射手がいることを。
そして、その力が如何に凶悪なものであるかは前回のランク戦で二宮匡貴に嫌というほどに思い知らされた。
「あの時も最後はギムレットだったっけ」
ギムレット、と冷たい眼光で自身に止めを刺す二宮と天宮の姿が重なり、やっぱり二宮さんの弟子ねと那須は苦笑を溢す。
同時に、入隊して間もないというのに既に合成弾さえ物にしている天宮がどれだけ凄まじい才能を秘めているのか、それを理解した那須はあの二宮が直々にスカウトしたという事実にも納得せざるを得なかった。
というより、二宮より先に自分が天宮を見つけていたら絶対隊にスカウトしていた確信があると那須は一人静かに頷いた。
と言ってもそれはB級で隊を組んでいる隊長たちの総意だろう──…、それほどまでに天宮の秘めた才能は目を見張るものがあるのだ。
「……また、超えるのが難しくなったわね」
天宮が加入しより強固になった二宮隊を想像して嘆息する。
本来この時期に新しく人員を補充することは悪手以外の何物でもないが、天宮ほどの才能と二宮隊の高い指導力があれば、次のランク戦までに天宮を部隊の一員として何ら違和感なく完璧に仕上げてくること想像に難くない。
その時、自分たちは──…自分は、勝てるのだろうか。
また負けるのだろうか、前回のランク戦のように。
否、今回は前回より更に酷い醜態を晒すかもしれない。
そんな暗い感情が胸中に漂っていく。
今までの那須ならその感情に押し潰され、未知の未来に目を瞑り怯えることしか出来なかっただろう。
だが、───そんな感情を吹き飛ばすほど、それ以上に強い思いが今の那須にはあった。
「負けたくない」
小さく吐き出したその言葉を耳にして、今の自分が抱いている感情を改めて実感する。
那須と天宮、その実力は現状ではほぼ互角と言ってもいい。
天宮より戦闘経験がある那須がやや有利かもしれないが、那須は天宮がこの模擬戦を経て徐々に強くなってきていることを実際に戦って確信している。
故にこそ、那須はここから先、勝敗の行方を左右するのは気持ちの問題だと確信していた。
少しでも弱い気持ちを抱けば、天宮はその隙をついて一気に押しきって来ることは明白だったから。
気持ち……、それはスランプに陥ってる那須にとってはかなり厳しいものがあるだろう。
しかし今の那須にとってはそれ以上に、───
それは先輩だからとか、過去がどうだからとか、二宮の弟子だからとか、そういったことは一切関係ない。
ただ───勝ちたいから、負けたくないのだ。
「絶対に勝つ」
その言葉に迷いはなかった。
那須は確かな勝算を脳裏に思い浮かべながら、射手として新たな一歩を踏み出した。
◆
両者の復元されたトリオン体が市街地に現れる。
奇しくもそれはその確率の低さからあり得ないだろうと天宮自身が判断していた、開けた通りでの真正面から対峙する形。
マジかよ……と、ここに来るまでに立ててきた作戦の大半が無意味なものになったのを確信し、天宮は乾いた笑みを溢した。
だが流石の強化演算能力とも呼ぶべきか、天宮は常人の何倍もの速度でこの状況下での戦術を組み上げると、その傍らに彼の膨大なトリオン量を象徴するかのような巨大なトリオンキューブを展開する。
対して那須はというと──…笑っていた。
俺何かおかしいことしたかなと那須に気づかれないように自分の体を見回しながら見当違いの思考を凝らす天宮を他所に、那須の脳裏に描かれたのは前回のランク戦での二宮と対峙した瞬間の光景。
巨大なトリオンキューブを傍らに侍らせ那須の前に立ちはだかる二宮と今の天宮の姿は寸分違わぬほどに似通っていて、まるで過去を越えてみせろと言わんばかりのこの状況が那須自身でも分かるくらいその胸の内を高揚させていた。
「───ありがとう。やっぱり君に模擬戦を申し込んだのは間違いじゃなかった」
切っ掛けをくれた隊の仲間に感謝を。
そして、模擬戦を受けてくれた目の前の好敵手にも大きな感謝を。
「行きます」
トリオンキューブを分割し後方に飛翔する。
同時に既に準備を終えていた天宮のアステロイドが空を切りながら那須に迫るが、その動きを予見し距離を取っておいたことで避けることは容易かった。
そして、そのアステロイドが誘導の一撃だということは那須も見抜いている。
本命はこれから、───天宮の手に浮かぶトリオンキューブがそれを示唆していた。
「メテオラ」
着地の隙を狙うようにしてメテオラが放たれるが、素早い動きでメテオラの爆心地から逃れた那須はその爆風に乗って更に後ろへ後退する。
元より正面での撃ち合いでは自分に勝ち目はないと理解しているので、天宮のこの行動は那須からしてみれば逆に有有り難いものだった。しかし、そんなことは天宮自身理解しているだろう。
ならば、敢えて距離を取らせたこの状況はきっと何かがある──…それを察して、那須は一切の油断なく土煙の先にいるであろう天宮を注視する。
そしてその考えに答えるように、直後にその弾丸は土煙を破って那須の前に現れた。
「ッ、シールド!」
速度重視で放たれたアステロイドは那須に回避ではなくシールドでの防御を強制させる。
当然速度重視のアステロイド故に大した威力はなく、その弾丸が那須のシールドを砕くことはない。
だが如何に速度重視と言えでも天宮のトリオン能力から放たれるアステロイドは普通の射手が使うアステロイドと比べて何ら遜色はなく、そう何度も受けていられないことは既に経験済みだ。
だがか那須は、アステロイドは直線にしか放てないという性質から天宮の居場所を即座に察知し、追撃を防ぐべく煙越しにバイパーを放った。
───ガガガッ
天宮のシールドが那須のバイパーを防ぐ。
その音で天宮の位置を完璧に割り出した那須は、今が攻め立てるチャンスだとその両手にトリオンキューブを展開して、
同時に煙が晴れ、傷一つついてないシールドとその奥で悠然と佇む天宮の姿が那須の前に現れる。
その周囲には反撃用のトリオンキューブはなく、冷静にそのことを見定めながら那須が弾道を引き終わりトリオンキューブを分割して放とうとした、その直後だった。
「ハウンド」
「ッ───!」
底冷えするような言葉が那須の耳に届く。
それは今まで一度として使ってこなかった、那須の予想だにしないトリガーの名称。
カッ、と上空で流星が煌く。
その正体は天宮がメテオラで那須の視界を遮ったのと同時に撃ち出した
速度重視で放たれたアステロイドの真意は、那須の注意をこのハウンドから逸らし気づかせないためだった。
気づくのが遅すぎた故に回避も間に合わない。
勝った、───天宮が勝利を確信したのは無理のない話だった。
「メテオラッッ!」
だが、そんな絶望的な状況下でなお那須は諦めなかった。
如何に追尾機能を持つハウンドと言えども、地面まで目と鼻の先という極僅かな空間では那須を追尾するほどの余裕はなく、そのまま何もない地面へズガガガッと音を立てながら突き刺さっていく。
これには流石の天宮もその表情を崩し、あり得ないと言わんばかりに呆然と那須を見据えている。
しかし、当然ながら那須も五体満足で逃げ切れたわけではない。
メテオラの爆発という推進力を利用し絶体絶命の状況から逃れた那須だが、その代償に彼女の両足は爆発に巻き込まれ膝から下が消失している。
その足では如何に那須と言えども無傷の天宮を相手にすることは不可能だ。
那須が何の手も打っていなければ───
「トマホーク」
静かに響き渡ったその言葉は、天宮の知らない合成弾の一つ。
呆然とその状況を眺めていた天宮は、自身に迫るバイパーのような軌道を描く得体の知れない弾丸にハッと意識を戻すと、黙って喰らってやる道理はないとシールド片手にその弾丸を相殺せんとバイパーを撃ちだした。
だがそれは紛れもない悪手だった。
那須が撃ち出したのが通常のバイパーならその対処で間違いはなかった。
しかし彼女の撃ったトマホークは天宮が先ほど那須に撃ったものと同じ───合成弾だ。
当然それが何の効力も持たないただの弾丸である筈がなく、天宮の放ったバイパーと衝突したその弾丸は直後、メテオラの如き爆発を引き起こし彼のトリオン体を呑み込んだ。
トリオン供給器官破損、──…そんなAIの言葉が響き渡った。