政略結婚によって他国の王子に嫁いだ一人の女性のお話。

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女性向けです。
小説家になろうというサイトで掲載している短編の転載になります。


愛されることの無い妃の二度目の結婚式 (上)

 

 私に輿入れの話が舞い込んできたのは、長い戦争の後だった。

 

 

 

西の大国イゼリアと東の大国ローヴエルトとの全面戦争が開始され、両者は一進一退の攻防を繰り広げた。

国境に近い都市は焼き払われ、森は焦土と化す激しい戦い。

そして実に7年という月日を経たある時、状況は一変する。

 

休戦の話が持ちあがったのだ。

 

両者ともまだ戦う余力はあるものの、双方の疲弊はもう明らかとなっていた。

今まで力で捻じ伏せていた多数の小国も不穏な動きを見せ始め、一刻も早く国力の回復が迫られた。

 

ゆえに両者の合意を得て休戦協定が結ばれ、お互いを牽制するための“人質”の交換が行われることになったのだ。

その人質として白羽の矢が立ったのが私だった。

 

「フィーネ、お前が行ってくれないか」

 

玉座の父に懇願され、私は黙ったまま足元の赤い絨毯に視線を落とす。

 

――政略結婚――

 

いずれ早からず遠からずそうなる日がくるだろうと覚悟していた。

王家の女として生まれた以上、人並みに恋愛をして選び抜いた相手と苦楽を共にすることはできない。

幼少の頃から苦労など経験したことも無く、甘い汁を吸い続けてきた私が国の道具として他国に渡るのは自然の摂理と言えるほど当たり前のこと。

 

「お願いだフィーネ。どうかイゼリアに嫁ぐと言っておくれ」

 

私は目を伏せた。

突き付けられた現実を拒むことなどできるはずがない。

戦争が始まる7年前からこうなることはもうすでにわかっていたのに。

 

 

 

 

 一か月後、私はイゼリア王国第一王子、ジルと結婚した。

当日までどんな相手かは知らなかったけれど、女を渡り歩く蝶のような人だと噂に聞いていた。

端正な顎にやや吊り上った目、艶のある黒髪が特徴的な新郎を見て、私はその噂が真であろうと確信することになる。

 

 

「フィーネ・エル・ローヴエルト。あなたは病める時も健やかなる時も、妻として愛と忠実を尽くすと誓いますか」

 

私は左手の薬指に銀色の指輪を煌めかせ、静かにこう告げた。

 

「誓います」

 

 

――☆――☆――

 

 

 ジルはやはり噂に違わぬ人物だった。

悪く言えば女垂らし。よく言えば器用な人。

 

毎晩違う女と夜を過ごし、妃の私と夜を共にしたのは初夜くらい。

その初夜でさえ行為には至らず、日付が変わるまでにジルは他所へ行ってしまった。

 

それでも私はジルのことを愛していた。

彼と夜を過ごす女に嫉妬するほど心から想い、慕っていた。

ゆえに何度も何度も「好き」だと告白した。

 

「フィーネ、君と僕とは政略結婚なんだ。わかってくれ」

 

それでも想いは届かなかった。

言葉は違えど、毎度同じ旨を言い渡させる。

その内、毎度同じことを言って断られる自分がみじめになり、女官の噂話に上がる前に私はジルから身を遠ざけるようになっていた。

 

「あれからもう1年経つというのに、お子ができないなんて」

「受胎できない体じゃないの」

「子を産めない妃なんて居るだけ無駄だわ」

「ジル様が可哀想ね」

 

数か月もすれば女官たちはこんなことを口にするようになっていた。

当然だ。1年もあれば臨月の腹をしていてもおかしくない。

なのに私は夫婦となっても処女が続いていた。

 

当初は女官も陰口を叩くくらいだったのが、今では私に聴こえる声で呟いたりする。

国から連れてきた侍女たちは息を荒げてまで言い返してくれるけど、息苦しい日々に変わりは無い。

 

ただ、ジルの寝取った女全てが懐胎しないのが不思議だった。

毎晩自室に他の女を連れ込んでは夜伽を繰り返す彼に子供ができたという報は一度も聞かない。

もしかしたらジルは子供を望めない体なのだろうか。

それとも私のことを気遣って避妊しているだけなのか。

はたまた両者か。

 

疑問には思えども面等向かってそんなことを訊ける仲ではない。

 

「じゃあ、僕は出かけるよ」

「はい。行ってらっしゃいませ旦那様」

 

冷える廊下に出ようとするジルに羽毛のコートを着せ、私は慎ましげに頭を下げてその背中を見守る。

 

彼の行く場所なんてわかっている。

どうせ昨日の晩餐会で知り合った伯爵令嬢のところだろう。

 

外交のみならず内政も見なければならない立場にあるジルは、国内の有力貴族も無視することはできない。

単に行って茶を飲んで――時にはその相手と肉体的関係を持つことが彼の公務なのだ。

そうなれば必然的に他の女のところへ行く回数だって増える。

 

そうだ、ジルは“公務”で外に出掛けているだけだ。決して私との愛を忘れたわけじゃない。

無理やりそう思い続けることで、私は揺らぐ心を押さえつける。

 

 

 

 そんな息の詰まる生活が1年ほど続いたころ。

 

ある日の晩、侍女から「ジルが私のもとを訪れる」という知らせを耳にし、あわててベッドをしつらえた。

もう彼とは私的な会話はほとんどしていない。しゃべりかけられたとしても公務上のみで、イエスかノーのどちらかで済むような問いばかり。

そんな生活がずっと続いていたからジルの来訪は私にとって新鮮だったし、何より嬉しかった。

 

でも告げられた内容は衝撃的だった。

 

「側室を娶ることとなった」

 

それは私との関係を間接的に終わらせようとする楔(くさび)に違いなかった。

 

国家間の関係上、建前として正室と認めるが愛情は認めない。

お前はじきに生まれてくる子供を抱いて笑顔を振りまいていろ。それが仕事だ。

 

そんなことを一気に告げられた気がした。

 

「本当にすまない」

 

ジルは踵を返すと、足早に私の元を去って行った。

 

 

 

 ほどなくしてジルの側室のアゼンダという女が輿入れしてきた。

 

彼女はイゼリア王国の隣に位置するナーリタニス公国の公爵令嬢。

公国は戦争でローヴエルトが疲弊している間に力を伸ばした新興国だ。もうすでに私の祖国よりも国力を付け、イゼリアの外交を見る限りローヴエルトからナーリタニス重視の姿勢に変わっている。

ローヴエルト出身の私がこの国を追放されるのは時間の問題と言っていい。

 

 

「ごきげんよう、弱国のお妃さま」

 

それがアゼンダの最初の挨拶だった。

廊下ですれ違った際にはドレスの裾を摘まんで会釈するのがマナーといえど、私はあっけにとられてそんなこと忘れてしまっていた。

 

「ど、どうも」

「あら、ローヴエルトの方はまともな挨拶もできなくて?」

 

白い扇子を口に押し当てて冷笑する。

結婚後は孤独が続いていたから、せめて腹を割って話し合える友達でも欲しいと思っていたのに、私の甘い想像は見事に破られた。

 

「なーんで、あなたみたいな鈍い人がお妃さまなんでしょうね」

「それは………」

 

私は拳に汗が滲むのを感じた。

傲岸――いや、明らかに私だけにこんな態度を見せている。他の貴族や王族には品があって清楚な女を演じているのに。

手に力を集中させるあまり、手袋がキュッと締まる音を立てた。

 

「ま、これからよろしくお願いしますわね」

 

アゼンダはカールに巻いた金髪に扇子で風を当てながら「生意気な小娘」とぼやいて立ち去る。

私は耐え切れなくなって狭い廊下を一気に駆け抜けた。

 

 

 

 それからの生活はさらに悲惨だった。

側室の登場によりジルとはもう根本的に疎遠になり、今まで私がこなしてきた彼の身の回りの世話は彼女がするようになった。

溌剌とした性格で出身身分の低さをカバーするだけの寵愛を一身に受け、いつしか女官もアゼンダをもてはやすようになっていた。

 

そんなある日の午後。

公務が予定より早く終了したから自室でお茶でも飲もうかしら、と廊下を歩いている時だった。

 

私は見慣れぬ格好のメイドたちと廊下ですれ違った。

胸にはナーリタニスの国旗に描かれているワシの刺繍が見える。アゼンダに付随してきた専属メイドらしい。

彼女らは私に気付くと、どこか落ち着かない様子でそそくさと隅に寄って低頭した。

 

「どうかしましたか?」

「い、いえなんでも」

 

答えたメイドは棒読みだった。

基本的に城では側室の建物と正室の建物は区画されているため、彼女らが私の私室がある建物にいるのは珍しい。

いや、おかしい。

公務であるなら私の侍女や専属のメイドが引き受けるはず。

 

「あの……」

 

理由を問おうとしたときにはメイドの姿は無かった。

 

 一抹の不安を抱きながら自室に駆ける。

何もないことを切に願っていたけれど、悪い予感はこういう時に限って当たる。

 

――案の定、部屋は滅茶苦茶に荒らされていた。

ベッドの上には花瓶の花と水が撒かれ、床には昆虫の死骸が散乱。母国から届いた天然茶葉は庭園の雑草にすり替わっている。

誰がこんなことを、と言うまでもない。

 

 自分にもう少し勇気があったなら、ジルを呼びつけて犯人を引きずり出させただろう。建前上の妃とはいえこのようなことをして許されるはずがない。

だけれど、こうなったのは私があまりに鈍臭すぎるせいだと自責するあまり、部屋の外で待機する侍女にさえ言いだせなかった。

 

 

 その内こんな馬鹿らしい嫌がらせも無くなるだろうと放置していたのがいけなかった。

当初は軽度でも、私が何も言わないことを知ると何者かの嫌がらせは日に日にエスカレートしていった。

時には祖国から持ち込んだ焼き物が割られ、時には幼い頃から読んでいた長編小説がビリビリにされたり。

それだけならまだ可愛いものだ。

焼き物が割れたのならいつか割れる運命だったとスッパリ諦めるし、小説ならまた買い直せばいい。

だけど、

 

「フィーネさま、誰かからの嫌がらせを受けていらっしゃるそうね」

 

専属侍女にさえこのことを話していないのに、アゼンダから公然とそう言われた時は腸(はらわた)が煮えくり返る思いだった。

思わず涙目になる私を見て嘲笑うようかのに「ああ、本当にかわいそう」とわざとらしく言う彼女が憎かった。

でもここでつまらぬ仕返しをして婚姻が解消されれば本末転倒。

おそらくアゼンダはそれを狙っているんだろうけど、私はグッとこらえて「同情頂きありがとうございます」と笑みを繕うしかない。

 

どんなことがあっても耐える。それが私にとっての最大限の仕返しだった。

 

 

 




続きます。

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