田中龍之介に憑依したので全国三本指に数えられるスパイカーになるべく頑張る話   作:龍門岩

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ファーストシーズン
『決意』


 

 

 

 

 

 

―――目の前に立ちはだかる、高い高い壁。

 

その向こうは、どんな眺めだろうか。

どんな風に見えるのだろうか。

 

―――『頂の景色』

 

たった一人では、決して見ることは叶わないもの。

 

でも、仲間がいるのなら。

 

それはきっと――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『なぁ高坂。どうして背の高いやつが有利なんだろうな』

 

『はぁ?そんなん、高さが出るんだから当たり前だろ』

 

『でも、現に俺たち低身長は全国でも活躍できてるだろ?お前はその筆頭じゃんか』

 

『……そうだな。それは多分、俺達が"俺達だから"だよ』

 

『え、なにどういうこと?ポエム?』

 

『ちっげぇよ!……なんていうかさ、小さい奴なら小さいなりに努力するだろ?筋トレ然り、技術然り、戦術然り。そういうもんの努力を人一倍するだけだろ、高身長よりも』

 

『でも、高身長らだって努力するだろ』

 

『ああそうだ、バレー好きなやつらに頑張らない奴はいないよ』

 

『じゃあ結局みんな同じやん』

 

『だからさっき言っただろう、俺達だからこそだってさ。まぁ、簡単に言うんだったら―――』

 

―――高さへの渇望。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

決意。

 

この言葉を、人は如何なる場面に陥った時に用いるのだろうか。失敗した時、逆に成功した時。更に具体的に言うならば、愛する者ができた時、親しい者が死んだ時、そして何かを成し遂げようと目標を立てた時。

 

人生において、人は様々な場面で何かを決意するだろう。たとえそれが不純な動機でもいい、成し遂げようとする強い意志は、人に極大な影響を与え力をくれる。

 

意志の力とは非常に恐ろしいもので、何かを決意した人間というのは迷いが無くなる。

達成しなければならないという一種の強迫観念の如き思考が、(おの)が身体を駆り立てるのだ。

 

さて、何故いきなりこんなことを話し始めたのか?

 

そう疑問に思う者も多いだろう。

 

俺―――田中龍之介、十六歳。

 

 

 

 

「田中……田中、が………ッッ!!!」

 

「「「「「「坊主になったーっ!?」」」」」」

 

―――坊主デビューを果たしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、やっぱいつ見ても田中の坊主は慣れないな〜」

「あの時はほんっとにビックリしたよ」

「俺なりのケジメっすから!」

 

時は流れ、今日は烏野高校入学式当日。俺は無事二年生へと進級し、大地さんらも最上級生である三年生になった。心做しか貫禄も増えたように思える。

そして今俺、大地さん、スガさんの三人は、烏野高校排球部と背面にプリントされた漆黒のジャージを纏い、潔子さんの元に辿り着くため新入生蔓延る校舎内を所狭しと歩いていたのだった。

 

ちなみに、あの"事件"以来、旭さんとノヤっさんの二人は本当に部活へ一度も顔を出していない。何度か旭さんとは校内で会うも、すぐに視線をそらされる始末。

ノヤっさんは普通に挨拶を返してくれるが、部活に戻って欲しいという趣旨の話をすると即答で『行かねぇ!』と反応する頑固っぷりだ。

旭さんはともかくとして、ノヤっさんは何とかして欲しいと思う。

 

「清水お疲れ、入部届けは?」

「うん、今のところ二枚だけ」

「かぁー少ないっ!」

「でもまだ増えるかも」

「潔子さん今日も美しいです!!」

「……ぅ、うるさい黙って」

「事実を述べてるだけじゃないですか!」

 

あの日以来、潔子さんとの仲も良好だ。練習中に見つめられてる時間も増えたし、週三くらいで一緒に下校もしている。

え、なんで見つめられてるのかわかるんだって?そりゃ愛の力というか視野の広さというか?

あぁ、一つ言うべきことがある。それは本格的に潔子さんに恋をしたということだ。前まで部活内恋愛に否定的だったが、そんなもんは関係ないと知った。全く、恋は盲目なんて誰が考えたんだよその通りじゃないか。

 

「ははっ今日もラブラブだな〜」

「いつ結婚式上げるん?」

「……っ、だから違うってば」

「照れる潔子さん可愛い」

「っ!もう知らない、早く三人とも体育館行け!」

 

そう言って、潔子さんは紅潮した頬を隠すかのように振り向き早歩きでどこかへ言ってしまった。

 

「……後で謝っとくか」

「んだな、調子乗りすぎたべ」

「俺もっすかね?」

「連帯責任、部長命令」

「それは横暴じゃあ!?」

 

やんややんやと言い争いを始める俺たちのことを、周りの新入生たちは不思議そうな顔で眺めてくる。だが、坊主になったことで悪化した人相の悪さが威圧感を与えるのか、皆、反応は一様で目を逸らすのだった。

 

気づけばもう体育館近く。思わぬうちに歩を進めていたらしい。やはりバレー部は暖かい、潔子さんがそう評したのを今ではなんの疑いもなく鵜呑みにできる。

だからこそ早く、あの二人には戻ってきて欲しいと強く思うのだ。ムードメーカーと『エース』は戻ってくるべきである。

 

え、なぜ旭さんをエースって呼ぶのかって?

そりゃもちろん、俺は大エースだからさ。

 

これは驕りでも慢心でもない。

調子にも乗ってない。

 

大エースの俺と、エースの旭さん。俺達は二人揃って漸く烏野高校の矛なのだ、旭さんが欠けてるなら俺はただのエース、俺だけにボールが集まりチームが転けてしまうのは目に見えるだろう。

 

「いやぁ〜、北一のセッターがまさか烏野に来てくれるなんてな〜」

「いやそれなー、でも性格キツそうだよな」

「もし舐めてかかってきたら身の程を俺が教えますよ!」

「やめとけよ田中」

 

そういう大地さんの顔はあまり笑ってないように見えた。こえぇ、やっぱこの人貫禄増しただろ……。

 

体育館に入ると、既に新入生だと思われる二人がボールを持っていた。何だか言い争いをしていたかのような殺伐とした雰囲気が二人の間に漂っている。

だがそれに気づいたのは俺だけで、大地さんとスガさんはわかっていないようだった。

 

「おっ、影山だな」

「あ、はい」

「よく北一から来たな〜」

「結構大きいね、身長は?」

「180cmです、まだまだ伸びる予定です」

「でっかいな〜」

 

俺は三人が会話している中で、もう一人の方がソワソワしながらちわッスを繰り返しているのを確認した。だが話し声にかき消されて彼の声は届いていないようだった。

 

「大地さ……」

 

「ちわッス!!」

 

そこで彼の、一際目立つ、声変わりしていないかの如き高めの声が体育館に響いた。影山に夢中だった先輩二人も、驚きながらも彼を見る。ついでに俺も観察した。

 

身長は160cmくらい、ノヤっさんよりも高いな。オレンジ色のパーマがかった髪が特徴的だ。そしてこいつを俺は知っている。

去年、大地さんとスガさんの三人で中総体を見に行ったときだ。北一――北川第一の略称である――の試合、またそのついでに光る原石を見つけよう、などと意気込み朝イチから会場入りしたのはいい思い出だ。

その北一の初戦、相手チームの1番でキャプテンだったのが、この小さいヤツ、日向翔陽だったってわけだ。

なぜ覚えてるのか。それは単に、俺達が中総体を見に行った動機の一つであったからに過ぎない。

―――光る原石。まさに日向がそうだったのだ。

驚異的な跳躍力(バネ)、反応速度、コートへの執念、勝利への渇望、諦めない(ガッツ)。全てが揃っていたが、肝心の技術は稚拙でバレー初心者のようであったのも印象的だ。

しかし、逆に技術が身につけば。

それはそれは大きな力と成りうるだろう。

身長(タッパ)はないが大きな矛―――まるで小さな巨人だな。しかしそれだけのポテンシャルを日向は持っている。

あと間違いなく、今の俺よりも()()()()()から記憶にあるのだ、いつかお前のジャンプを超すぞとしばらく気合いが増していた過去を思い出す。

 

「えっと……?」

「こいつ、あん時影山と戦ってた奴ッスね」

「っ!つまりもう一枚の入部届けの日向って、お前か」

 

大地さんはちょっと驚いた顔で日向を見て話し始めた。影山と日向がどちらも烏野に来てくれたことが嬉しいらしい。俺と同じように、あのとき日向に可能性を感じたからなのだろうか?

 

「俺と大地とそこの田中で去年中総体見に行ったんだけど、そこでな」

「そッスね、バネもあってガッツもあったの覚えてるぜ」

「う、ぇ、え、アザース!」

「にしても、あんま育ってねーな。さすがにもうちょいでかくなってると思ったぜ」

「うぐっ……せ、成長期はこれからです!!それにっ!」

 

―――小さくても、俺は飛べます!

 

そう答える日向の顔は、ある意味決意した人間の顔をしていたのかもしれない。この烏野にきた目的、それを叶えるために頑張ろうとする人間の顔だった。

 

「烏野のエースに、なってみせます!」

 

へぇ、と。思わず口角が吊り上がる。

いかんいかん、静まれ俺の性よ。これだから、この癖に気づいた縁下にドMだと言われるようになってしまったのだ。

 

「おいお前、相手はあの田中さんだぞ!」

「は?なに有名人?」

「…っ、お前は月バリも見ねえのか!?そこにいる田中龍之介さんは、東北でも一二を争うレベルのスパイカーだぞ!?」

「ぇ、ええ、うええ!?す、すみませんすみません、生意気な口聞いちゃってすみません!!」

「ははっ、いいってことよ!俺は先輩だからな。にしてもエースになりたい、か。そう豪語するからにはそれなりの覚悟はあるんだよな?」

「……っ!」

 

俺は若干の威圧感を放ちながら、目の前の日向を見下ろし言葉を紡ぐ。

 

「エースは攻撃の最期の砦。ボールはたくさん集まってくるし、決めきれなければその重圧に押しつぶされちまう」

 

旭さんが脳裏に浮かぶが、気にしない。

 

「それでもお前は、エースを目指すのか?」

 

まるで尋問だった。俺は少しやり過ぎたかな、と、俯きながら肩を震わす日向に声をかけようとした、その刹那―――

 

「はいっ!!俺は小さな巨人に憧れてこの烏野に来ました!!だから俺は、俺は……絶対にここでエースになります!!」

 

―――こいつ……ッ!!

 

何の迷いも、濁りもない、純粋無垢で空を渇望する日向の眼差しに、俺は確かな可能性を感じると共に多少気圧されてしまったのである。

 

「お前。そういうからには、ちゃんと上手くなってんだろうな。下手くそにはエースは務まんねえぞ。それに田中さんを超えるなんてのも以ての外だ」

「んぐっ!?」

「ちんたらしてたら、また三年間を棒に振ることになるぞ」

「……っ!!今までのぜんぶ……全部無駄だったみたいに言うな!!」

 

だんだんと白熱していく、二人の口論。なるほど最初の嫌な雰囲気はこういうことだったのか。

大地さんが影山と日向を宥めようと声をかけるも、それを遮りまたもや口喧嘩を初めてしまう。

あ、これ、やばい。

大地さんの頬が引き攣っているのが横目でわかる。既に大地さんは怒り心頭だろう、ならばこういうときは触らぬ神に祟りなし。俺はスガさんと一緒にササーっと彼ら三人から離れた。

 

その大地さんが噴火する前に教頭が来たがそれすらも無視する始末。だが教頭の前でおいそれと怒鳴ることの出来ない内心は、それこそマグマのように燃えたぎっているだろう。

 

そのあと、影山のサーブをレシーブするという勝負になったが、案の定日向は取れなかった。にしても、影山はジャンサー――ジャンプサーブの略称――か、やるなぁ。

 

「影山のサーブ、強烈だなやっぱ」

「まぁでも田中でちょっとは見慣れてるからな、大地なら余裕だべ」

「それはわからんが……おい!次で最後にしろ!絶対だ!」

「ふむ、さっきから部長である澤村くんの話を聞いていないけど、これは問題ではないのかね?」

 

大地さんの最後だぞ忠告に返事もしない一年二人への怒りを深める大地さんに、教頭からの追い討ちでそろそろ噴火しそうな気配はおる。今回かなり焦らされてるから、どデカい噴火になりそうだな。

 

―――そこで事件は起きた。

 

影山のサーブを日向は弾いたのだが、その方向がマズかった。見事に教頭の顔面にぶつかり、その頭からカツラが吹き飛んで大地さんの頭にすっぽりとハマってしまったのである。

 

「…あれヅラだったのか」

「影山お前気づいてなかったのかよ、俺の周りは皆気づいて笑ってたぞ」

「ちょ……お前らマジ勘弁……!!」

 

耐えきれず俺は笑ってしまうが、大地さんと教頭はどちらも無表情で、神妙な顔つきをしていた。

 

「……澤村くん、ちょっといいかな」

「…………はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「幸い、お咎めはなし、謝罪も要らない。ただ、今日見た事は全て忘れろとのことだ」

 

そのあと再び口論を始めた様子をみて、俺とスガさんはまたこっそり二人のそばから離れた。

 

「烏野は強豪だった。数年前には全国にも行ったしな。俺も、リアルタイムでそれを見て、鳥肌が立ったよ。何度も見かける近所の高校生が、この舞台で戦ってんのかってさ。だから―――もう一度、あの場所に行く」

「取り敢えず全国出場。そんなことを言う高校はいくらでもあります」

 

この言葉には流石の俺も多少苛立ち、訂正させようと影山に詰め寄りかけるが、スガさんに袖を掴まれて首を振られる。なるほど、今は大地さんのお説教だ、首を突っ込むなということだろう。それにここで割り込んだら、話を絶った罪で罰せられるかもしれんしな。

 

「安心しろよ―――本気だ」

 

その一言に、影山だけでなく俺も少し怖いと思ってしまった。やはり大地さんには貫禄がついた。断言する。

 

「だから。俺は別に、お友達になれって言ってんじゃないのね。中学のときに何があったかは知らないけど、烏野のバレー部に入った以上はネットのこっち側だってこと、自覚しなさいってことなんだよね」

 

そして更に噴火が止まらない大地さんは、二人を体育館から追い出してしまったのだ。

まあ、たしかに今の状態じゃ、バレーなんてできないだろう。バレーとはチームスポーツ、部員の仲が悪いんじゃ勝てるもんも勝てないしな。

俺も、大地さんに賛成だ。

 

『すみません、体育館に入れてください!こいつ……ああー影山とは仲良くしますから!お願いします!』

『ちっ、どけ……あの、すみませんでした!俺、ちゃんとこい……日向とも協力します!だからお願いします、練習させてください!』

 

「大地さん、いいっすか」

「あぁ」

 

俺は扉の前に行こうとする大地さんに一言かける。今度は俺が軽くお説教する時間だ、譲らせてもらいますよ。

 

体育館の扉を開け、影山と日向に対面する。

 

「……!!入れてくれるんですか!」

「いやちげぇよ。いいか影山、日向。俺はな、俺達は、本気で全国を目指してる。あのオレンジコートに立ちたいって思って練習してる。影山、お前は確かに上手いよ、日本ユース代表に選ばれるくらいにな。そんで日向、お前も俺が最も可能性を感じた奴だ、その運動センスとか精神的なもんは誇ってもいい」

 

そう褒められた二人は、褒められたのだと理解した瞬間にむず痒そうな表情を浮かべた。

 

「ただな。バレーってのは個人競技じゃねえ、団体競技だ。レシーバーがいて、セッターがいて、スパイカーがいる。一人では絶対にできない、それがバレーなんだよ。喧嘩すんのはいい、それで高め合えればな。だがお前らは違う、無利益で無意味で、チームの雰囲気を悪くするだけの邪魔者なんだ。そこんとこわかれ」

 

ダンっ!!

 

そう言い残し、俺は扉を強く閉めた。

 

「田中、俺よりキツイこと言ってるぞ」

「……少し熱くなりすぎましたかもです」

「ふっ、まあ、田中の本気度が改めて知れて、俺は嬉しいよ。うし、田中は部室行って縁下たち呼んでこい、部活始めんぞ!」

「オスっ!」

 

旭さんとノヤっさんがいなくても、コンセプトは変わらない。大地さんの熱い言葉を聞いて、更に決意を固めるのだった。

 

 

 






とりあえず書き下ろしました。
そして!ここで!田中坊主解禁っ!!

感想でもあったんですが、田中が澤村たちを「なんか強ぇやつ」と認めて坊主にしましたが、それを私なりに理由をつけて原作開始と同時に坊主にしてみました。
あと、原作田中が入学時伸びかけ坊主程度の長さだったので、部活が終わり受験も終わってから髪を伸ばし始めたと私は考えているので、拙作開始時の田中は坊主だったというわけです。
(もし中学三年時も髪が生えていたという描写が原作にあったら、教えてくだされば幸いです)

あと、潔子と田中はまだ付き合ってないです。(一応言っとくヨ)

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