きっとそれは運命的な何か   作:ppが足りない

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主人公の特訓が始まります。


女声

 

 

 

 

 

「俺……どうしちゃったんだろう」

 

 学校からの帰り道、演劇部の衣装室を出てから吐いた、何度目かも分からない溜息をじめじめとした空気に溶け込ませる。

 何だかいつもよりも周囲の風景が色褪せているように感じるし、ぽっかりと胸に穴が空いてしまった感覚があった。

 一体俺はどうしてしまったのだろうか、原因は分かっているが今までなったこともない症状だったので、如何せん治療の目処が立たない。

 きっと時間が解決してくれるのを待つしかないのだろうなと思っていると、目の前に夏だからか異常に丈を短くしたスカートを履いている、ウチの高校の制服を着た女子生徒が二人並んで歩いていた。

 あともう少しでパンツが見えるのではないかというスカートからは、ニーソックスとの間に絶対領域が生まれていた。

 歩く度に柔らかそうな太腿を擦り合わせているのを見ると、脳内に彼女の姿が思い浮かんで、目の前にいる生徒と重なり合い歩いているのを想像すれば、罪悪感と興奮で顔が赤くなってくる。

 

「もしこの気持ちが知られれば……いい笑いものだろうな」

 

 誰にも聞こえない位の声量で呟いた声は、直ぐに周囲の喧騒に掻き消される。

 誰にも聞こえないように小さく口に出したのだから、それ自体は良かったことなのだが、思わず視線を戻したそこには踏切で立ち止まっている女子生徒の姿。

 今度は彼女と重ね合わせることなく、その制服に目を向ける。……何だか、少し……ほんのちょっとだけれど、あの制服を着てみたいって思った。

 

「あぁ、何考えてんだ」

 

 俺は気持ち悪い考えを振り払って電車が遠ざかる音と、カンカン鳴っていた五月蝿い音が消えたことを認識して、歩き出す。

 今度は視界に入れないように女子生徒達の前に足早で移動して、追い付かれない程度の速度に戻す。

 これ以上見ていたら本当に着てみたくなってしまうから。

 

 

「ただいま〜」

「あっ、おかえり遥。今日も疲れ切った顔してるね」

「うっせ、姉貴には分かんねぇよ」

 

 今は大学二……いや、三年生だったか? 弓道部の主将を務めていて、県の雑誌にも載ったことがある。

 アーチェリーでオリンピックに出るともっぱらの噂で、弟の俺にも聞かされていないが、本当に出るのなら凄いことだ。

 その際には是非、家族には弟が居ないと伝えるか家の住所を公表せずに、顔を映さないで貰えると助かる。

 

「今日の夕食はハンバーグよ、遥」

「母さん、ハンバーグかぁ……なら今日の炊飯器は久し振りに泡吹いたのか」

 

 ハンバーグや肉料理が献立に出る時は、いつも四合以上のお米を炊いている。

そして四合以上になると、家の古臭い炊飯器は泡を噴き出し始めるのだ。

 だからリビングに入って炊飯器が泡を噴き出していたら、十中八九その日の献立は肉料理と分かる。

 偶に寿司の時もあるから一概にそうとは言えないけれど。

 

「じゃあ部屋戻って荷物置いたら降りてくる。そうだ、父さんは帰ってきてるの?」

「うん、今はそこでテレビ見ながらだらけてるわ。後でケツを蹴ってあげて」

「うぃーい」

 

 背中越しに軽く手を振りながら俺は階段を上がる。

 観葉植物が飾られた踊り場を抜けて着いた二階の奥の部屋、扉に子供の時に描いた犬の絵とはるかという丸文字が載った木の板が掛けられている。

 何処かの宮殿の天井のような形をしている、丸い取手を回して内開きの扉を開ければ、白色を基調とした味気ない部屋が出てきた。

 まるでモデルハウスの部屋の内装をそのまま持ってきたかのような部屋は、人が生活しているのにも関わらず、何だか生活感がないように感じる。

 部屋の主にも関わらずそう感じるということは、他人から見れば本当に人が生活しているようには思われないのだろう。

 

「さっさと行くか」

 

 ショルダーバッグをベッドの上に投げ捨てて、首を絞めていたネクタイを解き机の上に置く。

 こうしただけで生活感がぐっと出るのだから不思議だ、まるで普段の生活はバッグとネクタイにも劣っていると言われてそうで、少し悔しくなりきちんとネクタイは畳んで、バッグは机の横のハンガーに掛け直しておく。

 

「よし、これで生活感がない」

 

 元のモデルハウスに戻ったことに頷いて、俺は部屋を出ると下に向かう。

米はもうそろそろ出来上がる頃だから、きっと直ぐに夕食が始まるだろう。

 母さんは食事の時間に遅れると口煩くなるから、早めに行っておいて損は無いし、まだ掛かりそうなら父さんが見ているテレビでも見ればいい。

 少し駆け足で降りている間に、女装のことはすっかりと彼方に消えていた。

 

 

「あ〜生き返る」

 

 夕食を食べ終わった後、俺は家の小さくも広くもない風呂に全身を浸からせていた。

首まで沈めながら、タイル張りの天井を見上げてみる。

 そこには湯気が水滴となって張り付いてるのが見えて、時たま大きな雫となり水面に波紋を拡げていた。

 それが顔とかに当たった時は冷たさで身震いしてしまうが、そんなものは風呂の温かさで直ぐに消えてなくなってしまう。

 

「……俺って細いよな、やっぱり」

 

 まるで女みたいな体型……とは言わない迄も、全身が細いという印象を受ける。

 腕とかは筋肉が本当にあるのか疑わしくなる位ほっそりしていて、ぷにぷにしている。それは胴体にも伝播してスラッと通った胸の下はお腹にくびれができていて、そこから伸びる脚は長く、無駄なことに臀部にふっくらと肉が付いていた。

 肩幅が狭いということがないのが、唯一の救いだろうか? しかし一般的な男にしては狭いというくらいには、狭い。

 

「……こんな感じかな?」

 

 伸ばしていた脚を折り曲げて、少し膝を重ねるようにしてから足先を広げる。

 太腿に腕を付けて前屈みになりながら、顔をほんの僅かに傾けてウィンクしてみた。

 

「……ばっ〜!!」

 

 変な体勢のまま立ち上がって、浴槽に脛をぶつけながら出る。

 シャワーを勢いよく出して浴びながら、俺は跪いた。

 

「……脛……痛い」

 

 これからは浴槽で変なことは考えないようにしよう……俺はそう心に固く誓った。

 

 

「あぁ〜、疲れた」

 

 何というか……今日は激動の一日だった。

 激動といっても精神的にだけれど、あの服を見てからどうにもおかしくなって来ている。

 今まではそんなことなかったというのに、風呂を浴びてさっぱりした瞬間に、忘れていたあの時の記憶が蘇って、こうしてベッドに寝ている今も悶々とそのことを考え続けている。

 

「あー……あー……ダメだ」

 

 男にしては高い方の声だが、やはりそれは男の声で、女子とは質が違う。

 もしかしたらと思って試してみたものの、それは無理な相談なのだろう。例え体が似通っていても、声はどうにも出来ないのだ。

 

「……女声……出し方」

 

 別に変な考えを持った訳じゃない。

 ただ何となく、このままでいるのも気に触ってしまうので、もし方法があるのなら知りたくなっただけだ。

 だからベッド横の小さな棚の上に置いたスマホを取って、ネットで検索しているのは至って正常な思考の結果であって、別に俺が変態という訳ではない。

 

「なるほど、こうするのか……誰も居ないな……よし」

 

 その日から何となく、一日一時間程のトレーニングを始めることにした。

 別に深い意味がある訳じゃないし、女声が出せるようになったら宴会の席とかでも披露できるネタが出来て、無駄にはならない。

 

「頑張ろう、うん」

 

 そして一生懸命にやらないのは間違っている気がするので、俺は真剣にやることにした。

 それ位勉強をしろと言う人もいるかもしれないが……それとこれとは別の話だろう。

 

 

 

 

 

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