「どうしよう……」
「んあ? 遥どうしようってどうしたんだ? 何かあんのか面白いこと?」
「何で面白い限定なんだよ……なんもないわ」
俺がポツリと漏らしてしまった一言に、隣の席に座ってた男が探りを入れてきた。
いや、探りではなく純粋に興味本位なだけなのだろうが、人に言えないことで悩んでいる俺としては心底鬱陶しい。
これがゲームで苦戦しているとかなら、迷いなく巻き添えにいていくというのに。
「ほーん、まぁ何でもいいけど。だけどな遥、姫乃木の方を見つめながら言ってたら誤解されるかもしれんから、注意しとけよ?」
「ふぁっ!? 見てねーし!」
不味い、自分でも知らぬ間に彼女の方を見ていたらしい。これは非常に不味い事態で、ただでさえ学年の殆どと言っていい男子から熱意を浴びている彼女に、熱い視線を向けていたなんてことがバレればお終いだ。
迅速に処理しなければならないことに……
「まぁお前なら誤解されても大丈夫だろうけどな、絶対にノーマークだと思われてるだろ」
「……そこまで言うことないだろ」
分かっている、俺が男として見られていないのは分かっているが、こう……人に言われるとなるとクルものがある。
誰から見てもまるで魅力のない俺……けど、もしかしたら女装すれば変われるのだろうか?
新しい人間……私として生まれ変われる?
「とは言っても、俺が持ってる訳ないしなぁ」
「そりゃそうだろ、陰キャで口下手の俺達がお近付きになれるのが間違ってる」
一瞬ぶん殴ってやろうかと思ったけど、俺達と言ってたので許してやる。
これでお前だけみたいな発言をしてたらどうなっていたことか……帰り道のゲーセンでガンシュー100連発の刑に処していたぞ……あぁ、考えただけで恐ろしい。
「……勘違いしてるならそのままにしておいた方がいいな」
誰にも聞こえないように独り言ちる。
コイツは魅力を持ってないという面で言っているのだと思い込んでいるが、実際は女物の服を持っていない、という意味だ。
男である俺が持っている訳ないし、買うにしても変態だと思われるから嫌だ。
誰かしらの協力者がいれば良いのだろうが、生憎俺よりも先に女装にハマっている奴など聞いたことがない。
「……悶々するなぁ」
あの日から一週間、相変わらず女装について考え込んでいた俺は、日に日に溜まる感情を押さえ付けるので精一杯だった。
「だからここに来たのは間違いではない」
目の前にあるのは古着屋、ここなら男が女物を買っても変だと思われない筈。
そして出来るだけ男っぽい服を買えば、更に何とも思われないだろう。
「よし、行くか」
九割九分九厘の緊張と、一厘の興奮と共に俺は古着屋に入った。
「えっと……ごちゃごちゃしてて見にくいな。あっ、レディースって書いてるし、ここでいいのかな?」
今日は先週の水曜日の事件から十日後、家の最寄り駅から数駅分離れた場所にある、以前ここに来た時に偶然目にした古着屋に来ている。
中はがらんどうで店員の姿は見掛けるが少なく、客は一人も居なかった。
今の時間が開店直後ということもあるだろうが、客の少なそうな時間を狙って来たのでこの状況は好都合だ。
さっさと服を選んで買ってしまおう。
「……服ってどうやって選べばいいんだ」
何というか……古着屋なのに色々な服が売られている。可愛い感じから大人な感じまで多種多様で、しかもコーディネート? なんてものは生きる上で必要なかったので知る由もない。
店員の目も気になるから逐一注意を払わないといけないし、どういうものにしたらいいのだろうか。
「よし、こういう時は」
ポケットからスマホを取り出してネットを開く。検索するのは勿論、地味、女物、服の三拍子の入力。
恐らくこれで何かしらがヒットするだろうから、それを参考にして選べばいい。
おっ、出てきたな……よしよし、えっと……ほうほう、なるほどな。
それじゃあこれとこれにするか……おっ? デカいのが良いのね……なるほどなぁ。
「これだ。お値段も……二着で四千二百円か……ちょっと高い気はするけど、初めてならこんなものかな」
手に持つのは黒のビッグサイズのパーカー、何でも大きなパーカーを身に纏うことで体格を隠すことが出来るし、可愛らしさを演出できるらしい。理由はよく分からない。
そしてもう一着はとっても丈の短いジーパンのような感じ。女の人ならいいのだろうけど、俺が履いちゃうと一部分が目立っちゃうのが怖い。
けれど調べてみると、何でも男の象徴を目立たなくさせる方法があるらしいので、出来るだけゆったり目にしたショートパンツを買った。
この二つを合わせることで、とっても短いスカートを履いてるように見させて、男の視線を釣るのだとか。
何にしても外で着ることはないだろうから、俺にはなんの意味もないが。
「よし、行こう」
俺は多めに持ってきた金額、合計一万円を使い切るように適当に安い男物の服を取っていく。
こうして女物だけでなく男物を買うことによって、お使い的な雰囲気を出すのだ。
古着屋で買ってくるお使いなんていうものが、あるのかどうかは知らないけれど。
「お願いします」
「いらっしゃいませぇ〜、こちらお預かりしますねぇ」
レジに立っていたのはまさかの女の人で、黙々と品物をスキャナーに通していく。
それを視界の隅で観察しながら、もうそろそろ積み重ねられた男物の服が終わって女物が出てくる。
もし気持ち悪い奴を見る目で見られたらどうしよう……その時は心を殺して無になるしかない。
「ん?……え〜合計十点で九千八百七十円になります」
「あ、はい。じゃあ一万円からで」
「一万円お預かりします。ではこちらお釣りの百三十円ですね、ありがとうございます。またお越しくださいませぇ」
一瞬反応された時はビックリしたが、直ぐに何事もないようにレジを通していき、後は普通に買い物をして終わった。
カゴの中に入った服を見ていると、何だかやり切った感と遂に女物の服を買ってやったぜ、という感情で思わず飛び跳ねそうになる。
しかしここでニヤニヤするとレジの人にバレてしまうので、俺は無表情を貫いて服を袋に仕舞っていく。
「……ん?」
しかし途中でおかしなことに気付く。
何故か三つある袋の内、一枚が真っ黒で中身が見えないようになっているのだ。
こういうのは女性用品とかに使う物で、今回の場合にそれらしき物は何も……
「あっ……」
もしかしてと思い視線をレジに向けると、丁度そこに立っている店員と目が合った。
高校生か大学生くらいの女性店員は、黒い袋を指差しながらニコッと笑ってくる。
俺はその顔を見ているのが耐えきれなくて、さっさと女物の服を黒い袋に入れると、大きく一礼してから古着屋を足早に出る。
俺が着るとはバレていないだろうが、何とも粋な計らいをしてくれたものだ。
また来るかもしれないから、その時には別の店員がレジにいる間に買い物を済ませよう。
「……早く家に着かないかな」
大事に袋を抱え込みながら、俺は部屋の内装を頭に浮かべていく。
鏡は無かったから、他に何か体を写せるものが欲しい。
スマホでもいいだろうけど、如何せん画質が悪いし、画面が小さい。
家には誰もいないだろうけど、出来るのなら鍵を掛けられる部屋の中で着替えたい。
「あぁ、緊張する……」
袋を持つ手に思わず力が入る。
これからこれを俺が着るのだ、女物の服をこの俺が……
「ダメだ、想像つかん」
やはりこういうのは実際にしてみないと分からないものだ、俺は最寄り駅まであと一駅のところで大量に雪崩込んでくる乗客に潰されながら、未来のことに思考を傾けていた。
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