虞美人さん、人理修復中のカルデアにて   作:heater

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そわかそわか……


ふふ、そわ、そわ……

「虞さん、熱があるって聞いたけど大丈夫ですか!?」

「……はい?」

 

 ある時、マスターが血相を変えて私に問いかけて来た。傍らにはマシュとフォウもいる。

 だが、なんの話だろうか。私が熱を出すなんてシュメル熱以来出したことは無い。そもそもああいった特別な状況下以外でサーヴァントが熱を出すなんて有りえるのだろうか。

 

「だって、食事を摂る量も減ってデザートを食べる量も減って、イタズラしても無反応で、目を逸らすようになって、ゲームの誘いも断って、項羽さんの水着衣装案も最近書かなくなったって!」

「最後は待ちなさい」

 

 ちなみに順に食堂組、張三李四(アンリ)、千代女、巴が情報源とのことだ。だが最後はなんだと言うのだろう、そもそも自室以外で案を考えることが無いのに何故書いてないと知っているのだろう。……よし、張三李四(アンリ)ね。後でぶっ飛ばす。

 それと別に私は調子が悪いわけではない。ただこのカルデアに染まっているという私を払拭しようとしているだけだ。断じて染まっていない。ええ、断じて。

 正直言うならばエミヤやブーディカの料理をあまり食べられないのは割と辛い。懐いていた千代女を袖にするのも何故か体の一部がチクリとする。巴の残念そうな顔もゲームができないのもあって何故か沈むという表現が丁度いいものが私の身体に降りかかる。張三李四(アンリ)はどうでも良い。むしろ落ち込めばいい。

 ともかく、私はある程度相手はするが深くなりすぎないようにするつもりである。何故か体が辛いのはきっと気のせいだ。後でシミュレーターで魔力を暴走させればスッキリするはずだ。

 心配する二人をよそに私は「大丈夫よ」とだけ言い踵を返して――

 

「――熱ですか。処置します」

 

 私は、赤服の天使から全力で逃げた。

 

 

 

 

 

 

 ある時、マスターはマシュやドクター、フォウを交えて管制室の机を借りて勉強をしていた。内容は魔術などではなく、歴史の勉強だ。

 はっきり言って、マスターは歴史に関しての知識は勉強不足という他ない。項羽様に関しては“中国の凄かった武将”という認識であったし、あのアルトリアやクー・フーリンですら「なんか武器の名前は知っている!」程度であった。……いえ、私も後者に関しては正直そこまで詳しくはないけれど。ともかく、マスターはサーヴァントに失礼が無いようにと暇を見つけては勉強をしているのだ。

 

「勉強中? 殊勝なことね」

「あ、虞さん。おはようございます」

「おはようございます、虞さん」

「やぁ、虞くん。待っていてくれ、今コーヒーを淹れるから」

 

 私が話しかけると3人が揃いも揃って呑気に挨拶をする。ちなみにこうして勉強中のマスターに話しかけて混ざることは初めてではない。その度に私が加わるとドクターかマシュ辺りがコーヒーを淹れることが多い。

 

「ちなみに虞くん。今日は中国のサーヴァントじゃないからね」

「……悪かったわね。ドクター」

 

 今のドクターの言葉に、マスターやマシュは苦笑いをする。

 ……理由は簡単だ。以前マスターが勉強中に中国の武将の話になった際に項羽様のことを数時間に渡って話していたのが原因である。私としてはまだまだ話したりなかったが、後から思い返せばあの時の私は暴走していた。ブーディカとキャットが止めなければおそらくマスターは疲労で倒れていただろう。

 ともかく、それは過去の話だ。今の私はマスターの勉強を補助するサーヴァント(先輩)役だ。今日もマシュやドクターと共に補助していこう。……私の暇つぶし(勉強)にも多少はなるし。マスターより歴史の成績が悪いかもなんて全然思っていない。……思っていない。

 今日の勉強内容は主に日本(ヤマト)の歴史であった。このカルデアに居る主に歴史に残る文献を紐解き、今後召喚される可能性が高いサーヴァントもちょくちょく補足で知識を交えながら勉強をしていった。

 

 へぇ、信長って歴史的には男だったのね。でも信長は元々よく本で女性で書かれたり犬にされたり巨大化することが多いらしい。え、フリー素材?

 シンセングミの沖田も? 男所帯の組で混乱を巻き起こさないためかしら。

 ダンゾウに関しては……忍びとして隠しきったのだろうか。

 え、ライコウも男性として語られている? あの胸で?

 え、牛若丸も? あの格好で?

 

 しかしこうして見ると歴史と実際に呼び出されたサーヴァントの姿形が違うことは多いようだ。項羽様の様に伝承によって歪められた者も多い。しかし……マスターが伝承とあまりに違うサーヴァントと会っても、そういった方面で驚愕することは少ない気がする。いくら歴史に疎いとは言っても、ヤマトのサーヴァントであればある程度知識はあるだろうから、多少なりとも驚いても良い気がするけれど……と、説いてみると、マスターはやや言い辛そうにポツリと呟いた。

 

「だって、落ち着いて初めに会ったのダヴィンチちゃんだし、実は女性とかじゃ正直あまり驚けなくて……」

 

 その言葉に、私達は何も言い返せなかった。

 中身や実際の性別は男。外見をモナ・リザに改造した生粋の変態。……確かに初めがアレだと、少々のことでは動じなくなるというモノだろう。

 

 

 

 

 

 

 ある時、ハワイとホノルルが合体してルルハワになりサーヴァントの同人誌作成イベント会場と成り果てた。

 よくあることね。ええ、よくあることよ。別におかしい事なんて何もないわ。

 

「落ち着くのだ、黒いヒラヒラした者よ。よく分からんがそれは目を逸らす、と言うのだろう?」

 

 まさかこちらのヤマトの鬼に諭される日が来るとは思わなかった。……落ち着こう。

 詳細は整理すると、BBとやらの仕業でハワイ一帯が特異点に近しいモノになって、同人誌とやらで売り上げ一位を取った者に聖杯を捧げるらしい。今更だけど聖杯ってそんな簡単にあげられるものだったかしら。

 しかしどうやら今回はマスターに力になれることは少ないようだ。私は絵は描けないし文章も久しく書いていない。だが多少は協力はできるだろう。ポーズのモデルやドリンクの差し入れなどくらいは……え? 力になるのは当たり前でしょう? 私はマスターのサーヴァントなんだから。……ちょっとロビン。何よその表情。あんたはマスターが同人誌完成させないと豚になるんだからもっと一生懸命になりなさい。私も手伝うんだから負担は減るでしょ……だからその表情やめなさい。

 ところで題材は項羽様にする? いざとなれば一日で数万文字は軽く――え、駄目? ……そう。

 

 

 

 

 

 

 ある時、聖杯は手に入らなかったが、同人誌作成という人理修復とは違うベクトルの修羅場を潜り抜けた次の日。ルルハワの初日になっていた。

 ……落ち着きなさい私。よくあることよ、よくあること――あってたまるものですかこんなこと。

 どうやらBBが原因らしく、条件を満たすまでこのルルハワの特異点は続くとのことだ。あの女、デタラメ過ぎないかしら。あの女こそ異聞帯より真っ先に封じるべきではないのだろうか。

 けれどあの修羅場をまた経験しろというのか。結局は私でさえ線の修復や文章の校正などを手伝ったっていうのに……いっそ会場を爆散しようかしら。あ、それだとロビンが豚になるわね、やめておきましょう。

 四の五の言っても始まらない。殆ど素人である私達が売り上げで一位になるためには、何度も何度も同人誌作成をして経験を積まなければならない。そしてあらゆる運が重なって売り上げ一位を狙えるだろう。

 

「こうなった以上はやって見せよう、よろしく皆!」

 

 マスターがマシュ、ジャンヌ・オルタ、牛若丸、ロビン、そして私と共に団結の意を示す。

 ええ、やってやろうじゃない。個人的に前回の売り上げが振るわなかったのはモヤモヤしていたし、私はやるならば全力でやり、一位を目指せると言うならば一位を目指す。BBに乗せられているのは目に見えているが、このルルハワで私はあらゆることを成し遂げて見せよう。

 

「ところで項羽様を題材には、」

『駄目』

 

 ……そう。

 

 

 

 

 

 

 ある時、題材が爆発四散した。

 ある時、黄金Pが宙で“美しき三郎の舞”を踊った。

 ある時、ナイチンゲールの生贄に刑部姫を差し出した。……後で差し入れをした。

 ある時、4徹目で項羽様の幻影が見えた。もう一度しようとしたらロビンに強制的に休まされた。

 ある時、アナスタシアがガッテムホットというスキルを作った。なお効果は無い。

 ある時、飛んでくる謎のフォーリナーを打ち返した。

 ある時、休憩と取材で海で泳ぐことになった。水着が無いのでいっそ全――と、マシュに力強く止められた。

 ある時、くはははと笑う男が子供サーヴァントに懐かれていた。通報した。

 ある時、聖杯を狙う謎の仮面男が子供サーヴァントに取材をしていた。通報した。

 ある時、日焼けした円卓の男にナンパされた。マシュを呼ぼうとしたら逃げた。

 ある時、ろこもこなるモノを探しに柳生が鯨と戦った。巴が魔猪を投げ飛ばした。千代女は周囲に謝った。

 ある時、そわか、そわか……

 ある時、ミスコンとやらに出場させられた。蘭陵王が。優勝しかけたが不正で失格となった。

 ある時、項羽様を題材に別に作ったら私達で作ったモノよりも売れた。ふふ、勝ちね。

 ある時、「貴女は私の姉となりますか」と言われた。――今までにない恐怖がそこにあった。

 ある時、ある時、ある時、ある時――

 

 

 …………あぁ、これ、何周目だっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

「楽しい?」

「……はい?」

 

 ある時、他の全員が寝静まった夜の部屋で、マスターが私に話しかけて来た。

 何を言っているのだろうか、このマスターは。

 こんな修羅場とやらが続いて楽しいわけがない。しかもこの周回が何周目かも忘れかけているのに、と言うと、マスターが小さく微笑んだ。何故そのような表情になるのか問い質すと、マスターは、

 

「だって、虞さん無理してなさそうだから」

 

 と、私に水を差しだしながら言ってくる。

 ……無理? どちらかと言えば同人誌を作るために今の方が無理をしているだろう。今までの私が無理なんて……いえ、本当は分かっている。ここ最近、ルルハワに来る前の私はマスターの言う所の無理をしていたのだろう。

 食堂組が作る食事やデザートを食べる量も減って、イタズラされても無反応で、千代女から目を逸らすようになって、巴からのゲームの誘いも断って。このカルデアに染まっているという事実を否定するために変なことをしてきた。今から思うと、あの時の私はどうかしていたと思う。

 だけどこのルルハワで私はその無理からも解放された。全員(みんな)で何かを成し遂げるのに、染まっている(そんな)なんてこと気にしていてはやっていけない。

 

「ふん、そんなこと言っても分担の量は変えないから」

「分かっていますよ」

 

 私はそう言って、マスターから差し出された水を一気に飲み干す。

 この特異点では私達以外の記憶はループごとになくなり、なかったことになる。他のサーヴァントが記憶を引き継ぐのは私達が聖杯を取った時の周回だけだ。

 

 

 ――さて、変なことをしてきたことを挽回するためにも、この特異点を解決しないと。

 

 

 

 




個人的に見たい同人誌は悪役令嬢と拉麺アナスタシアさんです。

いつも誤字報告してくださる方々、本当にありがとうございます。助かります。

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