一枚の絵【完結】   作:畑渚

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Q,ドルフロである意味は?
A,ない。あえて言うなら9を出したかったから。


二枚目 人形技師の男

 背負われてるump9-3は、クロエの肩越しに目の前にそびえ立つ壁を見上げる。4階建ての建物と同じくらいのその壁は、奇妙なほどに新しく見えた。

 

 門は鉄扉で閉ざされており、その前には珍しくも女の兵士が警備をしていた。

 クロエはその姿を見るなり笑顔を浮かべて近寄る。

 

 「こんにちは、今日はあなたなのね」

 

 「クロエさん、またですか」

 

 兵士はクロエの背負うump9-3を見てやれやれとあきれた顔をした。

 

 「またってなによ。それよりこれを頼むわ」

 

 そういって背負っていたリュックをump9-3ごと兵士の前に下ろした。

 

 「自律人形ですか……まったく手続きが面倒じゃないですか」

 

 「これは自律人形じゃないわ、ただの人形よ」

 

 「いやどう見たって動いてるじゃないですか!」

 

 「気のせいよ。ねえ、そうでしょ?」

 

 クロエは兵士に顔を近づける。変な行動であるが、美女に分類されるであろう彼女から近寄られた兵士は顔を赤らめながら身を引いた。

 

 「いや、今日という今日は見逃しませんよ!何度も同じ手が通じると思ったら大間違いです!」

 

 いつもこんな方法でチェックを逃れているのかとump9-3までもあきれた顔を浮かべた。

 

 「そう……残念ね」

 

 クロエはリュックから財布を取り出す。基本的に電子マネーを使う彼女でも、多少の現金は持っていた。

 

 「そういえばあなた、一人暮らしだったわよね?最近どうかしら?」

 

 「……私が一人暮らしだって話したことありましたっけ?」

 

 「そんなことは大事じゃないわ。それで、どんな感じかしら?」

 

 そう言いながらクロエは再び兵士に近寄り、財布から取り出した何かを兵士のポケットに突っ込んだ。

 

 「……どうもなにも、普段どおりです。最近はここら一体で大きな動きもありませんからね」

 

 「そう、なにもないのね。それは何よりだわ」

 

 クロエは再び財布から取り出し、兵士のポケットへと突っ込んだ。

 

 「でも生活はくるしいんじゃないかしら?たしか北区の一等地でしょう?いくら本部が近いからと言ってそんな家賃の高い場所に住むのは厳しいでしょう?」

 

 「いっ……いえ!心配していただかなくても大丈夫です」

 

 「そう……」

 

 そういってクロエは再び財布に手を伸ばす。兵士は慌ててその手を止めた。

 

 「わかりました!わかりましたから!」

 

 「ありがと!聞き分けのいい子は好きよ!」

 

 クロエは兵士の頬へと軽くキスをする。兵士はしばらく固まり、それからどんどん顔を赤らめていく。そんな中、クロエは検査用の機械に入って手慣れた手付きで操作する。問題なしの太鼓判を機械からもらうと、リュックとump9-3を背負って街の中へと入っていってしまう。

 

 兵士は交代の時間になって同僚から話しかけられるまで、ずっとその場で固まったままだった。

 

 

 =*=*=*=*=

 

 

 「無理だ。直せない」

 

 「そこをなんとかできない?」

 

 頑固そうなおやじにクロエは懇願する。

 

 「金はいくらでも出せるわ。私のことは知っているんでしょう?」

 

 「ああ知ってるさ。名家を飛び出した自称画家のおてんば姫だろ?」

 

 「ちょっとひどいんじゃない!?」

 

 クロエは身を乗り出して抗議する。

 

 「それに自称ってなによ!私はれっきとした画家よ!」

 

 「オークション当日に失踪する、が抜けているぞ」

 

 「それは……そうだけど」

 

 「なに、別に条件が悪いわけじゃないんだ。この人形をまともに動かすパーツがそもそもうちに置いてないんだ」

 

 「どうにもならないの?そこのジャンクの山は新たな芸術に挑戦しているのかしら?」

 

 クロエの視線は店の端に積まれた人形のパーツの山に向く。それはこの人形技師のおやじが集めているジャンクパーツだった。

 

 「ちげえよ。民生用人形ならあの山でなんとかなるんだ。だがそいつは戦術人形だろう?元みたいに動けるようなパーツはない」

 

 「……なるほど。じゃあ元のように動けなくても良かったらできるのかしら?」

 

 「そりゃそうだが……おいおい、まさか」

 

 「ええ、元のように動けなくても良いから直してあげて」

 

 クロエは窓際の椅子に座らせたump9-3を見る。彼女の目はせわしなく店内を見回している。その目には恐怖がにじみ出ていた。

 当たり前である。腕を引きちぎった相手に、自律人形がパーツごとにバラバラにされている店に連れてこられたのだ。逃げ出す足があればすぐにでも飛び出していただろう。

 

 「……わかった、善処しよう。今日は預かっていいか?明日の昼までには終わらせる」

 

 「頼むわ。料金は?」

 

 「明日で良い。出来栄えを見て考えてくれ」

 

 「わかったわ。それじゃあ私は一度帰るから、また明日ね」

 

 ump9-3にそう言うと、クロエは店の外へと出ていってしまった。

 

 「嬢ちゃん、災難だったな」

 

 おやじがドライバーを片手にump9-3へと近づいてくる。まったく状況を理解できてないump9-3は、声にならない叫びをあげた。

 

 

 =*=*=*=*=

 

 

 クロエは久しぶりのベッドの感触を惜しみながら起き上がる。朝日が窓から差し込んで着ており、良い目覚ましとなった。

 

 「さてと、いろいろと買っておかないとね」

 

 コーヒーで完全に目を覚ましたあと、クロエは出かける準備をする。昼にまた人形技師の店に行く前に、日用品を買い足しておくという算段だ。

 

 「いってきます」

 

 その声に応える者はいない。しかし、クロエはなんだかわくわくした気持ちになっていた。

 

 

 

 

 街は朝市で賑わっていた。世界秩序が崩壊したとしても、彼らの日常はかわらずに自分の自慢の商品たちを道行く人に売りつけていくだけだ。

 

 「そこの美人さん!お一ついかが?」

 

 「あら、ありがとう。じゃあ一つ……いえ、二つもらえるかしら?」

 

 「まいどあり!」

 

 こういった街の空気が、彼女がこの区に住む理由の一つだった。

 そういう風にいろいろな物を買うはめになったクロエは、約束の時間になる前に一度家に戻る羽目になった。

 

 

 

 

 「こんにちは」

 

 「来たか。できてるぜ」

 

 人形技師の店へと着くと、おやじは作業服のままコーヒーブレークをとっていた。

 

 「彼女は?」

 

 クロエが聞くとおやじはあごで店の奥をさした。どうやら奥へと入っていいらしい。

 

 クロエはゴクリと唾を飲み込んだ。彼女はなぜか緊張していた。

 

 店の奥は作業場になっていた。店頭のジャンクの山と比べようもないくらい多いジャンクパーツが部屋を埋め尽くしていた。

 部屋の真ん中にポツンと机がある。それは机というよりも、拘束具付きのベッドに見えた。

 

 そして、ump9-3はそのベッドに、一糸纏わぬ姿で横たわっていた。足の付け根からは肌とは違う色の足がくっついており、左腕は肘あたりに荒々しくつけられた跡が残っていた。

 

 「これは……」

 

 クロエは言葉が続かなかった。筆舌し難いその光景は、彼女の内部にあるエンジンに火をつけた。

 

 無意識に傍らに置いてある白紙の紙とペンに手が伸びる。ペン先が紙の上に置かれたあと、一気に紙上を走り始める。いっさい途切れることのないそれはあっという間に人の形をとり始める。

 一度ペン先が紙を離れる。そして再び紙に触れたかと思えば、今度は一辺を描いては離し、別の箇所からまた一辺を描く。しばらくすれば、それは目の前の机のようでベッドな何かと同じ形を紙に写し出していた。

 最後にまた始めのように紙の上をペン先が離れることなく走り始める。

 

 

 クロエはふと時計を見た。気がつけばもう数時間が経っていた。熱中していた彼女はump9-3が起き上がって店の表へと出て、店主と話をしていることにすら気が付かなかった。

 

 先程まで熱中していた紙に描かれた絵を見る。

 そこには金槌を持って鬼気迫る表情を浮かべる男と、腕をベッドに繋がれた少女の姿がある。男は作業服を着ており、どうみても人形技師のおやじがモデルになっている。そして少女は足が付け根からなくなっており、そこから配線が飛び出している。

 

 

 また失敗か

 

 

 クロエは絵を破り捨てようとするが、なんとなく壁に貼っておくことにした。ジャンクパーツと一緒に視界に入れれば、多少はましな作品に見えた。

 

 

 後日ここにメンテナンスに来た民生用人形が、その絵を見て恐怖で強制シャットダウンしたことを彼女は知らない。

 


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