原稿のプロット終わった息抜き

わかったことは彼女よりも出来た嫁が欲しい

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日向さんは修行中

 

 時刻は十時前。今日は旦那は帰り遅と聞かされていたが、思いの外早く帰ってきた。

 

「ただいま」

 

 民間企業の狭い社宅で帰りを待つ私を安心させる、ただ一つの声。

 

「あぁ、おかえり。遅かったな」

 

 私は眺めていた壁掛けの時計から視線を外し、少し急いで玄関まで迎えに行く。内心は早く会いたいけれど、そこは落ち着き払った様子で迎えに行く。

 

「疲れたろ。お腹は空いていないか?」

 

 今日は残業だと何時間か前に連絡が来ていた。と、いうことは何かしらのものは食べているだろう。それがコンビニで売っている様なものであることは容易に想像がつく。

 

「そうだね。少し……」

 

「夕飯の残りがある。食べるか?」

 

 夕飯不要。私はこの言葉が地味に好きだ。

 私は料理に自信が無い。元々、食べる物に無頓着な旦那ではあるが、私個人として亭主にはおいしく、栄養があるものを食べさせたい。だから食材も選ぶようにはにはしているし、何より、私が作った物に「美味しい」と言って欲しい。

 もし、いつも通りの時間に帰って来られたら、私は時間に追われて作った即席料理を振る舞うことになる。世の奥様方はその時間内でも満足する料理を提供できるだろうが、私にはそんな腕前はない。鳳翔さんぐらい料理が上手ければそんなことは無いのだろうな。

 

「頂こうか」

 

「わかった。温めなおすから、先に入浴を済ませてくれ」

 

 よく言う「ご飯? お風呂? それとも私か?」なんて恥ずかしくて言えない。と、いうより、旦那の意思に関係なく、私は旦那のことを心配してしまう。平日は朝から夜まで働き、無職となった私、元伊勢型航空戦艦「日向」を養っている。彼が私に文句を言ったことは一度も無い。知り合いの元重巡や、元駆逐艦は私に文句も言うし、不満を漏らすが彼はそんな素振りは一度も見せない。

 私も口下手だと思うが、彼も同じだ。不満に思うことは言って欲しい。是正して彼の理想に近づきたいものだ。

 浴室から聞こえるシャワーの音を聞きながら、私は作っていた肉じゃがを温め直す。多めに作った分は明日カレーにすればいい。カレーが残れば、チーズを乗せてオーブンで焼く。その後ハンバーグをのせれば即席ハンバーグドリアが出来上がる。だから素になるこの肉じゃがはだけは手を抜きたくなった。時間をかけて作った私の自信作だ。

 

「美味しくなれ……美味しくなれ……ありがとう、ありがとう」

 

 テレビでやっていた美味しくなる魔法をかけてみる。だけど、これがいけなかった。

 

「まさか、日向がそんなことを言うとはね」

 

 いつの間にか浴室から出ていた彼が、寝間着を着て台所を覗いているとは思わなかった。

 思わず顔が熱くなるのを感じる。彼は調理する私の後ろを通り、冷蔵庫から冷やしておいたビールの缶を取り出すと私の手元に置いた。

 

「ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 明日は彼も休みだ。一緒に出かけようと約束しているが、朝は遅い。一緒に晩酌しようという彼からの提案を受け入れることにした。

 

「ご飯は残っているかい?」

 

 彼が私の肉じゃがが入った鍋を覗きながら尋ねる。その言葉に、私は気分が重くなった。

 

「すまない。ご飯は炊いていないんだ……待ってくれれば炊くが……」

 

 ご飯を要求する。つまりは食べてきていないと言うことだ。肉じゃがを温め直す前にご飯を炊いておけば良かった。そうすれば時間を短縮できたのに。

 

「そうか……日向はご飯を食べたのかい?」

 

「軽くだが、先に頂いた」

 

 これを作っている間に味見で少し食べている。あまり大食艦だとは思われたくない。既にバレてはいるのだろうけど、そこは女の意地というものだ。

 

「軽く……ね……」

 

 彼は少し思案を巡らすと、ニヤッと妖しい笑みを浮かべた。

 

「まだ時間はあるかい?」

 

「君がお腹を空かしているというのなら、すぐに用意しよう」

 

 本当はもう少し煮込んで味を染みこませたい。彼は気がついていないが、少し濃い目の味付けが好きなのを知っているから。

 

「いや、だったらチンするご飯を買ってこよう。五個入りで足りるかい?」

 

「君が食べたい分だけかってくればいいさ」

 

 嘘だ。お腹は空いている。が、この時間に食べるわけにはいかない理由がある。

 それは、彼の上司にお呼ばれしてた時の事だ。彼の会社で集まった家族ぐるみのお付き合い。その中で私は浮いた。背が高いのは仕方ないが、一回り近く、彼の同僚の奥様達より大きいことに気がついたからだ。

 艦娘時代は気にならなかった。けど、いま考えれば私より大きかった長門型や、大和型、扶桑型や金剛型……つまりは、他の戦艦の艦娘は皆引き締まった体をしていた。そして伊勢も実は細かった。

 そして何より、知り合いの重巡。あれは太いように見えて、実は出るところが出ているだけで体の線は細い。この前会ったとき、太ったと愚痴をこぼしていたが、揚げ物を得意する彼女があの体型を維持していることは奇跡と言っても過言では無い。そして、私から見れば細い。

 

「……わかった」

 

 彼はそんな私の返答に納得した様子を見せなかった。私に太れと言っているのだろうか。

 無理してこんな時間から買いに行く必要も無い。そう言いたかったが、彼が所望しているのであれば仕方ない。むしろ、用意できなかった私が悪い。

「じゃあ行ってくる。他に何か必要なものはあるかい?」

 

「特にないな」

 

 お酒もあるし、作り置きしておいた塩辛もまだ残っている。今日一日分の晩酌に必要なものは揃っているはずだ。

 

「軽く食べるとは思っていたが……まさか、夕飯を食べていないとはな……」

 

 彼が出て行った後、私は少し後悔した。

 残業で遅くなる時は十一時を過ぎることが当たり前だ。それが、この時間に帰ってきたということは、何も食べずに仕事をこなして帰ってきたのだろう。

 そもそも、明日の予定も私の為に彼が計画してくれたものだ。一緒にテレビを見ていた時、翔鶴がスチュワーデス……もとい、キャビンアテンダントとして紹介されているのを見て、羨ましいと小言が漏れてしまったからだ。今度の休みに航空科学博物館に行こう。そう、彼は言ってくれた。嬉しかった。

 まぁ、本音を言えば、女性的で魅力的な翔鶴の仕事に対して羨ましいと言っただけなのだが、彼は瑞雲が好きな私が航空機内で働くことが羨ましいと勘違いしたのだろう。

 

「これだけで足りるだろうか……量はある。最悪、明日のカレーをカツカレーにすれば凌げるだろう」

 

 あの重巡に連絡して、カツの揚げ方を聞いておこう。

 

「ただいま」

 

「おかえり。せっかく暖まったのに申し訳ない」

 

「大丈夫。もう出来上がるかい?」

 

「あぁ。もうすぐだ」

 

「じゃあこれを温める」

 

 彼はそう言ってチンするご飯を二つ、電子レンジに放り込んだ。問題はその量だ。

 

「……何でお徳用パックが二つもあるんだ?」

 

「あれば食べるかなと思って」

 

 あれば食べたい。けど、食べるわけにはいかない。私は思わず彼を睨んでしまった。

 

「いつも美味しいものを食べさせて貰っている。俺は料理が出来ないから、こんな物しか用意できないけれど、君に我慢をさせるような生活はさせたくないんだ」

 

 困ったように笑う彼はそう言った。

 その優しさは嬉しい。だが、その優しさが私を駄目にするんだ。

 

「気持ちはものすごく嬉しい……けれど、時には我慢することも必要だ」

 

 電子レンジからご飯の美味しそうな匂いが漏れ出す。

 

「日向は日向のままでいいんだ。周りの目なんか気にしなくていい」

 

「…………気がついていたのか?」

 

 彼のどうしようもない告白に思わず顔が赤くなるのを感じた。

 

「薄々ね。そういうの気にしそうだと思っていたら、食べる量が減ったし、主婦のダイエット術なんて番組を食い入るように見てたからね」

 

 これは少し恥ずかしいな。一応、努力はしたつもりだが結果が伴わなかった。これには様々な理由がある。

 主婦の仕事は大変であることに変わりは無い。朝早く起きて、ご飯を作って、彼を送り出して、掃除に洗濯、そして買い物と目まぐるしくやることが次から次へと押し寄せてくる。けど、どれも運動量が多い割には脂肪を燃焼させないのだ。体型を維持するのが精一杯で、どれかをサボるとその分増える。とても質が悪い運動だと言っても過言では無い。けれど、痩せるために何かをする時間も無い。だから食べる量を減らすしか無かったのだが。

 

「私は君に相応しい女性にならなくてはいけないんだ。余計な心配はしなくていい」

 

「心配するよ。他の誰よりも自慢の嫁さんなんだから……それに……」

 

 彼は私の耳元に顔を近づけるとボソッとつぶやいた。その言葉に私の顔は真っ赤に染まる。

 

「明日の朝はゆっくりしようね」

 

「……まぁ、そうなるな」



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