【DQⅪ】Quod Erat Demonstrandum【グレイグ&ホメロス】   作:千葉 仁史

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本編(真エンディング)より三年後のグレイグが主人公で、亡き親友のホメロスの亡霊(Ghost)とお話するというもの。

※第一話のみ、これだけで読めるので、最後に「おわり」と明記。
※ホメロスは亡くなっているので、グレイグの回想でしか登場しない。
※終始、勇者は出てこないが、彼はうっかりさん設定。

→後書きに解説あり。だが、解説を飛ばして次の話を読んでも構わない。


第一話 Ghost(幽霊)

 かくして、ロトゼタシアに平和が戻った。魔王と邪神を倒した勇者と選ばれし者たちはそれぞれの道を歩み始め、世界は恒久の安寧を手に入れた。勇者は自身の祖父と共に故国を復興させ、その勇者の相棒と呼ばれた男は救った世界を妹と共に巡り、賢者の姉妹は故郷で平和への終わらぬ祈りを捧げ、旅芸人は彼の騎士道に則って笑顔を配るパレードの行脚を続け、そして、武勇を誇る将軍は英雄の誉(ほまれ)を持つ元帥へ昇格し、姫君は父王から譲渡された王冠を被り、愛ある知性を以て大国を治めたのだった。

 

 後世に伝わる史書となる英雄譚のエピローグは、このように締め括られていた。

 

 読み流すには随分と長い文章だ。長過ぎて、最初から最後まで目を通すのは辛いものがある。優秀な部下や学者も読んでいることだし大した訂正もいらぬだろう、とグレイグは草稿の最後だけ読んで、ポンと承認の印を押した。陸軍と海軍を束ねる元帥となった今でも、書類仕事は相変わらず苦手なのだ。

 

 世界に平和が戻って三年。女王マルティナの治世が落ち着いたこともあり、デルカダール国の史書が作られることとなった。史書と言っても、その殆どが勇者と共に世界を救った女王マルティナと英雄グレイグの逸話で埋め尽くされている。事実ばかりを集めたとはいえ、文官たちによって作られた草稿は女王と英雄への礼賛に満ちており、それが気恥ずかしくて、結局グレイグは真面(まとも)に読むことができなかった。物語でいう「めでたしめでたし」の部分しか読まなかったことがバレれば笑われてしまうかもしれない。だが、それもグレイグらしい、と世界を共に救った仲間は優しい笑顔で許してくれるだろう。

 

 さて、と気合を入れる。邪神を成敗した功績で将軍から元帥へ昇格したグレイグは史書の草稿を机の隅へ追いやると、厳めしい面になって盤面に視線を落とした。

 魔王も邪神も消え失せたが、魔物の気配が途絶えることはなく、以前よりもおとなしくなったとはいえ、やはり地方で暴威を奮っていた。机上に並べられた盤面は腹心の部下が計画した、近々行われる魔物征伐の大遠征の陣形だった。今回の作戦の内容も至ってシンプルで、まずはグレイグ隊が正面から攻め、そちらに気を取られた魔物を四方から遊軍(待機している軍隊)が取り囲む、いつも通りの流れだ。

 しかし、逃げ場のない魔物との争いは過酷であり、大英雄ことグレイグがいるとはいえ、毎回多数の死傷者を出していた。この理由をグレイグは世界が平和になったから兵の気が緩んでいるのでは? と睨んでいた。死傷者は、英雄を慕って仕官した新兵だけでなく、陸戦に慣れぬ元海軍の兵が中心であった。兵の練度を上げるためにも鍛錬を増やさねば、と心を決め、最近の若者は気合が足りない、とグレイグが嘆いたその時であった。

 

『気合か。現場を知らぬ年寄共が好む根性論だな』

 

 暗闇の部屋の中、蝋燭が溶けて嫌な音をたてた。蝋が流れ落ちるように、大英雄の頬を汗が一つ流れていく。盤上から顔を上げたグレイグの視界に映ったのは、王国と陛下と親友を裏切った元海軍将校のホメロスであった。彼ことホメロスが、魔王の取り憑いたデルカダール王による口封じによって呆気なくその生涯を閉じたのは今から三年前のことだ。何の脈絡もなしに現れた故人に瞠目する元帥を余所に、白い鎧を纏った軍師は盤上に視線を向けると『児戯に等しい陣形だ。軍師見習いの方がよっぽど良い作戦をたてる』と鼻で笑った。馬鹿にした言い方に、グレイグはむっとして思わず言い返した。

 

「だが、魔物を一匹残らず倒すには最良の作戦だろう」

 

『愚か者! 窮鼠猫を噛むという諺を知らぬのか! 魔物にとって逃げ場のない攻め方をすれば、必死の形相で抵抗してくるに違いないではないか! 包囲した陣形の一番未熟な個所に魔物は集中し、敵味方混じる戦いとなり、結果多くの兵が命を落とす! このような陣形、最良どころか最低の采配だ!』

 

 よく通る声で急に叱責され、グレイグは二の句が継げなくなる。その間にホメロスは立て掛けてあった指示棒と掴むと、盤上の駒をまるで箒で埃を掃うように動かし、余っていた駒を投げ飛ばすように配置した。

 

『この戦場の平原の北には二つの岩山に挟まれた細い経路がある。獣道ならぬ魔物道だがな。その双方の岩山に魔法部隊を伏兵として置く。戦闘が始まり次第、グレイグ隊が南から中央を攻め、西と東から兵を進める』

 

「だが、ホメロス、この陣形では魔物の軍勢の三方を囲むだけで、一つ抜け道があるぞ」

 

 グレイグの言う通り、ホメロスの陣形には一つ大きな穴があった。北が空いている。その北から魔物の群れは逃げてしまうだろう。それこそ悪手ではないか、と怪訝がるグレイグにホメロスはあの厭味ったらしい笑みを浮かべて続けた。

 

『そうだ、魔物はその空いている方へ逃げるだろう。命優先で背を向けて逃げるものと、逃げ道を塞がれ、命を捨てて必死に襲い掛かってくるもののどちらの方が戦いやすいか分らぬ貴様でもあるまい』

 

「しかし、足は魔物の方が早い。逃げられて体制を整えられたらどうしようもないぞ」

 

『阿呆が。本当にこの策が逃げる敵の背中を斬るだけと思っているのか』

 

 ホメロスが指示棒で自身の手の平を打つといい音が響いた。

 

『南から鬼神となった貴様が現れ、魔物は浮足立ちだろう。その東西を更に兵を固められれば、必然的に魔物は北へ逃げざるを得なくなる。挟み撃ちなんて馬鹿なことにならないよう遊軍で魔物の逃走経路を整え、北の岩道へ誘導する――戦功を焦るあまりに勇み足になるなよ、全ての軍の足並みを揃えるんだ。あの岩山の経路は狭く、必ず魔物は我先にごった返すことだろう。その時だ、伏兵の魔法部隊に合図を鳴らせ、その魔物団子へ呪文を天上から降り注がせるんだ。これで細い岩道のなか、逃げることに成功したと安堵した魔物どもを一気に焼き尽くすことができる。……グレイグ、根性論で総てがどうにかなると思うなよ。皆が皆、貴様ではない。少ない労力で最大の結果を得る、これぞ軍略よ』

 

 盤上に転がる魔物の群れの駒が死骸と成り果てる。隙のない戦略シミュレーションにグレイグは唾を飲み込むこともできない。盤上に視線を落としたままの元帥に、ホメロスは思い付いたかのように呟いた。

 

『ああ、リタリフォンに全力を出させるなよ。あの黒馬は並の馬じゃないからな。貴様が突出したら、作戦が台無しになっちまう』

 

「ホメロス、リタリフォンは二年前に病で亡くなったぞ?」

 

 疑問に思ったグレイグが顔を上げると、其処には闇が広がっているだけであった。白い鎧の男は霞のように消え失せていた。そもそも、ホメロス自身、既に三年前に死んでいるのだから霞も何もない。

 白昼夢ならぬ、幽霊でも見たのか。宵闇のなか、グレイグが再び視線を下すと、盤上も最初に将軍が配置した通り――ホメロスが最悪の采配と貶した陣形が広がっていた。これはいよいよ、まさしく現実ではないようだ。疲れているのだろう、頭を使うのは相変わらず苦手だ、もう寝てしまおうか。だが、軍師の声がまだ鼓膜に残っていた。駒を掴み、先程見た陣形を造り上げていく。出来上がった陣形にグレイグは魔法の焔の舌が見えた。

 

 炸裂したメラゾーマによって岩道に逃げ込んだ魔物が赤い火の中へ飲み込まれていく。モンスター掃討作戦は最短かつ最少の犠牲で済んだ挙句、最大の結果を得ることができた。グレイグ元帥が直前で変更した策のおかげであることは誰もが理解していた。国民は英雄が武だけでなく智もあった事実に喜び、熱気を以て凱旋を迎え入れた。いつものように白兵戦で勇ましく戦う元帥を間近で見れなかったと嘆く兵もいたが、能ある鷹は爪を隠すというように策略も巡らすことができる大将に彼らは感服の視線を強めた。大成功を収めたことにマルティナ女王から直々に称えられ、グレイグはますます誇りを持った。そして、死してなお、支えてくれる親友ことホメロスに心の中で感謝した。

 

 その日を皮切りに、グレイグが夜中一人で軍略に頭を悩ませているとホメロスの亡霊が出てくるようになった。そして、彼の言う通りに作戦を遂行すると今まで得られなかった成果が必ず得られ、誰からも智勇兼備の戦士だと讃えられた。しかし、ホメロスの亡霊は毎回出るわけでもなく、仮に現れたとしても何の助言を齎さないこともあった。

 

 例えば、こんな夜があった。

 その晩、グレイグが見下ろしていた盤上は陸地ではなく海であった。徒党を組む海の魔物の討伐として、昔はグレイグの部下であり、ホメロス亡き後に海軍都督となった将校からの進言を受け、作戦は『連環の計』となるものに決まっていた。連環の計とは船と船を鎖で繋ぎ、大船団にすることで船を安定させ、陸戦に慣れた兵士の船酔いを解消させ、大きな船団に見せることで相手に圧を与える海上戦の一つだとグレイグは聞いていた。メリットしかなく、異論のない戦術だ。これを採用しない手はない、とグレイグが承認印に手を伸ばした瞬間、『愚か者!』と怒号が響いた。

 

『船と船を鎖で繋ぐ? なんて愚の骨頂たる策だ。火を放たれたらどうする? 火は鎖を伝い、他の船に移り、鎖で縛られた船団は身動きのしようがない。逃げ場のない船上で焼け死ぬか、海に落ちて鎧の重みで溺れ死ぬかのどちらかだろう』

 

 朗々たる声でホメロスの亡霊に告げられ、グレイグの手の動きが止まる。

 

「では、いったいどうすればいいのだ、ホメロス。俺に海上戦の知識はないぞ」

 

『兵の先頭に立つ存在でありながら、そんな甘ったれた言い訳が通用すると思っているのか。貴様の頭の足りなさに呆れて声も出ぬわ』

 

 そのままホメロスは踵を返すと壁へと消えていった。その場所には三年前は扉があったが、いまでは補修のため塞がれて今は真っ平な壁があるだけだ。吸い込まれるように消えたホメロスがもう一度現れて助言をくれないか、とグレイグは待ったが、決まり事でもあるのか亡霊はそれきりその夜は姿を現さず、仕方なく連環の計だけは取りやめるよう書類に書き足したのだった。

 

 予測は大当たりした。海の魔物は陸地の魔物と繋がっていたようで船に火を放たれたのだ。その結果、一隻沈んでしまったが、もしグレイグが連環の計を拒まなかったら火は鎖を伝い、一隻では済まないほどの大損害を出しただろう。人々は元帥の慧眼に「流石、世界を救った英雄だ」と口々に噂し、グレイグの評価が落ちることはなかった。

 

 このようにグレイグはホメロスの亡霊に幾度となく救われてきた。しかし、英雄は誰にもその話をしなかった。夜な夜な亡霊を見るなんて頭のおかしい奴と笑われるのが関の山だからだ――もっとも、これはグレイグが勝手に思っているだけだが。

グレイグは亡霊に聞きたいことは幾つもあった。何故、親友である自分を裏切ったのか。どうして国への忠誠を捨て、魔王ウルノーガに膝を折ったのか。だが、ホメロスに会うとたちまちその疑問は雲散してしまい、目の前の作戦の話題で埋められてしまうのだった。軍略以外では会えば聞き出せるのか、と盤上を用意せず、暗闇の部屋のなか待ったこともあったが、ただ無為に時間が流れただけであった。

 

 何ゆえ亡霊が現れるようになったかは検討もつかない。しかし、ホメロスがグレイグのために進言しているのは確かなことであった。泉下の住人でありながらもグレイグを支えようとするホメロスに、英雄は深い友情を感じ取り、緩やかな感傷に浸って笑みを零したのだった。

 

 

 

おわり




◆◇ 解説 ◇◆

※これを飛ばして次の話を読んでも構わない。

 既に冒頭から伏線と言う名の仕込み刀。
小説情報や前書きにも情報が詰まっている。
(後々に判明するので割愛)

 三国志をご存知な方なら、船と船を鎖で繋ぐことが愚計であることはすぐに分かるだろう。赤壁の話だ。魏の曹操は船と船を鎖で繋いでしまったため、呉軍の火計で船が燃え、火が鎖を伝って船団に延焼して逃げることがかなわず、多くの兵が溺れ死んだという。
 ちなみに「連環の計」は「船を鎖を繋ぐ」ことではなく、幾つもの計略を重ねて行うことを指す。つまり、赤壁に置いては「船を鎖で繋いだら良いという嘘の情報」と「偽の投降」「火計」等の幾つもの策を合わせて「連環の計」と呼んでいた。つまり、グレイグもその部下も間違った使い方をしている。

 そして、シンプルな囲い込み作戦の話もあるが、毎回多数の戦死者(新兵や元海兵)を出しているというのに、ホメロスの幽霊(?)が出なければ、グレイグは「いつも通り」行おうとしていた。多くの兵を死なせているのが常態化かつ「仕方ないけど当たり前」のこととして罷(まか)り通っており、その理由を「根性が足りないからだ」で一蹴して、グレイグは改善しようとしていない。女王と言えども、マルティナには16年も空白期間のあるので軍事については疎く、前王も引退、大英雄の為すことは絶対正義であり、正しいことだと兵も国民も思っているので、グレイグに直言する者はいない。

 とどのつまり、この時点でグレイグ本人も彼の部下にも軍略に長けたものはおらず、軍事行動の在り方について疑問に思う者すらいないことを物語っている。



次の話へ続く
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